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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
17/271

1-16. Noticed in Time



月下の光に現れた槍兵。

起こるべくして起こった、回避できぬ戦い。

戦いという血の踊る欲求と戦わざるを得ないという運命とのぶつかり合い。

両者は互いに持つ武器を交差させる。

だがその戦いにおける力の差、技量の差は歴然だった。

本当に人の成せる業かと疑いたくなるほどの強さ。

これまで彼が経験したことのない、圧倒的なまでの自信と実力。

そして、それによって引き起こされる死への脅威。



だが。

相手は彼をしとめることはしなかった。

しようと思えば出来たのにも関わらず、その槍兵はいつの間にか彼と

距離を取り、そしてその前から姿を消していた。

良い戦いが出来そうだ、そう言葉を残し、その余韻も感じさせないほど

綺麗さっぱりといなくなっていた。

屋根のうえに上がり、それを飛び越え早々に消えてしまった。

その直前、何が起きたのか彼にも分からなかった。



あの時。

自分の攻撃が弾かれた衝撃で、彼は姿勢を大きく崩し、後ろ向きに転倒しそうになった。

槍兵の攻撃は強く、早い。

そのような攻撃の技量であれば、心臓を穿つ一撃など容易く繰り出せるものだろう。

気付けば地面に彼は倒れ仰向けに視線を見上げていた。

だが、槍兵は距離を取り、一瞬だけ彼に険しい表情を向けたのだ。

その真意は分からない。

前後の言葉を思い出せないほど、状況の把握に混乱が生じていた彼。

だが、最後にそう言い残して去っていったことは覚えている。



何があの男をそうさせた?



