4-15. 責任感
その場が凍り付く。
まさか、このような展開を予想されていたのか。
それともその真実に辿り着く何かを感じられたのか。
魔術師たる三人と、そうであるはずがない女性一人。
そのうち、魔術師たちは彼女の発言に凍り付く思いをした。
一人は明確な驚きを表情として見せ、一人は背中に冷や汗をかく。
そしてこれを打ち明けたもう一人の魔術師は、それでも真剣かつ深刻な表情を消すことは無かった。
アトリのかつての師、現在の上士たる立場にいるクロエから発せられたその言葉。
何か不可解なことが彼女の目の前で起こり、それを説明するのに最もふさわしい、都合のよい言葉。
それが「魔術」だった。
国王のそれは、彼女から見れば普通じゃない。
普通じゃないのなら、それは魔術の行使と言えるだろう。
あの時既に、彼女はそのように判別し、理解していた。
ともあれ、国王は最期の最後に多くの人々を、その輝ける剣を以って救ったのだ。
たとえそれが誰に理解されることも無い不可解な力であったとしても、あの剣とそれを叶える持ち主が一つとなり、その事実を創り上げた。
まさに奇蹟。
この世に広められることのなかった、神秘。
人間が生息するこの世界に当たり前のように流れていて、それは架空のものだと信じ込まれているモノ。
彼女は、その現象が魔術以外に何と言えるのか、と寧ろ問いを投げかけていたのだ。
「く、クロエ………それを、どこで………?」
凍り付いた空気に温水を注ぐ、暖気を送り込むように発言したのはグラハム。
だがその当人が冷え切った、いや少しばかり強張った表情をしているのだから、
空気は何一つとして変わらない。
どこで知ったか、など関係ない。
「人の手に余る力、法外な奇蹟、凡才が届き得ぬものを夢見た力、色々と言いようはある。だが、あんたは“普通の人間の目”では証明できない何かの奇蹟を、魔術だって言うんだろう?他に説明のつけようがあるのかい?」
彼らは国王エルラッハの最期を目撃した訳では無いし、
かといってクロエもその戦いを眺めていた訳では無い。
あの時の城は緊迫していたし、何より国王の頼みを無駄にする訳にはいかない。
結果的に娘を連れて逃げることは出来なかったが、それでもこの国がどうにかして続くためには、王家の一人でも救わなければならなかった。
その目的の為に必死だったことだろう。当時はエルラッハのことなど考えられなかったはずだ。
人の手に余る奇蹟だと、クロエは言う。
そうでもしなければ、説明が付けられないだろう、と。
誰が見ていれば、その現象を解明できたというか?
否、エルラッハと同等の才能、いや力を持つ者でなければ、それを解明することは出来ない。
解明とは事実の確認であり、普通の人間が憶測で物事を立てることを解明などとは呼ばない。
何しろその人の手に余る奇蹟は、普通の人では解ることも明かすことも出来ないのだから。
確かなものではない、だからそれは魔術という奇蹟に頼られた現象なのだ。
そうだろう?と、クロエは彼らに告げた。
魔術を習得した彼らになら、確かに分かることだ。
この力を普通の人間が表現しようとしても難しい。
それが事実だと見る機会も無ければ触れる機会も無いのだから。
魔術は外界には触れられないようにしなければならない、という掟がある。
そもそも普通の人間は魔力を得たところで、それが魔術へのキッカケとなることに気付かないのだ。
だから“その力を持つ者でなければ、魔術だと決めつけることは出来ない”。
論理としては極端すぎるものではあるが、確かに魔術師たちにとって的を射たものではある。
クロエは、瞬時にこの三人が魔術師としての力があることを見抜いてしまったのだ。
アトリが彼女に打ち明けるよりも前に、クロエ自身がそれに気付いてしまった。
………だが。
「………けど、それは正しい。あれは確かに魔術だろうさ」
