番外篇6. 子供の剣
『ユダの惨劇』
その事実を知る者は、少ない。
ウェールズ王国よりも東、キエロフ山脈に近く丘陵の多い土地にある、とある自治領地で発生した事。
はじめはこの事実を、彼だけが知っていて、他の誰もがその事実に気付くこともなく、また知ることも無かった。
唯一の事実を知る彼が、その話を自分の懐深くに閉じ込めてしまっていたからだ。
だから、ユダの惨劇などという固有名詞も、ただその場で起きた事実を一言でまとめただけに過ぎない。
そんなものに名付け親など必要なかったし、それを突き止める必要もない。
ただ、事実が広まれば、やがてそう呼ばれることになるだろう、というだけのこと。
死地の護り人、アトリ。
彼はこのユダという町の現状と、この自治領地に与えられた境遇を知り、
戦いが避けられないものだと断定していた。
敵となる相手がどれほど内情を把握していたのかは分からないが、
放っておけば彼らの思い通りになったことだろう。
だが、そこに彼という護り人が現れた。
彼は彼なりにこの町の民の為に尽くし、戦った。
その結果が、あの光景だった。
雲の切れ間から差し込む光が見せる光景。
あの光景を、あの日の光を、どれほど憎んだことだろうか。
彼の過去に遭遇した、この惨劇。
今まさに、この物語はその時間を迎えようとしていた。
………。
ユダの町。
この地にある自治領地の中でも、最も大きな町。
とはいっても、城下町などと比較するにも値しないほど小さく、
いうなれば城下町よりも南にあるグラストンにさえ及ばないほどの大きさだったことだろう。
それでも、以前まではこの町で当たり前のように毎日を送っている民たちがいた。
彼らにとっての日常は平和そのもの。
たとえいがみ合いが町の中に存在していたとしても、周りが何も起こさない限り、特別な関係を持つ必要が無かったのだから。
そう。
犬猿の仲であるのなら、態々犬が猿に吠える必要も無かったし、猿もその爪を犬に向ける必要も無かった。
お互いにお互いを牽制し続ければ、何も普通に生活は遅れる。
支障が彼らを襲い掛かることなど、無かった。
だが、その支障は思わぬ形でやってきた。
ユダの町にはその自治領地の中心地であり、領地を運営統治する代表者がいる。
町を護るための警備兵もそれなりの数揃っていた。
ある時、彼らはその報告を受ける。
隣接する自治領地が、自分たちの領地内の村を襲って物資を強奪している、と。
当然、このような事態になれば自治領地全体も動くことだろう。
領地の村や町が被害に遭っているという情報を、その生き残りから聞きつけ、
警備兵が派遣された。
ユダの町にいた警備兵全員が、敵の掃討に向かったのだが、これが実際は良くなかった。
自分たちの領地とはいえ、既に開いての手中にある町に土足で入ったのだ。
彼らはまんまと術中にはまり、全員が殺された。
警備兵たちが帰って来ないところを見ると、いよいよこの町も危ないのではないか、と考え、
町の領主が王国への救援を素早く要請したのだ。
この時点では、まだこの領地にも他の町や村があった。
だがそれも数日経たないうちにすべて奪われてしまい、ユダの町だけが残された。
「………」
それが、この丘から見えるあの町、ユダの現状だった。
ユダの町。
ここまで来る道のりは起伏やら高低差やらがハッキリとした悪路ばかりだったのに、
この辺りの丘陵地帯に入るとなだらかで景観が美しい土地が広がっていた。
町から徒歩十分程度離れたこの丘から、その町の全容を見渡すことが出来る。
視界の中に町の端から端までが写り込んでいるが、決して小さな町とも言えないところだ。
町は丘陵地帯の中でも比較的平原に近い、起伏の少ないところを選んで作られている。
恐らく町を建設する時に、別の小高い丘と接触するのを避けるために、この谷間のような場所に
土地を置くことにしたのだろう。
そのため、彼が今いる丘の上や、それなりに高さのあるところから出ないと、
この町を発見できない可能性もある。
町全体は赤いレンガ造りの家が多く、町の建設も統一性をもたせたものと推測が出来る。
緑に囲まれたなだらかな丘陵と、そこに浮き立つ赤色のレンガ造りの家。
外見では、この町は平和そのものだ。
どこにも傷ついたような様子もなければ、人々の往来も普通にある。
小さな町とはいえ、平穏な毎日を今までは送っていたことだろう。
彼は、町まで降りて行く。
