2-19. 親と子と(Ⅰ)
たとえ結末が分かっていたとしても、戦わなければならない時もあるだろう。
だが一方で、結末を変えるために、今は凌ぎ耐えなければならない時もあるだろう。
今どちらを選択すべきかは、彼にも分かっていた。
ここですべての道を断たれる訳にはいかない。
今、苦しい時、辛い時を乗り越え、次に控える多くの民たちを護らなければならない。
その選択は、彼には頭を悩ませるもの。
それでも、誰かを護るために戦うことに変わりはない。
かつて。
あの男がそうした結末を受け入れ、自ら死を選んだ。
その果てに多くの人が救われたのだとしても、そこに自分を救うという手段が無かった。
だが、それでもあの男は己の力を使い、剣を振り続けた。
彼もまた、間違いなくその男の背中を見続けていた。
何せ、その男というのが、彼の父親だったのだから。
子が父親の跡を継ぐのはごく自然なこと。
だが、その子供に求められたものと、それに与えられた代償は、今こうして計り知れないものとなっている。
彼自身の運命をも変えてしまうほどに………。
疲弊した身体に突如やってきた夜襲。
昼間の戦闘を終えひと段落をつくかに思えたヤヴィノスクであったが、その脅威はまだ去っていなかった。
出来るだけ兵士たちの休息を優先させようと、外周の警備もやや手薄になっていた時に、マホトラス軍はそれを見透かしたかのように攻めてきた。
戦いとは自分たちの都合ばかりで動くものではない。
たとえ前哨戦で相手を阻止することが出来たとしても、後の本戦こそが本命の時もある。
マホトラス軍がヤヴィノスクに送った兵士は、昼間戦闘した兵士とは別の部隊であった。
力量や技量の差はそれほど顕著で無かったかもしれない。
だが、一番は次から次へと別の部隊が侵攻してきたことにある。
補充が出来ないウェールズ王国軍に対して、兵員の補充が行き渡るマホトラス軍。
疲弊した身体で戦うビハインドと、数を調達し次から次へと侵攻できるアドバンテージを持つマホトラス。
たとえ力の差がそう大したものではなかったとしても、形勢がどちらに傾くかは誰にでも想像できるものであった。
更に、彼らはヤヴィノスクの町や民を同時に護らなければならない。
一方で、マホトラス軍は敵を殲滅し町を占領すれば良いだけの話。
たとえその行く末が町の破壊になったとしても、それで相手の戦力を削ぐことが出来るのであれば、ある意味目的を果たしたことにもなる。
防衛者としての立場は辛く、攻撃者としての立場が先頭に立つ。
結局のところ、ヤヴィノスクを護りぬくことも出来ず、一方的な展開を迎えてしまった。
いつか必ず取り返す。
そう思いながらも、生き残った兵士たちは撤退を繰り返すしかなかった。
―――――あんた一人来たってそう状況は変わらねぇ。
自分一人で与える影響など、多寡が知れている。
ジャスタという兵士が言ったように、アトリがどれほど優秀で幾度も困難を乗り越えていたとしても、たった一人が戦況に与える影響は微々たるものだ。
自分の力が役に立てばと思うのは良い。幾らでも考えていいだろう。
しかし、それが常に結果を導くものとなるかは分からない。
それこそ。
一部の奴らのように、魔術師にでもなれば、状況を変えることは出来るのかもしれない。
槍兵の名と思われるオーディル。
未だ名前の分からない黒剣士。
そして、つい先日対峙したばかりの女暗殺者。
いずれも、桁違いの強さを有している。
あの奴らが戦場を支配出来てしまうほどの力を持っているのだとすれば、それは魔術師としての恩恵を受けて戦っているからだろう。
たとえ魔術の存在が敵兵士に知られたとしても、その兵士を殺してしまえば存在は秘匿される。
完全に隠すことは出来ないかもしれないが、結局今までアトリたちが報告を受けてきたのは「桁違いの力」「一人で戦況をひっくり返してしまう」といった、曖昧な情報。
誰も彼もが「あの男は魔術師だ」などという報告をしてはいない。
