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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-20. 国と国の兵士たち




「その必要は無い。元よりお前たちの戦いはここで仕舞いだ」




―――――!!!




似ている。

人は違うが、感覚は似ている。

あの月夜に現れた槍兵とは異なる男だが…この感じは…。



まるでアトリの脳内が身体に向かって警戒を知らせているようであった。

低い声で、だが周りによく聞こえ渡るその男の声を聞いた時、心臓の激しい鼓動が身体を打ち付ける。

心拍数が上がり、額からは汗が流れる。

そして自分でもハッキリと意識出来るほどの心音。

身体が硬直しそうになるのを堪え、アトリは瞬時にその声の方向へ向いた。

大きな通りに現れた、三人の姿。

一人は、黒を基調とした服装。一切鎧を身に着けていないが、腰回りには二本の剣が下がっている。更に、漆黒色に染められたマントを身に着けており、風に揺られている。背が高く、その体つきの良さは服装を通してでも見ることが出来る。

その場にいた兵士すべてが、その男と後ろにいる二人の兵士に視線を向けた。たった三人。先程までとは状況が違う。圧倒的に数は王国軍の方が多い。一人はただならぬオーラを身にまとっているようだが、後ろにいる二人は今大勢倒してきた兵士たちとほぼ変わらぬ鎧姿でいる。

ヘッドヘルムはつけていないし、ワッペンの模様もやや違うようだが、それ以外には何ら変わりないように見える。

しかし、何故こうも感じるものだろうか。

圧倒的に有利なはずの自分たちが、窮地に立たされている。

目の前にいる脅威に確かな恐れを抱いている。

それはアトリやヒラーとて例外ではない。

確かな強さ、その剣気というものを目の前で感じ取っている。

自分たちが有利であるか不利であるか、などこの状況では考えても意味が無い。



「誰だ!!」



そのような緊迫した状況を嫌ったのか。

生き残った正規兵の一人が声を荒げて、突如現れた三人にその矛先を向ける。

声を上げた兵士に同調するように、周りの兵士たちも剣を次々と抜く。

既に多くの人と戦いを積み重ねてきた。これ以上更なる戦いが生まれるのであれば、更なる犠牲を覚悟しなければなるまい。

それを避けるため、自分たちの目的と自分たちが生き残るためには、脅威と判断される者たちは排除しておく。

それは相手とて同じことだろう。特に、排除するという一点の目的に対しては。



「今更何も語るまい。お前たちが予想している通りの人間。私たちもお前たちも、一つ国に忠を尽くすという点では、似ているのかもしれないな」


「似ている、だと…!?」

「ただの侵略者と同義にされる覚えはない!!」



「これだ。お堅い頭では想像すら難しいか。それに私は似ていると言った。何も私たちと同じになる理由は無いし、必要も無い。そして同じにされたくもない」




―――――それはこの戦いが始まってからの、お互いの共通意思だろう?




何もかも見透かしたような、しかし冷徹な目線を兵士たちに向ける。

このわずかな会話だけでも、彼らは今目の前にいる兵士たちが「奴ら」の一部であることを知り、敵意を向ける。出来るのならすぐにでも倒してしまいたいという思いを持つ兵士もいる。

それも相手の誘いの一部なのだろうか。至って真剣な表情を彼らにぶつけているその男だが、その表情や姿からも敵意を感じ取ることは出来るだろう。

アトリの直感のようなものが働く。油断してはならない。この男は強敵だ。

まるであの槍兵に匹敵するかのような感覚。

人は違えど勝手に警戒を強めている。先程倒した部隊の隊長や兵士たちとは全く異なる感覚。

すると、黒に包まれたその男は首元のスカーフに触れながら、片方の手で左腰部に下げていた剣を抜き取る。

鞘から抜かれた剣の、高くも美しい音が鳴り響く。

その音がこれから奏でるのは、間違いなく人の死に繋がるもの。



「お前たちウェールズと、私たち『マホトラス』は初めより相容れない存在。語る意味を持たぬなら、斬り伏せる。ただそれだけのことだ」



その瞬間。

王国の正規兵たちが先頭になって、その三人の男たちの懐へ飛び込んでいく。

その姿、三人。

一方、アトリとヒラーは後方に位置していた。

意図的にそうしていた訳ではないが、あの脅威が現れた位置が単純に自分たちよりも味方の兵士たちの方が近かった。

奴らは昨日アトリが偵察をするために出撃した通りの方向から現れた。つまり、昨日偵察した町からやってきたとも考えられる。

最前線となった兵士たちが一気にその奴らのもとへいく。

既に抜かれた剣はその目的を果たすために、大地の上で振り下ろされる。



「えっ…?」



「…!!」




その光景を見た。たった一瞬の出来事のようだったが、しかし二人にはハッキリと見えていた。他の兵士たちにも見えていただろうが、それがあまりに一瞬過ぎたのか、反応にさえ困るほどのものであった。

兵士の第一撃目。走りながら繰り出したその一撃を、あの黒い男は相手の剣を弾き飛ばすことによって阻止した。その兵士が繰り出す一撃よりも強く、早く、正確な剣戟を剣に加え、力を分散させた。そして驚く光景は、次の一瞬であった。

