4-8. 復帰
「………フォルテ」
「………はい。アトリ」
取り敢えず、無事に辿り着けたようだ。
彼らが遠目で見るのは、彼らがあの家を出てから目的とし続けてきた場所だ。
パトリックという男がサウザンの町から持ち帰った情報。
ウェールズ王国は根城としていた王城を失い、正規兵たちはカークスという町まで撤退している。
そこで再起を図るための準備をしていることだろう。
ならば、国の民たちを救うために一刻も早く彼らに合流しなければならなかった。
マホトラスとの戦いが続けば、必ずウェールズは疲弊する。
ウェールズが斃れてしまえば、後に残された民たちが使役される運命にある。
それだけは避けなければならない。
自らの国が滅び、その国にいた民たちが行き場を失うことだけは。
一週間という時間をかけ、彼らはようやくその町のすぐ近くまで辿り着いた。
幾度かの戦いを経て、一人の魔術師を撃退して、国境線とも言える一触即発の地を回避して。
その道のりは単純ならざるものだった。
パトリックからの教えを受けて選定された道で、安全と言えば安全だが対局する危険も数多く存在した。
特に自然のありのままの形を人間が進み続けるというところが、油断ならぬものであっただろう。
マホトラスの警備部隊に狙われるのを避けるために、人里離れた土地、普段人が寄り付かないであろう自然の中、道なき道を歩き続けてきた。
その結果、途中で何か妙な洞窟を見つけるなどあったものだが、それでも彼らは命あってここまで辿り着いた。
マホトラスどころか、ウェールズの警備部隊さえ遭遇しなかったものだ。
荒地で決して広くない世界、しかも足場が不安定。
あらゆる悪条件が重なる自然地帯から敵軍が攻めてくる可能性は薄いと考えていたのだろう。
おかげで彼らとしても、難を逃れた形ではあったが。
「行こう。町には駐留部隊の詰め所があるはず。そこへ行けば話が通ると思う」
「アトリは、国内でも有名人なのですか?敵に知れるほどの厄介な人だ、というのは味方目線でも分かるものですが」
「………ん、それはどうかな。確かに俺を知っている人はいるだろうけど、しかし厄介というのは」
どうも納得できない表現だな、とアトリは顔を逸らして彼女に訴えた。
事実アトリという少年が他の者たちと比べ物にならない存在で、かつ厄介であると考える人はいる。
だがその厄介というのは、決して悪い意味で捉えられているものではない。
彼は自らが戦闘経験を豊富に持ったことを自覚しているが、自身が強いとはあまり思わない性格だ。
他の人たちから見れば羨ましがられるほどの能力と突出した身体機能を持っているのだが、
それも彼自身はあまり意識するものではないし自慢することでも無かった。
流石に国中にその名が知れ渡っている可能性は薄い、と彼は彼女に伝えた。
だからこれから行く詰所でも、アトリの存在を知らない者は数多くいるだろう、と。
「あまり言うものではないが………軍の上層部にも接点はある。もっと言えば、町の中にいるであろう王妃にも世話になったんだ」
「王妃?………フリードリヒ王妃のことですね」
「ああ。王家にはある一人の娘がいたんだ。紛れもなく王族の血を受け継ぐ、俺と同年代の友人でね」
軍の上層部にも知られ、更には王家にもその存在が分かる少年アトリ。
そして王家の娘と接点があったとの告白。
彼女は大したものだ、と心の中で驚いた。
これは彼が交友関係の広い人間であるのか、それとも自らの成り行きからこうした関係が広まってしまったのか、果たしてどちらであろうか。
彼は王家の娘と知り合いになった時から、王家の者たちやその側近の人たちと知り合いになったと話す。
今はエルラッハ国王がおらず、町には王妃フリードリヒのみいることが確認されている。
エレーナは、今どこで何をしているだろうか。
「会えると良いが………今はすべきことに集中しよう」
「………はい」
