2-1. それぞれの思惑
ここは、ウェールズ王国から遥か遠くの大地。
彼らの目が行き届かないところ。
大陸の一部ではあるが、大きな領地を持つこの地域にも人がいる。
湖や川、大地に生い茂る草花などといったものとは、やや無縁の地域。
荒廃した土地の上に石造りの家の数々が立ち並び、その数は遠目で見ても確認出来ないほど多い。
家はほぼすべてが統一された大きさ、形をしている。
まるで初めから家を作る基準が設けられていたかのように。
この土地に根付く自然の色と言えば、近くを流れる綺麗な川くらいなもの。
町を離れればそこは「荒野」とも言え、目印となるような建物も無くなる。
起伏こそあまり激しくないものの、凹凸が目立つその大地は芽吹かせるほど元気のあるものではない。
しかし。
それでも人々はその大地に生を営んでいる。
たとえどれほど自然色に満ちていない大地だとしても、住めない訳ではない。
工夫の必要はあるが、しかしその工夫も「領主」の意向ですべてが定められている。
石造りによる家も、また周りの建物よりも何十倍も大きいその城のような要塞も、すべて領地の主や主に仕える者たちが定めたものだ。
その基準のもと、民たちも生活をしている。そういう意味では、自治領地と何ら変わりはない。
だが、自治領地とは決定的に違うものがある。
彼らの行為。彼らの思想。彼らの目的。
それに敵対する存在が明確に分かっており、その存在を葬るために、各地で争いの種を巻いている。
「大国マホトラス」
厳密には、この世界で国と呼べる規模を持つ自治領地は、ウェールズ王国ただ一つである。
国が出来上がる過程は、既に歴史書において数十年も前からその姿が描かれている。
大陸全土がその話を知っている訳ではないが、とりわけ彼らが住むその地域もその歴史が知れ渡る地域の一つである。
同じようにして、歴史を調べると「マホトラス」の存在もハッキリとする。
それがどのような経緯で出来た、大国を名乗る自治領地なのかが。
ウェールズ王城から北東に遠く離れた場所にある、この土地。
その名を「レオニグラード」と呼ぶ。
大国マホトラスの領地の一部であり、領地の中では比較的規模の大きい町だ。
大きな工場が幾つも存在し、その工場では日用品のみならず、武器や防具などの生産も大量に行っている。
とは言っても、工場制手工業のために時間はかかるのだが。
レオニグラードの中に、ひと際目立つ建物が一軒存在する。周囲に点在している石造りの家よりも遥かに大きく、階層で言えば7階に相当する。
更に左右にも広く、建物全体が四角形のような姿をしている。
ここが、大国マホトラスの軍事基地の一つだ。
ウェールズ王国のように、各地に駐留拠点を構えるのと同じように、このレオニグラード基地も、彼らの生活や攻撃のために置かれている駐留拠点である。
一階部分。扉の設置されていない大きな穴の入口に、一人の男が入っていく。全身の服装が濃い色の紺色で包まれており、随所に鎧を装着している。黒いマントを身に着け、その右手には長槍が握られたままだ。
「さっさと動け!!」
「ボケっとするな!!」
その時。
男の耳にそのような激が聞こえてきた。
それを目にした槍使いの男は、その声が飛び交う方向を見る。
十数人が一列に並ばされており、最前列と最後尾の兵士二人に連行されている様子が見える。
手にはそれぞれ縄がかけられ、一列に皆が繋がっている。
向かっている先は、地下に通じるであろう階段。
槍使いの男は、その階段の下が収容所や拷問部屋のある、現実世界とはかけ離れた異空間であることを知っている。
「こんなところで死にたくねえ!!」
「黙れ!!」
連行されている者の一人が、全員の気持ちを代弁するように声を上げると、全員の代償を一人に受けるように、兵士の剣が抜刀され、その柄で顔面を一度殴られる。その場で体勢は維持したものの、顔面からは多量の流血を起こしていた。
槍兵は、その姿を立ち止まりながら見ていた。そして、呟く。
―――――くだらねぇ。
いや、むしろ吐き捨てると言う方が正解だっただろうか。
地下の暗い空間に連れられる者たちと、それを執行する兵士たちすべてを含んだうえでの、その言葉だった。