男の剣戟は正確に兵士の胴体を直撃させた。鎧やら防具やらを着込んでいる兵士に対しての攻撃だったが、瞬時に鎧ごと兵士の身体を斬り裂いてしまったのだ。

鎧の内側から溢れ出る出血を回避して後ろに下がり、一人が絶命するその姿を見る。

続く二人目に対しては、繰り出された剣ごと粉々に破壊し、同じようにして胴体を切り刻む。激しい鉄の響きと、鈍い人の肉を斬る音が響き渡る。再び町の通りに二度と蘇ることのない死体が増える。

その二人の殺されていく様を見て怖気ついたもう一人の兵士が、一歩、また一歩と後退しながら構えを維持する。

兵士の顔は強張る。それに対し、男の顔は至極冷静。この上ない真っ当な視線を相手の兵士にぶつけている。

それさえ恐怖の元であった兵士だったが、次の瞬間にはその恐怖を感じることが出来なくなっていた。兵士はただ構えていただけ。その怖気付きに男は終止符を打つため、その剣を猛烈なスピードで相手の胸部目がけて放つ。

その刹那。

鎧全体に幾つもの亀裂が走り、その身体が斃れる前には分散されていた。

今戦ったのは、黒い剣士のみ。

後ろにいる兵士二人は臨戦態勢さえ整えてはいない。

いや、むしろ目の前で戦っているその男の様子をみれば、それも必要なしと思ったことだろうか。



「なんだ、あれは…」


「貴様…よくもぉ!!!」



兵士たちの数、残り七名。

数では依然として有利。しかし、そのような光景を見てしまえば、普通の兵士と言えど、いや民たちと言えど、それが不利な状況であることに気付くだろう。アトリとヒラーも前に出て応戦しようとした。だが、その前にある兵士は絶望を抱きながらも前進し、ある兵士は雄たけびを上げながら突進した。

猪突猛進。その者が背負った最期が、相手の一方的な剣戟。

一撃を入れることも敵わず、相手の懐に近づくことさえ許されない。

すべては攻撃を繰り出せばそれを破壊され、その次には死を迎える。

次から次へと兵士たちが一瞬にして倒れて行く。

勝ち目はない。このような相手に勝ち目など初めから無かった。

ある意味で、それは昨晩の槍兵に感じたそれよりも、厳しく過酷なものであったかもしれない。

相手の表情、立ち振る舞い、その姿に嘘偽りのものは一切ない。

まして、相手を遊んでやるような余裕さえ見せない。

常に堂々たる風格を維持しつつ、その冷徹な瞳が道具と成り下がった国の兵士たちを斬殺していく。



「……やめろ……」



一人行けば一人、また一人行けばまた一人。

容赦なく躊躇いなく、一片の狂いも無くその剣戟が兵士たちを飲み込む。

血を流し、部位を斬られ、臓を貫かれる。

残酷にも人の一生、人が過ごしてきた時間を否定することを容易く行われている。

彼はその光景に、かつての自分の過去を思い出す。

そして、口にその言葉を乗せる。やめろ、と。

ヒラーも仲間の死を増やさないために自分の力を以て立ち向かおうと進もうとするが、アトリのその言葉を聞いてその行動が止まった。

驚きの連鎖、だが相手の攻撃よりも驚いたのはその言葉であったかもしれない。



「それ以上行くな!!!」




「……」




しかし。

兵士たちには聞こえなかったのだろう。

目の前にいる脅威を倒そうとする者、目の前の脅威にある恐怖を掻き消すために戦う者。各々意識するところがあって戦闘を行っていたのだが、最早それは感情や意思のぶつけ合いにしかならなかった。

相手の心に何一つ響くことは無い。何を思って死んでいくか、何を感じて息を閉ざすか。そのようなこと、あの男には関係の無いことであった。



「……!!!」



気付けば、そこは死体の山。

山を越えるために別の空いている空間を通る必要がある。

態々人の上を歩いたりはしない。

残されたのは、二人。部隊長のヒラーと、王城直属兵士のアトリ。




「……こんな」



「そうだ。これがお前たちの現実。何のために戦っているかは知らんが、訪れた結末というのは、こういうものだ」


「んくっ…!」




ヒラーはその場で思わず拳を強く握った。

先程まで自分たちの目的の為に相手の兵士を倒し続けていた。

だが今は、相手の目的があって、その過程で邪魔者と判断された自分たちが倒され続けていた。

気付けば、同胞たちはもういない。

昨日一緒に偵察に行った仲間も、この町を共に警備していた仲間も、すべて死んでしまった。今まで隣でその成長を見届けていた若い兵士さえ、その姿を変えてしまっている。

残されたものは少ない。残してやれたものも少ない。

これが戦う者の現実なのかと、ヒラーは怒りを感じながら仲間の死に僅かな雫を落とす。



「よくも私欲で我が同胞たちを倒してくれたな…」


「私欲?それはお互い様だと思うのだが、違うか」


「断じて違う!我々は国の繁栄を支え、他の領地を護り、そして自由で平和な世界を維持するために尽くしている。お前たちのような私欲で他の領地を侵略し、好き勝手に荒らし続けているような連中とは訳が違う…!」



