4-14. 利用
戦いに挑むうえでの覚悟。
目の前の戦闘ではなく、この戦争そのものに対しての覚悟。
そんなものを考える状況など、本当は無い方が良いのだ。
“戦わなければならない状況”は続く。
戦争が継続するということは、それだけ犠牲者の数も膨れ上がる。
どのように努力したところで、これを無くすことは出来ないだろう。
そんな思いが彼の心に圧し掛かる。
自分は戦争を止める為に力を得て、戦っている。
それが人々の為になると、どれだけ絶望しながらもその光だけは信じ続けている。
だが、一方で戦争を止めるには勝たなければならない。
人々が護られるためには、相手を倒さなければならない。
その執行者である彼が、戦争そのものに関わる作戦に加筆をし、確実に勝てる手段を取る。
どのようにすれば相手に勝つことが出来るかを、真剣に考えている。
彼は思っていた。
これで人々は救われる。
やがて幸せが護られる未来が来るかもしれない。
だが。
今の自分は、戦争の中心人物で戦火を巻き起こしている、どうしようもない人間だ、と。
アトリの作戦案は、アルゴスに許可をもらった。
この話で今晩の会合に伝えられることになる。
無論、魔術師という存在を公にする訳にはいかない。
そのため、その部分を抜いた話で各々に通されることになる。
魔術師という存在無くして成り立つものではないが、作戦行動としては理に適ったものである。
アルゴスもそれを理解していたため、彼の提案を受け入れた。
あとは、夜に他の者たちの意見を聞いて、反映させられるかどうか、というところである。
アルゴスは内心で感心もしていたし、驚いてもいた。
表面にはあまり出さない人間ではあるが、アトリの戦争に対する覚悟は他の人とは違うものを感じる。
誰よりも逃げられない現実を叩き付けられ、背水の陣で挑む覚悟だ。
今のアトリはそのように見えた。
作戦に加筆をした責任者というよりは、この戦争の中心に立つうえでの覚悟というべきだろう。
アトリは要件を済ませ、外に出た。
もうすぐ昼というところだが、色々とやっておかなければならないこともある。
アトリは町内で軍人が贔屓にしている、と聞いた鍛冶屋を訪れた。
彼は今武器を所持していない。
戦う手段は今までフォルテの魔術によって作ってもらっていた。
だが、これから大部隊で行動する機会が多くなれば、皆の前で魔術で剣を出してもらうということも出来なくなるだろう。
そこで、自分のお金で剣を購入することにしたのだ。
「何がお望みかね?」
「………ええ、剣を一つ。そうですね………」
今までは兵士の支給品を何度ももらっては壊してきた。
だがこれからは事情が異なる。
フォルテは確かに魔術で剣を生み出すことが出来るが、投影は持続効果が無い。
そのために、アトリも自分の剣を自分で揃えなくてはならない。
この町の鍛冶屋は、この町に駐留する部隊のほか、急に溢れるようにやってきた兵士たちにも剣を打ち続けている。
戦闘が再開されれば、何度も交換が必要となるだろう。
自分たちが城へ近づくごとに、物資として前線へ送り届ける必要もある。
鍛冶屋の余裕が無くなることなど当たり前のように想像がつく。
アトリは、出来る限り負担をかけたくない、という気持ちだった。
確かに自分も兵士の一人だし、その剣を受け取る資格がある。
………だが、他の人と同じようにはいかない。
自分が持つ物にさえ、彼は責任を感じるようになっていた。
他の人たちと同じではなく、誰よりも強い覚悟を持ち、またそれを示す必要がある。
必要とされているのなら、その必要に応えなければ、と。
子供にしてはあまりに重すぎる覚悟。
それを維持させる強靭な精神力。
そのすべてが完璧ではないにせよ、誰にも想像し難い重みを受けていることは確かだった。
彼は目に見えない魔術の行使で、防御の型の「強化」を使うことが出来る。
自分の身体に対しても、また自分が所有する物に対しても実行することが出来る。
剣を一つ買ってしまえば、そう簡単に失われることは無いだろう。
彼はまだこの町に来て部隊と合流したばかり。
偉そうなことも言っていられないし、そのような態度を取るつもりも一切ない。
必要なものは自分で買い、その後で自分で管理する。