とにかくも今は、国の一大事である。
まずは状況を確認して、自分たちに出来ることをする。
それがこの町、この場においての彼らの役目となる。
彼女は静かに答え、そして二人はその町へと向かっていく。
王家の娘、エレーナという少女。彼と同じ年代にして友人。
王家とただの兵士という壁を取り払われた間柄、その関係。
かつての友人を心配しないはずがない。
それでも今の彼は今必要な目的を達成させるために、その身を使おうとしていた。
彼が前線から離れて一ヶ月が経過しようとしている。
激動の一ヶ月間で変動した状況は、彼にも追いつけるものとなるだろうか。
心の中にある不安や心配事は尽きないが、二人は町まで向かっていく。
町の外、住宅地の広がる中の広い土地では、大人たちが木刀や竹刀を持って素振りをしていた。
彼らはそれがどのような意味を示しているのかを、すぐに理解する。
ウェールズ王城を失い、多大な犠牲を出しながら本隊は撤退せざるを得なかった。
その末に、両軍ともに夥しいほどの躯を作り上げてしまった。
だとすれば、この光景は当然理解できる。
戦うための兵士が居ないのだから、戦うための兵士を育てなければならない。
いつまでかは分からないが、彼らが最低限戦えるような技量と知識を埋め込む必要がある。
「アトリ。よろしいのですか?恐らくあの場にいるのは王国の兵士。話しかければ案内してもらえると思うのですが」
「いや、良い。あれは邪魔するべきではない。俺は立場上偉い人でも無いし、あの人たちは恐らく新兵だ。次の戦いに備えるため、新兵を教育しているんだろう」
だったら、その教育現場を一ヶ月も離れていた自分が邪魔するべきではない、と思っていた。
彼は長い間、それも重要な時期に前線を離れてしまっていたことを良しと思っていない。
それはそうだろう。彼一人で戦争がどうにかなるものではないが、彼の力が必要とされていたことは、彼の経歴を思い出せば幾らでも思い浮かぶ。
この人がいるべき場所に帰ってきたという一方で、何故もっと早くに帰って来られなかったのか、という疑問や不満なども周りの人たちからはあることだろう。
アトリはそうしたものも考慮して謙虚な姿勢を貫くつもりでいた。
元々自分の今までの経験から態度が変わるような人ではないが、今回はそれ以上に気を付けるべきものがある。
訓練している広場を通り過ぎて、町の中へと入っていく。
「………」
「それなりに人々は歩き回っていますね」
町に活気があるかといえば、そうとも言えないというところ。
ただ日常が全く送れていないというものでもないらしい。
アトリはカークスという町を今まで訪れたことは無かったが、それなりに規模のある町だと感じた。
普段であればもっと人通りが多いのかもしれないが、それでも幾つかの町で見てきたような、状況一片後の完全に廃れてしまった光景というものは、ここには無かった。
王国の情勢が窮地にあるからといって、人々が皆町を放棄するほど棄てたものでもない、と思ってくれているのなら、国の為に戦う自分たちの立場としては安心するところだ。
町の通りは大きな街道とそうでない通りと分かれているが、兵士が歩く姿もよく見られる。
この町には駐留部隊があるが、今はそれ以上に王国の正規兵や見習いたちが集まっているので、別の意味で活気を集めているということも出来る。
アトリたちはどこにも寄り道することなく、真っ直ぐ町内の詰所までやってきた。
一部の兵士たちは、通りで「あの男が歩いている」と言わんばかりに、目線を向けていた。
「こちらはカークス町駐留基地です何用で………っ!?」
「私は王国軍正規兵、王城に所属するアトリと言います。至急お願いしたいことが………」
詰所に入るためには、入口で自らの身分と目的などを明かす必要がある。
正規兵の集まる場所というものは観光名所などという穏やかなものでは無く、原則軍に関係のある者にしか入れない。
