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Broken Time  作者: うぃざーど。
番外章 剣の墓地
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番外篇5. 役割の剣




ユダという町から送られた救援要請。

隣接する自治領地に土地を奪われ、最後の町として残されたものの、

戦力すらまともに無いという状況。

更に、町の中で二つの集団が出来上がっており、お互いが犬猿の中、対立するという厄介な事態も発生している。

このままでは、すぐにこの町は他の自治領地に奪われてしまうだろう。

いうなれば、何も状況が変わらないのであれば、既に彼らの未来は喫している。

そんなところに派遣されることが決まったアトリ。

死地の護り人として、何とか全滅だけは防ぎたい。

幸いなことに、町に残る片方の集団は、たとえ彼らに戦うための技量が無かったとしても、町をあげて戦うべきだと鼓舞していた。

だがもう片方の集団は、冷めた目で彼らを見ているのかもしれない。

となれば、彼が行うべきことは幾つか既に決められている。




武具を整え、最低限の荷物をまとめ、

お金を引き出し、支度を整えて行く。

それが晩に帰宅したばかりの、彼のその日の午前中だった。

午後、少しの時間を使って調べものをして、彼は夕方に出るつもりだった。




そんな、お昼時。





「あら、アトリくんじゃない。こんにちはっ」





彼は大食堂へ向かおうとしていた。

王城内の食堂というのも便利なもので、基本的に朝昼晩と一定の時間開いている。

しかも城に勤める者たちであればただで食事が出来るので、彼のような生き方をする者としては

ありがたい。

もっとも彼の場合は、食堂を多用するほどここにいないことが多いのだが。

そんな時に、一人の女性から声をかけられた。

声だけでその相手が分かる。何故この階層にいるのだろうか、という疑問を瞬時に持ちながら。





「………、王女。こんにちは」




「もう相変わらず堅いんだから。初手はいつも私が先行よ?」




「そんなところで競い合う必要も無いだろう、エレーナ」






周りに若干の人たちがいるが、皆二人からは距離が遠い。

二人が立ち止まっても対して気にされないほどだろう。

だが、『エレーナ』と呼ばれる彼女も彼と同じ年齢でありながら、王族の一人。

王族には敬意を持って接しなければならない、と考えるのが普通だ。

しかしこの二人にそのような決まりはないし、寧ろ彼女からそのような慣習じみたものを取り払うように、まるで彼に命令しているようだった。

そのおかげで、エレーナにとってアトリは一番の同期の友人、という立場になっている。

彼も彼女に対しては何も警戒することも無いし、話し相手になる時はそれなりに良き時間を送っている。

この階層から食堂への道へ行けるのだが、普段王族は王城の低階層には現れない。

何も規則がある訳でも無いのだが、王族が普段から大衆の目に見えるところにいると、民たちも委縮してしまうのではないか、と現代のエルラッハ国王が考えているためである。

無論、皆の前に出て演説することもあるし、「王の丘」と呼ばれる、城下町のはずれにある石碑に向かう時などは、王族も町の中を通ることもある。

だが日常的には、あまり人目に触れないというのが通常だ。

彼女にそれを聞くと――――――――。




「お父様とお母様が隣町に視察へ行ったの、だから私は城の門までお見送りってことね」



「なるほど………」




