4-10. 形見
「………何?」
その場の空気が凍り付くのが分かる。
肌身で感じる以上に、目の前で話をしていた友人の顔が凍り付いたように強張ったから、空気もその雰囲気に汚染されてしまったかのようだ。
それはあまりにも唐突で、あまりにも衝撃的な言葉だった。
はじめは意味を理解するまでに時間が掛かり、意味が分かった途端に友人であるはずの彼を疑問視してしまった。
まさか、そんなことがあるだろうか。
この存在というものは、外界には触れてはならないもの。
一度も人目に触れるところで扱った覚えはない。
だというのに、何故だろうか。
「………アトリ、それはどういう意味………」
「良いんだ。グラハムが困惑するのは当然だ。だがそれは、逆に自分にとって身に覚えのある感覚だと伝えているようなものだから」
と、アトリは少しだけ笑みを浮かべてそのように言葉を発した。
この時既にアトリには確信が持てていた。
疑問ばかりを浮かべているであろうグラハム。
突然この話を振るのだから、困惑しないはずがない。
だがそれが正しい反応なのだと、彼は言う。
「実は、先程グラハムと握手を交わしたその時から、もう気付いていた。俺も、フォルテも。正直俺も驚くばかりだったが、ここに来るまでは周りの目もある。だから隠していた」
「なん、だと………」
「グラハム。君の身体の内には強い魔力が流れている。それも明らかに生命活動に必要な量を越えた、遥かに強い魔力だ」
「じ、じゃぁ………お前………」
初めて知った、アルゴス以外の魔術師。
いや、魔術師というよりは、魔術の心得がある人間の存在。
それがあまりにも衝撃的だったから、感想という感想も出て来ない。
しかもそれが、同年代の友人であったということが、尚更彼を困惑させた。
だがそれはアトリとて同様だ。
魔術師というのはそう多いものではない。
彼が今まで接敵してきた者たちを数えても、5人もいない。
しかも、この戦時下においては魔術師の存在は明らかにマホトラス側に数多く存在している。
まさか味方に、しかもこれほどまでに身近な存在に強い魔力を持つ者がいるとは思わなかったのだ。
彼は握手をした瞬間に、彼女は会話する距離まで接近した時点で、グラハムが普通の人には得ることのできない魔力を得ていることが分かっていたのだ。
グラハムは、驚いた顔を戻すことが出来ない。
が、それでもアトリは話を続けて行く。
「まさかこんな身近にいるとは思わなかったが………そう、グラハムが思う通り、俺も魔術の心得がある。今までは全く分からなかったが………」
「そ、そうだったのか………!い、いや驚きだ、な。あれは外界に触れることの赦されないものだって聞いてるから、俺以外にそういう力を持つ者がいるだなんて………」
真実が分かったとしても、グラハムにはそのような反応しか出来ない。
初見でその力の存在を見抜かれたというのも驚きだが、やはり何よりアトリがその力に通じるものがあるというのが、何よりも驚愕すべきことだっただろう。
一方、その事実を知ったアトリは冷静に物事を分析することに務めている。
フォルテとて同様だ。
「グラハム。ここへフォルテが来る要因となったのは、彼女が俺を助けてくれたから、というのもあるが………彼女もまた、魔術師なんだ。俺より遥かに強い、古くからその道に通じている」
「………!」
ここでグラハムは、彼と彼女が出会い、そして魔術を得る経緯を彼の口から聞くことになった。
グラハムはフォルテを見る。フォルテはとても真剣そうな表情で沈黙を守っていた。
彼が死にかけた原因。あの槍兵に槍で穿たれ、瀕死になったところを彼女に魔術によって助けられた。
彼女の持つ治癒魔術がなければ、もう彼はこの世に存在する人間では無かった。
それが一ヶ月ほど前の出来事。
他の兵士たちが後退しながら戦い続けていた一方で、アトリは命を辛うじて救われ、そして彼女を通じて魔術を取得する機会を得た。
彼の中には潜在的に魔力が備わっていることをそこで初めて聞き、約一ヶ月間の鍛錬を積み重ねた。
その結果、彼は魔術師としての能力を身に着けることに成功した。
グラハムの持つ魔力を握手によって感知できたのも、その素養があったからだ。
普通の人間には持ち得ない力を、アトリは気付かなかったがずっと前から持ち続けていた。
そして、鍛錬を終え傷が癒えたところで、ここまでやってきた。
同時に、彼は彼女のことも話す。