他の人は持たない市販の剣を購入しようとしたのは、そのためだ。
「これを、頂きましょう」
「良いのかいそんなので。お前さん見たところ兵士だろう?最近は市販のものよりも至急の剣の方が自信あるんだが………」
「構いません。自分には、これがしっくりきそうだ」
そうして、彼が選んだものは、所謂「両手剣」。
片手剣をフランベルクと呼び、両手剣をツヴァイヘンダーと呼ぶ。
これは正式な名称ではなく、また種類によって更に異なる言い方をすることもある。
が、この世界においてはそのように呼ばれることもある。
両手剣は片手剣に比べ大剣であるために、片手で扱うことにむいていない。
両手での用途を基本としている。
全長1m60cmで、うち刀身の部分が1m10cmほどある。
刀身は片手剣に比べ両手剣の方が厚みがある。切っ先は鋭く、根元は分厚くといった具合だ。
アトリがかつて国の鍛冶氏レイモンから受け取った剣も、似たような形をしていた。
最も、あの時の剣と比べても刀身は長くなっている。
色々と手に取ってから、彼はこのツヴァイヘンダーにすることとした。
職人が作り上げた一品とはいえ、芸術性の欠片もなく鞘も剣も無骨な姿。
そう、これはただ相手を斬り殺すだけに作られた剣であり、それ以外の何の目的も持たない。
だが、それでいい。
今まで自分の持つ剣に特別な感情は抱かなかったし、これが必要とされる手段であるからには何か思い入れを抱く必要は無い、と今は感じていた。
彼は己の魔術行使でこの剣を程度軽くすることも出来るし、材質を補強することも出来る。
彼が目指すのは、素早くかつ防御は厚く。
防御の基礎は刀身の厚みで、素早さの実現には魔術で対応する。
決して安い買い物ではないが、彼にとって納得のいく買い物となった。
鞘には紐を通す部分があり、彼は背中に剣を背負い胴体に固定する形を取った。
世の中には、伝承として伝わる名剣や名盾があるという話もある。
本の中で語られる架空の話のようなものだが、大陸の歴史でも戦争は古くから続いていた。
この地はウェールズが大きな勢力として存在していたが、別の大陸や別の地方では、もっと他の国々があることだろう。
そうした場所に伝わる剣や盾もまた、秀でた能力を持つものだと言われている。
そんな贅沢は求められないが、一方でアトリもそうした剣や盾の言い伝えや能力というものには気になっていた。
「どうも」
「大切になさってな」
保障できないが最善の努力はしたい、という心持ちを誰に告げる訳でも無く、
彼は鍛冶屋に一礼してその場を去る。
取り敢えず借家に戻ろう。
午後からはグラハムと打ち合わせる予定だ。
午前のアルゴスとの話も非常に重要なものではあったが、それ以上に今後を定める鍵となるのがグラハムとの話になる、と彼は考えていた。
町の中心部から歩くこと20分少々。
家がもうすぐ近く、というところで、突如それを聞かされた。
「おーいアトリーーーー!!!」
「ん………」
前方から勢いよく走りながら呼び掛けてくる男。
遠くからでも間違いはすまい、あれはグラハムだ。
だが、いつもとは様子が違う。
まだ再会したばかりで彼の素性が変わったというのなら話は別だが、そのようなものでもないようだ。
片方の手は走るポーズを、もう片方の手ではアトリを呼ぶかのように不思議な動きをしていた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「はぁはぁ………い、いやぁアトリ、ちょいと大変だ!お前さんの家のすぐ近くの広場で、フォルテさんとクロエがやり合ってる!」
「っ………!?」
言葉にもならない驚きを見せた。
いや、まさかそんな、と冗談を疑うほどには驚いた顔をしたことだろう。
だがそれ以上に焦った表情を浮かべるグラハムがらしからぬ姿を見せているのだから、
恐らく間違いはないだろう。
アトリはすぐにグラハムと走って家の方へと戻る。
走りながらグラハムに聞いたことだが、彼も戻ってきたのはつい十数分ほど前で、
この辺りを通りかかったところ、武器のようなものを持った女性二人を見た。
それがフォルテとクロエであることは間違いない、と彼は言うのだ。
幾つか疑問はあるが、とにかくそれが事実であるのなら止めなければ。
………だが、何故そんなことに?
