2-18. 逃避へ
「ぐっ………!!」
「まさか反応されるとは思いませんでした………ほう………貴方は敵意を察知する能力があるのですね」
それはあまりに突然の出来事。
彼も驚いた表情、目を大きく見開きながら、不意の来訪者の短剣を自身の剣で受け止めていた。
ドアが急に開いたかと思えば、一人の女性が猛烈な速度で短剣を突き進んできた。
アトリはそれに対し剣を鞘から高速で抜き出し、刃の根元でその突きを弾いた。
更に女性の二撃目が高速で振り下ろされると、アトリはそれにも目が追い付き対応する。
両者で鍔迫り合いが発生したが、アトリは剣に力を入れ一気に相手を押し出した。
そこで一度間合いが開く。
驚いたのは相手が急に出現したこともあるが、自分が相手の奇襲に何ら後れを取らず対応できたことも含んでいた。
その女性は、よく見ると彼が夕刻時に話をした相手であった。
自分たちが危機的状況にあると言うのに、まるでそれを他人事のように話す女性。
その違和感は、敵兵士のものであると的中していた。
「……、それはどうかな」
「一応話しておきますが、私は気配を消しながらここにやってきました。にもかかわらず、その速度で反応できたと言うことは……」
確かに今よく反応できたと思う。
だが……それよりも今は目の前の……。
夕刻時に会った彼女と同じように、ただ淡々と言葉を話すだけのその女性。
一方、突然の出来事ながらも対応し、息を整えながら剣を構えるアトリ。
その時。
同じ家の中から兵士の声が聞こえてくる。アトリを呼ぶ声だった。
声と共に足音が聞こえてくる。
無理もない、突然激しい物音と鉄とがぶつかり合う音が鳴り響いたのだから。
室内に居てもその異常に気付くことは出来るだろう。
女性もその声に気付き、一瞬だけ後ろを確認しようと目線を外した。
「!!」
アトリはそれを見逃さなかった。
目線の外れたその女性に向けて、容赦なく高速の一撃を繰り出す。
彼女もそれに気付いてすぐに短剣を構え直したが、その構えが不完全なもので、剣による一撃を食い止められなかった。
力のあまり激突された短剣は持ち主の手から離れ、勢いよく部屋の天井に突き刺さった。
アトリは再び一撃を繰り出す。その短剣を拾う隙などどこにもない。
すると、彼女は左から右に振られたその一撃をジャンプしてかわし、一気にアトリの背後を取った。
彼の背中に強烈な危機感が迸る。
悪寒にも似た感覚は、間違いなく自身が危険に晒されていることを証明するものだ。
それから逃れる意味でも、アトリはすぐに後ろを振り返った。
「あっ……!!」
だが、そこでアトリは一撃に対応しようと素早く構えたのだが、彼女は来なかった。
それどころか、彼はその行動に再び驚きを隠せない。
彼女は勢いよく目の前のガラス戸を破壊し、その勢いのまま下の地面まで降りたのだ。
ガラスが割れる音が周囲に響く。
恐らく後ろから味方の兵士たちがその異変に気付いてやってくるだろう、とアトリは分かっていたが、この時は後ろのことは気にせず、目の前に現れた明確な敵を追う。
アトリも2階から1階に壊れたガラス戸を抜け降りる。
「な、なんだ!?」
「アトリ…さん…!?」
兵士が階段を上がりその部屋に来たときには、既に外の冷え切った風が室内に入り込むばかり。
そこにあるはずの兵士の姿がなく、またこれだけ荒れている状況を見て何かあったと判断するにはあまりに容易いものであった。
兵士たちが壊れた戸から外を眺めると、部屋で休んでいたはずのアトリと、月明かりに照らされたレザースーツを身にまとう何者かが、剣と短剣で戦闘をしていた。
しかも家から遠ざかり、走りながら互いが剣戟を交わしている。
走りながら戦うことの他、相手の一撃をかわしたり体勢を崩して避けながら戦闘を続けているその様子が、二人とも常人の領域を超えているように、彼らには見えてしまった。
