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Broken Time  作者: うぃざーど。
第4章 時間(セカイ)の歯車
132/271

4-20. 最善と最悪の選択肢




さて、重たい空気にしてしまったようだが、

話を戻したい。

私たちには課せられた難題がある。それを解決せねば先へ進めない。

というところ、その話をしたいのだが。




「ここでゆっくりするのは良いが、俺たちはこれから重要な話し合いがあるんだ」



「いいんじゃないか?何なら、そいつらからも意見を聞いてみれば良い」



「えっ」





などと、師であったクロエが言う。

仮にもここから話される内容は、ウェールズの今後の動きを決める重要なもの。

彼ら風に言えば、上士が物を決め、それを部下に伝達するというのが定番の流れだ。

自分が上士であるという自覚を持つことはあまり無いが、それでもその立場にいることは確かなので、

この子供たち二人がここにいるというのは、いかがなものなのだろうか。

と思って疑問を投げかけたのだが、クロエはこう話した。

私たちだけの凝り固まった意見に物申すかもしれない、と。

彼らが自分たちの作戦に賛成してくれるというのなら、作戦の提案にもある程度の実用性があると判断していいのかもしれない。

だがそうではなく、この作戦を加筆出来るような意見を持ち合わせている場合では、

彼らの意見を参考にしても良いのではないか、ということだ。

そうかもしれない。

凝り固まった意見というのは少し物申したいが、

もし彼らがそれなりに作戦に介入できる知識、いや奇策を用いることが出来るのであれば。




「………分かった、そうしよう。まずは現状説明からだな」





ということで、

今この場に集まった人間は6人。

本来は4人で夜遅くまで交わされるであろう会議なのだが、

進んで子供たちも協力してくれるという。




ああ、そうか。

こうして、この子供たちも、

この不毛な争いに身を投じることになるのだな。




彼は一つ、自らの内でそう呟き、そして失望する。

彼らに対してではなく、そうせざるを得なかったモノに対して。





「敵の本隊の総数は分からない。幾分か戦力を削ることには成功したが、もしかしたら大したダメージでは無かったかもしれない。俺たちがこのまま進めば、間違いなく本隊と衝突することになるだろう。だが敵の本隊を避けて王城まで辿り着く手段は無い。そこで、この状態をどのように打開するか、というのが求められる」



「………」





彼ら以外の4人からすれば、先程の話の焼き直しのようなものだが、

エクターとクリスは真剣に頷いた。

もう夜も深まっている。疲れている身体に難題を押し付けるのも酷なものだが、

彼ら自身がそう望んだことだ。

アトリがそのように説明し、何か戦術を組み込めるような方法が無いかどうかを確かめる。

先程の会合では誰一人有用な手段を提言することが出来なかった。

上司の立場からすると情けないの一言に尽きる。

しかし、こうして打開策が見当たらない状況があると言うことを悲観している訳では無い。

自軍は本隊と接触すれば、恐らく勝ち目はないだろう。

まるでその事実が確定してしまっているかのように語る人間もいれば、そう信じる者も多い。

決してそういう訳でも無いとは思うのだが、アトリ自身この不安は拭い切れない。

敵の本隊には、間違いなく先日遭遇した長刀使いのリッターがいることだろう。

もしかしたら、他の魔術師もいるかもしれない。

魔術師の話はもちろん彼ら二人には打ち明けないが、魔術師の存在も考慮しなければ、その術中に嵌る未来が見えてしまう。




「アトリさん、これまで考えられていた作戦はどのようなものなのですか?」



「………あぁ、確かにそこも重要だな」





初手の段階として、まず境界線の左右に配置されている、それなりに規模のある部隊を殲滅する。

先日これは実行した。

その後で左右の自軍部隊が中央にあるこの町を挟撃して戦力を削ぐ。

彼らの考えでは、この中央部の町に敵の防衛主力部隊がいると考えられていた。

そのため、左右から挟撃され周囲を囲まれた主力部隊は、殺されるか撤退するかを選ぶことになる。

主力部隊への挟撃と言っても、結局戦っている最中に自軍本隊が合流することに変わりはないのだが、敵が主力の防衛部隊に本隊規模の部隊を配置していない以上、全軍を以て攻撃するウェールズ王国軍に数の有利が出る。