分からない。謎は深まるばかりだ。



しかし。




―――――取り敢えず、命はまだあるな。




少しだけ、溜息をつく。

痛む体を気遣うが、それで痛覚がおさまる訳ではない。

むしろこの程度で済んだのが奇跡だったのかもしれない。

かつてないほど命の危険を感じた。だが、兵士であるのなら、その脅威は

戦いが起こり続ける以上、常に感じ続けるもの。

相手が相手だったために、焦りは隠せなかったし挑発にも乗せられた。

それでもあの槍兵が恐ろしく強い相手であることは分かる。



自分に殺されたかつての人間が、自分に対しそのような思いを抱いていた、それと同じように。



痛む身体を動かしながら、決して早いとは言えない速度で歩き続け、愛馬のところまで辿り着く。

町の様子は確認することが出来た。

あの槍兵に出会ったことも情報としては収穫だろう。

もっとも、こちらの命が無ければそれも無価値であったかもしれないが。

槍兵がどこの出身でどこから流れあの町にいたのかは分からない。

だが、それには必ず目的がある。

それを突き止めたいとは思うのだが、あの男を相手に深追いはそれこそ自殺行為だろう。



今は、この情報と様子から得たものを持ち帰り、話し合わなければ。



それからアトリは馬を駆け自治領主のいる町まで戻る。

道中別の何かに襲撃されることも想定に入れていたが、遭遇していた時は

恐らく身体が思うように動かなかっただろう。

槍兵との戦いで身体も疲弊し、精神も圧迫されていたのだから。

極度の緊張感から解放された後の疲れというものは、普段感じる重みよりも

ずっとずっと圧し掛かってくる。

そのような感覚は何度も味わっている。

ただ、今日のそれがその比ではなかった、ということ。



「アトリさん!!…無事でしたか!」


「た、隊長!アトリさんが戻って来ました!」




町に馬で戻る直前には、彼も気持ちを落ち着けることが出来、平静でいた。

とはいっても傷が治ることはない。町に戻ると、先に撤退させた偵察の若い

兵士二人と、ほかに何人かの兵士たちが集まっており、そこにはヒラー隊長もいた。



「話は聞いた。アトリ殿も無茶をする…」


「…え、えぇ」



アトリとしてはそれくらいしか返す言葉が無かった。

確かに他の人から見れば、無茶な戦いだったかもしれない。

先に撤退させた若い兵士たちには、あの槍兵がどれほどの強さを持つ者かが

分からない。

しかし、アトリはそれを直感で戦う前から感じ取った。

尋常でない戦う気迫。溢れ出る力の潮流を、不可解な現象と共に感じ取る。

そこに勝ち目はない。

しかしアトリはそれにさえ立ち向かい、結果としては生きて帰ってくることが出来た。

どうやら残留していた部隊は、アトリを迎えに出撃の用意をしていた。



あの槍兵。

これほどの量の人を相手にすればどう戦うだろうか。



部隊で編成するメンバーは10名にはなる。

小さな自治領地同士の戦いでも、10名を相手にするのは中々に手強い。

だがアトリはそれでさえ危機感を拭い去ることが出来ない。

自分が強い訳ではなく、今まで沢山の経験を積んできたからと言っても、

あの男の強さは尋常ではない。

たとえ10人20人相手にしても、あの自信ありげな表情で皆殺しにしてしまうのではないか。




「そこの者から話は聞いた。町はもぬけの殻だったとか…」



「はい。それに、一部に戦闘による形跡も発見できました」




折れ砕けたであろう刃の破片や、壁や地面などが抉られている惨状。

家の中などが荒らされたような形跡はほぼ確認できなかったが、生活感は

いまだにゴーストタウンとも呼べる町の中には確かに漂っていた。

少なくともそのように、あの三人には感じられた。

だが、落ちているものや壊されたものの類を見ると、何かしら起こったことは

疑いようもない。

それが戦闘による爪痕だという考えが浮かび上がるのに、5秒と必要なかった。



「その状態だと、恐らくここ以外の町すべてが…」



「…そうでしょうね。この領地に関しては」




だが、この時既にアトリは「他の自治領地」についても、同じような現象が

起きている可能性があることを考えていた。

現に、彼はこの領地に辿り着くまでに一つ、こことほぼ同じような状況にある

町を目撃している。

そこで何があったのかは正確には分からなかったが、もしあの町とこの自治領地で発生している現状が関連しているとすれば、幾つかの結びつきも生まれよう。


自治領地は、王国などの巨大な国に支配されること無く、自立して存在する。

ウェールズ王国は国を奪い取り領土を拡大しようとはしない。

領土が拡大する時は、自治領地が王国に直轄地の認定を受ける時。

それ以外に、自ら事を起こすようなことは、国としても、また王の気質としても許されることではない。

特に、今の時代となっては。

過去、王国が成り立つまでの過程と、確立された立場を手に入れた後の過程とは異なる。



王国は自治領地を奪わない。



だが、その過程に別の脅威が自治領地を奪う可能性もある。



死地となる両者よりも、遥かに優れ強い者たちにより。







「…隊長。これは」



「分かっている。確かな情報とは言い難いが、しかし…」







―――――奴らに違いない。






アトリは数日前に、同僚のグラハムから聞いた話を思い出していた。

彼らの中で「奴ら」と呼ばれる脅威の存在は、その戦闘能力が本当に人間のものかと疑いたくなるほど桁違いである。

多くの情報が錯綜する時代ではあるが、人並外れた力量を持つ者たちの代名詞に、最早奴らという言葉が定着しようとしているくらいである。

もっとも、その域に達した人間たちすべてをそう呼んでいるのではなく、彼らにとって奴らとは特定の者たちのみを示す。



ウェールズ王国が国としての機能を確立させていく過程で、多くの戦いが引き起こされた。

後々王となる者の理想、その宿願を成就させるための、戦い。

もし今後このような歴史を分析し評価する者が現れるとすれば、それは王の私戦だと言う人もいるかもしれない。

しかし、王にはその身命を以て成し遂げなければならないことがあった。

今ある戦いに耐え、そして後のすべての人のために。

戦いは戦いを生み、理想を追い続けるごとに犠牲を出し続けていた。

誰かの死を無くして、平和は訪れない。

理想を叶えるためには、戦いは避けられなかった。

しかし王が信じ続けた理想の成就は、王の生きている間に成し得た。

