4-17. 死地での激戦(Ⅲ)
「ところで、クロエはどんな魔術を扱うんだ?」
ウェールズ王国軍の部隊がカークス町を出撃してから、二日が経過した。
既にマホトラスとの境界線間近。
あと数時間というところで、作戦開始時刻を迎える。
今は時間調整のために、出来るだけマホトラスに気付かれないよう距離を離している。
だがそれも時間の問題、その時を迎えれば一気に戦闘になだれ込むだけだ。
戦闘を前に、兵士たちも緊張の色を示している。
それは、上士の立場たる彼らとて同じことだ。
アトリとクロエ、そして傍にフォルテがいるが、彼らは少し離れたところでそのような会話をしていた。
クロエが魔術師としての素養があると知った時には驚きだった。
だが、彼は彼女が魔術師となった経緯をまだ知らない。
今知るべきことではないのかもしれないが、せめてクロエがどのような魔術を扱うのかを知っておきたかった。
「私かい?んー悪いが期待はしないでもらいたいね。少なくとも本領発揮は出来ないさ」
「それは何故?」
「あんたみたいに人目につかないって訳にはいかないからに決まってるだろう?」
アトリの場合は強化魔術、防御型の行使により普通の人には見えないところで、武器や身体の強化を行うことが出来る。
特に武器の強化は非常に役に立つものだ。
魔術行使を悟られないままに、剣を硬くしたり軽くしたりすることが出来る。
それも相手に魔術師がいれば話は別だが。
一方、クロエの行使できる魔術は明らかに人間の手によるものでないものだと見えてしまうものらしい。
クロエはその詳しいところを明かさなかったが、彼女の魔術は剣に付加価値をつけるものだという。
アトリも同じように剣に強化という別の価値をつけることが出来るが、彼女の場合はそれとはまた違う。
強化であることに変わりはないのだが、彼女の魔術の型が攻撃に特化したものであるために、アトリの強化とは攻撃力が段違いになる。
そのため、大衆に己の魔術を晒すことは不可能だ、という。
とはいえ、他の魔術師が今回の戦闘で行う、自分自身の内なる魔力によって己の身体の機能を高めることは可能だという。
クロエの場合は基本の戦闘能力が他の兵士たちに比べ格段に高いために、その必要があるのかどうかも疑問ではあったが。
「しかしまぁ、珍しいね。適性が分からないのに防御魔術が行使できるなんて」
「初めて聞いた時は、俺もそう思ったさ」
そう。
時に思い出すが、彼は魔術適性がいまだに不明なままだ。
フォルテ曰く、アトリの魔術行使が防御寄りのものであることは分かっている。
防御魔術の一部が行使できるのもそのためだろう。
だが、アトリの真の魔術行使というのは、いまだ分からないまま。
攻撃であろうが防御であろうが、本人にとって最も都合の良い適性が分かっていれば、その適性に沿った魔術行使が最も効力を生み出すだろう。
だがアトリにはそれが無い。
そのため、他の魔術師に比べれば“魔術戦”では劣るだろう。
魔術での打ち合いにならなければ良いが、と思わなくはない。
「だが、それでもこの力に頼れるのならそれで構わない」
「………ふん、そうか。まぁ無理しないようにやりなよ」
もう彼は魔術の力を身に着けてしまっている。
今更どうこうなるものでもない。
その力を手に入れたが最後、彼は己が目指すもののために力を振るうだろう。
今回はある意味その実戦機会とも言える。
人の眼に見えない魔術を行使することが出来る防御型の魔術で、彼はどこまで戦闘をこなすことが出来るか。
実戦を通してその使い勝手を理解していけば、更に彼は魔術を深めることが出来る。
そうして、今までになかった力を手に入れてもなお、更なる力を身に着けることだろう。
だが、相手の魔術師との遭遇も確かに気を付けなければならない。
もし、本当に魔術のぶつかり合いなどというものが発生した時、
果たしてアトリはどう行動するのだろうか。
それを注視する必要がある、とクロエは感じていた。
作戦時刻がすぐ近くに迫る。
右翼と左翼とで分かれた部隊ではあるが、そう大勢の人がそこに居る訳では無い。
