番外篇11. 激突の剣
敵襲を知らせる鐘の音。
何度も聞いたことのあるその音と、やがて訪れる時を前にして感じるモノ。
戦場に行けば行くほど多くの者は緊張を抱えるのだが、
彼はそんな他の人たちとは別だった。
冷静沈着で、目の前の敵の数を分析して、自分の読みと当てはめる。
周りの大人たちが子供よりも遥かにぎこちない動きと心持ちをしていると、一部の人間は自分が情けないと思う、また一部の人間はあの子供はいったい何者なのだ、と疑問視する。
彼にとって戦いとは、民たちの命を護るためのものであり、民たちの今後来るであろう時間の機会を与える場にもなる。
この戦いは、負ける訳にはいかない。
幾度となく戦いを繰り広げてきた死地の中でも、今までとは異なる状況を持つこのユダの町。
使役される運命を打ち破り、彼らが自分たちの思うように過ごしていけるための、時間を作り上げる。
そのためには、全員と協力して戦い、勝ち抜かなければならない。
彼は見た目も中身も冷静ではあったが、戦いに向ける気持ちの強さは人一倍だった。
「………もう少しです」
敵軍は、まるで戦列歩兵と言うような布陣であった。
全体の総数としては、自分たちよりも多い人数で、2倍とまではいかないが限りなく近いほどの多さ。
しかもその全員が兵士であると考えれば、状況は圧倒的にこちらが不利である。
だが、彼らには作戦がある。
アトリが考え出した作戦で、初動で出来る限り相手の数を減らす。
接近戦になれば、すべての民が戦うということで全員を護ることが出来なくなる。
今までアトリの経験として、誰一人殺されずに護られた死地というのは少ない。
戦いをする以上どうしても犠牲者が出てしまう。
だが、戦いというものを無くさない限りは、いつまで経っても犠牲者は出続ける。
それを終わらせるための戦いでもある。
各地で勃発している激しい戦いを鎮めるための、戦いの一つ。
敵軍の歩兵は不気味な足音を奇妙に揃えながら、大地を轟かせている。
全員が全員防具を装備している訳では無かったが、彼らから見て前列に配置されている者たちは、防具で身を守っているようだった。
敵軍兵士は分散すること無く、真っ直ぐに丘上に布陣したこちらに向かってくる。
「………」
大人たちの多くは、それが訪れる瞬間をじっと待っていた。
武装しているだけで防具さえまともに装着していない民たちが大勢。
そのような人たちが剣を受ければ、一撃で致命傷となるだろう。
だがそれはアトリとて変わらない。
彼は膝や足首、手の甲や肩といった要所にしか防具を付けず、胴体は未装着。
だがこれも軽装を貫くための手段だった。
歩兵が丘の上を登る統一された音が、徐々に近づいてくる。
音が迫り忙しくなるほど、民たちの緊張も高まっていく。
「………」
恐らく多くの民たちが考えたはずだ。
戦うことで自分は死ぬかもしれない、と。
皆で決めたことなのだから、ここで逃げては同じ民として情けない。
戦う経験が無いとはいえ、全員で戦えば可能性が無いとも言えない。
ならば、この先の展開を担うのは自分たちだ、と。
多くの者は、覚悟を決めた。
それが唯一の手段であるのなら。
「………掃射!!」
そして、その時が訪れる。
歩兵の列がハッキリと視界に入り、距離が狭められたところで、アトリが大地を揺るがす足音にも負けない大きな声で、その指示を伝える。
刹那。
丘の頂上に隠れていた民たちが一斉に身を乗り出して、敵の姿を視認した。
頂上に表れた第一陣の数は、20名ほど。
彼らユダの民は全員が剣を装備し、手に弓を持っていた。
急に揺らいだ光景は無論敵兵にも見えていた。
突然見えていなかった、相手から見れば弓兵たちが目の前に現れれば、流石に動揺することだろう。
民たちは不慣れなその手で弦を張り、精一杯の力を込めてその矢を射出する。
「グハッ!!」
「ごふっ!!」
矢は放たれた。
約20人が一斉掃射する弓矢。
単純に20本の弓が相手の戦列に襲い掛かることになる。
弓兵が視界に現れた時点でその可能性を考慮すべきではあったが、時既に遅し。
