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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-22. 戦士の瞳




「ならば、その運命に抗ってみるがいい」



ここで死ぬことは許されない。たとえ他の誰もが自分の死を容認し、当然のことのように思ったとしても、自分そのもの…己の心は断じてそれを受け入れることは出来ない。

少なくとも、今この場面では、死ぬわけにはいかない。

昨晩。恐らく久しい光景だったのだろう。本当の意味での「死に際」に直面した彼。今まで自分が倒し続けてきた兵士が思い抱いていた感情、意識。剣を取り剣と成す。その結果が、相手にしてきた者たちの、大勢の死だ。

次は自分の番なのかと、あの時一瞬でも受け入れてしまった自分がいる。

思えば、昨晩死んでいれば今こうして思うことも無かった。

たとえどれだけ不利な状況だとしても、諦めることをしない。

本当はそうすべきなのだ、と自分に言い聞かせることが、今出来ている。

この身が大地に立ち続けるのであれば、その信条に向けて全力で向かいたい。


そう願い、そう心にハッキリとした意思を持った男が取った行動。

相手は今まで出会ってきた兵士と比べると、桁違いの強さを持つ黒剣士。

そもそも戦いと呼べるような状況にさえならない、究極の強者のよう。

まるで昨晩、月下に現れたあの槍兵のように。

卓越した技量、鋭い洞察力、相手を斃そうとするその意思の表れ。

そのすべてが自分よりも上回っている。

戦うものすべてに絶望を与えるかのような、その姿。



勝てないと知っていても、負ける訳にはいかない。

だが立ち向かわなければ、どうすることもできない。


その時。

彼の昨晩の経験が、一つの答えと一つの疑念を見出すことになる。




「…!!」


「はああぁっ!!!」




それは、黒の剣士の視界を圧倒するに相応しい、まさに互いの「剣戟」と呼ぶに値する光景であった。

誰のかも分からない落ちていた剣を拾い、刃も所々欠けているそんな剣を以て、アトリはその剣士と立ち向かう。

今までは、打ち合えば必ず剣が折れるものと思い、それを避けてきた。

その選択は決して間違いではない。

鎧さえ切断してしまう切れ味の良い剣を前に、それを回避することは何ら間違いではない。

彼の基本の戦闘スタイル―――――「防御」に特化した戦い方を遠からず実現させている手段。

だが、防御の戦闘態勢を維持するためには、絶対的に武器が必要となる。

剣は剣以外に役目は無い。

剣という形を現世に示し続ける以上、それが本来の姿なのだ。

その姿に、戦闘スタイルというアレンジを付け加える。彼であれば防御。

しかし。

防御に徹するとはいえ、それが常に受け身である必要性はどこにもない。

防御の形は考えれば幾らでも見出すことが出来るだろう。



そう。

攻撃こそ防御の一つとも言える。

あとは、それを実現できるだけの「速度」があればいい。

剣士の攻撃はわずかに一瞬の切っ先とはいえ、見えないことはない。

相手の動作一つひとつ…腕の動かし方から力の入れ所に至るまで、集中して見切るのだ。

そうすれば、昨晩のような状態になっても、自力で切り抜けられる。




剣戟が一つ、二つ、三つ…交わる。

彼の持つ剣は砕けない。男の持つ黒剣も勢いづく。

相手の太刀筋一つひとつをよく見極め、攻撃しながらも受け止めていた。

強い衝撃が身体に広がっていく。

真っ向から鍔迫り合いを起こすことを避け、放たれる一撃を受け流しては攻撃を加える。

攻撃を加えることで相手は防御に出る。

鎧を一切着込んでいないように見えるこの黒い剣士は、直撃を受けることを絶対に避けるはず。

ならば、こちらが戦う主導権を、防御しながら攻撃することを主導出来れば、状況は変わっていく。

それに気付いたからには、その手段を取るだけのこと。



勝てないと分かって、初めから逃げに転じるようでは、まだまだ甘い。

勝てないと分かっているのなら、負けないように戦うまで―――――!!



