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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-17. 暗中の眼差し




「『魔術』とは、古くから伝わる神秘的な現象。この世界に流れる不思議な力を現実に投影したもの。魔術を扱う者には魔力が宿り、魔力量や魔力の性質によって、人それぞれ異なる魔術を生み出すことが出来る」



「その話は、自分も物語か何かで読んだことがあります」




槍兵の放った強い剣気。

それに呼応するように姿を晒した槍の正体。

グラハムが言っていた、奴らという存在の対人への戦闘能力。

桁違い、人ならざる者、などという評価が生み出した脅威。

槍兵と対峙したアトリはそれと接触したのではないか、と考えられ、

その要因なるものが『魔術』ではないか、とヒラー隊長は言う。

兵士たちも、魔術の存在は知っており、それを物語などで見たことがあると言う。

だがアトリのように、魔術など結局は空想上のおとぎ話。

架空の存在でしかない、と考えていた。少なくとも、今までは。




「ヒラー隊長は、今まで魔術を扱う者と対峙したことはありますか」



アトリがそのように聞く。

はじめアトリがあの槍兵について「槍に意図的に力を宿した」という表現をしたところから、ヒラーの表情は一層真剣になっていた。

彼にとってはその表現が実に的を射ていた。

アトリは彼がその存在を知っているものとして、話を振る。



「いや、正直言うと私も直接対したことは無いのだ。少なくともその確証を得たことがない。何分、『魔術師』とは魔術を隠すものだと聞いている」


「魔術を、隠す…?」


「そうしなければ、都合が悪いということなのだろう」



そういうと、ヒラーは窓の外、暗闇の大地を眺めながら、魔術について語り始める。その話の一部は、アトリも文学で学んでいる。

もっとも、それが現実味を帯びているということには結びつかなかったのが、今までだ。

だが、アトリが宝物庫の管理をしている時、使用人は魔術に関わる本は人々に混乱を与える危険性があるため、出来るだけ表舞台に出したくないと言っていた。

文学要素の強い、誰か作家が描いたものであれば、それこそ空想上のおとぎ話として流すことも出来ただろう。

だが、使用人がそれを回避しようとしたのは、紛れもなくそれが事実に直結する内容である可能性があるからだ。

と言うことは、やはり魔術は現実に存在するのだろうか。

という考え方を持ちながらも、彼はヒラーの話を聞く。



私が知ることも少ないが、魔術師は誰にでもなれる訳ではない。

この世界には大勢の人々がいるというが、その中で魔術の心得を持つものなどほんの一握り、いやそれ以下だという。

なりたいと思ってなれる訳でも無く、いつの間にかなっていたというものでもない。

ただ、魔力を得る可能性だけは誰にでもあるという。



―――――そもそも、魔術でどういったことが出来るんですか?



そもそも、と言うが…それさえ曖昧なことだらけだ。

実際に魔術を持つ人間に聞いた話でもないし、あくまで伝えられている程度の話でしかない。だが、人間にとって不可解な現象を起こすものが魔術だとすれば、それ相応のことも出来るだろう。

アトリ殿が遭遇した相手がもし魔術の心得を持つ兵士であったとすれば、その強さも納得できる。

常人では理解できない剣戟、力強さ、卓越した能力。状況把握や空間把握、戦闘情報の解析…とにかく多岐にわたるだろうが、そういった能力を後押しするのが魔術の役割でもあるのだろう。

詳しくは分からないが…こういう話は聞いたことがある。




「…?」



「魔術の基本は、魔術を現実に投影するところから始まる、と」




確かに。

言われてみれば当然と言えば当然。

もし本当に魔術というものが現実にあるのだとして、その効力を現実で発揮するためには、現実にそれを投影しなければ効果が得られない。

魔術の基本として現実に投影する手段を習得し、そのうえで魔力による支援を受ける。

たとえば。彼が書物として読んできた文学の中では、魔術によって火の玉や光の刃を投影し、それを相手に向かって投げつける。

そのように、形ある物に投影したうえで、その効果を魔術として駆使する。

であれば、魔術の基本が投影であることも不思議ではない。

次に、彼は頭の中であの槍兵のことと、魔術とを結びつける。

あの槍に発生した不可解な現象。まさに神秘的なものの一部。

彼が自分自身で力を宿した槍、と言ったことが今になって現実を帯びてくる。

魔術の投影と言う形で、あの槍に更なる力を宿したのだとすれば、あの戦闘力はあの槍兵のものにプラスして、魔力による支援を受け圧倒的なまでの強さを得たことになる。

よく考えれば、そんな状態だったとして、よく生きていられたな、と自分でも思うアトリであった。

だが、確かに筋を通すことは出来る。

魔力を行使することでどの程度、どの範囲で役立たせることが出来るのかは分からないが、魔術による保護を受けることで、その力を格段に上昇させることが出来るのなら、あの瞬間槍兵はそれを実行したことにもなる。