お互いに一歩も譲らず、離されもしないまま戦闘が続いていた。
だが、大きな十字路に出たところで、アトリが急にその場から踏み込み飛び上がったため、女性の兵士もそれに対応すべく地面で構えた。
どのくらいの滞空時間があっただろうか、だがそこから振り下ろされた一撃が、彼女の剣に直撃する。
高まる剣気に反応する力が短剣を木端微塵にし、無残な音だけがその場に残る。
「…まさか一人で来た訳じゃないだろう」
「あら、何故そう思うのです?私は一匹狼、群れで行動するのは時と場を選びます」
「…なら、俺を狙う理由が確かにあると言うことか」
アトリには既に察しがついていた。
この女性が態々変装してまで敵地に乗り込んできたという事実。
その勇敢さは評価に値するところだが、相手は敵。
素直にそれを褒めるほど彼も寛容では無かったが、その目的は確かなものにしようとしていた。
昼間の戦闘では、彼の功績もありマホトラスを撤退させるに至った。
町の占領を目指していたであろう奴らに対し、アトリは短時間で大勢の兵士を斬り殺した。
その生き残りの兵士が、ウェールズに厄介な兵士がいるなどと噂をしたのだろう。
それが事実であるか否か、確かめるために「暗殺者」であるこの女性が送られてきた。
危険な目は早々に摘み取っておくことに越したことは無い。
それは、かつて彼と対峙したあの黒剣士や槍兵とて、思っていることではないだろうか。
「なるほど……オーディルが褒めていたのも、分かる気がします」
「オーディル……?」
「貴方と戦った兵士のこと。あの野郎はいずれ強くなるっていう言葉……でも、私は彼のように戦闘をお遊びのようには考えない。純粋に強い敵と戦う…ということよりも、私たちを阻む者は葬っておきたいもの…」
その時、アトリはオーディルと呼ばれたその男が、彼と対峙したあの槍兵の名前であることを察した。
確かにそうだ。あれほどの実力を持っているのであれば、あの場でケリを付けることも出来たはず。
それを見逃して態々このような場でこの女性が送られて来ているのだから、オーディルは他の兵士たちとは考え方が異なるのだろう、と察することも出来る。
だからといって、アトリがその事情に考慮する必要などどこにもない。
等しく敵であるのなら、排除するしか他に手は無い。
今目の前にいる女性は既に武器を手に持っていない。
持ち得る二つの武器はすべて退けた。
「因みに言っておきますが…私は剣が無くとも戦えます」
―――――――油断したその瞬間こそ、待っているのは死です。
冷酷に、そして淡々と、そう呟いた直後のこと。
突然その場に今まで以上に張りつめた空気が流れてくる。
全身をピリピリと引き締められるこの感覚は、アトリにとって覚えのあるもの。
既に何回か遭遇している感覚の一つであった。
本能が全身に訴えている。
あの時と同じように、目の前の女性が先程までに比べ高圧的なオーラのようなものを持っている。
まるで彼女が意図的に力を宿したかのように、その雰囲気、空気が空間を通じてアトリに対してのみ接触してくる。
武器を持たない女性が戦う手段など、他に何があるだろうか。
彼は相手の出方が読めず、間合いを詰めることも出来ない。
逆にその開けた間合いが不気味な空気感さえ漂わせている。
「………」
敵ながら考えることは全うな台詞。
油断すればそれが自分にとって命取りとなる。
そう思い、彼は剣をガッチリと構え直した。
すると、彼が構えた直後に彼女はその身体ごと突進してきた。
何を考えているのか。
何をするつもりなのか。
アトリが剣戟を一度入れるだけで、彼女の身体は頭部から腹部にかけて真っ二つにすることも出来る。
それは彼女とて理解していることだろう。
だというのに、彼女は突進を止めない。
ここまで接近させられては、もうアトリとしては他に取る手段がない。
