2-4. 魔術への手掛かり
アトリが対峙した、二人の兵士。
長槍使いの男と、黒い刃の剣士。
いずれもマホトラス、奴らに関係する兵士であることは分かっている。
二人を相手にした時に受けた、一方的な戦闘。
前に、友人でもあり同士でもあるグラハムが、奴らの存在の一部を人並外れた、桁違いの戦闘能力を有している人がいる、と言っていた。
その連中があの二人だとすると、奴らに打ち勝つための手段をある程度考えておかなければならない。
魔術を使用しているのなら、魔術に対抗できる何かはないものか。
ヒラーの助言を頼りに、アトリは国王であるエルラッハに宝物庫の魔術本の開示を求めた。流石に快諾、という訳にはいかなかったが、エレーナも同席する条件を提示されたうえで、それの許可をもらった。
そして今、既に一時間半が経過しようとしているが、宝物庫の中で二人は魔術本を読み続けている。
魔術本を見ることで、魔術に対しての知識はより深まってきた。
誰が何のために記載したものであるかは、何となくの想像で留めておいてはいたが、それでも誰かが残してくれた本のおかげで、彼らは知識を蓄えることが出来る。
魔術にはそれを実行し得るだけの魔力が必要。
魔力を得るためには、魔力を宿した石に触れる必要がある。
石に触れると人体への影響が懸念される。
石に貯蔵された魔力に触れることで、強制的に人体に魔力を通す。
それでも、魔力を得たことに気付かない人もいる可能性がある。
これだけでも十分な収穫とも言える。
今まで未知なる存在だとばかり考えられていた魔術と魔力の関係が、本当に実在していることが分かる。
そうなると、次に気にするべきは、魔力を持った時、どのようにして魔術を実行するか、であった。
「…んー、何というか…話の筋は通っているような気がするけど…」
エレーナは、本を眺めながらそのように呟く。
話の筋、魔力を通して魔術を実行すると言う方法。その方法を調べ眺めていた二人であったが、イメージするだけに留まっていた。
具体的な方法も書かれている…ような気はしていたのだが、それは「魔術師が魔力を持った前提」で話が進んでいるために、全く魔力を持たない自分たちにとっては、実際に行動に移すことも出来ない。
「具体的じゃない、というか…」
「心の中で念じろ、と言われてもね。何をどのようにすれば良いのか…」
調査するだけでも悪戦苦闘の時間を過ごしていた。
出来るだけ情報を集め相手に対応できるのなら、その努力も惜しまないアトリであったが、魔術の存在が分かってもその手段が分からないのであれば、防ぎようもない。幾つかの文献に、魔力の行使の方法は載っていた。
しかし、いずれも具体的な方法とは言えない。
たとえば、剣を使うためには鞘から剣を抜く必要がある。抜刀したことにより、その刃を相手に向けて放つことが出来るのだ。
しかし、魔術はそういった類のものではないらしい。
そもそもこの世の中に流れているであろう魔力とは、自分たちが手に取る物として現れている訳ではない。
そのような物など、彼らが調べた石だけなのかもしれない。
だが、石から魔力を放出するというような記載は一切見られなかった。
直接物から現実へ魔力の投影が行えないのであれば、やはり魔術師として持つ魔力に何らかの方法…それこそ、イメージなどをして現実化させなければならない。
だとすると。
体内にある魔力を魔力を持たない者が封じるためには、その母体となる人間そのものを破壊しなければならない。
「…これでは解決法にはならないな」
と、吐き捨てながらも、アトリが出した答えは結局それであった。
『魔術には魔術で対抗するしかない』。
はじめ、つい数日前に自治領地で今は亡き仲間たちと出し合った結論。
生き残っているヒラーからの知識を持って出した結論と変わりなかった。
続いて、二人は実際に魔術として投影された効果を調べる。
魔力を現世に投影することで、人はどのような援護を受けることが出来るのか。
それについては、詳しく記載されていたし、幾つもの本から比較することも出来た。実に様々な魔術が存在しているようで、一つひとつ確認し覚えるのは困難である。
―――――魔術には、主に【攻撃】【防御】【支援】の、三つの型に分類される。
【攻撃】
文字通り、魔力を通じて相手に攻撃を放つための魔術。
魔術師を志す誰もが通る最初の壁である。
そもそも、人が宿す魔力は他の人とは性質が異なることが多い。
そのために、一人ひとりが攻撃魔術として放つものも異なる場合が普通である。
実際の使用される魔術は多すぎて説明しきれないが、その基本となる属性が存在する。
「五代元素」…地、水、火、風、空
主にこれらを基に攻撃魔術が実行される。
たとえば、火の属性を用いた魔術であれば、火弾を相手にぶつけるなどがある。