彼女は本来ただの一般人なのだが、彼の過去と行先を知って自分も協力すると言った。
兵士では無い身分の人が、アトリという存在の傍に居ることを許される為には、兵士になる以外に本来の道は無い。
だが、今日基地司令のバーグマンと会談し、その機会を用意することを約束された。
彼女も魔術師で、魔術行使のみならず戦闘にも長けた存在だ。
なので、彼の傍にいて彼の行く先々に同行しても、特に支障はないだろう。
「大体の話は読めたよ。しっかし、致命傷を受けて海に転落して、なお生きているってのは凄い話だな………よほど運がいいのか、あるいはあえてのその逆か」
「まぁ、自分でもそれについては驚いている。運は………分からない」
「そんなことはない。アトリは強運の持ち主です。おかげで今もこうしていられる」
次に、アトリはグラハムからの話を聞くことにした。
何故グラハムが魔術を行使できるほどの魔力を得ることが出来ているのか。
それについてはフォルテも気になっていたことだ。
何しろ、グラハムは味方の存在。彼が魔術行使のできる手段を持っているとすれば、彼以外にも魔術師の心得がある人間が少なからずいるはずだ。
魔術師の存在は外部には知られてはならない。だが、マホトラスの連中は自分たちよりも遥かに強い魔術を心得ている。
となれば、彼らが戦場に出て来てしまうと勝ち目が無くなってしまう。
それを回避するためには、やはり魔術師を相手にぶつけるしかなくなる。
グラハムとアトリ、そしてフォルテの三人が魔術師であることで、戦う手段もその考え方も変わってくる。この秘密を魔術師でない者たちに話すことは出来ないが、信頼に足る人物であれば、事情を伝えて考慮すべきものも生まれ出てくるだろう。
「実は俺も、魔術が扱えるように………ああいや、まだ修行中だが、この力を貰ったのはつい最近だ」
「………」
「話をしていた時にお前さんの名前があがったから、たぶん知っているとは思うが………かつて地方の部隊長を担当していたヒラーさんって、知っているだろう?」
――――――――――――――――。
忘れるはずもない。
思えば、アトリにとってマホトラスとの対峙、いや、彼が持ち得る魔力に気付くキッカケを作ってくれた人の一人だ。
あの時、月下の夜に槍兵オーディルと対し、彼はあの男が人ならざる力を手に入れた者、魔術師であることが分かった。あの時は彼に知識は無く、直接的な表現方法を用いることは出来なかったが、彼がそのことをヒラーという男に打ち明けると、ヒラーは人ならざる力が存在すると言い、その正体が魔術師であると打ち明けてくれたのだ。
今にして思えば、あの時槍兵の槍を受ける寸前、“自分の力では無い何かが槍を避けようと働きかけた”のは、アトリに潜在する魔力がそれを回避するために発動させたものであると考えている。
後々、隣にいるフォルテと出会うまで、アトリは自分自身の魔力のことを知らなかった。
もしかしたら自分にそのような不可解な力が働いているのかもしれない、と思うことはあったが、それが事実なのだと認識することも無く、受け入れることもなかった。
グラハムがそのヒラー隊長の存在を知っていることは、驚きであった。
確かに幾度もの防衛戦で生き残ることもあれば、その姿を確認することもあるだろう。
それにしては、偶然過ぎる。
「ヒラーさんに、石を託された。これがそうだ」
と、グラハムは胸元に仕舞っていた巾着から、それを取り出した。
取り出された瞬間に、この空気の中に一際目立つ魔力が漂い始める。
それが、グラハムの所有する石。
彼が魔術師であることの証明だ。
だが、彼はつい最近にこれを取得し、相手がヒラーだと二人に話した。
アトリの中では、ヒラーがその石を持っていたということに対し、驚きと「やはり」と思う二つの気持ちがあった。
特に後者は彼の中では強く、納得のいくものであった。
あれほど魔術に詳しい者であるのなら、魔術師であっても不思議ではない。
ヒラーが魔術を行使する瞬間などを見たことは無いが、何となくそうではないかと思っていたのだ。
だが、それよりも気になることがある。
なぜ魔術師がその石をグラハムに託さなければならなかったのか。
聞くと空気が重くなることだろうと彼は思いながらも、その事実を確認する。
「グラハム、託されたということは………」
「………ああ。奴らに殺られた。殺られる前に、俺に直接手渡してくれたんだ」
王国領中央部にある、バンヘッケンという町のすぐそばで起こった戦闘。
