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Broken Time  作者: うぃざーど。
第4章 時間(セカイ)の歯車
130/271

4-18. 必要な“犠牲”





「っ………!」




「………」





主戦場とは離れたところで、別の戦闘が発生している。

誰も見る者はいなかったが、その戦闘は人間らしい泥沼な戦いの域をはるかに超えている。

ベースキャンプを防衛する形で前面に展開するマホトラス軍と、その離れのキャンプ横でたった二人だけで戦闘を行う状況。

本当ならすぐに味方の援護に向かいたいところだが、この男を無視する訳にもいかない。

何故なら、今彼が対峙するマホトラス軍の一人は、軍の中で誰よりも強い、というよりは誰も到達することが出来ない領域で戦闘を行うことが出来る人だからだ。

その相手には、それに相応しい能力を持った人がしなければならない。

アトリは頼れる味方であるフォルテを傍から離して、一人でこの男を相手し始めた。

その方がアトリにとっても都合が良かった。

味方の援護をしなければならない状況ではあるが、この強敵を野放しには出来ない。

二人で相手をすれば、いかに長刀使いとはいえ苦戦を強いられるだろう。

だが、その間に味方部隊が敵兵士に殲滅されては意味が無い。

もとよりこの作戦は前哨戦だ、ここで多大な犠牲を出す訳にはいかない。

フォルテが周りの兵士たちの援護をしに行けば、状況は好転していく。

そう信じて、アトリはこの男の足止めをすることにしたのだ。





「チッ………!」




「………!」





アトリは今までの戦闘の中でも、長い刃を持つ剣の兵士と戦ったことは無かった。

武器の間合いが広いという意味では、あの魔術師である槍兵と対峙したことはある。

だが槍と剣ではそもそもの原典が異なるのだから、戦い方も変わる。

二人の男は静かに、だが剣戟は激しく交わしていた。

剣と剣がぶつかり合うと火花を散らせ、お互いの闘志も熱く燃やしていくようだ。

静かに燃える長刀使い、リッター。

その剣戟は間合いの広さ、長さを生かした攻撃の連続。

剣の根元から切っ先まで、あらゆる部分を駆使された自在な攻撃手段は、アトリの攻めを容赦なく打ち砕く。

彼は自分が焦っていることに気付いている。

普段は相手の攻撃を防御しながら、その隙を突いて素早い一撃を加える。

だが、今この場の戦いでは、攻撃主体の剣戟ばかりを繰り出している。

相手は容易に弾いてくるし、こちらの攻撃は身体に直撃する手前で何とか防ぐことが出来る程度だ。





手強い相手だ。

全く敵わない訳では無いが、しかし………。





この時、二人の戦いは真っ当な剣戟の打ち合いに発展し、

明らかに目に見える魔術を行使する戦闘ではなかった。

アトリは相手方の様子を窺うために、魔術の行使を控えている。

だが、明確な魔力を相手から感じ取ることが出来ている。

同じようにこの長刀使いも、アトリの内なる魔力に気付いていることだろう。

お互いに魔力による身体機能の強化は施していても、魔術の行使はしていない。

故に、両者とも真の実力が示されていない。

とても拮抗しているとは思えないが、もしこの状況で相手が魔術行使に踏み切れば、こちらもそれに反応せざるを得ない。

瀬戸際の戦いが強いられているようだった。

アトリが顔を歪めながら戦う一方で、どことなくリッターの表情は緩やか、というよりはこの戦いを愉しんでいるようにも見られた。

気を抜けばすぐに殺されるだろう、剣と剣のぶつかり合い。

二人が行うは命を奪う戦いだというのに、リッターには余裕すら見られる。




だが、それは相手の実力が分かった故に手を抜いた余裕ではなく、

本心でこの剣の打ち合いを愉しんでいるのだ。





「見事だ、少年。これほどまでに腕の立つ者がいながら、ウェールズはそれを活かしきれていないのだな」





激しい剣戟だった。

何度も左右、上下から繰り出される剣の一撃を防ぎ、また攻撃しての繰り返し。

長い間合いで懐に届かないことへの焦りを感じながら、アトリは長い剣に防御ばかり展開していた。

