番外篇9. 代償の剣
最善の選択肢。
このユダの町が生き残り、かつ民たちの犠牲を最も最小限で抑えられる手段。
なおかつ彼らに今後の時間を自由に得る機会を与え、幸せを掴み取れる機会を用意する。
彼の出した決断は、戦うことだった。
外敵を排除し、自分たちのかつての姿を取り戻すことで、今まで生きてきた時間も尊厳も護られる。
そのためには町の皆が協力して取り組まなければならない。
彼はそのために、二人の“代表”と接触し、自らの考えを打ち明けた。
一人は、この土地を護るために民たち全員で戦うべきだ、と彼と同じような意見を持つ者。
もう一人は、これ以上の犠牲を増やさないために降伏するべきだと考える者。
もしこのユダの町に、保守派と急進派などという派閥が存在しなければ、何も彼がいなくともこの作戦になっていたことだろう。
だがそれが出来ない状況にあったからこそ、彼は必然的に呼ばれた。
この町にとって最良かつ最善の選択は、敵となる相手が滅ぶこと。
この自治領地を奪おうとする敵は、最後に残ったユダの町に全勢力を注いで挑むはず。
ひとたび戦いが起これば犠牲無くして乗り越えられないものだろう。
「取り敢えず、当面の敵が排除されこの町が無事になるまでは、手を貸そう」
「………よろしく頼む」
もしこの作戦でも相手に勝つことが出来なければ、
それはアトリの責任とも言えるし、自分たちに単純に力が無かったと言うことも出来るだろう。
彼としては出来る最大限の策を打っているつもりだ。
現に今こうして、今まで叶うことの無かった状況を生み出すことが出来ている。
相手に勝つための唯一の方法は、この町の民すべてが戦いに参加すること。
素人の考えからすると、あまりに無謀な戦いでもある。
だがそれだけしか救われる方法が無いというのなら、それを行う他何もない。
誰しも奴隷や従属者になりたくないというのは共通した考え方であった。
協力者を得るためには、まず二つの派閥が一つとなり協力する必要がある。
その後で、この二人の代表を使って民たちに呼びかけ、一気に戦闘態勢を作り上げる。
町の民すべてを使った大規模な作戦。
彼によって行動案は示されているので、二人の代表にもその内容が既に発表されている。
普段顔を合わせることも、まして対面して会話をすることも無いこの二人、デューイとダリウスが揃い、幾人かの部下も交えながら、協力関係の合意がなされる。
一時的なものではあるが、とにかくも町の為になろうというものだ。
「………」
保守派としては複雑な心境であった。
今まで自分たちは町を護るために戦い続けてきた。
若手の男たちが急進派の者たちよりも少ないにも関わらず、戦闘を繰り返したのは保守派の人間だった。
正直いきり立つ気分にもなる。
が、今はそうも言っていられない。
心の奥底に眠る負の悪魔を押し殺しながら、今はこの町と民たちの為に未来を拓かなくてはならない。
ダリウスもデューイもその手を取る。
不本意ではあるが、意見は一致してしまった。
それも彼の働きによるもので、ダリウスらはまさかこの状況がたったの半日かそこらで成し得るものとは信じていなかったのだ。
ダリウスなりに期待したものではあるが、彼としてもこれで少しばかり状況が好転する可能性を考えることが出来る。
この二人の会談はそう長いものでは無かったが、
この地が安全となるまで、脅威が消えゆくまでは協力関係となる。
「では、一旦私もこれで。配置決めと武器庫を見に行きます」
保守派の者たちが急進派であるデューイたちの家に行き会談をするという構図だったが、
目的は果たされた為に、彼らは早々に退散することになった。
一方この関係を一晩で結びつけてしまった彼も、必要なことをするために家を後にする。
残された急進派の胸中も窺い知れないが、とにかくもこのわずかな時間があまりにも珍しいもので、
今後は無いかもしれないものだと考えると愉快にも思えていた。
外に出ると、彼はすぐに領主に武器庫の開示を求め、ダリウスはそれを受け入れた。
「良い気分ではないが、それでも事を進めることが出来る。私も同行しよう、アトリくん」
「助かります。お願いします」
「領主、私も行きましょう。私もアトリ殿のお役に立ちたい」
彼とダリウス、そしてもう一人の同行者はダリウスの側近であるエルクという若い男性だった。