「っ………」
クロエの口から、その考えは正しいと伝えられた。
それまでの凍り付くような空気に暖気が少しずつ入っていく。
クロエの表情は「まさか」と言いたげな、笑みを浮かべつつも呆れたような表情だ。
まるで何かの真実が知られてしまったと諦めな表情にさえ思えるもの。
「あんたの口から何が飛び出すかと思ったが、その存在に気付いていたとはね」
「あ、いやしかし、俺は………」
「良いさ、もう隠さなくて。私もずっと前から、アトリが魔力持ちの兵士だっていうのは知ってたし、私にもそれなりの知識があるもんでね。気付いたのなら、これで私も隠さずに済む。気が楽ってもんさ」
と、何ともいつものクロエらしい口調でとんでもないことを口にしていた。
彼女はアトリが魔力持ちの兵士だということを、相当前から気付いていたと言った。
もちろん、本人のみならず、その事実を今知ったフォルテ、グラハムも驚く。
フォルテはともかく、グラハムはつい先日アトリが魔術を習得したということしか聞いていない。
体内に魔力が眠っていたなどという話は、ここで初めて聞かされたのだから。
クロエもその多くを語ろうとはしない。今この場では必要のない話だと考えたのだろう。
だが、その経緯には深い道筋がある。
時は遡ること4年以上も前。
アトリが兵士の見習いになるための教育をたった数週間で終わらせ、これから一般の兵士として死地へいくことが決定された後のことだ。
彼女は彼が純粋に強いということを認めてはいたのだが、自分たちよりも遥かに歳が下の少年が何故あれほどまでに力を発揮し得るのか、ということがどうしても疑問として残った。
あり得ない、素の力であれほど戦えるなどと。
たとえ彼がアーサーの息子だと言われても、疑問は残ったままだった。
そこで彼女は自らそれを知る者に話を聞いたのだ。
出来るだけ話しやすい都合の良い時、という風に考えていたのだが、実際にその話に触れる時には国王エルラッハも同席していた。
アルゴスとクロエが接触して彼に話があると言ったすぐ後に、国王エルラッハも現れた。
元々この二人はこの後内々の打ち合わせで国王の謁見用の来客室へ行く予定があったのだが、エルラッハが“君とも話がしたい”ということで実現した。
内々の打ち合わせに彼女ほどの身分の者が参加する、というのも恐るべきことではあるのだが、それでも彼女は普段の態度を維持し、決して恐れおののくことはしなかった。
――――――――――――何か聞きたいことがあるようだな、クロエよ。言ってみたまえ。
だが、彼女がここに来た理由というのは、はじめの段階で気付かれていた。
彼女の表情やその動作を見て、国王エルラッハが彼女にそのように声をかけた。
重要な打ち合わせが終わり次第すぐに、王は彼女に静かなる問いを投げかけた。
貴殿の内なる悩み、ここで打ち明けて見せよ、と。
まさか国王からそのようなことを言われるとは思わなかったが、それでも都合が良いと思った。
この二人とは何度か話をしたことがある。
“少年”の今後を決める会議………とはいっても、たった三人だけの会合に、彼女もいたのだから、
その少年のことを充分に知っているだろう、と。
彼女は素直に問いをかけた。
そして同時に、自分の中で思っていた自分らしからぬ悩みを二人に打ち明けたのだ。
あの少年は、何故あのような姿になってしまったのか。
私の教育が彼をそうさせたのか。
何故彼はあれほどまでに達者な剣術を身に着けているのか。
だとしたら、私は師である者として、彼に負けたくはないのだ、と。
それがクロエらしからぬ望みであったことは、無論二人にも見抜かれていた。
クロエとてまだ若い。
壮絶な過去を経験した今がここにある。
人の倍以上に努力し、人の倍以上の力量と技量を備えた兵士だ、と言われるようにもなった。
そんな彼女が純粋に、素直に、率直に、彼の力を認め、そして疑った。