そうして数度打ち合った末に、鍔迫り合い。

鉄と鉄が犇めき合う音が強い刺激に感じられ、それをお互いに振り払って間合いから離れる。

すると長刀使いのリッターはそんなことを言いだしていた。

これまでの打ち合いはただの剣術に体内の魔力で身体機能を強化させていただけのもの。

本当の実力というものをお互いに見てはいない。

ウェールズが彼のような存在を活かしきれていない、というのはアトリにも判断し難いものだ。

彼は上の立場に居ながら国を動かすような存在では無い。

ただ、自分がその立場に必要とされていたために、その立場に応えるために剣を振るっているのだから。




「それはそうと………お主の戦い目的は何だったかな」




「何故それを敵であるお前に告げる必要がある」




「これはこれは、敵と一括りにされ嫌われたか。それは構わないが、これはただの私の興味だ。良い、答える必要もないし、語る機会すら求めるべきではなかったな」




まるで誘い出すような口調。

自らの行為が愚かなものであったと言いながらも、その興味が失せることは無いという口ぶり。

アトリから見ても態々己の戦う理由を告げる意味はないし、それはリッターも同意していた。

だからこその私的な興味だったのだろう。

これほどの実力を持っていながら、国に何を期待し何を与えるというのか。

それがリッターの少年に対しての興味だった。

そのまま答えずにやり過ごすということも出来ただろうが、なんとなく歯切れが悪い。






「ウェールズを取り巻く戦乱を解決しなければ、いつまで経っても民たちは救われない。それを阻む者は排除するだけだ」





と、彼はそのように言った。

彼がそのように言うと、長刀使いは愉快そうな笑みを浮かべた。

それすら癪に障るものではあったが、これが相手の心理的な誘いだというのならこれ以上は乗らない。

だが、アトリが考えていたものと、リッターの考えとの間には異なるものがあった。

面白おかしく愉快気に笑っているように見えて、彼は確かにアトリの存在に感心していたのだ。

彼には与り知らぬところだが、アトリの話を巡って同じ魔術師である黒剣士ブレイズと話をしたことがある。あれは本当に自らの力で世の中の人々を護りたいと考えている、極上の偽善者だ、と。

その話をリッターはこの場で思い出したのだ。

ブレイズの妄言かとも思われたが、どうやらその話はあながち間違ってもいないようだ、と。




「なるほど。国に住む民の為に己の力を尽くすか、いやお主の目はもっとその先すらも見据えていることだろう」



「………」




「良いことではないか。人の力が世の人の為となる、馬鹿正直にそれを押し進めるのも悪くはない」





元より我らも、自ら国を興す者の体現者であるのでな、と彼に告げる。

面白おかしく笑いながらその考えを肯定しているが、彼にも分かったことがある。

この男は愉快気に話を聞いているが、その眼は一切笑っていない。

ただ一点の曇りも無く、まるで真実を貫き通す眼のように、自分の方をにらみ続けている。

国の兵士である以上、国の為、または国に暮らす民の為に尽力することは当然と言えるだろう。

兵士と言う立場であるのなら、そのために働くことはごく自然なことだ。

しかし、リッターは同時に告げる。

お前の目はもっと先を見ている、国に留まらず。

だってそうだろう。お前の今までの立場が、どれほどな効力として国に還元されてきたか。




「『死地の護り人』、私もその噂は聞いている。東西南北問わず、人々の窮地を救うために、争いの大本を排除し大勢の人々を護り続けてきたという話………それは、国からの指示か」




「………半々だ」





ほう、とリッターはつぶやく。

半々、つまり死地の護り人を動かす要因は、国でもあり己でもある。

リッターはそのように読み取ったが、それはまこと事実だ。

半々という表現は誤解を招きやすいが、目的を執行するうえでの経緯からするのなら、国が彼に与えた仕事と、彼が自らこの理想を掲げて突き進むことは、死地の護り人になる経緯として半々のものとなる。