「この辺りの顔じゃないな。失礼だが、この町は今非常時故に他所から来る者を受け入れる余裕はないのだ」
と、彼が町の入口に近づいたところで、
普通の私服の格好をした大人二人に行く手を阻まれた。
流石に見ただけでは自分が王国の兵士だと分からないようで、彼は王国兵士団のワッペンを掲げ、
自らの身分を明かした。
そして言う。ここの領主に会わせてもらいたい、と。
「………、承知した。私が案内しよう」
身分を知り、事情を話したところ、二人のうち一人がこれを承諾し、
彼は町の中を案内される。
丘の上からでも小さな点で見えてはいたが、町には普通に人々が歩いている。
ある人は買い物をしているようで、ある人は荷物を抱えている。
町の中は、見た目では平穏なように見える。
だが、アトリはすぐに感づく。
この町の雰囲気は今まで訪れた自治領地のものとは違う。
彼が今までに経験して来なかった、自治領地の内部でのいがみ合いというものがある。
この町は二つの集団に分かれていて、犬猿の仲だという。
町を往来する人々すべてが、恐らくそうしたどちらかの集団というものに属しているのだろう。
すれ違い様に酷く殺意を持った目線を向ける人々や、舌打ちをして存在そのものを否定するような姿を見せる民たちが見受けられた。
「こちらが領主殿の家だ。私が確認を取るから、少しの間ここで待っていて欲しい」
門番のような役割をしていたこの男が、どれほどの地位を持つ者かは分からないが、
どうやら領主とそれなりの接点があるものと見た。
彼の推測では、この町の二つの集団というものは、領主と含むものとそうでない者とで分かれているように思えた。
中立という立場が存在せず、いずれかの陣営を強制させられるようなもの。
だから、領主がいる側の陣営で警備兵が出撃し、その結果すべて殺害されてしまった。
一方、領主の居ない側の陣営は、警備兵すら持たずに戦いが起こると町に引きこもり、傍観する。
それがアトリの見立てだ。
5分ほど経過して、家から再びその男が現れると、彼を中に引き入れた。
家に入るとすぐに居間があり、広々とした空間に一人二人の家にしては大きすぎる机があり、明らかに椅子の数も多く、すぐこの場所が会議室のようなところになっていた。
丸い机に囲って座る、男たち。
その数は6人。
そして一目て領主の姿も分かった。
ご老体というにはまだ早いかもしれないが、恐らくは40代から50代の男で、髪が至るところで白髪となっており、髭も濃い男。
一方その周りにいる男たちは、中年の男性よりも若い男性が多かった。
「よく来てくれた。アトリくんと聞いたが、間違いないかな」
「はい。王国軍正規兵団所属のアトリです」
「そうか、ありがとう来て頂いて。私はこの土地の領主を務める、ダリウスだ」
などと、挨拶を交わす。
やはり予想通りその中年の髭男性がこの町の、いやこの自治領地の領主であった。
男がその場に立ち上がってアトリに握手を求めると、それに続いて他の男たちも立ち上がって、
彼と挨拶をした。
「来て頂いてありがとうございます。本当に助かります………」
「なんとか今日まで持ち堪えた。貴方を待っていましたよ」
歳は明らかにアトリよりも上なのだが、
彼らはアトリに敬意を示しながら各々が挨拶をしていく。
この時点で他の自治領地と違ったのは、自分がこの土地においてはやや歓迎されている立場にあることを実感したことだ。
殆どの死地へ赴くと、焦りや不安などの焦燥感から、やってきた王国の兵士が子供だと知って役立たずだと言われる。
だがここでははじめの言葉がそういった罵倒じみたものではなく、誠意を持って接するようなものばかりであった。
内心ではどう思われても構わないが、言葉を荒くして周りの雰囲気を乱すのは避けて欲しい。
彼が自治領地に行く時に毎回思うことだ。
門番を務めていた一人が領主の指示で、元の配置に戻っていく。
「正直、王国領とここはかなり離れている。返事も期待していなかったし、来てくれないのではないかとも思っていたよ」
「まだここが無事な姿を見られて、私も安心しております」
「そうだな。ここがこれからどうなろうと、少なくとも王国側の誠意は見せられた、と受け止めておくことにするよ」
あまり過度な期待を持つべきではない。
死地の護り人、などという存在をただの自治領地が知る訳もないが、
これほどに厳しい状況に追い込まれていながら、町で内部分裂が起きているなどという事態に
