4-1. 新たな路
第4章 時間の歯車
私たちが生活していく中で、普段意識しないものがある。
その根底を頭の中で理解せずとも、毎日を普通に暮らしていけるようなもの。
だがそういうものに限って、ある時ふと思いついては、よく疑問に思うものだ。
これは、一体何だろうか。
あれは、どのような仕組みで出来ているのだろうか、と。
素朴な疑問が新たな知識を手に入れるためのキッカケとなるのだが、そのような段階を踏んだとしても、
疑問が解消されない場合も多い。
この世界に流れる、魔術などという特殊な力もそのうちの一つだ。
あらゆる物語、あらゆる小説で魔術という言葉が使用され、この世の中の人々に疑念やら感動やらを与える構成が幾つも存在していることだろう。
だが、それが実際にこの世界に存在しているという事実を知る者は、殆ど居ない。
魔術師という存在から見れば、彼らが現実の物ではない架空の魔術に踊らされるのを見ていると、ある者は滑稽だと思い、ある者はそのまま見果てぬ夢として捉えていて欲しい、と思う。
この世界の神秘。
解明するのも困難で、
誰が正しいのかも分からない、そのような幻想世界の要素。
しかし。
彼らの世界で、そうした意識せずとも暮らしていけるが、
謎を解明することが出来ない究極の存在というものがある。
それこそが、彼らが今を生きるこの生命線でもある、『時間』という存在だった。
確かに誰かの手でその謎が解明されようとしたことも、あるかもしれない。
だがそれは途方もないもの、光の見えない暗がりに手を伸ばすようなものだった。
当たり前のように存在しているそれが、どのようにして当たり前のものとして流れるようになったのか。
それを日常的に意識する人は、殆ど居ないだろう。
たとえば、何時に集合するから遅刻しないように家を出よう。
などと、時間を気にすることはある。
だが、「時間はいつ、どのようにして生まれたのか。どのように動き続けているか」など、そうそう考えるものではないだろう。
概念は知っていてもその根底を理解することもなければ、そのような機会もない。
彼らの世界では、果たしてその時間という存在がどのように流れ続けているのか。
思えば、『彼』がこのような途方もないことに意識を向け始めたのは、
ある夢を見てからだ。
………。
白黒の世界。
本来あるはずの色が塗り替えられ、本来あるべきではない世界が幻想となる。
空は動きを止め、あらゆる物体は静止し、この土地に風が流れることもなければ、
自然の息吹が通り抜けて行くこともない。
辺りに人間や生物などはおらず、元々あったであろう自然豊かな大地、木々や草花はすべて色を変え、まるで焦土と化したようなものだった。
そんな、荒れ果てた荒野よりも質が悪い世界。
まるで物語に聞く幻想世界で、これが現実によるものかと疑わずにはいられないもの。
これが夢であるのなら、あれは夢だったと判断して終わることも出来ただろう。
だが、これが夢であるのなら、何故何回も同じような景色を見せられては、その続きが気になってしまうのだろうか。
続きも気になるし、この夢を見るほどその続きを見せられている気がする。
新たな夢を見ることなく、既存の夢ばかりを見てしまう。
一つ。
荒れ狂う大地に炎が舞い上がり、大地そのものが炎上していく姿。
一つ。
色を失った世界が、まるでその時間を止めてしまったかのような光景。
彼がこのような不可解な現象を夢として見るようになったのは、
そう昔のことではない。
特に後者は、つい最近になって立て続けに見るようになったものだ。
あれは、何でそのようなものを見せつけてくるのだろうか、と。
彼でも分からなければ、誰にも分かるものではないだろう。
夢とは本来その人独自のものを指しているはずだ。
同じ夢を他の人が見ているとするならば、それこそ夢であるのかどうかを疑うべきだ。
だから、彼も少なからずその可能性というものを考えたことがある。
これは夢とは似て非なるもので、何かを伝えられているのではないだろうか、と。
それと『時間』とがどう関係したのか、というのは、実のところ彼でも分かっていない。
ただその光景があまりにも異質で、かつて自分が経験したようなものとは、また別の異種であった。
