2-3. 魔術探査
魔術に対抗できるのは、魔術のみ。
ハッキリとそう断言できる訳ではないが、人並み外れた能力を持つ者を相手に、凡人が敵うかと言われれば、そうではないのかもしれない。
あの黒剣士の剣捌き、体捌き…そして槍兵と同じような感覚を持つ、あの男。
奴らが魔術の心得のある兵士だとすれば、他にも奴らの中に魔術に心得のある兵士がいる可能性だってある。
そもそも。
魔術という存在を知る人はそう多くは無い。
文学作品の中ではそのような設定を用いられることは多い。
彼もそれを見て育ってきた。
だがそれはあくまで空想上のおとぎ話に過ぎなかった。
だが。
それが現実に存在しているものであれば、話は大きく変わってくる。
魔術…人間には到底理解し得ない神秘的な現象。理解に苦しむというのに、理解にならない特別な力を行使出来てしまう。
それに対抗するには、まずは魔術そのものをもっと詳しく知る必要がある。
すべての兵士にこの情報を共有するのは不可能だ。
宝物庫にある宝具の数々は、外部はもちろん味方の兵士でさえ開示を許可されていない。
エルラッハ王が宝物庫の魔術本の開示を許可するにも、悩んだはずだ。
しかし、そうしなければ自分たちが脅かされるのだと分かっている。
戦闘の参考にするためには、何より情報が必要だった。相手を無と考えこちらが攻撃しても、相手の策に乗せられてしまえばそこまでだ。
勝てないと分かっていても、戦わなければならない時もある。
いつか来るその日に対抗し得るための手段…でなくとも、一矢報いるだけの知識と技量を考察しておかなければ。
この時のアトリはもう子どもではなく、一人の戦う兵士として状況を分析していた。改めて自分があの槍兵と黒剣士に対峙した時の情景を思い出し、その戦いの記憶から対策を練ろうと考えていた。
頭の中でそう考えながら、一人の女性を待つこと十数分。
国王が直に「彼女と協力しながら進めるように」と頼んできたこと。
まさか断る訳にもいかない。
娘はこういう時に役に立つ…と王は言っていたが、そもそも彼女は魔術の存在を知っているのだろうか。
そうこう考えているうちに、その女性はやってきた。
「おかえりなさい、アトリ君」
「…た、ただいま」
「もう、相変わらず不自然ね。私はいつもと変わらないのにっ」
いや、その。
いつもと変わらないからこそ、どう対応すべきか困る時があるのだ。
と、彼は頭の中で言葉を並べながらも、浅く頭を下げては王女エレーナと合流する。
目の前にいるのは確かに王族の人間。
庶民でしかも兵士という道具の器である自分が、王女と共に資料を閲覧するなど考えてもみなかったことだ。
調べるのは相当前から図書館で行っていることだが、共同作業というものはこの分野に関してはあまり経験がない。
まず、二人は宝物庫の鍵を持って、例の仕掛けのある部屋まで行く。
相変わらず城の中で奥まった空間にある部屋だが、それも宝物庫とあれば仕方のないことだ。
仕掛けを抜け扉を上げ、室内を灯す。
決して明るくはない室内の空間に、たった二人。
王女と彼がその中へと入っていく。来るもの拒まず、というような見立ての部屋には見えないが、明かりを灯せば実に様々な宝具が彼らを出迎えてくれている。
「でも、魔術本を見てどうするの?」
「魔術の対策があれば、と思ってね。そうでなくとも、情報くらいは手に入れたいものだ」
「…そうね。無知は最大の脅威、というところかな」
エレーナが戦闘を経験したことは一度もないが、確かに言っていることは正しい。無知は最大の脅威、相手の懐を掴めないまま、何の策も無しにただ突撃するような戦い方では、力の差が生まれた時に殺されてしまう。
恐らくは魔術もその類のものだろう。
何も知らないまま挑めば、その力を行使されれば、対策の無いこちらは死ぬ。
しかし、アトリはこの時点で魔術に対して対策を考えられても、それが実行できるとは考えていなかった。
二人は宝物庫からあらゆる本を引っ張り出す。
すべて魔術に関わるもの。その中には日記のようなものもあれば、何故ここにあるのかと疑いたくなるような、文学作品なども出てきた。
数十冊にもなるその本。すべてを確認するのは難しい。
そこで、二人はある程度絞ってみることにする。文学作品は物語がある以上空想の話である可能性があるため今回は除外し、記録されたものや日記などをあたり、その存在を確かめることにした。
「アトリ君。これどう?」
「ん…あぁ。見るよ」
古びた本ではあったが、エレーナからアトリはその本を受け取る。
特にタイトルも記載がなく、また誰が書き残したのかも分からないもの。
