第七話 エレノア教会防衛戦2 ご都合主義は誰が為に
「あの! サヤ様でよろしかったでしょうか! わたくしはこのエレノア教会の司祭をしておりますレコアと申します! サヤ様! どうか我々を救ってください!」
教会に進入していたオーク達との一戦を終わらせて、襲われていた女の子を助け出し良い気分になっていた私に、突然話しかけてくるおばさんがいた。
うーん、この人もきっと若い頃は美人だったんだろうけど、私としては今目の前にいるアリスちゃんに夢中なので少し静かにして欲しい。
アリスと名乗った女の子は本当に可愛い。
顔は可愛いのはもちろんだけど、腰辺りまで届く金髪に碧眼というのがたまらない。
更に、頭にはウサギを思わせるヘアバンドをつけていて、服装はエプロンドレスだ。
うん、なんと言うかウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んでしまいそうな見た目をしている。
名前もアリスだしピッタリだ。
「あの、お姉さま。司祭様の話を聞いてあげてくれませんか?」
「んっ? ああ、はいはい」
可愛いアリスにそう言われてしまったら仕方が無い。
私は渋々司祭様と呼ばれたおばさんの話を聞く事にした。
「なんでしょうか司祭様?」
「えっと、話を聞いていただけるようでありがとうございます」
私のイメージする司祭様はもっと偉そうな感じだと思ったけど、この人はやたらと腰が低い。まあ、これくらいの方が話しやすいから助かる。
「ご覧の通りわたくし達の教会はただいまオークの襲撃を受けておりまして、可能であればわたくしどもと、外の騎士達の生き残りを助けてくださいませんでしょうか……。お礼は必ず致しますから……」
「うーん、助けてねぇ……」
司祭様は私の力をだいぶ評価してくれているみたいだけど、正直言って外の連中をまとめて相手にするのは辛い。
私の魔法はあまり連発が出来ないし、私は元々一般人だったから足りない戦闘経験を特別な力で補っているみたいな状態なのだ。
ここにいたオークは油断していたり弱っていたりで何とかなったけど、外にいるオークをまとめて相手にするのはかなり厳しい。
「ブヒャッアア!」
「ひっ!」
私が悩んでいる間に、オークの援軍が到着したようだ。
まあ、この周囲はオークだらけなんだから、壊れて開けっ放しになっている扉からどんどんオークが進入してくるだろう。
会話中は何故か攻撃をされないというのは、ご都合主義の力をもってしても流石に無理らしい。
「魔力解放・斬」
私は入り口に向かって『魔力解放・斬』を放つ。
それにより切り裂かれたオークは血を垂れ流しながら入り口にうずくまる。
そのオークを乗り越えようとしたオークを更に『魔力解放・斬』で切り刻むと入り口がオークで詰まってしまう。
これで少しだけ時間が稼げる。
そう思っていると、私の左手を可愛いおててが引っ張ってくる。それは、とてもとても愛らしい少女アリスのものだ。
「あの、お姉さま……、お願いします。私を助けてください……」
アリスが瞳を潤ませながら、上目遣いにそう言ってくるのを目撃し、私の中にあるいろんな考えがはじけとんだ。
「よし、わかったわ。私に全て任せて、アリスは安全な場所に隠れていなさい」
「えっと……、ありがとうございます。お姉さま」
「えっ、先ほどまでのは……」
可愛い女の子に頼まれて嫌だなんて言える筈も無い。私は考えるまでも無く決断し、戦場へと歩を進める。
ここでかっこよくオークを殲滅すればアリスのハートは貰ったも同然だ。
この戦いには、私が今後の異世界生活を可愛い女の子とキャッキャッウフフしながら楽しめるかがかかっている。だから、絶対に負けられない。