それからの二人の攻撃と防御は、もし他にギャラリーがいたとしたら圧倒される光景であっただろう。

物凄く速い一撃の数々。右へ、左へ。上から下へ。下から斜め上へ。

払い、落とし、突き刺す。

これらの剣戟が短時間に何度も行われる。

アトリが攻撃の主導権を握った時には、出来るだけ力を入れず相手の懐に向けて一撃を放つ。

力と力がぶつかり合い、剣が破壊されるのを出来るだけ阻止するため。

だが同時に力の抜き加減で剣を弾き飛ばされないように意識し続ける。

彼が防御に回った時には、その剣をまともに受けないように気を付ける。

つい数分前に前例がある。

そのように何度も剣を失えば、今度こそ戦う手段を無くしてしまう。


お互いは、静かに強く攻撃を繰り出し続ける。

冷静で冷酷とも取れる男の意思と、静かながらに燃える意思を以て戦うもう一人の男。

だがその過程で、再び黒剣士に優位な状況が働く。

攻撃もまた防御、その戦いに気付いたアトリが互角に持って行った戦いだったが、一気に間合いを詰めてきた黒剣士が、アトリの胴体に向けて攻撃を加えるのではなく、必死の攻防を繰り広げるために維持された体勢の軸足を、高速で蹴り上げる。


思わず目を見開く。

集中していたのは相手の身体すべてではなく、腕から放たれる剣戟ばかり。

その裏を突かれたのか。

アトリはその場で宙に浮くような感覚を得た。

軸足が相手の蹴りに持っていかれ、急に体勢が崩れる。

滞空時間があまりにも長く思える。

散々相手の速度に食らいついていたアトリだったが、同じような速度で攻撃が放たれれば、再びそれは直撃する。




………しかし。




―――――ッ!!!!!





またか…この感じは…!!

いや、しかし…!!



それは、昨晩発生したばかりの、彼の言う「不可解な現象」。

体勢を崩され宙に浮く自分の身体に発生しているであろう、何らかの影響。

それを知るにはあまりに突然すぎる出来事だったのだろう。

まるで身体の中の本能が身体に命令させているかのような。

身体は自分の意思により動いている。しかし、この時ばかりはその主従関係が逆転しているかのような、そんな印象を持つ。

黒剣士の一撃は、確かにアトリへの直撃コースだった。

地面に転倒していくまでの時間、もしその一撃が命中していれば、両足どちらかの太腿に命中していた。

しかし、その一撃をアトリは相手の姿も見ずに、そして崩された体勢の状況下、猛烈な速度で打ち返したのだ。



その一瞬。

体内の心音が一つ、やけに大きく聞こえた。

外の人にも聞こえているのではないかというくらい、激しい一音。

自分の身に何が起きているのかは分からないが、この時は昨晩のそれとは違い、この一瞬の「変化」を感じ取ることが出来ていた。


状況は昨晩とほぼ同じ。

自分の体勢が崩され、相手の攻撃が命中するか否か、というところ。

まるで、この瞬間だ、と狙い澄まされたかのような行動。

確かに自分は、あの不可解な現象が再び起きるのではないかと、そのような曖昧な予感に賭けていた。

一度目はただの偶然かもしれない。

しかし二度あるのなら、それには大きな意味があるのだろう。



…だが、それは何だ?