だが、エレーナはその中身をパッと見て、現実的な話のように見えるそれを選び、彼と共に見ることにした。
「こうしてみると、魔術って本当にある…って、思っちゃうよね」
「確かに。だからこそ外部に出さないようにしていたのかもしれない」
その本は実に親切な内容で書かれている。
見やすい文字に整った体裁。まるで誰かにこれを伝えようとしていた、とも捉えられるような内容だ。
一時はこの筆者も魔術を広めようと考えていたのかもしれない。
だが、自分が目の当たりにしたから分かる。
あのような力を持つ者が何百人何千人と居ては、命や国が幾つあっても足りないような気もする。
二人は順にページをめくっていく。
魔術とは。
本来人の往きつかない未知なる領域の一つであり、いまだにその存在は解明されていない。
多くの人が作り出した作品の中に登場する魔術は、普通の人から見れば当然のことのように、架空の存在として知られている。
時にその者に力を与え、希望と絶望を謳う。
それらを見て憧れる者もいれば、本当に存在すればただ事ではないと思う人も中には居るだろう。
だが、魔術は本当に存在する。
本来は存在してはいけないのかもしれない。
人の手が持つにはまだ早すぎるのかもしれない。
現実に魔術は存在し、それを扱う者も中にはいる。
そういった者たちを、私たちは『魔術師』と読んでいる。
「…魔術師には、そもそも魔力というものがあると聞いたが…」
「そうね。それは文学作品でも有名な話。そもそも魔術師を名乗るなら、魔力を持っていて当然だし、持っていない者を魔術師とは呼ばない、ということだよね」
「…エレーナも、もしかして人並みに魔術を知っている…?」
と、疑問を急に投げかけたアトリ。
その表情がやや真剣なものであったため、それが冗談であると捉えることも出来ず、エレーナは少し顔を赤くしながら返答した。
王族とて人並みに文学や趣味に触れることもある、と。
彼女は王族の一人である前に、人間。ましてこの国には自由や平等という理念が掲げられているのだから、かつて彼とエレーナが夜に図書館で会ったように、自由を満喫する権利があるのだ、と。
その言い方は可愛げがあるもので、思わずアトリも笑みを浮かべた。
からかうつもりは無かったのだが、そういう一面を見られてホッとする一方、なんだかおかしくも思える。
「まぁいいよ。続き読も」
もっとも、人とは不可思議な力を手に入れると、その力を固持し、誇示もし、そして相手にそれを証明したがるものなのかもしれない。
魔術を活かせる日常生活の送り方などあれば良かったのだが、荒んだご時世の中では、生き残るのが精一杯だった。
だから、私もそうだが魔術を行使できる者は、それを相手に向けて使用した。
戦争という手段に魔術を使用し、人並み外れた桁違いの強さを持ってしまったのである。
願わくば争いごとに魔術が行使されぬことを…と、僅かながらの希望を述べたうえで、説明をする。
魔術師になるためには。
前提として、魔術師になれる者は『魔力』の備わっている人のみである。
『魔力』とは、それこそ説明し難いが人のあらゆる能力の先を行く未知なる存在である。私は、この魔力とこの世界に流れる何らかの力が作用しているのではないか、と考えている。
それを理由とするものが、一つ。魔術師はその存在になるために、魔力の供給を行う必要がある。魔力とは好き勝手に使ってしまえば失われてしまう。何もしなければ補給することも出来ない。
幾らそれが神秘的で効果的なものだったとしても、無限に垂れ流すことなど絶対に出来ないのだ。
魔術師になるためには、そもそも魔力が必要。
ではその魔力をどこから得て、供給するか。
魔術師の魔力は、魔力を身体に得た時点からその消費が始まる。
黙っていても魔力を消費し続けるのだが、これは日常生活では殆ど気にしなくても良い話だ。
何故なら、魔力の供給は、人の欲求である「睡眠」「食事」など、身体を休めることである程度自然回復をしてくれる。
そのため、日常生活で気付かずに使用している魔力の供給は、何ら問題ない。
面白いことに、食事や睡眠といった効果が顕著に現れる者もいれば、大して気にするほどの回復量でない人もいる。
魔術師の持つ魔力には性質があり、その性質によって行使できる魔術も異なる。が、この話は次に持ち越す。
魔力をある程度自然的に回復できる者と、そうでない者がいる。
私の経験では前者の効果はやや薄く、後者は常に別の手段で回復を行う。
『魔術師は、必ず魔力を帯びた石を持っている』
「「魔力を帯びた、石…?」」
あっ。
