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Broken Time  作者: うぃざーど。
第2章 混迷の戦時下
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2-11. 兵士の卵たち




悩ましいこと。

それも、「子供らしい」と言えば、それで済ませることが出来るのだろうか。

いや、そんな理由で今まで見過ごされてきたのだとしたら、あまりにも……。

気付いている人はいたのだろうか。

本人は気付いていないのだろうか。



でも、誰かが気付いてそれを正そうと努力していたとすれば、

今の姿にはなっていなかったはず。





戦力には当然なり得る。むしろありがたいくらいなのかもしれない。

けれど、それに見合うだけの器が無い。小さすぎる。

これからを期待するべきなのか、あるいは外れている道を正すために矯正すべきなのか。




王妃―――――フリードリヒは、考えて考えて、だが答えを導き出すことは出来なかった。





それから5日が経過した。

アトリは次なる任務を言い渡されているが、まだ具体的な出征時期は決まっていなかった。

何も彼が行かなくとも、既に北西部には直轄地を防衛する部隊も派遣されている。

その数が充分かどうかの判断は、戦闘が行われないことには分からない。

マホトラスの連中が各地で挙兵している可能性を言うが、正確な情報はまだもたらされていない。

出来る限り早めに準備をすることに越したことは無いのだろうが、中々行動に移すことが出来ないというのも悩ましいものであった。

その間、アトリは城内や城下町の警備、また城下町から少し離れた直轄地内の領地に仕事をしに行く。

馬で走らせて30分程度の近い距離にあるような町ばかりであった。

その間、当然ながらこの地域では戦闘は発生しない。

戦闘どころか怪しい存在すら確認されなかった。まさに、ここは平和そのものである。


だが。

それだけでもない。

やや奇妙な事態が、王城の上士たちの間で嘆かれていた。

アトリもその情報を得ることが出来た。

アルゴスとの会話からである。



「偵察隊が戻って来ない…?」


「あぁ。何者かに襲われた可能性もある…と思っていたのだが、どうやら話は少しばかり異なるようだ」




アトリはその日の朝、朝食を終えて今日の任務を受けに上士の部屋を訪れた時に、その一報を聞いた。

先日、王国領南東部方面に偵察の為に少数の兵士が派遣されている。

アトリからの情報を得た王国は、各方面でマホトラスの兵士たちが挙兵する可能性を考え、その実情を調べるようにした。

東側地域は直轄地が少なく、南東部もその例外ではない。

キエロフ山脈と呼ばれる、南東部から東部にかけて曲線を描くように伸び続けている山々があり、山脈の終点地点、南東部から南部にかけては、天然の自然体が広がると言われている。

誰も手の行き届かないところで、村や集落が点々としている程度には存在しているが、あまり人が普段から訪れることが無い。

それ故に、マホトラスが潜伏先として南東部やキエロフ山脈の麓を選ぶ可能性を視野に入れ、偵察隊を向かわせた。

だが、帰還予定日時に過ぎても、途中の経過地にすら戻ってきていないという情報が得られた。

アトリも瞬時に、マホトラスの連中に襲われた可能性を指摘しようとした。

だがそれよりも前に、奇妙な情報をアルゴスが彼に打ち明ける。



「山脈に向かう途中の小さな集落には何名かの兵士が待機している。そのうちの一人が情報を回してくれたのだが…、何か災害のようなものが起こったらしい」


「災害?」


「確かな話ではない。だがそれは民から聞いたものだと言う」




災害、と聞いて思い当たるものは幾つかある。

マホトラスの連中が関与しているだろうと初めから考えていただけに、少し思惑とは逸れた形にはなった。だが、それでも味方の兵士たちが未だに帰路に居ないというのは事実。

その兵士が持ち得た情報の中身が、また奇妙なものであった。

具体性に欠ける話ばかりではあるが、なんでも「かなり広範囲で火の手が上がっている」とのことだ。

元々キエロフ山脈の南部に当たる土地には、天然の大森林なども存在している。

そのうえ人が住むような場所も少なく、火災が起こる可能性というものは限定されるはず。

だがその情報が間違いないとすれば、火災の原因を調べれば何らかのキッカケにはなり得る。

しかし、気になるのは火災の範囲だ。

情報によればかなり広範囲とのことで、山脈の麓で発生したものであることが考えられている。

最悪のシナリオとしては、その火災に兵士たちが巻き込まれてしまっている、というものだ。




「……」


「確認しに行きたいのは分かるが、お前は次の任務が控えている」


「…そうですか」




仲間を見捨てるような真似が出来ないことなど、アルゴスも十分に承知している。だからこそ、事態を把握できないこと、また仲間の無事を確認できないことを悔やんでいたのだ。