そして兵士たちと一括りにしても、その経験は皆バラバラなのである。
アトリのように幾多の戦場を越えてきたものは誰もおらず、
司令官のバーグマンでさえマホトラスを相手とした戦闘は経験したことが無い。
義勇兵のみならず、カークス町の駐留部隊でも戦闘未経験の兵士は多い。
必然的に兵士たちの緊張は高まり身体は硬直するかのように鈍くなっていく。
それを補う意味でも、魔術師が配置されている。
無論この事実を知る一般の人は誰一人いない。
既に部隊は境界線の領域に接触しており、今部隊の全員は周囲に広がる木々の中、薄暗いところに隠れていた。
木々の間から先を見れば、5分とかからない位置に境界線を防衛するマホトラス軍のベースキャンプが見えている。
都合よく森に似たこの場所があったために、至近距離まで近づくことが出来ている。
だが、この木々から飛び出せば、すぐに戦闘は始まる。
境界線への攻撃は、あらかじめ偵察として派遣した兵士から報告を受け、最も敵兵士の駐留の多い場所を狙っている。
境界線付近で最も兵士が多く駐留しているのは、左右に広がる境界線の中でも中央部に位置する町だ。
だが、その町へは左翼と右翼部隊がそれぞれ挟撃する形で侵攻する計画が立てられており、今回彼らのいる位置では無い。
それでも敵の数が多いところに戦闘を仕掛ける意味は、後々自分たちの退路を塞ぐ戦力を残さないためである。
「後方に伝達しろ。前が突撃し始めたら続くように、と」
「はっ」
「さあて………戦が始まれば待ったなしだ。久々の実戦になるな」
今は表情も身体も硬い兵士と義勇兵たちだったが、戦い始めれば鼓舞することだろう。
アトリの隣にやってきたバーグマンはそう話す。
それはアトリにも似た経験がある。
特に、死地の護り人となる前、死地で人々を救うための戦いが起きる時には、よく身震いするような思いをした。
だがそれは戦い前の硬直、極度の緊張感というものであって、いざ自分が剣となればそのような硬直も晴れていた。
もっとも、今はそれを感じることも無くなってしまったが。
「久々の実戦?………いつ以来ですか?」
「そうだな、カークスより遥か南東に王国領を脅かすごろつきがいてな。強奪を繰り返して生計を立てる奴らだったが………なんでも規模が百人以上ときた。だから、俺と幾人かの上士がカークスから応援に出て、南東の駐留部隊と共闘したって話さ」
「………なるほど」
決して戦争だけが人々を脅かすものではない。
人の世が維持されるために必要な秩序、それを乱し好き勝手に生きる者もいる。
元々カークス町の駐留部隊の目的は、確かに領地の防衛というものもあるが、王国領の内陸に位置するこの町が別の勢力に攻撃を受けることはまずない。
そのため、彼らの目的は部隊の維持、領地の防衛のほか、町の治安維持というのが主だった。
治安維持のために、彼らは秩序を乱す者を取り締まった。
それは戦争とは程遠い争いにして、戦争と同じように人々の暮らす世界を脅かす争いなのだ。
同じように、カークスより遥か南東にある町、王国領の領土境界面に属するその場所でも、秩序を乱して強奪を繰り返す者たちが大勢いた。
バーグマンはその者たちを武力によって制裁する者として駆り出され、そして幾度かの戦闘を経験したという。
根本は異なるが、敵を相手に戦うという意味では戦争も治安維持も似たようなものだろう。
「アトリ殿の方が戦闘経験はある。だからといって大きな責任を感じる必要は無い」
「え………?」
「いや、確かに兵士を導かなければならないのは事実だが、それでアトリ殿本来の力を削いでも困る。責任とかなんとか、そういうお堅いものは程々にして、目の前の敵に集中してくれ」
そう言うと、バーグマンは立ち上がり、目の前に広がる敵を視認する。
同じようなことを、王妃にも言われたのだと、彼は思いだす。
自らの立場は確かに他の兵士たちとは違う。
その責任を果たすことも考えなくてはならない。
だが、今はそれ以上にしなければならないこともある。
「………はい」
――――――――――――明確に定められた、敵を討つ。
「全部隊、準備完了」
「ようし!………続け!!!」