清廉潔白で容姿端麗、まるで何もかもを揃えた男のようにも見える彼だが、昨晩は彼に対して疑心暗鬼な思いを抱き続けてしまった。
まさか今日のこの状況を生み出せるとは思わず、彼のいないところで彼を否定してしまった。
エルクは彼なりにそれを後悔していたのだ。
ダリウスの案内で、町の一角にある建物の半地下に案内される。
南京錠と呼ばれる硬い鍵で護られている部屋で、幾ら民とはいえここに入ることは許されない。
領主ダリウスが所有するその鍵を開け、鉄製の大きな扉を開けると、いかにも錆び付いた物が必死に動く時に鳴り響く音が聞こえ、その奥に武器庫と呼ばれる空間が姿を現す。
「流石に王国のそれとは見劣りするでしょう」
「………そうですね、正直なところ」
逆に考えよう。
小さな自治領地が王国に匹敵するほどの武器庫を揃えているというのは、異常である。
王国は無論王城にも武器庫を持っているが、それ以外にも直轄地を防衛する町などにそれぞれ置かれている。
そのため、武器全体を合わせるなどという無謀なことは誰も考えないし、それがどのくらいの規模あるのかを調べようとする者もいない。
とにかく各町に武器庫は存在するし、その数も膨大である。
更に軍備の中枢である王城には表に出されることは無いが、それこそ町の配備数などを大きく上回る武器庫が存在している。
彼は素直に感想を述べたが、それでも町の民たちが戦えるだけの道具は揃っていると言う。
「今まで飛び道具を使ったことは?」
「いや、殆ど無いな。それこそ今は亡き兵士たちが使っているものを増産しただけだ」
「前に使い手がいたのですね」
ということは、敵となる相手はこの領地に弓兵がいたことを知っている。
このユダの町を攻略する時にも、弓使いの存在を警戒することだろう。
彼の出した作戦案で言うと、弓を使う場面は一度に限られる。
町の北側にある緩やかな丘の頂上が布陣場所。
そして敵が自分たちの殲滅を狙ってそこへやってきたところが、最大の好機。
出来る限り敵が迫って来る直前まで弓を隠しておき、敵が丘の頂上を目指して進んできたところで、一斉掃射する。
しかも二段構えでそれを行い、接近されるまで絶えず弓を打ち続ける。
今彼が見ている限り、弓の数はそれなりにあるし、矢も一度の使用であれば不足はしないであろう。
戦闘経験のない民たちが弓を射るのだから、命中率は極端に低い。
過度な期待は出来ないが、それでも手数で押し切れる時はそうした方が効力は期待できる。
何しろ、相手がどの程度の数で押し寄せてくるかは分からないが、総力を挙げて攻撃してくるはずだ。
近接戦闘になれば、こちらの民たちに勝ち目はない。
その時には、何度も戦った己の腕を信じて斬り込むしかない。
「これだけあれば充分です。剣もそれなりにあるようですし」
戦い慣れていない者たちが明らかに多い中で、
剣やら弓やらを持たせて戦わせるというのも、中々無理難題を押し付けたものだ。
自分でもそう思いながら、だがそれ以外に取るべき道は無く、それ以外に彼らに幸せを得る機会を用意してあげられないと信じ続けながら、領主に伝える。
戦うと決めたのだから、全身全霊を以て正面から敵と対する。
いかが王国の兵士とはいえ、何十人もの相手をたった一人で斃せるはずがない。
だからこれは、自身にとっても命を賭けた戦いなのだ。
ユダの民たちを護るという一方、自分自身の理想にかけて、この戦いに成すべきことがある。
「ダリウスさん。この後、町の保守派の方々にこの協力関係の締結を包み隠さず伝えて下さい。事実のみで結構です。戦いが無事に終わってからのことは、積もる話もあるでしょうから私のことは考えなくて結構です」
「あ、あぁ。そうさせてもらうよ、ありがとう」
「恐らく、戦いのときは近い。早ければ、この三日間にでも………」
更に彼は、町の中へと通る道の門番をしている大人たちに移動を指示し、
彼が戦いをする場として選んだ丘の上から、敵兵を監視するように伝えた。
その間町の門番はいなくなるが、今はいつ敵が現れるかを確かめることが先決だ。
こうして彼の放つ布石の数々が次々と展開されていく。
弓を使っての先制攻撃、近接戦闘時に全員に与えられる剣。
戦いとしての準備は大方出来ている。あとは、どのような相手が現れ、どう展開が転んでいくか。
「………」
昼飯時。