実際には魔術の心得があるからこそ得られる力なのだろうが、それを誰も感じることがない。
アトリは、その存在を知ってしまった。
知りながら今も生き続けている。
あの女暗殺者と対峙した時、遂には成す術が無くなってしまった。
同じように他の兵士たち…あの部隊長でさえ対峙すれば殺されてしまうだろう。
そうだ。
強さを示すのは剣だけではない。
まして本人の意思だけでも無い。
彼は「少しでも」と願ってしまった。
自分にも、その力が備わって、その影響を自分が受けたとしても、
その果てに人々が救われるのなら、と。
―――――それが分かる、貴方も………。
あの時の言葉が蘇る。
ここはウェールズ王城。
この王国の中心地にして、王家の施政がこの場所から行われる。
更に国の中心地ともなる城下町で栄えた地域で、これほど活気のある町は他にそうは無い。
だが、最近になってこの町や城に少し翳りが見え始めている。
かつて繁栄した頃の面影が暗闇に隠れつつある。
日中を通して今も人で賑わっているのは確かなことだが、それもかつての姿とは異なる気がする。
静かに、ただ静寂を保ったまま王の丘が見え、そこから見下ろされる町の姿。
そんな王城に、一つの凶報がもたらされた。
――――――北西部方面部隊、壊滅的な被害。海岸線への撤退を続ける。
「それは真の情報か…!?」
「はい、閣下。かの地より伝えられた情報によれば、既に幾つもの町が占領され、民たちも捕らわれてしまっていると……」
「………」
王は、それ以上の報告を必要としなかった。
はじめに伝えられた一報だけで状況が把握できる。
そして、今後それがどのように推移していくのかも予想できる。
伝令として遠くからやってきた兵士に休息を与えるため、召使に案内させ王の間から離す。
王の間に残されたのは、王と王妃。
そして伝令をこの空間まで案内した上士のアルゴスの3人である。
「……アルゴス、この状況をどう見る」
「はい。恐れながら閣下、既に北西部に向けた増援態勢は崩壊しつつあります。つい数週間前にも北部から一定量の増援を派遣したばかり…これ以上の支援は難しいものと………」
「…そうだろう」
王の視線が上がらない。
既に領地北西部には幾度か増援を派遣している。
その度に撃破され続けてきたのであれば、もう彼らに余裕はない。
その一報をもらったのは、ヤヴィノスクが陥落してから10日後のことだった。
ヤヴィノスクが施政や経済的に与える影響というのはそう大きくはないのだが、問題点は幾つもある。
北西部の端に近い場所に位置するヤヴィノスクが陥落したことによって、王国の中央部に向かうルートが幾つも掌握されてしまうのだ。
伝令からの情報では、残存兵力は更に西側の海岸線沿いを目指して撤退を続けているとのこと。
無論大陸の西側にも町は幾つも点在しているが、恐らくヤヴィノスクを制圧したことで、マホトラスは中央部への侵攻を本格的に開始するだろう。
いまだ領地北部の部隊が混戦状態にある中で、中央部の侵攻をうけると、背後から挟撃される危険性が一気に高まる。
その状況が整う前に、部隊配置の選択をしなければならない。
中央部から挟撃するかもしれない奴らの対応をするために、北部を棄て撤退するか。
あるいは、目の前の敵を殲滅することを優先するか。
比較的温暖気候にある中央部と寒暖差の激しい北部地域を行き来するには、部隊規模であれば一週間はかかるだろう。
しかし、一週間も大した期間の長さではない。
更に、今北部方面部隊が接敵しているマホトラス軍が侵攻を遅らせれば、より中央部から挟撃される危険性を生み出す。
そこまでの判断は、王とてすぐに出来ていた。
そのうえで、どのように判断を下し今後に向けて対応するかが求められている。
王妃が心配そうに王を見つめる。
国の主であり夫でもある王の苦悩姿は、よく見ない訳ではない。
今まで幾度も手に汗握る展開を経験し、だがその度に何とか乗り越えてきた。
思えばあの時。
貴族連合がウェールズ王国に叛旗を掲げた時に、こうなることを予知していたのかもしれない。