だが、実際には町はもぬけの殻だった。

それが彼らの難儀するところだった。

ここで防衛部隊を殲滅していれば、本隊への合流も出来なかった。

そうなれば、本隊同士がぶつかることになってもここまで不安に思うことは無かっただろう。

外の兵士たちは先日の勝利で盛り上がっているが、次を考えると難題は多い。




「なるほど。こうして毎日必死に考えているんですね………」



「はは、まるで余裕が無いという言い方だな。いや事実そうなんだが」





と、グラハムが笑みを浮かべながらそのように答える。

クリスは寧ろこの作戦にも注目しつつ、上士たちが毎日どのように自分たちの事を考えているか、というところにも注目していた。

このように毎日会合を開いて、次なる作戦を考えて、それを実行するための配置を決め………など。

一方のエクターは作戦の内容に集中しているようだった。





「私はサッパリだね。元々こういうの考えるのは苦手なんだ」



「何の捻りもなく戦いに挑めば、確かに危ういですね………アトリは、何か奇策を用いると?」




クロエには作戦を打ち立てるだけの自信は無いようだった。

自信で言えば他の者たちも同様に持てないのだが、根本的にクロエには作戦の立案には向かないと、自分で思い込んでいるらしい。

だが彼女の本領は、他の者たちが意見を並べ始めたところで、それを精査することから始まる。

………と、思っている。

アトリにはこの時点ですでに考えていることがあった。

マホトラス本隊との戦闘。

激しい戦闘になることは間違いない。

彼らの前では言えないが、魔術師との戦闘になることも考慮しなければならない。

左翼部隊にいたグラハムからの情報共有では、あの黒剣士の姿は見られなかったという。

どこで遭遇するかは分からないが、用心に越したことは無い。

それらを踏まえたうえで、彼には作戦の用意があった。

先日までの作戦、加筆をした後の行動が必ずしも成功したとは言い切れない。

だが、まだこの状況を悲観し絶望的であると判断していた訳でも無い。



ところが。




「あぁ。考えていることはある。でも、それよりも先にエクターが言いたそうだ」



「えっ」




突然彼は、真剣そうに考えていたエクターに、意見を求めた。

偶然なのかそれとも希望が叶ったからなのか、クリスとエクターという少年少女は、普通上士たちが会話を交わす話の内容を共有出来ている。

その中で、エクターが何かもの言いたげな様子だったのを、アトリがずっと見ていたのだ。

自分たちより歳が下だからといって何ら意見を持ち合わせていない訳でも無い。

逆に、いつもは上士たちの間で交わされる話の内容ではあるが、そこへ新たな要素が加わることで、より話を深められることもある。

アトリがエクターをそのように見ていたように、クロエも二人をそのように見ていた。




「で、でもいいのですか」



「構わないさ。意見があるのなら言ってみると良い」





たとえそれが奇策となり得るものか、それともただの空想に終わるか。

いずれにせよ意見を持っているというのなら、それを発言することこそが力となる。

と考え、アトリはそのように彼に求めた。

自分はこの二人にはこのような不毛な争いに関わって欲しくない、と考えていたはず。

だが、それでも二人の可能性を棄てきることは出来ない。

話次第では、彼らとてただの兵士として必要とする関係でなくなるかもしれない。




争いに出ることを望まないというのに、

争いを優位に進めるためにその手段を取ろうとしている。

何と醜い人間だろうか。





「………分かりました。あくまで直感に近い考えです」





周囲の全員が、エクターの話に注目する。

空気が一変していく。

まだ話し始めたというのに、周囲の目は釘付けだ。

話にどれほどの実効力があるか、というのは別にして、

エクターの話には周囲を引き込む力のようなものでもあるのだろうか。





「確かに俺たちの力では、真正面での決戦には向かないかもしれません。話は聞きましたが、やはり義勇兵たちと兵士たちとの差が出ている。敵にも義勇兵のような立場の人間はいるでしょうが、過少に評価するというのは怖いと、俺は思うんです」





