2-5. 混迷の時代
―――――王の意思には従えない。私見は国の理想に非ず。
理想。
考え得る限り最高の状態、最高の立場、最高の現実をもたらすもの。
人間、生きていれば誰もが一度は考えることだろう。
将来の自分の姿を思いやる、理想。
相手の人となりや仕草、その生活を見て、相応しい姿を教える、理想。
考えられる限り、数多くの理想が人の手により存在し続けている。
その理想を活かすも、殺すも、その人の自由。
本来、自分の持つ理想とは自分の中で叶えられるべきものであったかもしれない。
自分の願い、希望、生まれ出た欲望の数々。
だが、それをすべて理想という器が汲み取るには、人一人の器では到底覆いきれない。
人の持つ気持ちや思い、それが質量として実体化した時、器から質量は零れ落ちて行く。
そんな理想を叶えるために、一人の人間は他の人間たちを巻き込んでいく。
己が持つ理想を叶えるため、その対価を共に分かち合う者を求めた。
そう。
ウェールズ王国が出来上がる経緯のもと、フィリップという男がそうしたように。
王の丘に今も埋められている、国王の石碑。
フィリップ・フォン・ウェールズが残した言葉に書かれたこと。
彼が望み、彼が描き続け、それを実体化させた、この国の理念。
誰もが自由と平等の下に、豊かで平和な生活が営まれることを願う。
その理想に煽動されたものは多数存在している。
今のこの国がどれほどの領地を持っており、どれほどの民が国民となったかを調べることが出来れば、その活動の広さは容易に想像できる。
そして、国と呼べる規模のものは、本来今は一つしか存在していない。
数十年前に出来上がったこの国。
彼の理想が国の理想としての器を持ち、それを成就するだけの質量を循環させることが出来た時。
フィリップはその命を失ったが、国は今もこうして存続し続けている。
…だが。
残念ながら、フィリップが世界で見て絶望を味わったその光景が、無くなることは無かった。
歴史家に言わせれば、彼は極端な平和主義者であったのかもしれない。
誰もが自由で平等の下に生活が出来れば、という崇高な理想。
達成するためにはどれほどの命を必要としたかは、分からない。
何故なら、形の上で整った国だが、その理想は今も尊き理想として受け継がれているからだ。
「理想の成就/理想が叶う」などと言葉では簡単に言うが、彼の持つ理想が国の器に転換された時、その規模は大陸規模にまで拡大してしまった。
だからこそ、フィリップの理想の解釈は、今は「せめてこの国の領域内だけでも、自由と平等の下に」と変わっているのだ。
本当にかの王が求めていたことは、この世界中が平和になること、であったかもしれない。
だが、そのような世界は昔も今も訪れない。
これからも、少なくとも今のこの状況を見れば、訪れることがない。
誰もがそう思ってしまうであろう。
フィリップにより建国されたウェールズ王国。
はじめは小さな自治領地から始まったその土地は、幾度となく戦いを経て拡大していき、そして一つの国を形成するに至った。
その枠内では理想のもとに生活が出来るように、施政を工夫させた。
数多くの犠牲を必要としたが、それでも現在のように直轄地を多く設置することが出来た。戦いによって理想を証明し、戦いによって正しさを追求し続けた。
勝利し続けることで、王は自らの理想が正義であると思い込んだのだ。
間違ったことをしているつもりはない。
いずれは誰かの為になる。そう信じ続けることに、間違いなどない。
だが。
それでも争いがこの大陸から無くなることは無かった。
当たり前である。この大陸は、あまりにも広いのだ。
王国が築かれても、戦闘は絶えなかった。
直轄地を巻き込んだ大規模な戦闘も、過去何度も繰り広げられている。
かつて自分たちが奪われた土地を奪い返そうとする者も現れる。
王国は、そういう者たちから民を護るために、直轄地には必ず兵士団を常駐させるようにした。
何時も有事に対応できるようにするために。
だが、戦闘の火種はそれだけの留まらなかった。