槍兵はそのまま上への階段を上っていき、6階部分でそのフロアの中へと入っていく。普段ここに来ることはないが、一週間以上の時間をかけて一度帰還した。
何故なら、この先の一つの部屋の中にいる男に呼び出しを受けたから、である。
槍兵は既にドアの前でもその空気に感付いていたが、それでも一度だけドアを片手で叩き、その部屋の中へと入っていく。
「おい。呼び出しに応じてやってきたぞ」
「…この私に向かってそのような態度を取れるのは、相変わらず君だけだな。オーディル」
『オーディル』
マホトラスの国に仕える、兵士の一人。
兵士としては珍しく槍を扱う。大抵の兵士は剣と盾や防具を身に着けて戦うのだが、この男は鎧を着こむようなことはほぼせず、槍一本で戦いを行う。
背は高く筋肉体系で短髪。その黒いマントと紺色の服装、黒いベルトに装着具が銀色に錆びた、その姿が特徴的だ。
彼が、先日かの自治領地で、敵国の兵士である「アトリ」と一戦交えた男である。
「ハッ。いつものことだろ、司令官さま」
「まずはその槍を仕舞え。要らぬ疑惑をかけられたくないのならな」
「…」
オーディルという男が部屋の中で話している相手は、窓ガラスから外の景色を眺め、彼が来ても視線を変えない男である。
部屋の中は至ってシンプルな造りであったが、デスクの上には紙の資料が山積みになっている。さらに、壁には大きな地図がかけられている。
オーディルが呼ばれたこの男には、部隊を統率する役目がある。現在世間がどのような状況で、争いの火種に対しどの兵士をどこへ派遣するか、などを決める一人だ。
無論それだけではないが、今のこの二人の関係は少なくともその辺りで説明できる。
男にそう言われたオーディルは、その槍を瞬間、空間の中に消してしまった。まるで空間の中に干渉して、自分だけの倉庫にしまったかのように。
もうこれで外部の人からは見えない。彼はこうして武器を日常的には隠している。そして必要とあらば、その槍を出現させるのだ。
槍の種類は変わらず、その効果も変わるものではない。隠すのも出現させるのも、同じ槍だ。
そのようなことが出来るのは、魔術の心得がある者だけである。
「それで、俺に何の用だ。俺が他人の指図を嫌う人間だってのは、分かってるよな?」
「だが、私はお前が誰よりも好戦的な男だと知っている。悪くない話を持ってきたのだが」
「馬鹿が。言い間違えるな。俺は強い奴と戦うのが好きなだけだ。誰に対しても斬り合うような人間じゃねえ」
「その割にはしっかりと働いてくれるな。君も義理堅い男だ」
この男にはオーディルの行動や考えが読めている。
確かに彼は誰かの指図を受けて行動するような人間ではない。
その証拠に、先日自治領地で戦闘を行った時は、たった一人。
偶然にもアトリという未知数の兵士と遭遇した訳だが、その前には防衛の為に展開していた、敵の自治領地の自警団を始末している。
そうしなければ、自治領地に対して事が進められなかったのだから。
今この状況で何をすべきか、それが何にもたらされるか。
それを知っているために、オーディルは断り切れないことがある。
目の前の男にはそれが分かっていたのだ。
だからこそ、彼は男に対し舌打ちして、話を続けるように促す。
「いよいよ各地で戦闘を行う。今までは東側を中心に行ってきたが、次は北部と北西部から南下する。ウェールズ王国の直轄地帯に向けて楔を放つときが来た」
「ようやく準備が整ったって訳か?」
「あぁ。予備兵力も充分。前線を形成できる兵士たちは大軍になる。長い間準備をし続けてきたが、ここからはイタズラというレベルではない。本気で戦い、占領していくことになる。…そのために、君には北西部に行ってもらう」
少しだけ驚いたような表情を見せるオーディルであったが、それに背く訳にもいかない。だが何故この俺が北西部なんて場所に行かなければならないのか、その理由を求めた。
「生憎、北部の部隊を手厚く布陣している。北西部、北東部から東部にかけて同時に侵攻するには、絶対的に強い戦力が必要となる」
「つまり、俺と入れ替わりでやってきたあの二刀使いは、東部を管轄するってのか」
「その通りだ。無論他にもいるが…君には北西部、特に海岸線から南下してもらい、城を目指してもらう。安心しろ、既に強い兵士がいたら上に報告するように、とは伝えてある」