恐らくこの町の殆どの人は自宅でその時間を過ごしているのだろうが、
彼はそのようにはいかない。
彼にここに住まう家は無いし、その資格も無い。
一人町の一番外側にある小さな溜まり場に陣を取り、せめて野ざらしにならない程度に
簡易的なテントを立てている。
テントとは言うがそのような便利なものではなく、持ち合わせていた道具、例えばそれ用に軽い木の杭や紐などを使いながら、大きな風呂敷を何枚か重ねてお手製の屋根を作る。
その下、床に更に敷物を敷いてテントを作る。
風除けは存在しないし、もし雨が降れば風呂敷から雨漏りすることは必須だろう。
それでも彼にとってはこのような簡単な装備、簡単な道具でベースキャンプを作れるのなら、それで構わないと思っていた。
「存外質素な造りだな。王国の者たるもの、気品上手なものばかりと思い込んでいたが………」
と、そこへやってきたのは、保守派でダリウスの側近である、エルク。
若手の男の中でも正義感溢れる存在感を示している、背の高い男だ。
彼が敷物をずらして地べたに座り込んでいると、そこへ男がやってきて声をかけた。
「いつもこのような生活を?」
「はい。こうして、他の方の土地に入る時の多くは、このように」
エルクは笑顔を表情として映しながら、彼のもとにやってきた。
昨日会った時は恐らく、この男に自分はそれなりに警戒されていただろう。
昨日のそれに比べれば表情が穏やかに見える。
それは決して悪いことでは無いのだが、あくまで自分は余所者であることを自覚させられる。
すると、男は彼の隣に良いか、と聞いてきたので、彼は断ることなく更に敷物をずらす。
男はその上に座ると、彼が食べているものに注目した。
「それは?……干し肉のようにも見えるが」
「はい。これを大量に持ち歩いています」
「なんだってまた、そのようなものを………栄養も何も無さそうだが」
実際これは栄養が無いというものでもないのだが、他の人にはそう見えてしまうものなのだろう。
彼が持ち合わせている干し肉は、彼が毎回死地に赴く前に城で作り溜めしているものだ。
作業としては至って簡単で、豚肉をバラ状にしたものに醤油で味付けを行い、お湯を沸騰させた鍋に入れて混ぜ火を通し、その後で干す。
大体一日置いておき、その後に燻製させれば、黒ずんだ干し肉の燻製が完成する。
工程がとても楽なので、彼は毎回の出征時にこれを大量に作り、そのすべてを持ちこむ。
そして行先でご飯を得られない時や野宿をする時などは、この肉をご飯として味わう。
火を必要以上に通してあるので健康被害などを特段気にすることも無く、長持ちする。
しかも重量が非常に軽いために、出生時にはとても重宝する食べ物なのだ。
エルクがそれを知ると、工夫しているな、と感心する一方で少し不憫にも思ってしまった。
これは、彼の身分や人となりといったことよりも、エルクが単純に“年下のこの男の生活”を気にしてしまったが故、なのだろう。
「これをあげよう。昼飯用に幾つか作ったものの一つだ」
「よろしいのですか?……ありがとうございます」
「その代わり、それを一切れ俺にも頂きたい」
エルクが差し出したのは、おにぎりだった。
この辺りでとれる米を使っているらしく、温かさが手に染みていくのが分かる。
アトリも自分の干し肉を一つ渡すと、エルクはそれをかじり始めた。
硬さで歯を折らないだろうか、とアトリは心の中で気にしていたが、流石にそのようなことは無かった。
おにぎりは絶妙な味で、彼の口にとても合うものだった。
まるで米粒一つひとつに味が浸透してそれが伝わっていくようだ。
一方干し肉を食べるエルクの表情は、なんともいえないものだった。
曰く、これが食事になり得るのか、と。
彼はこの干し肉を大量に持ち歩いているので、食べる量を調節すれば腹も満たせる。
といってエルクに返答をする。
彼が聞きたかったのはそういうことではなく、このような食事で生活をしなければならない状況が、本当に彼の為になっていることなのだろうか、という疑問だった。
自分よりも幾分も歳が下の男が、他人の領地の為に命を賭けて戦おうとしている。
エルクは正直、その考え方に賛同できなかったのだ。
「何故このような生活を始めたのだ?」
「……話せば根は深いというか、まぁ馬鹿みたいな話かもしれません。ですが私自身は、この身を誰かの為に使って、それで誰かが救われるのなら良いと、本当に信じています」