その口調は、子供のものとは思えないほどしっかりとしたもの。

クロエはその姿にかつてのアトリを思い浮かべる。

そういえば、あの頃のアトリもこのような形だったな、と。

既に戦闘を経験し、人殺しをし、戦いを生き残った経験を得たエクターとクリスの姿は、

普通の子供に戻ることは赦されないという程度にまでなっていた。

この選択肢に決定したのだから、それを貫き通せ―――――――――――――と。

エクターの意見は自分たちの立場の表れか、この機会を逃すまいと言葉を畳みかける。





「だったら、正面から当たって砕けることを考えるよりも、“敵を追い詰める”策を打つべきだと俺は考えます」



「………具体的には?」



「はい。敵と正面から戦うということに変わりはありません。ですが、それだけではなく別動隊を動かすのです。俺ならこうします。本隊と戦っている部隊がある一方で、本隊がいる場所を大きく迂回して、一気に城まで襲うのです。城下町と城を制圧してしまえば、本隊を城側から挟み撃ちに出来る………!」





それが、エクターの考えた意見、というよりはもう作戦案と言っても良いものだった。

上士たちが導くことの出来なかった、新たなる可能性の一つ。

本隊と正面からぶつかっても勝ち目はないかもしれない。

ならば、正面からぶつかること以外に、敵を脅かす算段をつけよう。

そうして彼の口から出た作戦案は、周囲の人間を驚愕させた。

唯一、アトリだけが冷静に表情一つ変えずに、彼のその話を聞いていた。

クロエはまさかこんな子供が王城以外のところで育てられていたのか、と驚いている。

一人の兵士を教育するだけでも相当な時間を使い、しかもそのすべてが彼らの求める基準、良質の兵士に育つとは限らない。

だが、エクターはもうその域を遥かに超えるくらいなものだった。

エクターやクリスの姿に、かつての弟子を思い浮かべるのも、無理もないというところ。

グラハムもただただ驚くばかりであった。

同じ兵士の立場であるクリスは、エクターの話に驚きながらも理解を示しているようだった。

確かに、それならば敵に脅威を与えることは可能だ、と。




「………なるほど。筋は良い。だが問題点が幾つかある」




と、アトリがエクターが話し終えた後に付け足しに入る。

まるで勉強で試験を行った項目を採点する先生のように。





「まず一つは時間のタイミング。敵の本隊を挟撃するために城を先に奪い退路を断つ。この考え方自体は良いだろう。だが、城を強襲する面々は、城下町を解放した後に敵の本隊の裏を突かねばならない。果たしてそうなった時、はじめから敵の本隊と戦う味方の部隊は生きていられるかな」



「あっ………」





そこでエクターは自らの詰めの甘さに気付いた。

アトリとて味方を信用していない訳では無いが、あらゆる可能性は語られるべきだ。

それが誹謗にあたるものだったとしても、後の用心ということであれば必要な語り口だろう。

エクターが考えた話の場合、確かに城を制圧してから出ないと、城からの強襲部隊は敵の本隊の裏に出ることは出来ない。

それまでの味方の主力部隊が持ち堪えていなければ、逆に城を強襲した別動隊が危機に陥る。

要は主力部隊と別動隊との間で時間合わせをしなければ、この作戦は失敗する。






「次に、部隊の編成だ。こちらの部隊は正直精鋭揃いとは言えないだろう。その中から戦力を割いて、城への別動隊にしなければならない。敵の本隊とは激戦が予想される中で、こちらは別動隊を動かす必要がある。ただ闇雲に兵を分けて強襲をするという方法も通用しないだろう」