そのため、用もないのに来ることは出来ないし、身分が不明瞭の場合は用があったとしても通ることが出来ない場合がある。
戦時下ということもあり、そうした点検は入念に行われている。
受付には三人の女性がおり、彼はそのうちの一人に尋ねた。
眼鏡をかけた女性がアトリの姿を確認すると、眼鏡の女性は驚いた素顔を見せた。
アトリが言葉を話している最中だというのに、彼女は手元にある資料を急ぎ眺め始める。
焦りが見えるようなその表情。
普通の客人を相手にするものとしては、あまり見せてはならないものなのだが、あまりにも驚く要素が強かったのだろう。
「………あの」
「は、はい。失礼しました、アトリ様ですね。ご用件は何でしょうか」
「はい。急ではありますが、こちらの基地司令とお話をしたく参上しました。此度の戦争において内々の事情があります」
私の名前を通して、基地司令まで問い合わせて頂きたい、と彼は願い出る。
彼らがカークスの町に辿り着いたのは、昼過ぎのこと。
昼間は普通の兵士たちは任務やら公務やら行っている頃で、しかも急に問い合わせて欲しいなど無理難題を押し付けるにもほどがある、と思っていたのはアトリの方だった。
彼女は彼が問い合わせている中、無言で二歩後ろで立っている。
眼鏡をかけた受付の女性は、後ろの女性が彼の付き添いだとすぐに分かった。
彼に言われたように、受付の女性は彼の用件を伝えに席を外す。
その間女性には、近くの椅子で座って待っているように言われ、彼らもそうすることにした。
「アトリ。私には、あの受付の女性が貴方に用があるように見えましたが」
「………やはり、そう見えたか。手元の資料で何かを探っていたように、俺からも見えた」
彼女はこの場で一切の言葉を発していなかったが、二人で長椅子に座っている間にそう打ち明けた。
アトリも同じようなことを考えていた。
フォルテの鋭い洞察力と観察力が、そのような様子だと受け取ったのだ。
まず、受付の女性はアトリの顔を見て何かに気付き、そして名前を言った直後に驚きの反応を見せた。
そして手元にある分厚い資料のようなものをめくっていた。
手元の詳しい様子などは見て取れなかったが、明らかにアトリの姿を見るなり対応を変えた。
彼らにはそう見えていたのだ。
もしかしたら、この詰所にとって何か事情があってのことなのかもしれない。
だが、とにかく今は来訪者ということで振る舞うことにしている。
フォルテは王国軍からすれば紛れもなく来訪者であるし、アトリは今まで一ヶ月ほど離れていた。
まずは復帰を願い出て、フォルテごとそれを承諾してもらうところから始まるのだ。
5分程度経った後で、先程の眼鏡の女性ともう一人、兵士が見えた。
「………アトリ様、ですよね。まさかここでお会いできるとは思っても居ませんでした………!」
彼らが近くに寄って来ると、アトリとフォルテは長椅子から立ち上がり、挨拶をする。
受付の女性は一歩後ろで深々と礼をし、もう一人の兵士が言葉を交わす。
その兵士の言葉は驚嘆の色を示しているかのよう。
目の前にいる存在、アトリに対して何か敬服を持って出迎えてくれているようだった。
アトリはそのような立場の人間ではないし、そのように振る舞うことも好きではない。
そのため、その兵士がそのように言葉を出すと、彼はすぐに頭を下げる。
その兵士からすれば、アトリに頭を下げられることそのものが恐れ多かったのか、「いえいえいえ」と早口で羅列させながら小刻みに頭を下げる。
どうやら、自分たちの用件は伝わったらしい。
この兵士はアトリの来訪を知って、出迎えてくれたのだろう。
「ずっと待ち続けていたのです、アトリ様の帰りを」
「………私を?」
「さあ、司令がお待ちです。ご案内いたしますので、さぁどうぞ」
話が通ったということは、この詰所内で基地司令が仕事をしている、ということだ。
