2-14. 暗く遠く
―――――――人が起こした争いならば、人の手で解決する他ない。
ある男の言葉。
痛いほど耳に来る言葉だが、それもまた事実。
その言葉を、それを言い放つ男の姿を思い出す国王エルラッハは、自分の置かれた立場と
国の状況が悪化する現実を直視しなければならなかった。
かつて、あの男が話したように、人が起こした争いには必ず始末をつけなければならない時が来る。
思えば、既にあの時男は想像していたのだ。
先代の国王がどれだけ理想を追い求めそれを実現させたとしても、必ずその道には闇が現れると。
マホトラスの台頭は、まさにウェールズにとって翳りの一つ。
いずれ起こる戦争を回避することは出来ない。
マホトラスとウェールズは、お互いに相反し、分かり合うことの出来ない間柄だから。
貴族連合が王国から分離した時点で、不平分子をまとめ上げたその手腕が発揮された時点で、
次なる戦いの火蓋は切って落とされていた。
アーサー。
君がいてくれれば。
そう思わずにはいられない、亡き男に思い抱くエルラッハであった。
………。
アトリが目的の場所まで辿り着くには、約10日を要した。
彼は王城からの指令を受けて、王国領地北西部の町まで行き民たちを防衛しながら、マホトラスの勢力を排除すると言う任務を授かっていた。
ようやく出立の時期が到来し、彼は城を背に愛馬に乗り目的地へと向かった。
北部から北西部にかけては直轄地も多い。
王国の領土で東側と異なり、自治領地は数少ない。
そして今回は自治領地同士での戦いを鎮めに行くのではない。
民や味方の兵士たちを護るということに変わりはないが、相手は本格的にマホトラスとなる。
つまり、国と国の規模を持つ相手と戦うことになるのだった。
「では」
「気を付けるんじゃぞー!」
城から出発して10日目の朝。
彼は目的地すぐ近くの直轄地に厄介になっていた。
王国領地の北西部や北部は、領土の南側や東側と違い気温の変化が激しい。
全体的に冷帯気温で過ごすことになり、夜間は気温が氷点下に近づく。
彼は多くの場合日を跨ぐ移動には野宿を持って休憩をするのだが、気温が低くそれをすると命に関わるため、直轄地の家に泊まりながら道中を移動し続けてきた。
直轄地は文字通り王国領土の中の町。兵士たちも駐留しているが、今はマホトラスの迎撃のために町に兵はいない。
協力者を探して泊めてもらえるところを提供してもらい、10日ほどでここまで来た。
北西部は雪が降るほど凍える世界でもないが、年中住んでいれば一面銀世界になる日もある。
今は、気温が低いだけでその景色を見ることはなさそうだった。
早朝。
ご老体の家から出て、彼は更に北へ向かう。
既に目的地は近く、太陽が昇り暫くしたところで到着する予定であった。
何名かの伝令兵とすれ違っていたアトリは、北西部での状況を聞く。
城にいた時から兵士が14名も斬殺されたという話は聞いており、事態の深刻さを察するには充分だったが、更に奴らの行動も加速しているらしい。
『全く歯が立たない相手がいるようなのです…ごく一部だと聞きますが…』
それが伝令の言葉。
アトリは真剣にその話を聞いていて、その話を受けた時に、一つの可能性を見出した。
兵士たちは通常知ることのない、相手の内面で持ち得る一つの能力。
―――――魔術師、なのか……。
あくまで一つの可能性。
それが正しいかどうかは、確かめる術がない。
魔力を持つ者は魔力を持つ者の魔力と共鳴する、というような話を目にしたことがある。
彼が城にいた時、魔術本を頼りに様々な知識を読み込んでいた時のこと。
通常魔術師は自分が魔術師であることを隠すため、出来るだけ表出される魔力量を減らすという。
戦闘になればまた別なのだろうが、今までこの荒んだ時代で特質な兵士が現れて来なかった現状を見れば、あの槍兵や黒剣士のような存在がかえって世界から隔絶されたかのような人間と言える。
もし。
魔術師がこの北西部でも兵士たちを討伐しているのだとすれば、
それは立派な脅威になる。
何しろ魔術には魔術で対抗するしか手が無い、というのが通説だからだ。
魔術の存在は出来るだけ秘匿しなければならない。公にして良いものではない。
その存在による世間の混乱は収拾がつかなくなり大変なことになる。
それはアトリが魔術師でなかったとしても分かる話で、逆にそれが原因で魔術の存在を味方に打ち明けられず苦悩することになる。
彼にはその結果が目に見えていた。
…純粋に技量が上の相手であれば、せめて魔術師でなければ、やりようがあるというものを…。
時間にして午前9時を過ぎた頃。
アトリは北西部直轄地の町の一つ、ヤヴィノスクに到着する。
