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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-9. 王女と青年(Ⅰ)


明るいようなその声色に含まれた、疑問の意志。

どこか強く彼に訴えているようにも聞こえる、その言葉。

そのような性格の持ち主であろうか、という印象。

彼は夜更けに突然呼ばれたその声に反応して、後ろを振り返る。

そこに立っていたのは、一人の女性。

背丈が彼の知る女性、特に召使たちよりも少し高く、容姿端麗。

白を基調とした服装にアクセサリーをわずかに着けている。

顔立ちの整った白めの顔には長髪の黒髪が服装ともマッチして似合っていた。



―――――こんばんは。相変わらず熱心なのね?




「…エレーナ王女…!」



彼はそう、呟くようにして返答する。

が、その表情は流石に驚いた、と言わせるものであった。

その声と姿を見た、エレーナ王女と呼ばれる若い女性はにっこりと笑顔で返す。

別に驚かすつもりは無かったのだろうが、まるでしてやったり!と言わんばかりの憎めない表情を浮かべながら、アトリのもとへやってきたその少女。


『エレーナ・フォン・ウェールズ』

その名前にあるように、ウェールズ王家の血を持つ女性である。

年齢はまだアトリと同じだが、それでも王家の一員であることに変わりはない。

庶民的に言えば国王の娘ということになるのだろうが、国王と言葉が付く時点でそのたとえ方は破綻しているだろう。

王家の人間は、普段はあまり人前に出ることが無い。

特に彼女のような、王家とは言え国の代表たる地位に就いているような人でない場合は、特にそうとも言える。

教育も王家の一員としての教育を受けるため、他の子どもたちと一緒に学ぶことがほとんどない。


だが。

今相手にしているアトリは、その経緯上少し異なるものがある。



「王女?それは正しいけどいつもそんな呼び方してたかな?」


「あ、あぁいや…え、エレーナ」


「うん。そうよね!」



何と意地悪なものだろうか。

本当に勝ったぞ、と自慢げな表情、笑顔を見せてくる彼女。

その明るさと元気の良さは夜更けという時間を吹き飛ばしてくれるようなものであった。

アトリが何をしているのかは、エレーナには既に分かっていた。

それを見越して話しかけているのだから。

このやり取りが過去何回あったことか。

それでも毎回会う度に何かこう、新鮮なような気持ちになる。

それは彼女の容姿やその立ち振る舞いに意識されたものではない。

少なくとも自分の中ではそう位置付けていた。



「次はどこへ?」


「城の東側。丘陵地帯を越えた先、かな」


「今度も厳しそう?」


「それがまだよく分からないんだ。今回は自治領地同士の戦闘かどうかも不明でね。こうして地図と情報を眺めてはいるが…」



エレーナも兵士たちが最近出征で城を出払っていることは知っている。

何も王家の一員だからと言って普通の情報が開示されていない訳ではない。

彼女とて人間の一人。そしてアトリに関して言えば知り合いを通り越して、自分の身分とは関係なく友達のようなもの。

そんな人がこれから殺し合いの起こるであろう地域に行くのだから、気にしない訳がない。

エレーナも視線を本に向ける。

丘陵地帯とその周辺はその地方でも自然の名所と言われている。

丘、湖、森など、豊かな環境で生活にも恵まれている。

広大な地方に点在する自治領地。お互いの距離はそう近くは無い。

ところが突如要請された兵士の派遣。

何が起こったのかは分からないが、恐らくその自治領地の近くにいるだろう味方の部隊が先に合流し、状況を確かめるだろう。



「何か不気味ね」


「あぁ…何か嫌な予感はする。戦いが起こらないのであればそれが最もだとは思うが…そううまくはいかないだろう」



その時、彼は友人であり同じ兵士でもあるグラハムの言葉を思い出していた。

最近自治領地やその周りで活発化している戦闘行為。

そして、人間離れしているかのような強さを持つ集団。

それが奴らとして認識されているのだが、もしかすると現れるのではないか、と。

そう思わずにはいられなかった。

アトリはまだ奴らと遭遇した経験が無く、どの程度強いのかは分からない。

しかし、味方の兵士が次々に押されている状況を見れば、事態は容易に済むものではないことが分かる。