あれを成立させる要因が何か、あるのではないか、と。
そこで彼女は打ち明けられたのだ。
今は確かに、君には及ばない少年兵士かもしれない。
だが、あの少年が死地で経験を積み重ねれば、簡単にその域を超えられる可能性がある。
何故ならあの少年は、“生まれながらの魔術師”なのだから。
「あんたには黙ってようと思ったけど、あんた自身が気付いたんならもうその必要もないさ」
「では、クロエは前からその事実を知っていたのか………」
「おんなじ反応を示すってこたぁ、お前たち二人も魔術師ってことだな。いやぁしかし、まさかこんな展開になるとはねぇ………私も驚いたよ」
そこでアトリは、何故黙っていたのか、とは聞かなかった。
そこにはそれなりの理由があることを、彼も感じていたのだ。
特にアルゴスとの話で、彼なりに考えることがあった。
アルゴスとクロエは兵士たちの教育という間柄でよく関係を持っているし、当然彼にも関わりのあることだった。
複雑な事情がそこにあるに違いない。けれど、それは今知るべきことではないし、相手から語られることでもあるのだ、と彼は聞くことをしなかった。
実際には、アルゴスとの考えと似ていて、彼女も彼への配慮からその事実を隠し続けていたのだ。
彼が魔術を習得する期間が早ければ、その力を使って死地の人間を救ったことだろう。
魔術がとてつもない力をもたらすものであることをクロエは知っていた。
それがアトリに身に着くものならば、彼はどんな土地でも戦える人間となっていただろう。
彼女も、そのことを気にし続けていたのだ。
「けどまぁ、魔術師がこっち側にもいるってのは都合が良い。あんたもそう考えたんだろ?」
「………ああ。これから話すことも、まさにそれだ」
「なるほど。じゃあ私にも聞く権利があるな。そら、話を続けよう」
――――――――――――――こうなったからには告白するが、私もお前たちと同じ、魔術師だ。
………。
彼は生まれながらの魔術師だという。
その真偽を確かめる方法はないが、国王エルラッハがそう言うのだから、間違いないのだろう。
エルラッハでさえその事実に気付くまでに時間が掛かった。
しかし国王が嘘をつくはずもなく、それは紛れもない事実なのだろう。
それを知った時、確かに彼女の前身が身震いした。
生まれながらの魔術師。それを気付かぬまま成長し続けてきた少年。
アーサーの息子として、幼少期から自立のための教育を受けさせられてきた少年。
故に、子供でありながら子供らしからぬ姿、そして力を持っている。
周りの人間がその事実を疑わなかったのが不思議なくらいだ。
だが、自分も含めその言葉など誰にも想像することが出来なかったのだ。
皆、その事実は“物語の中で語られる架空の存在である”と確固たる認識を植え付けられているから。
そのために、魔術師という単語、その存在が外部に知れ渡ることがなく、都合が良かった。
アトリという少年は、その事実に気付かぬままこの先を送ることになるだろう。
教えてしまえば取り返しのつかないことになるかもしれない。
国王とて国のために働く少年が自らを見失うなどという状況に陥って欲しくは無かった。
そんなことをしてしまえば、あの男に何と顔向けをしたらよいだろうか。
だが、彼にも打ち明けず、自分たちもその存在を秘匿することで、彼を知らぬ間に傷つける。
都合のよいことばかりに目を向け、自分たちにとって不都合なことは避けたがる。
そんな不条理、理解していたにも関わらず、事彼のことに関しては納得がいかなかった彼女。
あれは一人で生きていくことが出来たとしても、あの理想を一人で成就するのは絶対に不可能だ。
その前に精神が力尽きるだろう。
ならば、どうにかして今後の彼を支える要因を見出せないだろうか、と彼女は考えた。
とても、あの少年の傍で同じようなことは出来ない。
