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Broken Time  作者: うぃざーど。
第2章 混迷の戦時下
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2-25. 迫るその時




北西部に派遣された、多くの兵士たちの戦いは、終戦を迎えようとしていた。

マホトラス軍がヤヴィノスク攻略時に、逃亡したウェールズ兵士たちを「残党」「敗残兵」と言いつけ、槍兵オーディルを筆頭に残党部隊の討伐、残党狩りを行うように司令を下した。

結果的に、彼らは民たちを引き連れながらも追いつかれ、西海岸のウェストノーズで、民を逃がす時間を稼ぐ代わりに、勝ち目のない戦いに身を投じたのである。

皆進んで自らの目的を成すために戦ったが、彼らは敗れた。

これにより、主力部隊は事実上全滅。

残るは西海岸沿いや大陸西側に点在する、幾つかの小さな町を警備する兵士たちのみ。

事実上西側の部隊はすべて失われ、まともにマホトラスと対峙出来るほどの戦力を立てられなくなってしまったのである。



「どうするんすか?オーディルさん、また消えちまったようですが…」


「消えたとしても、既に目的は果たされた。残党は討伐したし、逃げた民を追うかどうかは上の者次第だ。確認するには暫く時間がいるだろう」




そう、ここでの目的は残党部隊を討伐すること。

結果的にもぬけの殻となった町を占領することに成功したし、今後逃げて行った民たちを追いかけるかどうかは、彼ら下っ端兵士が決めることではない。

オーディルに聞けばある程度の回答も得られるのだろうか、と思っていたのだが、槍兵は皆の前から姿を消してしまった。

元々槍兵がこの地域に来たのは、強い敵がいると確認され、その男が残党部隊と共に海岸線沿いに逃亡している、という情報を聞きつけたからだ。

恐らくは自分の手でその男を殺し、役目を終えたのだからどこかへと消えてしまったのだろう。

自分勝手もいいところだが、それでも彼の実力は確かなものだというのは、兵士たちの間でよく知られている。

強ければ何をしても構わない、という訳でも無かったが、今は兵士たちも放っておくことにした。



一方。

北部での激戦を回避し、中央部で部隊を集結させ相手を殲滅しようと考えるウェールズは、早速その作戦を行動へと移していた。

兵士として警備しなくてはならない町の数々を離れ、戦力を集中させる。

そのために、民たちの多くを置いていかなくてはならないという現実が、彼らの胸に棘を串刺す、そんな痛々しい思いをしながらも、ウェールズの兵士たちは撤退を続けた。

北西部、ヤヴィノスクでの戦闘が終わり敗退した時点で、北部のウェールズ軍は大きく後退することになった。幸いと言うべきか、北西部ほど深刻な被害を受けていない北部の部隊は、善戦を続け相手を退けていた。

町の幾つかは占領されていたが、それでも踏み止まり敵の侵攻を防ぎ続けていた。

まるで北部の兵士たちが、この戦いにおける本隊かのように。

戦闘が集中していたのは北西部と北部のみで、南部はもちろん、東部では部隊を配置し警戒していながらもマホトラス軍が現れる気配さえない地域ばかりであった。


そして、王国領に属さない自治領地にも変化が見え始めている。

マホトラス自治領がウェールズ王国領に侵攻していることで、自治領地の動きはかなり慎重となっていた。下手に手を打ち返り討ちにあっても何の得もない、そう判断するのは当然のことだろう。