僅かな時間だった。
この世界の時間の流れからすれば、ほんの一握り、いやそれ以下のものだっただろう。
戦い続けても休息は必要となる。
それは人の命のみならず、この世界を支えるあらゆるものにさえ必要なことだ。
そこに例外は存在しない。
だが、休息などと言っても根本は解決されないのである。
再び戦が始まれば、戦火が各地で巻き起こる。
たとえ人々の救済だとしても、戦うという手段以外に取るべき道が無いのなら、
崇高で気高き理想を掲げたとしても、待っているのは絶望と地獄だけだ。
終わりのない、飽くこともない、際限のない争いの中に身を投じる。
己の信じるもの、信じていくものの為に身を捧げる。
それを信じ続けるために、叶えさせるために、その代償を斬る。
「あれは………なんだ?」
「………ま、まさかっ………」
決して大軍とは言い切れないが、それでも境界線を防衛する部隊から見れば大部隊のように思えただろう。今までこの辺りにウェールズの兵士が現れることは確かにあったし、小競り合い程度なら実際に遭遇することもあった。
その危険性も考えることが出来ただろう。
だが、その時はあまりに突然だった。
彼らの前に現れたウェールズ王国軍は、まるでその部隊の規模が全軍か、と思わせるほどに押し寄せてきたのだ。
マホトラス軍のベースキャンプに鐘の音が鳴り響く。
その音は間違いなく敵襲を知らせる警報。
24時間体制で警戒をしている兵士たちも、キャンプで訓練や休息を行う兵士たちも皆、その音に反応してすぐに武装を施す。
全部隊の配置を待つことは出来ないし、間に合いそうにもない。
ウェールズ王国軍の部隊は相手の事情などお構いなしに迫って来る。
もとよりこれが戦争だ。
相手の都合など基本は関係ない。
敵を討つためならば、あらゆる選択肢を駆使して行動に移すのみ。
「リッター様、敵が来ました………大部隊です!」
「………そうか。馬に乗れる伝令を一人、至急本隊に連絡を」
アトリ、クロエ、フォルテ、バーグマンらの進軍してきた部隊に待ち構えるのは、リッターのいる防衛部隊だった。
長刀使いのリッターはマホトラスの魔術師の一人だ。
もっとも魔術師らしい風格でもなく、本人も魔術を多用するような人間では無い。
愛用する長刀を何より信頼する相棒として使いこなしている。
リッターはマホトラス軍の司令官ゲーリングにより、境界線付近の防衛部隊に派遣されていた。
左右、中央部の町と三つの主たる境界線防衛部隊がいるうちの、東側の部隊に支援に来ていた彼。
偶然か必然か、彼の内なる思いにあった“あの少年との戦い”の機会を得た。
もっとも敵が迫ってきたという時点では、あの少年がいるとは思っていなかったのだが。
リッターはすぐに伝令を派遣して本隊に襲撃情報を伝達するように指示をした。
だが、この境界線に対しての増援を望むものではない。
そもそも増援など頼んだところでここを防衛する意味はそうあるものではない。
それに間に合うものでもない。
ゲーリングには悪いが、はじめから“この位置”に執着する理由は何一つない。
伝令にここの情報の持てるだけすべてを持ち帰るように伝えた後、彼は。
「では、多少なりとも抵抗するとしよう。兵士はすぐに迎撃、それ以外の者はあるだけの馬をすべて使って撤退せよ」
「て、撤退………!?まだ戦ってもいないのに………ですかっ………!!」
「敵の狙いはここではない。無用な血を多く流す前に、我らも兵を退かせる」
――――――――――とはいえ、多少の時間稼ぎはせねば、あの男に怒られるのでな。
そうリッターは口にして、背中に背負っていた長刀の中身を取り出し、ベースキャンプから外へ出る。
必要な情報を持ちだし、戦闘と関係のない者たちは速やかに撤退させ、兵士は時間稼ぎを行う。
リッターはこの時点でウェールズ王国軍の狙いに察しがついていた。
態々境界線で周囲に大きな町や村がある訳でも無い辺境に攻撃を仕掛けてくる理由は、自分たちの戦力を削ぐことにあるだろう。
そうなれば、この戦闘はここだけで発生しているものとは思えない。