そもそも見ず知らずの他人の幸福のために、自らの身を差し出して救うなど、誰に理解されるはずもない。そんなものは、救世主でも奉仕者でもない、奴隷ですらない。
まるで人を道具として、自らを道具のように扱っているようなものだ。
だが、自分の出来ることは極端に限られている。
あの少年が自らここを離れるようになってからは、会う機会も少なくなるし、師として教えてあげることより周りを見て成長することの方が多くなるだろう。
何を言っている、もとより自分もそう望んでいたではないか。
あれはここで暮らして修行させるより、周りを見せて自覚させた方が良い、と。
だがそうなれば、救いは無い。
否、もとより彼にとっての救いとは何であったかさえ、もう見出すことが出来なくなる。
それが近い将来なのか、遠い未来なのかは、関係ない。
いずれそうなる弟子を放っておくことなど出来るものか。
だとしたら、せめて彼の中身を理解して、真実を口に出来ないまでも出来ることがあるだろう。
短い時間の中でも、一瞬の出来事の中でも、少年の為に出来ることがあるはずだ。
そうして彼女は、自らの理想を叶えるために立ち向かう少年には見えないところで、
“その力”を手に入れることになった。
師なりに少しでも少年を理解しようとした結果が、彼と同じ苦しみを自分も感じ、理解し、陰ながら弟子を支えることだった。
そのキッカケを作ったのは少年、その道筋に辿り着いたのは、アルゴスとエルラッハの二人だった。
彼女の切なる願いが二人に行き届き、それを許可するに至った。
二人からすれば、あの師が弟子にそれほどの思い入れがあったのか、と気付かされる瞬間であった。
彼女の性格はとても献身的なものとは言い難い。
かといって乱暴に振る舞うことも無いが。
だが、少年に対してだけは異なるものを感じていたことだろう。
そうして彼女は、生まれながらの魔術師を理解するための魔術師となった。
ウェールズ王国は以前、
この国が二分する事態に発展するまで、表舞台には立たない地下組織、魔術組織というものが存在した。
国のみならず、この世界に密かに存在する神秘を記録し伝える者たち、そしてそれを調査する者たちの集団。
だが国はマホトラスが叛意を示してから、この情報が外部に流されることを恐れ、世が混乱に陥る前にその記録を抹消し、それに携わった魔術師を消そうとした。
前に共に生活をしていたパトリックも、そのうちの一人だ。
だが、国はその記録を抹消せず、城の上層階にある秘密の宝物庫に封じた。
宝物庫の中に魔術本などというものが幾つもあるのは、これが理由だ。
更に宝物庫から奥の記録庫に、当時の魔術組織が利用し回収することの出来た、幾つかの石があった。
クロエには、それが与えられたのだ。
かつて自分たちの国に仕えた者たちが残していった遺物、それを手に入れ彼女も魔術師への道を拓いた。
魔術師になる経緯としては、不明瞭なところも多かったことだろう。
アルゴスを困惑させたのもその理由が分かれば頷けるというものだ。
ただ、魔力を得た彼女がその後成長したかどうかは、正直少年に比べ微妙なところだ。
単純に少年と彼女の歳の違いはあった。
少年にはまだ十分すぎる伸びしろがあったが、彼女にはそれが無かった。
というよりは、兵士としての技量、剣を扱うことに関しては、もうこれ以上が無いというほど長けていたのだ。
魔力を持つことでその力を飛躍的に向上させることも可能だっただろう。
だが、彼女が優先したのは、魔術という知識を得てそれを打ち明けずに彼をサポートすること。
自ら魔術を行使する魔術師になろうと、積極的にはならなかった。
魔術師になりたいと言っているにも関わらず、魔術師としての行動を起こさない人間。
これも矛盾の塊であると言えるだろう。
しかしそれでも、アルゴスからの教育を受けて、魔術が行使できる身体にまでは仕立て上げられた。
