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Broken Time  作者: うぃざーど。
番外章 剣の墓地
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番外篇7. 外来の剣





このユダの町をどうにかして救う方法。

彼が導き出した一つの答えと道筋。

それはこの町の彼らにとっては、斬新かつ大胆だっただろう。

何も知らない少年が立てそうな計画だ、と一蹴する若者も中にはいたが、

それだけに聞こえない、いや思わせないというのが、既に彼の器量の表れであったと言える。

「急進派と手を結ぶなど考えられない」

というのが、彼らの“常識”だった。

無理もない。

この世界は、自分たちと相容れない者たちを拒否し、否定する。

その末に戦争などという愚かな行為に発展するのだから。

人は争うことでしか自分を正すことも、認めることも、赦すことも出来ない。

彼が今まで経験してきたものの多くは、そんなものばかりだった。

そして今回。

このユダの町というのも、他の町とは明らかに状況が違いつつも、

その道に進もうとしていることは確かだった。

彼らの持つ常識が、自分たちに勝機があると言うことを完全に否定してしまっていた。




だが。

それならば、何故王国の救援を借りようと思ったのだ。




彼らにまだ希望が無い訳では無い。

遠くの彼方に今にも消えてしまいそうな燈火だったとしても、

それが完全に潰えた訳では無い。

新たな道を模索しようとする急進派と、従来の体制を維持したいがために戦おうとする保守派。

どちらに道が転んでも、その先に幸福な生活があるとは限らない。

どちらかを選べと言われれば、奴隷になるよりは自由に生活が出来る環境の方が良い、と

彼は保守派の選択を尊重した。

だが、実際に彼が提案したのは、そのうちに属さない独特のものとも言える。

領地を護りたくば、共に手を取り合え。

町を護り、二つの集団を統合し、敵に打ち勝つ。

それが彼の導き出した道の一つだった。





「………ダリウスさん、どう思いますか。彼の提案」



「んー………」



「とても叶えられるものとは思えない。正直、私はそう思ってしまいました」





アトリは、この状況において自分がまずやらなくてはならないことを済ませるために、

一度領主のもとを離れ家から去って行った。

彼らにも、少年がこれから何をするのかが分かっている。

当然と言えば当然だろう。あのような提案をして、こちらからの答えが出せないと分かったのだから。

領主も会談の場を一時解散させると、男たちは各々の家に戻っていく。

いずれにせよ、少年がその道を導き出すのを明日と言ったのだから、それを座して待つことにしよう。

ダリウスの傍には、彼の側近と言われる若い男がいる。

背が高く風貌が正義感溢れる者だ。





「だが、私からは彼が全く不可能なことに挑もうとしているようにも見えなかった。それが出来るための算段を持っているし、整えようとしている………そうは思わんか、エルク」




「しかし………」





本人の前では言わなかったが、エルクと呼ばれるダリウスの側近は、彼の方向性に難色を示した。

一方のダリウスは、そう悲観したものでも無い。

エルクはまだ年の若い男性で余裕を持てないが、ダリウスは少なくとも自分たちだけが動き回るよりは

好機をもたらしてくれそうだ、とアトリに期待していた。

少年の考え方に否定的な人はいたものの、彼の存在そのものを否定したり、子供だからと甘く見るなどは誰もしなかった。

王国からただ一人でやってきた兵士として、その考えを聞いたすべての人が評価をする。

ダリウスとしては、彼の行動にこそ好機をもたらす可能性を見出そうとしていた。





「もはや我々だけで解決し得るものでもない。だが、もし彼がその仲介役になると言うのなら、あるいは土地を失うということだけは、回避できるかもしれない」




「しかしそれは一時的なもの。奴らと妥協点を見出したとしても、いつまでも続くものではありません」




「そうだな。確かにその通りだ。こちらに合わせるために向こうが妥協したとしても、いずれは再び衝突することだろう。だが、少なくとも今ここで一致しておけば、もう一度この土地を失うという脅威に震えることは無くなる。だから彼の言ったように、全員でかかって相手を潰さなければ、この土地にいかなる仲があろうと未来は無い」






