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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-11. 静寂の裏に




―――――しかし…大事な日に寝坊とは、まだまだ俺も甘い。



彼は死地からの救援要請を受けるため、昼過ぎには王城を後にする。

王城を背に馬を高速で走らせていくが、背後を見れば城がどんどんと小さくなっていくのが分かる。城の奥には城下町、そして王の丘が見える。

その土地を後にすることに、特に躊躇いや迷いなどはない。

ただ景色が遠のいていくことが、任務上いつものことであると感じている。

何度目かは分からない。

これから向かう死地にはどのような結果をもたらすことになるのか。


前情報があまり無いだけに、やや不安ではある。

万が一の時にも備えられるようにする必要もある。

考えることは沢山だ。

味方のこと、自治領に住む民のこと、自分のこと。

考えれば考えるだけ気が遠くなるような思いをするが、それも仕事の一つではあるのだ。

だがそんな時。

流れていく美しい景色が、その焦燥を少し和らげてくれる。



昼の日差しを浴びた自然が一つひとつ光を放ち、大地に彩りを放っている。

草木は風に揺られ自然と音を鳴らしている。

緑豊かな大地の中に咲く花たちは、沢山の場所にその円環を広げている。

そんな中、一頭の馬とその主が駆けて行く。

格好こそ穏やかではないものの、遠くから見ればごく自然の中に溶け込んだ主と馬のようにも見える。

これから何をしに行くのか、それさえ考えなければ。

彼が向かうのは王城を北にして、東側の奥深く。

東側はある程度このようななだらかな地形が続いた後、幾つかの自治領地を越えて丘陵地帯に出迎えられる。

丘陵地帯とその周囲には同じく自治領地が存在しており、大地は広いものの地形がやや歪なものとなり始める。

とはいえ、この大陸の中でも自然の名所とも言われており、丘、川、畑などが点在している。

更にその場所から東側へ進んでいけば目的地があり、その先をずっと奥まで進むと山岳地帯へと入り、森や林なども増える。

大雑把に言うとこのような地域を進んでいくことになるのだが、王国として東側の派遣を行うのはこの山岳地帯まで。

それより先は王国も相手が自治領地であれ干渉することは無い。

よっぽどのことが無ければ。



自然は豊かで良い。

大陸の更に向こう側は、どのような景色になっているのだろう。

こんな感じに、緑に溢れているのだろうか。



彼は王国の内部で本を読む機会が多い。

昔から国や大陸の歴史などが記載された本を読み漁っているが、その姿をその眼で確かめる機会は少なかった。

もともと兵士ゆえに自由行動はとれないことが多い。

確かに死地に赴きそこの人々を護ることで、その大陸の一部の地域を知る機会は最近になって増えている。

しかし、それは彼の興味ゆえにそうさせているのではない。

彼に与えられる任務がその地域を知るということになるのだが、そこには戦いにおいて必要な準備をするためという強制力が働いている。

自分の興味だけで大陸を見渡せるのなら、それも良い。

そう思う機会は何度もあった。

国から離れることになれば、そのような生き方も出来るのだろう。

しかしそれは出来ない。

戦う兵士であるのなら、役目を投げ出すわけにはいかない。先が見えない未来に対しても。

彼は自分に対し厳しくあろうとした。

その考えの隅には、エレーナに言われたことや、記憶の中で再生されるあの者の言葉が浮かばれる。



「…さて」



時は流れ昼間に出発した空が、あっという間に夕刻の彩りから夜間の暗闇に変化していた。ノンストップという訳にはいかなかったが、それでも順調な走り出しであった。

この分であれば、少し休憩した後明日の昼にかけてまず一つ目の目的地に辿り着くだろう。

つい先日アトリが自治領地の防衛のために戦った相手。

敵として戦った町を偵察しに行くというのも、中々勇気のいる仕事ではある。

見つかれば当然殺される可能性もある。