「戦うしかない、とあれば立ち向かうしかない。だが十分に注意しなければ、こちらが危険な状態になる…」



―――――全く、いつもいつも深刻に考えてるんだから、アトリくんは。



「っ…」



正直、分析をしている最中は他の人たちの作業や目線が入らなくなる時がある。

まさに今がその時であった。

自分たちの立場を考え今ある状況を冷静に考えているつもりだったのだが、それが彼にとって緊張感と集中力を高めていた。

そうなるのも無理はない。確かに分かる。

と言いつつも、それを意図的に遮ったのはエレーナであった。

少しばかり笑顔を見せながら、それでもなぜか彼女は安心したような表情を彼に向けている。

これから戦いに行く者、その当事者としては余裕など無くなる。

が、戦わない彼女としては心の持ちようが当事者とは大きく異なる。

それでも、彼女は言う。



「考えるのは良いし深刻になるのも分かる、正しいよ。でもね、いつもいつもその調子じゃ戦う前にやられちゃってるものよ?」


「何…?」


「昔からよく言ってたよね、アトリくん。誰かの助けになりたいって」



―――――私は覚えてるよ、初めて会った時のこと。




それは。

少しばかり古い話になる。

まだアトリが兵士の見習いとして、この城で日々鍛錬を重ねていた時だ。

国は繁栄し続け、城下町に民は増え続ける。

一部の平穏な地域、この城周辺の大地は平和そのものであった。

しかし。

今と同じように、各地で戦争は発生し続けていた頃のこと。

アトリは、鍛錬の終わりから寝る時間までを、読書をすることに費やすことが多かった。

庶民の出からすれば、書物といった類のものはそう簡単には手に入らない。

買おうと思えば買えるのだが、その金額はちょっとではない。

だから、それを無料で読める図書館は彼にとって至福の時であった。


この図書館は、夜間の利用者は少ない。

時間にして20時を過ぎれば、多くの城の人は自室に戻り就寝してしまうため、必然的に城内は閑散とする。

ある日、彼は同じように椅子に腰かけながら本を読んでいた。

そこに少女はやってきたのだ。

自分と同じほどの背の男が、静かに、だが真剣に本を読んでいる。

一目見て、何故かその姿に少し気になった。

そもそもこんな時間まで本を読んでいるということが、やや不思議であった。

本なら借りて自室で読むことも可能だ。

自室なら自分だけの空間だし、誰にも邪魔されることはない。

そう、昔も今も変わらぬ彼女のように。



「なに読んでるの?」


「え?あぁ、これはこの国の歴史が書かれたもので…ってエレーナ王女!?」


「わっ!?」


「お、王女…な、何故この時間にこんなところへ…しかも俺なんかに…!?」



俺も覚えている。

確かあの時俺は心底彼女を驚かせたはずだ。

普通の反応に決まっている。

後ろにいるとは思わないし、それに振り返ったら王女がいるのだから。



「………」


「え、えと…お、王女、さま…?」



その直後。

まだ年齢も低く子どもであった彼女は、腹部を自分の手で押さえながらその場で笑ったのだ。

その笑い方が、その時の彼には彼女の素顔にも思えた。

王家の者と言えば、礼儀作法はかなり厳しくしつけられているだろう。

ともすれば、一つひとつの仕草や言動でさえ、何かしら強制されているはず。

だが、その時の彼女は思い返せば、そのようなものは感じられず、ただ純粋に目の前で起こったことに笑っているように思えたのだ。

彼からすれば、いきなり現れていきなり笑われて、困惑の極みであったが。



「ううん、気にしなくていいの!ただ反応が面白くて…それに、私を前に頭を下げなかった人は殆ど居ないの!」


「あっ…」



男は少し顔面を青白くさせて、態勢を整えその場で頭を下げようとしたが、それを彼女は止めた。

そんなことしなくていい、と。

逆に同じ子どもなのに主従を結ばれるのが嫌なのだ、と彼女は言った。

それは、王家の一員らしからぬ言動であったかもしれない。

王家とは尊厳ありきの存在。

だが彼女はそんなものより、一個人として子ども同士の関わり方を選んだ。



「し、しかしエレーナ王女…」


「私が良いと言ったんだから、よし!私が許しますからっ」



当然彼は対応に困る。

他の人に馴れ馴れしく王女と接している姿など見られたら、後で何をされるか分からない。彼は若いながらも知っている礼節の最善を尽くそうとしていたのだが、彼女はそれを当然のように断った。

