2-17. 不意の来訪者
その場にいた誰もが思ったことだろう。
この技量を持つ少年は尋常ではない。
桁違いの強さを持っている。
というよりは、内に秘めている。
それが引き出され続けば、この戦いのみならず、多くの戦いに勝つことが出来るだろう。
多くの味方兵士を失った代償に、彼の力が実りある結果に結び付けられれば。
しかし、ジャスタは彼を危惧したのだ。
彼があの力を、まるでスイッチを入れるかのように急に実行したのだとしたら。
あの状態が常に引き出される状況化が続けば、彼の身体がどうなることか、と。
「チッ…あいつらも中々やるじゃんか」
「まぁ勝ち続けという訳にもいかないだろう。兵員の補充は余裕あるが、しかし……」
それからのこと。
アトリらが目の前の脅威を排除した後、状態は共和国に有利に傾いた。
ウェールズ王国の兵士たちも善戦し、多くの犠牲を出しながらも、数の上で有利な相手を結果的には撤退させることに成功する。
町まで侵入されていれば、民たちに混乱が発生するだけでなく、入り組んだ地形の中での戦闘は不自由が多かっただろう。
そういう意味では、相手の侵攻を食い止められたのは、一つの結果としては上出来であった。
廃れた町、焼け焦げたにおいが未だ残る町の後方に、マホトラスは部隊を集結させていた。今まで戦闘していなかった部隊もいるが、被害が拡大する前にヤヴィノスクから撤退してきた部隊も合流する。
その会話は、マホトラスの兵士たちによるもの。
「噂に聞く槍兵ってのは、一体どこにいるんだ?」
「知らんね。なんでもたった一人で戦況をひっくり返す実力の持ち主って噂の男だろう?そんな奴がいたら苦労はしねえってのになぁ」
「そう、噂によれば単独行動ばかりって融通の利かない奴なんだとさ」
戦争が続く中で重要とされる要素は幾つもあるが、そのうち強い兵士が前線で戦うというのも含まれているだろう。
弱兵ばかりがただひたすらに攻撃防御を繰り返しても、それ以上の力量を持つ者がいれば倒されてしまう危険も充分に考えられる。
だが強者が最前線でリードするようになれば、戦況を大いに有利に持っていく可能性も見出せる。
単純に技量や行動力だけの話でもないのだが。
基本的に戦場では数の有利が求められる。
それは、お互いの力量が互角であった時にどちらに形勢が傾くか、勝敗を分けるものに繋がる。
だが、そのような状況下であっても、戦いを有利に引き込み相手を陥れる存在なのが、魔術師だ。
彼ら兵士たちには魔術師なるものの存在は知らされていないし、知る機会もない。
ただ、彼らに見えるその姿は、その人たちが「あまりに強い」ということ。
身のこなし、扱う武器、戦闘におけるセンス…何もかもが規格外。
彼らの言う槍兵も、そのうちの一人だとか。
しかし性格や行動に難がある、というよりは扱いづらいなどと言われている。
槍兵の存在を知る者は多くいるが、その姿を見る機会が少ないとも言われる。
見る機会が無いのであれば、その力量を伺う機会もない。
「なんだって毎回初戦は様子見なんだ?確かに別の町に来たから相手がどう出てくるかを確かめる…っていうのは分かるけどよ。その槍兵とか、ゼナ様がいれば初戦でぶっ飛ばせるじゃんか」
「そうは言うけど、俺たち下っ端には上の考えることは分からんよ」
「ちげねぇ。はぁ…」
―――――ただ戦って勝てば良いというものではありません。前情報が大事です。
「……ゼナ様っ……!?」
「っ……!!」
二人の兵士が野外で半ば愚痴にも似た話をしていたところに、『ゼナ』と呼ばれる女性の兵士が通りかかった。運がいいのか悪いのか、それを見た兵士たちはすぐに頭を下げて一礼する。
ゼナは丁寧に頭を上げるよう言った。
170cmほどの長身でやや髪の長い女性。上半身も下半身も一体型の黒いレザースーツを着込み、その上に大きなコートを身に着けている。全体的に細身の身体で足が長い、まるで町で人気を集めるモデルを務めているかのような体系の女性だ。