そして、その世界に映し出されるあらゆる物事は、まるでこれから何かの終わりを告げる時、あるいは終わりを宣告された後のものに、見えてしまった。
似て非なるものであるのなら、そのように訴えられそう感じているのかもしれない。
ただの夢であれば良いのだが、今の彼にはそのように見ることは出来なかった。
彼だけが持つ悩みの種、誰に話してもきっと分かるものではないと決めつけ、結局何度もその夢を見ても解決されることはなかった。
―――――――――――あの瞬間が訪れるまでは。
………。
冷たい朝を迎える。
大地に光が照らされ始めた頃のことだ。
アトリとフォルテ、二人の路を歩み始めてから、この朝で4日目を迎える。
元々はパトリックという、彼が言うもう一人の親のような存在のもとで暮らしていた彼女。
そしてその生活に一時的に関わっていた、流れ者のアトリ。
彼の調子を以前よりも高め、更に魔術を教えるように決断したのは、その男。
男のもとを離れてから、まだそれだけの時間しか経過していないが、やはり日が経つにつれその生活のありがたみというものを知ることになる。
彼が今までに経験して来なかった日常の一つではあったから、それに与えられた影響というのも大きい。
だが、それでも彼の決意も彼女の決意も変わらない。
冷たい朝に風が吹いている。
一足先に簡易キャンプから起き上がり、彼は近くで自然の光景を眺めていた。
戦争が起きているというのに、それを感じさせないほどの静けさと美しさがそこにはある。
今までであれば、そのような景色を見ても、結局穢されてしまうものと心奪われる機会も失われていただろうが、今はそのような心持ちから少し変化していた。
いずれ再び来るその時まで、心落ち着けるというのも必要だろう、と。
………昨日は、中々に大変だった。
昨日の出来事。
それまで三日間は、日中夜間問わず何事もない時間を過ごしていた。
彼らの目指す先、彼らの家から南東に遠く離れたカークスという大きな町。
そこに王国の残存部隊が集結し、また王国の危機から逃れた民たちも、その町と町より南部の領地に逃げ延びているという。
マホトラスの侵攻を食い止めるためには、やはり彼らと合流して戦わなければならない。
その方針を彼も察していたために、彼女と共に合流するためにカークスの町を目指している。
パトリックと共に考えたルートで進めば、一週間ほどで町に辿り着くだろうという計算だった。
しかしその道中は街道といった大きな道を出来るだけ避けながら進むので、それなりに危険もあった。
自然的な危険も無論そうだが、たとえ街道を避けているとはいえ連中の支配地域を進みながら、出来る限り行程を短縮するというものだ。
特に南側に進む行程が浅い時こそ、いまだ支配領域を抜けていないということで危険性が充分にあった。
そして昨日、まさにそれが現実に起こった。
この路を歩むということは、
彼女に人を殺させるという意味でもある。
だから彼は心配事もあった。
彼女が自分を支えてくれる、という言葉はとてもありがたいし、頼りにもしている。
だが、彼女が自分で人を殺す感覚に慣れてしまうと、それはそれで人間性に影響が出てしまうのではないだろうか、と。
というよりは普通、影響が出てもおかしくはないのだ。
だが昨日の彼女は、戦っている時はともかく、その後はいつもの彼女に戻っていた。
「おはようございます、アトリ。早いですね」
「ああ、おはようフォルテ」
ルートの性質上、どうしても町を避けられない場合がある。
道なき道という手段も取れたのかもしれないが、そこで怪我を負ってしまっては道中が辛くなる。
更に追い打ちをかけられる危険性を考えれば、一番望ましいのは安全かつ早い道で行くことだ。
彼女の治癒魔術もとても便利なものではあるが、咄嗟の危険時に即座に対応できるかどうかは、彼女自身も自信を持ってそう言える訳では無かった。
あらゆる可能性、あらゆる考えを持った中で、昨日とある小さな町に近づいた時。
連中は彼らの姿を確認し、攻撃を仕掛けてきたのだ。
もしこの二人に変装などという小技があったとすれば、この戦いも回避できたかもしれない。
彼らはただ普通に町の少し離れにある小道を歩いていただけなのだが、連中は二人の顔を見るなりすぐに走って向かってきたのだ。