考えられることで、一番理由となりそうなものは一つ。
クロエがフォルテの正体を疑って、それを確かめようとしているのではないだろうか。
昨日の会合で、フォルテの存在についてはアトリも告げているし、本人も告白していた。
だが、確かに彼女の実力や素性というものは不確かではある。
ただアトリを救ったからといって、それが彼を支えられる力量を示しているのではない。
アトリは自分の言葉で自分よりも達者な剣使いだ、と言えるが、
それを見定める方法は実戦以外にはない。
それに、フォルテを彼の傍において支える、というのをまだ認められた訳では無い。
認めるかどうかは、上士たちの判断に委ねられている。
とすれば、クロエが彼女の実力を確かめたいとする行動も、分かる。
………どこまで通用するか。いや、しかし………。
クロエも剣術においては男性よりも秀でている。
アトリでさえ一本取るのが難しいというほど、強い相手だ。
フォルテとの鍛錬も厳しいものであったが、それはクロエとて同様だ。
アトリの剣術を上回る二人がぶつかり合えば、どうなるか。
それが心配ではあった。
もしクロエがフォルテに勝る場合には、彼女もそれに応えるために魔力を作用させる可能性がある。
魔力を作用させると、たとえ剣術に優れたクロエであろうとも圧倒し得る力量を見せるだろう。
危険でないとは言い切れない。
とにかくも急行して状況を確認するとしよう。
あまり派手なぶつかり合いになれば、周りの目が気になるところだ。
「………!!」
「お、おおぅ………もう始まっていたな」
この町は中心部以外の郊外、特に住宅地として並ぶ地域には各所に大小の広場がある。
ただ住宅地として並ぶこと以外の目的を作っているのだろうが、その目的などアトリの知るところではない。だが、中心部に近い広場ではよく子供たちが遊んでいる姿がある。
しかしここは郊外の中でも一番離れに位置する地域。
住宅も疎らにあり、人の通りも少ない。
郊外の端に位置するその大きな広場で、目を疑う光景があった。
「――――――――――――!!」
「っ………!!」
まるで、荒れ狂う波と疾風の閃光が鬩ぎ合うようだった。
戦っている姿はとても女性とは思えないほどの迫力と気迫。
彼のかつての師は簡単に言えば典型的な攻撃型の兵士だ。
己の持つ技量を相手に封じ込ませまいと、自ら懐に向かって攻めて行く強気の太刀筋。
それに対して、彼の復帰をいつもそばで支えてくれた彼女は、迅速かつ正確な剣戟を打ち放ち、確実に相手の攻撃を防ぎつつその勢いを削いでいる。
お互いの力がぶつかり合い、両者とも引けを取らぬ状況。
どちらかが決着をつけるまでは、とても止められるような状況ではない。
隣でグラハムが呟く。
あれを見て男が剣を挑みにかかるだろうか、と。
グラハムはクロエの力量を程度知っているし、アトリから話を聞いたこともあった。
だが、昨日初めて会ったフォルテという女性の力量は、確かに知るところではなかった。
つまりこの場でのこの二人の戦いが、彼女の力量を物語る証人となるのだ。
グラハムとて疑問に思っていたことだろう。
アトリをも凌駕する剣捌きを持つ者が、しかも女性だったのだから。
「………しっかし、凄いな。アトリはあんな風に毎日修行していたのか?」
「………あぁ。だが、何と言うか」
―――――――――――――いつも以上に、フォルテの本気を感じる。
これは、彼女なりの表現なのだろう。
どのような状況でこの戦いが始まったのかは分からないが、彼女の剣を傍で見続けてきた彼には分かる。
彼女がいつもよりも本気に見えるのは、目の前に対峙した好敵手に自らの存在を知らしめるためだ。