そんな女性だが、左右の太腿には細身で鋭利なナイフを収納できるホルスターを身に着けている。
「それに、単独行動ということであれば、私も例外ではありませんよ」
「い、いやしかし、その……」
「ぜ、ゼナ様は先日の戦いで武勲を上げたではありませんか!自分はよく見ていました」
「貴方たちの思うところは分かります。オーディルが現れないのを良しと思わないのでしょう」
オーディルと呼ばれる男、それが槍兵の名前だというのは兵士でも分かっている。
噂に聞き類稀なる槍つかいだというが、その姿を最前線で見た者は殆どいない。
彼が単独行動でいつもどこかに消えてしまうことも、噂として広められているからだ。
それを、ゼナも知っている。
兵士たちの不満が募るのも無理はない。
今目の前にいる二人は、そのオーディルという男が戦線に現れれば、一気に片を付けられるのではないか、と考えていたからだ。
しかし、先日の戦いでオーディルがいなくとも、ゼナという女性の功績によって圧倒的なまでの実力差を見せつけることが出来た。
彼女はそれを話す。
「彼はまぁ、大目に見てやってください。それに、今のところ彼がいなくとも何とかなっているでしょう?……最終的には、ね」
「………」
ゼナは淡々と冷静に話を進めるのだが、兵士たちからすればわずかに浮かべた笑みと感情がこもらない言葉の掛け合わせは、冷酷なものとしか思えなかった。
彼女は自分自身で単独行動タイプだ、と言っているが、先日の戦いでは味方が押されていたところに現れ、圧倒的な実力差で形勢を逆転するに至った。
そう、彼女の存在こそが、ジャスタや他の兵士たち、あるいは偵察兵がアトリにもたらした情報の中にあった、あまりにも強い敵、敵わない相手というものであった。
敵であればどのような人であれ殺そうとする。
相手に逃げる隙を作らない。その身の実力を以て相手を封じる。
情報として確実なものがウェールズ王国にはもたらされてはいない。
が、とにかくも強いという情報は確かだろうとは考えられていた。
何しろ、二つの町を消したうえで兵士たちを大勢殺害したのだから。
「ゼナ様、これからどちらへ?」
「今晩の宴のために、私は先に一人で向かいます。……これを着てね」
彼女が指さしたのは、剣や鎧などの武器や防具の他、ウェールズ王国の兵士たちが身に着けているワッペン付き部隊の服装であった。
王国の正規兵は全員が共通した服装や武装をしている訳ではないが、部隊の紋章などは共通している場合が多く、それらを飾った服装で統一させる部隊も中にはある。
ゼナは死体の中から比較的状態の良いものを奪い取り、傷を入れるほか、わざと汚すなどして細工をしたものをここに持ってきたのだ。
剣や鎧なども、王国が兵士に支給する基本的な装備と同じものである。
その装備の一覧を見れば、この女性がこれから何をしようとしているのかは、すぐに分かる。
「しかし…ゼナ様、突然兵士が合流して怪しまれないでしょうか」
「王国の兵士たちは今兵員不足と聞きます。一人でも多い方がありがたい、と思ってくれることでしょう。それに、報告にあった強い兵士、という人に会ってみたいですから」
「あー…えっと、本隊とは違うところにいた男の話ですかね」
「はい、そうです。そんなに強いのであれば、一度会ってみたくなりませんか?」
まるで好奇心のある少女の意見であったが、兵士たちにはその真逆。
そんな強い人を相手にしたくはないし、見ることも避けたいと思っていたところだ。
だがゼナが普通の兵士たちと違うのは、そういった考え方も含んでのことだろう。
彼女は純粋に敵である「彼」の存在を知りたがっている。
それは、敵であっても強者であるのなら、同じ戦う人間として単純にその力量を知りたいという欲望の一つであった。
「それに…手合わせもしてみたいですし」
そう言い終えると、彼女は再び武装一式を両手で胸に抱きかかえながら、壊れた建物の瓦礫の中に入っていく。恐らくあの服装に着替えて出発するのだろう。