民たちの弓は一部を除いて一直線に飛んでいき、兵士たちの身体を貫いて行く。
敵兵士も全員が硬い防具を身に着けている訳では無く、一部の人間には防具ごと貫き、また一部の人間には弾かれた。
それでも一部を除いた約20本の弓矢は敵の戦列を大いに乱すことに成功した。
弓矢が突き刺した部位は様々だ。
中には一撃で脳天を貫通させられた敵兵もいたが、腕や足に刺さり力が抜ける者などもいた。
一本ごとに確実に一人を殺すというのはそうそう出来るものではなく、何名かが緩やかな傾斜を上がる過程で地面に斃れて行った。
だが、これだけでは終わらない。
第一陣が弓を斉射すると、すかさず後ろから第二陣が出てきて、再び掃射する。
第二射が発射されるタイミングは、僅かに10秒未満。
素人たちの弓にしては上出来とも言えただろう。
入れ替わるタイミングと射出するタイミングの時差は殆ど無かった。
正確性が無い射撃とは言え、幾つかは必ず敵兵に命中していたし、既に傾斜で斃れた兵士もいる。
弓兵の動きに気付いたが、もう後にも退くことのできない敵兵士たちは、一斉に声を上げて突撃してくる。
それが、弓兵の限界であっただろう。
「いくぞ!!!」
それはアトリの声ではなく、このユダの町のみ残された領地を司る、ダリウスの声だった。
お互いの関係が良好でないものだったとしても、今だけは共通した目的の為にともに戦う。
それを目指す意識は、ダリウスの中では誰よりも強くあったことだろう。
本来望んでいた形で、相手と戦うことが出来る。
アトリという少年がそのキッカケを作ってくれた。
であるのなら、この機会を無為にすることは出来ない。
領主としての責任、自分の手では成し得なかった協力関係のもと、ダリウスが先頭を切って向かってくる敵兵士たちを相手にする。
お互いの軍勢が、雄たけびにも似た声を発しながら激突した。
――――――――――ガキン!
――――――――――ギイイィィン!!
鉄と鉄の混ざり合う音。
人を殺すために抜かれた剣同士が、激しく衝突し合う響き。
初めて経験する者が大半の戦場で、圧倒的な数の戦闘をこなしてきたアトリも戦場の只中へ行く。
剣を鞘から抜き、正確に一人目の敵を捉えて前進していく。
周りの味方は、ぎこちない動きをしながらも相手との戦闘を始めた。
………恐らく、十数分と持たないはずだ。
それは、アトリの中の考え。
この戦闘が始まる前、言うならばこのユダの町に来てから、今日のこの状況が発生するまでの推測の中で出し得たものの一つ。
戦闘経験者が殆ど生き残っていないユダの民では、長時間相手にするのは厳しい。
今まで戦ったことの無い人にとって、剣とは重たいものである。
それだけではなく、剣を持って相手を殺すということは、自らが殺人者となり剣と心を共にする覚悟も必要となる。
人を殺せばそれだけで動揺して硬直してしまう人もいるかもしれない。
あるいは、剣戟を重ねる余裕もなく相手に殺されてしまうかもしれない。
あらゆる状況が推測できるが、いずれにしてもこの民たちは十数分と戦いを持たせることが出来ないだろう、とアトリは考えていた。
………いや、十数分も持てばいい方だろう。
相手の数は俺たちのそれを上回る。
一対一の戦いを続けていれば、確実に俺たちは敗れる。
だが、ここで敵の注意を惹くことが出来れば………。
「………あれは………!?」
―――――――――――それは、“人間のものとは思えない”動きだった。
いや、正しく言うのなら、子供があのような動きを実現できるのか、というくらいのものだった。
ダリウスとエルクが、彼が丘上に向かってくる多数の敵に、単騎で突入していく彼の姿を見て、驚愕の色を浮かべる。
既に弓による作戦は決行出来ない状態となり、敵兵士たちも思惑を打ち破るために前進してきた。
両軍衝突により激しい攻防が繰り広げられていたのだが、彼はその最中相手の懐を突くイメージで、一気に敵を突き崩しにかかっていた。