「っ………」
そうか。
この少年は本当に護られるべき命の為に、自分の命を代償としても戦おうとしているのだ。
エルクは彼の人となりを垣間見る。
無論、まだ二日しか会っていない中で見抜けるはずもない。
だがアトリという少年のこれまでの過ごし方、その考え方は酷く歪に思えてしまう。
それが男の正直な感想だった。
それを口にすることは無かったが、明らかにアトリという少年は“普通ではない”。
あらゆる常識を覆す、というよりは潰してしまっている存在なのかもしれない。
彼がどれほど強い男でどれほどの技量を持っているのかは、来たるべき時が来れば証明されることだろう。
だがその前にエルクは、彼がどのような人間であるのかに、察しがついてしまった。
歪な生き方をする者に頼らざるを得ないというのと、その人間を生み出してしまった王国に対して、様々な感情を巡らせる。
「中々難しいな。君の願いというものは」
「そうですね。……確かに、そうかもしれない。だから今は、せめてこの目に映る人たちだけでも、と思います。まだ私には、力が無い」
彼は自ら力のない人間だと言う。
王国の兵士というだけで強いという印象を持つが、それがすべてではないというのはエルクにも察しが行く。
彼が強かろうとなかろうと、彼らにぶつかる壁は既に表れている。
今はまだ大人しくしているが、マホトラスというかつて一つの国だった集団が、今はウェールズの敵となってしまっている。
いずれ戦闘が行われることだろうが、その時彼はどうするのだろうか。
エルクは色々な考えを巡らせるが、これがやがて戦闘が発生した時に、彼に対して強く疑念を抱く、というよりも人の動きであることに対しての驚愕を抱くことになるのだが、その時が訪れるのは少しだけ先のことである。
昼下がりのユダの町。
領主ダリウスと急進派のデューイにより、各派閥に所属する民たちに協力関係の通知が広報された。
すべては町を存続させ、自分たちの生活を維持させるため。
その後の体制の変化などについては、お互いが競技し合えばいいだけのことだ。
考えてみれば、今まで両者ともそっぽを向き続けて反感を抱き続けていたが、それも彼のような外部の人間から見れば、小さな争いでしかなかったのかもしれない。
馬鹿馬鹿しいとも取れる対立関係をすべて正すのは難しいところだが、それでも民全員で戦わなければ、自分たちは奴隷にされる可能性があるということを指摘した。
急進派と保守派が共闘するのは望ましいものではない、と考える者が多くいたが、自分たちの生活がどのように変わるか、その局面に立たされているというのなら、奴隷になるよりは協力して戦った方がまだマシだとの考えが強まった。
特に、急進派に対して怒りを覚えていた保守派の人間たちの多くが、領主ダリウスの説得もあって納得しながら彼らと共闘することを了承した。
デューイら急進派にとっては、自分たちの求めていた答えとは違う形とはいえ、結局奴隷にされ使役される運命となるのなら、まずは戦いで勝って相手を黙らせてから何かをすべきだろう、と考えた。
結局この決断に折れ従った形となったのは、急進派の人たちばかりだった。
アトリは、ここまで来れば急進派の者たちも戦いに賛同してくれるだろうと、信じていた。
実際この形は整えられ、共に戦うという約束は守られることになる。
なるのだが、しかし。
「おい、お前さん。シェイドが呼んでるぜ。昨日の件を詫びたいってさ」
「………、はあ」
デューイの部下で昨晩の様子を眺めていた男の一人が、町内を歩いている彼を見つけては声をかける。
昼下がりの時間帯から時は流れ、今はもう夕刻を過ぎる頃。
普通の家庭であれば夜ご飯を食べる時間帯なのだろうが、彼は自分の張る簡易キャンプのところへ戻ろうとした時に、男に話しかけられた。
シェイドというのは、デューイの側近の一人なのだろう。
世話焼かせなところが窺えるのだが、断る理由もないので、彼は男の誘いに乗り再びデューイの家にやってきた。
デューイの姿は無かったが、恐らく自室で何かをしていることだろう。
居間に入ると、広い机の上には食べ物やらグラスやらが並んでおり、デューイの部下たちがガツガツと食事を楽しんでいた。