「アリス、私があなたを勝利の女神にしてあげる!」
「あっ、はい」
「よっしゃ! 魔力解放・衝撃」
私は、親指を突きたてながらそんなキメ台詞を言い放つと、礼拝堂のオークを新しく作った衝撃波を生み出す魔法で吹き飛ばし、外へと飛び出した。
そして、私は改めて周囲の状況を確認する。
「グヒッ」
「ブヒュブヒュ」
「ブヒッ」
「うわぁ……」
そこは、緑豚パラダイスだった。
見渡す限りに存在するオークはもしかすると百近いかもしれない。そんなオークの殆どが、教会に向かってきていた。
因みに教会に向かって来ていないオークは女騎士に夢中になっているオークだ。
とにかく、そのオーク達が教会から出てきた私に一斉に目を向ける。私は別に視線恐怖症とかではないけど、これだけの熱い視線を独り占めするのは恐怖を覚える。
でも、ビビッてもいられない。私には一刻も早くこいつらを殲滅してアリスとイチャイチャするという目的があるのだから。
「ほんじゃまずは、魔力具現化・剣!」
『肉体活性』の効果はまだ有効なので重ねがけをする必要は無い。オークがこの剣ならば一撃で倒せるのは確認済み。なら、あとは一匹ずつ確実に仕留めるだけで十分。
私はそう意気込み、まずは目の前の――。
「グヒッ!」
「あっ……」
目の前のオークに向かおうと一歩を踏み出したところで、背後から音も無く迫っていたオークの棘付き金棒が私の左足に振り落とされる。
その金棒の棘はまるでウニとか毬栗みたいに細く鋭く、一歩を踏み出す形で前傾姿勢だった私の伸びきった左足に吸い込まれるように突き刺さった。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
振り下ろされた金棒は、私のやわらかい足の肉を引き裂き、骨をへし折り、血管と筋肉を引き千切り、私の左足を地面に縫いつけた。
その衝撃で、私の手からは折角作り出した剣が零れ落ち、届かない位置に転がる。
「あがっ!!! いぎっ! いだっいだいいだいいぃぃいぃい!!!」
更に悪い事に、勢いが付いていた私はそのまま串刺しの左足を全身で引っ張る事になり、棘が突き刺さった部分が無理やり広げられ、真っ赤な血が噴出す。
自分の足が生肉を素手で引き千切る様な音と共に壊れていく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
「ひぐっ……あがっ! いだっ! あああああああ!」
こんなの耐えられる痛みじゃない。痛くて痛くて仕方が無い。
私は痛みに耐えることが出来ず、体は痙攣し、目からは涙が止まらず、口からは叫び声が漏れ続ける。
しかし、それだけじゃ終わらない。
私の目の前にはたくさんのオーク達が群がり、股間にぶら下げたものを元気にさせながら涎を垂らして近寄ってくる。
経験なんて無くても何をされるかくらいわかる。きっとこいつはその為に私を一撃で殺さなかったんだ。
「ひっぐ……いぁ……!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!
こんなのは嫌だ! こんな奴のは嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!
そう叫ぼうとしても、口からは意味の無い言葉しか出ない。
こんなはずじゃなかった。異世界にやってきた私は、神様から与えられた力を駆使して、可愛い女の子達と出会って面白可笑しく過ごすはずだった。
こんなの聞いてない。何が不幸な事故に遭っていたから助けただ。こんな目に遭うくらいならそのまま死んでいた方がマシだったじゃないか!
