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Broken Time  作者: うぃざーど。
番外章 剣の墓地
112/271

番外篇15. 現実の剣




―――――――――――。







これが、死地の姿だった。

(アトリ)が幾度となく経験した、歩みの路。

どれほど醜い光景であったとしても、たとえ犠牲者が少ない死地であったとしても、

こういった光景に感じることに、あまり変化は無かったはずだ



戦いになれば、どうしても犠牲者が出てしまう。

相手を犠牲にすることで成り立たせる意味も込めていたし、

戦いに勝つために味方の力を借りて、それが犠牲になったというものもある。

数多く経験してきたことの一つ。

このユダの町も、そのうちの一つだと、思った。

そのはずだった。




だが。

心は全力で否定する。

受け入れてはならない。

認めてはならない、と。

決してそのうちには含まれないものだ、と。

訴えられている。





彼は、その光景を目の当たりにした。

色褪せた姿の大地と丘。

その頂にて、その姿を目撃した。

無数の剣が、地面に突き刺さったり、大地に転げ落ちている。

その実、数を数えることは出来ない。

一や十を超えるものであっても、百には届かないといったくらいか。

だが、そんなことはいい。

彼が手にした光景には、こうして意味を失くした剣が虚しく存在し続けているのと、

もう決して起きることのない躯が大量に堕ちていた。





――――――――――――。





多くの亡骸が転がっている。

光を失ったその眼が開いたまま閉じることが無い。

身体には無数の引き裂かれたような傷。

突き刺されたような跡。

そして美しかったはずの大地や自然の上にこびりつく血の海。

それは、本来あるべきではないものなのかもしれない。

少なくとも平穏という日常を奪われた人々にとっては、あってはならないものだった。


そう。

彼にとっては、このような結末を迎えないために、このような結末に至る過程を排除しなければならなかった。

誰よりも、何よりも、この滅びを起こさせないために、一人でも二人でも護って、救って、その者たちの今後の時間に幸あれと、願った。

戦いが起こり続ければ、犠牲者も増え続ける。

戦いが続けば、幸せを失う者たちが大勢現れる。

そのような過程を潰し、滅びの運命を辿る世界を護るために、彼は護り人となって戦った。







だが。

実際はどうだったか。

彼が手にしたのは、こんな虚無な世界だった。






剣が斃れ、突き刺さり。

決して動くことのない人の姿が、もう物であるか人であるかも分からないほどに、堕ちている。

残されたものは、ただ独り。

それ以外には、何もない。

自分の持つそれでさえ、最早意味を成さないものだった。



少年は、自らの身体と同化していた意志と物をようやく引き離し、

それを丘の頂に突き刺した。

自身の持っていたそれは、もう見る目を失うほどに刃こぼれを起こし、

本来の目的に使用するのは些か不憫に感じるほどの見た目に変化してしまっていた。

もう意味を成すことの無い剣を地面に突き刺すと、その時からより一層周囲の光景が目に映る。

頭の中に入って来る。

人々の声が聞こえずとも、この光景がどのような意味を持っているのか、

それが痛いほど頭の中に伝えられてくる。

剣と意志とが分離した瞬間、彼はこの光景を見て、息を飲んだ。

何度も、何度も、心に問いかけた。

幾度となく死地を越えてきた彼。

今回のそれも、そのうちの一つの経験だと、思うはずだった。

だが、心は全力で否定していた。

身体も、まるで心が否定するその様子を現実に具現化するように、反応した。

今までに感じてきたもの、見てきたもの、そのいずれにも該当しない、虚無な世界を前に、それを手にしてしまった想い。






「………っ」







地面に突き刺し握られていた剣から、手を放していた。

幾らでも見てしまう、このありさま、この姿、この光景。

脳裏に焼き付くほどの姿。荒れ果てた土地。失われたモノの数々。

この光景を前に、彼は自らの傷のことなど忘れ、ただひたすら見つめてしまっていた。

この光景が、まるで彼に「これがお前の目指した現実だ」と言っているかのよう。

あの男に最期に言われた、あの言葉が何度も何度も再生されていく。

それとこの光景とが浮かんで、確かに彼は感じていた。

今までに、感じたこともないような、感情を。

己の心が折れ砕けるような感覚を、そんな音を聞いてもなお、男は斃れない。

否、それを赦されなかった。

己が理想を貫く者の姿に、そんなものは赦されない。

これが自分が作り出してしまった末路の一つだと思うと、張り裂けそうになる。

必死に抑えた。

誰も見ていないというのに、それが表出するのを必死に堪えた。

でも、溢れ出るあらゆる感情と滲み出る幾つもの雫は、持ち主の心を決して癒すことなく、

寧ろ折れ砕けそうになる心に追い打ちをかけているかのようだった。







これは、誰も見たことの無い、少年の姿。

死地の護り人として、その役割を未来永劫変えられない定めであると断言された男の、素の姿。

あるいはこの時は、そうした肩書をすべて吹き飛ばし、本当の(アトリ)の根源が満ちた姿であったのかもしれない。







「………これが、俺の目指していたものの光景(すがた)か」







右手拳を強く、強く握る。









「………俺の理想や信条は、こんな最期を見せるために持ち続けてきたものなのか………」








眉間に力が入る。









「………こんなものを叶えるために、今まで俺は戦い続けてきた、というのか………!」








全身に、耐えがたい力が入る。










「………俺は、誰の為に……何の為に……信じ続けてきたんだ………」







違う。

俺は、こんなものを見届けるために、叶えるために、戦ってきた訳じゃない………!!