フォルテという存在を確かめるために勝負を挑んできたクロエと、自らの力を表現し己を認めてもらうために剣を振るうフォルテ。
事実それが理由なのだとこの時点で彼らは知る由も無かったが、後から理由を知ってこの時に感じたことは正しかったのだと思うことになる。
アトリは二人の剣をよく知っている。
それが互いに交差して鬩ぎあっているのだから、見る方の心が躍らない訳が無い。
知人との戦いを眺める機会はそう多いものではない。
訓練をしている日中の兵士たちには当たり前の光景かもしれないが、アトリは自分以外の知人、それも近しい者たちの剣術がぶつかり合う光景を普段は見ない。
そういった点では、二人の戦い合う光景は穏やかでないにせよ新鮮なものではあった。
「止めなくていいのか?アトリ」
「ああ、大丈夫だ。武器は木刀だし、恐らくどちらかが一撃を受ければ終了というものだろう」
「いつもの、だな。竹刀ではなく木刀であること以外は」
幸いと言うべきか、確かに物騒ではあるが周りに人はいない。
広い広場の中で動き回りながら攻防を繰り返す女性二人と、それを眺める男性二人。
初撃決着型の訓練というのは、彼もグラハムも兵士の訓練時代に何度も経験していることだ。
最もアトリを相手にすると、大人でさえ勝てないといったほど太刀打ちが出来なかったのを、グラハムは当時の記憶として残している。
アトリと対等に対することが出来たのは、師であるクロエだけだ。
そして同じく、フォルテと対等に戦えるのも、アトリだけ。
クロエに対しても同じように言える。
この時、アトリは思ったのだ。
「………グラハム」
「なんだ。今度は思い詰めたような顔して」
「………クロエの戦い方を見て、どう思う?」
アトリは突然、そんなことを口にしていた。
グラハムはフォルテの戦い方を始めてみるし、既に彼の心の中ではクロエと戦い合えるのであれば、アトリの傍にいても何ら不都合はないだろうと感じていた。
だが、アトリが気にしたのはフォルテではなく、クロエの方だ。
勇ましささえ感じさせるクロエの攻撃と、それを冷静に流しつつ攻撃を繰り出すフォルテ。
フォルテが魔術師であるのなら、クロエよりも圧倒し得る力の用意があるだろう。
無論、今彼女は魔力を行使していないが、クロエはそんな彼女の素の力にも劣らぬ力量を見せつけている。
「………ああ、やっぱり強いよな、クロエは。俺たち男でさえ敵うかどうか」
「だよね、そう思う………だから、クロエには可能ではないか、と思うんだ」
「………あ、アトリ、まさか………」
そこでようやく、グラハムも彼の意図が分かったのだ。
アトリが考えていることは一つ。
あれほどの技量を持ち、なおかつ勇ましき力量も兼ね備えている。
とても女性の太刀筋とは思えない剣捌きは、“その力を得るに相応しい存在ではないか”と。
彼はそのように言っているのだ。
魔術師。
この世界においてはごく少数の人間しかなり得ない存在。
世界中に魔力な流れていると言われているが、それを手にしても気付かない人間もいれば、
その力を得て魔術師になる者もいる。
いずれにせよ、大多数の人間がなれるようなものではない。
その意味は、根本的にもそうだが、それ以外にも素質としての問題がある。
かつて、フォルテの生みの親であった父は、間違った魔術行使を積み重ねた結果、寿命を縮めて亡くなった。
魔力とは便利なものである一方で危険も伴う。
扱い方を間違えば人体に影響の出るものだし、取り返しのつかないことにもなる。
その危険はまだ魔術を習得したばかりのアトリやグラハムでさえ、気を付けなければならない。
素質とは人間そのものの根幹も示すが、それを扱う人間の精神をも示す。
たとえ魔力があったとしても、人間の身体が耐えられなければ行使も出来ないし、適合しなければ魔術としても成り立たない。