もっとも、あれほどの腕前なら魔力など行使しなくとも倒せただろうに。



「投影は『魔術師』の基本であり、通過点でもある。これさえできない者も中にはいる。そもそも魔力を持ったところでそれが誰にでも扱えることかと言えば、そうでないことの方が多いと聞く。だからこそ、本当にごく一部の人間だけが魔術を扱えるのだろうし、魔術が広く世間に知れ渡らないのは、誰も扱う人を見て来なかったから、なのだろう」



「投影の方法、ですか…」




想像もつかない。

投影というのは、今までなかったものを現実に出現させるという、いわば現実世界に異世界の何かを侵食させる行為。

それをどのように意図的に発生させるのかが、全くもって分からない。

心の中で「剣を具現化しろ」なんて命令したところで、それが現れることは無いだろうし、他に方法があるのだろうが、思い付きもしない。

だからこそ神秘の象徴などと言われるのだろうが。



「もっとも、魔力を一切持たない私にもそれはよく分からない。…同じようにして、魔力を持っているはずなのに、それに気付かない者も中にはいるのだろう」


「…なるほど」


「そこで、槍兵の話に行くが…もし本当に槍兵が卓越した実力者で、それを後押ししているのが魔力なのだとしたら、魔力の行使を防ぐことである程度戦えるものだと、私は考える」