細身でスラッとした見た目に反して豊満な胸囲を持つ彼女が、何故あれほどまでに戦うことが出来るのだろうか。兵士たちでさえ気になっていた。
純粋に強いとも言えるのだろうが、とてもそれだけでは説明しきれないだろう、と。
しかも女性の兵士という、決して男性と比べれば肉体的なアドバンテージを得ることは難しいだろうというのが普通の考え方である。
ゼナは着替えた後、再び瓦礫から出てきて、たった一人で走りながらヤヴィノスクを目指し走っていく。
その姿はウェールズ王国の兵士そのものであった。
一方。
何とかマホトラスの侵攻を一時的に食い止めたウェールズ王国の北西部方面部隊は、犠牲を出しながらも町まで戻り部隊の再編と休息を行っていた。
先日の戦いの流れを断ち切り反撃したいところだが、満足に戦える兵士が大勢いる訳ではないというのも考えなければならなかった。
そして、町の人たちが次々と離脱して行く。
ヤヴィノスクのすぐ傍で戦闘が発生したことを、町の民たちは敏感に反応し、恐れ、そして逃げるように簡易的に荷物をまとめて出て行ってしまったのだ。
全員ではないが、自分たちの身の危険を感じて出来るだけ戦争の行き届かない遠くまで逃げようとしているのである。
「………」
「…あぁ、皆結構疲れてるな。こりゃ…」
両軍どちらが被害の大きかった方か、と言われると判断には苦しむ。
だが、初めから兵員の数に差があったことは明らかであった。
部隊長率いる兵団と相手の本隊とがぶつかり合い、激しく戦闘状態が続いた。
結果的にマホトラス軍は撤退するに至ったものの、数の差があった状態で更に兵員を削がれたのであれば、結局ウェールズ王国軍が劣勢にあることに変わりはない。
兵士たちは疲弊していた。
戦闘の後で身体がピンピンしている人など居ないのは想像に容易いが、疲弊というのは普通という状態とは異なる。
町の外で警備を続けている兵士、町の中で休息を取るために歩いて家へ向かう兵士、家の中で姿勢を崩す兵士、皆が疲れ切ったような表情をしている。
そのような状態を見れば、民に更なる不安を煽ることになるだろう。
自分たちの国は、状況が思わしくない。
このままでは自分たちの命まで危険になる、と。
「取り敢えずこの場は切り抜けはしましたが…ねぇ」
「分かっている。だが暫くはどうすることも出来ん。増援はもう来ないし、防衛に専念するしか…」
部隊長もそれを分かって言葉にしているのだが、彼自身も理解していた。
防戦一方のこちらが力を削がれていくのは明白で、しかも今回の戦いで相手に噂される強者が現れなかった。
現れていれば、こちらの形成は奴らの手に落ちていただろう。
しかし、その奴らが来ないままこの地方の戦闘が続くとは思えない。
いずれその時は来る。それが明日なのか、一週間後なのかは分からない。
だが、ここで敗退すると、王国軍は南の王城と西の海岸線、二つの領域にある直轄地を護らなければならなくなる。
ここにいる部隊が二つの地方を一括で防衛するのは、到底不可能だ。
そのため、兵員が少ないにも関わらず分散行動をしなければならなくなる。
更なる劣勢は目に見えていた。
「………」
それでも、戦わなければならない。
そうでなければ、民どころか、自分すら護ることも出来ないのだから。
夕暮れ時。
冷え切った空が赤く染められている。
太陽の沈む姿を見ることは出来ないが、それがやがて漆黒の空を身にまとい訪れることは誰にでも分かる。
アトリは町内で今晩の食料を調達し、自分が借りている家に戻るところであった。
その時。
「ん………?」
彼の視線の先、武装した兵士がこちらに静かに歩いてくるのが見える。
何もそれだけなら彼が気にすることも無い。
だが、彼がその場で停止したのは、それが女性の兵士だと言うこと。
彼の知り得る数少ない女性兵士の中でも、彼の前に現れたその人は初めて見る顔の人だ。
無理もない、王国の領土は広いしその中に大勢の兵士がいる。
各地で戦いを繰り広げているのであれば、中には女性兵士が一人二人居ても不思議ではないだろう。
「お疲れ様です。今日は何とか切り抜けられましたね」