この町は王国領北西部の中でも三番目に遠い位置にある町である。
城から相当な距離があり、歩いて城まで向かおうものなら何十日掛かるか分からない。
馬であれば10日程度、一度も停止しなければ更に時間を短くできるだろうが、
それでも遠い土地であることに変わりはない。
王国の施政が行き届き辛い遠方地域でも、この町の規模は大きく兵士たちの駐在所もある。
しかし、ヤヴィノスクは最北の地域ではない。
まだ他に二つ、遠くに町がある。地図で言えば歩いても2,3時間程度の距離だ。
だが。
その町に行こうとして町中を抜けようにも、どうも様子がおかしい。
「………?」
兵士の数が多い。
それに、町には多くの民たちの姿がある。
家の外、決して暖かいとはいえない気候の中で、町の中を歩き続ける人々の姿。
土などで汚れた服装。
小さな子供を抱きかかえた母親の険しい表情とその姿。
傷を負って包帯を巻いている男たちの姿。
兵士たちでさえ万全の状態とは言えないような、そんな様子。
アトリは、すぐに兵士に確認を取る。
「追加で派遣された、アトリと言います。一体何があったのですか」
「あ、あぁ…城から来る兵士ってのは、あんたのことか…まぁいい、助かる」
男は見た目怪我など負っていないような姿であったが、その声はか細い。
まるで喉の奥を焼かれたかのような声であった。
「見ての通り、このザマよ。町に人が溢れてんだろ?」
「はい…」
「あいつらは、何とか難を逃れてここまで来た奴らだ。もちろん俺たち兵士も保護したが、ここから北に行った二つの町は壊滅状態だ」
何………?
そこで聞いた、衝撃的な証言。
既にここから北の二つの町がやられてしまっている、という事実。
それを確かめるまでもなく、町に溢れた疲弊した民や兵士たちの姿を見れば、想像に容易い。
認めたくはない。だがそれが現実だ。
そう。
この時既に、マホトラスの手はウェールズ王国の兵士だけでなく、民にまで伸びていたのだ。
ヤヴィノスクよりも北にある町は、マホトラスの兵士団によって襲撃され破壊された。
それらの町には合わせて百数十名の兵士が防衛の為に駐留していたが、悉く殺害された。
生き残った者たちは、生き残った民たちと共にここまで逃げ延びた。
だが、いずれ来るその時を再び迎えなくてはならない。
「で、ではここにいる兵士が全員…!?」
「いや、まだだ。俺たち以外にも後から到着した部隊が幾つかある。まだ戦う兵力はある。あるんだが…あんなに強い敵は初めてだぜ…」
「っ……」
それが特定の人物を指しているのか、それとも敵全体が強いのか。
恐らくどちらとも答えは正しいのだろうが、それでも王国の兵士たちが苦戦する相手というだけで、相当手強い相手なのだろうと彼は予測する。
王国の兵士は自分も含め、正式な兵士に仕立てられるまでに相当な時間を有する。
特に下積み時代などと呼ばれている兵士の見習いでは、日々訓練しながら任務もこなすという、決して楽ではない道を選択し、邁進し続けてきた。
だが、そんな王国の兵士でさえ敵わない相手であれば、この結果も少しは理解できる。
アトリは、自分がもう少し早くここに到達していれば、少なくとも何人、何十人かの人を助けられたのではないか、と後悔さえ覚える。
いくら王城の、しかも国王とその側近や上士たちとの間で決められた出征時期だとしても、行動が遅すぎる故の結果だと。
だがまるでそれを見透かしていたかのように、その男がアトリに言う。
「あまり気に病むな。あんた一人来たって状況はそう変わらねぇ」
「………そうですね」
これは、かつて経験があることだ。
自分一人だけでは護るものも護れない。
人にはそもそも力や技量というものの限界がある。
それを逸脱しては自分が滅ぼされる可能性もあるし、護るはずの者たちを脅かすことにもなる。
自分自身に出来ることは限られていると知りながら、それを成し得ない自分の無力さを呪いたくもなる。
だがそれが現実だ。
彼が一人戦力としていたところで、町を救うことは出来なかったのだろう。
そこに時期やタイミングは関係ない。
「俺はジャスタって言う。北部方面部隊からこっちまで流れてきた、ただの兵士だ。アトリさんの話は何度か耳にしたことがあるぜ」
「え…?」
「なんでも、死地での戦いに好んで赴いて人を助けるのが趣味なんだ、とか。あんたを知ってる連中は皆変わり者もいたもんだって、そう言ってるぜ」
何をどう言われようと彼の信条が変わることはないが、自分と言う存在が自分の与り知らぬところで広まっていることに、少しだけ新鮮味を感じる。
大陸は広く、ウェールズ王国の領地も狭いというものではない。