国に対する思いと窮地に陥った人間に対する思い、そのどちらが強いかというのは聞かれていない。

ただ、国からの命令と自らに課した義務と、二通りの答えがあって半々であると言っただけのことだ。

おかしなこともあったものだ。

敵と何故このような話をしなければならないのか。

ただ、間合いから外れて少しの間が空いたというだけのことなのに。

そしてここで、彼は自らの行為が外部に知れていることに気付く。

薄々感じていたことではあるが、王国から派遣される少年兵士が、王国領外の幾つもの村や町で戦に助力し、要請のあった者たちをその窮地から救い護ったという話が、マホトラスにも知れている。

ということは、恐らく普通の兵士たちもその存在に気付いている人もいるだろう。






「何故そこまで人の為になろうとする」




「………決まっている。戦いさえ無くなれば、人々は平和に、幸せに毎日を過ごせるだろう。何の関係もなくただ動乱に巻き込まれて死にゆくだけの運命など、俺には容認できない。なら、それに対抗する手段を実行することで、そんな悲劇を回避できるかもしれないだろう」




そのためには、戦いの根源となるものを倒さなければならない。

この戦争で言うのなら、マホトラスとウェールズ。

自分が所属するのはウェールズの方だ。

ウェールズの国民に危機が迫り、窮地に陥っているというのなら、そうさせている対象を破壊するしか他に手が無い。

人々は戦うことでしか、争うことでしか自らを正当化することが出来ない。

それが世の常なのだから、それ以外の方法で効果を得られないのだから、たとえそれが不条理でどんなに醜い手段であったとしても、その方法を頼るしか他にない。

故に、目の前にいる人間は、明確な“排除しなければならない敵”だ。





「なるほど理想を掴むその手も心すらも、孤高なる戦士な訳だ。結構、それならば大いに自らの力で理想を掴むが良い」





先程まで見せていた愉し気な雰囲気は、その言葉によって一瞬にして消え去った。

突如訪れた空気感の違いに、アトリはすぐに剣を構え直す。

対峙する長刀使いもまた、剣を構え直す。

今、この男の表情は実に堅い。その裏の心情はどのようになっているのか。

だが、訪れた空気は男から発せられているもの、しかしそれは先程まであった明確な殺意ではなく、揺るぎのない“否定の意志”だ。





「お主は己の力を信じてこの先も理想を貫くことだろう。だがその末に、お主が手に入れるものとはなんだ?」



「何………」



「善の為、人の為に尽くし、その果てにお主はどうなる?それを、一度でも“本気”で考えたことがあるか?」









――――――――――――一度でも“本気”で考えたことがあるか?






彼が死地の護り人として、その理想を体現した後のことを言っている。

周りのことではない、彼自身のことだ。

もし彼が思う通りに、これからも国の為に尽くし、この大陸の人々の為に尽くしたとする。

それでどうなる?

戦いが終わって平和な時が訪れた後は、どうする?

理想の体現を目指す者として、その後の自らを本気で考えたことが一度でもあるかと、男は問いを投げる。

彼は、いつか彼女に言われたことを思い出す。






「己が理想だ。私がここでとやかく言うよりも強固に、貫き通してきたものがあるだろう。だが、それは終わらせられるものなのか?………そんなことでは」








――――――――――――いつか“君”は、この世界に滅ぼされるぞ。







刹那。

沈黙の構えを貫いていた男の剣が、身に纏う和服と共に靡いて風のように吹き荒れる。

どういう風の吹き回しか、ハッキリと聞こえたその言葉を考える暇もなく、アトリは迎撃に転ずる。

世界に滅ぼされる?世界に利用される?