もっとも、今回の戦いでは双方共に牙が折れ砕けた為に、彼の姿を知る者はいない可能性もあるが。

だが、それに関係なく武装している民が領地の中に入れば警戒されるだろう。

どのように偵察するか。

既に方法は考えてある。ごく普通の方法で切り抜けようとしていた。



一人の空間。

夜の満天の星空の下、ひと気も動物もいるような気配もない土地の上。

川の近くに隠れるようにして、ひっそりと腰を下ろしていたアトリ。

付近にはそれなりに木も立っている。

そもそも人と遭遇することがほとんど無かったために、ここでも問題ないだろうとアトリが判断したのだ。

何度目の野宿になるだろうか。

彼は落ちていた木々を集めて、小石で円状の壁を作りその中に木々を入れ、マッチを使って燃やし始める。

それが唯一の暖の取り方だ。

出来るだけ軽装で移動することを好むアトリにとっては、マッチという存在が実にありがたいものであった。



移動ばかりであったが、一日が終わろうとしている。

彼が眠りにつけば、次に起きるのは明け方ほどだろう。



―――――こうして一人でいると、昔のことを思い出す。



そう頭の中で呟いたのは、彼自身。

一人でいる時はどうしてか、自分の記憶の中にある出来事をふと思い出す時がある。それが良いものであっても、悪いものであっても。

誰かと話している時はいい。

しかし、こうして一人で居て、更にすることがほとんど限られている、あるいはすることが無い場合には、よく思い出すのだ。

寝るときもそう。

いつも自分はどのようにして眠りについていたのだろう。

気付けば朝になっている、という状況は、一体どのように生み出していたのだろう。

そのようなことを考えると、眠れぬ時間の波に飲まれていく。

不思議と彼はそれが嫌いではなかった。

が、その時々に昔の情景が頭の中で再生されていくのだ。

幾つもある彼の経験という名の引き出しから、姿かたちとして浮かび上がってくる。




―――――それは、どうして?



―――――どうして、と言われてもな…そうしたいから、では駄目か?




古い記憶を見ている。

彼の中だけで再生されている、記憶の中の情景。

どれだけ月日が流れていたとしても、いまだ色濃く投影されている記憶の世界。

その中に映し出されているものは、二人の人間。

一人は子ども、もう一人は背の高い大人。

その場所は家の中。暖炉に火が灯り部屋全体を明るくしている。

温かな空気の中に漂う疑念の思い。



「そんな理由じゃ…納得できないよ」


「はは、そうだな。無理もない。いつもここを空けているのは悪いと思っている。隣の娘さんとは仲良くしているか?」


「…うん。それなりには」



家と言うのも大きなもので、二人が今いる空間は居間と呼ばれる場所。

一般的には「家族」の団欒するスペースのようなもの。

一緒に食事をしたり会話をしたり、ともかく共有される空間である。

今、その場にいるのは二人。

いや、二人しかここに集まることが無い。



「何故かと言われれば、それは単純なことだ。私は純粋に人の為になりたいと思っている。その選択肢が今の姿だよ」


「え…?」


「アトリ、この世の中には色々な人がいる。隣の娘やそのご家族だけでない。この町にも、町の外にも、この大陸中に沢山の人がいる。その人たちの暮らしは様々だ。しかし、その人たちがすべて幸せに暮らしていると思うか?」




―――――私はお前に、幸せを教えてあげられていると、思えるか?




その時は、正直否定することが出来なかった。

その人の存在感が放った言葉が、どうにも頭の中に残ってしまう。

自分の中では否定したい気持ちはどこかにあっただろう。

だが、少年はその気持ちよりも、それが正しいことだという事実の方を受け入れてしまっていた。

言葉が出なかった。

それを見たその男は、少しだけ微笑んで小さな子どもに言う。



「であれば、彼らとお前は似た境遇の持ち主だ。馬鹿な大人のせいで幸せを奪われた、感じられない悲劇の者たち。それを引き起こしたのは人間。それを正せるのも人間。だから、私は―――――」



