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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-14. 夜の灯りの下で




王城からの派遣者。死地へと赴く兵士。

それがアトリの任務であり、アトリの兵士としての姿。

その姿を知る者も中には幾人もおり、噂にもなる。

彼が目的であった自治領地へ訪れると、その姿を兵士たちはじっと見ていた。

先に到着していたヒラー隊長と共に領主のもとを訪れ、現状を確認する。



話を聞けば大方想像がつくものだろうと思っていたが、

結果から言えば事態は深刻さを更に貫こうとしている。

領主からの話を聞き、その場を後にする二人。

家から離れ、十字路の大通りにいる兵士たちに、それぞれ解散を指示する。

この自治領地では、兵士たちの支援要請の代わりに空き住宅の提供と食事の補給が領主から許可されている。

大きい自治領地だからこそ行き届くサービスの一つなのだろうが、それでも彼らにとってはありがたい限りであった。

アトリは過去何度も野宿を経験している。

死地にある自治領地を護るために派遣されたというのに、派遣先では存外な扱いを受けることも多々あった。

その理由を彼は知っている。あえて口に出さないだけで。

兵士たちが各持ち場の交代と、夜になるために空き家に退散していった後、アトリとヒラー隊長、そして二人の兵士が別の家の部屋を借りて打ち合わせを続けていた。



「まだアトリさんはお若いのに…かなり経験を積まれているようですね」


「いいえ。自分はまだまだ」


「それについては私も同じく思っていたところ。年上からすれば、このような者にも兵士として戦争をしてもらわなければならないのか、と思うものだ」




その打ち合わせの中で、アトリ自身の話が出た。

彼が死地へ派遣される兵士で、過去何度も戦闘において死地の民たちを救い出したという話はある程度知れている。

もっとも、アトリは「護ることが出来た」と自分で結果付けが出来ていない。

そう思う人もいるのだろうが、一方で誰かは必ず死んでいった。

それなのに、護れたと自分から言うことは出来なかったのだ。

ヒラー隊長の言う話は、上士であるアルゴスの話と似ていた。

確かに彼とてそう思う場面がある。

自分のような子どもが戦場において何の役に立つのだろうか。

数の調整としてハッキリと扱われるのであれば、そのように振る舞うことも出来よう。

しかし、アトリには明確な目的がある。

成さなくてはならない任務もある。

そして、決して失くすことの出来ない信条がある。



「本国では子どもの兵士教育も行われているんですか?」


「はい。その多くは兵士に憧れて、自分からなりたいと思う子どももいます」



アトリの王城直属の兵士という立場を考えてのことか、ヒラー以外の二人の兵士は彼に対し敬語で話しかけていた。

彼からすると申し訳ないような気持ちになる。仮にも相手の方が年上なのだから。




「今回の事態で、民たち…子どもが巻き込まれていなければ良いのですが…」


「…そうだな。事態は深刻のようだから、覚悟はしなくてはなるまい」


「そこで、皆さんに一つ提案です」




アトリが一つ意見を言うために注目を集めさせた。

領主の話を聞いてある程度の推察は出来る。

後は相手がこの自治領地をどのようにするのかを知りたい。

だが、今の状況では知る=戦闘が始まる、ということになる。

つまり、相手の目的が自治領地の占領にあること。

自分たちの領土にして資源を回収し、勢力を拡大させる。

その意向にそぐわない者たちは排除するだけのこと。


それを実行される前に、相手そのものを知ってしまおうというもの。

起きてから対処しては何もかもが遅い。

であれば、起きる前に相手を知り、その正体によって更なる本国からの支援を受けようというものだ。

この町での戦いは避けられないかもしれない。

既に他の地域で戦いが発生しているのだとすれば、その戦火は間違いなくこの場所まで飛んでくるだろう。

この町にいる民たちを護ることも大事だが、その後のために布石を打つ必要もある。

この町と王城とでは距離が離れすぎているため、ここを王国の直轄地にすることは中々に厳しいものがある。

部隊が駐留するとは言っても、100%その地域を護れる保障はない。

さらに、この場所は王国の領土から既に離れた土地にある。

突然この場所を直轄地にしても、王国からの様々な支援を受ける際には、別の自治領地の近くを通る必要がある。

状況が分からない限り常に危険に晒されているし、分かったとしても護り切れるかどうかは未知数だ。



「そのためには、相手を偵察する必要があります。自分を含め、少人数で一度相手の懐まで行きたいのです」


「危険が大きいな。隣町を確認しに行った兵士たちからの連絡も途絶えたのだ。既に命は無いと思った方が良い。襲撃されたと見るのなら、同じ轍を踏むことになると思うのだが…しかし」