今も苦痛の暮らしにある民たちを救って、

戦いが起こるであろう土地で民たちの為に戦って、

これから民たちが過ごす時間に幸あれと、願い続けてきたんだ………!

………だというのに。

これは何だというのだ………!




自ら選んだ道が、民たちを護るどころか、

護るべき者たちすべてを俺は殺したんだ………!!




急進派の者たちが、保守派の人間たちと相容れないことなど分かっていた。

協力関係など、ただの建前でしかないことも、分かっていた。

だがそれでも………俺は信じ続けていた。

心の中で疑心暗鬼を持ちながらも、町のために共通の目的を果たすだろう、と………。

そう信じていたんだ。

なのに俺は、それに応えることもせず、あまつさえ救うことさえ出来ず………!!









違う、絶対に違う………!

これは間違っている。あり得てはいけない現実(ユメ)だ――――――――――――!!






こんなものは……断じて認めないっ………!!!











この手で護られるものがあるのなら。

救える人がいるのなら。

この身を使って、その者たちの為になろう。

そう思い願った少年が手に入れた、歩みの果て。





少年は、自らの起こしたこの結末によって生み出された光景を見て、

それを激しく拒否した。

自らの理想に従い行動してきたはずの少年が、自らの生み出したそれを強く否定した。

人々を護るはずの剣は、自らが護られるべき命を絶つ剣に変わり、それをすべて遂行させてしまった。

それが彼の追い続けてきた理想で、彼に見せた現実(ユメ)だった。

最早死に絶えた大地と生命。

その残滓すら感じることも不可能なほどに、荒んだこの“荒野”を見て、

少年は強く後悔した。




もっと他に、取るべき道があったのではないだろうか。

あるいは、この滅びを回避できる方法が見つかったのではないだろうか、と。




この後悔は、

彼が死地の護り人として歩んできた路の中でも、何にも比較されることの無い、あまりに強い後悔となってしまった。

この道を貫く以上は、あらゆる非情な手段も取らざるを得ない時もある。

時にそれが護るべき命よりも多くの犠牲を必要とすることも、あったことだし、これからもあることだろう。

だがそれでも、自分の手ですべての人を護りたいと思っていた理想が、自分ですべての人を斬り棄て、その理想を“自ら裏切る”ことなど、今まで絶対にしてこなかった。

人が人の為に戦い続けた結果、戦う担い手となる“その人”だけが残ってしまった、この光景。

これを『惨劇』と呼ばずして、何と言う―――――――――――――。





少年は、この光景を見て、確かに絶望というものを感じた。

自らのしてきたことがこの結果を作り出し、しかもその担い手が自分自身だったことに、

少年は到底受け入れ難い気持ちを抱いた。

このような状況にさせてしまった民たちを恨むのではなく、自分自身を恨んだ、憎んだ。

護り人などという肩書がどれほど醜悪な殺戮者であることか、胸を貫かれるほど理解した。

そして同時に思う。




“ああ。この世の中は、こんなものばかり満ちている――――――――――。”