敵は境界線の防衛部隊各所に攻撃を仕掛けて戦力を削ぎ、少しでも“本隊”との戦闘で優位に進めようと考えているはずだ。
彼の推察は正にウェールズの狙いを射止め、看破していた。
本隊の戦力を見越して先に周囲の戦力を叩き、更に退路を塞がれるような事態を避ける。
リッターも敵の作戦を推察し、また感心していた。
今まで防衛してばかりのウェールズだったが、全くの知恵無しという訳でも無いらしい。
同時に思う。
敵に優れた戦術家がいるのであれば、ただ力で圧倒し続けてきた我らとて危険は大いにある、と。
「はっ!!」
「やっ!!」
マホトラス軍境界線防衛部隊は、ベースキャンプの前に布陣する形で、ウェールズ王国軍と対峙した。
少しでも駐留地にいる人間たちを逃亡させる時間を稼ぐためである。
数の差は辺境の防衛部隊ということもあって、ウェールズ王国軍が防衛部隊を凌駕している。
戦闘は始まったが、当初の行動予定通り長期戦となる可能性は低いと考えられる。
マホトラス軍からすれば、このような辺境の境界線地域にこれだけの部隊を配置してくるのだから、恐らくウェールズ王国軍全体の総数はかなりのものだろうという予測がたてられた。
リッターが指示を出した本体への伝令役も、後にそのように報告することになる。
願わくば、この境界線の防衛部隊が“本隊から分離した勢力”であることを期待するウェールズ。
この戦闘は数においてはウェールズが優位に立つという状況が生み出されているが、マホトラス軍の兵士たちとの間に力量差は無い。
相手はほぼ全員が戦闘経験のある兵士に対し、ウェールズの部隊は戦闘未経験者が多い。
数の有利さは戦闘経験者の少なさに掻き消されているようにも感じられる。
だからこそ。
他の誰にも打ち明けられることのない、魔術師の存在がカギを握る。
「………」
アトリは、静かに敵と対峙しては、呼吸のように敵の息の根を止めて行く。
他の兵士たちや義勇兵と違い、アトリは所謂“戦闘服”というものを身に着けていない。
義勇兵は特に重装甲の人が多い。
厚手の鎧を身に着け、人によってはヘッドヘルムを装着して戦闘に臨んでいる。
その考え方自体はとても正しいし、他の兵士たちもそれを見習うべきだと考えるアトリ。
剣の斬撃は、厚手の鎧であれば防ぐことも可能だ。
突き刺す攻撃に対しては無力だが、ただ振り下ろされるだけの剣戟なら、幾度かの攻撃は耐えることが出来るだろう。
一発で身体に命中して致命傷を受ける恐怖より、幾度か耐えられる重装甲の鎧の方が心持ち安心する。
だが、重装甲にすることは自らの動きを制限することに他ならない。
アトリはそれを嫌って、鎧という類のものは殆ど身に着けていない。
装着しているものと言えば、両手から肘まで伸びる厚手のアーマー付き手袋、両肘の関節には別個に防御の役割を持つプロテクター。
両膝から足首まで伸びる軽量のアーマー、同じように両肩にも軽量のアーマーが身に着けられている。
胴体は一切防護服を身に着けない。
鎖帷子などというようなものも、彼は一切持ち合わせてはいない。
他の兵士たちから見れば、明らかにアトリとフォルテ、そしてクロエは兵士らしからぬ格好をしているのだ。
兵士っぽくないということもあるが、他の兵士たちよりも統一感が無い。
捉え方は人それぞれだが、マホトラス軍の兵士たちは彼らが部隊の中心人物か、あるいはただ単純に装備を身に着けていない素人か、と見分け攻撃に向かう。
「ぐはぁっ!!?」
もっとも、安易に捉えたものは一瞬で斬殺される運命だ。
アトリのみならず、フォルテも己の剣を発揮する。
たとえ複数人に囲まれようとも、彼女の剣が破られることは無い。
同様に、クロエの力強く勇ましい攻撃の連続も、敵から見れば悪魔のようなものだ。
女性だと思って攻撃を仕掛ければ、あっという間に殺されてしまう。
軽装と性格と見た目に騙されてはならない。
「っ………」
「アトリ。周りとの距離が離れています。ここは一旦………」
「あぁ。分かっているが、しかし………」
出来るだけ周りの味方を護りながら戦いを進めるアトリだが、
それも万全に行えるというものではない。