目先のことだと思われても良い。

だが、この領地が無くなればすべてが無になってしまう。

今まで創り上げてきた努力も、何もかもが奪われてしまう。

ダリウスが自分が領主でいることよりも、この土地で犬猿の仲と言われても、確かにここに

居られることを重視したかった。

厳しい現実を叩き付けられてもなお、護りたいものがあった。

異民族に土地を売り渡して自分たちは奉公人になるなど、もってのほかだった。

それを回避するためには、少年の手腕に頼るしかない。





「………それにしても、あのような少年に頼らざるを得ないというのは、何とも………」





と、ダリウスは吐き捨てるようにして呟いた。

エルクにもその言葉は聞こえているし、その意味もよく分かる。

これは、自分たちのあまりの不甲斐なさに情けないと思っているものだ。

そう思うのも無理ないだろう。

本来自治領地の問題というものは、自分たちで解決するのが常だ。

だがそれがどうしようもなくなった時に、こうして王国の力を借りることが出来る。

たとえ解決に結びつかなかったとしても、彼らとして出来ることは取り組んでいる。

それに応えるのも、救援要請をした自分たちとしての、勤めの一つだろう。




同時に思う。

王国はこのような少年に、あまりに過酷な状況を押し付けているのではないだろうか。

あるいは、この少年が自らに望むことなのだろうか。

だとしたら。







――――――――――この世界はどれほど荒んだものに向かっていくのだろうか、と。








その日の夜。時刻にして8時。

彼はこの作戦を提示し、実行するために必要な手段を整えるべく、その元を訪れる。

あらかじめ場所は町の民から聞いていたので、後は面会できるかどうかだ。

町のレンガ造りの家の中でも、周りに比べればやや大きい家。

正門のようなものもあり、それをくぐり扉の前までやって来る。

前庭はただの敷地であり、彩るものの一つもない。





「誰だ、こんな時間に………」





彼が扉を静かに叩き、来客だということを中にいるであろう人に知らせると、

扉のすぐ前に誰かが来て声が聞こえてきた。

夕食が終わったであろう時間だとは思うが、夜更けであることに変わりはない。

アトリはあくまで冷静かつ慎重に事を進めようと思っていた。

すると、扉の一部が開き、中にいる者の顔が見えた。所謂のぞき穴というものであった。





「なんだお前は。この辺じゃ見ない顔だが」




「この領地の件で、そちらにいるデューイ殿と面会を希望する。私は………」





突然の来訪。

招かれざる客であることは重々承知している。

だがここで引き下がる訳にもいかない。

アトリは自分の正体をすぐさま明かすと、流石にその身分に応対した相手も驚いたのか、

やや言葉を失った後、少しの沈黙を持って次に応える。





「王国の兵士が態々こんなところになんの用事だ。ここにぁお前たちの望むものなんて、何一つないぜ」





と、中にいる男は言う。

どうやら相手にするのが面倒らしい。

それもそうだろう。自分の身分が王国正規兵であることを伝えれば、

必ず警戒心を持つはず。

それに王国がこの領地で何かを企んでいるのではないか、と深読みも同時にするはずだ。

ここで彼は次のように言う。





「私が望むのは、この領地の危機を共に脱することです。そのために、貴方たちにぜひ聞いて欲しいことがあります」





あくまでこの領地の為に力を尽くす所存である、と付け加え、その男に伝えた。

その裏ではどのようなことを企んでいるのかは分からない、と思うのが普通だろう。

だが、王国として目先の利益を求めている訳では無い、という意思を伝えると、男の表情も