この場合、クロエはどうだろうか。
魔力を有してみないと分からないことは多いが、彼は彼女にその素質としての期待を持っていた。
「しかしアトリ………もしそうするとしたら時間も掛かる。それに彼女が適応するかどうかはやってみなければ分からないし、体調でも悪くして戦に影響が出るようでは困る」
「………分かっている。だが、それでも成れるものなら必要な存在だ」
………。
決してクロエの力を軽んじて見ている訳では無い。
だが一方でアトリの考えもグラハムには分かる。
自分が魔術師となった例だからこそ、もしクロエが魔術に耐性し行使できるようになれば、
戦力としては申し分ないものとなるだろう。
剣術だけで男性兵士を凌駕するのだから、そんな彼女が魔力を得れば鬼に金棒というものだ。
アトリはその素質と人間性に期待し、きっと魔術を習得できると強い期待を示していた。
そして同時に、覚悟も見せている。
アトリは作戦の加筆をするといい、それを今晩に発表する予定だ。
グラハムも午後からはその話で打ち合わせを彼とする予定でいた。
そこでグラハムは気付いたのだ。
もしかしたら、彼の作戦の一つには、魔術師の介入があるのではないか、と。
現在確認されているウェールズの魔術師は、アトリ、フォルテ、グラハム、そしてアルゴスの4名。
対して敵側はいまだに未知数。
一般人と魔術師とでは根本が異なるし、大きな脅威となる。
それを彼は警戒し、一人でも多くの理解者を生み出そうとしているのではないだろうか、と。
グラハムはそう気付いたのだ。
魔術の掟など散々に聞かされたことだ。
だが、アトリはそれを程度破ってでも、王城を取り戻すために確実な手段を揃えようとしている。
勝つために必要だと思うことは、出来るだけ取り入れたい。
そんな彼の姿を見て、彼が死地で今までどのような生活を送ってきたのかが、少々分かったような気がした。
見ず知らずの者たちが大勢いる。
それは自分たちとは全く関係のない死地でも、この国内でも同じことだ。
彼が目指すのは、大多数の人間が救われ、護られること。
それを脅かすものは倒さなければならない「敵」だ。
そのために出来ることをしておく、というのが彼の考え方。
禁断の領域にまで達してもなお、それで人々が救えるのなら取れる方を選択しようという心意気。
それを見た時。
グラハムは、彼の姿に理由なき陰を見た。
「………まぁ気持ちは分かるし、魔術の理解者が増えれば俺も嬉しいけどな」
「………ああ」
戦いは暫く続きそうだが、
グラハムは彼に意向に賛成してくれた。
確かにグラハムとしても、魔術師として戦える相手が増えることは嬉しい。
何より敵に対抗するための手段を整えることが出来る。
出征までの時間が短いために、魔力を与えても魔術行使をすることは出来ないだろう。
だが、人目につかず魔力による身体機能の強化くらいは出来るだろうと考えていた。
あとは、クロエがこの話に乗ってくれるかどうか、というところだ。
幾ら真実を話したところで、彼女がそれを受け入れてくれなければ意味が無い。
魔術には危険が伴う。そのことも話してなお、足を踏み入れるかどうかは分からない。
戦いはまだ終わる気配が見えないが、
アトリは二人の間合いのすぐ近くまで接近していく。
その後ろ姿を腕を組みながら眺めるグラハム。
これだけの時間動き続けているというのに、まだ疲労の顔も見せない女性二人。
しかし、一度大きな間合いが開いた時、その間にアトリが入った。
「あ、アトリ………!」
「ん、お前こんなところで何してるんだ?」
「何って………借家の近くで戦っていれば気付くだろうさ。大体の目的は見えているけども」