その中で、自分が居ないところで自分の話が上がるというのが、不思議にも思われた。
別にそれを良しとする人となりでも無かったが、咎めることもしなかった。
「それで、今他の部隊は…」
「外に出ている。町が破壊されたからといって、外周警備をしない訳にもいかないからな」
ジャスタ、という男とアトリは出会い様々な話を聞いていくうちに、更に状況が掴めてきた。
既にここより北にある二つの町は壊滅的な打撃を受けたこと。
その町から辛うじて逃げてきた民や兵士たちが数十人いること。
そして、現在は町を破壊した連中、つまりマホトラスの兵士たちがこの町を目指しているものと仮定し、
この町周辺の外周警備を部隊規模で行っているのだという。
いつヤヴィノスクにマホトラスが侵攻してくるかは分からないが、この町に辿り着く前に食い止めたいというのが本心だろう。
もっとも、警備を行うことでこの町に敵兵士がいるということを知らせているようなものだが。
「部隊長ならこの町にいるが、案内しようか?」
「頼みます」
「よぅし。状況は厳しいが部隊長は大きく構えてるぜ」
ということで、彼はジャスタという兵士から部隊長が指揮所を構えている場所に案内してもらった。
ジャスタは年齢で言えば彼よりも十歳ほど年上だろうか。
しかしそれでも二十代半ばであることに変わりはないだろう。歳が前後したとしても。
アトリという人間が北西部の領地に派遣されるという情報は、偵察兵から前情報として知られていたようだ。そしてアトリという人間が普段どのような任務を受け活動しているかも、ある程度知れ渡っていたようだ。やりにくさを感じる訳ではないが、特段気にするほどでもない。
ヤヴィノスクの使われなくなった空き家に指揮所を構える部隊長。
決して広い家でもないが、屋内に構えられるだけまだマシとも言える。
ジャスタに案内され部隊長のいる家まで辿り着き、彼は一礼して部隊長の前に立つ。
が、その時。
「…!!」
「…??」
その部隊長は、まるで何かを見つけたかのような驚いた表情をする。
いや、と言うよりは何かに気付いたかのような、そんな素顔にも見えた。
椅子に座っていた部隊長が勢いよく立ち上がり、そして何かを言おうとしたが、言葉は出ない。
だがその眼は大きく見開き彼を見つめる。
一方彼は初対面の相手がそのような表情を見せることに少し困惑し、疑問の表情を浮かべる。
自分に何か汚れでもあるのか、と確認したくなるほどに。
部隊長もそれに気付き、落ち着きを取り戻してその場に座る。
「あぁ、いやすまない。知人に似ていたものでな」
「…」
顎鬚を生やし濃い顔と鋭い眼光の持ち主である部隊長は、人違いだと詫びながらアトリの到着を迎えてくれた。
王城から追加で派遣された兵士がただ一人という、戦力的には何ら意味を成さないものではある。
だがそれでも部隊長は、彼に来てくれたことを心強く思う、と話してくれた。
既にジャスタからある程度の話を受け状況は判明していた訳だが、改めて部隊長からもここ一週間程度の話を聞くことが出来た。
ここより北にある町が襲撃されたのは、今から約一週間前。
アトリが城を出てすぐのことである。
「戦闘が起きたのは町のすぐ近く。進軍してくるマホトラスの連中を確かめたうえで、迎撃をした。はじめは互角かそれ以上に戦えていたんだが、やがて最前線の戦力が削がれ始めた」
「やがて…?」
「あぁ。時間が経ったから疲弊もあっただろう…と思って兵員をスイッチさせようとしたが、そういう問題では無かった。奴らの中には何名か強い奴がいて、その奴らだけで戦況をひっくり返してしまうほどのものだという」
こうなると、いよいよ魔術師の存在を疑う。
桁外れの技量を持つ兵士が戦場に何名か居ても不思議ではないが、アトリにはその「奴ら」と遭遇した経験が二度もある。
既に魔術師が二人以上奴らのところにいるのは明白で、それを経験した当事者からすれば、戦況をたった数人でひっくり返せるほどの実力を持っているのだとすれば、それを後押ししているのは魔力による恩恵だろう、というのが行き付いた考えだ。
部隊長も戦場後方から兵員の指揮をしていたのだが、やがてあまりに一方的な展開で兵力が著しく削がれていく現状を見て、町まで撤退せざるを得なかったという。
だが奴らはそれでは止まらなかった。
マホトラスがどの程度の目的のために戦力を投入してきたのかは分からないが、町を奪取する目的があったことに違いは無いだろう。
しかし、町に撤退した兵士や王国の民たちは、激しく抵抗した。
「…その結果、火を放たれ町中が火焔の盛り火に包まれてしまった」
「…!!」
それが二度も起こったというのか…!
