4-7. 似たもの同士
暗室。
外界との世界を封じられた、名も無き部屋。
ただそこにあるものは、舗装もされていない土の地面と、人を縛り動けなくさせるためのもの。
この部屋の光景に似合うものだ。
明かりは松明によって灯され、周囲を照らし出すには充分。
部屋の大きさはそうあるものではなく、だが一人がいるには十分すぎるほどの密度の広さだ。
拘束。
文字通り、この暗室は人を閉じ込めるためのもの。
外界から封じられた上に、この地下階層の各部屋には鉄格子が張られている。
だが、今明かりが灯されている部屋は、それ以上に厄介なもの。
地面は土と言うが壁は石で覆われており、そこに設置された扉も鉄製。
除き穴ほどの空気の出入り口も、厚い鉄格子で結ばれている。
そこには、一人の女性がいた。
拒絶。
普通であれば、空気の漏れ所も、鉄格子の隙間からも、あらゆる音が漏れ出す。
だが各部屋のずっと奥にあるこの硬く堅い部屋には、それが届かない仕組みがなされている。
普段外界に出ることのない内部の強い力が働く。
それに囚われた者たちは、普通の人間であれば理解することが出来ないだろう。
そのものの正体を知る者にとっては、全く身動きの取れない高位な力と思わざるを得ない。
苦痛。
ウェールズ王国がこんなものを持っていた、というのは驚きだった。
恐らく城内に勤務していたであろう者たちでさえ、このようなものは知らなかっただろう。
知っている者はごく一部。
そして普段は決して使われることのないものだ。
だが今これを、ここを奪い占領したマホトラスが一つの手段として利用している。
「………本当に、赦さない………っ」
「赦すも何も、これから死ぬやつの言葉に何の意味がある」
外界から閉ざされたこの階層の、更に沈められたこの空間。
決して外部に状況が漏れ出されることのない仕組みが張られているこの部屋。
そこにいたのは、壁に設置された木製の板に、“不可視の枷”で縛られた女性。
その女性は顔を歪ませ、時にあまりの苦しみに喘ぐ。
言葉を発したところで止めてもらえるはずもない。
何故ならその女性を見るその男ともう一人の女性は、もう目の前にいる人間をゴミのようにしか思っていなかったのだから。
不可視の枷と言うが、それは男の傍に居る女性から発せられたものだ。
つまり、魔術。
この部屋は他の鉄格子の部屋とは隔離された異界の地のようなものであり、この部屋と周囲の空間自体に認識阻害の魔術がかけられている。
そのため、たとえこの部屋で爆発が起こって部屋が崩れたとしても、普通の人間は何も起きていない異常なき光景を見ることしかできない。
故に音も聞こえてこない。
元よりこの部屋は、魔術師を閉じ込めたり、拷問することに利用されるものだ。
これを見つけた時、その男は思ったのだ。
ああ、なるほど。王国もあのような空想を抱いても、やることはやっていたのだ、と。
あるものは使うし、利用できるものは扱う主義だ。
たとえそれが、まるで異界の地にある断罪の処刑台であったとしても。
「その程度の音だけで済むとは、腐っても魔術師だな」
「っ………ん、何を………」
「それで、こいつの処理にどのくらいかかるのだ、イザベル」
「………そうですね。このまま身体を蝕んで自我を降ろすまで、一日といったところでしょうか?」
それは、あまりにも非人道的な行為。
もしこのような光景をあの男が見たとすれば、たとえ敵だとしても解放したかもしれない。
もっとも、その解放の仕方というのが敵であるが故の行動ではあるが。
ここはウェールズ王城の地下階層。
普段は決して訪れることのない、断罪の空間。
王国の中で重罪を犯したものが訪れる、外界との境目だ。
その階層より更に奥に、この部屋はある。
魔術師にとって程度高位の魔術とされる“認識阻害の魔術”がかけられた、特殊な部屋。
認識阻害の術は、かつて王国の兵士で部隊の統括をした経験があるヒラーが、自らの持つ石を少年グラハムに渡す時までに使われていた魔術だ。
この魔術は彼のみが使えるというものではなく、逆に誰にでも扱える自由さはある。
ただ認識阻害の術は欠点が多い。
認識阻害とは言うものの、認識阻害という術そのものを探知される可能性があるからだ。
