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Broken Time  作者: うぃざーど。
第2章 混迷の戦時下
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2-20. 追っ手

ヤヴィノスクが陥落した後、王国領地中央部と大陸西部への要所を確保したマホトラス軍は、ヤヴィノスクを敵地攻略の為の橋頭保とし、部隊を集結させていた。

圧倒的な物量の差があり、既に北西部の部隊と何度も戦っていながら、マホトラス軍にはいまだ未戦闘で体力を温存している兵士たちが大勢いる。



ウェールズの兵士たちとは違い、兵員が多く補充もできる。

その理由は幾つか挙げることが出来るが、ある意味で根本から単純な理由だったのかもしれない。

真意に迫るためには、ウェールズ王国建国の歴史を辿るのが一番だろう。

彼らの掲げる理想を実現させるために、戦乱が続く各自治領地を優しくいえば併合、酷くいえば占領する必要があった。

そうしなければ、国にあるすべての民が自由と平等の下に平和な生活を送ることが出来なかったから。

和平も協調も無ければ、その傘下に組み込む以外に道は無い。

中途半端な規模では国を名乗ることも、国を維持することも出来ない。

その過程で、かの国王は他の自治領地に戦闘を起こし、勝ち続けた。



だが、他の自治領地からすれば、確かに共存は無いという意思を固持し続けたとはいえ、突然他の者たちの理想に自分たちの生活が侵害されたのだ。

すべての人が彼らに、国に対し良く思っている訳ではない。

得られたものも大きいが、失われたものはもっと大きい。

貴族連合会の長であったマホトラスは、そうした彼らの不平不満を上手く集めた。

国が知り得ないところで、国に反感を抱く大勢の者たちを集めた。

特に男性たちには兵士としての教育を短期間で行い、数を集めながら戦える人材を育成した。

マホトラスが決起し王国の北西部、北部、北東部を一気に侵攻した。急な挙兵にウェールズ王国軍が順応に対応できるはずがなく、多くの兵士が命を落とした。

町を護ろうと、民を護ろうと、そして自分たちを護ろうと戦った者たちは、最期力尽きてしまった。

だが、その中で町や民がマホトラスに加勢する、というような風潮も確かに存在していたのだ。



理由は明確であった。

自分たちは確かに理想の体現者ではある。

だが、町の人からすれば、元々あった土地を奪われたようなもの。

彼らにとって、自分たちは「侵略者」に他ならない。

たとえどれほど理想などという綺麗ごとを並べたとしても、所詮は部外者。

自らの器の中に取り入れようとしただけの者たちだった。


そのため。

現在マホトラスの領域に属している多くの旧王国領地は、彼らを支持する者たちの集まりで、多くの町から集めた人材を戦争に利用しているのである。




ヤヴィノスク 旧王国北西部領地の町



「チッ、またおめぇか。俺ぁ好き勝手にやるって言っただろ」


「と言いながらここより北の町に兵士がいる、という情報を味方に渡したそうじゃないか。いいぞ、よく役立ってくれた」


「……はぁ、おめぇとはホント合わねえ。性根が腐ってやがるな」


「時にはそういうのも必要なのだ」




ヤヴィノスクを占領できたことにより、彼らはそこを橋頭保として構えることが出来ている。

今目の前にいる男と、深い紺色を基調とした戦闘服に黒いマント、そして右手で持たれた槍を持つ槍兵オーディルとは、レオニグラード以来の再会である。

もっとも、槍兵オーディルからすれば会いたくもない、自分よりも上の存在にあたる者なのだが。


その男の名は『ゲーリング』。

マホトラス軍の中枢に位置する司令官職を務める男。

現在は王国領西部、そして大陸西側への部隊統率を行っている。

現場で実際に戦闘を行うことはあまりしないが、前線でこのように陣を構えて、

出来るだけ兵士と近い距離で作戦を指揮する、あるいは状況を把握できるようにしている。

管理職というものは後ろにどん、と構えている場合が多く、そういう意味ではゲーリングの前線に行く行動は兵士たちからは共感され、支持されている。

オーディルからは相当な酷評ぶりだが、ゲーリングもそれが時に必要なことであるのなら怠らない、というような姿勢を見せオーディルを一蹴りも二蹴りもしてきている。



「だが君に適任の仕事を持ってきた。ゼナから話は聞いたか?」


「いや。なんのことだよ」


「彼女は仕留めそこなったようだが、群を抜いて強い兵士がこの地より海岸線の西側に逃亡したそうだ。君にその男の始末を頼みたい」




始末かよ、と一言吐いてから詳しい話を聞き始めるオーディル。

既にゲーリングにはこの槍兵の扱い方が分かっており、彼が断われない性分を多少強く持っていることも知っていた。