まさかこれほどあっさりと案内されるとは思っていなかったが、おかげで早く行動に移すことが出来るかもしれない。
とにかくも、二人は階段を幾つか上がって基地司令の執務室まで案内された。
しかし。
「申し訳ありません………その、お連れの方なのですが、執務室の中へ入ることが出来ないのです。隣の客室がありますので、そちらで待機して頂いてもよろしいでしょうか」
「入れない?やはり、軍の関係者でないと、ということでしょうか」
「はい、そうですね………お連れとは言っても軍に所属する者でないと………この先には色々と極秘事項もありますので」
考えてみれば確かにそうだ。
フォルテは軍所属ではないし、幾ら軍に所属するアトリと共に歩んできたとはいっても、まだ彼女はその存在を軍に許されている訳では無い。
基地司令の執務室とあらば、兵士の言うように一般人には見せてはならない情報の数々もあるだろう。
それが外部に知られてしまっては、ただでさえ危機的状況だというのに、信用問題さえもが危うくなってしまう。
つまり、彼女と彼が行動を共にするためには、彼女も軍の関係者としての認可を受けなければならなくなる。だが今はその手段はない。
フォルテは兵士からの言葉を聞いて、すぐにアトリを見て言った。
「私は結構です。今は、アトリたちの方が積もる話もあるでしょう」
「そ、そうか。すまないフォルテ。終わったら呼ぶ」
だが、アトリにとってフォルテが傍にいないというのは、問題だ。
彼女と行動を共にし、共に道を歩むと決めたからには、それを貫き通したい。
そのためには彼女が軍人になるか、軍人としての認可を受け行動しなければならなくなる。
彼女が望むのであればそうした方が動きやすいが、軍人としての認可を受けてしまえば、国からの命令が付きまとう。
傍に居て欲しいというのに、この認可を受けることで命令を下される立場になる。そうなれば、あまり自由が利かず結局離れ離れになる可能性もあるのだ。
今はどうしようもない、そして彼女も積もる話を気にしてか、別室への案内を受けることにした。
傍に居た受付の女性が、隣の客室を開けて対応してくれる。
そして、兵士は執務室の前の扉をノックして、中にいる者の声を確認する。
アトリとしては、久しく軍の上層部、関係者と出会っていなかった。
多少緊張するのも無理はない。
その扉が開かれると、奥では執務用の机と椅子、その前に立つ凛々しい男の姿があった。
「よくぞ参られた!アトリ殿。いや、ずっとお待ちしていたのだ。貴方が生きていれば必ず、ここに来てくれると思っていた」
「突然の用にも関わらず、ご配慮感謝いたします」
“ずっと待ち続けていた。”
兵士と同じように、ここの基地司令官――――――――――バーグマンも、同じことを彼に伝えた。
このように彼の存在を知って、彼の帰還を待ち続けている人は何人いることだろうか。
今この窮地に必要な人材として、彼の存在が求められていた。
それはこの基地にしても、この町にいる多くの兵士たちにとっても、そして何よりウェールズ王国の為にも、彼の存在が必要だった。
自分が求められていることを知る一方で、求められているものに向けられる視線、熱意は、とうに決まっている。
これほどの実力を持つ男なのだから、きっと自分たちをより良い方向へ導いてくれる。
きっとそう思われているのだろうと、アトリは心の中で一つ溜息をついた。
案内をしてくれた兵士が去り、彼は執務室の中へと入る。
基地司令官バーグマンは、執務用の椅子と机ではなく、お客人をもてなすためのふかふかのソファーに案内した。
自分は、普通の兵士だ。
何もこのような扱いをしなくともいい。
下級兵士であるからには、下級兵士としての扱われ方がある。
そう思いながらも、それを口にすることは出来ない。
「南部でも噂は色々と聞いている。だが最近は殆ど、皆アトリ殿は亡くなったとばかり話していたのだ」
「………でしょうね。私自身、生きた心地がしない時もありましたから」