つまり、彼らの存在は連中に察知されている。
「アトリ。これは恐らく、先日の一件が………」
「いいんだ、フォルテ。元々俺の顔は連中に知れていたし、魔術師が態々俺を殺しに来るほど厄介な存在だと思われているからだろう」
パトリックから得た情報。
既に王城は陥落し、残存部隊はカークスという町まで後退している。
この一ヶ月ほどの動向ではあるが、彼が最後に戦っていた北西部の連中が、この辺りまで来ているという可能性も充分に考えられるだろう。
すべての兵士がアトリの存在を知って彼を討つように、とは言われていないかもしれないが、見知った兵士たちが自分の顔を見て反応する可能性は充分にある。
アトリは、先日のフォルテの決意を責めることは一切しなかった。
「寧ろ、その方がやりやすいという場合もある。こちらの存在が知られている以上、間違いなく敵だ。だとしたら、勝ち目のある戦闘に関しては挑むことが出来る」
「確かに、そうですね。少しばかり手荒いことにはなりそうですが、私も賛成です」
それが昨日の会話の一部。
今の状態で二人に敵う存在というのは、それこそ魔術師しか居ないだろう。
自覚をして自惚れる訳では無かったが、たとえ十数人を相手に囲まれたとしても、例の力を発動できる場合には、彼らの敵ではなくなる。
それほどに二人の持つ根幹能力も魔力も優れていたのだ。
実際昨日は三度の戦闘が集中して行われ、二人で合計して20名以上のマホトラスの兵士を破った。
だが、ウカウカしていられない。
ここで自分たちが戦いを起こしたという軌跡が、相手に伝わり追っ手が来るだろう。
継続して危機感を持つ必要はある。
少なくとも、マホトラスが支配領域を持っている、この4日目の移動中は特に警戒しなければならない。
彼らも先の戦闘で大きな痛手を負ったというから、大部隊が彼らの行く手を阻むことは想像し辛い。
だが、それ以外の方法で接近されることは充分に考えられる。
昨日と同じか、あるいは。
「こちらは準備できました。行きましょう、アトリ」
「そうか。よし、では行こう」
4日目の朝を迎え、いつもの服装の彼女と彼は、再び歩みを進めて行く。
一方。
彼らのいつかは目指す場所、今は占領地となり象徴としての機能を失った、王城でのこと。
城下町をも巻き込んで発生した先の戦いは、マホトラスの勝利に終わった。
一部の者たちにとっては、かつて見た城の姿、そしてかつて追い出された憎しみの象徴でもあった。
城下町にいる民たちの一部は逃げ出すことに成功したが、半数以上は支配下で捕らわれの身となってしまっている。
そんな国民たちに待ち受けていたのは、城や町の修繕、汚物の処理などであった。
ウェールズ王城は激しい戦いに包まれ、所々で火災が発生する事態にまで陥っていた。
多くの人、多くの国民を巻き込んだその戦いは、城のみならず、多くの場所で人の死の臭いを充満させる結果となってしまった。
今、国民たちは占領下に入り、占領した主たちの為に、この城や城下町を復旧させようとしている。
根底としては別の願いを持ちながら、今は何も抗うことのできない状態に苦しんでいた。
その。
王城でのこと。
「………んん、今日も茶は旨い」
………などと、静かに呟き一人で優雅に茶を飲む和服の男がいる。
戦争はまだ終わっていないというが、今この空間はまるで戦争などという言葉、下界の空気から取り払われた異空間のように平和そのものであった。
男は、長刀を使い手とするリッター。
外の風を受け、太陽の光に照らされながら優雅に紅茶と呼ばれる飲み物を楽しんでいた。
彼もまた魔術師の一人ではあるのだが、その気質は少々周りとは異なるというか。
見た目、風格は長身の大人で男性であるのだが、美形な顔つきと薄めの綺麗で鋭い目をしている。
長刀は彼が座っている白色の椅子の傍にある、白色の机に鞘ごと置かれていた。
そんな時間を過ごしていた日中の彼のもとに、一人別の男が現れる。
「任務を与えない時の君は、相変わらずだな」
「………、戦う時は戦うが、私とてこういった時間を楽しみたい人間の一人だ。万人の共通欲だろう?」
椅子を外の景色に向けていたリッター。
そして背後から声を出し彼を呼ぶもう一人の男。
せっかくの紅茶の時間ではあったが、どうやらこの空間でさえ戦争の話を持って来られたらしい。