以前は俺のことを何も知らないくせに、とあしらわれることもあったのだが、そうした過程からオーディルの人となりを判断するようになったのだ。

そしてゲーリングは、ゼナという女性の兵士からの報告を彼にもする。

元々一度目のヤヴィノスク攻略は、敵の俊敏な反応により現れた防衛によって阻まれた。

だが、攻撃が失敗した要素の一つに、ウェールズ王国軍の中にもひと際目立つ強さを持つ兵士がいる、というものがあった。

そのため、ゼナはその兵士を暗殺するために、態々ウェールズ王国軍の兵士の死体から服装を奪い取り、ヤヴィノスクに潜入して殺そうとした。

ゼナはオーディルと似ていて単独行動を基本とする。

しかも自ら気配を最小限に抑えることが出来る、暗殺向きの兵士だ。

無論最前線で戦う機会もあるのだが、そればかりではない。

そのゼナが、その兵士を相手に苦戦を強いられ、最終的に暗殺には失敗した。

不確かではあるが、計り知れないほどの能力を持ち、そして奇襲にすぐに反応したと言う。




「へぇ、結構な奴のようだな。そいつの見た目は?」


「それが、まだ青年くらいの男で身のこなしが速く、剣速が速攻だという」



「ん………?」




その時、少しだけオーディルが顔を険しくさせる。

更に左手の親指と人差し指を顎につけ、考える姿も見せた。




「彼女が暗殺に失敗するのだから、彼女の力量をあしらうほどの力があると思うが、その青年はアトリという名前のようだ」




「……ほう、なるほどねぇ……」






その時に、オーディルは自身の中でその存在を確実なものとして認識した。

あの月夜のこと。

自分に対して一方的な防戦を展開していたあの男が繰り出した、強力かつ速攻の一撃。

あの素質と潜在能力。

それを持つあの青年、アトリだと分かり、オーディルはその場で少しだけ笑みを見せた。

あの時は青年の今後を期待してとどめを刺すことをしなかった。

殺そうと思えばいつでも殺せる、そう思ったのが一つ。

だがそれ以上に、あの青年が今後強くなって自分の前に現れるというのであれば、という期待の方が強かった。

敵に対して思うことでは無いのかもしれないが、オーディルは彼なりにこの荒んだ時代に何らかの楽しみを見出そうとしていた。




「前、レオニグラードで強い兵士がいたら報告する、と言っただろう?」


「あぁ、分かった。良いぜ乗ってやる。西側に逃亡したって兵士たちの人数はどのぐらいなんだ」


「正確に数えた訳ではないが、多寡だか数十人程度だ」


「増援の可能性はあるんじゃないのか?幾ら俺でも何十人も一度に相手するのは嫌なんだが」




確かにその可能性はある、とゲーリングは一言置きながら、

それでも増援部隊を西側に配置する余力の無さとその理由を告げる。

このヤヴィノスクが占領されたことにより、領地中央部への本格的な侵攻を始めることが出来る。

この町は西と中央へ通ずる要所の一つであり、敵国はこの地に防衛部隊を手厚く布陣させていた。

それを突破することが出来た時、今度敵国は中央と西部の両方を護らなければならない。

領地中央部には大きな町も点在しているほか、それを更に突破することが出来れば城下町まで辿り着く。

一方で、海岸線沿いの西側には大きな町が幾つかあるものの、城下町からは距離も離れていて、精々拠点を確保して補給路を作るくらいの利点しかない。

無論、西側と中央部から挟撃作戦を取るのも一つだが、それには中央部に布陣しているであろう、防衛部隊という名の砦を突破しなければならない。

今北部で戦っている王国軍は、ヤヴィノスクが占領されたという情報を聞けば撤収するだろう。

そうしなければ、自分たちが北西部から北部に向けて挟撃することも可能だからだ。

退路を断たれながら戦闘するというのは、心理的圧迫も大きいし、何より孤立無援になる。

そんな危険なことを冒すような奴らでない、というのがゲーリングの立てた考えだ。



この時点で、既にゲーリングは王国軍の出方を推測していた。

しかも正確に敵の弱点を把握していたのだ。




「とはいえ、全くの増援が無い訳でもないだろうし、元々町に駐留している部隊もいるだろう。後続は必ず送る。だがその前に一つ戦果を挙げてこい」


「あいよ。手段は問わねえってやつか」


「そうだ。忘れるな、後ろの味方のことを考えて、君の力を発揮してもらいたい」




そう言われると、オーディルは返事もしないまま、ただゆっくりとその場を去っていく。

まるで釘を刺されたかのような捉え方をする。

ゲーリングは、オーディルが活躍すれば後ろに控える兵士たちがどれほど心持ち楽になるかを理解していた。槍兵として誰にも届かぬ力量を持ちながら、それを無差別な人殺しには使わないと彼自身は話す。このヤヴィノスクに来るまでの間、幾つもの町で戦闘が発生したが、その過程で兵士たちが民をも殺害するようなことが幾度もあった。