戦っている間はともかく、二人とも間合いが開きアトリが間に入ると、
真剣な表情が次第に緩んでいった。
敵対するような意思もない。二人はやがて戦う時が終わったことを自覚し、その木刀を下げた。
アトリの思っていたように、クロエはアトリを支えてきたと言うフォルテの実力が知りたかったのだ。
かつての師として気になったところもあっただろう。
アトリほどの男を支えられる女性がいるとすれば、それはどのような人だろうか、と。
彼が家を離れ、暫くしてクロエがここにやってきた。
そしてフォルテに対戦をお願いしたのだ。
貴方の力を示して欲しい、と。
フォルテとしてはそれを断る理由もなく、ただ彼女が上層部の一員であることを知っているために、
自分の力を見せて認めてもらいたいと思った。
彼女なりの欲が戦いとなって現れたのだ。
「やっぱりそうだったか」
「はぁ………あんたね、昨日あの場ですぐに認めて下さいって言われても、認める訳にもいかんだろう?だからこうして私が来てやったんじゃないか」
と、アトリの反応に半ば呆れ顔で対応するクロエ。
木刀を持っていない反対側の手を彼女に向け、その手に持っていた木刀を預かる。
これは元々彼女がフォルテの実力を図るために態々持参したものだ。
はじめからクロエはフォルテのことを知るために、こうすると決めていたのだろう。
二人に疲れの色は見えないが、それなりに見えたものもあるようだ。
「それで、クロエの判断はどうなんだ」
「………あぁ、合格だ。なんで兵士じゃないのかってくらい、恐ろしい剣術を持っているね」
―――――――――――田舎育ちは皆バケモノ揃いかい?
なんて冗談を混ぜながら、しかし素直に彼女の実力を認めた。
言われてみれば確かにそうなのだ。
幾ら彼女の過去が今の彼女を形成したとは言っても、兵士の訓練を何一つ積んでいない人間が兵士と同等の力量を見せる、ということが不思議でならない。
まして、クロエは彼女の過去を知る者ではない。
尚更疑問に思えただろう。
アトリも初めて彼女と剣術鍛錬で対戦した時は、驚いたものだ。
後に判明したことだが、フォルテがアトリの傍に兵士の立場として置くために、クロエは彼女の実力を確かめて判断しろと、アルゴスやフェデラーから依頼を受けていたのだ。
彼らの条件として、彼と同等に戦闘し得る能力があることをあげた。
そうでなければ、とてもアトリの傍にいて支援など出来るはずもないだろう、と。
それだけアトリの評価が高いとも言えるが、
クロエは正直純粋な剣の腕ではアトリよりも上であると感じていた。
自分よりも強く、アトリよりも強い。
そんな人材が彼の傍で支えになりたいと言っているのだ。
今はそうでないにせよ、
かつての師がその人を見て、受け入れるなと否定する方が難しいものだった。
「良かった。クロエほどの鬼教官が認めるなら、大丈夫そうだ」
「?クロエさんは、鬼教官なのですか?」
「………あんた、私の余計な噂を各所に振りまかないでくれるかな??」
真偽のほどはいかに。
それはとにかくとして、アトリはその場にいる三人全員に話があると言って、借家に案内した。
幸いと言うべきか、なんというべきか、クロエにもこの後の時間はあるようだった。
彼女は兵士の訓練をする立場にあるが、今日はこの目的があった為に代行して指導する王城勤務の兵士がいるようだった。
話をする前に、時間は昼時。
お昼ごはんにちょうどいい時間だ、とフォルテが言い出し、彼女が全員分の食事を作り始めた。
流石にすべての作業を彼女に任せる訳にもいくまい、とアトリも手伝いに入る。
その様子を見て。
「なんだか夫婦みたいだな」
「だねぇ。あの子がアトリを支えるんだって言われても、納得できちまう」
と、二人に聞こえないところでグラハムとクロエが話をしていた。