この混乱に乗じて他の自治領地とのいがみ合いを解決する、というのも一つの手ではある。だが、各地方ともそれすら避けていた。

王国という、数十年間に渡る巨大な国家の最大の危機が今、目の前で訪れているのだ。

僅かな判断の違い、決定的な選択の違いが、今日の状況を作り出しているのだとするのなら。

これは、国として、いやこの大陸の一部として、大きな変革を迎える激動の時代がやってくるのかもしれない。

自分たちにもチャンスが回ってくる。だが今はそれを失う時ではない。

少しでも状況を探り、迂闊な真似をすることは出来なかった。





「王からのお話は聞いたでしょう!?」


「もっと説明が欲しいんです!これからどうすべきなのかを!」


「俺たちには、子供もいるんだ……」


「私たちは勝てない相手と戦っているの!?もう分かっているんでしょう!!」





それらの声は、すべてウェールズの兵士や王城に寄せられた、民たちのものだ。

自らの生活の危機感を悟り、今まで当たり前のようにあったはずの命が脅かされている。

いつなん時も「絶対に安全」などという常識は存在しない。

国には大勢の兵士たちがおり、その兵士たちが国も、城も、そして民も警備する役割を持っている。

だが大勢の兵士がいたからといって、確実に安心でいつまでも平穏だということは考えにくい。

ウェールズが建国された後も、周囲での戦闘行為は収まらなかったし、死地が発生する度に派遣され、敵と位置付けられた相手と戦わなければならない男もいた。


貿易商人などから情報が広まり、今ではマホトラスが優勢、ウェールズが劣勢という立場が民たちの間でごく当たり前のように広がってしまっている。

兵士たちの間で隠していた軍事情報の一部が、民たちの一般知識となってしまっている。

伝令の兵士がもたらされる情報と似たような情報が、貿易商人によってもたらされているのだ。

出来る限り民たちの動揺を誘わないように、幾つもの情報を隠匿していた。

だが、それにも限界がある。

こういう時の貿易商人は厄介な存在に思えてくる。普段はありがたみを感じるばかりなのだが、彼らとて移動しながら商売をする流れ者。

情報の流通には非常に敏感であった。

ゆえに、今まで国家の危機が明らかに見えるような状況に出くわしたことの無かった民たちに、混乱が発生するのは必然であった。

その度に、兵士や関係者、そして王に説明を求める民たちの声が上がるのだ。



軍人や国の首脳部、そして王は、今自分たちの状況がどれほど深刻なのかを理解している。

だがそれを包み隠さず彼らに説明すると、より一層の混乱を招くことになるだろう。

既に混乱しているからこれ以上なんてことは無い、と考える人もいるかもしれないが、国の代表や王として、中々言い出すことの出来ない数々もある。

彼らの自由と平等が今、まさに侵害されつつある。

このままの勢いでいけば、マホトラスの軍勢は中央部の自軍を必ず襲撃するだろう。




そうなれば。

この城下町とて、国のシンボルたるこの城とて、穏やかではいられない。







北西部の部隊が西側の海岸線に逃避し、その末に全滅したなどという情報を知り得ないまま、中央部に次々とウェールズ王国軍の部隊が集結し始めている。

情勢悪化から暫くが経過し、マホトラスの勢いが止まらないこともあり、彼らは厳しい戦いを幾度も強いられていた。

だが、ここで戦力を結集して一気にマホトラス軍を殲滅し、相手の戦力を削ぐ作戦に出ることになった。

そのために、東、北、そして城を護るために布陣されていた部隊が中央部へと集められたのだ。



中央には王国領内でも比較的大きな町が幾つか点在している。

中央を抜けられると城下町までの間、防衛できるような手段が整わない可能性があることから、両軍ともに中央部での戦闘を「絶対防衛線」と名付けるようになっている。

城までの距離はまだあるにせよ、これ以上の侵攻を許してしまうと城下町への侵入を許すことになり、中央部での戦いに敗れることは、イコールこの戦争に敗れることと同義であった。

更に、今回ウェールズ王国軍はありとあらゆる部隊を中央部に結集し、全力でマホトラス軍を撃退しようとしている。もし、そうまでして王国軍が負けてしまうと、今度こそ本当にマホトラスを押さえるだけの戦力を王国は失ってしまうことになる。


国の存亡に、大きく関わる戦いとなるのだ。





王国領中央部 バンヘッケン

温暖な気候に恵まれ、昼の温かな空気と夜の冷ややかな空気を兼ね備えるこの地は、他の中央部の町よりも規模が大きく賑わう町である。

特に郊外にある農作地域では、野菜や稲などの栽培を行っている。非常に長い期間で収穫する野菜や、比較的短期間で収穫できる農作物など、その種類は数多い。国の食料自給率を担う農作の拠点の一つだ。