彼の素直なところは、その反応を見て王女の意向に従おうとするところである。

彼女は彼に隣良い?と聞く。すると、彼はやや挙動不審になりながらも、良いですよと答えた。

何と初々しいことか。いや、そういう表現が正しいのかどうか。

ペースを握っているのはエレーナで、その権利があるのもエレーナ。

完全に場を握られたアトリである。



「歴史なんて見て楽しい?」


「え、まぁ、はい。少なくとも為にはなります」


「まぁそうよね。こんな夜更けに一人で本を読むんだもの。嫌いなはずないよね。貴方は私と同じくらいに見えるけど…」


「失礼ながら。同じであることはエレーナ王女の噂からお聞きしております」



そこで彼は自分の歳をハッキリと言わず、エレーナの噂から自分と同じだと判断した、という回答の仕方をした。

すると彼女は少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、「ふーん?」と返す。

自分に対しての噂話が立っていることが気になったのか。

あるいは、歳が同じ人が目の前にいるという現実を気にしているのか。

彼は頭の中にある思考を回転させながら、真意を確かめて行く。

が、そう思う以上に、実は彼女はそんなに深く考えてはいない。



「それなら、改まるのもなし!いいね?」


「え!あ、いやそれは…」


「そうじゃないと、貴方と対等に話せないもの。返事は!」


「………、は、はい」



―――――何と大胆な方だ。王家の人とは思えない…。



が、しかし。

このような人が王家にもいるのだと、その時の彼は少しばかり感心した。

彼も王家の人々は見たことがある。

だがそれはこのように個人的な面識ではなく、大衆の中から見た王家の人々、という位置づけのみであった。

王家の人々は、活性化する城下町の民に向けて、時々演説のようなことを行う。

彼も王の丘の上から民に語り掛ける王の姿と、彼女エレーナの姿を見ている。

その時とは違ったギャップをこの瞬間には感じていた。

不思議とそれが好意的に思えたのだ。

王家と言えど素顔は確かにあるものだと、受容出来たのだ。



「そう、あの時。国の歴史書を見てたアトリくんに、私が言ったのよね。何で兵士になりたいのかって」


「…そうだったな。古い話だ」


「古くないよ!そんなに歳取ってないんだから。んで、その時アトリくんは誰かの助けになれるのなら、と言った。まだ子どもの身で兵士になるとどういうことをしなければならないのかを、アトリくんはほぼ理解してた。だから、その時私が言ったこと、覚えてるよね?」






―――――誰かを助ける前に、まずは自分だから。絶対に忘れないで。





思えばそうだ。

彼女は元気よく、だけど内心は冷静に俺に言ってくれた。

その考えは素晴らしいことだと思う。だけどそれだけは駄目。

誰かを助ける前に、まずは自分だから。

他の人の為に尽くすのは全然に構わないけど、その過程に自分を見捨てちゃいけない、と。

それは少年時代の俺にはかなり影響されたものだ。

戦いすら経験していないお互いが口うるさくしたところで、なんてはじめは考えていたが、思えばあの時の彼女の言葉は、今も覚えている。

会話すべてを覚えていなくても、断片的であっても、その部分は有言実行してきた。


事実。

この間も自分の身で手一杯だった。

だから他の人たちを護ることが出来なかった。

死地において戦闘は苛烈なもの。

余裕が無いのも無理はない、と言われる。

確かに後悔はある。自分しか兵士としての経験が無いのなら、自分が彼らの分まで戦う必要だってあっただろう。

しかし、その過程があっても自分を見失うことだけはしなかった。





誰かの為に尽くせば、いずれは自分に還ってくる。

そう信じられるようになったから、そうするようになった。





「私が言ってもつい他人指向になっちゃうもんね?」


「…そう言われると返す言葉もない」



少なくとも自己犠牲という考え方はない。今のこの段階では。

自分の命がある限り、戦わなければならない。

道具であっても使い捨てのゴミとは違う。

他人の為とは言いつつも、自分のことを忘れてはいない。



「だから改めて考えてみてね。他人の為になる、そのために自分はどういうステップを踏んで行動していくべきかを」


「あぁ…忠告ありがとう」


「ううん。ちょっと余裕無さそうに見えたから、つい、ね?」



やや赤面しながら彼女は自分の長髪をわしゃわしゃと掻き、少しばかり笑みを彼に向けている。

そのような姿を見れば、本当に彼女は王家の人なのだろうか、と思ってしまうほどだ。

彼女が彼と関わるようになったのは、今の二人の話では語られない、更なる深い理由がある。

その果てに今のような、王家と庶民という関係が出来上がっている。



「そしてアトリくん寝てないでしょう?」


「…」


「止めはしないけど、程々にね?明日の夕方には出発するでしょ?」



彼から彼女に自分の行動予定を言ったつもりは無かったのだが、どうやら彼女は彼が地図として見ている地域を見て、一目でおおよその行動時間を推測してしまっていたのだ。

確かにそうである。

少し早めに出て、早めに追いつこうと考えていた。

だからこその焦りを悟られたのかもしれないが。



「それで…エレーナ。貴女は一体何をしにここへ…」


「私?私は…っ」




―――――自由を満喫しに来たの!




その言葉は、初めて彼と彼女が会った時も、彼女が彼に向けて答えた言葉だった。



1-9. 王女と青年(Ⅰ)





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