「………なるほど」



「す、凄いですねアトリさん………そこまですぐに考え着いてしまうだなんて」





クリスはそのように感心するが、

この時点でクロエとグラハム、そしてフォルテは彼の意図するところが分かっていた。

アトリは言う。

だが、この作戦は非常に有効的な手段となるだろう、と。

アトリがそのように口にすると、エクターもクリスも目を丸くする。

確かにそうだろう。指摘されるところはもっと他にもあるが、穴だらけの作戦はただの空想に過ぎない。

しかし、実のところアトリが考えていた作戦もこれとほぼ同じなのだ。





「手はある。正直、エクターの意見は、俺が今考えていた作戦と殆ど同じだ」




「えっ………!?」




「だから、そこに手を加えよう」





この作戦を遂行するためには、彼らには打ち明けられないが、当然魔術師の力が必要となる。

出来るなら味方の主力部隊よりも、別動隊に多めに配置したいところだ。

エクターとアトリが考えているこの作戦を通すのであれば、間違いなく王城を強襲する別動隊が鍵を握る存在となるからだ。

エクターが意見した話の内容を、アトリは頭の中に地図を思い浮かべて並べて行く。

ウェールズとマホトラスの主力部隊が衝突することは避けられない。

激しい戦いとなることだろう。

だが一方で、ウェールズは城を強襲するために右か左、どちらかを迂回しながら本隊を避ける。

王城を北の方角にすると、西の方角には天然の深い森、アデナウの森がある。

東には王国領が続き、少し行けば自治領地の地方となる。

安全圏を辿るのであれば、東から迂回するべきだろう。

両軍の主力部隊が衝突する時間と、別動隊が王城を強襲する時間を合わせることは、正直難しい。

何故なら、別動隊は王城と城下町、両方を一気に制圧しなければならない。

となると、先程彼がエクターに意見したように、どちらかが先行しても失敗し、遅延すればそれも失敗する。丁度良いタイミングで敵を挟撃しなければ、効力は極めて薄いし可能性も低い。

では、それを成功させ得るタイミングはどこにあるのか。




否。

時間(タイミング)を見計らうのではなく、こちらで時間(タイミング)を操作するのだ。





「っ………!?」





驚いたのはグラハムとエクターだった。

アトリの意見がエクターの土台に次々と書き加えられていく。




更に、別動隊を派遣することにより、ウェールズの主力部隊はその戦力を削がれる。

たとえ少人数で編成される別動隊と言っても、少なすぎては戦力にならないし失敗の危険性もある。

アトリは口にしなかったが、この数を補う存在が魔術師で、数以上の効力という役割を示す。

そして、この作戦を成功させるために最も重要な鍵となるのが――――――――――――。





「敵が、城下町から増援部隊を派遣したかどうか、ということだ」



「………アトリ、それはどういう………」



「あくまで仮定の話だけどね。もし敵が今回各所で起こした戦闘で失った戦力を補充しようとする。そうなれば、本隊の後方に控えているであろう城下町の敵部隊が候補にあげられる。戦力の補充という意味合いを持たせなかったとしても、ウェールズの脅威を出来る限り危険性を低くして突破するには、やはり相手よりも多い兵士を統率して部隊を編成しなければならない。そうは思わない?」




つまり、どちらにせよ敵は後方から支援物資やら増援部隊やらを派遣している可能性がある。

可能性というよりは、そのように信じなければ通らないような加筆の中身だ。

たとえこの町にいたであろう防衛の主力部隊を撤退させたとしても、二ヵ所で彼らは敵部隊を殲滅し、その一部は撤退したとしても傷を与えることには成功している。

ウェールズが不安を覚えるように、彼らとて万能ではないし確たる勝ち目というのも見つけていないだろう。

そうなれば、アトリが考えるように、王城から部隊を派遣して、確実にウェールズを討つ方法を取るだろう。

最早アトリのその読みは信じたい、と言いながらも確信の領域に達している。

そうであってくれなければ、布石を打つ意味が無い、と。





「けどな、アトリ。私たちぁ主力部隊から戦力を取っ払って、別動隊を作るんだ。敵が増援したと仮定しても、本隊とやり合っちゃ勝ち目がないだろう」





と、クロエがもっともらしい疑問を投げかける。

その通りだ、とアトリはクロエに返す。





「普通に戦っても勝てない。だが、正面から何の策も無しに全力で戦っても、恐らく勝つ可能性は低い。だとするのなら、“必要以上に戦わなければ良いんだ”」



「………へ?」




それも周りを驚愕させるには充分すぎる一言だっただろう。

必要以上に戦わなければ良い。

戦わなければならない状況の中で、そのような言葉が出ることがあまりにも意外だった。

言葉には説明できないほどの困惑を、恐らくは全員が考えたことだろう。

だが真相はこうだ。

主力部隊同士が攻撃しても、ウェールズには勝ち目がないかもしれない。

だというのなら、別動隊が城を制圧するまでの間、主力部隊は交戦を行いながらも、

明確な戦闘行為を行わず、一触即発程度に戦線を縮小させておくのだ、と。





「………なるほど!つまりは、別動隊が王城を制圧するまでの間、主力部隊と小競り合いを続けて必要以上の犠牲を出さないようにする、ということですね!ということは、主力部隊は接触と撤退を繰り返す………ということですか?」