しかしながら、このご時世の魔術師は兵士が持つような武器に魔力を投影し、武器の補強を行っている可能性が充分にある。
そのため、実際には外部に投影された魔術を見る機会は少ないものと思われる。
【防御】
世間での戦闘行為がどのような経緯を持つかは説明しきれないが、攻撃こそ最大の防御、つまり攻撃をしている間は防御にもなり得る、と考えている人も中には居るだろう。
そのためか、少なくともこの私が知る限り防御魔術を会得し行使している者は少ない。
防御魔術は、相手の攻撃から自身、あるいは魔術を行使できる味方の範囲に対し防御を布くものである。
防御魔術にも五代元素の性質を含むものが存在しているが、実際に使われるのは兵士の持つ盾と同じような構造のものを空間上に転移させるばかりである。
そして。
防御魔術は攻撃魔術に比べるとやや高位の魔術であるために、使用者も少ないものと考えられている。
また、兵士の持つ剣などの武器で、一撃一撃に対応し得るために何度も防御魔術を行使してもきりがないため、使われる機会が少ないものと考えられている。
【支援】
三つの型の中で最も高位魔術とされるもの。
魔力は魔力を行使する魔術師との相性や特性により、使用する魔術の類も変化すると言うが、支援型の魔術を行使する魔術師はその担い手を見つけることが不可能とまで言われている。
支援魔術はいずれも行使の難しい魔術ではあるが、その中でも自身の身体に対する「強化」の魔術を使用できる者は存在する。
たとえば、常人よりも高く飛び上がり、なおかつ着地時の衝撃を魔術により軽減する、など。
支援魔術は担い手の少なさと表に露出することのない影響で、魔術師の間でも知られていない分野の魔術であり、その詳細は掴めていない。
どの魔術の型にも言えるが、魔術行使にはある程度の段階があり、難しい魔術を行使しようとすると、はじめは失敗率も高く魔力消費量も桁違いである。
支援魔術を使用する魔術師は前線で戦うような兵士でないとも聞く。
つまり、支援に徹するようなスタイルを持つことが充分に考えられる。
支援魔術に見合う魔力量と貯蔵量、回復量が備わっているのなら可能であるかもしれない。
「つまり、現状殆ど使われている魔術は【攻撃魔術】だけってことね」
「そのようだ。だがあいつのあれは…」
そう。
アトリには覚えがある。
ハッキリと数日前の記憶が鮮明によみがえる。
黒剣士が自分たちの目の前から去っていく時。
平地の通りから家の屋根まで高く飛び上がり、その後すぐに消えてしまった。
もしこの跳躍力が魔術による支援なのだとしたら、あの黒剣士は攻撃魔術のみならず、支援魔術も会得している可能性がある。
単純に、攻撃>防御>支援、と使われている魔術の型を並び替えるのなら、それに費やす魔力量は小>中>大、となる。
つまり、高位にあたる魔術を使用できる魔術師ほど優秀である可能性が高い。
そんな者たちを相手にしていたのか、と考えると少しゾッとする。
自分の首が今もこうして繋がり動いていることは、ある意味で奇跡なのだ。
「これだけ具体的な話がありながらも、今までほとんどの人が魔術を信用していなかったということは、魔術師は魔術を使えることを隠している可能性があるな。こうして本を表に出さないだけでなく…それこそ、戦闘でも」
「そう考えるのが正しいと思うよ、アトリ君。誰だって自分の手の内は明かしたくないじゃない?恐らく、魔術もそのうちの一つだね。魔術には魔術でしか干渉出来ない…というのが、アトリ君の結論でしょ?」
なんだ、既に読まれている。
と、心の中で少しだけ溜息をつき、本ではなくエレーナの方を向く。
彼女は笑みを浮かべながらその話をしていたが、自分としては結局話題をつかめても明確な解決策を導くことが出来ず、情けない限りだった。
実際に他の魔術本を確認してみても、魔術師は自分の手の内を明かさない、というのがこの世界に入り浸る者の心得なのだと言う。
何も予測してその正解を確認するまでもない。
武器の強化などは、目に見えないことも多く、その効果が得られた時には相手は死んでいる、というケースがほとんどなのだろう。
逆に、魔術を行使した相手には死んでもらわなければ都合が悪い、と言ったところか。
自分の必殺技は他人には明かさない、というのと同じようなものだろう、とアトリは思う。もっとも必殺技などという芸当を持つ兵士がいるかどうかは別にして。
しかし、そう考えていながらも、早速例外に直面しているアトリ。
そう。あの二人の敵兵士は、自分たちを殺さなかった。
黒剣士の場合はヒラー隊長と彼が剣士を取り囲んだから、という理由もつけることが出来る。
だが、槍兵の場合は倒せたにも関わらず、意味深な言葉を残して彼の前を去ってしまった。