かつてフィリップがその光景を見て絶望したように、大陸各地の自治領地が、別の自治領地同士と戦闘行為を発生させる。
ちょうど、王国を築き上げる過程と似たように。
自分たちの領土を拡大させるため、資源を採掘するため、回収するため。
理由は様々であったが、相手のすべてを否定し相手のすべてを奪おうとする者が、当然のように現れていた。
今も昔も、その流れに変わりはない。
王国は直轄地だけの防衛に専念すれば良かったのかもしれない。
そうすれば、形上は枠内にいる国民を護ることが出来ていた。
王国が大敗して領土を奪われる機会は起こらなかった。
だが。
王国はその理想を、更に外部の地域にまで向けることになる。
そう、アトリのように他の自治領地の救援要請を受ける、派遣の兵士。
王国とは無関係の地域の危機に、王国の兵士を派遣して戦闘行為の援助をする施政を正式に施行したのだ。
力のない自治領地は、力のある自治領地に飲み込まれてしまう。
たとえ誰もがそれを拒んだとしても、力を前に屈服させられてしまえば、そこまでだ。
そのような姿を黙って見ていることなど、王国には出来なかった。
故人たるフィリップとてそうしていただろう。
国は、弱き者を護るための、剣となったのだ。
ウェールズ王国が自治領地の救援に駆けつけては、相手からの攻撃に対応してくれる、という話は瞬く間に広がった。
それと同じように、王国の理想、かの男が夢見た現実の在り方が広がっていく。
いざとなれば自分たちを護ってくれる存在がいる、ということを知り、それに縋る者たちも大勢現れた。
王国は、あくまで自治領地は自治領地のものだという姿勢は崩さない。
何も、支援を送ったからといって、その土地を頂くというような真似はしない。そんなことをしてしまえば、ただの征服国家になりかねない。
国の理想たる、自由と平等の下に、という一文が一瞬にして穢れてしまう。
報酬は必要としたが、それも厳重に指示するものではなかった。
こうして、自治領地の危機に訪れては戦闘に参加し、自治領地を防衛する。
今のアトリのような護り人が、兵士として国に仕えるようになった。
国の為、民の為、剣となり戦う。
すべては善意から。誰かを護りたいという気持ちが嘘偽りでない限り、善意であり続けようとした。
…だが。
国の最たる者とて分かっているのだ。
理想を貫き通したとしても、現実は理想のような世界は訪れない。
自治領地をめぐるトラブルは、数多く王国に意見として寄せられた。
いざとなればその問題を解決するための介入役になり、解決が見込めない時には、発生してしまった戦闘行為を鎮圧させる道具となった。
そう、国は自治領地に良いように利用され続けてきた。
国の理想、かの男の理想、自由と平等の下に生活が営めること。その下の生活がどれほど嬉しくて、幸せなことだろうか。
一人の男が志した、国としての理想なのだから、曲げる訳にはいかない。
だから、国は各地に利用された。
何度も、何度も、何度も。
戦闘は立て続けに起こり続けた。
終わるはずが無かった。キリが無かった。
国の理想は、自治領地の飽くことのない戦いを鎮圧させるための道具として、その道のループに落ちたのだ。
自治領地での戦闘に介入すれば、当然軍事費が国としては掛かる。
自分たちの領地を護る、直轄地の防衛でさえ、裏では相当な資金が動き続けている。
民たちが知らないところで、国は多額の金額を使用してきている。
自分たちの領土でもない領地に駆けつけ警護を行い、その見返りにもらったものは、食料ばかりであった。
このようなループに反対する者が現れないはずがない。
誰もが国の理想のために尽くすとは限らない。
国に仕えるのであれば、国に忠を尽くすのが第一であり、絶対である。
その考えは、万人に共通し得るものではない。
王国に離反する者たちも現れた。その規模は毎回小さかったものの、だからといって国としてその者たちに何か罰を下すか、というとそういう訳でも無かった。
まるで、呼ばれたら応じる。