「…ええ、そうですね」
その女性はアトリの前で停止し、そう話す。
対して、アトリはただ冷静に、短くそう返した。
今日の戦いは勝利とも敗北とも呼べない。だがとにかくも、今のところは防衛出来ている。
多くの犠牲が出たという状況でも、そういう結果であると言うことが出来るだろう。
女性の身のこなしは軽く、表情には少しばかり笑みが見られる。
服装は所々が傷と痛みがあり、全体的に汚れている。
右の腰に兵士が持つ剣を下げている。
左手で右手の肘を持ち、右手は彼女の右頬において彼と話をしていた。
「もう部隊の増援は無いのでしょうか」
「どうでしょうね。町の防衛のために派遣されたばかりの部隊がありますから、暫くは何とも」
「ですよね…今もこの町より海岸線沿いにも兵士は駐留していますよね?」
「だと思います。ここにすべての戦力を投じる訳にもいかないでしょうから。とは言っても、その数も多寡が知れているのではないかと…」
アトリとて詳しいことは分からない。
北部から北西部に部隊が派遣されるなど、状況が混乱しながらもマホトラスと対抗している。
そのために伝令や偵察兵が各地を行き来しながら情報を共有しているのだが、情報が届く頃には情報元の状況が一変している、などということも考えられる。
正確な情報を得るには、この大陸は広すぎる。
「それでは、ここで押さえられない場合は一気に状況が悪化しますね。何しろ、相手はあのマホトラス。どんな手を打ってくるかも想像がつかない…大変ですね」
………。
この時。
アトリは僅かだが確かに気付いたことがある。
この女性の話すことに、違和感を感じる。
話していることに間違いはないし、懸念すべきこともある。
しかし。
気付いたのはそのような内容のことではなく、彼女の態度のことである。
少しだけ笑みを浮かべながらも、淡々と事を話す彼女が、当事者とは思えない他人事のように彼には見えたのだ。
「そうですね。では、この辺で」
彼はこれ以上彼女と話すこともない、と思いその場を去ろうとした。
いや、それ以上に彼女の違和感に対し彼は心の中で警戒したのだ。
自分は兵士であるとはいっても買い物の帰り。それに、戦い終えたばかりのこの肉体が態々寄り道を考えるような余裕もないだろう、と。
だが、彼女は背中を見せる彼にもう一度話しかける。
「失礼ですが、貴方のお名前は…?どこかで見たことあるような気が…」
――――――どこかで見たことあるような気が………
ドクン。
その時、彼の心臓の一音が大きく鼓動した。
「………、私はアトリと言います。ただの下士です」
と、彼は表情を冷静にして振り返り、そう返す。
一方、振り返った先に見えた彼女の表情が一瞬、何かに気付いたような表情として浮かび上がっていた。
だがその後すぐに表情を引き締め、更にその後少しだけ笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。どこだったかは忘れましたが…それでも、お互いに頑張りましょうね?」
と、今度は満足そうに回答して見せた、彼女。
彼はそれ以上何も言わないし、何も聞かない。
彼女も、同じであった。
お互いに振り返り、それぞれ離れて行く。
彼は通りを進み家の前まで行き、ドアを開けそのまま中へ入っていく。
その姿が見えなくなる瞬間を、その女性は見ていた。
彼は手に入れた食材を調理する。
他にもその家には兵士たちがいたが、誰も彼もが疲れた様子を見せていたために、彼らの分までとアトリが料理を作ったのだ。
他にもこの家を借りている人がいるのだが、今は外周警備を行っているためにいない。
戦闘が終わった直後だが、見張りを付けなければ再び危機的状況になった時に困る。
だが、疲弊した身体で外の監視が充分に務まるかと言えば、そうでもなかったのだ。
「アトリさん…料理も美味いんですね」
「いいえ、それほどでも」
「王城では料理する機会もあったのですか?」
飯時になり香ばしいにおいを漂わせると、疲れていた兵士たちの表情も幾分か柔らかくなる。
