4-13. 心構え
「………」
また、あの夢だ。
あの光景を見ている。
地獄にも似た燃え盛る景色。
生物など存在していられるはずもなく、
まるで世界そのものが崩壊していくようなもの。
誰も彼もこの炎から逃れられることは出来ない。
夢を見る、この身でさえも。
分かる。
あの洞窟の中で見た、今でならよくイメージできる。
これはそう、たとえ“この世界でないどこかの話”であったとしても、
見えているあの男が経験した光景の一つだ。
今まで見たどんな光景よりも現実離れしているようにも感じられる。
しかし、もしこれが本当に現実に起こるものだとすれば。
これから起こり得る可能性だとすれば。
それを放っておくことなど出来はしない。
それは、何故?
この光景がここと何ら関係が無いかもしれない。
自分にとっては無縁のものだろう。
それでも気にして、手をかけようとしているのは、何故?
この光景を見せられる度に、問いかけられている。
自らの持つモノを貫けるのかどうか、その答えを問われている。
もしこれが本当の現実になるのだとしたら。
自身とて例外ではない。
このような光景の中で、生きられる者など誰一人いないだろう。
あの男が特別で、他の人とは違う存在なだけ。
普通の人であれば、どうすることも………。
そうだ。
普通の人がこの光景に巻き込まれてしまえば、恐らく死に絶える。
それだけは、あってはならないことだ。
何も関係のない人々が、こんなことに巻き込まれてはならない。
いずれ人の生が終わる時が来るのだとしても、このようなものの中では容認できない。
あの剣の墓場のような、この燃え盛る大地のような、地獄のような姿の中に、
罪もなき人々を置く訳にはいかない。
いつかこんな光景が訪れるのだとしたら、
それが起こる前に防ぎたい。
そうしなければ。
人々の幸せを願い、それを護る者の役目が、嘘になる。
あの地獄が人々のすべてを奪うというのなら、
その地獄が彼にとっての敵となる――――――――――。
そんなことを思っていた。
顔も名前も分からない者たちが失われていくことを、彼は拒んだ。
戦争においてはそうも言ってはいられない。
彼にとって「敵」となるものは、たとえ顔や名前が知れていても知れていなくても、倒さなければならない。
そうしなければ、いつか敵の手中に無辜の人々が巻き込まれてしまう。
彼らの言いように進められ、いつか当たり前であった生活を奪われてしまう。
だが、それが戦争ではなく、すべてを巻き込む類の相手であったとしたら。
彼はそのすべてを燃やし尽くす存在一つを敵とみなし、それ以外の人たちを救済するだろう。
その景色を見てそのように思っていたのだ。
もう何度みたかも分からない、この不可解な光景。
時に炎の地獄。
時に何もかもが停止したような、白黒の世界。
そのどちらも、現実と比べれば異常だった。
だが。
脳裏には今も、あの時見た大きな鉱石が鮮明に思い出される。
あの男と、あの空間で見たこと。
それらはすべて、現実でなかったとしても、偽物でもない。
ここではないどこかで起こっていたことだとしても、空想ではない。
願わくばそのような未来が訪れなければ良いと、夢を見ながらそう願う彼。
極端な理想と対するモノを相手にする。
もしその未来が訪れるのだとしたら、その未来さえも敵に回す。
そんな、大きくて持ち切れない理想を叶えようと考えたのだ。
たとえ地獄が待っていようと、そのすべてを阻止してみせる――――――――――。
漠然とした不安を持ちながらも、
その夢が見果てた時には、再び朝がやって来るのだ。
………。
そこは、ウェールズの残存部隊も、王城を占拠したマホトラス軍もいない。
いや、それ以上にひと気そのものが完全になくなってしまった土地。
この世の姿でありながら、気付く間もなく失われた本来の姿。
そこに、一人の兵士がやってきた。
長身で細身、それでいて筋肉質。
右手には自分の背丈よりも長い槍を携え、左手は何も持っていない。
このような男の姿を、他の一般人が見たとすれば、明らかに怪しむものだろう。
武器を持って歩くのは、自警団の人々か国の兵士ばかり。
だが、この槍を持つ男は兵士でありながら、兵士らしからぬ風貌を持っている。
衣服の上から黒色にも似た青い外套を着込む。
「………ぁぁ、こいつは」
――――――――――空気が淀んでいるどころの話じゃない。
そう、槍兵は言葉を発した。
誰もいなくなったこの土地で、誰も見ることのないこの光景を目の当たりにしている。