少しばかり変化した。

アトリはこの町からすればただのよそ者。

外部から来た流れ者のようにしか見えない。

もっともそれも、彼が自分の身分を明かしその目的を示した後では、どうとも思われないことだが。

男が少しの間考える時間を持つと、やがて。





「分かった。だがまずは俺がその話を聞いてやる。中へ入んな」





ひとまずこの扉の奥へ行くことが出来る。

それだけでもまずは良しと思うことだ、と彼は心の中で思いながら、相手に礼を言って中へ入る。

この家も、領主ダリウスの家と同じように、扉を開ければすぐに居間に繋がっていて、

その空間もそれなりに広い。

中に数名の男がいて、玄関で応対した男はソファーに偉そうに腰かけている。

今までは扉の前でお互い顔しか見えていなかったが、その全身が映し出されると、中にいる男たちは皆声を揃えて口にする。

「子供じゃねえか」と。





「おいおい、ここは迷える子羊の養場じゃないぜ?」




「まさか子供とはなぁ。扉越しじゃ分からんかったが、何しに来たんだ、お前」





なるほど。

彼らがこの人たちを急進派と呼ぶのも、無理ない気がする。

この家にいるのは明らかに若手の男たちで、筋肉質で図々しい。

喧嘩腰に話を振って来るのも、保守派の人間たちが彼らを嫌う要因の一つだろう。

アトリとしてもそのような者たちを良くは思わない。

だがこの場合においては自分は招かれざる客で、なのに通してもらった身だ。

あくまで彼は冷静に、話をし始める。

本題へ入る前に幾つか確認しておかなければならないことがある。






「まず、貴方たちはこの町の領主が、王国に救援要請を送ったことを、ご存知ですか?」




「救援要請だ?………なんだ、そんな方法があったのか」




「あのおやじ、いつの間にかそんなものを……んで、おめぇがそれに呼ばれてホイホイ来たってのか」




「簡潔に言うと、その通りです」





急進派の人間たちは、王国に救援要請が送られたことを知らない。

彼がその事実を打ち明けると、若手の男たちは王国がそんな野暮なことも引き受けてくれるのか、と驚いた眼をしたほどだ。

つまり、はじめから保守派の人間たちは、急進派の人間たちを頼ろうとはしていない。

この二つの対立構図があったが故に、王国への要請が行われた。

彼らは扱えるに値せず、協力する相手として申す意味もない。

だから、頼みの綱である王国からの派遣を要請した。

その結果がアトリ一人なのだから、裏では絶望しているかもしれない、と彼は思う。

これで彼らにも分かったはずだ。

保守派の人間たちは、彼らを必要としないまま事を進めようとしたということが。





「それでお前一人がここに来たって、何が出来るっていうんだよ」




「そうだぜ。俺たちぁもう警備兵を失ったんだ。あいつらのミスでな。どうしようもねえだろ」




「まだ、手の打ちようはあります。そのために私はデューイ殿を訪ねたのです」





そこで彼は、彼が今考えている打開策、この町を護り占領されないための作戦案を提示した。

提示するとはいっても、彼が用意したものは地図と自分の考えだけ。

この土地を脅かす外敵をどのように倒すか、ということにのみ特化した作戦だ。

もし可能ならば、いつまでも護っていたいと思う。

だが彼も死地の護り人として、各地の死地に赴いてその人々を救わなければならない。

そのため、いつまでもここに居続ける訳にもいかない。

彼の作戦案の一部はそれも考慮してのことだが、急進派の若手に特に印象的だったのは、今まで負け続きだった相手をこのユダの町の前で殲滅してしまう、という斬新な発想であった。