まさか相手が魔術に気付く訳が無いと思って密かにその力を行使していたのか、あるいは明確な理由を以て見逃していたのか。
いずれにしても、彼らを次に相手にするときは相応の覚悟をしなければならない。生かしておく理由が特段ない限りは。
もし、このように魔術を扱える兵士が数多くいたとしたら、
今までの死地での戦いはかなり変わっていたことだろう。
幸い魔術師は魔術を公に披露するような真似はしていない。
と言うよりは、自らの手の内は隠している可能性が充分にある。
おかげで対策を練ることもままならないが、それはそれで良いのかもしれない。
兵士と言う立場ではなく、一般の民として考えた時の話だが。
「アトリ君。実はね、この国にも昔…魔術師がいたのよ」
「え……?」
それはあまりに突然すぎる振りであった。
思わずアトリのページをめくる動作が止まり、彼女の方を見る。
彼女も考え込んだような顔をしながら、そのように言葉を発していた。
「私自身も覚えは殆どない。古くからは…それこそ、私の祖父が国を治めていた頃から。最近ではそんなに時を経たずに…この国が内部分裂する頃のことかな」
「じ、じゃあ俺も見ている可能性がある…?」
「あくまで可能性ね。まだアトリ君も小さかった頃のことだから。4年前…くらい、かな?」
4年前…というと、俺がこの国の城で兵士の教育を始めた頃のことか。
思えばそのくらいの時間は経ったのか。
しかし、魔術師がいたことを、何故エレーナは………。
「今、この状況でしかも相手がアトリ君だから素直にお話出来るけど…私もね、魔術についてはお父様から教えられたことがあるの。文学作品だけじゃなくてね!」
文学作品、を強調されたのは先程のやり取りがあったからだろう。
だがそれ以外にも魔術の話を聞かされていた、というのは彼としては驚きであった。
普段…特に、子供時代城内の図書館で、夜間に読書をしている最中に何度も現れてはお話をした相手、エレーナ。
その彼女が魔術のことをその時既に知っているものだとすれば、その時彼がそれを知っていれば、少し物の見方も変わったのかもしれない。
過去の出来事をパラレルに考えても仕方が無い。今起きている現実を認めなければならない。
教えられた、とはいうものの、彼女の聞いた話の多くは文学作品によるものであった。幅広く教養を身に着けるための、王族としての教育の一つだったのだろう。
彼女も子供心に魔術に憧れたことはあるが、なれるものとは思っていなかった。具体的になる方法はその時は分からなかったし、架空の話だと思い込んでいたから。
エルラッハ王は…、ということは魔術の存在を当然知っている。
もしかして。
この話の関連性…だからエレーナを今日呼んだのだろうか?
「生憎だけど私は魔術使えないからね」
と、手のひらを彼に見せながら彼女は話を続ける。
「優秀な魔術師が、つい最近までいた。アトリ君と似ているようで違う、国に仕えていた一人の男性だったようだけど、私も話ばかりで直接会ったことはないんだ」
「それも…国王から?」
「うん。だからもし、このことが聞きたかったら、お父様に聞くとよく分かるかな。その人はもうこの国には居ないから」
恐らくそれが彼女の悩ましい表情の理由の一つなのだろう。
アトリもその話を聞いて少しだけ気を落とす。
もし本当に魔術師がこの国にいたとするのなら、今からでもその人から話を聞きたいくらいであった。
国に仕える者であれば、あの槍兵のように襲ってくることはあるまい。
詳しい話を聞いてその対応を考えることも出来たのだろうが、生憎そう上手くはいかないらしい。
「もしかしたら、その人もここに書物を書き残しているかもしれないね」
「しかし、何故その人は国を離れたんだ。国に仕える者であれば、国に忠を尽くすのが第一かと…」
「…アトリ君。その考え方は万人に共通しないってこと、よく覚えておいてね。その魔術師にも関係しているかもしれないから。この国のトップは国王だけども、誰もが国王に忠実とは限らない。でなかったら…こんなことにはならなかった」
『こんなことにはならなかった』
彼女が重々しくそう小さく呟き、顔を俯かせる。
何が彼女をそうさせているのかは、アトリもよく分かっている。
というよりは、彼も含めてこの国の多くの兵士たちが、今相手にしようとしている存在が大きく関係していることなのだから。
彼も小さいなりに、その出来事を覚えている。
その頃には既に人間として、他の子どもたちよりも明らかに成長し、そして人格も整っていた彼。
その時の記憶は今でも断片的に覚えているし、何より今その記憶の相手と直面しているという現実がある。
彼女が示す理由の大元。
彼が察する記憶の一部。
そう。
示された者の相手は、『マホトラス』と呼ばれる国の存在である。
2-4. 魔術への手掛かり