もし普通の人間がこの空気を生身で感じ取ったとしたら、それだけで異常を訴えるだろう。
目の前にある光景だけが異常なのではない。
この空間そのものが異常のように思えてしまうことだろう。
たとえ、それらが魔術師という法外な奇蹟を行使できる者でなかったとしても。
現れた景色は濃霧と燃え盛る炎。
前者は先の淀んだ空気の体現者で、後者はまるでそれを覆い隠すような地獄だ。
だが、あまりにもその空気が重く淀み荒んでいるためか、炎が寧ろ気休めになるくらいなものだ。
通常、炎というものは原因があって初めて発生するものである。
理由もなく燃えることなど本来はあり得ない。
だが、この場においてはそのあり得なさ、不可能さも肯定されてしまうのであろうか。
まるで地面から湧き水が噴き出しているかのように、大地から炎が溢れ出ているのだ。
槍兵がやってきたこの地域は山脈に近い地域ではあるが、火山といったようなものに関わりは無い。
燃え盛る大地に荒んだ荒野、炎の中に凝縮されるように濃密な重い空気が圧し掛かる。
それは、魔術師としての才を持つオーディルでさえ、顔をしかめるほどだった。
「ったく、これじゃまるで魔力の暴走じゃねえか」
刹那。
オーディルはムッと眉間にしわを寄せ、内なるものを発動させた。
体内の魔力が稲妻のように発動対象へと駆け抜けていく。
もちろん、その発動先は右手に持つ槍だ。
ただの槍ではない。
普通の人間には持つことの出来ない槍で、その槍には既に魔力が込められている。
彼の体内が魔力の起爆装置なら、その槍も同じく効果を発動させることが出来るのだ。
身体の魔力による発動と、槍の中に込められた魔力との発動。
同時に魔力が発動して効果を発揮すれば、どうなることだろうか。
だが、今は体内からの魔力だけに留めた。
炎に近づいた槍兵は、魔力の込められた槍で炎を斬り払った。
瞬間、槍から風が吹き上げ炎を揺らした。
その斬撃はもはや槍の持つ射程距離を超えているようにも見えてしまうもの。
風は衝撃となり、その波が炎を消すために払われていく。
「………チッ」
だが、成功しない。
人間誰にも失敗というものはあるが、これは根本的に「不可能」ではないかと思うくらいだ。
炎はまるで地面から湧き上がるようにして発生している。
既に可燃するものは燃え尽され、大地は更地で砂漠のような虚無になっているはずなのに、炎はいつまでも大地から発生し続けている。
槍を斬り払ったところで消せるものではなかった。
炎は風に揺られただけで、特に消えもせず今も発生し続けている。
火災の原因が槍兵には全く分からなかった。
ある程度の憶測は立つがそのようなもの、原因究明の為の気休めにしかならない。
何が事実なのかを検証する要因にしかなり得ず、本当のことを突き止めることは出来ないだろう。
これが恐らく魔力の何らかの異常による現象だと槍兵は見ていた。
原因はその辺りの何かだろうが、とにかくもこの場の空気が異常に淀み空間が歪んでいる。
普通の人間は、この濃密な魔力の渦を浴びて正気で居られないだろう。
消す手段が無いのであれば、火元を消滅させるにはその大地ごと吹っ飛ばすしかない。
が、いかが魔術師とはいえ大地を一片に灰にする方法など普通は持っていない。
そもそも、
大地を消滅させるほどの一撃を彼が所持していたとしても、
どれほど悪態をつく自然になってもそれが失われることはない。
「………んまぁ、あぶねえことには手を突っ込むなってな」
彼は幾度となく戦場を駆け抜けてきた兵士だ。
マホトラス軍の中ではかなり自由奔放な生き方をしており、その実力は認められているものの兵士としての在り方を問われる機会は多い。
必要という時に現れないことや、上の者を相手にしても我が道を貫く、というように自分という存在を固持し続けている。
それが逆に槍兵の持ち味ではあるのだが、時に困り者となるのである。
今回の「探索」も、ほぼ槍兵の独断である。
だが、彼の探索はただ辺りをブラブラと周るものではない。
明確な目的があってのことだった。
彼がいかに優れた魔術師であるかは、彼の行動を読み取ると次第に分かって来ることだろう。
もっとも、自由奔放故にそのような機会はそうそう訪れるものではないのだが。
彼はこの探索において、この異常をすぐに探知しこの場所まで直接やってきたのだ。
つまり、魔力を大地に通わせその異常を察知することが出来る能力を彼は有している。
魔力の異常は魔力を持つものであれば基本反応しやすい。