自然の景観も豊かで、ここで暮らす民たちにとっては良き自由の地である。

郊外に出て北に進み農作地を離れると、

だが、そのバンヘッケンの中にも、やはり景観にそぐわないものがある。

この国の仕組みである以上仕方のないことなのかもしれないが、町の中には王国軍の駐留部隊が使用する施設が建てられている。

大きな町なので多少違和感は無くなっているのかもしれないが、それでも町の人が住む家とは比べ物にならないほど大きな建物で、敷地面積も何十倍にもあたるので、どうしてもその存在が目立ってしまう。

無骨なまでの石造りの建物。デザインというものを知らない、まるで箱屋のような施設。

民たちからすると、兵士たちは頼もしい存在である一方、恐怖の対象とも言える。

それはこの町に限った話ではなく、多くの町に駐留している部隊に対し思い抱いていたことだ。



町の民たちも当然のことながら、その異変に気付くだろう。

この町に部隊が集結し始めている。

それも、この町の駐留規模を大きく超える程度の兵士たちが詰めかけているのだ。





「こんなに一度に集まるのはそうそう無い機会だな」



その集結する部隊の中の一人である、グラハムも現地に到着した。

もっとも、城から非常に遠いという訳でも無く、歩けばかなりの時間はかかるが、北部や北西部のように10日もかけて移動するようなことは無い。

まして、馬であればかなりの短縮をすることが出来る。

逆に、その距離の近さは相手の侵攻を許すことにもなる。

彼も中央部で相手を食い止めるために集結命令を受けた兵士の一人であり、既に自分の所属する部隊長にその名を告げ合流したことを確認する。

と言ったものの、まだすべての部隊が集結した訳ではなく、施設の大きさを埋めてしまうほどの人が集まるという話もあるために、今はまだほとんどすることは無いのだ。




「さて、俺は俺なりに仕事でもするか」



既にバンヘッケンは夜。

町の灯りが町全体を照らしている。

それでもこの町の民に話を聞けば、一時期のそれに比べれば暗く寂しくなったものという。

ここに部隊が集結するという話を聞いた民たちは、恐らくはこの周辺が戦場になる者と逃げだした者もいる。当然のことだろう、命は何より大切なものなのだから。

目の前が戦場になると言うのに、暢気に毎日を送れるものなどいない。

グラハムも今はすべき仕事など無かったのだが、彼は一人郊外へ出て外周警備をしている兵士たちのもとへ行く。

何もしないよりは、何かしていた方が気が晴れるというもの。




「手伝いましょう。人は多い方が何かと都合は良い」


「そうか。すまない、助力感謝する」




郊外。

町からは歩いて10分程度離れたところ。

夜の暗闇でハッキリとは見えないが、周りは農作地。

大きく幅の広い道があり、警備を担当する兵士たちはその道の上にいた。

高低差が少なく平坦な道が続き、見通しも良い。

夜はともかく、昼間であれば大自然を感じることが出来るだろう。

もっとも、今後それが大きな戦場となり穢されてしまうことも、容易に想像がつくのだが。

そこには複数人の兵士がいて、話によると更に大地の奥まで偵察に出ている兵士たちがいるという。

流石に動き回っている彼らに追いつくのも合流するのも無駄だと言われたグラハムは、その場で仕事を分担することになった。

長身で背中が広く、兵士が支給されるものとは明らかに違う、胴体の防具を身に着けるその男。

左の腰には剣を下げ、右の太腿部にサバイバルナイフを格納するホルスターを身に着けている。

彼と、情報の収集や地図の確認、敵の侵攻ルートなどを話し合っていた。




「貴方はどこから派遣されたのですか?」



グラハムが、礼節を持ちそう男に話を持ち掛ける。

基本的には口を開けない男なのだろうか、かなり無口なキャラクターにも思えたが、手を動かしつつグラハムは口も動かしていた。




「私は元々北東部の一部の部隊長をやっていた」