明らかに自分は邪魔をしに来ているような雰囲気を作ってしまっているのだが、向こうに目的があると言うのなら仕方が無い。
「おーきたきた。アトリっつったなおめえ、昨日は悪かったな~」
「………いいえ」
………この男。
何の反省の色も無い。
詫びたい、というのだから来てみたが、詫びというものはこの瞬間だけだった。
しかもシェイドは彼の方を見ずに、目の前にある食べ物を食べながら口を荒げてそう言っただけ。
騙された気分になったのだが、彼は何も言わなかった。
そこで反論したところで何かある訳でも無いし、彼に戦いに関わるもの以外で今は何も求めようとはしなかった。
「おめえも食ってかないか?」
「遠慮します」
「何もそんな即答することねえじゃねえかよ。美味いぜ、ここの食事」
今度は右頬にばかり笑みを浮かべながら、彼を食事に招待した。
彼をここまで連れてきた男は、既に自分の椅子に座って食事をしていた。
グラスには無色透明の液体が注ぎ込まれているが、彼にはその正体が分かっている。
アトリは、自分には必要のないものだと言い、共に食事をすることを遠慮した。
ここの雰囲気を考えてのことだが、どうやらシェイドはそれが気に入らなかったらしい。
協力関係を結んでいるのだから、何も遠慮することは無い、と男は言う。
確かにその通りではあるのだが、彼にはこのような贅沢を受ける資格など無い、と考えていた。
急進派の者たちはあまり質素な生活をしていないようだったが、それでもこの民たちが苦しい状況に追い込まれていることに変わりはない。
そのような者たちの前で、彼らの許す待遇など受けられない、と彼が考えていたのだ。
だが、周りの男たちもせっかくの誘いなのだから、少しくらい付き合ってやれ、というものだから、彼は乗り気ではなかったにせよ、“無表情”で頷いた。
「よぅし!そうこなくっちゃな~!………よいしょっと!!」
彼が頷いた瞬間に満面の笑み、というよりは不気味な笑顔を見せながら、
男は床に置いてあった樽を机の上に乗せた。
ドン、という大きな音を立てて乗ったそれは、間違いなく男の企みを彼に強要させるものだった。
「お前、これ飲め。ただ飲むんじゃつまらねえから、俺と勝負しようぜ!」
「………酒、ですか」
「おっと、怖気ついたか?流石に王国の兵士さま、でも酒は飲めねえってかぁ?」
男は上機嫌でえらく芸達者だった。ただし、口先が流暢に回るだけの。
樽や机の上に置かれているグラス、男たちが飲んでいる様子や顔を赤くする姿を見れば、
その樽に入っているものが酒であることは容易に想像つく。
そしてシェイドがこれをあげて「勝負しよう」と言い始めた時点で、察しがついていた。
なるほど、ここに呼びだされた理由は、詫びなどという可愛げのあるものではない。
酒という武器をつかって、俺に悪態をつかせるためだろう、と。
ここに案内した座っている男も、シェイドに唆されていたのかもしれないが、彼が最も注目すべきはただ一人。
一人で舞い上がって上機嫌で今にも歌い出しそうな、間抜け面の男だった。
「良いでしょう。受けて立ちます」
「いいねぇ~このノリについて来られるたぁ良いもんだ!気に行ったぜテメェ」
周りの男たちも、いきなりの勝負でしかも子供に酒を飲ませるなどと言いだすシェイドに苦笑いをしていた。
彼はその彼らの会話の一部を、まるで気配を察するかの如く鋭い聴覚で言葉を捉えていた。
くすくすと笑いながら、男たちは話をしている。
勝負ばかりするしおまけに酒に強い訳でもないのに強情張りやがって。
と、恐らくはアトリとシェイド両方に向けられた言葉だろう。
だが、男の状況を詳しく知るのは、無論この急進派の彼らだけで、アトリを示して言ったのであれば、
子供の身でありながら酒など飲めるはずもない。
存外負けず嫌いなのかもしれない、という意味だろう。
「一杯飲んでやめるなんて無しだからな~分かってるだろうがよ?」
「もちろん。それに私は―――――――――」
と、ここで彼はとんでもないことを口にした。
――――――――――――あなたに負ける気など、微塵もありません。
正直な言葉を、直球でシェイドにぶつけたのである。
………。
番外篇9. 代償の剣
※この物語はフィクションです。主人公やその周囲の環境は架空の物語で、演出を含みます。
20歳未満の飲酒は「未成年者飲酒禁止法」により堅く禁じられております。