下はアトリに近い年頃で、上は恐らく30代を越えているだろうという大人。
彼が作った料理を食べ始めると、笑みもこぼれる。
そしてそのような会話に至る。
アトリは王城で自分が調理する機会はそう多くは無い。
城には食堂があるために、召使の人がせっせと調理するためその機会が少ないのだ。
しかし、アトリが作った簡単な肉料理は兵士たちにはとても受け、皆はそれぞれあっという間に
平らげてしまった。
「いえ。昔から…ええ、よく子どもの頃は料理もしていたものです」
そう話すアトリだったが、兵士たちから見てその表情が少しだけ遠くを見る懐かしい表情の中に、どこか寂しげなものを見て感じた。
それを見てそれ以上話すことをしなかった。
恐らく、それは彼の過去に関わる話なのだろう。
態々今ここで詳しく聞くことも無いのだ、と。
食事を終えたアトリは2階の部屋に戻っていく。
今晩は警備の担当ではないために、次に来るであろう戦闘の為に休むことにした。
夕暮れ過ぎた辺りから、冷え切った空に澄んだ白色の月がよく見えるようになっていた。
彼は暫く外の景色を眺めていた。
町の様子は相変わらず閑散としている。
戦闘が発生する前から既に民たちは怯え外に出てこようとはしなかったのだが、今では避難してきた民や個々の住民だったはずの民も、更に遠くへ逃げてしまっている。
すべての町民がいなくなった訳ではないが、それでも寂れていると感じずにはいられない。
夜の町は、明るすぎるといっても良いほどの月夜に照らされていた。
――――――もう寝るか。
今日はさっと眠れるだろうか、と思いながらも、彼は床に座り込み壁を背もたれにして、剣を抱きかかえながら目を閉じる。
身体が疲れているのは分かる。
それでも余裕が無いというほどでもない。
兵士たちの状況は当然思わしくないのだが、彼の身体が同じという訳では無かった。
目を閉じたまま、彼は自分の右手をぎゅっと握り締める。
瞬発的に十数人もの人を斬り殺した事実。
今まで剣は重くまだ扱いなれていないと思っていた。
だから、今まで通り受けに徹して隙を突いて相手を倒そうとしていた。
だが。
実際に行動してみれば、重さなど忘れてしまっていた。
いや、そもそもあの攻撃中に剣の重みというものを感じていたのだろうか。
兵士が支給される剣に比べれば、この剣は根元が太く厚いもの、重量も異なる。
更に刃先も支給の剣よりも長い。
受け取ってから僅かに一週間程度しか経っていないが、それでも結果を残すことが出来た。
確かに大剣で素振りをするなど、勘を鍛えたと言っても良いだろう。
だが、この短い時間の中で、あれほどまでに適応し得るのだろうか。
その時。
かつてあの槍兵に対して感じた、あの感覚の存在を思い出す。
結局あの槍兵が意図的にスイッチを入れたような、あの状態は魔力を行使したものだと考えられる。
それは魔術本で見た結果見出した答えの一つだ。
だが。
アトリはそれにすら対応したのだ。
自分でさえ驚くほどの瞬間的な行動によって。
それを思い出すと、何故か今回の自身の動きも、あの時と似た「妙な感覚」を覚えていた。
違和感に近いもの、本当に自身の底から生まれた力だけだろうか、という僅かながらの疑念。
しかし。
疑念がありながらも、それでも彼は結果を残した。
多くの兵士が犠牲になりながらも、自分は生き、周りにいた少数の兵士は護ることが出来ている。
そして、今時点ではヤヴィノスクへの占領を許していない。
自身の力に他ならないだろう、と思いたいところだが、その確信は無い。
だが、この剣が自分にマッチするのであれば、使わない手は無い。
今は戦う以外に………
刹那。
急にその場の空気が変化するのを感じ取ったアトリ。
一瞬の出来事で、次の瞬間には目を大きく見開いてその右手が剣を握っていた。
「ほう……貴方は敵意を察知する能力があるのですね」
目の前にいたのは、夕刻彼の前に現れた女性―――――――ゼナであった。
2-17. 不意の来訪者