「だが取り敢えず!アトリ殿と確かめられて良かった。いや本当に良かった。死亡報告も飛び交っているから、私も他の連中も半ば信じてしまっていたのだからな。よければその辺りの話も伺いたいのだが」
カークス町の駐留部隊を統率する、基地司令バーグマンは、実に気さくな男だった。
分からないことはハッキリと聞くし、時にあっさりと受け入れる。
そんな性格を思わせるような対応の仕方であった。
年齢で言うと、アルゴスと似たくらいの年齢で髭も生やしている、中年ほどの男性だ。
筋肉質な身体と大きな両肩は、自身も戦士であることを強く訴えているようなものだ。
それに比べると、アトリの身体などまだ子供のようなものではあるが。
まず、アトリは自分がここまで来られた経緯を説明した。
バーグマンがその辺りの話を気にするのも当然だろう。
この一ヶ月もの間に、王城が占領され味方部隊が撤退し続けていたのだ。
その間一切彼の姿が見られなかったのだから、死亡したものと考える人が大勢いてもおかしくはない。
逆に今こうして無事に帰ってきたところを見ると、戦争から逃げていたのではないかと訝しむ者もいるかもしれない。
そう言われると、アトリとしても中々言葉の返しづらいものがある。
だから、ある一点を除いては、ありのままの状況を話す方が良いだろう。
北西部の部隊の全滅。
この話はバーグマンも聞かされていたようだが、実際の経験者から聞くと彼も驚きを隠せない。
寧ろよくそのような状態で生き永らえた、と感心するほどである。
だが、瀕死の重傷を負った彼は、隣に案内された女性に助けられ、静養していた。
体調も整えたところで、ここまで戻ってきたのだ。
「む………なるほど、いやその判断は正しいぞ。確かに国は今転倒しかけている。が、傷の多い兵士など前線では役に立たん。万全の状態で戻ってきてくれた方が、こちらとしては助かるしありがたい。アトリ殿が気にすることは何もない」
と、半ば慰めるようにして声をかけてくれたバーグマン。
己の無力さを時に呪いたくもなるアトリだったが、バーグマンの言葉はそれとして受け取った。
道中あらゆる困難があったが、それでも再びいるべき場所へ戻って来られたことを、良しと思うしかない。
「バーグマン司令。言える範囲で構いませんので、現在の状況と今後の予定を教えて頂きたくお願いします」
「おお、そうだな。切り替えが早いのは良いことだ。………だが、それを言う前に、こちらから逆に頼みたいことがある」
「?」
話を切り替えて、この町に来て合流した本題へと入ろうとするアトリ。
基地司令ともなれば、この先の展開や行動予定などは把握していることだろう。
アトリがそれを把握し、今後の状況をフォルテに伝えてそれに参加する。
だが、聞かずともまずはウェールズ王城の奪還作戦の為に出撃することは分かっていた。
そのための情報を聞こうとしたのだが、本題に入る前にバーグマンが一度別の話を切り出す。
彼の表情は真剣そのもの。気さくな男ではあるが、とても真剣な話題のようだった。
「………あぁ、まずはじめに打ち明けるとだな。私のみならず多くの上層部が、アトリ殿の帰りを待っていた。アトリ殿は中々情報を得る機会が無かったのだろうが、私たちは多くの友を失った。その中には、戦闘経験の豊富な者も数多く含まれていた」
戦いとなる以上、どうしても犠牲者は出る。
アトリが目指すような、いつかは誰もが幸福で自由で、平和で居られるような世界というものは、そう実現できるものではない。
戦争というものが起きれば、まず間違いなく崩壊する形式の一つだ。
彼らは幾度もの戦いで戦友を失い、疲弊した。
兵士たちを統率する上士たちも失い、彼らと共に戦い続けてきた仲間も失った。
それでもなお、戦いは収まる気配を見せることはない。
自分たちが諦めてしまえば、その先の未来は消えてしまう。