宙に浮いていた彼の身体が急速に次の行動へ移る。

「この時ばかりは主従関係が入れ替わったようだ」と感じたアトリの身体。

その一撃を打ち返した手元の剣は、切っ先が砕け散った。

だがそのようなことを気にする間もなく、彼は両手を地面につけてその身体を後方に飛び退かせた。

その場で剣を持ちながらバク転したアトリは、再び十分な間合いを取ったところで着地し、すぐそばに横たわっていた者が持つ剣を握り、すぐさま構えを取る。

わずかに一瞬の出来事。

しかし、その一瞬が黒剣士の行動を押さえるのに十分であった。

少しばかり驚いたような表情を見せたが、それもある意味で一瞬。




「…?」




剣を構えるのかと思えば、そうではなく、アトリに対して正面から対するのではなく、半身になってその姿を見る。

その時、アトリは初めて気付く。黒い剣士の後方十数メートルの距離に、味方であるヒラー隊長の立つ姿があったことを。

アトリは剣を構えるのを解かない。

だが、その男は剣を持ったまま構えない。

そのような睨み合いの時間が、十数秒間続いた。

沈黙の時間を破ったのは、ヒラーと黒剣士の言葉。




「アトリ…殿…!!」


「…まぁ良い。事を急く必要はない。私も独断が過ぎたというものだ」


「何……」



そういうと、黒の剣士はその黒剣を一度振り払い、そして静かに鞘に納める。

結局一度ももう片方の剣の姿を見ることが無かった。

確かに二つの剣を所持しているその剣士。

二刀使いと見て間違いはないだろう。

一本の剣だけでもこれほどの強さなのに、それがもう一本増えたとしたらどうなるのか。

気になるところではあるが想像したくもなかった。

すると、剣士は一度少しだけ腰を落とし、瞬間後方にあまりに高く飛び退く。

とても人間業とは思えない。剣士は平地から家の屋根まで平気で飛び上がった。

そして、屋根の上から二人を見下ろす。




「本来の目的は果たされた。私は去るが、お前たちとて長居すれば今度こそ死ぬことになるぞ」



あくまでも冷静に。

そう言った黒剣士は、再び遠くへ飛びあっという間に彼らの視界から離れていった。

敵を目の前にしての忠告、そのように感じてしまった二人。

しかし、あの男を前に善戦出来たか、と言えばそうでないと判断できる。

この場で仕留められるよりは、再起を図る方が遥かに良い。

状況に助けられたのかもしれない。

いかが強い兵士とは言え、二対一で相手するのは危険を伴う。

まして、防具を身に着けていないその身体に一太刀入れば、時にそれが致命傷となることもある。

それを避けたのだろう、恐らくは。

黒剣士が目の前から姿を消して十数秒後、その沈黙はヒラーの転倒により破られる。



「た、隊長…!」

「…アトリ殿気になさるな。深手ではない」

「しかし、この傷は…」



確認出来るだけで、鎧の損傷が3ヶ所。そのうち一つは完全に貫通している。つまり、先程二対一で戦い続けたヒラー隊長は、相手は倒したのだろうが自分も負傷する結果を生み出していた。