去る者は追わずに放っておく。
そのようなスタイルを貫いた。
それでも国は安定して維持できているのだから、その国力は計り知れないものと成長していたのだ。
だが、成長の道を順調にたどると同時に、歪みも多く発生していた。
それが、今。
ウェールズ王国が直面した大問題。
『大国マホトラス』の誕生である。
ウェールズ王国の中心は、当然王城のある城下町とその周辺。
施政も統括も、その中心地はその大きな町にあたる。
だが、王国の領土は肥大化し、特に北西部から北東部にかけては、幾つも直轄地が存在していた。
さらに、王国の活動の一つである、自治領地の救援という出征の多さから、時期によっては南部や東部にも直轄地が増えるなど、王国の規模は徐々に拡大していった。
そのおかげで、一つの地域で多数の地方を統括することが難しくなった。
特に北東部に関しては、城から馬で快速を飛ばしても二週間もかかってしまうような遠い地域まで、王国の領土となった。
当然、城を中心に統治と統括を行っているのだが、連絡手段があまりに拡がりすぎて伝わるものも伝わりづらくなってしまった。
そこで、王国はその時王城の中でやや窮屈な生活を送っていた、「貴族階級」の民たちを施政の代行者にすることにした。
この貴族階級の民たちは、もとは別の領地からの流れ者で、それこそ北東部の地域からやってきた者たちだ。
広い自治領地を持っていた地域貴族の領土だが、王国の直轄地としての認定を受けることにし、領地を渡す代わりに政治に参加させてほしいと言い、数十名の貴族階級者が上城することになった。
この国の政治は、対外交渉を行うものではなく、基本的に内部干渉から整理と実行を行うものである。
確かに他の自治領地の領主と交渉を持つ機会もあるのだろうが、実際にはそのような機会は皆無であると言ってもいい。
それよりも、自国の兵士などを活用して偵察を行い、他の自治領地がどのような状況にあるのかを調べさせていた。
王国は、この流れ者の貴族階級を「貴族連合会」と称して遇することにした。
国の政治の最高指導者は、王たる者の役目。
そのため、最終的な決定権は王の告示によるものである。
だが、その過程に必要である交渉や対談といった内部干渉に、貴族連合会も含んで話の土台を作らせたのだ。
所謂、『王国議会』の設立である。
最終的な決定権が王にあるとは言っても、王はその過程を尊重する。
そのために、実用的な政治の実権を握るのは、王国議会であった。
議会で定められた方針などは、王がそれを認証して告示し、民たちに施行する。その情報は各直轄地に迅速に伝達させる。
王国議会の設立は、まだ歴史が浅い。
それこそ、十年と少し程度の歳月しか経っていないものである。
そもそもその地域では身分の高い人たちと言われていた高貴な人間たちが、自分たちに急に領土を託すという話を持ちかけてきたところが、何とも言えない懐の深さと暗さを示していた。
案の定、その危惧は議会に現れることになる。
王国議会において、王国の直系に至る政治執行者と、貴族連合会の政治代行者は意見を交わすものの、その施政で何度も対立関係を生み出した。
ある一方の意見がそのまま通されるのは良い政治の模範とは言えない。
反論する立場も必要であり、共感が成されなかった時には徹底的な討論を求める。
国の為に議論を重ねることが議会には求められているのだが、貴族連合会の行っていた政治の参加は、関係者が見て誰もが分かる「自分たちの為に政治の向きを傾ける」行為であった。
当然、これは王家の知るところになり、民の知るところにもなった。
まるで、自治領地で発生する戦闘と変わりない。
誰かの行うこと、目指すことに歯向かい、そのすべてを否定する。
議論を重ねたうえで、その審議を王に委ねる。
王家の負担は増えるが、議会の両方の立場を尊重することを第一と考えている王家にとって、二つの立場を持たせるのは中々に辛いものがあった。