今までは保守派にいる人間たちと警備兵が戦闘を行っていたが、ただ戦うだけでは勝利を得ることが出来ない、というのは急進派の人間たちも分かっていた。

だから彼らは、もう勝てない戦で人を失うのは馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。

しかし。この状況において保守派が負ける理由の一つには、急進派の傍観が挙げられる。





「なんだ、つまりお前は俺たちとあっちの奴ら、全員がまとまってかかる以外に、もう手は無いって言うのか?」



「はい。それ以外に方法はありません」



「はぁ………んなるほどね」





若者たちの反応はそれほど良いというものでもない。

半ば諦めているともとれる。

これ以上の戦いは無用な血を流すだけだし、勝ち目もない。

相手に縋る訳では無いが、その方がこれ以上の犠牲を出さずに済む。

それが正直なところ若者たちの考え方だった。

彼もそうする方が賢明だと思うこともある。

これ以上の戦いを防いで何とか出来るのであれば、そうするべき。

だが待ち受けているのは、間違いなく奴隷として使役される運命だろう。




「奴隷、だと?」




「貴方たちは和平交渉と言って相手との戦闘を止めようとしている。それでもし戦いが治まったとしましょう。勝者はどちらですか?」




「勝者?そりゃ……あ、いや相手か」




「その通りです。貴方たちは敗者、相手に従属を誓わされる立場の人間になります。それでもなお、相手との交渉の場を設けようと思いますか」





まして、相手主体のテーブルに会談の場を設けたとしても、

これ以上の勝ち目がないから死なないために交渉するようなものだった。

相手と合意が出来たとしても、双方が納得のいく合意など得られようはずもない。

何故なら、この世界は弱肉強食で成り立ってしまっている。

強いものが正しい、敗者は常に弱者の立場となる。

自分たちが正しいと証明するためには、相手を斃さなければならない。

そのうえで、自らの正義を示す必要がある。

これはアトリが複数の戦闘を経て経験し、感じ、考えるようになったことだ。

もし出来るのであれば、なんの分け隔ても無く、ただ護り助けられればとも思う。

だが、争いの絶えない人間たちを相手し護るためには、虐げられる側の人の為に、悪を置いて相手を斬り殺すしか手段が無い。

最善と最悪の手段を考えてはいるものの、結局行く着くところはそう変わるようなものではない。





「随分ハッキリと言うんだな、お前」




「………そうですね。私が今まで経験してきたことですから、出来れば貴方たちに同じ道を歩ませたくはない」




「何をしても戦いは起こるし、あいつらだけじゃ結局占領されるだけだってのは、話としては分かった。だがな、どうにも俺にはお前がそんなに強く主張できる根拠ってのが分からねえんだよなぁ」





その時。

その場の空気が急に入れ替わるのを、アトリ他その場にいたすべての人が感じ取る。





「………」




「お前の人生見てきた訳じゃねえから、話が根拠にならないってのも仕方のないことだがよ。んでも、それだけ色々経験してきたっつうなら」






―――――――――お前自身の腕もいいってことだろう?