遭遇した経験は、彼にもない。
自分が死地の護り人として関わってきた土地すべてを、救うことが出来た訳でも無い。
彼は出来る限り最善の方法を取りたいと考えているが、
時に最悪の方法を取らざるを得ない時もある。
ここも、場合によってはその非情な選択が必要になるだろうとアトリは考えていた。
そして領主ダリウスの口から、ここの内情について説明がされている。
「外敵に侵攻を受けるのが今回初めてという訳では無かったが、まさか警備兵を頼んどいた民たちが皆やられてしまうとは思ってもいなかったのだ。おかげで、今この町に警備兵としてある程度の実力を持つ者は殆どおらん」
「………」
「要請書にも書いたとは思うが、今後更なる侵攻を受ける場合には、私たちは町の民総出で迎え討つ」
領主ダリウスのその決意に、
他の座っている男たちも賛同する。
これ以上後ろに下がる余裕はどこにもない。
相手がその気なら、こちらも全力を以て迎え討つまでだ、と。
彼が周りを鼓舞して巻き込んでいるのかは分からないが、アトリには見逃せない事態があることが
既に分かっている。
それを聞こうとした時、アトリの反応を見て、恐らくはダリウスも察したのだろう。
「だが、問題がある。寧ろこれが一番の問題かもしれん。“デューイ”率いる一派がこの危機にどうも動く様子が全くないのだ」
「デューイ?………それが、もう一つの集団の長ですか」
「そうだ。デューイもそうだが、奴の一派は急進派の若手が奴を取り囲み、周りの民たちを煽動しておる」
急進派。
自治領地内でのあらゆる施政に対して、過激的に物事を進めようと考える者たち。
もっともこの一文だけで説明がつくような簡単なものではないが、要はそういうことだ。
急進派の反対に位置づけられるのが、領主ダリウス率いる保守派の者たち。
今この場にいるのは若者が多いが、保守派は昔から領地や町に住んでいた、やや歳を取った者たちが
加勢している場合が多く、必然的に急進派と対立関係を生んでしまったのだという。
保守派であるダリウスが長い間この自治領地の施政を握り続けてきたために、急進派に所属する者たちからの反感は大きい。
町の危機となれば、急進派の者たちも動き出すかとダリウスは推測していたのだが、
急進派という名前を掲げつつ重い腰を上げることが無かった。
そのため、若手の多い急進派は一人とて兵士を出すこともなく、保守派の警備兵が全滅してしまった。
これにより、お互いの対立は決定的なものとなってしまった。
それがこの自治領地の経緯だ。
「それどころか、デューイは外敵を領地に受け入れて統合し、その後で隙を見てこちらが反撃しよう、などと言いおる」
「………なるほど」
「あの男の好きにはさせられません。ダリウスさんと私たちは常に町の為、領地の為を思ってやってきた。だがあの男は、この土地を相手に売り渡して、新しい領地の在り方を求めている………!」
「デューイを一方的に批判し続ける訳でもありませんが、今回は何が何でも許せません!」
など、次々と感情的に物事を言い放つ若者たちが現れる。
その気持ちはもちろん彼にも分かる。
だが彼の表情はいたって冷静、言動も軽はずみなものは何一つ含まれていない。
ダリウスは、彼に問いをかける。
実際、どうなのだと。
私たちが考える領地維持の仕方、デューイの考える領地としての在り方。
どちらを取るべきか、と。
彼にとっても悩ましい選択肢だ。
それで解決に結びつき、結果的に人々が護られるというのなら、個人的にはその方が良い。
だが、恐らくこのユダの町が降伏勧告でも出せば、確かに血は流れずに済むかもしれない。
しかし、領地を侵攻してきた異民族に敗れる、あるいは自分たちの領地と併合させるというのは、
実質的な敗北を意味し、「植民地」としての道を歩むことになりかねない。
デューイという男はその辺りをきちんと理解しているのかどうか、確認してみたいところだ。
彼も、自治領地が植民地に変わる時を見たことがある。
無力で無念で、悔しい思いをしたこともあった。
そして、植民地となった先に新たな幸せを見つけるというのは、相当に難しいと思うべきだ。
「どちらの考えも一理あると思います。貴方たちが言うように、なんとかここを維持して領地を存続させれば、ここの民も護られるかもしれない。ですが、貴方たちがいつか相手を潰さなければ、永遠にこの繰り返しとなる。攻められては戦い、攻められてはまた戦う。それに皆さんが耐えられるかは、正直私にも分かりません」