「部下持ち、だったんですね」


「まぁな。今となっては散り散りだが、今もどこかで仕事をしていることだろう」




その男は、自らの経験を目の前にいる若いグラハムに伝え始めた。

東部ではマホトラスの動きがずっと前から警戒されていたこと。

いずれは一触即発、いやむしろ今のように戦闘状態になる、その発端は東部からだろう、と考えられていたこと。そのために、兵士になる人を厳しく育成し続けてきたこと。

だが実際にはそのように事が上手く推測し進む訳でも無く、自治領地や自国領地との外交や内政を処理することが多かったのだと言う。




そう、グラハムよりも歳を取った、その男の名はヒラー。

王国領北東部に駐留する部隊の一部、部隊長を担当し続けてきた男。

マホトラス軍の侵攻と情勢悪化と共に、敵と遭遇しない会敵もしない東部の部隊は、再編制の対象となり多くの部下たちが散り散りになってしまったという。

もっとも、中央部に集められたということで、いずれその顔を見る機会もあるかもしれない、とヒラーは話す。

この男は、もう1ヵ月ほど前の話になるが、東部の町でマホトラスと接敵した時、救援要請があり派遣されたアトリと親交を持つ男だ。

彼に助けられ、彼を助け、少なくともヒラーは生きている。

こうして別の若い男、グラハムとも名前を交わすことが出来るのは、あの時の戦いで生き延びた結果が理由と言うことも出来るのだろう。




「ふむ、グラハム殿か。覚えておこう。それにしても、子供の兵士が多いものだ」


「そうですね。子供である自分が言えた立場ではありませんが、同感です。北東部でも子供兵士は多かったのですか」


「多いというほどでも無かったが、兵士になりたいと思う子供たちは数多くいたことだろう」




そんなことをしても、安らかな日常とは無縁になってしまうだろうに。

そう、ヒラーは一言付け加えた。そしてその言葉はグラハムにとってもやや痛い言葉だ。

確かに言っていることは正しい。

兵士になることを憧れて、まずは兵士の見習いになろうとする人は多い。

自分もその過程を積んできたし、そのような人たちを何人も見たことがある。

だが根本から言えば、ヒラーの言うように、考えるように、兵士とは戦う人間。国を護るための従属者とも言える。

どんな経緯で兵士になりたいかというのは個人の自由であっただろう。だが、ヒラーとしても出来るなら自ら命を賭して国に尽くすことなど、してほしくない。そんなものよりもっとかけがえのない人生を送って欲しい、そう思っていたのだ。

それでも兵士として、北東部の部隊長をしていた頃は、若年層の兵士たちを教育する立場にあった。

彼らが独り立ちしても、自分のもとを離れ戦うことになろうとも、一人前として認められるために。

戦いを好まない、出来るなら経験して欲しくない、そう思いながらもヒラーの内なる思いは、叶えられることが無かった。



雲の切れ間から、月がその灯りを彼らに当ててくる。




「グラハム殿は、アトリという兵士を知っているか?貴殿と同じぐらいの男だが」


「アトリ………?」



知らないはずがない。俺は彼とは友人なのだから。

そう言うより先に、思わず驚きの声が出てしまった。

まさかここに来て他人の話すアトリのことが聞けるとは思っていなかった。

彼は自治領地を護る兵士として、何度も何度も死地に赴き人々を救ってきた。

彼の噂が広いのは、いまだ行ったことのない地域があったとしても、彼の行動範囲が異常なほど広く何度も訪れているからだろうか。

ヒラーは、月明かりの中で目を輝かせながらも、少しだけ寂し気な表情でその男、アトリの話をする。




「貴殿もとてもよく落ち着いているが、あの男を見た時私は正直驚いたのだ。一体何があの男を、そのような人にさせてしまったのだろうか、と。もしそれが戦争によるものだとしたら、あの男の本当の姿はどのような人間だったのだろうかと、考えてしまう。…まぁ、ただの年長者の心配事かもしれんが」