リッターはその場に立ち上がると、現れたもう一人の男――――――――――ゲーリングと対面する。
「それで何用だ、ゲーリング。まさか私と茶を楽しもうなどと思うのではあるまいな」
「それも一興。だが今の私には必要ないな」
ゲーリングは、マホトラス軍の統括を担当する司令官の一人だ。
彼らがウェールズから分離してから、軍の統率に関しては彼が第一人者として進めてきた。
無論その中に全体としての指導者、サイナス・フォン・マホトラスも加わることもあったが、この二人は前線で戦うような人間ではない。
故に、彼らの戦いは常に闘いが始まる前、あらゆる参謀の役割から始まる。
今回のウェールズ王城奪取で、彼もまた一躍知名度を上げた。
もはやその存在を知らぬ者はいない、民たちでさえ知っているというくらいにだ。
実質的な支配者たる地位にいるゲーリングは、それでもこの状況をあまり良しとしなかった。
確かに我々は勝利を得た。
目の前の男は紅茶を優雅に楽しむほどの時間を得ることが出来ている。
だが、必ず奴らはここを取り返しに来る。
「策を思案中なのだ。通りかかったら君がいた」
「本当は頼みたいことがあるのだろうが、堂々と頼めるものではない、と。素直に言ったらどうなのだゲーリングよ、人手不足を補うためには君が必要だ、と」
「………相変わらず顔立ちに似合わぬ抜け目のなさだ」
などと、
リッターからすれば意味の分からないことをゲーリングは口にし、
城の外壁部から上半身を出して外を眺める。
後ろには座りながら紅茶を愉しむ容姿端麗な長身男。
平和そのものの光景だが、今も民たちは兵士たちに指示されながら働いている。
「奴らとの境界線の護りが少々心配でな。南に行ってもらいたいのだ」
「今度は防衛か。また難儀なことを」
「仕方あるまい。魔術師たちは皆出払っているのだ。一人は行方知れず、一人は東側の調査。また一人は刺客として、ある男の首を取ろうとしている」
境界線。
ウェールズとマホトラスとの間で、占領地と直轄地の境目に設けられた線のこと。
マホトラスが国としての機能を持たせるのであれば、それは紛れもなく「国境」という名で呼ばれることになるだろう。
だが、いまだマホトラスは自分たちの望む政治体制を築いてはいない。
それにはもうしばらく時間が掛かる。
今までの占領地に浸透し、新たに奪った支配領域に自分たちの脅威とかなんとかを認識させる。
すべての手に入れた占領地に号令を発し、政治的な力を手に入れる。
それを実行するためには、やはりウェールズの存在がどうしても邪魔であった。
彼らがこの世に存在し続ける限り、マホトラスの敵としてあり続けるだろう。
理想も異なるし決して相容れない存在だというのは、此度の戦争で充分に分かっている。
だからこそ、早めに支配領域を自分たちの意のままにし、彼らを倒さなければならなかった。
そのためには。
国境とは言えないが、ウェールズとマホトラスとの間にある境界線の防衛を厚くする必要がある。
彼らがいつ攻めてきても良いように。
逆に言えば、次に自分たちが彼らを攻める時になれば、迅速に行動できるというものだ。
それにしても。
ゲーリングの話で聞く、魔術師たちの動向は少々自由が過ぎている気もする。
と、リッターは感じる。
一人は行方知れず、というのは間違いなく気まぐれな槍兵のことだろう。
だが気になることはある。
「ある男の首?」
「ああ。なんでも、死んだはずの男が生きている、などと噂されているようだからな」
「………はて、私には見当がつかないが、ブレイズが言っていた少年のことか」
そう。
最近マホトラスの下級兵士の間でもその名前が知られている、ある男。
その少年というのが、リッターにとってはよく分からない相手だが、アトリというウェールズの兵士のことだった。
黒剣士ブレイズが接敵したことのある少年。
“誰かの為に自分が剣となり戦う”という意思を自己犠牲、偽善者の極みだと痛烈に酷評する相手。
その存在を、ブレイズはリッターに話していた。
同じように、この城に至る過程で戦った、ある年上の男のことも。
ゲーリングは、近頃ここより少し西側の辺鄙な土地でその姿が目撃されたと彼に話す。
リッターにとってアトリという少年がどれほどの腕を持つ男なのかは分からない。