それを避けるためには、やはり外敵となるものを排除しなければならない。
「そこでだ。アトリ殿、君にはこの戦いの中心人物となって欲しいのだ」
「っ………」
戦いは続く。
これからも犠牲は増え続けるし、その剣が簡単に納められることは無いだろう。
戦いが続くのであれば、それなりの準備をしなければならない。
失った分を補強することも必要だし、補充することも大切だ。
どちらもこなしていかなければならない、というのはよく分かる話だ。
彼も死地において、護るべきはずの者たちに助力を願い、一緒に戦い続けてきた。
その末に護るはずの者たちを護れなかったこともある。
だが、それでも時に死地での戦闘を終わらせることが出来た、そんな時もある。
捕らわれてしまった者たちを解放し、元々あった生活に戻すためには、どうしても今の状態のまま進むことは許されない。
そこで、バーグマン基地司令官は、彼にこの戦争の中心人物の一人として立ってもらいたいと、お願いをしたのだ。
「………し、しかし私に何を………」
「分かっている。アトリ殿は上に立って何かをする人間ではなさそうだし、その経験も殆どないだろう。指導者気質というよりは、兵士としての在り方を望むだろうと思う。無論、それを無理やりに変えろと言っている訳では無いんだ。ただ求めるものといえば、この戦争の力になることだけではなく、上の者たちと共に全体を支えてやって欲しい」
アトリ殿は知らないかもしれないが、
君の力を求めている者は大勢いる。
確かに君は、多方面で戦闘を経験している。
国の為に民を救ってきたし、多くの経験を経て国に貢献し続けてきた。
今はアトリ殿の存在を知る兵士たちも多いし、人によっては君が目標点になっていることもある。
彼らが求めているものに無理に応える必要は無い。
が、必要とされているということを、決して忘れないでほしい。
「………」
全く意識しなかったと言えば、それは嘘になる。
城の中で、死地に向かう途中の町で。
この戦争の最中で。
自分の存在を知っている者に何人も会ったし、覚えられていたこともある。
人一人が戦争全体に与える影響など、そうそう強いものではない。
だが、時に有名な人物や功績を上げた人間が前に出て、それが人間たちにとって好影響や悪影響を与えることがある。
この国においても、国を建国する前に同志を集め、その勢力を拡大させていった歴史がある。
フィリップ・フォン・ウェールズ。
あのような存在は二人といない人間だが、周りに影響を与える大きな存在、その役割というものは、既に確たる事例として存在し続けている。
バーグマンは、そのようなレベルの人間になれと言っている訳では無いが、アトリという少年が中心に動けるような状態になり、それが兵士たちの目に触れることになれば、状況はそれなりに動き得るものだろうと考えていた。
実際に彼の手腕に期待するものもあるし、彼が幾多の戦場を越えてきた知識などを基に、この状況を覆すことが可能だとも考えている。
必要とされていること。
国の為に、国の民の為に、その戦いで圧倒的な力を持つ彼の手腕が求められていること。
そう。
結局は戦争の為に自らは利用される。
戦わずして平和は訪れない。
そんなこと、今更確認するまでも無い。
だとすると、自分に出来ることをこなし、まずは外敵を排除することによって、今まであったであろう時間を取り戻すことから始めなければならない。
そのためには、この身を広く使うことも大切だろう。
「分かりました。私に出来ることは限られていると思いますが………やれるだけやります」
「ようし、頼んだ!これでアトリ殿は一ヶ月ぶりに“復帰”ということだ。周りの連中には私からも伝えておくよ」
やるべきことは決まった。
だが、それ以外にも認めてもらわなければならないことがある。
今隣にいる、彼女のことだ。
自分がある程度中心の位置でこの戦いを乗り越えることそのものに、異論はない。