………前にそのようなことを聞いた。

際限のない飽くことの無い戦いだ、と。

それを終わらせるために戦っているのだし、そのためには目の前の戦闘を終わらせなければならない。

そうしなければ、いつまで経っても人々が救われることはないだろう。

人々だけでない、戦っている兵士たちも、ここに集まった義勇兵たちも、かつての時間を取り戻したいはずだ。

故に、争いは回避できないし、必ず通らなければならない路だ。






分かっている。

そんなことをしても。







タタカイガオワルコトハナイ。

イツマデモ、コノラセンメイキュウハツナガッテイク――――――――。








そんな、自分でない自分の声を聞いた気がする。




「っ………!?」




変幻自在とまではいかないが、間合いの広い長刀を操り人形のごとく扱う手腕は、

他の兵士たちとは違い卓越した技量だった。

先程よりも一段も二段も上の実力を見せつけられているようだ。

それは、言うなれば剣の嵐。

暴風となって剣が間合いを侵食していく。

彼が持つ固有の間合いを潰し、削り、それは本人にもあらゆる衝撃で伝わっていく。

最早アトリの剣は防戦一方。

立ち向かうどころか、後退しながら攻撃を防ぐことしか出来なくなっていた。

考えている暇などないくせに、男の言葉が何度も脳裏で再生される。

そんなことをすれば、いつか国に滅ぼされる。

それがリッターという長刀使いの魔術師が察した、少年アトリの末路だ。

人々の為に戦うことは良いが、自分の為にというごく当たり前な要素が欠落している。

だが、リッターが思ったのはそんなことではない。

そんな生き方を自らに課してきた少年に、何ら導くことをしなかった国そのものに対しての否定。

民は国を支えるだろうが、国は民を導くことをしない。

頼れるものには頼り切って、使えるものはどんなものでも使う。

それが国に還元される良きものであるのなら、尚更酷使する。

言い方はどのように丸められても、その真意だけは剥き出しの愚かな事実だ。

死地の護り人となった少年の理想や信条が愚かで浅はかなのではなく、それを従えているはずの国が愚かで浅はかなのだ、と。

アトリには語られなかったが、内心でのリッターの気持ちはそのようだった。

故に、これほどまでに達者な手腕を持つ者がいても、活かしきれていない。

いずれその未来が来た時に、後悔することになるぞ、と。




「くっ………」




美男子の剣は留まらない。

抑えられることを知らない暴風の剣。

広く長い太刀筋から放たれる一撃は、右に左に。

一撃一撃が正確で、素早くて、回避することは困難。

防戦ですら危うい時があるほどに、吹き荒れる嵐は敵であるアトリを飲み込んでいく。

しかも驚きなのが、この男はその嵐の剣戟を殆ど素の力で行っているということだった。

アトリが彼の魔力の残滓を感じるように、確かにリッターは己の魔力を利用して凄まじい攻撃を繰り出していた。

だからといって、彼は一度も魔術行使を行っていない。

魔力を感じることの出来る魔術師以外は、魔力を媒介に身体の機能を強化していることに気付かない。

つまり、他の人から見れば素の技量、力量で圧倒しているという認識になる。

それにしても、この暴風はあまりに激しく防ぎきれるものでもないようだ。




そう判断してからの、アトリの行動は早かった。

後退しながらの防御だったが、アトリは好き好んで主戦場から離れた。

人目につかないところであれば、彼にだって対抗する策はある。

たとえこの男にどのようなことを吹き込まれたとしても、この男が敵であることに変わりはないのだ。

言葉が何度も蘇るのだとしても、考えている暇など今は無い。

ならば、敵を討つという本来の目的を果たす。

行使するために必要な条件を揃えているのなら、それを使いこなすまで。