もし、南東部での危険性を無視して偵察を行わせなければ、まずこのようなことは起こらなかったのだから。彼のミスとは言えないが、アルゴスとて思うところはある。

更に、奇妙な火災による災害であるために、尚更その原因が知りたいと言うのもある。

だがその調査に兵を割くような余裕は、今の王国には無い。

板挟みの状況が、結局彼らの無事を祈るということしか実現できなかった。



「お前の派遣については国王とも話を進めている。一週間もすれば、その任に就くだろう」


「閣下と?……それは、何故ですか」


「ん?」




その時。

アルゴスの表情が少しばかり曇るのをアトリは見逃さなかった。

考えてみればそうだし、言われてみれば気になるところではある。

何故一兵士たる自分が国王との協議のうえ、派遣を決められなければならないのか。

今まで死地に赴いてきたように、今回も同じようにはいかないのか。

彼は疑問の言葉としてはそれ以上言うことはしなかったが、回答を得るには十分な分量だった。

そして、アルゴスからの的を射た回答を期待していたのだが―――――。



「その、なんだ、私も国王と戦力の配置で話す機会はある。お前とて例外ではない」




と、言った。

理由付けとしてはそれだけでも十分なのだろう。

だがこの時、アトリが疑問に思ったのは、アルゴスの表情。

いつものように冷静沈着で淡々と物事を成す彼と、少し違う印象を受ける。

何かを隠しているような。本質から外させているような。意図的なものを感じていた。




「さて、今日の仕事だが…隣町まで行って駐留部隊の手伝いをしてほしい」


「隣町?…グラストンにですか?」


「あぁ。今日は南部の定時偵察をしているから、町には兵士たちがほとんどいない。手伝って欲しいというのは、青少年兵士への教育だ」




それを聞いた瞬間、彼の顔は一瞬だけ険しくなる。

ほぼ表情に表さなかったといっても良いほどの、短い時間であった。


グラストン。

この城下町から南部へ少し行ったところにある町の名前。

馬で走れば20分程度で行くことが出来るだろう。

城下町から離れ、グラストンへの道のりは自然一色の美しい光景に橋をかけるように、砂利の道が作られている。

途中郊外に住居を構える人もいるが、その数は少ない。

その一本の道を使い城下町を訪れる人は多いし、その逆もまた多い。

自然の中に埋め込まれた道の一つだが、昼にもなれば人の通りもある。

町の人たちはその道を街道と呼び利用している。

王国領南部では、流石にマホトラスの侵攻は考えられていないが、それでも兵士たちは定時偵察と言って、町の郊外を回りながら異常が無いかどうかを確かめ、また人々の手助けを行う。