ある一人の男が、そう笑いながら彼に言い詰めた。

男の自信ありげなその顔と笑いに乗せられた言葉の数々は、ハッキリとその意図を示している。

それを聞いた後に、小言で「またか」などと周りが呟くのだから、こういうのも日常茶飯事なのだろう。

彼は思う。

もしや、この急進派の者たちの中にも、それなりに腕の立つ人がいるのではないか、と。

だが今この場では深く考えることはしなかった。

もっとも、この時の疑念は後に現実に表れてしまうのだが。

その男は笑みを浮かべながら言葉を並べるが、アトリは終始冷静。

しかし、その空気が張り詰めている感覚は今はじめて味わったものではない。





「主旨は分かった。じゃあこうしよう!お前、俺と勝負しろ」




「………?」




「そんで、お前が俺に勝ったら、この話デューイさんとこに持ってってやる。あの人が良いっつうなら、俺たちもそれに従うからよ。おめえたちもそれでいいだろ?」






………なるほど。

つまりこれは、覚悟を見せろということか。



子供の身なりで偉そうに口を叩くな、と言いたげなのだろうが、

あえて優しく、いや不気味に接しているのは、こちらに恐怖感でも植え付けるつもりなのだろうか。




だが、良いだろう。

それで許可がもらえて、なおかつ二つのものが一つになるのなら。





「………良いでしょう。場所は任せます」





その男以外にその場にいた若い男性たちは、また始まったと呆れ顔で薄ら笑いも見せたものだが、

アトリもそれを見て察するものがあった。

恐らくこの男はそういうものが好きなのだろう。決闘とかなんとか。

彼も今までの死地での生活で、そうした「試合」のようなことを何度か経験したことがある。

中には頑固者領主と剣を交えたこともあった。

無論アトリは誰も殺すようなことはせず、ただ一つの方法でのみ勝ち続けてきた。

この相手にも、同じような手段を用いて分からせなければならない、と彼は感じる。

無力な人間が努力したところで、戦争は勝てるものではない。

それが分かっていてなお、お前たちは傍観して味方を見殺しにしたのだ、と。

いや、そもそもこの人たちにとって保守派の人間は味方とすら思っていないのかもしれないが。

派手目な行動は避けようと思っていたのだが、

彼がこの試合を拒否できるような状況にもなく、引き受けることにした。

そうして二人は外の前庭に出ると、他の男たちが周りに火を灯して明かりを作った。





「おいおい、お前その格好のままやるのか?防具もなしかよ」




「構いません。私はこの方が動きやすくて良い」




「ハッ、なめやがってよ」





段々と空気の張り詰め方がおかしな方向へ進んでいるようにも思える。

あくまでこれは「試合」ということで、相手に一撃でも、ほんのかすり傷でも食らわせればそれで勝敗は決まる。

というのに、男は妙に真剣というか、自分の欲望がその瞳にハッキリと浮かんでいるようだった。

アトリは、今目の前にするこの男から明確な殺意を感じていた。

自分はただ覚悟を示し、その力を証明して、これが意味あるものと教え込むだけのことなのだが、

一方の相手は単純に殺し合いをしようというような構えだった。

それはそれで構わないのだが、彼の手段は既に一つだ。





「それじゃ、合図頼むわ」



「は~あ、あいよ………」





アトリと対面する男に指示され、家の壁によしかかりながらその様子を傍観していた男が、

上着の懐から何か丸いものを取り出した。

男は剣を抜き、ガッチリと構える。

アトリもそれを見て、鞘から剣を抜き取る。

が、彼はただ剣を鞘から抜いただけで何もしない。





「………」





合図を任された男が手にしたのは、一枚の硬貨。

銅色で錆び付いたような見た目だが、程々お金にはなる。

張り詰めた空気に夜の冷ややかな温度が突き刺さり、一人の男は高揚し、もう一人の少年は動じない。

こう見ると、まるで子供と大人が逆転してしまったかのような姿だった。

合図係に強制的にさせられた男の親指から、銅貨が弾かれ、そして地面に落着する。






刹那。

男は一気に地面を蹴って、猛烈な勢いで突進してくる。






「うおおぉらぁぁぁああああぁぁぁっ!!!!!!!」






地面を蹴り一気に間合いを狭めて行く。

銅貨が地面に落ち虚しい音を一つ鳴り響かせた、その直後には既にアトリを捉えていた。

しかも、その切っ先は音がした直後に構えから離され、地面を蹴り出した瞬間には攻撃態勢に入っていた。

素早い動作、鋭い瞬発力、そして確実にその殺意を相手にぶつけるかのごとく打ち出された一撃。

相手の攻撃は剣本来の持つ線としての攻撃ではなく、相手の特定部分を貫くための点となり、アトリの顔面に向かって襲い掛かっていった。