「………」





「ん………」






男が、少年の僅かな異変に気付いて、彼の間合いから急速離脱する。

アトリとの剣戟の最中、その剣ごと相手を押し出すと、アトリは靴底を滑らせながら構えた体勢のまま後退する。

男が間合いを取ったのは、こちらの行使に気が付いたからだろう。

その瞬間。

アトリが両手で持ち構えるその剣に、あり得ない現象が伝わる。

両腕から走るように稲妻が駆けて行く。

一時的に周囲の光の中心が、その腕と剣にもたらされたようなものだった。

一瞬だが剣が発光し、稲妻が勢いよく迸る。

それで魔術行使は完了だった。

魔術鍛錬を受けている時とは比べ物にならないほど、行使が早くなっている。

はじめは魔力の波を安定させるのに数分と掛かっていたのに、今となってはスイッチ一つ押す程度の簡単な作業と化していた。

それが、アトリの身体機能の根本を大幅に強化させるに至った、内なる魔力との順応である。





「っ………ふん」





それを明らかな魔術行使だと判断し、それでも男は一息つき、笑って見せた。

本能から生まれ出る笑み、目の前の敵が魔術師の素養がある好敵手であることを認識し、

再び剣を構え直す。

その刹那。再び暴風が吹き荒れる剣戟。

更に一段階上の技量に至ったか、風が音を鳴らしながら近づいてくる。

アトリが施した魔術は、剣に対しての強化魔術。

防御型の魔術師が行使できる、物体への強化だ。

もっとも彼の場合はこの型の適性が曖昧であるために、最良の魔術行使とはならない。

それでもこの状況で戦いを継続するうえでは、充分すぎるほどの効果だ。

剣の強度を硬化しつつ、剣そのものの重量を軽量化させる。

二重の魔術行使を一度の作業で、高速で具現化させた。

それに対し、あくまで男は魔術の行使はせず、己の剣で戦うという意思だった。

アトリは相手との戦いを有利に進めるために、必要と思われる手段を取った。

アトリは魔術を行使し、リッターは己の剣戟で戦う。

対等な勝負、一騎打ちという形式では互いに不平等な状況となったが、それもリッターは受け入れていた。

それで、この少年が全力で自分の剣と打ち合ってくれるのならば、と。




もとより、この長刀使いの美男子は、

弱者を一方的に斬り捨てるだけの戦いよりも、

こうして骨のある好敵手と呼べる相手との戦いを望んでいた。

あの城から命令を受けて離れる前にも、この少年との対峙を希望していた。

どういう偶然か、ここでその希望が叶っている。

一方的な虐殺など彼の好き好むものではないが、このように誰かと死闘を繰り広げられるのは、

己にとって誉れであり本懐だ、と自らの心が全身に告げている。





「どうした。こんなものではないだろう………もっと己の(つるぎ)を示せ………っ!」




「くっ………!!」






他人から見れば、あのような攻防人が成せる業とは到底思えない、とでも言われたのだろう。

アトリが魔術を行使してからは状況が一転し、一進一退の攻防が繰り広げられるようになった。

リッターの鋭く強い衝撃を持った一撃を、更に硬化した剣で受け止めては、軽量化したその剣で相手の懐に突き刺す。リッターはその攻撃に反応し、アトリの攻撃を回避して再び攻撃を繰り出す。

そのような攻防がひたすら繰り返された。

今の二人には、周囲の状況が上手く入って来ない。

戦っている位置が主戦場から離れているという現状もあるが、それ以上に目の前の剣戟が収まる気配が一向に感じられない。

だが、その最中でも、リッターはアトリに対しての疑問を浮かべていた。

魔術行使によりその剣を強化したことは分かる。

しかし、それ止まりだった。

それ以上の魔術を行使することは無かった。




否。

“強化”による魔術しか、行使できないのか………?