人それぞれだが、魔力が集中する場所やそれらの異常については、魔術師クラスであれば大体の人が察知することが出来るだろう。
だが、槍兵の場合はその索敵範囲が非常に広いのだ。
この大陸にいる魔術師を探知することは出来なくとも、優れた探知能力を持つ彼には、特に色濃い異常についてはある程度遠くに離れていても、察知することが出来る。
槍兵が気ままに軍から離れ、自由行動を取った今回の目的はそこにある。
ついこの間からハッキリと感じられるようになった、魔力の異常。
大地の底に眠る魔力が地を歩く彼に異常を突き上げているかのよう。
しかし、その彼でさえこの目の前の異常に踏み込むことは出来なかった。
幾らでも手段はあるのかもしれないが、少なくともこの槍兵の身に余る力が必要となるだろう。
「ここだけが異常ってんなら………いや、そうはいかねぇか」
槍兵はその場を後にする。
このようなハッキリとした異常が目の前にあるにも関わらず、その原因は不明なままだ。
これを取り払わないことには、彼の感知し得る魔力の混沌はいつまでもここを示すことだろう。
だが、この場所以外にも同様の異常があればそちらも調査したいと彼は考えた。
自然に対しての魔力感知が優れているからといって、今この場ですぐに見つかるとは限らない。
近い場所での異常ほど強く反応するのだとしたら、遠い地域での異常はそれに掻き消されている。
器用に何ヶ所もの異常を特定することは、たとえ槍兵と言えど不可能に近い。
他の魔術師たちはこの異常をどのように見ているだろうか。
いや、そもそもこれを感じ取れるほどの魔術師は他にいるだろうか。
と、槍兵は溜息をつきながら去る。
自分の素質が優秀であるなどと自慢するものではないが、異常に対する探知が誰でも優れているとは正直に言い難い。
味方ですらそういった類の能力に疎いものもいるのだから。
槍兵オーディルが発見した異常空間。
何らかの要因により、大地に根付く魔力が不安定となり発生したもの。
異常を表す炎と、その先にある濃霧。
そして、この異常を掻き消すかのように覆い尽くす周囲の白い霧。
まるでこの世のものではない別の空間にいるような気分さえ、彼は感じていたのだ。
………。
「突然のご無礼をお許しください」
「構わん。私もお前と話がしたいと思っていた頃だ」
アトリが王国軍に合流してから、二日目のこと。
彼は早朝に起床して色々と準備を済ませ、そして今自分の上士であるアルゴスのもとを尋ねていた。
事前の連絡もないままの、突然の来訪。
だが、アルゴスにとって経験が無い訳では無い。
彼が次なる任務を受け取りに来る時は、このように何の連絡もなしに来ることもある。
死地の護り人として各地を転々とし続けていた時には、寧ろよくある光景だっただろう。
だが、今日のアトリの目的は違う。
今晩の為に色々と準備をしなければならなかったし、それに話しておかなければならないこともある。
「作戦の件か」
「はい。ご相談………といいますか、単刀直入に確認しておかなくてはならないことがあったのです」
「………」
アルゴスは相変わらずの寡黙な男。
たとえ室内でいようと完全武装を常に行うイメージ通りの存在だ。
一方のアトリも、平静を保ったままアルゴスと接する。
なんてことは無い。掟に触れるようなことではあるが、相手もそういった類の者なのだから。
「以前、私はレイモンさんから特注の剣を作ってもらったことがあります。自分はいつも死地に行っては剣を折ってばかり………情けない話でしたが、前にレイモンさんと手合わせした時に、お前の戦い方ではどんな支給品もすぐに壊れてしまう、と釘を刺されたのです」
「………」
僅かに、アルゴスの眉が動く。
「俺の型は基本防御を厚くするもの。それを見てレイモンさんは、マホトラスへの出征を前に専用の剣を打って渡してくれました。今まで専用の剣など一介の兵士などには打ってくれなかった。しかも無償で。はじめは何も気付くことはありませんでしたが………その剣にはあるモノが付随していました。決して外界には触れられることのないモノ………」
たとえ国の鍛冶氏であったとしても、
その存在を知っているかは分からない。
あのモノは、人の手に触れることで最初の効力を得るはずのもの。
それが、剣の中に埋め込まれていたのだから、他と用途が異なる。
だが、それでも剣の中にあれを埋め込むということは、その事実を知っていた可能性がある。