寧ろ町も飲み込んでの戦闘とも言えたが、そこにはマホトラスの強者たちが集まっていた。
アトリが瀕死になっている間に発生した戦闘。
民をも巻き込む激しい戦闘だったが、結局ウェールズ王国軍は撤退を余儀なくされた。
背後に待ち構えるのが王城だというのに、いつまでも勝つことのできない正規兵たち。
その原因の一つが、マホトラス側にいる魔術師だった。
何人いるか、その正確な数字は分からないが、グラハムが遭遇した魔術師は別に二人だという。
いずれも剣士。一人はアトリも知る、黒剣士ブレイズ。もう一人は、長刀使いのリッターだ。
マホトラスに所属する魔術師は、少なくとも4人以上いることになる。
槍兵オーディルと、暗殺者ゼナ。
グラハムたちと対峙したブレイズとリッターは、魔術の行使こそ見られなかったものの、間違いなく体内で魔力を操作し、外部に見えないように魔力による恩恵を受けていたと話す。
その者たちを前に、兵士たちは成す術なく斬り殺された。
「そして、ヒラーさんは自分から殿を務めた。あの後どうなったのかは、他の兵士たちも見ていない。だが、少なからずあの人のおかげで撤退の時間稼ぎが出来たと、俺は思っている」
「………そうか」
ヒラーも魔術師として、魔術師を相手にする。
魔術には魔術で対抗するしか術が無い、という共通の意見。
それを実行するために、自らの持つ石は未来の為に少年に預けつつも、
自身は持ち得る魔力をすべて内部で使い、徹底抗戦した。
それは、ウェールズの兵士たちには誰にもわからないこと。
ただ一人、腕の立つ男が相手の首領のような人物たちを相手にしている、ということくらい。
その名前を知る人も少なく、その存在を今後見ることもない。
隠された魔術師で、明かされることのなかった存在。
分かっていたことだが、その存在を失ったことにアトリも悔しさを感じる。
ヒラーとは少なからず接点があったのだ。
もし今の立場でその男と出会えていれば、そしてその男の存在を知っていれば、
自分も魔術師なのだと、色々と相談できる相手でもあった。
それに、魔術の公にならないところで、男の力を借りて戦闘を進めることも出来ただろう。
だが、ヒラーは亡くなった。
敵の剣の前に斃れてしまった。
話によると、自らの死期がここであると確信して、その力を石に蓄えグラハムに渡し、
グラハムはそれを手にした瞬間、膨大な魔力量が入り込んだのだという。
魔力という未知なるものを手にしてから、一ヶ月近く。
潜在的な魔力を含めるとアトリの方が遥か昔から持っているものだが、魔術を行使出来るようになった時期は、二人ともほぼ同じだった。
最期に。
ヒラー隊長はどのような思いで、それを託したのだろうか。
自らが持っていても、もうどうしようもないと決意し、それを未来に生きる者に託した。
これからを生きる者に、自らの形見を遺したようなものだ。
託される者の重圧も大きいが、何を思い、何を信じて最後まで戦ったのだろうか。
願わくばもう一度再会を、と思っていたアトリではあったが、
もうそれが叶うことはない。
「フォルテには、この石の情報が読み取れるか?」
「はい、ある程度は。攻撃型の魔術で、五代元素の地を扱うものですね」
「おぉ………凄いな。フォルテさんはその、石を見ただけで適性とかが分かるのか?」
グラハムからすれば、自ら話を切り出してきたアトリ、そして何もかも察しがついているであろうフォルテを相手に、尊敬するような思いを持っていた。
同じ魔術師の心得がある、しかも同年代と限りなく歳の近い女性と三人がこの場にいる、というこの状況もなんだか不思議に思えていた。
フォルテはアトリから見ても秀逸な魔術師なのだが、彼女は曰く万能の魔術師では決してない、という。
グラハムの問いに対しては、魔力を感知できる状態で相手と接近したり、強い魔力を帯びた石が近くにあればそれも可能だ、と答えた。
グラハムには、誰かの魔力を読み取るなどということは出来ない。
アトリは己の機能として、気配や剣気、殺気などの空気の違いを察知する能力に長けている。
それでも、相手の魔力を読み取ってその情報までも引き出すという芸当は出来ない。
「アルゴスさん曰く、地属性を扱う魔術師はグラウンダー、などと言われるそうだが………」
「ん、待て。アルゴスさんも魔術師なのか?」
「あぁ。というか、あの人が俺の持ってる石に感付いて近寄ってきたんだ」
………な、何々???