ヒラーもアトリが伝えたいとするところが分かっていた。

アトリの提案は危険が大きい。

隣町の様子を探ることが出来れば、確かに状況がもう少し詳しく分かるだろう。

だがもし本当に襲撃されていたと仮定するのなら、その者たちがまだ潜んでいる場合も十分に考えられる。

アトリとてその危険性を考えない訳ではなかった。

先日道中で素性の分からない者たちに襲われた時のことを思い出していた。

あの時と似たような感覚をこの時持っていた。

しかし。

だとしても、分からないままではどうしようもない。

踏み込む訳でも無し、戦うつもりで行く訳でも無し。

あくまで主眼は偵察を向いている。

多少無茶かもしれないが、確かめる必要性は十分にある。



「逆に考えましょう。この町に相手の偵察が入り込んでいる可能性も充分にあります。隣町の話なのですから」


「なるほど…」



他の兵士たちも納得した表情でその話を聞く。

自分たちは相手の情報をあまり知らない。

何せ、自治領地にいた自警団、兵士の民たちはまだ帰還さえしていない。

定時連絡も途絶えたまま。

代わりの兵士もいないまま進んでいるために、詳しいところが見えていない。

だが、相手側は既に王国の部隊がこの町を警備していることを知っている可能性もある。

先手を打たれていると考えれば、こちらも黙っている訳にはいかない。

受け身のまま発生する出来事を待ち続け、起きてから対処しては不都合もある。



「…承知した。アトリ殿が留守の間は、私がこの場を取りまとめよう」


「頼みます。…といっても、自分には部隊を統率することなど出来ませんが…」




と、控え目に彼はそういう。

当然と言えば当然だろう。今まで誰かを統率するようなことなど無かったのだから。

特にそれが同じ国の兵士であればなおさら。

彼の立場は常に下であり続けていたのだから。

もっとも、自治領地の民や領主たちの中には、彼の立場が国として上の者であると考えていた者もいたが。



偵察は夜間に行うことにした。

出来るだけ人目を避けるのと、仮に隣町に脅威がいたとして、その者たちが活動していない時間帯を狙ってのことである。

それでは十分な情報を得られないかもしれない、とヒラーは始め考えていたが、あくまで偵察は偵察。

戦うことが無ければ人前に出る必要も無く、町の様子を掴むだけで良い。

彼が率先して行うことも無く、誰かが代わりに確認しに行けば良いのではないか、と考える人もいたが、彼はそれをしなかった。



この時から、既に嫌な予感がしていた。

何とも言えない圧迫された空気を感じ取っている。

アトリと他二人の兵士が馬で闇夜の中を走り続けている。

大地の美しさは太陽という恩恵を浴びてこそ光り輝くもの。

しかし、そうではない夜の光に照らされた大地も趣がある。

もし戦いに対しての備えとこの嫌な空気を感じ取っていなければ、空高く上がるあの月をじっくり見て楽しむことも出来ただろう。

彼の後ろに着いてくる二人の兵士はまだ若く、彼とそう歳が離れていないようにも思えた。上半身に鎧を着こんでいるが、後ろを振り返るにその表情は硬く、何か漠然とした不安を抱えているようであった。