「………貴方たちは、知っていたのではありませんか。この俺に、人ならざる力があることを」
「………」
緊迫した空気。
二人の間で生じる重たい雰囲気。
決して開けてはならないパンドラの箱を開封したようなもの。
彼は自らに人ならざる力、魔力が備わっていることを打ち明けた。
そして、それをアルゴスたちが知っているのではないか、と告げたのだ。
上士として、あるいはそれ以上の存在として、アトリが魔力を持っているということを既知しており、
自分の能力を何らかの形で引き出すために魔力を帯びた石の欠片を埋め込んだのではないか、と。
そのことを知ったのは、フォルテと魔術鍛錬を積む前のことだ。
彼女がそのように打ち明けてくれたことで、彼の中にそのような考えが浮かんだ。
彼は今まで自分の中にそのような魔力がある事実を知らなかった。
となれば、彼に魔術師としての能力があることを知ったうえで、あの剣に埋め込ませたのではないか、と。
そして、それを指示したのは自分たちの上士ではないか、と思ったのだ。
既にアトリはグラハムから、アルゴスが魔術師としての能力があることを告げられている。
もしこれが、何も知らない相手に対しての会話だとしたら、唖然とされるか驚かれるか、だろう。
魔術とは外界に触れられるべきものではない、秘匿されるものだ。
最も、使用する環境によってはそうも言っていられないかもしれないが。
「いつ気付いた」
と言うことは、やはり知っていたのか。
そう、彼は心の中で確信を得た。
そうでなければ、ただの兵士に魔力を帯びた石など持たせるはずがないだろう、と。
「フォルテを通じて知りました。今日はそのことについての、お話です」
「………」
気付かれてしまった。
というよりは、いずれ訪れる時だったのだろう。
アルゴスは、自分の中で静かにそのように打ち明けた。
確かにあの時、国王は言った。
『いずれは、こうなると思っていた。アトリが兵士になるとここに来た時から、いつかその日は来ると』
あれは、紛れもなく彼が兵士となり自身の力に気付く瞬間のことを言う。
アトリが突然この城に現れ、兵士になりたいと告げてから4年以上が経過する。
彼があの男の息子だと知ったのも、兵士としての教育を受け始めた頃。
あり得ないほどの力量と技量、それを実現させるだけの身体と能力。
その裏には、彼の潜在的な魔力が影響していた。
普段その眼に触れることが無くとも、戦いの訓練をしている時だけは明るみになる。
彼は事実を知らなかった、故に魔力を身体の内に押さえつけるという手段も知らなかった。
そのため、魔術師であるアルゴスや、その能力を持つ国王エルラッハには、彼の内なる秘密が分かっていた。
――――――――――“アーサー”の子だろう?
兵士としてあまりに早熟で、
他の誰よりも戦闘経験を積んできた者。
彼は知らぬ間に自らの魔力を強化し続け、己の力量を蓄積させていった。
魔術師としての素養があるというのなら、何故それを先に彼に知らせなかったのか。
そうすれば、“幾人かの敵魔術師にその存在が明かされることは無かっただろうに。”
アルゴスは昔を思い出す。
死地の護り人として自らを酷使する彼を見て、その彼に少なからず同情の念を持ったこともある。
あのような生き方を肯定する訳では無いが、あれが確かに人々の為になっているというのは事実だ。
だが、自分が魔術師であり他の人には辿り着かない力があると知れば、
彼は間違いなくその力を追い求め、そして本当の意味で護り人となるだろう。
人、それを『守護者』という。
そうなれば、もう彼に救いは訪れない。
自らの力を自覚することで、彼は自らの役目を負い続けるだろう。
その身が誰かの為になると、必要とされているのだとしたら、彼はそれに全力で取り組む。
だから、彼らは躊躇ったのだ。
彼の師である彼女がかつてそう言ったように、手遅れにならないように、と。
国の為に尽くすのが、兵士としての責務。
ごく当たり前のことだ。
今も兵士たちの多くは、何かしらの目的を持ちながら、国の為に働いている。
同じように、彼も誰も届き得ぬ目的を理想と掲げ、戦い続けている。
上士として兵士たちを扱うのは当然だし、そのうちに彼も含まれる。
彼が戦う存在として逸材なのを良いことに、今まで散々酷使し続けてきた。
それが、国の為なのだから。
その自覚はあっても、たとえ同情することがあったとしても、戦うことを止められなかった。
国としても彼の力は必要だったし、彼もそう望んでいる。