彼は大きく、ただ一撃を放つためだけに剣を振りかぶり、そして下ろした。
「なっ………!?」
「言ったでしょう?剣が無くとも戦える、と」
その手段を、彼は考えなくは無かった。
武器を持たぬ者でも戦う手段は、幾つかある。
子供同士喧嘩をするときによく用いられるし、それを目にしたこともある。
だが大人になれば、特に兵士になればそのような戦い方をする者は少なくなるだろう。
武器を持つ相手に、武器を持たない相手が勝てるはずがない。
だが、彼女を前にそれは偏見であったかもしれない、と彼は思い知らされる。
思わずその場で声を漏らした彼。
彼の放った一撃は正確に相手の身体中央部を斬り裂かれるはずだった。
だが、実際には予想も出来ないことがその場では起こっていた。
彼女は文字通り、剣を持たず戦いを強行している。
彼の放った一撃は、彼女の繰り出した「拳」で防がれる。
さらに、拳から放たれたその一撃が剣戟に対してあまりに強い抵抗だったのか、彼は態勢を大きく崩して瞬時に後ろに後退する。
何と彼女は生身ながら剣戟に耐えてしまっている。
普通であればあり得ない。いや、そもそもそんなことが起きていいはずがない。
だが起きていることが現実だ。
それでもアトリは対処を考えられるほど、頭の中では冷静に働いていた。
だが、それが実行に伴わない。
彼女の素早い拳打が周囲の空気を圧迫しながら彼に放たれていく。
その見た目の身体からは想像も出来ないし、まして剣を弾く拳など聞いたことが無い。
「んぐっ…!!やはりお前……!!」
「ふふふふ………それが分かる、貴方も………」
「何……ぐっ!!」
そう。
この女性は、魔術師だ。
彼の中に備わっている本能が、彼女を警戒せよと訴え続けていた。
鳥肌を感じ寒気を受け止め身が凍るような冷たさを感じながらも、戦いを続けていた彼。
彼女とはじめてこの町で会った先程の時間、あの夕刻の時に感じた異なる空気。
それは彼女が魔力を持っている可能性があることを示唆していたのではないだろうか。
本能的に警戒すべき相手を自分自身が既に理解していたのではないか。
相手は魔術師であり、魔力を有する兵士。
それが自分でも分かる相手であるということを。
彼女の拳が一打ずつ直撃する度に、今までに受けたことのない衝撃が彼の身体に襲い掛かる。
剣さえ弾き返してしまう鋼鉄の拳には、間違いなく魔力による細工が施されているだろう。
でなければ、そんなこと起こり得るはずがない。
拳が魔力で強化され、その一撃もまた強力になり、受ける攻撃が全身に鞭を打つように衝撃が広がっていく。
攻撃をする姿勢を整えられず、彼は防戦一方となる。
彼女は速度を緩めることなく拳を突き出してくる。
油断すれば肉弾戦とは言え身体を貫かれる可能性だって捨てきれない。
隙を伺おうにも、相手の動きが機敏で全身を使って動き回りながら、素早く攻撃を入れてくる。
対応するだけでも精一杯であった。
戦っている最中。
突如町の中に人力で鐘の音を鳴らす音が響き渡る。
今まで夜中に鳴ることの無かった音。
これは今目の前で戦っている女性が侵入者で、それに対する警報なのだろうか。
「………!?」
「………」
――――――いや、違う。
彼は自然と周囲の状況を察知する。
この鐘の音が鳴らす本当の警報は、この女性に対してのみではない。
緊迫した空気感に近づいてくる多数の足音。
味方兵士たちの大きな叫び声。
「敵襲だ!敵襲!!!」
そう。
警報は彼女に対してのみではなく、それは敵本隊に対してのものであった。
今は夜中であったが、その警報は鳴り響く。
既に眠りについている民や兵士たちもいたことだろうが、悪魔の囁きが彼らを心底震わせる。
外周警備を突破したマホトラス軍の兵士たちが、大勢詰めかけて来ていた。
彼からはそれを把握することが出来なかったが、既に町の中までマホトラス軍が侵入しつつある。