「最終的な決定は3日以内に下す。集められるだけの情報を収集するように、頼む」
「はっ」
事は迅速に対応しなければならない。
だが、王には今この状況における決定の自信は無かった。
上士と親衛隊の者たちと話をしたうえで、決める必要がある。
焦って判断を曇らせ間違いを呼ぶものではない。
上士アルゴスもその考えに同調し、その場を後にする。
王の間に残された、国王エルラッハと王妃フリードリヒ。
「私にも落ち度はあった。しかし事の発端を悔やんでも結果は変えられない」
「貴方……」
「奴らの勢いは明らかに我々の兵力を上回っている。そのうちこの城の近くまで肉薄するだろう…だが、そうであったとしても、この国を滅ぼす訳にはいかんのだ」
ただのプライドではない。
王とて国を護ろうという気持ちは誰よりも強いと思っている。
だが国を従え国を繁栄させてきた代表者として、簡単に終わらせることなど出来ない。
それは、今までこの国のために培ってきたものをすべて失うことにもなりかねない。
かつて、夢を見た者たちが理想を現実のものとするために戦い続けた、あの戦時下。
一つの国が繁栄する過程で斃さなければならなかった者たちのことも含めて、ここで自分たちが崩れ落ちる訳にはいかない。
しかし、王も上士も下士も、奴らに対抗する手段に絶対の自信を持つことが出来ない。
それ故に、大胆な戦略を打ち立てることが出来なかったのだ。
とにかく兵員を増強して相手の攻撃に備える。
その結果が、北西部部隊の壊滅だった。
兵の数では敵が勝り、技量や力量があったとしても、寝床を襲われ死に至る。
であるのなら、いつまで経っても防衛側は押し込まれるだけである。
今こうしている間にも、多くの民が苦しんでいる。
解放させてあげたいのは誰もが思うところだ。
だが、その方法に絶対という文字はどこにもない。
これ以上の被害を拡大させないための対策でしかない。
だが、それでも、耐え凌ぐためには必要な手段を取らなければならない。
「貴方、民たちに声を聞かせてあげて下さい。民も貿易商人から状況は聞いているはず。いくら活気のあるこの町とはいえ、不安が無い訳ではありません」
「…そうだな。貴方の言うことはもっともだ」
もっとも、それで民の不安が晴れるものなら、安いものだが…。
そう、心の中で自分ひとり呟きながら、王の間を立ち上がり、王と王妃はその場を去る。
フリードリヒの言うように、既に貿易商人を通じて情報を知っている民もいる。
貿易商人は、各地を転々としながらその土地の特産品や珍品などを売ることで生計を立てている人物。
そのため、各地の情報には敏感で豊富な情報量を手にしている。
マホトラスの存在を全く知らない訳ではないだろう。
王としても、少しでも民たちの不安が取り除かれるのであれば良いとは思っている。
だがそれが完全に消え去ることは無いだろう。
何しろ、自分たち王族や兵士でさえその不安を消し去ることが出来ていないのだから。
北西部の部隊が壊滅状態にあり、撤退を繰り返しながら追撃されている。
この情報は瞬く間に城中に知れ渡る。
いまだ王城で活動をする人たちを戦慄させる報告。
それは誰一人の例外も無く、召使とて同様であった。
よく彼、アトリの部屋を掃除するためにやってくるメディアも、それを凶報と判断して身を震わせた。
それほどまでに恐ろしい相手なのだ、と。
そんな相手に自分から立ち向かい戦うなど、命が幾つあっても足りはしない。
召使で戦闘の知識が無い彼女とはいえ、それが分からない訳が無い。
仕事中であるというのに、移動中のフロアの中で一人ぽつんと立ち尽くし、色々と考えてしまう。
もし、既に彼の命が無かったとしたら?
多くの人の命が奪われ、その一人に彼が含まれていたとしたら?
でも、それを思っても私には何が出来る?
否、私はここで報告を待つことしか出来なかった。
――――――あんたが気にしても、状況は変わらんよ。少し落ち着きな?