やがて剣士の疑問はそこへ行き付く。





ここは人目につかないところ。

主戦場からはある程度離れている。

魔術行使には程度の条件が整っているが、アトリは剣に対しての強化以外には行わない。

これならば自らの剣でこの少年を押し通すことも出来るが、そうなれば本性を表すだろうか。

などとリッターは考えていたのだが、結局最後までアトリはあからさまな魔術行使をすることはなかった。

真実が明かされることは無いが、リッターの読みは殆ど当たっていたと言って良いだろう。

この場では剣のみの強化に留めたが、アトリは人目につくような魔術の行使が殆ど出来ない。

魔力弾などは明らかに不審なものであるが、彼の主だった魔術行使は己の身体か物体に対して行使されるものだ。

戦場に魔術師がいないのであれば、感知されることも無いし怪しまれることも無いだろう。

あまりにも無理な動きをしない限りは。

激しい戦闘の末、再び両者の間に広い空間が生まれる。

リッターの長刀高速剣技がアトリの頬を掠めようとしたところ、彼が後ろに飛び跳ねながら構え直したからである。






「………これ以上は無理だな」



「………なに」



「この一騎打ちでは無い、我らが軍勢がこれ以上は持ち堪えられんと言ったのだ。お主らの目的がなんであれ、犠牲は出来るだけ最小限に食い止めねばなるまい」





その気なら、この一騎打ちは続行されるだろう。

だがそれはアトリもリッターも望むものではなかったのだ。

戦闘に間合いが開いた為に、二人は戦況を空気から肌で読み取る。

魔術師が身に着ける状況分析。

確かに戦闘の時間は長引いてしまったが、それでもウェールズ王国軍が優勢の立場となっていた。

それを読み取ったリッターは、ここで手を退くと言った。

逃がせば再びこの男と戦わなければならない。

だが今はこの男に勝てる見込みは、正直あまり無い。

そう判断したアトリは、それでも相手が自分たちの敗北を認め撤退するというのだから、無理に追撃して逆撃を受けるのも良くないと考え、剣を下ろした。





「アトリ殿。敵が言うのもおかしなものだが、自らが尽くす国家とはどの程度の存在なのか、もっとよく見極めると良い。その信念は持ち続けるべきものだろうが、果たしてお主の信念が今の国家を相手に釣り合うかものかどうか。それを判断するのは、当事者たるお主の仕事だ」