この時、オーディルは本当なら反論したいところであった。
彼が求める強い相手との戦いは、あくまで彼自身が戦ったことで強いとみなした者への戦いだ。
それこそ、先日のアトリが良き例である。伸びしろ程度の段階だったが。
彼は独断で戦場を行動する機会が多い。このようにある程度地方は指定されるのだが、その中では軍に混じらず一人で戦いをすることも多い。
誰が強いかは自分が決めることであり、他人の当てにならない報告より自分の槍が身を以て知る方が遥かに良い、と思っていた。
しかし、マホトラスにはマホトラスのやり方がある。
逸脱し過ぎるのもかえって周りに迷惑をかけるというものだった。
「ケッ、分かったよ。話はそれだけか?」
「あともう一つ。これまでの数週間で、相手に魔術の心得があると思わしき兵士は見つけられたか?」
「いねえよ。どいつもこいつも腰抜けだ」
心の中で思っている答えと、今表に出た答えとがやや異なることを、この時のオーディルはハッキリと自覚していた。
別に言うほどのことでもなく、それが脅威だとも思わなかったから、「居ない」という答えを出したのだ。表向きには。
彼に指示を出すその男は、「魔術師」の存在を気にしていた。
その存在が、自分たちにとって脅威となり得ることを危惧していたからだ。
「そうか。ならいい。出征となれば暫く戻れないだろうから、そのつもりで準備をするといい」
「あいよ。俺ぁこれで帰るぜ」
とはいっても、オーディルの自宅がこの町にある訳でも無く、新たな出征も決まったということで、この宿舎で空いている部屋を探しにいく為に、彼は部屋を離れる。結局ろくでもない話だったと思い返しながら、それでも拒否することはせず歩きながらどうするかを考えていた。
どうせまた、大量に人殺しをすることになる。
まぁ、それでもまた断れねえんだろうけどな。
戦いながら強い相手でも探すとするか。
このようにして、既に王国の言う「奴ら」は、次なる一手を放とうとしている。
それもすべて王国のすべてを排除し、国としての目的を果たすために。
大国と王国との戦い。
世界各地で広がる自治領地での戦闘に、更に油を入れる事態。
大国は全力で侵攻し、王国は全力で防衛する。
今、戦火は各地へ飛び散り、その勢いを拡大させつつある。
一方。
王国からの封書をもらったアトリは、その日から二日半かけて王城へと戻る。途中丘陵地帯や自然の名所の数々を素通りしていき、とにかくも急いで城へと戻る。封書の内容が彼にとっては気掛かりだった。自分が居ない間に刻一刻と状況が悪化しつつある、という言葉。そして末文にあった、国宝自らの署名。事態がそう思わしくないことを予測させるに十分な内容であった。
一刻も早く城に戻り、次なる手を打つ必要がある。
そのように考え、それから二日半経った昼過ぎに、アトリは愛馬と共に城へ帰還した。
―――――なんだか、久し振りな気がする。
事実。
一週間以上はこの城から離れていた。
途中何度も野宿する機会もあり、相変わらずの環境の中で生活をしている。
それでもなお、身体が今の調子を保てるのは、若さが理由なのだろうか。
この頃には、右脇腹の斬り傷も気にならないほどになっていた。
充分に傷口を閉め、止血を施したためでもある。
しかし、本来であれば重傷であることに変わりは無い。だがアトリはこの傷を忘れている時間帯があった。
もっとも、その方が傷を気にせず活動できるため良い時もあるのだろうが。
城の中は、静かだ。
各場所に召使が仕事をしているようだが、兵士の姿は見当たらない。
警備兵はいるが、他の兵士たちは既に出払っているのだろうか。
そう思いながらも、まず彼は自室に戻り、その装備を外す。といっても、外すようなものはほとんどない。
更に、兵士に支給される剣はまたも折られてしまった。
持ち帰ることさえ出来なかった今回は、落ちていた剣をそのまま使い古していた。劣化が激しく、またも剣として機能するかどうかが怪しい。
―――――また、取り換えか。申し訳ないな…
と、思いつつ、彼には一つ考えがあった。
何度も剣をもらっては、失っている。たとえそれが兵士に支給される通常のものであったとしても、作ってもらっていることに変わりはない。
それを何度も破壊してしまっている自分に、実力の無さが分かる。