それでも、彼が魔術師としての素養があるということだけは、告げられなかったのだ。
「………そうか、気付いたか。確かにその通りだ。お前には古くから魔力が備わっている」
黙っていて悪かった、と彼はアトリに詫びた。
アルゴスの心情がアトリにどのように伝わったのかは、アルゴスが気にするものではない。
ただ、彼なりに考えることがあっての詫びだったのだろう。
もしアルゴスが、今グラハムにしているように、魔術の鍛錬をアトリに行っていれば、今頃とてつもない力のある兵士になっていたことだろう。
使い方次第では、今まで護ることの出来なかった者たちも護り、救えたかもしれない。
「いいえ。ですが、今になって気付いて良かったことも、ありましたから」
アトリなりに色々と回り道をしていたのかもしれないが、それでも悪いことばかりではない。
寧ろ、この道筋で来なければ、出会っていなかった者たちがいる。
それを思うと、いつか起こっていたかもしれない過去を語るより、今持ち得た状況を次に活かすことを考える方が良いと、彼は思っていたのだ。
アルゴスはそのことを、アトリに聞くことはしなかった。
恐らくその回り道が、フォルテという女性と出会ったことではないか、という確信を持っていたが。
「では、お前は魔術師としての素養を身に着けた、ということだな」
「自信がある訳ではありませんが、ある程度は」
そのことを踏まえたうえで、彼は話があると言った。
アルゴスも彼の話を聞き入れる。
魔術と関わりのある話。
普段外界に出てはならないものではあるが、彼にはそれを活用する手段が欲しかった。
王国軍首脳部の中で考えられた作戦案。
すべての戦闘において数で圧倒するというもの。
本隊が到着するまでは優勢に戦うことが出来るだろうが、それでは足りない。
いつか消耗した自分たちが逆撃されることになるだろう。
そこで、アトリは作戦案に加筆修正を加えることを依頼した。
「本隊を誘き出す、だと?」
「はい。マホトラスの展開している境界線は左右に広いです。そのすべてを護り切るのは難しい。しかし、私たちが一点突破をしていけば、恐らく左右に分散した別の部隊が私たちの背後に襲い掛かるでしょう。私たちが背後から強襲されるよりも先に城に到達すれば良いですが、そうでない場合には挟撃されこちらが不利になります」
「…………なるほど」
そこで、アトリが提案した作戦。
出来る限り最短で取り戻したいという気持ちも分かるが、事を焦れば再び逆撃される恐れもある。
そうしないために、確実にマホトラスの戦力を削りながら戦おうというものだった。
まず、広い境界線の中央部を除く、左右の防衛部隊に相次いで強襲をかけ殲滅する。
防衛部隊を突破し次第、中央部のカークスから最も近い町を左右から挟撃する。
中央部の町を制圧した後、城に向け直進する部隊と、敵の本隊を側面から挟撃する部隊とで二分する。
自分たちが城への侵攻を知ると、戦力差を埋めるために本隊が最も人数の多い部隊に攻撃を仕掛ける。
それを挟撃し、戦力を削いで撤退させるか、撃破させる。
そうして合流した二つの味方部隊と共に、有利な状況を作った段階で城への侵攻を進める。
彼ら上層部の考えだした案に加筆をし、明確な危機を乗り越えるために時間をかけようというものだった。
確かにアトリの案では、懸念されるべき事態を突破できる可能性を有している。
それでも考えられる危険性は存在するが、少なくとも相手を揺さぶる要素は前回までの案よりも多い。
「ですが、それだけでは足りません」
「………?」
「この作戦を引っ張り、そして城を取り戻すためには、魔術師の行使が必要です」
ある意味で、それは交換条件とも取れる話だった。
作戦における加筆、それを実行することにより得られる状況。
それと引き換えに、実行するために必要な要素を行使するという選択肢。
彼はこの発言やこの作戦案が、所謂掟破りのものとなることをアルゴスに告げたのだ。
アルゴスは魔術師としてのアトリの考え方を垣間見る。
いや、それは魔術師というよりも、戦略家、戦術家、そういった類のものであると考えた方が良いかもしれない。
自分たちが有利に進めるためには、ある程度の妥協も考えなければならない。
確かに魔術を外界に触れさせることには反対だが、それを行使することで王城に一歩でも近づけるというのなら、その手段を行使することも考えなくてはならない。
アトリは今まで、死地において最善と最悪の選択肢を考え、取り続けてきた。