つまり、自分は金貨を特定の場所に隠したい為に、認識阻害の術をかける。
だが魔術師からすれば、金貨が隠れているその場所に認識阻害の術がかけられていることが分かる。
そのため、そこには何かがあると察することが出来る。
認識阻害の領域と定めたものの中に何があるのかは、覚悟を持って知る必要がある。
それでも、大した抑止力として働いている訳では無い。
低級魔術師であればこれに気付かないこともあるが、認識阻害の術が高位魔術のレベルに近ければ近いほど察知されにくい。
だがそれは対象をあくまで魔術師と設定した時だけであり、一般人にとっては万物に共通して見えないものであった。
しかしたとえ一般人であったとしても、この空間の中に入ってしまえば状況が分かってしまう。
矛盾の多い魔術の一つだ。
そのためと言うべきか、この空間へ入るためには専用の鍵がいる。
彼と交友のある魔術師イザベルは、その部屋である現象を出現させようとしていた。
既に死に体、使い物にならないゴミと化したものに対して。
「なるほど。普通の人間であれば一分と持たずに変性するというのに、流石は魔術師というところか」
「でしょうね。魔術師にこれをかける時は、それなりの魔力と時間を有する。私も学びました」
そして、彼らの目の前にいるのは、腕、上半身、両太もも、足首、首を拘束された女性の姿。
更に目隠しをされ、何も見ることも出来ない。
部屋を照らしている松明の明かりでさえ、彼女からは見ることが出来ない。
拘束されている女性の名は、ゼナ。
アトリという少年に対して二度も暗殺を失敗した、暗殺剣使いの魔術師だ。
何故魔術師がこのような姿、格好で張り付けられているのか。
彼らの世界としては、当然と言えば当然なのかもしれない。
使えない者と判断した時には、処置する。
ありとあらゆるものは、そのまっとうな役割を終えた時に処分されるべきものである。
まるでそのような残酷な思想を体現するかのようなことを、二人はしていたのだ。
この一件の主導者は、ゲーリング。
それに加担し彼の補助と彼女への束縛を続けているのは、イザベルという若き女性。
同じ女性の魔術師に対し容赦なく魔術の枷で拘束し、その自由を完全に奪う。
一つ目的の為ならば、それも致し方ない。
だがせめて恐怖を恐怖で消し去るために、その目を奪う。
そんな冷酷で残忍な行いがここでなされていた。
「ともあれ、お前に未来はない。耐えられぬのなら、ここで死ね」
「んんっ………そんな、こと、は………!」
「まぁ、耐えたところでもう自我は無い。ただの操り人形だ。人形であるのなら扱いは分かるだろう?」
少し笑みを含んだその顔で、しかしその目は明らかに見下したそれで、ゼナに対する。
張りつけにされている彼女の気持ちはこうだ。
自分が悪い。あの男を仕留められなかった自分は、確かに悪い。
だがまさかここまでされるものとは思っていなかった、と。
これは拷問では無い。
拷問以上に質の悪い行為だ。
使えないものであるのなら、もう生きる意味すら持たない。
この城や王地に住む者たちは、無駄なものばかりだ。
だが人間とて一人も無駄にはしてはならない。
人間として生を受けたからには、人間が出来ることをしなければならないだろう。
そうでなければ、産んでくれた者に対して示しがつかない。
だから、ゲーリングは利用しようと考えたのだ。
一つとして無駄を生み出さないためには、“無駄を作り出す要素を排除すれば良い――――――――――。”
そうすれば、一人の役立つ人間として使うことが出来る。
自らが無駄なものと確定されているのであれば、その自らを変えるための事象をぶつける。
それが手段、イザベルの行う魔術「自我占有」だった。
ある目的を果たすために邪念とされるものをすべて取り除き、純粋な道具に仕立てるもの。
指示には従い、一切の反抗も赦さない。
自我占有を受けたものは、謂わば人間性としての死を迎える。
人間としてあるべき希望とか絶望とか、そういったものさえすべて奪い去り、彼らの望む役割を淡々とこなすだけの物ととして扱うのだ。
「………しかし、これほど醜いとはな、女。だがお前にはまだ使い道がある。時間をかけてゆっくりと失ってもらわねば困る。しっかりと耐えろ」