本当に民たちが求めている政治を前に、議会で対立する二つの立場を持たせるために、どちらかの立場をある時は尊重し、またある時はもう一方の立場を支持する。そのようなねじれた議会の仕組みが、貴族連合会と王家との間に亀裂を作ってしまったのだ。
貴族連合会は徐々に居場所を失っていく。
一方で、王国は次々と領地を肥大化させていく。
かの男が求めた理想、それを王国という器で解釈しなおした理想が、次々と広がっていく。
そのような姿を見て、貴族の者たちが良い気になるはずもない。
自分たちはまるで蚊帳の外、はじめからこうなることが計画されていたかのように扱われ、その一方で王国は肥大化の一途を辿る。
そのような苛立ちや反感が、徐々に王国への反抗へと積み重なっていく。
『他の自治領地への救済措置を中止せよ』
ある時。
王国議会で貴族連合会はそのような提案を行った。
貴族に属さない者たちが今でも記憶に残る出来事である。
政治の執行者、王国の直系政治家たちが思わず貴族連合会を笑いものにした。
一体君たちは何をしようとしているのか。
この国の体系をそもそも忘れてしまったのか、と。
そう。この国はかの男が目指した理想を、国の規模で成立し得る解釈に変更してそれを今も受け継ぎ実行している。
貴族連合会の主張は、他の自治領地からの要請をすべて中止することだった。
理由は、他の自治領地への救済を実行するために必要な物資、資源、資金が掛かりすぎる。国政を圧迫するに違いない、というものだった。
展望としては、今後は自国の領土だけを護り、その枠の中だけで民たちの幸福を提供できる環境を整えるべきだ、というものだった。
その主張自体に何ら間違いはない。むしろ、王国としての課題を正確に見抜いており、そのための抜本的改革の一つを打ち出したとも言えよう。
だが、何故王国の執行者たちはそれを笑いものにしたか。
それは、王国が成し続ける、いや目指し続ける理想とは相反するものであったからだ。
「それは無理な相談だろう。既に他の自治領地を出来る限り支援する、というのは何年も前から行っていることだ。それに…君たち貴族連合会は、助けを求める声があるというのに、それを無視すると言うのかね?」
「貴方たちは何もわかっていない。王国がそのように周りの手助けをするから、その手助けに肖りたいと手を伸ばす者たちがいるのだ。何か悪い状態が訪れても、王国が護ってくれる。だから自分たちは伸び伸びとしたいことをし続ければ良い。王国は常にその体制を強いられ、利用され続けてきた。これは国力の悪化にもつながっている。即刻中止すべきだ」
「国力の悪化と言うが実際のところは直轄地も増えている。我々が手を差し向けることで、彼らはそれを救いのごとく手に取るのだ。協力者もいまだに増え続けている。国として彼らを利用している訳ではないが、これはお互いにとって決して不利益なことではないと思うのだが?」
「では、いつまでもこの世界情勢が変わることは無い。他の自治領地を支援する…だが自分たちの国にはその利益を求めない。そんな偽善行為がいつまで通用するか。争いの火種は世界中に今も撒き散らされているが、それは今日の私たち王国のように中途半端な他方援助もそのうちの一つだと言っていい。本当に各地の戦闘を終結させるべきだとこの国が考えているのなら、それを理想としているのなら、戦闘の火種となる自治領地を制圧してしまえば良い。すべてを枠の中に納めて幸福な生活の提供がしたいのであれば、自分たちの国の色に相手も染めれば良い」
「………、つまり君は、他の自治領地へ侵攻しろ、と言うのか?我々が求め続ける理想の成就の為に」
「………、無論。それこそが手早く済ませる手段だ。自由と平等の下に誰もが生活できる環境を、整えるためには」
その議会の一件が、後の今日を形成させる最大の要因になったことは、言うまでもない。
あまりに極論過ぎるその提案が笑いものから非難の対象となったのは、そう時間を必要としないことであった。
自分たちの色に染め、相手にもその幸福を提供する。
だがそれは、相手の懐奥深くに侵攻して色を変えさせる、という意味であった。
