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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-18. 夜明けの烽火




やや見通しの悪い町の周囲。

そう濃くはない霧が立ち込めており、まるで町とその周囲を包み込むようにして展開されていた。

自然の名所からは距離を置いたこの地方。

豊かであることに違いは無いのだが、山岳地帯へ向かうほどその土地は凹凸を激しくさせ、高低差を生む。

朝方。気温は低く草木には水滴が残る。

時よりその雫が地面へ音も無く落ちていく。

風の一切ないその日の明け方は、そうして迎えた。



彼が槍兵から対峙した翌日。

そして、敵からの攻撃が考えられるであろう、今日である。



「…寒いですね」


「…ええ」



結局、彼…アトリは、殆ど眠らぬまま朝を迎える。

夜の闇に覆われた空よりも、明け方の白い霧に包まれた大地の方が寒く感じていた。彼は、町の周囲で警備を続ける兵士たちと、

交代しながら彼自身もその任にあたっていた。

夜分には、ヒラー隊長もアトリに手伝うと言ったのだが、アトリはこれを断り寝るようにお願いした。


―――――他の兵士は疲弊している。貴女まで疲弊されては困る、と。


元々連れてきた部隊を指揮するのは、隊長たるヒラーの役目。

確かに派遣要請により兵士たちはその任務を継続して行っているが、いざという時に戦えないようでは意味が無い。

もっとも、相手が「魔術」を扱う者たちであったとすれば、万全に構えていたとしても勝負になるかどうかは分からない。

だが、指揮官には常に最前線で指揮をして、戦ってもらわなければならない。

アトリがそういうと、ヒラーは笑みを浮かべそれに応えた。

彼には部隊を指揮するような力量はなく、その知識もない。

自分は常に誰かの命を受けながらも、自分の信条を貫きながらも、誰かを護れるための兵士であり続けている。

その結果が報われるものかどうかは別にして。


しかし。

ヒラーを含め、アトリの状態を見て彼の行っていることが正しいとは言い難い。

命あるとはいうものの、彼は負傷してこの町に情報を持ち帰った。

確かにその情報によって、相手が彼らの差すところの「奴ら」である可能性は高まった。

領地を侵略し、徐々に西側へ近づきつつ、奴らの可能性を打ち出した。

だが、怪我をしている人間が夜な夜な兵士たちの手伝いをするなど、普通ではない。

本来であれば彼こそ休養を取るべきところ。

だが、彼はそれをしたところで痛みはそう引くものではなく、またそのおかげで眠気も来ないし休めるものではない、ということを実感していた。

そういう経験も彼の中にはある。

であれば、他に疲れている兵士たちを交代させながらでも休息させ、少しでも来るべき時のために備える必要がある、とヒラーには言ったのだ。



情けない。

俺はこんな子供さえ説得できないのか。



彼の前から去ったヒラーが後から食いしばりながら、そう思ったのだ。

いや、違う。

この歳でありながら、アトリという少年は何が最善の方法であるかを知っていた。

今までの経験からその判断を冷静に下せるほどに成長…慣れてしまっているのか、と驚いたくらいであった。



「アトリ様。領主が起きたとのことで、お話があるとか…」


「…分かりました。すぐに」



町の通りの外れ、近くを兵士数人と共に警備にあたっていたアトリのもとへ、別の兵士が町からやってきた。

どうやら彼に話があるらしい。断る理由もなく、ただ何となく言われることも予想しながら、彼はその場を離れ、歩いて領主の家まで向かう。

まだ夜明け。明るくなり始めてそう時間は経っていない。

中にはいつ危険な目に遭うか分からず眠れぬ夜を過ごした民たちもいるかもしれないが、目覚めるにはまだ早い時間帯である。