自我占有とはよく考えたものだ。
人間というものは、理性とか欲望とか、そんなものがあるから行動を制限する。
ならば、目的の為だけに存在する道具を作り出し、それを忠実に実行させる。
最高に出来のいい駒を生み出し、意のままに操る。
イザベルは魔術師にはじめてこれをかけて学んだ。
自我占有というものは、強力な魔術によって編まれた意志を相手に植え付けるようなもの。
つまりその人間の持つ自我や意志をすべて剥奪し、代わりに魔力によって与えられた自我を組むのだ。
その結果、本来人間として持っていたものを失う。
言うならば、生身の人間に対して魔力という念力を送信して自らの機能を上書きさせるというものだ。
もし、ゼナのように拘束して完全に身動きが取れない状態でなかったとしたら、その念力を振り解くことも魔術師であれば可能だろう。
だから、この魔術が行使できるにはある程度の条件がいる。
一つ。相手が対魔術を持たない、もしくは対魔術の効果の薄い人間であると言うこと。
二つ。相手の行動を封じて確実に念力波を当て続けなければならないこと。
三つ。生身の人間ならともかく、魔術師相手には時間が掛かるし、解呪される恐れもある。
万能とは言えないが、これが決まれば確実に相手を意のままに操ることが出来るだろう。
イザベルという魔術師、絶対的な権力者の前で膝を折るしかないのだ。
もっともイザベルの場合は、すべての指示はゲーリングに委ねており、彼女がすることは乗っ取った人間たちを動かすための維持費を支払うことだ。
魔力で占有するからには、それらを維持させる方法が必要となる。
もとよりこの呪いの魔術が行使できるのは、彼女が桁違いの魔力量をその身に宿しているからであった。
ゲーリングの意図によってこの作戦が考え出され、既に一般人を含む十数人の被験者が生まれている。
彼らは生まれながらにして道具であると錯覚するのだ。
もう彼らに必要な人間性などというものは、持ち合わせていないのだから。
ゼナはそれなりに魔術を鍛えたもので、実力も伴う。
が、既に彼女は手遅れであった。
一時間以上も自我占有の念力を浴び続け、更に彼女には対魔力はそう強く備わっていない。
そのため、ハッキリと彼女の心や身体が奪われてしまうまでに時間が掛かるとしても、それに引っ掛かれば魔術師とはいえ10分程度で解呪不可能となる。
彼女の場合は、気付くのが遅れたのだ。
その存在を知らぬが故に。
「ではな、ゼナ。次は良い姿を期待している。我々の役に立つことをな。………そのまま続けろ、イザベル。私はうえでやることがある」
「はい。貴方様の為ならば、このまま」
イザベルは魔術を行使しながら、顔を彼の方に向けて微笑みながら、そう話す。
微笑む姿は若い女性で魔術師というものを感じさせないというのに、やっていることを想像すれば、最早それは悪魔のようなものだ。
一度、僅かに頷いた彼は、鉄の扉を閉めて認識阻害の外部へと出て行く。
彼らは作り始めていた。
絶対に命令に従い、忠実に戦ってくれる部下を。
いや、僕を。
………。
一方、場所は変わり。
アトリとフォルテがパトリックの家を出てから、5日目のこと。
彼らに焦点を合わせるのではなく、ここはカークスという町のすぐそばだ。
「はっ!!」
「ええぃっ!!」
郊外というには少しばかり近いが、町の中というものでもない。
周りには住宅地。中には既にこの町を離れて空き家となってしまった家もぽつぽつとある。
ここはカークスの町の外にある、だだっ広い草原の上。
背の短い草原のうえで、多くの大人たちが竹刀やら木の棒やらを素振りしている。
それがここ毎日の光景だ。
辺りの道を通る一般の民の感想は、いかがなものだろうか。
非日常の中に当たり前のように溶け込む訓練の姿。
紛れもなく国や民の危機を表し、それらを何とかしたいを必死に打ち込む大人たち。
ここでは剣を扱うための訓練が行われていた。
新人兵士たちの訓練は、この段階で幾つか分類されている。
まだ初歩的で剣を振るう体勢などを学び整えるもの。
実際の剣を用いて障害物や軽い物体を破壊する訓練。
実際の戦闘で起こり得る不整地での移動と展開など。