だが、オーディルにとってそれはしたくない、ではなく「してはならない」という自身の決まりが固くそこにはある。

敵の兵士を倒すことによって自分たちが有利になるのであれば、あるいはそれを必要とされているのであれば、そうしなければならない時もある。

だが、それが荒んだ時代の象徴、戦わなければ理解を得られないというものの証拠。

いや、戦ってさえ分かり合えない者たちの方が多いのかもしれない。

しかし、戦いが避けられないものであったとしても、そこに無抵抗の民を虐殺することは絶対にしない。

オーディルは彼なりに戦うスタイルを自分から決めているし、単独行動を第一とするのはそういう一面も含んでいる。そしてそれをゲーリングも理解していた。

相手が兵士であるのなら、倒せ。

強い敵であるのなら、息の根を断つ。

そうすることで、後ろの荷が軽くなるということを、彼はゲーリングから伝えられた。

兵士とはどの時代どの場所でも利用される存在である。



「あら、貴方が皆の前に来るだなんて、珍しいですね」


「………ゼナか」



黒いレザースーツを身にまとい、更にその上に覆い隠すように深々とコートを着込む女性。

中身が戦闘服のために兵士であると判断するが、もしこの女性が普通の私服姿で町を出歩いていたのなら、それはただ美しい細身の女性にしか見えないだろう。

無論、同じ立場であるオーディルからはそのようには見えない。

彼は彼女が幾つかの町を占領するために己の力を発揮したことを聞いていた。




「それで、これからどこへ行くのです?」


「仕事が入った。おめぇとも暫くは会わねえよ」


「そんな言い方なさらずとも……」




はじめ笑みを浮かべながら話していたゼナであったが、彼の反応を見てその表情を変える。

オーディルが愛想の無い男、というのは彼を知る者の間で交わされている共通の意見だ。

だがそれは、彼からすると不必要なコミュニケーション、などというものが必要ないと判断しているからだ。

しかし、今彼は彼女に一つ確かめておくことがある。

会わなければ会わなかったで、態々探して聞くほどのことでもない。

だが目の前にいるのだから、確認しておいても良いだろう。




「……おめぇ、まさかとは思うが、大衆の前で魔術を使ったんじゃねえだろうな」


「何を言うのですか。私の魔術など他人が見ても気付かないようなものばかり。貴方と違って、私の魔力は弱いのですから」


「使うのは構わんが、後始末はちゃんとしろよ。相手が強いのなら仕方ないが、ただの兵士に行使するほど弱くはねぇだろう」




そういうと、彼は町の外、郊外へ通じる道に向けて歩き始める。

ゼナの傍から離れていき彼女にはその逞しい背中を見せ遠のいていく。

彼女はそれ以上話すことも、また返事をすることもしなかったが、彼の話から色々と察するものがあった。

先日の戦い、特にヤヴィノスクより北の町で戦果を挙げた時のことを話しているのだろう。

大勢の兵士を相手にするとき、自分たちが不利な状況では魔力の行使も考えなければならない。

そうしなければ、自分たちが敗れてしまう。

だが、それがあからさまに人並外れたものであると分かってしまえば、幾ら普通の兵士たちとは言えど、その存在を疑うことになるだろう。

魔術師が現実に居ないと思っていながらも、魔術師を題材とした小説などはあるのだから。

彼に釘を刺された形となった。

だが、彼女は反論こそしなかったものの、彼に対して心の内で静かな意見を持ち続けていた。




本気を出せば、貴方の方が秘匿出来ないでしょうに、と。





こうして、ヤヴィノスクにはマホトラス軍の部隊が次々と集まりつつある。

王国領地北部での戦闘を継続しているにも関わらず、大部隊を集結させられるほどの兵力。

それが今、牙となり大陸中央部への道、そして北部で戦闘中の王国軍を挟撃するために動こうとしていた。

これより数日後に、王国の中枢たるウェールズ城に部隊の壊滅、離脱の報が届くことになる。

マホトラス軍の一匹狼、のようなオーディルは、司令官ゲーリングにアトリを含む残党部隊討伐の任を与えられる。

第一目標は、一人にして数十人の兵士を相手に出来るほどの力を有しているであろう、アトリの始末。

そして、その果てに味方兵士の為に敵の兵士を討伐するという目標。



徐々に、王国への包囲網が整っていく。

アトリら残存兵力は、数を増やすことも出来ず、大陸西側の海岸線に向けて撤退を繰り返すのであった。




2-20. 追っ手




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