色々と考えることはあるが、今はあまり気にしないことにする。
アトリの昔、それも城に来る前の生活を知っている人なら、この姿にも納得がいくというものだ。
食事を終えた三人は、そのまま居間に居座る形でアトリからの話を聞くことになった。
「さて、本当はグラハムと一対一で話をする予定だったが………先にクロエにも用事が出来た。それを済ませてから、本題にいきたい」
「私のこたぁ気にしなくたっていいんだよ」
「いや、そういう訳にもいかないんだ。上士として………あ、いや、一人の人間として聞いてもらいたいことがある」
フォルテやグラハムが横目でアトリの顔を見る。
彼の顔は真剣そのもの。
そしてグラハムにはこれから話される内容が既に分かっている。
それを口にしたが最後、もう後戻りはできないだろう。
フォルテも深く真剣な表情から、アトリがどのような話をするのかを推測していた。
まるで密会のような構図が描かれるこの部屋の中で、それは明かされる。
「昨日、ここに戻って来る前にクロエと会って、色々と話を聞いた。あの話のおかげで今後の作戦に加筆が出来そうだ」
「そいつぁ良かった。今晩明かすんだろう?」
「あぁ。けれど、それよりも前に教えて共有したい。作戦に関わる重大な話を」
アルゴスとも話した。
ここから先の話は、他の誰にも触れられない秘密裏に進められるものだ。
作戦そのものは、あたかも従来のものに確実性を持たせるために加筆されたものだと思うだろう。
だが、そこには今までとは異なる要素が絡んでくる。
その根底を、明かさなくてはならない。
「昨日話していた国王の件、もう一度話してくれないか?」
「あれを?………んまぁ良いけど」
そうしてクロエは、まだその真相を知らない二人に国王の件を話した。
国王が亡くなったという話ではなく、彼女が見た国王生前の最期の瞬間のことだ。
アトリはその話を昨日、彼女から聞いたばかりだ。
光り輝く剣。
妻と娘の後を託されその場を後にする時に見せた、そんな光景。
国王はその剣を持って、やってきた敵兵士たちを次々と撃退した。
アトリでさえその光景を見たクロエを疑うほどのものだったが、一番驚きそして疑問に思ったのはその光景を見た彼女自身だっただろう。
彼女は言った。剣が自ら光を放つことなどあり得ない、と。
フォルテもグラハムも、その話を聞いてすぐに思い付いた。
それが魔術によるものでないか、と。
剣が自ら自然発光することなど普通はあり得ない、というのは誰にも思えることだろう。
そのような光景を見れば疑うことは間違いない。
だがその真実に気付かない者は、その原因が何であるかを突き止めることが出来ない。
だからこそ、その立場の分かる彼らには、それが魔術だと理解できるのだ。
アトリはここに来てから、アルゴスが自分に魔力を帯びた石を埋めた剣を作らせたことに関与していることを突き止めた。
ならば同じように彼と親しく繋がりのあり、兵士たちを采配していた国王も、それを知っていたことだろうと考える。
なるほど、ならば確かに何も知らない一般兵士たちをいとも簡単になぎ倒せるわけだ。
となれば、国王が殺された相手はマホトラスの魔術師以外に居ないだろう。
「それで?」
「………俺も剣が自ら光を放つなんて話、普通じゃないと思う。人の手で意図的にそうしなければ不可能なものだ。となれば、いくつか考えられる話があるんだが………」
―――――――――――なるほど。あんたはそれが“魔術だ”と言いたい訳だ?
………。
その場が凍り付く。
アトリだけでなく、同じ魔術師である三人全員が、
たった一人の言葉に何もかもを封じられたような、そんな空気であった。
………。
4-14. 利用