あらゆる種類に分けられ、その兵士たちにとって今もっともすべき内容の訓練が行われている。
すべての新兵がすべての訓練を受けるような時間は存在しない。
そのため、出来るだけ能力のあるものは実戦を学び、そうでないものは実戦に追いつくようにしなければならない。
この場で指導しているクロエと、カークス駐留部隊の司令の共同戦線である。
「力が入りすぎだ。もっと肩を楽にして下ろせ」
「は、はい!!」
彼女がこの任にあてられたのは、やはり彼女が人を育てるということに実績を持っているからだ。
今まで数多くの兵士たちを教育し、その兵士たちの多くは兵士の見習いから兵士への道を歩んでいる。
そのため、城から出てきた兵士たちで彼女を知る者も多い。
男ですら敵うことの無い女、クロエ。
そうまで言わせた彼女の手腕の中でも、外部から見て最も完成された者というのが、アトリという男だ。
彼女は彼があまりに強い存在で、それが国にとっても逸材となることを確信していた。
はじめから剣を持つことに躊躇いをなく、その目は常に誰よりも先を見通していたようなもの。
自らが剣を握り、その役割を既に決めていた。
そして国がその理想をくみ取り、彼に実際の形として分け与えて行く。死地の護り人という形で。
アトリという少年が誰よりも対外経験を積んだ強力な戦士、という見方をする者はそれなりにいる。
事実そのことに間違いはない。
だから国で彼を知る者たちは、戦闘経験が豊富でかつ恐ろしいほど強い男を育て上げた手腕、クロエを高く評価していたのだ。
だが彼女の考え方はそれとは異なる。
確かに自分でアトリを育てたこともあるし、彼もそれについてきた。
しかしその多くはアトリ自らが望んだことで、その理想を体現するキッカケを与えたのは国だ。
それに、彼女は彼が死地に赴くことを否定した数少ない一人。
そんなことをすれば、彼が気付かなくとも彼の心が折れてしまうことなど分かっていた。
しかしもう何もかもが手遅れだった。
気付いた時には、アトリは死地で戦果を挙げ、人々を救う戦争代行者となっていた。
そんな経緯を遂げ、更に先へと進む者を、どうして誇らしげに思うことが出来るだろうか。
彼女は一人、自らの心の内で苦悩した。
クロエという強気な女性にそんなものは似合わない。
分かっている。こう思うことなど自分でもらしくない、と分かっている。
だとしても、彼女がこうして教育の任務にあてられたとしても、出来ることは限られている。
あの時のように、突出した才能を活かすことなど本当に難しい。
たとえこの中にあの少年と同じほどの実力を持った人が現れたとしても、あの少年のようにはならない。
誰一人、決して。
「………」
休憩時間。
新米兵士たち、まだ兵士の見習いにもなっていない義勇兵は、
白米で握られたおにぎりを食べ空腹を満たしていた。
午後も訓練は続けられる。自ら義勇兵として国を護りたいと誓った者たちだ。
それくらいの覚悟は出来ていることだろう。
だが、この中の何人が一体生き残れるだろうか。
義勇兵は専門的な兵士の訓練を受けることが無い。
兵士という仕事を持った者たちに比べれば、遥かに劣る。
何名かは優秀な人材を見つけたが、彼らとて生きて帰れるかは分からない。
一人でも多くの人の助けを借り、利用しなければ国としての存亡にかかわることくらい分かっている。
だから彼女としても最大限の努力はする。
が、それをすべて肯定することは出来なかった。
「ん………」
また、随分と若い兵士もいたものだ。
と、彼女が視線を向けたのは、やや遠くで町の方に向かって歩いて行く二人の子供の姿。
剣も鎧も身に着けているが、その見た目は大人というものではない。
アトリという少年を見届けてきたその目なら、間違いはない。
兵士が身に着けているものと異なる鎧だ。
もしかして、まだ見習いの兵士だろうか。
遠ざかるその背中ばかりを自分らしくないと目で追いながらも、そう思ったクロエ。
一人は女性、もう一人は男性。
アトリよりも年齢が低いようにも感じられるその者たちは、それでも兵士の格好をしていた。
その日は、それからも訓練が続き、
午後からは素振り以外にも一本取りの実戦練習を全員に経験させた。