彼はこの結果を前に、自らを憎み恨むことの他、

このような結末を何度も何度も起こしてしまう、世界の理というものをハッキリと自覚し、

彼は世界にさえも絶望した。

こんなものがいつまでも存在し続けるから、人々はいつまで経っても救われない。

この時に彼は思ってしまった。それに気付いてしまった。

人々の為に戦うというが、それに終わりが来ることは無い。

あの男の言った通り、自分はこの道に居続けることで、未来を定められてしまっている、と。

愚かな人間たちの為に戦う自分のこの先は、もう決まってしまっている。

大人の起こしたあらゆる事柄を際限なく始末していくだけの、道具。

平たく言えば、そうした人類の愚行を正すための存在が、死地の護り人という彼。

そこに、善悪の区別などもはや関係するものでは無かった。

戦って戦って、相手を殺すことでしか正当化できない、この世の中に。






彼は、自分共々激しい嫌悪感を抱いてしまった。

それは彼の理想を語るうえでは、“決してあってはならないこと”だった。



人間のしでかした後始末をするだけの道具。

そんなものを自ら求め実行する自分に、一片の価値すらない。

そして、どれほど人々を護り救うために戦ったとしても、この理想が叶えられることは無い。

多くの人々を護ってきた事実があるにも関わらず、彼はまだ誰一人として護ったという結果を得ていないと、思うようになったのだ。

戦争で犠牲者を出しながら、救われた命がある。

だが救われたからといって、護られている訳では無く、幸せになれるとも限らない。

また戦争が起こる。

またその人々の為に戦う。

その繰り返しが、際限なく続いていく。

この理想が決して終わることの無い道具としての時間(ループ)を刻んでいるのだ、と。






そんなものは、間違っている。

このようなものは、あってはならないことだったのだ。







失意と絶望の底にある彼は、そのことに気付いた。

だがそれでも、彼がこの後も死地の護り人として、多くの人を殺しながら多くの人を救うことになったのは、彼の中にもまだ僅かながらの光が灯されていたから、だろうか。

まだ、それでも彼を必要としている人がいることは事実で、彼もそれに応えるだけの身体を持ち合わせている。

だとしたら、この道がどれほど荒んだ人生であったとしても、

その答えがいまだ出るものでないと分かっていても、

救われる命や護られる命が確かにそこにあるというのなら、

その道を歩み続けることで、見えてくるものもあるのではないだろうか、と。

彼はまだ信じていた。

失意と絶望、自分に対しても、またこの世の中に対しても思い、そして“決して気付いてはならなかったこと”に気付いてしまった後でも、

それでも、まだ救われない命の為に、出来ることがあると、彼は信じていた。

心は折れない。だが今すぐにでも砕けてしまいそうなもの。

自らの理想と身体とを繋ぎ合わせる細い線が存在し続ける限り、彼はこの先も戦うことだろう。

彼が目指すものはいまだ成就されず、そして叶えられない遠い理想であることも分かっている。

それでも、確かに彼を必要としている人たちは、いるのだから。

彼の役割は、その人たちがいる限り、その声に応えなければならなかった。







この後悔は、恐らくは生涯持ち続けたもの。

この先の人生で決して消えることのない、傷跡。





………そして。

この傷跡が、やがて取り返しのつかない事を生んでしまうのだが、

それを話すにはまだ少しばかり早いだろう。




それが起こるのはここの世界での話か、あるいは否か。

もっとも。

そのようなことが起こるものと、誰が予想出来ただろうか………。






これが、少年がその道の歩みにて迎えた現実の話。

幾度の戦場を越えて、絶望を味わいながらも、なお己の身は戦いに投じることになる。

彼が生きた時間の中に、確かにこのユダの町の惨劇というのも記憶された。

彼にとっては、生涯忘れ得ぬものとして。

この町から帰還した後でも、彼は再び次なる町の窮地を救うために、その歩みを進めることになる。

自らの命がその理想の燈火と消えない限りは、彼の歩みもまた、止まることは無いだろう。

だが、そこにも転機というものは確かにあったのだ。

いや、正確に言えばこれからその時を迎えようとしている。

折れそうな心を繋ぎ合わせるだけではなく、その心を強靭なものに支えてくれる存在の、登場。

今まで彼が感じることのなかった、あるいは人間らしい価値観への気付き。

それらは、彼の死地の護り人としての人生にも、確かに影響していくことになる。

気付き得なかったこと、感じる暇も無く走り続けたこと。

そんな歩みの過程で、ある一人との出会いがあった。

偶然に偶然を重ねた結果ではあったが、それでも“彼ら”にとっては運命に翻弄されつつ確実に引かれ合った間柄のことだ。

彼らが自らの生涯を振り返った時、

恐らくはこの時こそが重大な局面であったと、振り返られるほどに。





死地の護り人、アトリの路は、まだ続く。

理想は遠く、現実は遥かに厳しい。

だが「それでも」と思い続け、多くの醜い現実と儚い希望、そして絶望を理解しながら、

僅かながらの信じる心を光に灯して、これからを生き続けるのだ。








番外篇15. 現実の剣












………。

















「そう………これが、ボクの手にした光景。歩んできた過去(じかん)だ」





普段、“それ”を日常的に気にするものだとしても、

その存在の根本を気にする人は、そういないだろう。





「………これは、一体………」






この世の神秘。

法外な奇蹟。

誰もが“それ”の恩恵を受けながら、

何も気にすることの無かったモノ。






「目に見えない真実など、大衆にとっては何の意味も持たない。だが、それでも私にとっては有用だ。何よりもこれには価値がある」






人々にその存在すら触れられなかったものが、

いま、一部の人間により暴かれようとしている。







「やめて下さいアトリ………!!貴方一人でどうこうなる相手ではない………!!」






彼らの前に現れる、新たな脅威。

この世界の神秘を身に着けたものに訪れる、神秘からの警告。







「………なるほど。夢に見た未来の少年というのは、君だったのか。」







“選ばれし者”

原初に至る神秘を前に、

その力は始動する。








「………誰かがやらなければならない。なら、答えはもう決まっている」









――――――――――この身を賭して、全力で時間(セカイ)の破壊を防ぐ………!!!










Broken Time

第4章 「時間(セカイ)の歯車」









15話をもって、番外篇は終了となります。

続いては第4章。

今までには無かった世界観が登場します。

物語は更に本題へと進みますが…………少し展開に困惑するかもしれません。

よければ今後も本作にお付き合い下さい。

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