今の形、今の姿を得るために、王は国を築いた。


その歴史が国を確立させたことを証明する。

だが、国が確かなものとしてその姿を現世に表しても、それですべて事が解決する訳ではなかった。

領地を手に入れ、生活を手に入れ、安息の日々を手に入れるまでは、まさにそれは苦境の日々であっただろう。

明日の為に戦い、生きる。

その過程、国が手に入ろうとも、人々の争いは無くなることが無かった。

きりが無かった。



王がいなくなった後も、ウェールズ王国はその姿を保ち続ける。

しかし、それがすべて盤石に進んでいた訳ではない。

一度形を得たものは、何らかのきっかけでその形を変えてしまったり、歪んでしまうものなのだ。

それは、国だけではない。

形あるもの、人とて同じこと。

王の施政は、いつまでも続く戦いに対し、戦いを以てそれを排除し、そして自由と平等、平和を手に入れるというもの。

国の成立により、それは実現した。

この国が出来上がったことで、どれほどの人々を救うことが出来ただろうか。

しかし、この国の体制を好意的に思わない自治領地や民たち、そして内部の人間たちがいたことも、確かな事実。

国とは常にいずこからの反発を受ける。

多くの人の支持が得られる一方で、多くの人からの不評を買う。

それは大きな領土を持つ性質上、仕方のないことだ。



人は元々、自分だけのスペースというものを持ち合わせている。

そして、そのスペースを保持しようとする本能が働いている。

国とはその規模を大きく拡げたものなのかもしれない。

その空間、スペースの中に蟻のように這いずり回る大多数の人々。

そして、人とは常に欲求を満たすための生き物でもある。

欲求は人が生きて行くうえで欠かせない邪念とも言えるもの。

その欲求を前に、人は理性を欠き、時に強欲な人となる。

それが自治領地レベル、自分たちのスペースという規模に発展したものが、

争いへと繋がる道筋だ。



その過程は、何も平和な毎日を送る王国とて、例外ではなかった。




「その槍兵という男の話、詳しく聞かせて頂きたい。アトリ殿」



ヒラー隊長は待機していた兵士たちを解散させ、彼らが借りている家の部屋まで戻る。

槍兵との戦いを生き延びたものの、彼は負傷していたために、まずは止血とヒラー隊長が所持していた、痛みを紛らわす塗り薬を傷にしみこませる。

恐ろしく強い刺激が一瞬体内の感覚を鈍らせるが、それも十数秒後には落ち着きを見せる。

防具も砕け、腕も長い線で斬られている。無事とは言え只事ではない。

兵士としての傷であれば、アトリはこの程度のものは何度も経験している。

確かにどうってことない、とは言えないものなのだが、薬の効き目もあってか、すぐに忘れることが出来た。

そして、槍兵の話をする。自分の身長よりも長い槍、二つの刃を上手くこなす身のこなし。

まさにあれは槍の達人。

いや、その言葉にある人という表現はもはや間違いなのかもしれない。

単純に強いだけなら経験があるが、あれはその度合いを遥かに超えていた。



「不可解な現象?」


「えぇ。…こう、言葉では言い表しづらいのですが…」




何というべきか。

と考えたところで、彼が出た表現が、『槍に意図的な力が宿ったようだ』、というもの。

それを聞いた一部の兵士は、明らかに頭の上に疑問符を並べたような顔をする。

だが、ただ一人、ヒラー隊長のみが少し険しい顔に切り替わった。

アトリの表現がどれほど分かりやすかったのかは分からないが、ヒラーにとっては的を正確に射抜いていた。

だがとにかくも、彼のあの男に対して持った印象がそのようであった。

周囲の空気を一瞬にして取り込んでしまうかのような、猛烈な気の通い方。

槍の使用者が持つ腕と自信ありげな表情に反応し、まるで踊り狂うかのような昂る剣気を相手に与える。

その気を受けるや、相手がかなりの強者であることは容易に想像できる。

そして容易に実証された。

命があるだけマシだと思いたいくらい。

だが、命があるのなら再び戦うこともあるだろう。



あの男の残した言葉には意味がある。

次がある、必ず。



「なるほど…意図的に力が、か…中々に良い表現だ」



「…?」



そう口を開いたのは、ヒラーであった。

一瞬空気が入れ替わるような、そんな気がした。

今までも張り詰めていたような空気を感じていたが、それがこう、

何かの確信に触れ、確かな感触を得るような、そんな肌触りの空気を。



「アトリ殿。貴殿は『魔術』というものを知っているか?」


「『魔術』………」




つい数日前にも、同じようなやり取りをしたことがある。

城に仕えている男性の使用人と、宝物庫の整理をしていた時のこと。

彼は使用人が探していた魔術本というものを見つけた。

魔術とは、人の理解が及ばぬ力が作用する神秘的な現象。

ある時は神秘的に、またある時には邪悪なものとして現世に君臨する。

話には聞いたことがある。

しかし現物がお目にかかれるとは思っていない。

この国にも文学となる教養本は沢山ある。その中に魔術というものが現れ、それがたちまち人々の役にたったり、ある時は人々そのものを滅ぼす、などというような書かれ方もされている。

ただの空想の話。

教養を楽しむうえでの、一つのネタに過ぎない。




………。




しかし、この感覚は何だ。

何故、まるで知っているかのような、そんな既視感を感じている。






「っ…!」


「そう。確かとは言えないが、貴殿の出会った槍兵にはその心得があったのではないだろうか」





人間離れしている。

人の理解の及ばぬ神秘。



その理由、作用に「魔術」が関わっている。



あの男が本当に奴らの一部なのだとしたら。

各地を侵攻し、避けては通れない王国の脅威だとしたら。




今の俺は、何を以て脅威と対するのか。





魔術が本当に存在しているならば。

確かに、あの不可解な現象はその一言で片づけられる。



………だが。

あれが、本当だとすれば。






あれが、事実だとすれば。














………。






思えば、その時が最初であったかもしれない。

この存在を、本当の意味で初めて知ったのは。




その存在が、決して遠くない現実の一部であることを。






1-16. Noticed in Time




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