もしかして、この国には意外と魔術師と呼ばれる人間がいるのでは………???
次々と明かされる真実に思考を追いつかせるのが難しい。
だが、魔術師に対抗できる手段があるというのは、決して悪いことではない。
今まではマホトラスの魔術師たちに一方的に殺されるばかりであった。
満足に戦うことも出来ないうえ、圧倒的な力量差を見せつけられて後退するばかり。
だが、状況によってはそれが一変させられることもある。
アルゴスが魔術師であれば、彼も戦闘においてあらゆる魔力の恩恵を受けていることだろう。
もっとも、彼は戦術指揮者でもあるから、最前線で戦うということがあまり出来ないとは思うが。
しかし、考えても見ればこのような事態は予測できていた。
不思議と驚くことはあっても、それが認められないとか、そういうものはなかった。
フォルテが前に教えてくれた事実を思い出す。
もう一ヶ月以上も前のこと。
アトリが北西部の防衛部隊に合流するために城を出る時、彼はレイモンという王城に勤める鍛冶氏からとある剣を受け取った。
アトリの戦闘スタイルを考え、防御を硬くし剣を折れにくくさせるための構造が施されていた。
彼専用の剣。
だが、今まで彼は専用の剣などというものを持ったことは無かった。
大体は兵士に支給される基本的な剣を持ち、それを死地に赴いては破壊して帰って来るという。
確かにその状況は、鍛冶氏としては少々複雑な気持ちであっただろう。
自分の打った鉄の剣が折られるということは、それだけに強度が不足しているということも言えるだろうし、酷使した果てに折れてしまったということも出来る。
とりわけ彼は後者だ。
決して剣の担い手として不遇であった訳でも無く、腕が悪い訳でも無かった。
彼は救援要請があればそこへ駆けつけ、ひとたび戦闘が始まれば夥しい戦果を挙げ続けてきた。
その、何重もの戦場の行為に、長く剣が耐えられるはずもない。
マホトラスの侵攻を防ぐ防衛部隊として派遣されると決まった時、恐らくは決断したのだろう。
特注のあの剣には、魔力を帯びた石が入っていた。
担い手がその真実に気付いていなかったようだから、打ち明けることなく忍び込ませた。
つまり、あの剣を作るように話した相手は、アトリが魔力を持った身体であることを理解している。
そうでなければ、見えない埋め込まれた石で自身の魔力を引き出し、通常手に入れられない力を行使させようなどと考えはしないはずだ。
魔力を帯びた石はそうそう手に入るものではないから、剣に埋め込むなどという手段が取られることは基本的には無い。
兵士の支給品に埋め込まれなかったというのは、そういった事情もあることだろう。
普通の剣と間違えられては困るし、扱える人間は限られている。
その事実を知っているからこそ、剣に埋め込み渡すことが出来た。
であれば、アトリが魔力の持つ存在であると国の一部の人間が知っていてもおかしくはないだろう。
事実、彼は瀕死になるその瞬間まで、あの剣を使い続けた。
自分でも違和感を感じながら、いつもとは違う自分を手に入れていた。
それは、確実に魔力の石から発せられる魔力と、体内にある魔力とが共鳴して効果を生んだものだろう。
アトリの体内に眠る魔力はいまだもって適性が不明である。
しかも、他者の魔力により上書きされることの無い、非常に強固で不可解な魔力を有している。
「しかしまぁ、魔術を扱える人間が他にいるのなら、少しやり方も変わってくる」
「?」
「マホトラスに魔術師がいる以上、それに対抗するためには魔術師をぶつけなきゃならない。俺たちにはその手段がある。それに、魔術を心得る者であれば、大勢に囲まれない限り普通の兵士たちは相手に出来ると思う。ただ攻めるだけでなく、裏をかくことも出来るはずだ」
「ああ、なるほど。作戦の話、バーグマン司令から聞いたのか」
詳しいところは知らないが、とにかくここ一週間以内で攻め入るという話は聞いている。