それはアトリとて同じこと。

素性の知れない者たちに襲われたあの時間を思い出す。



生き続けて、生き続けて。

どこまで相手を倒し続けるのか。



そうしなければ、生き続けることなど出来ないのだろうか。



結局偵察も相手を倒すための手段に過ぎない、と自分の中で吐き捨てた彼。

それを否定できない自分と理解できてしまう自分に嫌気が差す。

そうしているうちに、町の近くまで接近する。

馬とは走行音を周囲に響かせるものであり、ある程度彼らは近づいたところで馬から降り、歩いて接近していく。

アトリはこの時体に鎧を殆ど身に着けていない。簡易的な籠手を身に着け、その下にグローブを装着しているくらい。

剣の鞘を紐で下半身の服装に結び付けている。

出来るだけ軽装をし、だがいつでも戦闘が出来るように準備はしている。

兵士には重装甲を装着する者もいるが、アトリはそれを好まない。

その結果怪我をする時もあるにはあるのだが。



「………」



―――――静か過ぎる…。




町は自治領主のいる大きな町と比較しても小さめ。

家は何軒も建っているが、その大きさはいずれも小さめ。

町の規模としては小さい方なのだろう。

だとしても、家があるということは人が居ても不思議ではない。

だがその町からは人の気配というものを一切感じない。

気配というのも曖昧なものだが、それでも生活感が営まれていないように

思えた。

それはアトリだけが感じたことでは無い。

確かに夕刻は過ぎ既に漆黒の闇が大地を覆っているだろう。

光源となるものは大きな月明かりのみ。

庭先で書物を読むには十分な光量かもしれないが、家の中まで照らし出せるほど都合のいい月でもない。

であれば、明かりを灯して生活している家が一軒くらいはあるはず。

しかし、それは見当たらない。

この時アトリは、つい先日偵察の為に訪れた町と同じような空気を感じ取っていた。



「アトリさん、これは…」



「………」




彼らは慎重に家まで近づく。

生活感無き町の姿はまるでゴーストタウンで、不気味な気さえした。

だがそれは偵察としては都合が良い。

誰もいないのであれば、情報を得る時間もあるというもの。

彼らはそれを利用して、出来るだけ町の中に入り情報を集めようとした。

だが、幾つかの家を見てその異変に気付く。

家の外壁が抉られるようにして削られている。

石壁が深く亀裂が入っており、地面にはその残骸が散らばっている。

それぞれ大きさの異なるものが散らばっていて、荒れた様子を伺うことが出来る。

それだけではない。

アトリはしゃがんで地面に落ちている幾つかのものを、直接手で拾う。




「これは…欠片か…」



アトリがそのようにして呟くと、兵士たちもそう見えると返事を出す。さらに彼は自分の剣をその場で抜いて、その抜身の刃を確かめる。

自分にも経験がある。剣とは相手と打ち合えば段々と切れ味が悪くなっていく。

人の脂によるもの、分厚い装甲を打ち砕くこと、幾つもの剣戟でその剣は刃こぼれしていく。

彼が拾ったその破片は、鉄の欠片。

一部は粉々に砕け、だが鋭利な刃先のようなものは残っていた。



「何かあったとみて、間違いないでしょうね」


「町に人がおらず、その痕跡は戦闘によるもの…だとすれば、一体この町の人たちはどこへ行ったのです…?」


「…そして何が起こったのだろうか…」




もう一度頭の中で状況を整理する。

定時連絡の途絶えた兵士たちを確かめるために、町から警備兵が送り込まれた。

各地に点在している兵士たちと交代制で防衛を行う彼らとの連絡は、今もう無い。

この町に来て、民たちは見当たらない。

家の中を見ても誰一人確認できない。

そして、家の外壁や地面の一部が大きく損傷し、壊れた物までもが散乱している。

ここは元々ゴーストタウンだった訳ではない。

貿易商人たちがこの領地の中でも行き来しながら、生活を営んでいたはず。


だが、今のこの光景にはそれを全く感じることがない。

付け加えて言うならば、彼が前に偵察してきたあの町と、荒らされているという状況以外は事が似ている。





その時。

確かにアトリの背筋に寒気が走った。






「はっ………!」



その時、確かに彼の感覚が彼に対し、警戒するよう訴えていた。

それに従うように、彼は自分の背後を振り返る。




『来客者は久々だな。結構待ちくたびれたぜ?』





闇夜の中。

漆黒色に浮かぶ月の輝きを背景に、家の屋根にそのシルエットは現れる。





1-14. 夜の灯りの下で






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