アトリはその事実の中で失われた数多くの命を思い、自身を支える足の軸が揺らぎそうになるのを堪えながら、その話を聞き続けた。
王国の民も兵士も、マホトラスの襲撃を確認して必死に抵抗した。
ある民は石を兵士たちに投げ、ある民は家具や食材を投げ、ある民は自身の持ち得る凶器で持って格闘した。だがそんな抵抗は奴らの前には赤子の泣き言も同然。
抵抗する者は容赦なく斬殺され、そうでない者たちは捕らわれてしまった。
二つの町から逃げてきた民や兵士たちを追うかと思われたが、奴らは町周辺から動かなかったという。
町を奪取するはずが予想以上の抵抗に遭い、その結果奴らとて兵員を失ったことが裏目に出たのか。
あるいは、単に逃がしておいて後でまとめて斬殺するつもりなのか。
いずれにせよ、町は再起不能の状態にまで陥ってしまっている。
直轄地への襲撃がたった数時間にして廃墟にまで陥れられた現実。
「別の部隊が到着したからまだ良いもの、あのままでは今頃この町もやられていた」
「それで、現在は外回りの警備をしている、ということですね…」
「少し時間が空いている。すぐにでも戦闘になる可能性があるからな。奴らが町に入る前に何とかして食い止めなければならない」
二つの町が壊滅的な被害を受けてから、今に至るまで少しの時間が出来ていた。
流石に強敵なマホトラスも間髪入れずに攻撃を仕掛けることはしなかったが、それでも油断は出来ない。
町の外側警備は、いつ奴らが攻めてきても対処できるように備えるものである。
当然、現地に到着したからには、アトリもその任務を担うことになる。
ただ立場上少しばかり他の兵士たちとは違うこともあるかもしれない、と部隊長は彼に話す。
つい数週間前、死地を防衛するために派遣された土地でも、そのような扱いを受けた。
城から派遣される者は直轄地などに駐留する部隊の兵士とは異なる。
彼らの中には、元々城で兵士としての教育を受けて現場に立つことになった者もいるだろう。
だが、彼らと彼との違いは、城に所属しているか、それとも城から命を受けて直轄地で働いているか。
この違いだけでも、両者を二分する社会が現状では成立してしまっている。
「…分かりました。できる限り周りに合わせましょう」
としか、アトリには返答が出来なかった。
たとえ自分が王城から直接派遣された身、しかも各自治領地での戦いで戦果を挙げてきた、などと評価されたとしても、他人に対し威張る気も指揮をするつもりもなかった。
それが必要となる時が来なければ良い、などと思っているほどであったから。
「とにかく、長旅の後だ。夕刻過ぎに今警備している者たちと後退してもらうつもりだから、それまでは休息を取って欲しい」
「はい」
アトリは最低限必要な情報を得て、また次なる行動も確認できたうえで、家を去る。
一方部隊長はアトリを連れてきたジャスタをその場に残した。
ジャスタも気にしていたのだ。アトリと初めて対面した時の、あの表情を。
「どうしたんですか?なんだかあの人に思い当たる何かがあるように、俺にぁ見えましたが…」
「……気のせいではない」
「え?」
…俺は間違いなく見たことがある。あの男を。
今よりもっともっと、昔のことだが…。
部隊長にとっては遠き日の記憶なのだが、今はそれを共有できる相手は誰もいない。
もし本当だとしても、彼も自分の存在に気付いてはいなかったのだから。
こうして、北西部に辿り着いたアトリ。
目的地ではなかったが、兵士たちと合流し状況を掴むことは出来た。
この先どのような展開が待ち受けているのかは、今も分からない。
…だが。
戦争は人と人との戦い。
それに勝てなければ、待ち受けるのは死。
そういう意味では、この展開は幸先の良いものとは、決して言えなかった。
2-14. 暗く遠く