それに大体の想像もつく。
バーグマンさんは俺に行軍の加筆を求めるよう言っていたが………。
アトリはこの時点で、
既にウェールズ王国軍の今度の動向を推察していた。
それがどれほど前であったかはこの際関係ない。
これから事を起こそうとしているのであれば、アトリもその中身を知りたい。
そのための準備は整えてくれるはずだ。
「まずは内容を聞いてから、意見できるのであれば意見するよ」
とはいうものの、
帰ってきたばかりの未熟者に意見されたところで、
上士の人たちは良い気はしないだろう。
彼らの意見を尊重して口出しを避けることも考えたが、
もしそれで重大な欠陥でもあれば、また多くの犠牲を出すことになる。
アトリが気にする、最悪の選択肢というものも考えなくてはならない。
だが、それは今の軍の参加における状況の中では起こりづらいものだ。
ともあれ、積極的な参加をするというよりは、立場を尊重するとともに自らの立場、立ち振る舞いにも気を付けなければならない。
今度は、そばにフォルテもいることになるだろう。
たとえ中心人物になるだろうと言われても、根本が異なるのだから。
話はその後も暫くは尽きなかった。
アトリがここまでに至る経緯をグラハムから聞きたい、というのもあったのだが、
あえていおう。
この場の会話の主導権は殆どがグラハムにあったし、もはや主導権を握っては話を引き出す攻防戦が繰り広げられていた、と。
特にグラハムは、アトリとフォルテの経緯を知りたがっていた。
彼にとっては二人の関係がどのように見えたことだろうか。
だが、それが戦争に関わる間柄であるというのが、時代らしいとも言えるし皮肉のようでもある。
もっと状況が良くて日常生活を送れるような状態であれば、この二人の関係も別の意味で良好だっただろうに、と。
それでも、グラハムはアトリとフォルテとの話の中で、死地の護り人を貫き通す彼にも、そうした日常的な一面を見出すことが出来ている、と分かったのだ。
死地の護り人。
彼の存在を知る中で、彼の行いを理解するものはいないだろう。
その数が零であるか一であるかは、問われない。
ただ多くの人が、その在り方に等しく異となるものを考えてしまうのだ。
普通からはかけ離れている。しかも彼はそれを率先して何年も行い続けてきた。
今までの彼の姿には、死地にある者たちを護るために存在する、というようなものが見えていた。
正しく言うと、それ以外のものが彼にとって余分であるかのように立ち振る舞うように見えてしまっていた。
誰もが手に入れるはずの日常生活、当たり前のように思うことを、放棄しているような。
死地を前に自らの欲求だとか思いだとか、そういったものを浮かべることは出来ない。
今も苦しんでいる者たちの為に、自分が音を上げるなどもってのほかだ。
そういった考え方に変わりはないのだろうが、もしかすると彼女との出会いでそれらの表面化が沈静されているのかもしれない。
言ってはならぬことだが、思ってしまう。
アトリとてあらゆる経験を積んで、酷い実情を見続け、ありとあらゆるものに否定的な感情を示すことがあっただろう。
すべて、この戦いが無ければ、アトリが兵士になってさえいなければ、それも感じることが無かったものばかり。
それを思うと、どれほど時代が荒んでいるのかが、想像に容易い。
キッカケが少しずつ彼の内面を変化させているのだとしても、誰かを護るための剣となる、という考え方に変わりはなく、それを棄てることも決してないだろう。
「俺も会合には出る。まぁ今頃お前が帰ってきたって噂は色々広まってるだろうが……取り敢えず、また後でな」
「あぁ。頼むよ」
とにかくも、心強い味方が戻ってきた。
問題は後にも先にも山積みだが、これで少し状況は変わるだろう。
彼の帰還を知ったグラハムを含む、他の兵士たちでさえそう思うようになったのだ。
4-10. 形見