命中させるは相手の頭、胴体、そして腕。
上半身のみに集中させて訓練を行う。
義勇兵たちに足を斬り刻み動きを封じるなどという余裕があるはずもない。
もし戦いになれば、相手を殺して自分も生き残るということを優先するだろう。
であれば、上半身に狙いを定めていた方が都合がいい。
訓練は夕刻、日が暮れる頃まで続けられた。
「………」
いつもの会合が行われる家に、戻る。
町の中で夜ご飯に使う食材を買い込む。
衛兵に任せるのは、あくまで王妃の食事だ。
汚い兵士たちの胃袋は、私程度の腕で成り立つ料理で充分だ。
彼女は木刀を背中に紐で結びつけ、買い物を済ませた食材を持ちながら家へと戻っていく。
一般的な姿は兵士のようには思われなさそうでもあるが、その顔と背中に背負うもので、恐らくは兵士の関係であるということがすぐに分かるだろう。
夕暮れ時。夕日が空を染め上げ綺麗な赤い空を作り上げていた。
そこへ。
「っ………」
昼間に見かけた、少年と少女だ。
彼女クロエはその二人と道の真ん中で出会った。
そうしてその顔を見る。
二人とも少年少女だというのに、子供っぽさを感じさせないような色を示した顔だ。
姿は鎧でいかにも見た目は戦士。特に男子の方はその光景を思い浮かべることが容易にできる。
やや泥にまみれたその身体と鎧は、もしや二人は二人で鍛錬でもしていたのだろうか、と思うほど。
それに対して、この少年少女二人も、道の真ん中で出会った女性にピンと来ていた。
直感じみたものだろうか。
ただ背中に紐を通しているものの姿を確認するまでも無く、この人が軍の関係者であることを想像する。
「お前たちは、どこから来た」
と、はじめに声を出したのはクロエだった。
一般人に見えなくもない彼女ではあるが、少年少女にとって彼女の存在とはもはや確信の域。
その目を見ただけでも分かるし、その身体から発せられる気を感じても分かる。
特に対面したその少女は、目の前の彼女の存在に素のみで敏感に反応する。
その一言に驚いたというものではない。
対面するクロエという女性の存在に対し鋭く反応をしたのだ。
「その様子だと、兵士かその見習いのようだが」
「私たちは、グラストンからここまで来ました。私たちは兵士の見習い役です」
「………」
クロエは敵ではないし、味方として知る存在でもない。
だから態々そのような表情をすることも無かったのだが、少女は強い眼差しを彼女クロエに向けていた。
それは敵意を含むものではない。
ただ、クロエという女性の存在、間違いなく兵士の一人でしかも強い存在であろう相手に、負けじと瞳を強く保ち続けていた。
子供だろうと侮られることが無いように。
それは隣の少年とて同じことだろう。
少女ほどの強い気を感じることはないが、これはお互いにお互いを高め合うパートナーなのかもしれない。
疑問ばかりだ。
何故このご時世に、このような子供が戦争に関わろうとするのだ。
その先のことを本当によく知ってから、この道へ進もうと思っているのだろうか。
「………そうか」
「貴方は………」
少年が、そのように声をかける。
まだ純粋な子供たちなのだろう。
兵士になるための専門の訓練は受け続けてきた。
だが、その過程でマホトラスの侵攻を受けた。
終わらせるべきことを終わらせてから、本当の兵士になるのが普通だ。
あの男のように例外もいるが、その例外とて僅かに過去数名いただけだ。
しかもあの男に限って、その誰よりも群を抜いて例外である。
クロエは少年少女の存在を知らなかった。
グラストンという町が城からすぐ南にある町だということは知っている。
そこへ訪れたこともある。
だがこの者たちに会う機会は無かった。
少年や少女といった、子供の年代で兵士などという者になりたいと分かれば、
すぐにこの眼に留まっただろうに。
「私は王国正規軍で、王城の教育指導を担当するクロエだ。その様子では、お前たちはまだ実際の戦闘を経験したことがないな?」
「はい。王城が攻め落とされた時、私たちは率先して国民を退避させるよう任を授かりました」
「結果的にここに辿り着いてからは、毎日修行を続けています」
――――――――――――――――それは、共通の敵を殺すためにか?