グラストンは城下町に比べればかなり小さい町であり、兵士の駐留数も少ない。

だが、その町には兵士の見習いになるべく、教育を受けている青少年たちがいる。

かつてのアトリと同じように。




「分かりました。すぐに向かいます」


「武装も忘れるなよ」




そう言われ部屋を去ると、彼はすぐに支度を済ませ、愛馬に乗ってグラストンへ向かう。

今日はやや曇り空の目立つ日。

彼が城を離れたのは8時半頃。

まだ朝だということで、城下町からグラストンに通じる街道に、人はそこまで見当たらない。

全くいないという訳でも無かったのだが、アトリは馬で快速に町まで向かった。

定時偵察に出発する前に、ある程度どういうことをするのか、引き継ぎを受けなければならない。


グラストンは、住宅の多い町だ。

城下町と比べ商業施設は殆ど無い。人が住むには困らないほどの店や診療所などは揃っているが、

活気のある町とは言えない。

それでも兵士たち数名が駐留しているという。

その目的は定時偵察以外には、彼が手伝うことになる青少年たちへの訓練が大きな目的になる。



「すまないな、若いの。こちらの勝手な都合で引っ張りまわしてしまって」

「いいえ、お気にせず。それで、今日はどのような内容を」



駐留部隊の兵長が申し訳なさそうに、だけど少しばかり笑みを浮かべて彼にそう話す。

どのような人が応援に来るかは知らされていなかったが、アトリの姿を見て、青少年たちと年齢が近いことがすぐに分かったのだろう。

アトリもかつては兵士の見習いから始めるための訓練をしていた。

日々トレーニングに使う時間ばかりであった。

何となく想像は出来るのだが、それでも念のため兵長に確認を取っていた。



「彼らにもレベルがあってね。近い将来見習いになれる者と、まだ型や素振りばかりの者もいる」


「分かりました。お昼頃まででよろしいですか?」


「そうだな。だが貴方の判断に任せるよ」




見習いになるべく訓練を重ねている子どもたちも、今日は城から兵士が来るということで、知ったその時には張り切っていたらしい。

やがて駐留部隊が偵察のために出撃していくと、町の一角にある広間に青少年たちが集められた。

彼らはこの町の兵舎に住んでいて、兵舎の規模は約100人が生活できるほど。

だが今のところ訓練を受けているのは30人で、閑散とした兵舎となっている。

王城の周囲には、こうして幾つも町や村規模の集団が点在している。

アトリが皆を集めて皆の前に立つと、一人、少年が整列する子どもたちの一歩前に出て、声を出す。



「礼!!」




地面で子どもたちが足を揃えて地面を蹴る音がする。

ビシッと姿勢を正した子どもたちと、子どもたちの前に出て代表役を務める一人の少年。

集まったのは兵舎にいる30名のうち、25名。中には女の子も数名含まれている。

まだ8歳頃の小さな子供から、自分と同じ歳だろうと思われる青少年まで、この場に集められた。

皆が礼をしてアトリに敬意を示すのだが、アトリとしては少し困惑する。

何も嬉しくはない。自分は元々誰かを指導するような立場ではない。

お手伝いとはいえやや心苦しいところもある。

しかし、それよりも、自分の時はここまで整列に気を回すほどしっかりとしていただろうか。

目の前にいる子どもたちは、小さい子から大きな子まで、誰一人一糸乱れぬ直立不動だ。



「本日はよろしくお願いします!!!」



と、その少年が言うと、後に続いて元気よく…というよりは、勢いよく、威勢よく子どもたちが言葉を続ける。

規律正しいのは悪いことでは無い。彼らとて兵士の端くれ。これからその道を歩もうと思うのであれば、これも一つの訓練なのだろう。

だが彼から見れば、それが少し怖いとも思える。

このような子どもたちが小さな頃から軍律を学び、鍛え上げられ、国の為に戦うのだ。




「今日は支援役として王城から派遣された、アトリと言う。貴方たちのいつもの勝手が分からないから、こちらのペースで進みたいと思う。少し慣れないかもしれないが、よろしく頼む」




決して高圧的ではなく、だからといってこちらが一歩引くようなことはせず。

自分は見習いでも訓練中でも無い、兵士。

相手はこれから兵士の見習いになろうとしている人たち。

自分と相手がどれほど差のある人間なのかは、やはり教育としては見せておくべきだろう。

彼も子供だからといって親近感を持たれても、訓練に集中できなくなるのでは意味がない。

ということで、彼は最初に全員に竹刀を持たせ、100回の素振りをするように言った。

具体的に数を合わせることはしない。

あくまで自発的に100回達成したということを申告させるようにする。

こういう場合は、遅すぎず早すぎず、周りのペースを感じながら素振りをするのが良いのだろう。

だが当然年齢が違えば速度、力などが大きく変わってくる。

アトリは、一生懸命素振りをする子どもたちに、出来るだけアドバイスをしていく。



「貴方はもう少し肩の力を抜くように」


「か、肩の力を、抜く…?」


「これは素振りだ。別に今すぐに敵を倒す訳じゃない。力が入りすぎて、素振りも力強くなりすぎている。立派なことだがそれでは疲れが溜まるばかりだ。もう少し、肩の力を抜いて、リラックスして振るんだ」