そうすることで、少年の苦しみというものを理解できると彼女は信じ、アルゴスもそうだと言ったからだ。
彼女の持つ剣術は既に完成の域に達していた。
後出来ることと言えば、魔術の行使によりその剣術を更に活かすこと、魔力により自らの基礎能力を高めること。
魔術師という言葉のイメージにある、神秘的な現象を発生させるようなことは、彼女にはあまり出来なかった。
それでも少年を陰ながら理解し陰ながら支えることには充分だった。
以後、この師弟関係は、真実を口にすること無く、四年以上も続いたのだ。
もっとも、彼が死地において幾多の経験を積んでからは、もう教えてあげられることも少なくなり、師と名乗ることも出来なくなっていたのだが。
この話は、あくまで師であった彼女の経緯。
この場で三人に語られたものではなく、彼女自身が昔の邂逅を懐かしく思い返しただけのものだ。
………。
「なるほど。加筆ってのは魔術師を先頭に置くっていうのが真意かい」
「ああ。恐らく敵の本隊にも魔術師はいるだろう。奴らに対抗するには、やはり俺たちも同じ土俵に立つしかないと思ったんだ」
話は進められる。
正直クロエが魔術師だったという事実には全員が驚かされたが、
アトリとしては説明の手間が省けたし、更なる協力者を得るキッカケにもなった。
現状、把握している限りでこの町にいる魔術師は、五人。
以前のパトリックの話を信用すると、王家の者も魔術の知識を持っているというから、フリードリヒ王妃もある程度察することが出来るだろう。
彼はアルゴスに打ち明けた作戦を、同様に三人にも話す。
今までの作戦に魔術師という要素を加え、戦闘の中心にする。
魔術師に備わっている魔力を使って強化させ、陣頭に立つ。
外部に知れ渡るような状況は作らない。
魔術師の効力発揮という点を考えると、その効果は半減するとは思うが、
それでも魔力の利用の有無にかかわる戦闘の違いは顕著に現れるだろう、と信じている。
魔術師には魔術師で対抗する、それが今は亡きヒラー隊長の意志だ。
「だけど、この話には続きがある。もし、本隊を撤退させることが出来たとして、その後のことだ」
本隊を突破できるかどうかも分からない。
だが、その可能性を持たせるために魔術師で対抗することにした。
五人の魔術師が先頭に立って戦闘を行う。
そうしてもし、本隊を退けることが出来たら、いよいよ城に近づくことになるだろう。
アトリは、その先の戦略も既に立てていた。
他の人には打ち明けられない、魔術師たちのみで構成される戦略。
それは、既に王城内部に大いなる脅威が存在するということを前提に話されたものだった。
そう。
彼らには知る由もなかったが、
この時の王城内部では、それこそ秘密裏にある計画が進められていた。
いずれ来るであろうその時に備えて。
二度と生かす時間さえ与えまいと、その首を断ち切るために用意された計画が。
彼らの侵攻と共に始まる。
その後、今晩の話で魔術師という要素を除いた作戦案が彼とアルゴスにより提示され、
各々の賛成を受け実行に移されることになった。
同時に、出征を三日後と定め、翌日各部隊の隊長とその兵士たち全員に情報が開示された。
情報の開示は同時に町中に広がり、この町が一気にひと気の少なくなることが確定した。
作戦にはこの町の駐留部隊の他、南部から合流した別の町の部隊、そして各所から義勇兵として集められた一般人たちが参加する。
兵士として参加する者たち全員の配置図を決定し、上士たちがその管理を行う。
また、出征前にフォルテの希望が通り、彼女は兵士待遇としてアトリの補佐をする役割に任命された。
兵士たちの情報開示と共に、上士たちの配置と名前が公表される。
最初の作戦である、左右の境界線の同時攻撃は、左翼をアルゴス、グラハム、ルイス、フェデラーの四名、