ヒラーの言うことは確かに理に適っている。

もし魔術というものがその人自身を膨大な力で包み込むのだとしたら、

その大元を叩いてしまえば魔術行使が出来なくなる。

だとすれば、本人も自分の実力で戦わなくてはならなくなるのだから、魔力を持たない彼らでもある程度太刀打ちはできる。

だが、その時アトリを含めその場にいた全員が考えた。

もし、槍兵以外にも魔術を行使できる者がいるとすれば、と。

魔術行使を防ぐ手立てはハッキリと見つかっていない。

そもそも、何かを壊す、破壊することで止められる類のものなのだろうか。

それさえはっきりとしていない。



「…だが、現実には厳しいものなのだろう。一番の方法は…」




………そう。

既にその場にいる全員が分かっていた。

初めから無形の脅威に何の対策も無しに挑みかかるのは愚策。

だがそれを阻止する術もなければ算段も立てることも出来ない。

であれば、魔術には魔術で干渉する。

そうすることで、性質が違うとはいえ魔術による対決で攻撃を支援することが出来る。



「…なのだろうが、これもまた現実的ではない」


「困りましたね…」


「奴らの中にどれだけ魔術を扱える者がいるのかどうか…アトリ殿、本国でそのようなものを扱える兵士は」



「…残念ながら聞いたことがありません」




王国直属の兵士たちが、自分のように各方面に出征しているとはいえ、魔術を扱える兵士がいるのだとすれば、たちまち噂になるだろう。

その類の話を、彼は兵士になってから聞いたことが無い。

もしかしたら昔、近しい存在にそれを扱える人はいたのかもしれないが、彼の記憶の中では、今に至るまで魔術など空想上のおとぎ話だったのだ。

今でさえ半信半疑なものだが、そうと言わなければ説明出来ないような事象も発生している。

魔術行使を阻止する算段はなし、魔術は魔術によって対抗するというのもなし。

考えれば考えるだけ絶望的な状況であった。



「投影を阻止…魔術を阻止…相手を封じる…」


「魔術を使われれば、いずれも先手を打たれますね」


「…ダメか」



結局、彼らの答えは出ることはなかった。

これから自治領地を防衛すると言うのに、具体的な対策を講じることが出来ないというのも、もどかしい。

だが、それは仕方の無いこと。

そもそも相手の土俵に立つことさえ、今の状態では許されていないのだ。

魔術師が何人いるかは知らないが、あの槍兵は間違いなくその一人として判断しても良いだろう。

その一人に十人で殺しにかかっても易々と回避しそうなあの自信ありげな姿を見て、他の人も動揺を隠せないだろう。

経験したアトリだからよく分かる話だ。

このような状態で本当に敵からの進撃を食い止めることが出来るだろうか。

恐らく、自分たちが話している間にも、この町に住む者たちは不安を抱えている。

出来る限りそれを払拭させたいところだが、その術がない。



自分自身の力の無さを恨みたくなる。

かの王女は、まず人を護るためには自分を護れること、と言う。

確かにその通りなのだ。

誰かを護ろうとして自分が殺されてしまっては、誰の為にもならない。

だが、ここまで何の考えも無く具体策も実施できないと、無力に感じるのも当然だ。



想いを捨てることはない。

が、その想いが果たされることもない。




誰の助けになるのでもなく。


彼の信条は常に現実から問いただされている。





………。






―――――兵士とは戦う道具。もとより、人を護るために人を殺す道具だ。





心の中で常に問い質される自身の信条。

かつてその姿を見て、自分もその姿になりたいと思った時の、純粋なまでの信条。

だが、現実は常に彼の心の仲間でも侵食してくる。




「……はぁ」




現実は甘くない。

自分が思っている以上に厳しい世界。

そんなことは誰に言われるまでも無く、分かっているつもり。

つもり、だとしてもそれを常に考え続け、そして現実を受け入れてきた。

いや、正確には受け入れなければならなかった。

どんなに都合の良い理想や希望だったとしても、その果てに訪れた現実を

直視せずにはいられなかった。


溜息の一つや二つ、出てもおかしくはない。

彼は夜中、月夜の照らされる大地の上に立つ。

家から抜け、町の通りから外れ、町全体を見渡せる場所に移動して、

一人思考を回転させていた。

つい先ほどまで戦闘をしていたというのに、今となってはこの落ち着きよう。

はじめ、それこそ彼が兵士として戦い始めた頃は、もっと緊張感で己の心が

蝕まれる感覚を知っていただろう。

だが、今はその焦りも適応できてしまっている。

戦っている最中の脅威に対しては、かつてないほどの危機感を感じていた。

これから死を迎えるのだ、という実感さえ湧いた。

だがそれを切り抜け、命残されたこの身に思うことは、冷静なものばかり。



「この理想を片手に、誰とでも戦うことが出来る!」

そのようなことを言うような人でも無く、言えるような立場でも無い。

現実が相応に厳しいものであることを知っているから、尚更言えない。

その現実が残していった光景が、彼の記憶の中で再生される。




大きな町の離れ。

自然豊かな大地を染める緋色の血潮。

動かなくなった躯に無残に転げ落ちる武具の数々。


そして二度と光を持つことのない、人間たちの眼。




「寝られないのか?」


「えっ…?あ、あぁ、その…」



思わずぴくっと反応したアトリだったが、その声の主は同じ家を借りている部隊の隊長ヒラーであった。

自分の思考と記憶の断片が再生されている中、突如聞こえたその声によりその再生は停止された。

少しだけホッと一息ついて、ヒラーの方を見る。

笑顔を見せたその男。まるでそれが子どもを見るかのように優し気な瞳であった。




「まだ若いのに無理は禁物だ。アトリ殿」


「…そんなつもりでは」



ない、と言いたいところだが、そこで言うのを止めた。

周りから見れば無理しているように見えるのかもしれない。

何かに対し必死になることは、周りからその人が必死であると教えているようなもの。

それが悪いことではないが、時に周囲の心配を受けることもある。

ヒラーはそう考え、アトリを気遣ったのかもしれない。

そんなつもりではない、だが考えること沢山ある。

しかし、今の状況では手も足も出ない。それを思うと―――。




「無力に、感じるのです」


「……?」


「何もできない、自分に」




それまで笑みを浮かべていたヒラーであったが、彼の声を聞いてその表情が真剣なものに移り変わっていく。

対して、アトリは常に表情は真剣。というよりは、少し俯き加減だったのかもしれない。

男は、彼の心情を察する。



「自分は、窮地にある死地で生きる人々を護るために各地へ派遣される兵士。戦って、戦って、戦い尽くして…自治領地の存亡にかかわる自分の仕事…今回のように、成す術がない、そんな状況も経験しました。悪い結果ばかりではありませんが…ただこうして、どのような手を打っても相手がそれに勝ると分かってしまった時、どのような顔をして領主と会えばいいのか。今でも思うのです」



「……」




「…いつかのように、あのような悲惨な日になることも…」




美しかったはずの大地や自然の上にこびりつく血の海。

彼の記憶の断片は今も彼の中で生き続けている。

同時に、世界はその時間と情景を記憶している。

その中のほんの一部を、彼が手にしているだけ。

手放せずにずっと、遠くない過去の現実を受け持っているだけ。

ヒラーは、何も言い返すことが出来なかった。

この子どもがどのような経験を積んできたのか、男に詳しくは分からない。

だが、その表情だけでも予想出来る。



彼の眼は、遠くを見ていた。

月の光に照らされた大地の、遠い遠い景色を眺めていた。

その眼で見てきた光景、映し出される情景の中に、どれほどの経験が積み重ねられているだろうか。

それを、見て取ることが出来る。

たとえその中身が見えないものであったとしても、その眼が語っている。




答えを出せぬまま、町は夜明けを迎える。

槍兵との接触があったのだ。

今日にでも本隊が押し寄せてくるだろう。



再び剣を抜く時間がやってくるのだ。

護り人としての、時間が。




1-17. 暗中の眼差し




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