「正解だ、クリス。君たち二人は中々理解が早いようで」



「お………おぉ、すげえな」





だが、一番凄いと感じたのは、全員アトリに対してだろう。

彼は自らの作戦に自信も確証も持てないというが、これほどまでに相手の懐を穿つ可能性を考えられるものだろうか。

もしかしたら、アトリは先程の会合から既に、この作戦を考えていたのかもしれない。

それを、エクターとクリスの二人がいる機会に、あえてこの場で話を打ち出したのだろうか。

当然アトリの加筆にも難点はある。

主力部隊が接触と撤退を繰り返すのは構わないが、

この作戦は別動隊が成功しなければ何もかもが失敗になる、危険性も充分にあるものだ。

それをこの場にいた全員は納得してくれたのだが、果たして上士たちが頷くかどうか。

クロエはとても怪しげなものだと考えていたし、アトリ自身も確証はない。

もしこの場に彼らがいなければ、この話ははじめからアトリがキッカケを生みだしたということで、

部隊の配置まで話されたことだろう。

だが、彼らに魔術師の事実を告げる訳にもいかない。

これ以上の加筆は殆ど出来なかった。

あとは、出征を一日から三日遅らせて、相手の本隊に偵察を行ってから出撃する、という方針が取れるかどうかだ。




「二人がいたおかげで、色々と動き出しそうだよ。ありがとう」



「い、いえそんな!」



「少しでも役に立てたのなら幸いです!」






本当に、おかしなものだ。

ここに来るまでは、あれだけ否定的に考えていたというのに。

あの二人がこんな不毛な争いに身を投じることを、あれほどやめて欲しいと思っていたのに。

今は、あの二人が必要な存在なのだということを実感させられている。

しかも………あろうことか、あのようなものの力まで………。



認めたくない。

信じたくない。

疑いたくない。




だというのに、

分かってしまうこの愚かさ。





彼は一人、自らの中で自問自答する。

いや、しかしその答えは明確に自らを打ち消す否定の文句だらけだった。

彼は確かに、この二人の力を必要としていた。

己が目指すものにかけて、本能が彼らの力は有用的だと考えられていた。

たとえ心がどれだけ否定しようとも、本能が彼らの存在を全面的に認めてしまっている。

あの長刀使いの言葉が思い出される。

このような存在がもっといれば、裏で力を蓄えることも出来るだろう、という意味の言葉。

まさに今のような状況だ。

アトリは自らの理想の成就の為に必要な“最善と最悪の選択肢”を、この場においても迫られている。






ワカッテイタコトダ。

オマエハ、コレヲミトメルベキダ。







分かっている。

そんなことは分かっている。

………だが。







オノレノ、リソウノタメダロウ?

イマサラ、ナニヲマヨウ。







――――――――――俺は、自らの理想の為に、最善で最悪な手段を取るのか?