その時、二人とも疑問に思ったことがそのまま口に乗せられ、しかも同じタイミングで話される。
思わず二人で顔を見合わせたが、その疑問は打ち解けることがない。
魔術師は必ず魔力を帯びた石を持つ。
次なる話の展開は予想できる。そのまま二人は一緒に読み進める。
あらゆる作業や戦争での戦いにおいて使用される魔力量は、日常生活で日々消費しているそれに比べれば、遥かに多い。
しかも、基本的に主目的で使用する魔力が、現状戦闘における使用ばかりなので、その消費量は計り知れない。
魔術師は常に魔力をある程度は温存しておかなくてはならない。
人によっては、魔力の貯蔵が底を尽きると体に支障をきたす者もいるという。
確かなことではないが、その人の持ち合わせる魔力の量と質によって、身体にもたらされる変化も異なるものだという。
もし魔術を学問として取り入れることが出来たのなら、どれほど有意義に研究は進んだだろうか。生憎、このご時世にはそれが出来なさそうである。
魔力を帯びた石は、時に人が扱いきれないほどの魔力が貯蔵されており、魔術師はその石を通して自身の魔力を回復することが出来る。
そのため、日常的に魔力の回復がはかどらない者は、この石を何らかの形で携帯すると言われている。
私の場合は、石を携帯することは無かった。旅先で落としても困るだけである。常に自宅に保管し、必要とあらばそれを利用する程度である。
石があることにより、魔術師は魔術を行使することが出来る。ただし、魔力の回復量は石の性質や魔術師としての性質などにも関わってくるため、石に触れているからと言ってすぐに回復するものでもない。
中には使い切った魔力を最大に貯蔵するまで一週間ほどかかる者もいるし、使ってもわずかに1日程度で回復させてしまう者もいる。
しかし、魔術を持つ者たちで一般的に考えられているのは、膨大な魔力を持つ、あるいは放つことの出来る者は総じて強く、その分回復にかかる時間も長い。
魔力こそ貯蔵も少なく一度における発動の破壊力は大したことはないが、比較的短い時間で回復し戦闘を行うことが出来る。
主にこの二種類が基本の性質として挙げられている。
このようにして、魔術と魔力はその人によって大きく異なる。
性質も異なれば繰り出す魔術も大きく変わってくる。
さて。
この本を読んでいる者がどなたであるかは私にも分からないが、中には魔術を会得したいと考えている人もいるのではないだろうか。
「……」
その言葉を見たとき、アトリは気付かなかったがエレーナはその視線をアトリの目線に一瞬だけ向けた。
彼女は彼がそのつもりなのではないだろうか、と一瞬でも考えたのだ。
戦闘を知らない彼女とて、魔術の力が常人離れしたものであることは容易に想像できる。その相手と遭遇したアトリなら、尚更だろう。
魔術には魔術でしか対抗できない、のだとすると、彼もまたその一人に…と、エレーナは頭の中で考え少しだけ悩む。
果たしてそのようなことが本当に出来るのか、いや許されるのだろうか、と。
誰が誰を許す訳ではない。
そのような不可思議な力を自らの体内に宿すことを、自分自身が是とするかどうか。
「魔術師になるためには魔力が必要…だとすると、魔力を帯びているその石を探すのが、一番早い方法なのか」
「そのようね」
「だが、この本にはそこまで具体的には書かれていない。いや、そもそもそれを探すのは難しいのかもしれない」
アトリはそう言葉にしながら、その本に書かれた言葉の数々を眺めている。
そこに書かれていたのは、『魔力を持つ石がどこにあるのか、世界にどのくらいあるのかは、誰も知らないし分からない』という。
プラス思考で考えれば、その石がどれだけの量あってどこにでもあると考えることが出来れば、魔力を得る機会は大いにある。
マイナス思考で考えれば、世界は広すぎるうえに、魔術師は人々の中でも本当に僅かな人間しかいない。つまり、石の数もそう多いということではない。
どちらを取っても可能性はあるが、その値は低いものだろう。
「そうだね…こう書かれているのなら、書いた人も分からないだろうし。でも…そうすると、この人はどうやって魔力を持ったんだろう?」
「…確かに」
単純にこの人も石を手に入れた、と考えるか。
そうでなければ魔力を持つことなどできない、と書かれている以上、そう考えるのが妥当だろう。
しかし、二人には共通して別の考えも浮かんでいた。
確かに魔力を得るためにはその石というものが必要となるのだろう。
だが、他にも魔力を得る手段があるのではないか、と。
その本にはそのような記載は具体的に書かれていなかったが、その可能性が無いとは言い切れない。