他の場所では一対一の泥沼な戦いが繰り広げられているというのに、彼のそれは比べるにも値しない、いや例えなどというものを見出すことさえ出来ないほどの、あり得ない戦いだった。
彼らの中に当てはまるあらゆる知識や常識といったものを、悉く打ち破らんとする少年アトリ。
「………なんだ、あの子供はバケモノか!?」
「こ、子供………!?」
その様子のおかしさに、周りの民たちも異変に気付く。
彼が単騎で一時的に突入しにかかったのは、戦闘が始まってから十分程度が経過した時のこと。
まるで敵の戦列を一気に崩して注目を浴びようとする動きだった。
当然敵としても、アトリが急進する動きは見えていたし、多くの敵兵が注目した。
彼の思惑に引っかかった瞬間でもある。
あれを野放しにしておくとまずいと本能的に察した敵兵たちが、次は集団から離れて行くその子供を目がけて突撃していく。
一刻も早く、明らかに自分たちの脅威となるそれを排除するために。
彼の思惑に乗せられ、多くの犠牲が出始めているということも知らずに。
「はあっ!!!」
恐るべき、剣戟が身を喰らう。
いや、もうそれは剣が丸ごと少年の身体を侵食し、剣と身体が一つになっているようなものだった。
俊敏な足に磨きをかけられた剣捌き。
相手の弱点を正確に斬り込みつつも、多方向からやってくる剣戟を躱すだけの冷静な判断が出来ている。
同時に複数の攻撃に対しては、自身の身を翻して飛び上がり回避する。
時に水平方向に薙ぎ払われる剣筋には、身体を低くして、まるで滑空するように退ける。
そして、相手の隙を見て正確に剣を打ちこむ。
あらゆる攻撃を受け止め、剣で流し、そして弾く。
そのすべてが、相手の兵士たちにとってまさしく脅威であった。
「………信じられん。あんなやつがいるのか………」
「………止むをえん、他のやつを中心に狙え!!」
だが、犠牲が拡大して状況が危うくなる可能性を考慮して、
恐らくは部隊長と思われる男が各兵士にすぐに指示を飛ばした。
剣と剣のぶつかり合いが起こっている、死地の最中。
声を張り上げても聞こえる者と聞こえない者とがいたが、少なくともアトリの周りから兵士たちは離れて行った。
そもそもこの少年と相手にしても勝てる見込みがない。
そう思わせるほど、彼の動きは人ならざるものに見えてしまった。
ダリウスやエルクが驚愕するのも無理はない。
あのように素早く動きながら戦える子供など、この場にいる全員が見たことの無い、初めての経験だったのだから。
アトリは一時的に注目を惹いて、その間に十数名の敵を倒したところまでは良かった。
だが、相手の指示が飛び交うと、皆一斉に経験のない民たちに戦闘が集中する。
「くっそう………こんなところで………」
「おい!!死ぬな!………おい!!!」
耳に届く悲鳴にも似た男たちの声が、耳の中で今度はこだまする。
「馬鹿な………やはり俺たちでは敵わんか………!?」
「ぐっ………足がもたんッ………!!」
荒事に可能性を見出したものとはいえ、
このままでは状況が再び思わしくない。
周りの民たちは、戦闘経験がある相手の兵士たちに次々と斃されている。
本来このような者たちもすべて護りたいと思う彼であったが、今すべての町の民たちを護るほどの余裕はどこにもない。
彼も次から次へと戦いを展開しているために、周囲に気を配ることが難しい状況になっていた。
様々な声が聞こえてくる。
敵味方問わず、自分の命がここで潰えることを知って、嘆きやら悔しさやらが飛び交う。
ユダの民が必死であるように、相手の兵士たちもこの町を取ることに必死だった。
「ぐっ………!」
戦闘の途中、
彼は横目で別の人間が戦闘している姿を確認する。
彼の視界に映ったのは、領主ダリウスだった。
中年の男性で周りの男たちよりも年老いている彼は、戦闘経験が無ではないにせよ、苦しい状況に追い込まれていた。
相手にしていたのはヘッドヘルムを装着した重装甲の兵士で、ダリウスの持つ剣はもう折れて使い物にならない。
しかも彼は転倒して体勢を立て直せないでいた。
あのままでは殺されてしまう―――――――!!