夜間の警備は昼間のそれとは違い、人数を多く割いている訳ではない。
更に、戦いの後の夜間ということもあって、負傷兵も多く警備に対応できる人数が少なかった。
必然的に町の外周の防衛は手薄になる。
それを狙ったかのように、マホトラス軍は進軍してきた。
つまり、昼間の戦闘はあくまで前哨戦であり、本番はこの夜。
闇夜に照らされる月明かりを頼りに、彼らは兵士を投入し一気に町の仲間でやってきた。
「……これが狙いか………」
「…はい。戦況は常に掌握するものです。貴方との戦いも、そう」
………まずい。
このままでは、皆やられてしまう。
それがアトリの本心から出た心の中の言葉であった。
切羽詰まる状況で追い詰められた時、このような本音が出てしまうのだろう。
今まで幾度か経験したことではあるが、その度に何とかして切り抜けてきたこともある。
結果的にそれがその町やそこに居る民たちを護ることに繋がったこともある。
…だが、それとは相手が違う。
今目の前にいる彼女もそう。
それ以外にも、大勢のマホトラス軍を相手にしなければならない。
昼間の時点で彼らと自分たちとの間には、数の差が発生していた。
どうにかして切り抜けられたものの、補充のきかない戦場で疲弊した中、相手と戦うのは相当厳しい。
彼女と対峙する中で、周りの兵士たちが次々と飛び出して来て、各々が兵士たちと戦おうとしている。
町の中は騒然としていた。
そのような兵士たちの動き、また不意の奇襲に怯えて逃げ惑う民たちの姿。
男は、再び絶望の淵に立たされる。
一歩踏み間違えば、何もかもが暗闇の中。
いや、既にその立ち位置にいるのかもしれない。
このままでは……誰一人護ることなど……。
既に町の中で戦闘が始まっている。
彼の視界に入るもの、入らないもので、様々な音と共に状況が伝わってくる。
鉄と鉄とが打ち合わされる音。
悲鳴にも似た声の数々。
彼らを助けに行きたいが、その場合は目の前の女性を倒す必要がある。
だがここで戦闘を続けていては、護れるものも護れなくなってしまう。
手段を選択しなければならないその状態は、結局のところ何かを放棄するというもの。
既に「詰め」の状態であった。
―――――その時。
「はっ……!」
「………!!」
不意の暗殺者に向けて突如放たれた攻撃。
それは目の前で対峙していたアトリによるものではない。
アトリ自身がその一撃に気付いて後ろに一歩下がったくらいのもの。
突如目の前に現れた別の男の背中。
その攻撃に対応すべく防御を構えた彼女は、男の剣戟を受け止めながらも地面をこすりながら後退した。
砂煙がやや舞う中、現れた男。
「部隊長……!!」
何というタイミングで訪れた加勢だろうか。
既に詰みの状態でこれからどのように対処しようか、というところで、部隊長が現れた。
恐らくこの戦闘とマホトラスの兵士たちが奇襲してきたことで、家から飛び出してきたのだろう。
偶然と言えば偶然だ。
しかし、アトリには部隊長の介入どころか、他の兵士のこの女性に対しての介入は絶対に避けたかった。
何故なら、今の一撃だけで分かる。
何故剣を拳が弾いてしまうのかが。
部隊長の表情を彼は横目で確認するが、部隊長は特に驚愕することもなく、ただ額に汗を流しながら眼光を走らせていた。
「アトリくん、ここは私に任せて、君は逃げろ!!」
むしろ、驚愕させられたのはアトリだった。
彼女との間合いが開いた時、部隊長は彼に対し開口一番そのように放った。
彼の眼が大きく見開いて部隊長の方を見る。
だが、部隊長の目線は真剣そのもの。
どこにも偽りも嘘も無い、それが彼に対して求める行動なのだということが見て分かる。
――――――彼女との介入を絶対に避けたい。
それは、自分を含め他の兵士たちですら絶対に敵わないであろう相手だ、ということが分かっていたから。