「朝早くから本当にすまない。とにかくあがってほしい」



変わらず上下一体型のローブを身に着けている領主であったが、その様子から疲れも見える。早く何とかしたいところだが、手の打ちようがない。

だが、彼はその時王国の宝物庫で使用人と話した内容を思い出していた。

本来魔術とは存在しているものだとしても、それを世間に知らせれば混乱に陥る可能性がある。

文学だからこそ笑って泣いて流せるのだろうが、それが現実だと知れば恐ろしいことにもなりかねない。

アトリは、相手が魔術を持つ兵士たちだということを知りながら、それを領主に打ち明けることができない。

領主を、民たちを、更なる動揺と絶望の淵に陥れる訳にはいかない。


領主はアトリに「コーヒー」と呼ばれる温かい飲み物を出す。

真っ黒などぶ水のような見た目をしているが、その中身を彼は何度か味わったことがある。

あれは、どれくらい前だっただろうか。

物凄く苦いのだが目覚めにはよく、だが中々に手に入らないため、貿易商人たちが好んで販売していると聞く。



「起きていなければ夜明けを待っても良かったのだが、近くにいた兵士が外を警備しているというから、呼んだのだ」


「そうでしたか。それで、用とは」


「…いや、用があった訳ではない。ただ、君の話を少し聞きたくてな」




…であれば、今は不要な話。外の警備に戻りたい、と言おうと思ったのだが、目の前でささやかとはいえおもてなしをされているこの状況で、去る訳にもいかなかった。

ご厚意はありがたく受け取っておくが、本当はあまり雑談に花を咲かせるつもりはない。

だが、その領主の表情を見て、少し考えも変わる。

深刻そうな顔をしているのは昨日会った時から同じだが、そこに少しばかり穏やかなものも感じられる。

疲弊した表情の裏側では、本当はそういう表情をする人なのかもしれない。



「何故王国は、君のような若い兵士をこの町に派遣したのだ」



「…」



それは、つい先日も同じように聞かされた。

あの時は怒鳴られたものだが…。



「自治領地への派遣…その選別を行うのは、私ではなく上士の役目です。上士には上士の考えがあり、それが正式になれば国に仕える兵士の正式な任となります」


「そうではない。君という一人の存在を送り込んだ意味を聞いている」


「…私、という…?」




一瞬彼は考えた。

自分が自治領地へと派遣される、理由を。

兵士としての派遣理由であれば、今言った通りだ。

それだけを理由に上士が下士に命令をするのであれば、事は単純。

しかし、それ以上の理由を聞く機会はあまり無い。



「…それは、私が今まで幾多の自治領地を巡ってきた、ということでは…」


「…要するに、君も本当のところは知らない訳だ。いや、それならそれでいい。決してそれが悪いとは言っていない。国に仕える兵士ならば、国に尽くすのは当然の義務」




再び思い出す。

かつて、あの人に言われた、あの言葉。

兵士とは国の為の道具である、と。

考えてみれば、それ以外に理由があるのだとしたら、上の者たちはどのように

兵士たちを選定しているのだろうか。

もし、兵士たちの国内における配置事情や力量などを問わず、その人を考慮した

任務などもあるのだろうか。

自分は出来るなら、この手で護れる人を護り続けたい。

あまりに遠く手の届かないところにいる人は、誰が何をしようと難しいかもしれない。

だがせめて、この目に留まる人々くらいは…このような思いも、向こうは考えて自治領地へ派遣しているのだろうか。



もっとも、そう多くの人に打ち明けるような話でもないだろう。




「しかし、いつでも命令に忠実で統治に服従するような人間など存在しないのだよ。人間とは欲求を満たす生き物。あらゆることを成したうえで、自分に対して還ってくる対価を求める。君は、そういうものに興味はないか?」