国王と王妃が向かったのは、ここから南に少し行ったところにある隣町、グラストンだという。

景観の綺麗な町で決して大きくない町ではあるが、国に住む民たちの中でも憧れの土地の一つなのだという。

城下町からグラストンにかけて進む道は自然の中に溶け込むように、綺麗に敷かれており、その郊外には幾つもの家が建ち平和な時を過ごしている民たちがいる。

グラストンと言えば、兵士の養成所が一つあるが、もしかしてそれが目当てだろうか、と彼は頭の中で考えながら、反応していた。





「アトリくんはこれからどちらへ?」




「食事をした後、図書館に。夕方までにはここを離れるよ」




「あら、今日は早いのね。今晩も図書館に行こうかなって思ってたよ」





彼は王城にいる時、決まって夜遅くに図書館で本を読んだり、資料を閲覧するなどしている。

ここの城にやってきてから、毎日欠かさずという訳でも無いが、大体の時間はそのように過ごしている。

一つには趣味とも言えるが、別には眠気を誘うためとも考えていた。

彼女と出会ったのも夜の図書館であり、その時から彼女に対しては不思議な女性だ、と思い続けている。

王族の一人だというのは分かるが、何かそう感じさせないところがある、と。

とはいえ、一人の女性に対して何か意識するようなことは無かった。

彼女は彼と出会った図書館のことを貴重な場と認識していて、彼がいつも図書館で時間を過ごしていると分かると、夜の時間に彼女も彼の元を訪れる機会が多くなった。

隣で本を読むこともあれば、会話に花を咲かせる時もあった。





「じゃあアトリくん、良かったらお昼一緒しない?」




「えっ、しかし………エレーナが食堂に行くというのは」




「んー………そうしたら、君がこっちにくる?」





そんなお願いされると、中々断れない。

そう思いながらも彼女の顔を見ると、彼女は笑顔で彼に問いをかけていた。

気さくな笑顔、王家であるという壁を取り払った親しみを感じる姿。

これが他の民や子どもたちにも分かってもらえるのなら、もっと彼女も交友を深められるだろうに。

彼女の存在は、どうしても王家ということで王家の教育を受ける立場にある。

無論外で何かをする機会もあるが、前述の通り王家と民との関わりが常ではならない以上、

彼女は多くの時間をこの城で過ごす。

そのため、まるで彼女は城という名の籠の中にいるようなものだった。

一般人である彼から見れば、もったいないと思うこともあった。

結局彼女は彼を連れ、上層階までやってきた。

上層階にはあらゆるところに近衛兵と呼ばれる、王家に関わるものを護るための兵士がいるのだが、

このような光景を彼らは過去何度も目にしている。

なので、近衛兵たちの話の中では。





「王女は、あの少年に何か思い入れがあるのでは?」





と噂されることもあった。

国王と王妃も、アトリとエレーナが仲の良い同期だということは分かっている。

この二人の仲をきっかけに、アトリは王族たちとの関係を持ったと言っても良いくらいだ。

他方、王族たちも“交友の少ないエレーナに友人がいること”を嬉しく思い、アトリを受け入れていた。

彼女がそれをキッカケに、他の者たちとも交友関係を深められるのなら、と期待し。

そこまで器用な人間ではない彼女だが、それがきっかけになる可能性は充分にあるだろう。

王族たちが食事に使うそれなりに広い、開放的な部屋に案内されると、彼女を見た召使がすぐに笑顔で寄ってきて、注文を聞く。

彼は対面する形でそれなりに立派な椅子に座り、周りに目を向けながらも落ち着く。