つまり、国が理想として進めている自由と平等の下に、という信条を、他の自治領地から奪い取り、強制的にこの国の傘下に加えるというものであった。
そうすることで、国の理想の成就へ一歩近づく、と。
国の理想を成就させるために、国の理想を破る。
そのような矛盾した考えが提案されたことを受け、貴族連合会を弾劾する動きが一気に強まった。
特に政治の執行者からの批判は厚く、貴族連合会はその立場を失う。
その時に、王国の中枢としてどうにか対策を打とうと思い、統治の行き届き辛いところへ貴族連合会を派遣し、国の政治の代行者の名のもとに、二次的統治を委ねたのだ。
その決断を下したのが、エルラッハ・フォン・ウェールズである。
貴族連合会に与えられた任務は、とても重要なものである。
国の行き届き辛い地域までしっかりと統治を行う。
だが一方で、王国議会の中心たる貴族連合会を議会の立場から離すことにもなった。
短い時間だったとはいえ、貴族連合会の議会における発言権はこれで失われることになる。
代わりに与えられた仕事を貴族たちは快く受け入れた、と言う。
一方で、貴族連合会が議会から実質追放された事実は、政治代行者の者たちから大いに称賛されることになった。
明らかに邪魔者扱いされていた邪魔者が本当に排除されたのだから、当然とも言える。王国の中枢、王家としては二人の立場を考えて、対立が深まることを懸念したうえでの決断であった。
しかし。
その決断が、今日の情勢を作り出す最後のキッカケとなってしまった。
貴族連合会は、こうして王国領土の北東部、最果ての手前の大きな町を活動の中心地にすることになった。
表向きには北東部周辺の統治の代行。
裏では王国の施政により、議会から追放されたための、次なる任務。
高貴な者たちの立場を考えて、民という扱いをせず政治職の代行者という立場を維持させた。
王国としてもそれなりの配慮はしたつもりであった。
貴族連合会は、それでもはじめは真面目にその任務にあたっていた。
王城からもその町―――――レオニグラードに従者が派遣され、何度も各地を転々としながら情報が行き届けられた。
しかし。
貴族連合会は、この時既に自分たちの野望を抱いていた。
それは、王国議会で果たせなかった『提案』を自分たちの理想とし、それを実現させること。
王国直轄地としての統治が行われているとは言っても、地域が遠くなればなるほどその目は届かなくなり、施政が行き届き辛くなる。
そのため、遠い地域にある直轄地ほど、王国に対して何かしらの不安や不満を持つ民たちは多かった。
貴族連合会は、そのことにあらかじめ気付いていた。
北東部の地域は大陸の中でも高緯度地域に入る地方。
生活環境もそれほど良いとはいえず、十分な作物が出来なかったり、貿易を行うにも町から町への距離が長いなど、様々な不都合があることを知っていた。
そこで、貴族連合会はそういった不安や不満の声を上手く集め、静かに、だが確実にそう言った者たちの集いを作り始めていた。
無論、王国には気付かれずに、王国の中でその計画を進めて行く。
貴族連合会が予想した以上の同情意見が集められ、次第にその勢力は拡大していく。
さらには、直轄地に派遣されている正規軍ですら、彼らの姿に同意し始めていた。
こうして、貴族連合会はレオニグラードとその周辺の直轄地にバイパスを繋げ続けた。
最終的な行動を起こす時には、既に一つの自治領地としては大きすぎるほどの勢力となっていた。
「閣下!大変です…!!」
「…どうした、慌てて。ゆっくりと話して欲しい」
「そ、それが……!!」
「―――――――――――――!?」
今から、4年前のこと。
国王エルラッハ・フォン・ウェールズのもとに、その凶報はもたらされた。
『貴族連合会―――サイナス・フォン・マホトラスの名のもとに、挙兵す』
しかし。
それは起こるべくして起こった一件なのだ、ということを、後にエルラッハは周囲に話していたという。
正確には、起きてしまったこと。もうどうしようもなく、取り返しのつかないこと。