右翼をアトリ、クロエ、フォルテ、バーグマンの四名が中心となって動くことになった。
ルイスとフェデラーの二名は魔術師ではないために、アトリの真の作戦を知らないが、アルゴスとグラハムが魔術師であるために部隊の編成に問題は無かった。
この情報開示によって、彼の存在を知る者はその復帰を知り、さらに話が広まっていくことになる。
そうして、時が進んでいく。
具体的な時間が示された以上、あとはその刻限を迎えるまでだ。
やがてその時が訪れる、なんていう感覚は、とうの昔に味わっている。
今更何をどうこうするものでもないだろう。
そう思っていたが、意外にもそうでないものらしい。
戦いに対する高揚はない。
だが、これから先の戦いでは“負けることは赦されない”。
使命、義務、責任。
上に立つ者としてではなく、この戦争に生きる人間としての感じ方。
そんな日々に苛まれることも、何度も何度も経験していることだというのに。
いつもとは違う感覚を掴んでいるのは、今までの立場とは異なるからだろうか。
先々に対する不安と、幾らやっても拭い切れないあの光景が常に脳裏に思い出される。
それが自分自身を不安定にしていることも分かっている。
が、忘れられるはずもなく、気にしている場合でも無い。
板挟みな状況を自ら自分の中だけで形成している。
そんなことも分かっているというのに、解消することはない。
アトリは前日、自分が中心となる部隊の訓練場まで行き、全員とは言わずとも各々に顔を出していた。
彼に部隊を指揮する能力は無い、と彼は思い込んでいる。
その懸念があったからこそ、バーグマン率いる部隊が丸ごと彼の傘下に加わっている。
その点基地司令がいれば統率に問題は無いだろう。
と思っても、やはり顔くらいは見せておきたい。
これが、お前たちの上に立つ者なのだ、と。
アトリはとにかく身の縮まることばかり考えている。
上に立つ者として、自分はらしくないと思いながらも、それが責務だからと背負い込んでいる。
そのため、兵士たちの多くは、彼を見て上士らしいとか、隊長らしいとか、そういったことは思わなかった。
ただ、その戦闘経験だけは誰よりも上回っている。
その事実に変わりはないために、その事実を知る者は彼を無条件に尊敬した。
結局そういうことなのだ。
彼がどのような人間か、というのはあまり知られていない。
だが、アトリという人間が死地で大勢の人間を護り続けてきた強兵なのだ、というイメージばかりが先行していく。
彼の人間性云々よりも、彼のしてきた事実に対してばかり尊敬の念を抱かれる。
アトリという男の内面を知る人が、アトリの成すこと、あらゆることを道具のようだ、それではいつか世界に利用される時が来る、などと懸念した理由も分かるだろう。
思えば、これがキッカケだったのだ。
彼が“あること”に気付いたのは。
自分自身の、あるものに気付いてしまったのは。
戦いの前夜。
ここ数日いつものように会合を行い、確認をする。
それが終わると、時間は決まって日付を回る頃になる。
アトリとフォルテは、共に借家までの帰路を歩く。
事が上手くいけば、あの借家に世話になることもないだろう。
もっとも、暫くは寝床なしのいつもの野宿をすることになるだろうが。
「ん………」
「アトリ?………どうかしましたか」
と、フォルテが突然彼に言葉を振った。
それは彼が唐突に足を止めたからだ。
だが、問いをかけた彼女もすぐに、その存在に気付く。
アトリは、自分たちの背後に迫る何かに気付いて、ゆっくりと後ろを振り返った。
「………アトリさん」
聞き覚えのある声。
透き通るような清らかな姿。
それでいて、どことなく浮かない表情をしている、やや長身の女性。
女性の背後には、二人の衛兵の姿。
「………王妃殿下」
夜の帰路に現れたその女性は、王家の生き残り、フリードリヒ王妃だった。
………。
4-15. 責任感