―――――そんな人たちを護りたい。彼らがいつの日か幸せになれるように。




静かに雪の降る日、彼はその男の理想を知った。

古い話だ。時間にすればそう遠くない過去なのかもしれない。

その時間は確かに存在していたし、今も彼の中で確かな時間として流れ続けている。過去という位置づけの中で生かされ続ける記憶の一片。


それは、今いる場所より遠く離れた地にある、記憶と時間の残光であった。





「はっ…」



…まるで、思い出せば夢を見るような。

そんなに都合の良い夢ばかり見たところで。



その思いが自分の見た夢だけを示しているのではないことを、彼はよく知っている。

だがそれでも、という思いはある。

いつ眠りにつくだろうか、と考えながら見た夢は眠りの中のもので、夢の中に見た夢の話は、目を開けると暗闇の世界に僅かながらの光が見える空へと変わっていた。

夢は、夜明け前に醒める。

身体を起こし、周りを見渡す。

僅かに風の吹く川辺の石場。川の本流に向けてなだらかに降る芝生の斜面の上で、彼は眠っていた。

木はとうに燃え尽きており、その匂いがかすかに残っている。

彼はバッグの中から軽食を取り出し、その場であっという間に食べてしまう。

元々小さなものであったために、そう時間を要するほどでもなかった。


まだ日が昇らない大地。

冷えた空気が流れている中、彼は立ち上がり、再び馬と共に大地を走り始める。

既に進んだ距離はかなりのものであり、先日彼が防衛するために派遣された自治領地の距離を越えている。

この分であれば、朝から昼前にかけて到着するだろう、という見込みを立てていた。

進行方向から空が明るくなっていくのが分かる。星空もよく見える中で、太陽からの光が大地に朝の時間をもたらそうとしている。

このような朝から馬を走らせている者など、他にいるはずもない。

アトリは誰とも接触せずそのまま走らせ続けた。

馬の走る速さも結構なもので、地形さえ気を付けながら進んでいけば快調に進んでいける。

だが常にそのスピードを維持するというのは不可能なので、到着する時間は正確に、とは中々いかない。

大きく遅れることはなくとも、ある程度の予想の時間帯に辿り着くようにはしたい。


そうして。

太陽も昇り、大地に光が差し込み、世界はいつものように夜に向けて活動する。

時間で言えば、10時と30分を過ぎた頃。

アトリは最初の目的地に辿り着く。



―――――なんだ、この空気は。



彼は集中力を研ぎ澄ませながら、ある対策を講じて町へと向かった。

それはごく単純なものだ。

あらかじめ馬を離れに隠し、武装を解き、武器も持たないまま町の中へと入ったのだ。

格好は鎧が無いため、普通の私服姿。

だが口元にシルクのスカーフを巻いて顔面の半分を隠している。

これで、もしあの時の戦いで自分を見た者がいたとしても、顔の半分が隠れていてはそうすぐには分からないだろう。

少なくとも奇襲されるようなことはないはずだ。

単純だが有用だと考えたその作戦で町の中に入るが、それとは関係なしに違和感を覚える。

音が一つも聞こえない。既に日は昇っているのに、人も歩いていない。

人がいなければ動物も見当たらない。

音として聞こえるのはただ自然に流れる弱い風くらいなもの。

この自治領地ではまだ活動時間帯を迎えていないのだろうか。



彼は、慎重に町の中を進んでいく。

どことなく不気味な空気を感じるアトリ。

これは自治領地を護るために戦うという経験が語る、何かのアラームのようなものなのだろうか。

本能が彼に注意しろ、と告げている。




―――――どういうことだ…。




だが、そんな本能とは別に、あまりにも静かすぎる町の様子にも警戒感を強めていた。

どの家の窓ガラスの中を見ても、人の姿は見当たらない。

町の中にも、広場にも、家の中でさえもその姿形が無い。そこでアトリは推測した。

自治領地同士の戦闘で相打ちになったことは、この土地の人間にとって痛手であったはずだ、と。

仮にあの戦闘で、つまり自分が殺した人々の中に自治領主がいたとする。

とすれば、領主を失った後の人々の行動はどうなるだろうか。

自分たちを護ってくれる存在が消えてしまった後の町。新たに自警団が組織され自治領地を防衛するのなら、それも良し。

だが、今目の前の状況はとてもそれを実行したものとは思えない。



「もぬけの殻、か…」




そう。

家の中に入ってみても、人の気配も姿も無かった。

ただ直近まで生活をしていたであろう痕跡は残っている。

散乱とまではいかなくとも、使用していたであろう物の数々が至る所にある。

誰もいないためにこうなってしまった原因を突き止められない。

せめて一人でもいれば話を聞けたのだろうが、これでは自分の身元がばれないように細工をした意味が無いというもの。

家だけを残して人はどこかへ行ってしまった。まるで蒸発したかのように消えてしまっている。

それがアトリの町で見出した回答だった。

これ以上収穫が無いと分かれば、この場に居続けても意味が無い。

見た目は普通の町、中は寂れてしまった空虚な生活。

それを彩るもの、賑やかすものの存在は既にいない。


アトリは再び馬のもとに戻り、第二の目的へと向かう。

彼が本当に任されている任務の一つ。

死地で発生するであろう戦闘で敵と戦い、民たちを護ること。

戦わなければならない状況であるのなら、彼らの生活を脅かす存在は戦いにおいても倒さなくてはならない。

そうしなければ、要請した彼らが危険に晒される。

それは避けたい。せめて戦いが起こるものであれば、そんな彼らを護りたい。




―――――ん…?





町を出て少し経った時のこと。

時間をかけて丘陵地帯へと向かう途上。

まだ平地の続く美しき大地の先、視線の向こうに彼は違和感を覚える。

突如地平線から現れた幾つかの物体は、ゆっくりとその姿を大きくしていく。

よく見ると、その姿はこちらに接近してきているようにも見える。

自分の移動する速度が速いのか。

いや、そうだとしても、間違いなく接近している。

彼は頭の中でその考えに至った。


その証拠に。

見えてくる姿に見覚えがあった。ちょうど今自分が乗っているこの姿と似ているではないか。

これは、お互いが接近し合っているのだ。



アトリは、自然と左手で剣に触れていた。




1-11. 静寂の裏に




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