その運命は、既に始まっている。

今更彼がどのように思っても、彼の理想の名の下に動いている人間は、大勢いる。

この戦争が無くなれば、人々は再び自由と平和を取り戻し、幸せな日々を送ることが出来るだろう。

だが、その日常が訪れるためには、戦争を終わらせることが必要だ。

戦争が終われば、戦争によって傷つく人よりも、何十倍、何百倍もの人々を救えるだろう。

多くの人間の救済、それはアトリが願ったことであり、弱き者を助けたいという信条の通りだ。

そのために、彼はここに来て多くの決断に迫られている。

この戦いは自分だけのものではない。

だが、自分がこのように戦いを左右する局面に大きく関わっているのだとすれば、そこに他人の人生を左右するという責任が当然現れる。

現に、フォルテは彼に同行するということで、他にあったであろう未来を封じ、この未来に路を通している。その路が明るいかどうかなど、誰にもわからない。

子供たちも含め、自分が考え打ち出す行為のそれには、彼らの今後を決める重要なものとなる。



巻き込みたくない。

だというのに、彼らの力を借りれば、

より戦いを優位に進められるだろう。




彼には、分かっていたのだ。

どのように事を運べば、手段を整えれば、周りを揃えれば、

この両軍の戦いが終結に向けての一途を辿るのかが。

だがそれでも、今は踏み止まった。

彼らはまだ子供だ、既に戦争を経験しているが、この手の話はまた異なる。





「………さて」





取り敢えず話はまとまった。

明日の会合に出す作戦案としては、形は整っているものだろう。

もっとも、また例によって打ち明けられない事実というものが、重要な鍵となっているのだが。

夜も遅く、クリスとエクターは帰宅した。

借家に残されたのは、彼とクロエ、フォルテ、グラハムの4名。

話し合いが済んで静かな夜の時間を迎えている。

日付が変わるまで、後数分といったところだ。





「………この作戦、もし通ったら」





エクターの基盤にアトリが加筆をした、新たな作戦案。

この場にいる三人も納得したうえでの話。






「………別動隊へは、この4人で行きたいと考えている」



「分かっています。アトリ」



「だよねぇ。しょうがない、付き合ってやるよ」



「俺も承知の上だ。それに、もうこれ以外尤もらしい手は無いだろう?」





――――――――――――――!!








皆が、アトリの方を向いていた。

その眼には決心の色が、その表情はどことなく穏やかな。

そして、一同既に決意を表したかのように、続けて言葉を発している。

思わず、驚いてしまった。

今の彼の顔は、素顔に近い目を点にしたような驚きの顔だったのかもしれない。




「なぁ、アトリ。色々と考えてるようだけど、こういう時こそ気を楽にできる能力が重要なんだぞ?」




「………?」





クロエがそのように言う。

突然何のことだろうか、などと思いながら、アトリは話を聞き続ける。








「これは戦いの前だから、追い詰められた状況だからっていうのは関係ない。人間、いつも張り詰めた空気感持ってちゃ、いざって時にどうにもならないもんなのさ。あんたが内に何を秘めているのか、無理に聞くことはしないけどさ。もうちょっと、楽って言葉を知ろうや」



「………」



「その通りです、アトリ。それに加え、私たちは数少ない秘密を共有し合える仲だ。何も、貴方だけが何歩も先に進むことはない。私たちは、皆アトリの味方なのですから」




「………正直、ちょいと悔しいぜ、俺は。なんだかお前一人で色々と背負わせてるみたいになっちまってよ。いや事実そうなんだろうが………大事なことでも、なんでもないことでもいい。一人でばかり考えないで、もっと俺らを頼ってくれ」








――――――――――――それは、彼のあの話を聞いた、彼らなりの言葉だった。





人々があたかもそれが当たり前の本人であると決めつけた、「偶像」。

その正体を、彼らは知っている。

それが誰であるのかなど、考えるまでもない。

人々はその事実を知らないが、彼らはその内面を知る機会が幾らでもある。

だが、彼はそれを閉ざす傾向がある。

………というのは、もう全員が分かっていることだ。

彼の今までの生き方が、自らを輪に入れないで勝手に除外するというものだったから、

やはりその生き方が染みついてしまっている。

もう、それを直すことは出来ないのかもしれない。

だからこそ、彼を支えてあげられる存在が、一人でも二人でも三人でもいる必要があるのだ。




フォルテは感じた。

あのような姿にまで至ってしまった彼に、どのような手を差し伸べてよいか分からない己の無力さを。


グラハムは考えた。

本当は誰よりも辛いはずなのに、苦しいはずなのに、それを封じてしまう彼に何をすべきなのか。


クロエは悟った。

たとえ変えられない人間性だとしても、今からでも遅くないこともあるのだと。






だが思う。

こう言ったとしても、彼は人を頼るということに、引け目を感じるだろう、と。

それが最善の選択肢だから、唯一の可能性だから。

そう信じながら彼は他人を頼る。

頼る一方で、計り知れないほどの罪悪と責任と重圧が彼を苦しめていることだろう。

だから、このように言ったところで、彼は変わらないかもしれない。




それでも、思う。

口にしなければ伝わらないこともある。

形にしなければ得られないものもある。

それは、生きていくうえでとても大切なことなのだと、教えてあげる必要がある。

一度も踏み外すことなく、走り続けた。

何度も落ちそうになって、転びそうになって、諦めかけたこともあっただろう。

それでも、ここまで走り続けた。

もう、誰にもこの路を止めることは出来ない。

だからこそ、だからこそ、これ以上の手遅れにさせるべきではない―――――――――――――。




恐らくは、彼の自らを示したであろう瞬間を、目の当たりにした三人。

それを前に、彼らとして思ったことを、彼に言葉の形にして伝えた。




対し、彼は。






「ありがとう。どんなに辛くても、今は戦わなければならない時だ」








静かに、

少しだけの笑みを以て、そう応える。






………。






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