それを聞いた黒い剣士は、その場で笑みを浮かべた。

声こそあげなかったものの、それが相手を見下すかのような笑みであったことは、言うまでもない。

このような姿を見せる人だったのか、とアトリもヒラーに対しては少し驚きを感じていた。

恨み、憎しみ、怒り。

そのどれもが感じられる、重みのかかった言葉。

「お前たちとは違う」と完全に否定し、自分たちの行動を常に正当化させている。

そのことに、黒の剣士は気付いていた。



「確かに我々は私欲のまま動いているように、お前たちからは見えるのだろう。それもそうだな。しかし、常に王国の秤の上で物の価値を計算されては困るな。現実はそう上手くはない。お前たちは、今一度マホトラスという『国』が出来上がった経緯を調べなおすといい。そこにどれほどの意味が含まれているか。その原因が今の世の中を作り出しているものと知れば、おのずと我々の目的も見えるだろう」



王国の出征が頻繁になっている。

他の自治領地が占領させ、それが直轄地にまで影響を与えている。

各地で武装蜂起し、戦線を拡大させている連中の姿。

戦い合うものに慈悲などない。共存など求めてもいない。

ひとたび剣を抜けば、その剣は鞘に納められるまで、簡単に姿を退くものではない。

死地での戦い。自治領地同士の戦い意外に、王国の正規兵が派遣される戦争がある。人間離れしたような力を持つ人間。到底敵うとも思えない男たち。


王国の兵士たちが口を揃えて言う、「奴ら」という存在。

他の領地を制圧し、その支配勢力を拡大させていく。

圧倒的な武力と、圧倒的な支配力。

無辜の民さえ煽動させ従わせるほどの実力行使。

歴史に浅い『マホトラスの国』とは、「奴ら」のことを意味している。

そして、奴らの存在の出現に、『ウェールズ王国』が深く関わっている。



「お前たちは、自治領地で発生する戦争を収束させるために戦っている。この町とて例外ではないだろう。だが、お前たちとてよく知っているはずだ。誰かを護るためには、誰かを犠牲にしなければならないということが」




―――――安息のまま平和が訪れることなど、無い。




「それは人間たちが許すかもしれないが、世界がそれを許さないだろう。必然的に時代は安定と荒廃を求める。我々が戦うことによって、大地は荒廃し廃れていく。それを知ってもなお戦いは終わらない。戦うこと以外に解決させる方法が無いからだ。ゆえに、誰かを護ると称して戦争を引き起こす」



だから我々は似ていると言うのだ。

姿形は異なるしその信条や意志も大きく違う。

だが、本質はそう変わりないということだ。



「いつまで正義面をしているかは知らないが…そうだな、同じ私欲を充たす者の集団として言うなら、ハッキリお前たちの存在は邪魔でしかない」


「お前たちが…人の為に戦っているとでも、言うのか…?」


「無論だ。最終的にはそこに行きつくだろう。醜い争いが続くから人は大地を枯らすのだろう?ならば、戦いを戦いで封じればいい」



それは、今まで王国が自治領地同士の戦いに干渉してきた、あらゆる過程に当てはまることであった。

アトリのような派遣役の兵士は、その土地に危機が迫っている時などに呼び出される。いわば、その自治領地にとっては都合の良い存在。

兵士であるならそれを利用して、使い尽くせばいいだけの話。

兵士は発生した争いを鎮めるために、戦う道を選ぶ。争いを戦いによって封じる。

そうすることで、根本的には人の為に戦うことになり、その目的が成就された時には、その自治領地にはある程度の平穏が訪れるだろう。

この男たちは、それを国レベルで話しているのだと、彼らは当然気付く。

自分たちは彼らを私欲を基に動いている、と思った。

ある意味で当然のことなのかもしれない。



争いの火種となるウェールズ王国を滅ぼしてしまえば、他に発生する自治領地の戦いを封じてしまえば、争いなど起こらなくなる。

一つ国の名のもとに、平穏が訪れる。


それがマホトラスの目指すものなのか、と彼らは気付く。



「さて、喋りが過ぎたか。手短に終わらせたいところだが、お前たちを相手にそう上手くいくかはこの私も保障できんな。特に…」



一見若い青年兵士のようにも見える黒い剣士であったが、その堂々たる風格を前にただ者でないことは見当がついている。

その男が、冷静に話を繰り広げていた時に比べ、より一層強く眼光を走らせ、その矛先を無言でアトリに向けた。

アトリの警戒心が更に強まる。その鋭い目線を前に、再び身体が硬直しそうになる。

もしかして、あの槍兵から自分のことが報告されていたのだろうか。

しかし、だとしても、あれほどの圧倒的な力を以て、何も自分を恐れることも無いだろう。

思えば、あの槍兵の時もそのようなことを考えていた。



この男。

魔術の心得がある……そう見ていいだろう。




「鎧男の相手は任せた。私はあの男を始末する」



1-20. 国と国の兵士たち




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