そう思った彼は、目の前の戦闘を強引に退けた。
アトリと対峙していた男だが、その瞬間アトリに顔面を蹴られ、一気に押されて転倒した。
その時点で男の命運も尽きたか、と自分でさえ思ったのだが、彼はトドメをささず早急にダリウスのもとへ行った。
「死ね………ッ!!」
「………!!」
ヘッドヘルムの敵が、自らの大剣をダリウスに突き刺そうとした、その瞬間。
ダリウスの上着や顔面に赤黒い液体が飛散した。微妙に熱を持ったそれが血液であることはすぐに分かる。
はじめは自分の血ではないかと疑ったが、特に痛みはない。
そこでダリウスは気付く。
目の前で自分を斃そうとしていた男の心臓に、深く剣が突き刺さっていることに。
剣が身体を貫き貫通したところで、ヘッドヘルムの男の血液が飛散してダリウスにかかったのだ。
男は心臓を一突きされた瞬間、絶命して動きを止めた。
握られていた大剣はそのまま地面に落ち、虚し気な音を鳴らした。
男の姿が目の前から消えると、同時に少年の姿が目の前に映し出された。
斃れゆく男を避けながら、ダリウスは彼の方を見る。
「ご無事ですか………!」
「……あ、あぁ。ありがとう。助かった」
冷や汗をかいたダリウスではあったが、まだその闘志は衰えていない。
それは周囲にいる味方の大人たちとて同様だ。
自分たちの為の戦いで、しかも別の国から少年も駆けつけているのだ。
たとえ厳しい状況であったとしても、諦めることは決してしない。
ダリウスも再びその場に立ち上がり、周囲を見渡す。
自分の知っている者や民たちが殺されていくのを見るのは、正直辛いものがある。
だが、だからといって立ち止まっている暇はない。
「状況はあまりよくありませんが、包囲される前に出来るだけ倒すとしましょう」
「よし!」
一方。
アトリのすぐ近くでは、急進派の者たちも戦闘に参加していた。
押しつ押されつつの両者で、相手に戦闘経験があっても急進派の人間たちは何とか堪えていた。
戦いにならないというような状況でもなく、アトリからもその姿は見えていた。
敵を目の前にして、勇敢に立ち向かう男の姿や、隙を突いて相手をなぎ倒す姿。
そして。
「………!!」
アトリが見ていたのは、急進派の頭首デューイの姿。
周りの男性たちよりは歳を取っているとはいえ、彼もまだ若手の部類に入ることだろう。
デューイが剣を持つ姿はここから見ても様になっていて、まるで普通に兵士として存在しているかのようだった。
相手が幾度となく繰り出す剣戟のすべてに対応し、力で相手の攻撃を防ぎ、弾いたところでトドメを刺す。
剣筋こそ乱れてはいるものの、それはもう普通の警備兵と変わらない動きと言っても良かった。
ユダの町の警備兵は、保守派出身の人間たちによって構成されている、というのが前情報だ。
今までは急進派の思惑を保守派の人たちも知っていたために、彼らが加勢せずとも保守派の警備兵たちのみで戦うしか手段が無かった。
だが、ここにきて急進派の者たちが戦闘に参加すると、保守派の者たちと比べても違和感なく戦っている姿を見ることが出来ている。
つまり、警備兵としての立場が確立されていなくても、若手の多い急進派は戦いを展開することが可能な腕やら技量やらを持っている、ということだろう。
アトリは思う。
何故はじめからこの展開にすることが出来なかったのだろうか、と。
もしはじめから保守派と急進派が共闘してこの町の為に戦っていれば、
あるいは奪われた命も領地も少なかっただろう。
自分が呼ばれる立場であったとしても、被害はもっと少なくできたはず。
今後のことを考え、最も取るべき行動がこの死地では戦争しかなかった。
戦いを終わらせるための戦いを行い、それに勝つことで窮地を脱することが出来る。
彼らがはじめから協力関係でいたのなら、もっと早くにこの形が取られたことだろう。
だが、それが出来なかったのだから、自分が呼ばれこのような状況を作った。
ある程度の犠牲を覚悟のうえで戦争をする、というのは死地で誰かを護るための上等手段だった。
今までもそうしなければならない選択が数多くあったから。
本当は違う。
異なる望みを抱いている。
戦争など一切なく解決し、しかも幸福を得られるような環境が整えられると良い。
だがそんな都合の良い話などそうあるものではない。
今日の状況にしてもそうだろう。
保守派と急進派、お互いの状況を確認し、その犬猿の仲を見れば、それが出来なかったことにも納得はいかないが頷くことは出来る。
結局、自分たちを示すには相手を食って掛かるしかないのかと、彼が幾度となく思ったことを、この場でも考えついてしまった。
戦闘はまだまだ続く。
時間が長ければ長いほど、失われるものも肥大化していく。
そんなようにも感じられるこの死地の有り様。
だが、その中でも状況は変化しつつあった。
絶え間ない戦闘を乗り越えるもの、体力を失い殺される者。
様々な民たちがいたが、既に両者とも夥しいほどの躯を作り始めており、
かつて見ていた姿から変わり果てた姿を自覚することになるのだ。
………。
番外篇11. 激突の剣