何故なら、彼女は魔力を有する者、魔術師。
魔術師には魔力を持つもので対抗しなければ、勝ち目を見出せない。
それが当たり前の考え方であるのなら、今こうして目の前に現れた部隊長とて、敵う相手ではない。
たとえそれが暗殺者であったとしても、そうだろう。
「なんですって……!?」
それがあまりにも予想外のことであったから、彼は思わず部隊長に声を荒げて聞きなおす。
「ヤヴィノスクはもう持たん。だがここですべて殺られてしまえば、後が無くなる!」
「しかしここにはまだ大勢の民が…!!」
――――――いいか、時の選択を誤ってはならない。ここは堪える時だ。
ここで君が最後まで戦ったとしよう。
だがその結果が死であってはならない。
ヤヴィノスク以外にも多くの町がある。
多くの民が今も護られる立場にある。
だが、この町の情勢をひっくり返すのは容易ではない。
彼らを護るためには、君たちの力は絶対に必要だ。
既に結果の読めた状況の中でその力を振る舞うべきではない。
「かつて私の知る友人も、そのような状況の中で必死に戦い、多くの人を護ったことがある。だが、その男の結末は自分を犠牲にして他人を生かすことだった」
「………」
「君に同じ轍を踏んでもらいたくはない。だから行け!」
まるでさっさとこの町から出ていけ、と言っているようであった。
だが部隊長の言うことが全く理解できないアトリでも無かった。
そして、その真意がどれほどこの状況において的を射ているのかも分かっていた。
彼とて分かっていたのだ。
もしこのタイミングで敵兵士に攻められるようなことがあれば、ヤヴィノスクは護れない、と。
その状況が現にここにある。
今は犠牲を払うべきではない。たとえ困難な状況が続いたとしても、いつか対抗できるための手段は残しておかなければならない。
部隊長は、その一つに彼の存在をあげたのだ。
彼は、それ以上答えることが出来なかった。
部隊長の行動が正しいと思ってしまったから。
それは、彼が「誰かを護るための剣を取る」という手段の一つではある。
自分が生き残ることによって、自分に護られる民がこの先何人もいるだろう。
だが、目の前の状況を棄てて退くということを、彼自身の信条は正しいものとは思いたくは無かった。
そうせざるを得ない。
だから、彼は目の前に犠牲を差し出してしまった。
「……なるほど、随分とあの子を高く評価しているみたいですね?」
「…どうかな」
当然じゃないか。
あんな子供に何もかもを背負わせたくはない。
ならば、この場凌ぎは私が買って出よう。
いつか彼には、この国が窮地に立たされる中でも立ち上がってもらわなければならない。
…そうしなければ、あの男に何と言えばいいのか。
最期まで己の信条を貫き、ただひたすらに一人でも多くの人を護ろうとした、あの男を。
…あぁ、少しだけ懐かしい思いをした。
そう古くは無い記憶のはずなのに。
まさか、このようなところで会うとは思わなかったな……。
男は、剣を構える。
女は、ただ立つのみ。
そこにそれ以上の言葉は必要なかった。
ただ、男の記憶の中で、一人の男の情景が再生される。
決して遠くないあの日に消えて行った、たった一つの命。
自らの命を落としてまで護り通したいものがあった男の、信条。
男は、アトリを知っていた。
はじめ会った時から、その顔には見覚えがあった。
間違いなどではない。
確かに薄れていた記憶かもしれないが、その存在があったことは事実だ。
そして、彼もまた、ある男の背中を追い続けていることを理解した。
そうなるべきではない、今はまだその時ではない。
確実にあの男と同じような道を歩んでいるその少年の、未来をここで消したくはない。
彼ならば、遠き日に必ず役に立とう。
いつかの、あの男のように。
―――――――そう。彼の、父親のように。
2-18. 逃避へ