魔力を持つ方法、魔術師になる方法の大まかな内容は掴めた。結局のところ魔力を宿しているとされる石を探し出さないことには、始まらない。
だが、それがすぐに見つけられるか、と言えばそうは言えない。とてもじゃないがこの広い世界からそのような石をピンポイントに探し出すのは、到底不可能だろう。
そもそも、どの石に魔力が宿っているのかが分からない。魔術師は何を以てその答えを得たのか。
「…そうね、確かに。石のことも少しばかり書いてあるようだけど…」
「別の本と照らし合わせる必要がありそうだ」
魔力を宿す石について、更に二人は調べを進める。
この時既に宝物庫に入ってから一時間が経過しようとしていた。
城の外周からは隔絶されたような場所にある、この宝物庫。
二人の男女がいるだけで、他に音も何も聞こえてこない。
もっとも、その方が二人には調べ物をしている内容からも、都合が良いのだろう。
複数の本を読み比べながら、その石について調べた。
結果的に、数冊の本で魔力を宿す石の記載がされていることが分かった。
一冊だけの情報だとやや信憑性が心配されるが、それが複数に似たような記載があることで、より現実味を帯びてくる。
「見て、アトリ君。この文だけど…」
「あぁ……」
魔力を得るためには、一般的には魔力が宿っているクリスタルに触れる必要がある。
世界中に溢れる石の中からクリスタルとなるものを探し出すのは、非常に困難ではある。しかし、クリスタルは転がっている石と比べれば、透き通ったような輝きを持つものとして、魔術師の間では知られている。
「透き通ったような輝き…?」
「続きがあるよ」
鉱物の一つとしてクリスタルは存在しており、魔力を持つクリスタルも何らかの干渉を受けてそのような鉱物の一つとなっている。
鉱石としての本物の性質を持つ水晶と、魔力の貯蔵庫としての性質を持つ石を比較すると、石は透明のように透き通る輝きを持ち、特に夜間何らかの光に触れた時にはその現象を目の当たりに出来る。
そのため、通常の鉱石と比較する場合には、夜間での探索を推奨する。もっとも、魔力を帯びたクリスタルがどの程度あるかは、誰にも分かっていない。また、その所在地も推測でしか判断されていない。
魔力を持つクリスタルに触れた場合、貯蔵量の多いクリスタルから人体に向けて急激に魔力の接触が行われ、その体内に強制的に魔力を宿すことになる。しかし、クリスタルから魔力を得る方法は人体に少なからず影響を与えることが、魔術師の間では知られている。
特に、魔力に触れると風邪に似たような症状が一週間程度続くケースがあり、また風邪とは普段人々がかかりやすい病気の一つでもあるため、仮にクリスタルに触れ魔力を有していたとしても、それに気付かない者もいるかもしれない。
だが、このケースも人の持つ魔力の性質によって異なり、その度合いも大きく異なる。
「なるほど。石の特徴は分かったね」
「あぁ。調べる方法もある程度は見当がつく。だが相変わらずその探索範囲は広すぎてどうしようもない」
「そうだね…せめて世界のどこかに限定して出現するのなら、話は早いんだけども…」
……あれ?
そこで、再びエレーナはある考えに辿り着く。
あくまで仮定の話であり確証も何もないが、鉱石としてのクリスタルが存在する地域に、同じように魔力としてのクリスタルも存在する可能性も充分にあるのではないだろうか。
そもそもクリスタルのような綺麗な石が発見できるのは、大自然の中とはいえ草原や海辺といったところではないはず。少なくともこの城からは遠く離れた場所にあるだろう。
この国や貿易商人が持ってくる物の中にも含まれているが、価値のある鉱石は石そのものを研磨し、磨きをかけることでその輝きを得る。人を魅了するその美しさは、自然の中にあるものもあれば、人間の手によってその輝きを得るものもある。
もし、前者の場合で話が通り、なおかつ魔力を持つ石が自然発光するようなものであれば、見つける可能性はあがる。
さらに、鉱石が発掘できるような地域に限定すれば、探しようもあるというものだ。
「どう?何か掴めた?」
「魔力を持つための方法は分かったが、魔力をどのように投影するのかが、まだ掴めない」
「投影…?あぁ、そうだよね。現実世界に不可思議な力の効果を投影するって感じかな。その辺も見てみようか」
その通りだ。
あの黒剣士や槍兵が表に向けて魔術の力を行使するためには、それを現実世界に投影する必要性があるのだろう。
無論、その限りではないとは思っている。
それも含めて、二人の魔術探査はまだ続く。
2-3. 魔術探査