常に敵から狙われながら、それでも味方を護り続けるという行為はそう簡単なものではない。
以前の自分に比べ、戦闘力と言われるものは格段に向上しているだろう。
だからといって戦争の勝手が都合良く変わることはない。
一の戦いに十の剣戟で迎える、というようにはならない。
素早く兵士たちを斬殺して他の味方に対する攻撃に対応するが、マホトラス軍の力量はウェールズを上回っている。
国の為に戦いたいという義勇兵たちの志が次々となぎ倒されていく。
戦闘を続行しながら、アトリは顔をしかめる。
今の彼には周囲で斃されていく味方の姿や声が刺激として伝わって来る。
その刺激はもはや襲撃、来襲というような表現に近いものだ。
戦っていながら味方の死を感じてしまう、という呪いのようなもの。
目の前の戦いに集中していながら無視できない事態が雑念として押し寄せてくる。
薙ぎ払いたいところだが、放っておくことも出来ない。
戦闘は短時間で済むと思われたが、意外にも時間は経過していく。
………そこへ。
「んっ………!」
周囲の兵士たちは一掃した。
フォルテは近くにいたが、気付けば戦闘を継続する部隊とは少し離れた位置で戦っていたアトリ。
無理もない、次から次へとやって来る兵士たちを相手に、移動しながらの戦闘を余儀なくされていた。
たとえ彼ら三人から標的が移ろうとも、彼らを狙う兵士がいない訳では無い。
義勇兵や兵士たちの戦闘区域と、二人の今いるところは異なる。
二人はマホトラス軍のベースキャンプ地がすぐそばに見える位置に来ていた。
だが、この辺りの敵軍兵士は軒並み倒され、生き残った二人だけが残されている。
そこへ一人、新たな敵にして明確な存在がやってきた。
「………なるほど。お主が噂に聞く“少年”か」
「何………」
――――――――――――清廉潔白、一人の美男子が現れた。
男の右手に握られるは、明らかに二人が持つ剣より間合いの長い武器。
剣にしては片刃と珍しいものだ。
地面に突き刺せば背の低い子供の背など簡単に超えられるだろうその全長は、
確かにこちらを明確な敵とみなしてその意図を送り込む。
「アトリ、彼は………!」
フォルテは一歩退いて、今までに見せなかった強固な構えをその美男子に向ける。
彼女の表情には強張ったものは無いものの、兵士相手に見せることの無かった警戒感を示していた。
彼と彼女がこれまでの時間で斃した敵兵士の数は、合わせて20人を超える。
多少戦闘をこなすことが出来る義勇兵の10倍だ。
それを長刀使いの美男子も感じ取っていたことだろう。
全身から溢れんばかりの殺気を身に纏って対峙していた。
フォルテが反応したのも無論その辺りだ。
この男は、今まで対峙した兵士たちが見せることの無かった殺意を持っている。
つい先日、カークスに向かう行程で遭遇した、人ならざる力を持った者。
あの女性と同類にして、異種の中身を持ち合わせた男。
明確な殺意にしてまっとうな真剣さを貫くもの。
あの女性が持ち合わせていたような、邪気に溢れるものではなく、
この意識は剣士としての己を誇示するものであっただろう。
「………分かっている」
アトリは小声で答える。
彼女が警戒するその真意もすぐに見て分かる。
ここは他の部隊の兵士たちが戦っている場所とは異なる。
援護と侵攻を繰り返したのちに突出してしまった最中、現れた“最悪の相手”。
そして、この作戦のために加筆を行った“最大の意味”が、今目の前に現れている――――――――――――。
「良い剣気をお持ちのようだ。私の名はリッター。見ての通り、長刀を使う者だ」
「っ………」
突然の名乗りに、
アトリもフォルテも驚きを隠せない。
既にこの男性のある一点の正体は掴めている。
だが、まさかこの場において自ら名乗りを上げるとは予想もしなかったのだ。
その表情を見て、男はハッと小さな笑みを浮かべて対峙した。
「驚くのも無理はない。“お前たちと同じような存在である私が自ら名乗るのはおかしい”、と考えたのだろう?良い、察しはついている」
「なっ………」
………見抜かれている………!?
やはり、この男も魔術師か………!!