「ううむ………」
「もう一つ、デューイさんの考えによって、侵攻する異民族と和平交渉をしたとしましょう。そうなれば、こちら側は言うまでも無く敗者です。権利など与えられませんし、領土拡大の波に飲みこまれる、植民地となるでしょう。デューイさんはその先にこそ瓦解させ、逆襲する好機を窺っているようですが、事がそう上手くいくものとも思えません。それに、この考え方では民たちの多くは奴隷にされてしまうので、今ある幸せからは遠く離れるでしょう。土地も失うでしょうし、後に残るのは奴隷として使役される運命だけです」
「………」
彼の推理が的を射ているかどうかは、この時点では分からない。
だが、彼の言う言葉の一つひとつ、すべてに何か重すぎる説得力があるように、他の人たちには感じられた。
とても子供の考えることじゃないし、子供が推理するにしても拍子抜けするほど冷静に分析をしている。
前者をとっても後者を選んでも、どちらにせよこの町に未来は無い。
少なくともその選択肢に限るだけでは。
ダリウスを含む若者たちは苦悩する。
では、自分たちはこれからどうするべきなのか、と。
これまで必死になって町を作り上げてきたというのに、余計なものが幾つも重なり合って、それらがすべて壊れようとしている。
一度壊れて相手に踏み入られれば、そう簡単に戻せるものではない。
だがアトリが持っている答えは、答えとして見るならばとても簡単なものだった。
男たちが幾ら考えてもこの結論に至らないのは、はじめから自分たちの今後、つまりここに敵兵の侵入と占領を許してしまってからの仮定を考えているからだ。
仮定など今の状況には必要ない。よって、お互いが持つ考えや自意識などもここでは求めない。
そんなものに価値を見出して選択を誤るよりも、やるべきことがある。
「勝てば良いのです。私たちが攻めてくる敵を排除する。それだけで、事は済みます」
彼らにとって、この自治領地最大の危機を迎えようとしていた。
そんな時に現れた、一人の少年。
彼らは何も知らないが、少年は幾度の戦場を越えてなおも不敗。
自らの理想、自らの信条とするものから、“一度たりとも敗れたことのない”少年だ。
誰かが幸せである、護られているという結果からは依然として遠い。
結果的にその領地や民たちを護れなかったことは数多くある。
だが、一方で自分は決してそれに屈することは無かった。膝を下ろすことは無かった。
たとえ何度も何度も戦いが起こったとしても、負けることが無ければ良い。
その一文の、僅かながらの言葉を聞き、彼らは驚愕した。
無論、それが中々に的を射ていない無茶苦茶な話だというのは、アトリでも分かっている。
「しかし、それが出来ていれば私たちだって今頃………!!」
「力が無いのなら、私がその力になります。たった一人だけでやってきた子供、と馬鹿に思うかもしれませんが、これでも私は何十回もこうした現場を渡り歩いてきた」
「………!?」
状況は確かに違ったのだが、
それでも彼が「死地」となる場所に赴いて、確かにその場所で救った命がある。
彼がいたからこそ、護られた命があり、その先に幸せを掴み取るための機会を与えた。
そこまで含んで彼は言ったことではあるが、この者たちにどれほど伝わったかは関係なかった。
ただ、こんな少年が幾度もこのような戦場となる場所に来て、戦いを起こしていたというのが、
あまりに彼らにとって衝撃的だった、ということだ。
王国の質を疑う前に、王国に勤め自らこの場所にやってきたこの少年にこそ、疑いを持った瞬間だった。
だが同時に、その言葉は今までのものより遥かに大きな期待と安心感へと繋がる。
そうさせた要因は、彼の言葉にもあるが、彼のその姿にもあった。
自信があるようにも思えないし、凛々しいかどうかも曖昧だ。
だが、それでも彼はこの非常時、運命が彼ら町ごと飲み込んでしまうかもしれない時でも、
常にその姿を保ち続けている。
子供だからといって怖気づくこともしなければ、諦めることもしない。
その姿に影響されたのは、領主だけではない。
「相手に倒される恐怖を抱いて選択肢を狭めるより、相手を斃して自分たちの未来を広げることを考えましょう。そのためには、相手を完膚なきまでに潰さなければならない」
「………あ、ああ………」