「特に意識することは無いよ。いつも通り、お願いします」




「かしこまりました。すぐにご用意いたしますね!」





食堂とは別に厨房が置かれているのは当然想像がつくのだが、

それが目に見えないとなると、果たしてどこに召使や調理人たちが作業する場所が設けられているのだろうか。

それを気にしても仕方の無いことだが、その召使は笑顔で一礼をすると、準備の為に部屋を後にする。





「ここの人は活き活きとしているな」



「あ、アトリくんにはそう見えたんだ?良かった」





彼がそう言うと、彼女もまた笑顔でそのように答えた。

特段何かを聞いた訳では無いが、彼女がホッと一息ついて安心しながら笑顔でいるところを見ると、

彼女なりに気を配っているということが分かる。

その理由もすぐに説明された。

確かに彼女は王家の人間としては、王家らしからぬ一面を持っている。

彼がそう判断していることなのだが、それは恐らく他の一部の人たちも知るところだろう。

王家という壁を他の人たちに見せるばかりではない。

威厳を保ちながらも、親しみを持ってもらえるような間柄でいたい。

彼女は中々王城にいる多くの人たちと関わる機会がないために、せめてこの階層にいる召使たちや近衛兵とはそうした態度を取ろうとしている。





「私ね、確かに王家の一員だからそう振る舞うべきって思うこともあるんだけど、それを理由に周りと距離置きたくないとも思うんだ。私たちの傍で働いている人たちにはとても感謝しているから、その気持ちに応えたいなって。だから私は、威厳よりも優しくあり続けたいって、思う」




「きっと、周りに伝わっているよ」




「そう信じたいな。私って結構不器用だから、どうかなーって」




「………君が不器用だと言うのなら、俺はどうなるんだ」




「もっと不器用、かなっ」





彼女も不器用ではあるが、彼はその更に上を行っている。

などと彼女が言うと、二人とも笑いながら他愛のない会話へと移っていく。

そう、本当はこのように話し合える仲がいる人がいれば、何も問題はないのだ。

それが出来るのなら苦労などしない、と突っぱねられそうだが。

アトリは死地の護り人としての歩みを確かに進めている。

それ故にこの城に留まっている時間も少ない。

彼がいない間に彼女がどうしているか、など彼が意識するところでは無かったが、

自分以外の人間にこうして気兼ねなく話すことが出来るのなら、

自分を必要とすることも無くなるだろう。

やがて彼らのもとに上品な料理が運ばれてくると、二人で打ち解け合いながらそれを食べた。





「これから行くところは?」




「ユダ、という町だ」




「ユダ………!?とんでもなく遠いよね………どうしてまたそんなところへ?」





愛馬で移動しても一週間程度かかるのではないか、と思われるユダの町。

背景にはマホトラスの動向を探るという意味合いも含まれていることを、彼女に伝える。

キエロフ山脈に向かっていくとある、このユダの町とその自治領地。

元々はそれなりに大きな自治領地だったことが考えられるが、それはこれから図書館で調べればより鮮明に浮き彫りとなるだろう。

王国首脳部がどう考えているかは分からないが、

王国領東部には自治領地が混在しており、そこへマホトラスが勢力拡大を図る可能性を考え、

まるで偵察のような任務まで彼に与えたのである。

実際何も分からないというのが彼の見立てだが、少なくともマホトラスの存在が確認されていなければ、まだ勢力拡大のために足を進めることはしていない、という結論だけが出る。