まるで今メディアが深刻に考えていることを見透かされたかのように、声をかけられる。
我に返りその声にビクッと反応する彼女。
同じく女性の声だが自分のよりは明らかに男勝りだが、それが逆に頼れる女性というイメージを持つ。
彼女が振り返った先に居たのは、女性兵士であるクロエ。
クロエは、メディアがアトリとよく会話をしていることや、仕事を頼まれていることを知っている。
メディアと話したことも何度かあるが、そう関係性が深い訳でも無い。
だが、彼女の今の姿は後ろ姿を見ただけで、あの情報を聞き不安に思っていることだろう、とクロエが判断して、それを少しでも和らげようとしたのだ。
兵士として、と言うよりは、女の勘が働いたようなものだ。
「クロエさん…!?」
「仕事は良いの?」
「え、いやそんな訳じゃ…ただ今は少しだけ余裕があったので…その…!」
「なら、ちょっと付き合わない?」
まさかそのようなことを言われるとメディアも思っていなかったが、
多少寄り道などしたところで何か言われるほど、召使が忙しいという訳でも無い。
クロエは、基本的に外部へ派遣されることが少ない。
城や城下町、またはその周囲の町が行動の範囲であり、それらを防衛する役割も持っている。
ただ、今はそれ以上に急務の仕事もある。
純粋に兵士の数が足りていない、というのがその理由の一つであり急務の内容だ。
彼女は、兵士となる者たちを育てなければならない。
一人でも多くの戦力を獲得し、それを戦場で活かすために。
昼を過ぎた時間帯。
クロエとメディアがやってきたのは、今の時間帯はただ広いだけの空間、食堂だった。
昼間はここで兵士や召使、様々な使用人がここで休憩を取るのだが、今は各々が職務に行くなどしている。そのために、この空間は彼女たち以外に人がいない。
「どうして私を…」
「心配なんでしょ?あいつのことが」
「………」
メディアは、正直に「はい」と答える。
無理もない。クロエだって彼のことは心配である。
今まで彼の傍で彼の教育に携わった者として、また彼と共に成長する機会があった者として、その人の無事を聞くことが出来ないのは心が痛ましい。
だが、もし彼に何かあったとしても、この国は続かなければならない。
「大丈夫。なんだかんだで、あいつは生きる。確かに多くの苦労を背負い込む奴だけど、それでも自分の信条を曲げるような奴じゃないし、それが間違いだと思うことも無いさ」
「信条…アトリさんの…?」
「そう。あれが小さい時からずっと変わらない。あいつ自身は何度も折れ砕けても良いくらいの経験をしているのにね」
―――――どんなことがあっても、それだけは譲りたくない。
それが、アトリという少年がクロエに語り掛けた言葉の一つだ。
彼が兵士として戦う理由の一つにもなる、彼の信条。
たとえどれほどの苦難が待ち受けていたとしても、自身の信条が間違いだとは思いたくない。
そのために彼はずっと戦い続けてきた。
しかし、彼はそれが折れ砕けてもおかしくはないほどの経験を積んだことがある。
メディアからすれば、その話は全く聞いたことのないこと。
アトリは自らの過去や身の上話をするような人では無かったから。
今まで何度も会話をする機会がありながらも、そういった話をするようなことは殆どなかった。
「たとえば…それは?」
「…そうだね、あいつと程度の親交があるあんたには言うけど、あれは親を亡くしている」
「………!!」
「何もそれだけなら驚くこともない。言っちゃ悪いけど…このご時世はそういう人も多い。無論そうでない方が恵まれていると思うけどね」
―――――――でも、その父親というのが、この国の優秀な兵士だった。
それはメディアにとって初耳のこと。
親が兵士であり、その兵士が既に亡くなっているということ。
まるで親の跡を子が継いでいるような流れがそこには組み込まれている、そのように感じたメディア。
兵士であったのなら、自分もその親を見ていたかもしれない、と彼女は考えたが、それを先読みしたかのようにクロエが否定した。
確かにこの城に居たこともあると言うが、主に領地北部の部隊にいたというのが、アトリからの話だったと言う。
彼が元々領地の北部で暮らしていたというのも理由として挙げられる。
兵士としての責務を全うしなければならない彼の父親は、それでも幼い子供を長期間一人にしておくのは心苦しいと、王城での勤務はしなかった。
「マホトラスが領地を占領するために一時的に侵攻してきた時だったと思うよ。親は民たちを、兵士たちを護ろうと戦い続けた、けど遂には膝をついて斃れてしまった」
「………」