もしこの場にグラハムがいれば、
彼とは二度目の遭遇にして初めての戦いになっただろう。
彼らが対峙したリッターと名乗る男は、バンヘッケンでの戦いで夥しいほどの戦果を挙げた男の一人だ。
その手に持つ剣から繰り出される剣は、その長さに恥じぬ間合いの攻撃で一対複数とて相手に出来る代物だ。
常人では到底使おうとも思わず、たとえ剣に優れた兵士と言えど、あれほど長い刃を扱おうなどとは思わないだろう。
だが、使われる機会を持たない少数の使い手だからこそ、その真価を発揮する時の効果は絶大なものだ。
そうか、もしかしたらこの男が、グラハムやクロエが話していた“一方的な虐殺を展開した”戦いの正体なのかもしれない、とアトリは思った。
そしてある一点においては、今までの疑問が一瞬にして確信へと移り変わる。
見抜かれたのも見透かされたのも事実だ。
魔術師が自らの存在を打ち明けることなどするものか、と勝手に決めつけていたのはアトリたちの方だ。
まるでその裏をかく、というよりはそのような法則を根底から打ち破ってしまうかのような男の言動は、確かに彼らに余計な警戒心を生ませたことだろう。
だが。
剣士の目的は、そんな小汚いものではない。
「ブレイズから話は聞いていたが、まさか本当に少年とはな。この世界の戦争も、幾分形態が変わってきたようだ」
「ブレイズ、だと………?」
「そうとも。何の誉れも感じられない黒い剣士だが、それでも実力は本物だ。まぁあの男は今この場にはいない、安心することだ」
黒い剣士。
それでパッと思い当たる人物は、彼には一人しかいなかった。
彼女には全く分からない者のことだろう。
だが、それでも彼は一度、その黒剣士との対峙を彼女に話したことがある。
彼女以上に、彼はその者の存在を知っている。
どのような形であれ、一度剣を交えた相手だ。
その存在が普通の人間ではないのだから、尚更覚えはあるのだ。
そして、いつか必ず倒さなければならない相手でもある。
「さて話が尽きないのは良いことだが、その暇も無さそうなのでな。一つ、我が剣をお見せしよう」
もっと話がしたい、という欲望を鎮めて、男はその剣を両手で構えた。
だが、構えるだけに留まっている。
先程よりも膨れ上がったその殺気は、間違いなく脅威を排除するためのもの。
生かしては帰さない、と言わんばかりのものだ。
既に戦闘が開始されてから一時間ほどが経過する。
周囲に兵士はいない。
条件としては整っている。
それでも、先に状況を整えておきたかった。
彼は、彼女の方を横目で見て。
「フォルテ。他の兵士の援護に回ってくれ」
「アトリ………!?しかし、それではっ………」
「良いんだ。ここは俺が受け持つ。周りの状況をよく見て、加勢するんだ」
本気だった。
アトリはこの未知なる力を持つであろう男に、本気で一人で挑むと言っている。
相手が魔術師なのは明確だ。
であるのなら、少しでも称賛の取れる方を選択すべきだ。
フォルテにはそう思えてならなかった。
彼女にとっては同じ魔術師である自分と共闘することが、この場においては最善だと考えた。
彼を説得しようとするが、彼の瞳に一切の揺るぎがない。
行け。この場は俺が預かる。周りを見て加勢するんだ。
その意識に一片たりとも嘘偽りはなく、貫こうとしている。
「………」
そんな選択肢、無視しても良い。
一時はそうも考えた。
相手がどのような剣士であれ、アトリに対する魔術師であることに変わりはない。
自分が斬り込めば、嫌でも二対一の状況を作り出すことが出来るだろう。
だが、それは出来ない。
彼の支えになるということが、常に傍らに居続けることではない。
彼が言うように、彼女が別の仲間たちを支援することで、この作戦を押し通すことが出来るのなら、
それが彼にとっての支えにもなり得るだろう。
「………分かりました。アトリ、くれぐれも無理なきように」
「………あぁ」
彼女は従った。
彼は恐らく感じていたのだろう。
この戦いは予想以上に長引く可能性がある。
それは数の差で優位に立っているはずの自分たちが、攻め切れていないことにある。
こちらの軍勢に対し、マホトラス軍の防衛部隊は戦闘経験者が多い。
それを相手に苦戦し続ければ、この先の戦いで支障が出てしまう。
一人の人間を相手にするより、周りの味方を援護して複数を倒す方が得策だ。
そうして彼女は急加速しながらこの場を離脱していく。
「一対一を望むとは、お主も中々孤高なる剣士のようだ」
「否定はしない。だがこの場においては真っ当な一騎打ちの方が都合が良い、というだけのことだ」
その剣がどのようなものかは知らないが、
こちらはその意気に答えるだけのこと。
そうして、二人は対峙する。
戦闘開始から一時間、はじめから意味を成さないこの土地において、
意外にも敵は抵抗を激しくさせていた。
………。
4-17. 死地での激戦(Ⅲ)