今の状況ではその情報一つだけでも役立つものだろう。

マホトラスという存在が出来てから既に3年が経過している。

だがいまだにマホトラスは初手以降、沈黙したまま。

それがいつまでも続くとは考えられないから、出来るだけ気付かれないように調査を行いたいというのが王国首脳部の持つ欲であった。





「なるほど。それでアトリくんを使おうってことね」




「そう思うか。でも、きちんとそこにいる人々の為に戦うさ」




「戦う、か………アトリくんが戦っているところ、一度見てみたい気もするなー」






彼女はそう笑顔で彼に伝えたのだが、彼としては複雑な心境だ。

この城が戦場にでもならない限り絶対に目にすることは無いと思うが、

彼としては自分が戦っているところを、知っている人にあまり見られたくないと思っている。

そもそも、人が人を殺すところを見たいなどと思うのも、おかしなものだろう、と。





「あまり気持ちの良いものではない。そのように考えるのはよした方が良い」




「………そっか。そうだよね」





彼としては当然の回答、彼女から見れば大人すぎる答えだった。

彼女も理解がない人間ではない。

アトリが死地で戦うということは、敵となる人物を殺している、ということは明らかだ。

その手は確実に人の重みを知っているし、その肩は間違いなく多くの者たちの意志を背負わされている。

これが彼の望んだ姿だというのだから、彼は本当に強い人間だと彼女は思ってしまう。

もっと楽天的に、楽観視できるような人間であったとしたら、

もう少し違った人間性を引き出すことが出来ただろうに。

彼女はその場で彼に詫びた。

あまり戦争のことで非礼な突っ込みをするべきではないと言う。

アトリは何も非礼には思わないと返したが、ただ自分の『本当の姿』を見せたいとは思わなかった。

あの日、あの出来事をキッカケに決まった、本当の姿を。




「何にせよ、無事に帰って来てね」




「もちろん。そう簡単には死なないさ」




「本当かなぁ。とにかく、安全第一、自分の身が一番ですからね!」





彼女は念を押すように彼にそう伝えた。

この時点、いやこれよりも遥かに前から彼のことは分かっている。

アトリの理想とするもの、誰かの為に自分の力を使って、まずは王国周囲の不毛な争いを鎮めたいという気持ち。

そのために自分の力を使うのは結構だが、彼のは度が過ぎている。

いつしか自分を蚊帳の外に置き、他人が第一だ、などと思っているに違いない。

そんなこと、あってはならない。

彼女には戦争のことはあまり分からないし、そう突っ込むべきことでもないと考えさせられている。

だから彼に特段何かを言える立場には無かった。

が、出来ることがあるとすれば、こうして一つ二つの忠告を入れることくらいだった。




ここからユダの町に行くには時間が掛かる。

愛馬はかしこくて体力もあり、タフな馬だが、いつまでも早い速度で走り続けられるはずもない。

それに休憩や食事、野宿の時間などを含めれば、やはり一週間近くかかってしまうことだろう。

削れる時間は削って、愛馬を気にしながら先に進むしかない。

だが、彼がこれから行こうとしているのは、決して緩やかな平原などではない。

キエロフ山脈は、その一部一部が高い標高で、麓まで荒れた大地、起伏の激しい自然が広がる。

ユダの町の周囲は丘陵地帯の一部で、なだらかな坂道もあれば、荒れた土地もあるという。

戦うにしても苦労する場所だし、そこへ辿り着くまでも大変な行程になるだろう。

彼が図書館で下調べをしていた時には、もうその考えが確定していた。

出来るだけ行程を短くして、現地へ急行するしかない。

この要請が出されてから彼が現場に到着するまで、2週間ほどの時間があるはず。

既に手遅れという可能性さえある。

無事であればそれに越したことは無いが、そうでなければ悲惨な状況を見ることになるだろう。




「時間を無駄には出来ない。とにかく、早めに向かおう」




マホトラスの動向を探るというのも、同時に行う。

出来る限り隠密に、穏便に。

だがそれよりも先に、その地に迫り来る危機を排除しなければならない。

結局彼が城から離れたのは、昼ご飯を食べてから2時間半後。

まだ陽が高くこれから夕暮れに向かっていく頃に、彼は城から出発した。

どうせ夜には野宿をすることになる。

暗くなれば走る速度も必然的に遅くなる。

ならば、愛馬には申し訳ないが、明るいうちに出来るだけ先に進むしかない。

そうして彼は大地を駆ける。驚異的な速度で。

逞しい馬と彼の体力があってこそ成せるものであった。





「………」






内部分裂。

警備兵の全滅。

町を挙げての抵抗作戦………か。



内部分裂………これだけが、これだけが気になる。









元々は一つだったかもしれない、欠片。

二つに分裂して犬猿の仲となっているその欠片に対し、どのように対処するか。

それ次第で大きく明暗を分けることだろう。

間違えても良い余裕など一切ない。

この自治領地で問われるのは、ただ単純に兵士としての戦う技量だけでは無い。

兵士の、いや王国の者としての器量が問われることになる。

厄介ではあるが、荒事になることは避け、その中で人々を護っていく必要がある。





そうして彼は、

本来予想されていた一週間という時間よりも、

何と二日も短い五日間で、その自治領地まで辿り着くのであった。






………。






番外篇5. 役割の剣






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