「だから、あいつがそういう信条を持つのは、親の影響をストレートに受けているから、なんだろうけどねぇ…」
無論クロエは彼のそれを悪く言っているつもりは全くない。
それについてはメディアも同意見だし同じような感触を得られていた。
だが、二人とも共通して、親が成し遂げようとしていたことを想像していた。
そのうえで、今彼が持ち得る信条と行動を結び付けていた。
決して簡単な話ではなく、軽いものでもない。
誰かを護るために自分の力を尽くしたい。
その考え方はとても立派なものだろうと思う。
だがこのご時世にとってはあまりに危険すぎる考え方でもある。
人助けは大いにすべきなのかもしれないが、その果てが親と同じ結末であるべきではない。
「あんたが考えるように、あいつは色々と背負い込み過ぎている。あの目であらゆる物事を見続けてきた。正直子供とは思えないほどしっかりしているけど、それはあいつがそういう経験を誰よりも積んできたからだ。私もそうだったが、実際の戦場は口で語れるようなものではない。だから、あいつの父親が経験したのも、そういう世界なんだと思う」
「…それをアトリさんは、ずっと耐え続けてきた…」
「そうだね、そういう見方もありだろう。だけどね、私の考えは違う。あいつは、もうそういう汚れた世界観に適応しちまってる。誰かを護るためには武器が必要で、誰かを護るために誰かを傷つけなければならない、ということもね。本人は否定したがるだろうけど、それが世の理だと分かり切っているのさ」
――――――そうだと分かっていながら、あいつはそれを否定できない。だから留まることも無い。
「…それは、アトリさん自身が持つ信条を、アトリさん自身が成し遂げようとしているから…」
「そう。否定すれば、それは自らの信条を否定することにも繋がり得る。あいつがいるのはそういう世界だよ。私には到底耐えられそうにもないものだけどね…」
それからのクロエの表情というもの、俯き加減で彼を心配するような表情も時折見せた。
メディアもそれを見て心苦しく思う。
そのような経験を積みながら、自分たちは何一つ彼にしてあげられることはなかった。
まだ彼が戦場に斃れたというような情報はない。
出来ることと言えば、彼が生きていることを祈るくらいなものだろうか。
いつか、そんなことを思う日が来なくなれば良いと思う。
マホトラスとウェールズの分裂が招いた激しい抗争。
それを始めたのは当然人であり、終止符を打つのも人だ。
「せめて、アトリさんに支えがあれば、と思うのですが…素人の目からすると…」
「…ははは、確かにそうだね。でもあいつは馬鹿だからさ、そういうのに疎いんだよ。人への気遣いは忘れないのに、それが自分に向けられてるってのをあいつは中々分かっていないんだ。そこが面白いっちゃ面白いんだけどね」
クロエだけでなく、王家のエレーナやフリードリヒも、そういったアトリの人となりは既に理解していた。
何もそれが悪いということではないのだが、年頃の青年にしては「誰かを好きになる気持ち」や「誰かと傍に居たいと思う欲」が薄いのだろう、と思われていた。
メディアも、アトリと接する時は仲の良いと感じる時もあるが、誰かに対して特別な感情を抱くようなものは感じられなかった。
「まぁ、今の私たちに出来ることなんて限られてる。気にし過ぎるのも良くないさ」
正直、この戦いは厳しい。
いずれこの地が戦場となろうとも。
兵士としてなら、この見方があって当然だろう。
幾度も情報を得る機会はあるが、その度にウェールズ王国軍は押し込まれているのだ。
そして、北西部の部隊は増援なども含めて壊滅状態にある。
もう、町や民を護れるような状態にはない。
この後彼らがしなくてはならないのは、他の部隊に合流すること。
そのために数多くの町を見捨てることも考えなければならない。
自分たちの命が絶たれることで、戦力が削がれ結果的に王国が不利になるというのであれば、
出来る限り被害を少なくして、その後に領地を奪還するという方針を取ることも考えなければならない。
そうなれば。
なお、アトリの心境は複雑なものになっていくのだろう。
愛弟子のように可愛がり、今では自分よりも遥かに上を行く年下の青年を見て、
クロエの心は少し沈む。
自分なりに彼を鍛えた経歴を責任あるものと感じていた。
むしろ、彼女自身が「あまり気にすることは無い」という言葉をかけることで、
自分自身を律していたのではないだろうか。
その後も、クロエとメディアの会話は少しだけ続く。
彼のいないところで話される、親と子の話だった。
2-19. 親と子と(Ⅰ)