「対価…?」



難しい言葉ではない。

彼は求められている者たちを護るために、相手を殺すという行為を行っている。

それを達成し終えた時、その者たちや領地から国に対して感謝が贈られる。

それは物であり金銭であり農作物などにも該当する。

具体的に国に贈られるものは地域によって様々だが、王国はその規模によって対価を指定する。無論交渉を行う時もあるが。

栽培した作物の一部や金銭、貿易商人の紹介や出稼ぎなどもある。

実に様々な形態で対価が王国に対し支払われている。

中には、王国への対価として、今後の安全を引き換えに領地を統一させる領主もいる。


兵士一人ひとりには、どのような対価が支払われるか。

それを考えた時、アトリの口は閉ざした。



「…いや、聞くだけ野暮だったか。君はそういうものを求めるような人には見えなかった。初めから分かっている質問を答えさせる時間こそ無意味というものか」


「…」



そう。

対価というものを直接得る機会は少ない。

国に仕える兵士は国から毎月金銭を支給されるし、遠征費も補助される。

城に仕える兵士であるのなら、武器や武具は支給品に限り無償提供。

壊れても修理してもらえるし、破壊されれば新しい物を得ることが出来る。

食事代もかからない。住まいもある。馬も貸し出される。本も読める。

国からの補助は幾らでも受けることが出来る。

だが、自治領地からの対価はすべて兵士を介して国へと渡される。

それを兵士が得ることは無い。

得られるものと言えば、相手からの感謝か、失意か。

前者も後者も経験のある彼。

直接手に取って何かを得たことは、少ないのだと感じる。

それが良いか悪いかと言えば、彼にとってそれは重要な問題でもない。


そこで暮らす人々。

自分たちが戦い、その期待や声に応えることで、その者たちがその後平穏に暮らしていける。

そのような姿を見るのが、彼としては嬉しかった。



「自分の行いに対価が支払われるのであれば…自分はまだその域には達していません」


「何故、そう思うのだ」


「この手で護れるはずだった多くの民たちを、私は護れなかった。今も昔も」




あぁ、そうか。

この少年が何を思い、何に戦っているのか、分かった気がする。

その時領主は率直にそう感じとることが出来た。

知らない方が良かったこともある。

知る必要のないことだったかもしれない。

既にこの少年の顔から、眼から、目に見えていたことだったかもしれない。

あえて聞いてしまった自分に、嫌気が差した。


時代はこのような人間を必要とするようになったのか。



否、この姿を強いられているのではないか、と、主は思うのだ。




話はそれ以上を必要としなかった。

しかし今度は、主ではなく一時的に従者となった者が主張する番。

昨晩の状況、他の地域の異変を踏まえたうえでの、一言。

その言葉に乗せられる意味を、理解できない主ではない。

派遣され、民を護るために戦う者としては、とても不甲斐ない気持ち。

だが、それでも、その手段が人を救うための答えに繋がるのなら。



「領主。陽が充分に昇ってからでもいい、民たちを脱出させるよう指示して下さい」




少しでも、可能性のある方を選びたかった。

今まで住み慣れた土地を離れるというのは、そう簡単に決断できることではない。

それは領主も同じだが民とて同じだろう。

今まで約束されていたはずの生活を奪われるのと同義である。

だが、目の前に迫ってきている脅威を目の当たりにして、果たしてどちらを優先することだろうか。

誰かを護る。要請を受け、その人々を助ける。

その手段の過程、出来るなら犠牲を増やしたくはない。

どのような形であれ、命さえあれば再起することも可能だろう。



それから、民たちの動きがあるまでそう時間を必要としなかった。

領主と兵士たちが町に住む民たちに呼びかけを開始し、それを理解した民たちは最低限の荷物を持ち家から出てくる。

既に町には空き家もあり、民たちが離脱した姿もあった。

だが、町の大半がこの移動の指示に従うのであれば、当然人の移動は大量になる。



「結局こうなるのか……」


「金、持ったか?」


「王国の人でさえ敵わないだなんて…」


「戦っている姿見なかったぞ?もうやられたのか…?」




町の人々の声。

王国からの救援が駆けつけ、既に数日も経過。

町の人たちはいつ襲われるかも分からないという不安に襲われながら、

何夜も過ごしてきた。

その表情、姿には疲れ切ったものも見られる。

ここで家を手放すという決断が、彼らにどのような反応を生み出したのか。

逃げきれれば不安も少なくなるかもしれない。

だが、そうでないと分かれば、それらは一瞬にして絶望を生み出すだろう。

アトリのもとにもそうした声が届いてくる。

兵士たちは民たちを誘導しつつ、民たちの言葉に案内もしていた。

どうなっているんだ、今後どうしていけばいいのか、と。

アトリが領主へ提案したのは、王国の直轄地まで民たちを誘導すること。

このままこの土地に居続けても死を迎えるだけなら、せめて抗うことをしたい。

領主の呼びかけに応じ、自分の身を優先した民たちはこの町を離れて行く。

だが、兵士たちはこの時点で気付いている。

直轄地がここより安全であることは確かだろうが、直轄地までの距離が遠すぎる。特に、歩いていくとなると恐ろしいほどの時間が掛かる。

そのため、アトリは最終的には直轄地を目指すが、その途上に幾つもある別の領地や廃村などを通じて、長い時間をかけて移動することを決めた。



「アトリ様、用意は出来ました!すぐに行けます!」


「分かりました。ただちに本国まで。正確に、確実にお願いします…!」



そしてアトリは、派遣された兵士の中で三人、伝令役を頼み直ちに王城へ報告させるべく出立させた。

これには明確な意図がある。一つには、更なる部隊規模での増援要請。もう一つは難民となった民たちの補給物資の手回しである。

特に前者に対しての意味はとても大きい。

「奴ら」がこの地域まで侵攻していることを確証付ける情報である。

王国の正規兵たちが各地で戦闘を行う理由の一つでもある、脅威の存在。

奴らを止めるには、今この場に居合わせる戦力だけでは足りない。

いずれ来るその時のために備える必要がある。

そして、これらの準備は今彼がいるこの自治領地だけの対策に留まらない。

他に要請の無い自治領地も、奴らの攻撃を受ける可能性がある。



そうまでして、奴らの求めるものとは何か。

あの槍兵のように戦いを好むだけだろうか。




「隊長ー!!視界の先から何者かが大勢迫ってきますー!!」


「慌てるな!もっとよく観測しろ。…アトリ殿、予想通りか?」


「…はい」




夜が明けて、日が昇り周囲の霧が晴れ掛かってきた頃。

まるでそのタイミングを狙っていたかのように現れた、大量の物体。

町の外周を警備していた兵士と、その近くで様子を伺っていたヒラー隊長。

そしていずれ来るであろうその時のために、自分自身の目で見ておこうと

構えていたアトリ。

彼らもその姿を確認する。

堂々たる進軍で向かってきている。

一切他に向かうところを知らない、真っ直ぐにしか行けない歩兵のように。

だが明確な目的を持ってこちらに向かってきていることは明らかであった。

徐々に見えてくるその姿。



「…ある程度格好は同じか」


「そのようですね。これは厳しい戦いになるかもしれませんが…」




…出来る限り。

そう、何とか時間くらいは稼がなければ。





―――――策が無くとも、立ち向かうしかない…!





1-18. 夜明けの烽火






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