自信があるように見えないというのに、何と冷静に強く言い切るものだろうか、と思うダリウス。
だが、この子供がただの思い付きでそのような妄言を言っているのではない、とすぐに気付かされる。
彼はこの辺りの地図を持ってくるように言うと、若い男性が別の机から辺りの地図を持ってきた。
それを受け取ると、彼はすぐに目の前の机に広げてこの辺りの地形を確認した。
「この町は丘陵地帯に囲まれている、その中でも最も平地で安定した場所にありますね」
「お、おう。確かにそうだ」
「そしてこの町の東側、キエロフ山脈側は激しい起伏や荒地があり、町の東部、南部、南西部にかけてはそれなりに大きな丘陵が並んでいる。ですが、町の北側だけ一部分とはいえ、なだらかな丘陵が続いている。この地形を利用します」
この町に入る前、そのなだらかな丘陵の一番上から町を眺めていた時に、
彼は既にこの作戦案を頭の中で思い浮かべていたのだ。
そして必ずこれを話す機会が訪れると思い、彼は機会を自分側へ運び続けていた。
見事に彼のペースで話は進んでいき、ここまで漕ぎ着けた。
今彼が話したように、町の東部、南部、南西部にかけてはそれなりに険しい道や荒地が続く。
町はまるでこの丘陵地帯で最も安全で平野部にあるようなところに作られている。
はじめから外敵を考慮して作られたのか、と疑問符を投げたくなるくらいに、構造が整っていた。
アトリは細かに地図で説明をしていく。
荒地や激しい起伏のあるところに態々構える必要は無く、敵が来るであろうこの緩やかな丘陵地帯の一部に、持てるだけの人員を割く。
戦闘が起こる前に、どこかで偵察を行い、敵軍兵士が侵攻してくるかどうかを確認する。
もし攻めてくるようであれば、その方角と数、装備などを報告し、ユダの町からすぐさま北側にある最も高い丘に味方を布陣する。
最も高い丘といっても全体として緩やかであることに変わりはない。
だが、この丘を利用して敵を誘い出す。
誘い出したうえで、狭い地の利を活かして混戦を作らないように気を配りながら戦闘を行う。
つまり、丘上に布陣する味方と、丘上の自分たちを目指す両軍を一方向のみで対峙し、決して囲まれないようにする。
数で押されるよりも、布陣する場所を戦略的価値として数に勝る地の利で対抗する。
これがアトリの導き出した作戦案だった。
「素晴らしい………確かにこれならば、幾分こちらに分がある」
「弓兵がいればなお効果を発揮するものです。相手が来る前に先制打を入れられますので。しかし、逆に私たちは後ろに退くことが出来ない。ですがその方が今回に限っては都合が良い。戦闘が始まってしまえば、囲まれないようにというような意識など出来ないでしょうから、初手だけでもこちらで有利な状況を作ってしまいましょう」
「その後は、私たち次第ということか。なるほど………!」
「………しかし、忘れてはならないことが一つ」
―――――――――この作戦は、町中の大人たちを総動員しなければ、まず達成できないものです。
それがどんな意味を持つのか、分からない大人たちでは無かっただろう。
彼がそのように言うと、その空間全てが凍り付くような空気に包まれた。
彼の提案した作戦案で盛り上がっていたところに、彼自身が水を差したような形だ。
この作戦は、はじめから二分する集団などを考慮しない、ユダの町一つとして考えられた作戦案だった。
つまり、急進派だろうが保守派だろうが関係なく、一つで相手とぶつからなければならない。
当然と言えば当然のことだろう。
既にこの土地は警備兵を全滅させているため、戦える人が殆どいない。
大人が殆どを占めている町だとしても、戦うための道具を扱ったことすらない者もいることだろう。
そうした状況の中で、対立する集団などと気にしている場合ではない。
「だが、アトリ殿。我々の関係を知ってなお、こうする他ない、と………?」
「その通りです。戦える者が少なくなり、このままでは貴方たちの未来が決まってしまう。それを避けるためには、町が一つになり外敵と立ち向かわなければならない。それがこの町を未来に繋げる方法です」
「しかし………警備兵を向かわせる時でさえ、眉一つ動かさなかった連中だ。そんな奴らをどう説得するというのだね………?」
「まずは、私から。それが済めば、貴方たちにも協力して頂きます。早ければ、明日にでも」
………。
番外篇6. 子供の剣