ヒラーは気にするなと言うが、アトリはそれを無視して気遣う。

この男から見て、その彼の行動がとても真剣に見える。



「私の包帯を使います。少し痛みますが、止血を……」


「……、あぁ」



自分の身体も傷つき、痛みも当然あるだろうに。

それでも、彼は傷ついた味方の身体を真っ先に気遣う。

その眼が語っている。

こんな状況下、これ以上味方を失うことはしたくないのだ、と。

ヒラーは内心で思っていた。

確かに深手ではないと自分では言い切ったが、この傷は移動するにはやや支障をきたす。

そうなれば、先に逃げた民たちを追いかけるのに、この身体は邪魔になる。

ならば、いっそ自分を置いてアトリ殿だけでも先に行ってほしい……

だが、それを言うのを躊躇ってしまった。そうなる以外他なかった。



彼のその眼を見れば、そう思ってしまう。

その眼にどれほどの残酷な光景を見届けてきたのだろうか。

ヒラーは、気になってしまった。

他人の過去を他人が干渉することなど、本来簡単にすべきことではない。

ゆえに、具体的に言及することは避けていた。

話の成り行きというものはある。その過程で知らされることもある。

そう、偵察に行くと決める前の、彼の話。




―――――自分はまだまだ。この役目を果たすには、まだ遠すぎるのです。




しかし。

それは本当に果たされる時が来るのだろうか。

来ないとは断言できない。いつかはそんな未来が訪れるかもしれない。

それを、人の手が成し遂げる時が来るのかもしれない。


だが、その果てに、何が残る。

それを迎えた後、何に向かって進んでいくのだろうか。



今の自分には、彼のそのやさしさと、真っ直ぐな瞳が、頼りであった。




「大丈夫ですか…騎乗は身体に応えますが…」

「それはアトリ殿とて同じだろう。だが留まる訳にはいかない」


「…そうですね。出来るだけ早めに、安全の確認をしないと…」



長居すれば死ぬことになる、とあの剣士は言った。

それが正しいかどうかは確認も出来ないが、少なくとも状況の推測は出来る。

この地域以外にも、『マホトラス』と呼ばれる者たちの存在は確認されている。

東の地方のみならず、北東部や北部でもそれらしき存在が自治領地を占領している話は、国内では有名だ。

そして、それらの為に王国が出征を重ねているというのも、城周辺の兵士たちはよく知っている話である。

とすれば、相手の戦力はこのような数十人規模ではない。

更なる増援も考えられるということだ。



「…この自治領地は、事実上滅亡した。だが民たちはまだ生きている」


「…行きましょう」




たった一日の間に、状況は一変してしまった。

民たちの多くは逃亡し、民たちの為に戦うと決めた仲間たちが皆死んでいった。

他の町に派遣された自警団の兵士たちも、警備にあたっていた正規兵も、皆命を落としていった。

一度の戦いが一度の滅亡を招く。

その光景を再び彼は目の当たりにした。

いつまでたっても戦いは終わらない。戦いは戦いで終わらせる。

それもあの剣士が言ったことだ。

長引けば当然被害は拡大するし、犠牲者も増える一方だ。

それは分かっている。分かっているのに、共存など見出すことがない。


お互いがお互いを否定し、相容れないものだというのは、歴史の発生から既に確定されたことだ。



それからのこと。

アトリとヒラーは二頭の馬で共に合流するまで走り続ける。

だが騎乗による身体への負担が正常な進行を妨げている。特にヒラーの受けた傷はアトリのそれを上回る様子だった。

度々休憩を入れ、持てるだけの包帯を使いながらヒラーの止血を行い、再び進む。

食料も充分ではなく、水分は清き川水から得るくらいしか手が無い。

民たちが逃げてから数時間。

だが人の足では進める距離など多寡が知れている。

そう思って進んでいたのだが、中々に二人も進むことが出来ない。

馬は本来人の歩く速度の何倍もの速さを常時出すことが出来る。

無論馬とて休憩は必要だが、アトリはヒラーの身体の負担を考え、出来るだけ

速度を落として走行していた。

そのためか、人の歩く速度よりは早いにしろ、馬が早歩きするくらいの速度しか出せない時間が多い。



「私も幾多の戦場を経験しているが…」


「え…?」



お互いに気遣いながら走り続ける。

アトリの傷は自分自身ではあまり気にならなくなっていた。

傷口もしっかりときつく締め、止血もしてある。痛みにも慣れていた。

ヒラーの様子はやや良いものではなかったが、それでも意識ははっきりとしている。

恐らく本人は無理をしているのだろう、とアトリは思っている。

そんな時。ヒラーが一言呟く。




「貴殿のようなお方は、初めてだ」




そう静かに言い切ったヒラー隊長。

だがそれ以上の言葉は、その口からは聞こえなかった。

何も死ぬ間際の遺言などではない。

ただ一言。あるいはそれも伝える目的でない言葉だったのかもしれない。

アトリは確かにそれを聞く。

だが驚くことはしない。頷くこともしない。ただ、その時少しだけ瞳を閉じる。

そして一人、心の中で思う。

瞳に記憶された、確かな情景を思い出して。



そうかもしれない、と。




色々な光景を見てきた。

目を背けたくなるような現実も知った。

それが事実なのだと受け入れたくない時もあった。

その眼に写された様々な情景が、たとえどれほど醜い光景であったとしても、

今の彼を存在させている一つの要因ともなり得る。

これからも、それを知ることになるだろう。今後にしたあの町のように。

今日以上の光景に遭遇するかもしれない。

その時、再び自分の命が危うくなるかもしれない。


それでも、この眼で見なければならないものがある。

見届けるべきものがある。

どんなに辛く苦しい道のりだとしても……。




1-22. 戦士の瞳




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