「は…はい!!」



竹刀の重さは剣のそれと比べると、かなり軽い。

軽いからこそ力強く振る子どもも中にはいるのだが、ここで大事なのはある程度構えを身に着けることだとアトリは思っている。

剣を持つ構え、振り下ろすポイント、その先に力の入れ具合を調節する。

一生懸命振る姿を見て、アトリも気付いた点は出来るだけ話すようにする。

その中で、挨拶の時に代表を務めていたその子どもに、目線がいく。

自分とほぼ同じ年齢か、僅かに歳下かもしれないが、竹刀を振るその一つひとつが、空気を斬り裂くように音を鳴らしている。

構えもしっかりとしていて、力んでいる様子もない。力強くも素早く。

兵長の話していた、見習い手前の子どもというのは、恐らくこのレベルの子どもを指すのだろう。



「……っ、……!!」



ただ真剣に、黙々と、素振りをし続ける。

アトリから見られていることなど気にせず、神経をその手に、腕に集中させる。

指導をする立場のアトリも、思わず小声で「ほう」と口にするほどであった。

更に気合いも充分に入っている。

そして何より、まだ見習いになる前だと言うのに、この少年からは剣気を感じられる。

剣を持つ者、兵士たちが持ち得る気の強さ。

戦闘、特に死地においては剣気を強く持ち続け、相手を圧倒することが勝ちに繋がる。

アトリ自身は己の剣気を強く意識することが無いのだが、相手からのそれには敏感である。

相手がどの程度強い存在なのかを測る指標にもなり得るからだ。



子どもたちが素振りを終えた後、少しだけ休憩し、今度は打ち合いの練習をさせる。




「相手がどのように剣戟を打ち込んでくるかは分からない。優れた兵士であれば、相手の身体の動かし方を瞬時に見抜き、太刀筋がどの方向からどのように繰り出されるのかが分かる。剣戟は三回一セットで行う。ペアを組んで、攻撃側と防御側に分かれて行う。攻撃側は必ず数字に声を出して、一、二、三と言うこと。一は頭、二は相手の右手、三は相手の胴体。いずれも両手で振りかぶり、竹刀を振り下ろすように」