その結果がどうあれ、それで多くの人々が救われた経緯が何度も事実として存在する。
彼のこのような考え方は、恐らくそうした死地で培われたものだろう、とアルゴスは考える。
今までアトリにこうした作戦を相談する機会など殆ど無かった。
彼はこちらが提示した状況を解決するために尽力し続けてきた。
アルゴスや他の兵士たちが知らないところで、死地となった状況を覆すために戦い続けてきた男の姿が、確かにそこにある。
「具体的には」
「はい。まずは初手、左右に展開する敵軍を倒すために、それぞれの部隊に魔術師を配置し敵を殲滅します。その後中央部を制圧し、合流します。魔術師を筆頭に戦力を削ぎ、戦いを有利に進めるのです」
その後の展開、本隊を挟撃する際には、
本隊と真っ向から対峙するであろう部隊に魔術師を配置し、側面から挟撃を狙う部隊には出来るだけ移動の早い部隊を編成して進行する。
側面からの挟撃部隊には魔術師を配置せず、相手の側面を斬り込み分断させ、攪乱させることを目的とする。
彼の口からそのように説明がされた。
はじめに上層部が考え出した作戦よりは明確だが、遥かに難易度も高い。
魔術師を配置して彼らにその力を行使させる、というのもそう簡単に出来るものではない。
魔術師が戦闘に参加するうえでは、決定的に障害となるものがある。
それは、魔術師は魔術師であることを知られてはならないという、掟だ。
彼はそれを破る発言をしているが、アルゴスにとっては容認い難いものでもある。
人々の疑念を生む訳にはいかないし、非人間などと称されるのも御免だ。
だが、それでも確かにアトリの主張はとても分かる。
自分たちが勝利を掴みかつての城を取り戻すためには、その手段が必要なのだ。
相手が魔術師を投入してきているのだから、こちらも同じ土俵に同等の存在を出さなければ勝ち目がない。
「明らかに人外だと分かる行使は避けたとしても、魔力があれば身体の機能を通常よりも高めることが出来る………そうですよね」
「………否定はしない。人それぞれの能力と価値があるから、誰もが共通して己を強化するとは言い切れない。だが、確かに手段としては都合が良いし周りに怪しまれる危険性も薄いだろう」
魔力による強化と、魔術行使による強化とは似て非なるものである。
と、かつてアトリはフォルテに教えられた。
己の身体に魔術をかけて身体を強化するのは、アトリが主体としている防御魔術の型において優れている。そのため、アトリからすれば己に魔術行使して機能を強化することは容易い。だが、型の異なる他の人たちが同じように身体の強化を施すには、己の魔力を身体の機能と合わせ、機能を高める手段となる。
単純な魔術行使であれば型の合わない魔術師でも強化を使えるのだが、効力は薄いし態々行使するほどの有用な魔術でないこともある。
その点、体内魔力を身体機能の強化にあてることは、どの型の魔術師にでも出来る初歩の一つだ。
かつてアトリも、フォルテに現場復帰のための鍛錬を見られた時に、アトリは体内から魔力を放出させながら素振りを行っていた。
彼は気付かない間に自らの力を魔力によって上乗せさせ強化していた。
魔術師にもそれが可能である。
相手が魔術師であるのなら、あの人が魔術を使っていると感知されてしまうが、魔術の存在を知らない大多数を相手にすれば、魔術が公にされる危険性は薄い。
基本的に部隊を率いて戦闘をしている時には、見えざる魔力を使って戦線に立つ。
アルゴスもそのことについては納得してくれた。
「………だがアトリ、どうする。もし、魔術師を相手にしなければならなくなった時は」
「っ………」
「お前は大多数の相手に勝ち得るために、魔術師を筆頭に戦闘をすると言った。その判断は私も正しいと思う。だが、その状況下で魔術師が相手に現れれば、お前はどうするというのだ」
魔術師とて全知全能たる存在ではない。
たとえ王国軍が相手を追い詰めたとしても、敵の魔術師が命の危険に際し魔術を解放しないとも限らない。
そうなれば、普通の兵士たちに知れ渡るほか、以前のように驚異的な殺戮を見せられることだろう。
アトリは直接目にはしていないが、またあの時のような惨状となるかもしれない。
それに対して、アトリは。
「………相手がそれを望むのであれば、こちらも全力を以て受けるまでです」
――――――――――――それで護られる命があるのなら、もう掟などと言ってはいられない。
最大限の覚悟を示して、
この戦いに臨もうとしていた。
………。
4-13. 心構え