だが、噂には聞いている。
「ということは、その少年を殺しに行ったのは、ゼナか」
「そういうことだ。元々君やブレイズはともかく、オーディルやゼナは集団行動に馴染まない質の人間だろう。オーディルの身勝手さにはいつもながら呆れるが、ゼナは前回あの男を殺り損なっている。それが生きていると噂されているのだから、暗殺者として再び首を狙うのは当然とも言える」
ほう、とリッターは感心の音を含んで口にする。
リッターの暗殺剣を退けるほどの男であるのなら、その少年もそれなりの腕であることは否定できないだろう。
ブレイズは散々酷評していたが、ウェールズの戦力としては確かに無視できないものだろう。
彼のことを詳しく知らないリッターだが、それぐらいのことは想像できる。
ゼナがどう思っているかもしれないが、彼女はどちらかと言うと魔術師というよりは、暗殺者寄りの人間だ。
魔術師であることに変わりはないし、魔力による恩恵を受けていることも確かなのだが、彼女が優れた魔術師であるかと言えば、そうではない。
下級兵士よりも遥かに格が上の魔術師。
兵士たちはブレイズやゼナが魔術師であるとは知らないし、考えもしない。
ただ、彼らに比べれば上級兵士の部類に入るし、上下関係でいえば下級兵士など部下の部下、というようなものだ。
同じ魔術師同士であっても、上下関係は無くとも力の差は当然現れる。
ゼナがどれほどの力量を持つか、正確にリッターの知るところではないが、
その暗剣を退けるほどの実力がある少年には、興味が湧いたのだ。
「確かにそうだな。暗殺者として失敗は許されるものではない。となれば、ゼナの行動も当然か」
「それに、あの少年が消えてくれるのなら、我々としても都合が良い。少年とはいえ、相手にとって脅威であるのなら、それを封じておくことに越したことは無い」
「なるほど。寧ろ私がその任に充てられるのかと思ったが、違ったのだな。残念だ」
「魔術師は各地に散っている。境界線を防衛する魔術師は今誰もいない。だから君が適任だろう?」
とにかくリッターは乗り気ではないらしい。
だがゲーリングの司令ともあればそれを無視することも難しい。
彼はその少年とやらに興味を持ち、出来ることなら一度剣を交えたいとも思った。
だが今の段階では、その望みは叶えられそうにない。
そもそも、ゼナが二度も暗殺に失敗するとは考え難い。
何しろ魔術師対普通の人間なのだから。
と、この時のリッターは僅かながらの可能性を軽視し、見誤っていた。
「分かった。次の戦いとやらがあるのなら、私もそれに臨むとしよう。だが期待はするなよ。私は他の者共に比べ些か力に劣る。雅さに引けは取らないが、幾ら私でも多人数を相手にするのは堪える」
それは、リッターからの僅かながらの警告だった。
つまり彼は司令官のゲーリングに対してこう言っている。
“負ける状況が出来たのなら、私は生きる手段を取る――――――――――――。”
剣士はもとより一対多数の状況を望むものでもないし、好むものでもない。
出来るならそういった状況は避けたいと思うのが普通だ。
リッターの基盤は魔術師では無く、剣の担い手。
彼に魔術師としての素質があったとしても、剣士であるという自覚と信念に勝るものはない。
そこが、マホトラスに存在する魔術師たちとは離れた位置づけにある、リッターとしての素質だった。
小さな子供の全長にも匹敵するほどの長刀を使い、魔術師としての能力も身に着けている。
だからといって、魔術師が全知全能たる戦士である訳では無い。
人によっては魔術師とはいえ弱点を持ち続ける者も確かにいることだろう。
リッターも無論、そういったものは幾つか含まれている。
だがそれよりも、自分たちが囲まれるような劣勢に追い込まれでもすれば、彼は死を賭して戦おうと考える心は一切持ち合わせていなかった。
たとえ兵士たちが死に物狂いで剣となったとしても、彼は後退させるだろう。
つまり、そのような劣勢の状況にあれば、自分たちは生存して次の機会に回す方法を執る。
戦をしてお互いに不利な状況を持ち合わせている。
その中で戦い、それが破られるというのなら、敗走も一つの手段だ。
長刀を扱う剣士は、
そのように男に意味を持たせ、その場を去る。
………。
4-1. 新たな路