自分が優れているかは別にして、彼も相手の身体の動かし方から、その太刀筋を読む方だ。

そうでなければ、防御を基本とする彼のスタイルはそうそう成り立つものではない。

どのような剣戟を放たれるかを見極め、最小限の衝撃でその剣戟を受け流す、あるいは弾く。

別に防御の型を進めている訳ではない。ただ戦闘において一方的な攻撃など、そう頻繁に起こるものではないからだ。

…魔術師のような者を相手にする時は、話が変わってくるのかもしれないが。




「一!……二!!………三!!!」




打ち合いは三撃を一セットとし、10セット行い攻守を交代する。

各々ペアを作っていたのだが、25名のため一人は必ず余ることになる。

そこでアトリが実際に子どもたちの間に入って、訓練の指導をすることにする。

彼が相手にしたのは、あの少年と同じくらいの年齢の女性。

髪を口頭部で結び下ろし、白い道着と黒色の袴を身に着けている。

当然、アトリは攻撃を受ける側。彼女も他の人たちに負けないくらい声を出しながら、一撃、二撃、三撃目と打ち込んでくる。

力強く、また狙いがとても正確。

また、一撃目から二撃目、二撃目から三撃目へ繰り出す連撃の速度がとても速いように感じる。

竹刀であるが故に軽さを利用してのことだと思うが、防御しながら彼は彼女の腕を見る。

その筋肉のつき方は、男性のそれに負けていない。

だから思わず彼は聞いたのだ。



「普段から、自発的に鍛錬を重ねているのか」


「三!!…え、あぁ、はい!腹筋背筋腕立て伏せは欠かさず…!!」


「…なるほど」




―――――どうりで、育つところも充分な訳だ。



当たり前だがその言葉は彼の心の中の言葉。

決して人前に放たれたものではない。そんなことをすれば本心で蹴りを入れられる。

彼女の上半身は腕同様に、実に逞しく筋肉が身に着いている。

彼女が姿勢を正すと威圧感が溢れるほど見える。だが、そんな身体つきとのギャップなのか、顔は可愛らしいようにも見える。

決して童顔で幼い顔つきではない。

こういう表現が良いのかどうかは分からないが、いわゆる年頃に成長した、将来に期待できそうな顔である。




「見事な打ち込みだ。自信も感じられる」


「あ、ありがとうございます…!!」


「だからこそ、もっと経験を積むべきだろう。その自信が折れ砕けるほどの力量を持った人も、この世の中には沢山いる。…そういった人たちから、自分を護るためにね」




打ち合いの練習を何度も何度も交互に行い、それが終了した時には、あっという間に昼の時間に近づき始めていた。

小刻みに休憩を入れながらの訓練だったが、疲れの表情があるものの子どもたちはよくついてきていた。

アトリは息一つ乱さない。同じように、自分が相手をした彼女や、朝挨拶の代表をしていたあの少年も、全く乱れる様子を見せない。

兵士の見習いになるためには、指導する教官から一本取ることが大前提とされる。

つまり、今のような打ち合いを実戦形式にする「模擬試合」を行い、教官から身体の部位に一撃を入れるか、相手の剣を無力化すれば、第一段階は突破される。

実力ある者と認められれば、駐留部隊の兵士たちが次に見極めを行う。

その者と会話をし、適性を確かめ、最終的な判断を下す。

兵士の見習いとなれば、自分たちと一緒に行動を共にする。既に兵士として認められている者からすれば、その人が本当に兵士の見習いとして機能するかどうかを確かめる場でもあるのだ。



「よし。では今日はこれから模擬戦を行う」


「…!?は、はい!!」



と、各々の子どもたちが声を上げる。が、やはりそこは気にしたのか、唐突に言われた模擬試合の実行にどよめきが生まれる。

そこで彼は理解した。模擬試合は事前に告知されるものなのだと。

だが死地では事前に戦闘を双方行うことなど告知されるはずがない。

戦闘とは常に急展開。相手が来るのであればそれに備える。攻めるのであれば前へ進む。

もっとも、王国の兵士として後者の行為をする機会は圧倒的に少ない。

はじめ、アトリは小さな子どもたち同士でペアを組み、複数のペアが一斉に模擬試合を開始させた。

まだ10歳前後の子どもたちは見習いになれるようなものでもない。

だが実戦形式を経験することに意味がある。

自分たちが今まで訓練してきたことが、どれだけ実際に役立たせられるのか。

それを把握し、駄目なところを修正するにはいい機会だ。

実際に自分たちが手に取って相手を倒そうと思えば、考えつくところもあるだろう。



だが。

アトリが目的としていたのは、小さな子どもたちの模擬試合だけではない。

むしろ重点を置いていたのは、これから見習いになるための試験を受けるだろう、年齢が上の子どもたちの模擬試合であった。

小さな子どもたちは、その様子を観戦して自分のモノにするように教える。

逆に年齢が上の子どもたちは、下の子どもたちに見せつけるように全力を尽くすことを指示する。

そうして組まれたペアで、最も注目が集まったのは、あの少年とあの少女。

二人の模擬戦である。



「あの二人、名前は何というんだい」




模擬戦が始まる直前。

アトリは傍にいた小さな子どもに、それを聞く。




「男の子の方が『エクター』、女の子の方が『クリス』って言います。どっちも僕たちの中じゃ一番って言われてます」




25名いた訓練を受ける子どもたちの中でも、ひと際目立つ存在。

容姿端麗、清廉潔白な立ち振る舞いを見せるクリス。

強固な意思とこの歳で剣気を持ちうるエクター。

どちらもこれから兵士の見習いとして、国に仕える道に進んでいくのだろう。



あのような子どもたちが。

それを思うと、彼の心に翳りが差し込んでくる。




2-11. 兵士の卵たち




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