その切っ先が彼の視界にハッキリと写り、光る先に焦点が合わさる。

これを「試合」だと思ったが、やはり相手の男からすればただの殺し合いでしかなかったようだ。

確かに試合では相手の身体のどこに直撃を食らわせても、何ら問題ではない。

そもそも使われる武器が竹刀といったもので、本物の剣を用いた試合はそう行われるものではない。

剣で試合を執り行う時には、必ず防具を身に着ける。

剣の一撃だけでは防具はそう簡単に打ち破られることは無い。

もっとも確信を持ってそう言える訳でも無く、剣の材質や防具の耐久度によっても変わる。

だが、この状況でこの男はアトリの顔面を突き刺すために剣を繰り出した。

その意図は明らかだろう。

試合などという言葉は、何も関係ない。

ただ単純に“気に食わない相手を今ここで始末して無かったことにしよう”とするだけの、一撃。




アトリは、この状況下でも冷静過ぎた。

それがかえって相手の激昂を呼んだのかもしれないが。





「っ………!?」





彼は王国の兵士。

対して、この男はどれほど技量があるかは分からないが、所詮は自治領地の民の一人に過ぎない。

この町の中では強い部類に入るのかもしれないが、アトリから見れば赤子も同然だった。

男がアトリの顔面に向けて突きを繰り出すと、彼は殆ど動くことはしなかったが、半身になって相手の攻撃をさっと受け流してしまう。

銅貨が地面に落ちてから、初撃が繰り出し終わるまでの時間は、僅かに5秒ほどだった。

アトリは男が突進に身を任せすぎているのを見て、剣をかわすとその瞬間に相手の軸足を自分の足で引っ掛けた。

結果は、言わずとも分かるだろう。

勢いに身を任せたその男の体重がすべて圧し掛かり、地面に顔面から激突する。





「くっ………この野郎っ………!!!」




「………」





はじめの頃にあった笑みは、もう見えない。

表情を歪ませ、憎しみを持つような目でアトリをにらむ。

少年は剣を構えることもせず、ただ相手の攻撃をかわして剣を使わずに相手に傷を負わせた。

顔面から流血しながら鋭い目つきをアトリに向けるその男は、まるで目で相手を殺しにかかる獣のようだ。

それを見た周りの男たちが、思わず口を開いて「おお」と言葉を発したほど。

一瞬で勝負をつけたかに思われたが、その男は再びアトリに向かって剣を振る。

激昂しながら、言葉にもならない醜い音を発しながら。





「っ………」




「………!?」







今度の攻撃は、点では無く線。

男は怒りのままに力を委ね、その憎しみを相手の懐に斬り刻もうとした。

男の攻撃は上から下へ、振り下ろされる一撃。

両手で剣を持ち、渾身の力で振るわれたそれは、アトリにはゆっくりと見える。

剣の刃はそれなりに大きい。しかも先程は突きの一撃だったが、今は振り下ろされる線の一撃。

その軌道は彼にはハッキリと見えていた。

黙っていれば身体に斬り込まれる一撃だが、指を咥えて見ている訳でも無い。

彼は、瞬時に自らの剣を相手の剣にぶつけた。

一度だけ、一度だけ交わされた剣戟。

だがもう、言うまでも無くその時点で勝敗は喫した。




「おお………やるなあの子供」



「たった一撃で剣を折ったか」





男が振り下ろしたその剣に対し、彼は刃の側面から弾くように剣を直撃させた。

その結果、側面から強大な力が入った男の剣は耐えられず、持ち主から半分をごっそり放してしまった。

剣は二つに折れ、その破片はすぐ近くに転がって、またも種類の違う虚しい音を立てた。

相手の剣筋を読み、その軌道を把握し、相手を傷つけることなく状況を終了する。

もしこれが少年の読み通りの手段だというのなら、相当な手練れだろう。

剣を持っていた男には何も考えられず、頭に血が上がっていただろうが、周りの若手の男たちは冷静に少年の手腕を評価していた。

そして、彼の一撃は他の男たちには、見えないほどに速かった。

瞬速というような次元ではないように感じられるほど。





「は………ハハハ!やるじゃねえかお前!その力は本物ってか」




「………お分かりいただけましたか」





あくまで彼は冷静に応えるだけだったのだが、

それすらこの男には不快だったのだろう。

持てる武器があるのなら再度殺しにかかるくらいの勢いだったが、

もうそうする必要は無い。

続けざまに何かを伝えようとしたのだが、その瞬間。








「そこまでだシェイド。手を退け」





「………!!」






彼らの頭上から、その声は聞こえた。






………。






番外篇7. 外来の剣






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