だがそれが事実であり、現実。
貴族連合会は、サイナス・フォン・マホトラスを代表者とし、北東部地域と北部地域をやや南下したところにある直轄地を強襲。僅か三日で7つもの直轄地をその占領下に置いた。
これを受け、王国は貴族連合会を正式に王国に叛旗を示した者として、その地位と国民としての権利を剥奪した。
いかが王国の気質とは言え、「裏切り者」であり直轄地を襲撃した者たちを許しておくはずがなかった。
すぐに、王国の首脳部は奪われた直轄地の奪還作戦を決行する。
貴族連合会は、当然この動向をあらかじめ読んでいた。
そのために、決起する日まで各地を飛び回り、協力者を求め続けた。
かつて、かの王国がはじめそうしたように。
武装蜂起したということで、王国と相反する対抗勢力として確立させようとした貴族連合会。
王国としては、その足を挫き一気に畳みかけることで、叛旗を掲げた者たち、叛徒を一掃しようと考えていた。
また、彼らが武器を持ち立ち上がったのはごく最近のこと。
すぐに王国の正規軍に対抗し得るだけの戦力を持ってはいないだろう、と考えていた。
だが、その読みは外れた。
貴族連合会の叛徒たちにより、初めから叛乱に参加すると決めた以外の直轄地も危険に陥れられた。
それを解放するために、王国は戦力を投じたが、悉く打ち破られたのだ。
ただの民たちの集まりだと油断していた王国軍は、その貴重な戦力を一瞬にして失うことになる。
それはあまりに大きい痛手であった。
その当時からエルラッハが国王として民や国に仕える者たちの上に立っていたが、この現実を受け入れて、貴族連合会への出征を一時停止する。
それも、貴族連合会としては予測の範囲内であり、ねらい目でもあった。
王国の軍隊すべてを相手にするには、自分たちの戦力は些か不足気味。
だが、相手から戦闘行為を仕掛けて来ないのであれば、それに準備し対応することも出来る。
その間、貴族連合会は更に北東部への侵攻を行い、王国とは何ら関係のない自治領地の人間も、その支配下に置いた。
貴族連合会が支配下に置いた勢力の中には、彼らに対し激しい嫌悪感を抱く者も多かった。当然と言えば当然である。突然他の自治領地に攻め込んできては、自分たちの仲間に引き入れるのだから。
王国の出来た過程と違うのは、それが彼らはかなり強引であったということ。
フィリップは必ず相手への交渉を優先させた。
それでもなお引き受けれもらえないし、敵視された場合には戦闘行為も許可する。
その辺り、先代の国王は穏便な性格であったのかもしれない。
今のエルラッハもそれとよく似ていて、自分たちから積極的に他の自治領地へ侵攻することはしなかった。
護ることはしても、攻めることはしない。
だから自治領地の良いように扱われ、結局この世界に死体ばかりが積み重ねられていく。
美しい大地や自然がこの世界を色濃く彩っていたとしても、少し地面を掘れば白骨化した遺体が転がっている、などという事実があれば、それは美しい世界でも何でもない。フィリップが遭遇した、絶望するほどの光景に等しいだろう。
やがて。
彼らは自らを国と名乗るようになった。
自分たちの考え、理想に賛同できる者を是とし、賛同できない者を異とした。
そして、彼らにとっての異端者は、悉く彼らの手により制裁されたのだ。
その過程で、大国マホトラスは誕生し、自治領地としては王国に匹敵するほどの力を身に着け、短時間で強国を作り上げてしまった。
今。
この時代は、特に西側全域のこの両国周囲では、この二国を中心とした戦争が繰り広げられている。
4年間、暫く沈黙を置き続けた時間もあったが、最近その流れがついに戦闘へと移行してきたのだ。
マホトラスが、その勢いと強さでウェールズ王国に接近しつつある。
まるでそれに呼応するかのように、周囲の自治領地も慌ただしく戦闘行為を行っていた。少しでも自分たちを護るため、資源を揃えておくため。
大陸は、この二つの国により、混迷の時代へと、落ちたのだ。
2-5. 混迷の時代