「………」




グラハムは彼の真意、核心に触れる「彼自身が持ち得る信条」がどこから来ているのかを、まだ知らない。

人には面と向かって話せない内容のものもある。

子供であっても、グラハムはアトリを気にかけそうした話を直接的に聞くことはあまりしていなかった。

彼自身自ら口を開こうとしなかった部分でもあるだろう。

ただ、そうした彼の信条が「この手で護れる人を護り続けたい」という内容だということは、よく分かっている。

グラハムとアトリは親しい間柄なのだが、お互いに兵士としての任務が忙しくすれ違いばかりの関係であったため、そうした話を聞く機会があまり無かったとも言える。

その点で言えば、別に彼と親しいクロエという女性兵士に聞けば、ある程度の経緯も分かるものだろうか。グラハムはそう思いながらも、ヒラーの言うことも理解できていた。

人の感性など人それぞれ。何かキッカケが本人に与える影響など、誰も彼もが分かるものではない。

目の前にいるヒラーも、この周囲にいる兵士たちも、それぞれ理由を以て兵士となりここに集まってきただろう。

その過程、経緯に、戦争というこの時代が関わる可能性は大きくある。

アトリという少年があのようにして、自らの手で誰かを護り続ける、そのために存在し続けているという彼の在り方は、間違いなくこの戦争による影響を受けているものだろう、そう考えることは容易であった。




そうだ。

確かに、アトリが兵士として存在していなかったとしたら、そうだとしたらどんな人間になっていただろう。気になるところではある。



だが、それを考えるのは野暮だろう。

この人もアトリと会って、アトリの人となりを見たはず。

あいつに「もし」という生き方は存在しない。いや、存在してはならない。

そんなものがあるとすれば、それは俺たちでさえ知り得ない、たらればワールドの世界の話だろう。

いや、あるいは小説の中だけの話かもしれないな。




「あの男は、誰かの為になるのであれば、自分さえ二の次に回してしまうような人だった。そんな子供、今まで会ったこともないし聞いたこともない」


「…でしょうね。俺自身も見たことありません」


「しかもそれを正しいと思い込んでいるのが、あの男だ。自らの手で誰かを護り、その誰かの自由や幸せを護りたい、と。そうすることは間違っていない、むしろ正しいことだと。正しいと思うことに身を張るのはいい。立派なことだろう…」




ヒラーは彼の人となり、彼とのほんの僅かな時間を思い出しながら、まるでそれを昔話のように、夜空を見上げてそう話すのだ。

赤の他人であっても見捨てることを拒みそうな、そんな性格の持ち主。

心の底からの善意で人の為に役立とうとする、その在り方。

素晴らしいことだろう。やろうとする、思うのではなく、本当にやってしまう。為になってしまう。

それがあの男の本体であり、幾度も経験し続けた現実を乗り越え、得るものを得た姿なのだろう。

だが、ヒラーはそんな彼に思う。




―――――――――正しさを実行するための、奴隷。




だと。

純粋で純真で一心に譲ることのない、綺麗な理想なのかもしれない。

だが、その理想に自身の名前が一つとして存在しないのだ。

一途に誰かの為になりたいという気持ち。

だからこそ、ヒラーは思っていたのだ。

マホトラスとの戦闘に派遣され、あの男は命を落とすのではないだろうか。

それが現実にならなければ良い、と。

とても思いたくはないことだが、それがヒラーの思う『少しばかり人間らしくない生き方』の末路にならなければ良いと、願うばかりだった。



「くだらん話をしてしまったな」


「いえ、そういう人も中にはいるということで。ただ、自分には絶対に出来ないこと、ですね。何故なら…」


「ん……?」





―――――そんな信条、永遠に終わるはずが、ありませんから。





この頃。

まだ情報が届くまでに少しの時間を必要とするが、既に北西部の残党部隊は壊滅している。

ウェストノーズ襲撃により、逃避し続けてきた兵士たちは全員死亡。

ただ、彼らが引き連れてきた民たちは、彼らが時間を稼いだことで逃げ切り、それ以降マホトラスも西側から南下して侵攻することはせず、これから行われるであろう中央での戦いに専念することになる。



確実に近づいてくるマホトラスに対抗するために、集結しつつあるウェールズ王国軍。

平穏であったはずの日常が奪われ、平穏であったはずの国内が失われつつある。

その最中、決して譲れない自身の信条を持ち戦い続けていた男、アトリも消息を絶ってしまった。




戦いの時が、近づきつつある。





2-25. 迫るその時





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