しかし、それは例えば優れた剣を以てしても、変わらないのだろうか、と。
脳裏にあの槍兵や黒剣士の姿を思い出す。
あのように戦闘に長けた人物を支えているのは、紛れもなく武器。
無論それを如何なく発揮しているあの男たちの力量が物を言うのだろうが、自分も少しばかり剣を変えることで、変わるのだろうか、と。
しかし。
理性がそれに勝る。
剣を変える前に己の力量、技量、精神力、そのすべてを鍛える必要がある。
その強化がまずは先だろう、と。
その後、アトリは上士であるアルゴスの部屋まで行く。
封書の内容を確かめるのと、次なる任務を受けにいくためだ。
帰ってきたばかりだというのに、彼は休むこともなく身体を動かし続けている。
その身体がどれほど疲労を蓄積させているかは、他の誰が見ても想像つくだろう。
「…?」
しかし。
アトリはアルゴスの部屋でノックをするが、中から音はしない。
幾ら常に完全武装で寡黙な男だったとしても、ノックに応じないほど素っ気ない態度を示す訳がない。
というのは彼の思いこみであったかもしれないが、ドアを開けて中を確認しようとするも、そのドアは固く閉ざされていた。
つまり、留守ということだ。
まさかアルゴスも本城を離れて各地に移動しているのではないか、と頭の中に考えが浮かんだが、一つの声でその考えは無くなる。
「あの…もし?」
「あ…あぁ。すまないが、アルゴス隊長の行方は分からないだろうか」
「アトリ様、ですね?お疲れ様でございます」
背後の通りを歩いていた召使の女性が、アルゴスの部屋前で立っていたアトリに声をかけてきた。
随分と名前が知れているものだ、と彼は思ってしまったが、それよりもアルゴスの行方が知りたくて、その確認を行った。
召使に少しだけの笑顔が見える。
「アルゴス様は、今恐らく王の丘にいるのではないか、と…。王は、今日あの場所に行くと話していたそうですから…」
「王の丘、に…?」
国王が王の丘に行くとは、何か特別な事情がある時が多いというのが、アトリの考え方だ。
アトリはかつて、何度も王の丘に立ち、城下町に住む民たちに声を伝えている王の姿を見ている。その警備をしていたこともある。
日常的に訪れはしないものの、時々そうして丘に訪れては、民たちの前に姿を現している。
今日もそのうちなのだろうか、と思い召使に礼を言うと、彼は階段を降りて行き、城下町に抜けて行く。
疲れた身体にはあまり感じられないが、相変わらずの城下町の賑やかさ。
それがこの町のウリでもあるだろうが、一方で遠くから近づいている脅威のことを思うと、少しばかり怖くもなる。
城下町の中を歩き抜けて行く時、やはり心なしか民たちの姿が少ないようにも見える。王の丘に集まっているのだろうか。
そう思いながら、彼は丘まで上がっていく。
予想通り。
王の姿を見る者たちが集まっていた。
民たちの間でざわざわと声が上がっている。
無理もない。普段から顔を出す王ではないために、王が民たちの前に姿を現す時は貴重な機会となる。
とはいえ、今日のこれは事前に知らされていたことなのだろうか。
その辺りもよく把握できていないアトリであったが、彼は民たちが集まる方向とは違う方向から丘を上がっていく。
「っ……」
「………」
王の丘。
そこには、先代の王、建国の父が記した石碑が今も埋められている。
石碑にはフィリップ・フォン・ウェールズ、つまり現国王エルラッハ・フォン・ウェールズの先祖にあたる男の言葉が書き記されている。
この国がどのような姿であるべきか。この国のみならず、この世界が今度どのような世界を築き上げて行くべきか、その「理想」とも言うべき胸中が明かされている。理想を求め、理想の実現のために理想を追い続けた男の言葉。
しかし、今もその言葉とその理想は、この国の土台として生き続けている。
その王の丘の石碑の周りに兵士がいる。
そして、一人。
彼の存在に気付いたその男が、丘の下から自分を見上げるその姿を見て、石碑から目線を彼に移した。
真紅の大きなマントを身にまとった、背の高い男。
王の丘に風は吹き、そこに居る者たちを靡かせる。
「…よく戻ってきた」
そうして、まずは一言。
エルラッハ・フォン・ウェールズが、アトリにそう言葉をかけた。
2-1. それぞれの思惑