などと、クロエは我ながらおかしなことを言うものだと思いながらも、当たり前のことを問う。
言うまでも無い。
兵士になるのであれば、自分たちの国が危機となっている以上、その危機に立ち向かうのは当然だ。
しかし、それが自らの意志によって生み出された気持ちであることが大事だ。
周りから影響を受けた起因というものは、あらゆるものに汚染されている場合がある。
自らの純粋な気持ち、意思という水は、簡単に外部からの要因によって濁ってしまうものだ。
外菌と同じだ。清潔で純粋な身体に少しでも悪いものが入れば、純粋さは失われる。
それと同じことで、自らの兵士として戦う覚悟は、自らが決め通そうとするものでなければならない。
かつての弟子を思い出しながら、そのようなことを考える。
あれも、信条とか理想とかを叶えるために、まずは苦しんでいる人々を救うのだった。
「はい。その覚悟は出来ています」
「次の戦いには、僕たちも参加する予定です」
「………そうか」
一方、少年少女たちは、
このクロエという存在の名乗りを受けて、彼女が王城で地位の高い上士にいたのではないか、と思った。
風格、感じられる気配の強さなどから、ただの女性一般兵ではないと思っていた。
そして、教育指導者の立場であることを聞かされると、その思いは一段と強くなった。
やっぱりそうか。先生にも見えたが、自分たちより遥かに上の存在なのだ、と。
少年少女は自らに覚悟を決めているようだ。
だが、逆に彼女は言う。
“そんな覚悟、あっていいものではない――――――――――。”と。
それは、特に少女にとっては心の中を揺れ動かされる要因となった。
たとえこの場だけの一時のものであったとしても、彼女には覚えがあるのだ。
その言葉に、一瞬だけクロエが見せた細い目、どことなく遠くを見つめるような遠い目が。
そう、覚悟はあった。だが………挫折も経験した。その果てに今もこうして生きている。
………多くの人を犠牲にしながら。
かつてそのような言葉をかけてくれた、あの青年兵士を思い出す。
「前に同じことを聞きました。アトリさん、という兵士の方から。そんな覚悟は無い方が良いかもしれないって」
「――――――――――――――!!」
「でも、私たちは戦います。それで一刻も早く、私たちを支えてくれた人たちの生活を取り戻したいんです」
生活を取り戻す。
かつての姿を蘇らせる。
当たり前のように存在していた時間を、元に戻させる。
そのために努力すると少女は言ったし、少年もそのつもりのようだった。
ああ、子供たちはどうも輝かしい。
そう思うからこそ、自らの進めてしまった選択肢を時に悔やむことがあるのだ。
誰にも話すことのない、打ち明けることのない、彼女自身が選んだ選択肢に対する、彼女自身の気持ち。
アトリという一人の少年を死地の護り人にしてしまった、自らの決断を。
後悔はある。だが時間を取り戻すことなど出来るはずもない。
もし少年少女と同じような思いを持ったとしても、立場も異なるし状況も明らかに違う。
彼女と少年という物差しでは、既に一線を越えてしまっている。
とうに、手遅れだった。
だがそんなことをこの少年少女に話したところで意味は無い。
「そうか。お前たちは、アトリの知り合いか」
「!………ご存知なのですか!?アトリさんを」
彼女の目が驚きの色を見せる。
いや、よく考えれば知っていても当然の間柄ではあるが、当事者からの言葉というものは心動かす大きな要因と言えるのだろう。
隣にいる少年が、少女の名前を呟いた。
だが、少女はクロエからの返答を待っているようだった。
「………暇になったら、来るがいいさ」
だが、彼女はそうとだけ言い残し、その場を去っていく。
彼女クロエの表情に暗みは殆ど無かった。
子供だというのに、アトリという男の存在を知っている。
もしこれで、アトリがこの子供たちに何か吹き込んでいたとしたら、説教ものだがそうでもなさそうな雰囲気を持っている。
知りたいのならば、いずれ来ると良いと付け加えて、彼女は少しだけの笑みを持って家へと戻っていく。
前までは兵士の卵でしかなかったその二人が、グラストンの町で正式に兵士の見習いに認定される。
その後の戦時下で混乱を発生させ、少年少女の今後を決める前にその時は来てしまった。
だから、次こそは戦う。
自分たちを支えてくれた者たちが、今もこの国の帰りを待っているのだから。
そんな少年少女たちの思いを聞いたクロエは、少しだけ清々しいなと思えたのだ。
………それにしても。
「どこか似ているな、あいつと」
………。
4-7. 似たもの同士