だが、それにはやはり彼女の助力が必要だ。
フォルテを彼の助力の一員として認めてもらわなければ、彼女の力を借りるために彼女に義勇兵になってもらわなければならなくなる。
その手筈をすべて踏んでいくと、彼と彼女とは分散して行動する可能性が出てしまう。
彼にとってそれは不都合だ。
まるで承諾するからその代わりに彼女を傍に置きたい、と要求しているようで図々しいと思ってしまうアトリ。
言い出したのは彼だが、相手の考えや気持ちを気にしていたのだ。
「なるほど………まだ顔は見ていないが、しかし女性だろう?大丈夫なのか」
「はい、その点においては。ここに来る前に、数度マホトラスとの接敵がありましたが、すべて撃退しました。彼女の戦闘力は信用に足ります」
アトリはその目で見てきているが、
バーグマンからすれば彼女の存在や身元がどのようなものかがわからない。
アトリという少年が言うからには問題ないだろうと考えてはいるが、自らの意志によって信用できるかどうかは、見てみなければわからない。
だが、それでもバーグマンは彼女のことも配慮すると言った。
「ようし、分かった。そうしたら、アトリの側近………まぁ立場は同じだが、兵士待遇という形で彼女の同行と助力を求める、というのはどうだ?」
「兵士待遇?」
「そう!簡単に言えば秘書みたいなもんだ。助力が必要なら、その形で通すとしよう。アトリ殿が言うのであれば、その女性の実力は問わずとも何とかなるだろう。だがー………その、その女性は一体どういった関係なのだ?恋人か?」
―――――――――――――――!!
気さくな人だと思ってはいたが、案外そういうことも話せるのか。
悪いノリも知っているし、話しかけやすい中年の人ではあるが………。
まさかそのようなことを突然言われるとは思わなかった。
だが、バーグマンとしては聞く目的が確かにある。
アトリが瀕死の重傷を負ったということは、彼本人から聞いた事実だ。
その間、国は王城を失いここまで撤退し続けてきた。
戦いに敗れ生き永らえたとはいえ、アトリは重要な時期に前線に居られなかった身だ。
傷を癒し静養するという判断は正しい。
だが、静養中に別のものに目を向けるほどの余裕があったかどうか、というものを確かめたかったのだ。
いつも戦争のことばかりを気にしている訳では無いから、そういった自由は誰にでも保障されている。
たとえそれが、幾多の戦場を越えてなおも生き続けるアトリであったとしても。
だが、アトリと彼女との関係性をハッキリとしておかなければ、この事実を知らない者たちが噂することだろう。
“この戦時下にいかがわしい関係を持っているのではないか”と。
そのような馬鹿馬鹿しい話を信じるとは思えないが、世の中は何が起こるか分からない。
自分が思われていないと勝手に決めつけていることでも、思われている可能性はある。
アトリとフォルテの関係が親密であることに問題は無いが、彼女がこの戦争において活躍、もしくは大いに貢献できるという自信と、それを願い出る彼からの保障が無ければ、そう簡単に受け入れられるようなものでもない。
それを心配して、バーグマンは聞いていたのだ。
無論、アトリには自分とフォルテが同じタイミングで、しかも傍に居ながら戦争に参加するという関係性がどのように見られるか。
フォルテが彼に自らの望みを打ち明けた、あの日からずっと考えていた。
しかし、だからといって態々ありもしない話をこじつける必要は無い。
今彼が純粋に考えていることを、そのまま伝えるだけでも良い。
―――――――――――――彼女は、命の恩人。良きパートナーですから。
必要だと考えるからこそ、彼女を傍に置くことを許して頂きたい。
ハッキリとした無駄のない言葉で彼はそれを伝え、覚悟を示すアトリに対し、
バーグマンは「そうか」と、笑みを浮かべて応えたのだ。
………。
4-8. 復帰