長刀使いリッターは、

殺意や否定の意を大いに示す強敵ではあったが、

不思議とそこに「敵意」を強く感じられなかった剣士だった。

彼はアトリにそう告げると、剣を持ちながらまるで風に乗るようにこの地を駆けて離脱して行く。

風に靡く和服や髪、そして遠く行く背中を見ても、アトリは追いかけることが出来なかった。

魔術師であることに変わりはないし、敵であることにも変わりはない。

排除されなければ目的が果たせない相手だと言うことは分かっている。

だが、同時にこうも思う。

敵の魔術師にも、こういう男がいるのか―――――――――と。





「………」





結局、この後すぐにアトリは主戦場に戻っていくが、

既にマホトラス軍の撤退が進んでおり、あのリッターが殿を務めているようだった。

そこでも絶対的な技量を発揮していた彼は、追撃しようとするウェールズ王国軍の兵士たちを斬り倒し、

追撃の戦意を完全に喪失させてしまった。

司令のバーグマンも追撃することを諦め、戦線を縮小させることにした。

幾人かの剣士とあの長刀使いが暫くは持ち堪えていたが、それからは離脱する一方だった。

この土地には大した価値は無いが、それでもウェールズ王国の固有の領土であることに変わりはない。

作戦は無事に完了した。





「アトリっ!………無事でしたか」




「ああ、フォルテ。ありがとう、味方の援護をしてくれて」




「い、いえ………私こそ申し訳ありません、傍を離れてしまい………」




「それは良いんだ。俺が指示したことだからね」





指示通り、フォルテはアトリのもとを離れてから、クロエと共に兵士と義勇兵たちを援護していた。

義勇兵たちのぎこちない戦いを横から割り込む形で、フォルテが強襲する。

獲物を狩る動物という意味では横取りを意味するのだが、この戦争では寧ろ有用な手段だ。

彼女はこの戦いで幾度となく味方兵士の窮地を救った。

戦闘経験のない者たちにとって、訓練と実戦では異なるものが多い。

実戦と言う意味では、フォルテとて戦闘経験は殆どない。

だが、それでも彼女は他の兵士たちよりも圧倒的な力量で戦闘をこなした。

アトリ、クロエ、フォルテの三人が敵にとって明らかな脅威と映ったことだろう。

彼女はアトリの傍を離れて味方の援護をしたことに対し、アトリへの申し訳なさを感じていた。

それを含んでの詫びだったのだろう。

しかしアトリからすれば、フォルテの力が無ければ状況は早く好転しなかっただろうと考えていた。

彼女が一人の兵士として器用に動けるというのは、軍全体としても有用的だ。

たとえ魔術師が相手になったとしても、他に援護が出来る人がいる状態を築いておくのは便利でもある。





「ふ、フォルテ様っ………先程はありがとうございましたっ!!」



「えっ………?」





背後から、突然そのように言われて思わず驚いた彼女。

振り向くと、若い青年の義勇兵が直立していた、あまりにも姿勢よく。

顔面には泥がついており、決して綺麗とは言えない。

しかしそれも戦った証の一つなのだ。

傷ついても生還しているということ、そして目の前にいた男はその機会をフォルテから得たのだ。





「俺もその、お礼が言いたくて!」



「私もです、フォルテ様。おかげでなんとかここまで生き残れました………っ」






おやおや、とアトリが呟いているうちに、

フォルテによって助けられた義勇兵、兵士たちが皆、彼女のもとに集まってきた。

皆それぞれがお礼の言葉を言いたいようなのだが、言葉が錯綜していて彼女には上手く聞き取れていない。

その様子が訪れたところで、アトリは後ろに下がってその様子を少し離れて見届けることにした。

どうやら、今ここに集まった人たち分の仕事はしていたようだ。

アトリが何も心配すること無く、彼女はこの場において必要な行動を取っていたのである。

自分はリッターという魔術師である剣士と対峙していた為に、周りの兵士たちを援護することは出来なかった。

もっとも、魔術師の行動を阻むことで、部隊全員への援護をしていたことになっているのだが、そう思っているのは魔術師の存在を知るクロエとフォルテくらいなものだ。





「大したもんだね、ありゃ」



「ん?」





アトリの隣に、バーグマンとクロエがやってくる。

いつの間にか全方位囲まれてしまっていたフォルテだが、もう感謝の言葉の嵐というよりは、彼女本人のことを知りたがる兵士たちの集い、というようになってしまった。

まぁ、たまにはこういうのも良いだろう。

せっかく戦いに勝ったのだ。しかも、久々の勝利。

たとえ状況がこちらに傾いていたとしても、勝利は勝利。

マホトラス軍に楔を放つことは出来た。本題はこれからなのだが、今は勝利の余韻に浸っても良い。

クロエがそのように言うと、アトリが疑問の表情を浮かべた。





「あれで戦闘経験が今までなかった、というのが不思議だよ。でもまぁ、それは置いておき………やるじゃないか。お前の彼女」



「っ………!?」



「あぁそうだなぁ、私から見ても素晴らしい動きだったぞ!もう何も心配いらずだな、ハハ」




クロエが脇腹をひじ打ちしてくる。

彼女の笑みがとても不敵なもの、というより根から怪しい。

まるで便乗するように、それでも正当な評価をバーグマンも述べていた。

この戦いでフォルテは味方の人間からの理解を得られた。

アトリ同様、必要とされる戦力という認識を生み出すことが出来たのだ。

しかもその兵士は、美貌で人となりも穏やかで優しい。

お前、他の奴に彼女を取られる前に、早いとこなんとかしなさいな、などと横やりを入れてくるクロエ。

そもそもその表現方法に疑問を投げかけたい。

確かにフォルテは良きパートナーであるが、“彼女”とはなんだ、と。

ひじ打ちをしてくる腕を掴んで、その拳を自分の手で思いっきり握る。





「痛痛痛痛痛っ!!分かった分かったから!!」



「分かればよろしい」



「ハハハハッ!!」





若い者たちは盛んで良いなぁ、などと口にしながら笑うバーグマン。

全く、この人たちは………と思いながらも、とにかく戦闘は終わったのだ。

まだ第一幕でしかないこの戦い、それでも無事に勝利が得られたというのは喜ばしい結果だ。

一方で、考えなくてはならない。

この戦争でも、これから続く戦いでも、味方に犠牲者は出続ける。

いかに犠牲者を少なくする、と考えても、戦争なのだから死にゆく人々は必ずいるのだ。

戦いでしか争いを止めることは出来ないし、人々を助けることも出来ない。

それが世の理だ。

それに従いながら理想を追う者として、この結果が勝利であったとしても心から喜ばしいものではない。

誰一人欠けることのない勝利など、絶対にありえないと分かっている。

そして同時に、幾つかの犠牲を無くして理想の体現など叶えられるはずもない、と分かってしまっている自分(アトリ)がいた。





「………」





深く溜息をついた。

深呼吸という名の一方的な吐き息。

何はともあれ、今はこの結果を次に繋げなければならない。

そうしなければ、亡くなった者たちに何と顔向けが出来るだろう。

“必要な犠牲”を乗り越えて、次なる過程と結果へ。





この、螺旋迷宮を更に繋げていくしか、

今は方法はないのだ。






………。





4-18. 必要な“犠牲”





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