「グヒヒッ」
「いぐっ……!」
私を地面に縫い付けたオークが地面に膝をつき、優しい手つきで私の腰に触れる。
その手つきがあまりにも優しかったから、私は一瞬その手にすがり付きたくなった。だけど、そのオークが股下のモノを凶悪なほど張り詰めさせているのを眼前に見せ付けられ、一気に血の気が引いていく。
それは、これから死ぬまで可愛がる相手への、彼らなりの気遣いなのだろう。
そう、すぐに壊さず、じっくりと味わうための気遣いだ。
「あ……いぁ……! いやぁ……」
拒絶しても、懇願しても、逃避しても、現実は変わらない。
私は今からこいつらに……。
ごめんなさい、私何か悪い事しましたか……。
ごめんなさい、教えてください。どうすればよかったんですか……。
ごめんなさい、許してください。調子に乗ってすみませんでした……。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中で謝り続ける私の意識はどんどん薄らいでいく。
ああ、いっそその方が幸せなのかもしれない。
こんな凶悪なモノたちに襲われたら私の体なんて簡単に裂けるに決まってる。
だから、このまま意識を失えば、少なくとも何も感じずに死ねる。
あとはこのまま目を覚まさないまま死ねる事を願うだけだ。
ああ、期待していたのに短い異世界生活だったな……。
結局、異世界に行って好き勝手して幸せに生きるなんてありえなかったんだ。
あれは、物語の主人公にだけ許された特権で、私は主人公にはなれなかったんだ。
「ごぇ……ん……あぁ……い……」
ああ、次に生まれ変われるならこんな世界じゃなくて……やっぱり元の世界に生まれたいな……。
酷い事や苦しい事もたくさんあったけど、きっとこの世界よりは幸せだっただろうな……。
今なら元の世界で嫌いだった人達の事も許せるのかな……
私はそう考えながら、眠るように意識を失っ――。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
――ドクンッ――
意識を失ったと思った瞬間、何故か逆に意識がはっきりとしてきた。
あれ? 私はさっきまで何を痛がっていたんだろう?
左足には確かに金属の棘が突き刺さっているけど、こんなものは耐えられないほどの痛みじゃない。
ああ、でも外れそうに無いのは確かだ。ならどうする。
答えは簡単だ。
「グヒッ?」
私に触れるオークは、私が動き出したのに反応してこちらを見る。
でも、私がオークに手を向けるのではなく自分の左足に手を向けたので危険は無いと判断したみたいだ。
もしかすると私が痛がって足を押さえようとしていると思ったのかもしれないけど、そんな事はどうでもいい。
私は串刺しになった自分の左足に触れながら、こう呟いた。
「魔力解放・斬」
その瞬間、私の手から魔法が放たれ、私の左足を切断した。
私の左足はブチンッという音を立てて千切れ、串刺しにされたまま跳ねている。へぇ、私の内側ってあんな色してるんだ。
あっと、失敗した。勢いあまって無事だった右足も一緒に切断してしまった。
「あはっ! ふひっ! ひひゃっ!」
可笑しい、楽しい、面白い。
切断された私の右足はそのままコロコロ転がって、地面をコロコロって、コロコロコロコロッあははっははははははっははっ。
「はははっ! 魔力解放・衝撃!」
「グヒッ!」
本来『魔力解放・衝撃』は前方の相手を細かい魔力の粒子で吹き飛ばす魔法だけど、今回はその魔法を自分の方向に放つ事で、自分の体を飛ばすのに利用した。
両足分軽くなった私は、唖然とするオークを置き去りにして、空を舞う。その際、千切れた両足の断面からは真っ赤な血が溢れ出し、大地を赤く染めていく。
ああ、大変だ。これ以上垂れ流したら死んでしまう。
なら、どうすれば良い?
なら、何をすれば良い?
答えはもう決まっている。
「自己修復魔法!」
私は空を舞いながら、ずっと構想だけだった魔法を発動した。
『自己修復魔法』。これは単純な魔法だ。私の壊れた部分をまるごと元に戻す。それだけを考えて発動している魔法だ。
単純ではあるけど、その効果は絶大のようで、私の両足は大量のミミズが這いずり回るような感触と共に再生していく。
ああ、すごい。ほんの数秒で私の両足は置き去りにしてあるはずのソックスや靴を含めて再生していた。
靴や衣服が一緒に修復されているのはきっと、創作物に出てくる回復魔法というのはこういうものだという私のイメージの所為だろう。
まあ、実際には創作物で服ごと再生されるのは、破れたままの服を描くのが面倒だからという理由なのだろうけど、私にとっては利点しかないのでこのままそのイメージを維持する事にする。
「すちゃっと」
無事両足と、その他細かいダメージを修復した私は、オーク達の目線を独り占めにしながら着地した。
「魔力解放・斬!」
「グヒッ!?」
地面に着地した私は、その場に立ち上がりながら『魔力解放・斬』を発動。さっきまで私にベタベタと触れていたクソブタを始末した。
あれ、おかしい?
教会の中で『魔力解放・斬』を使った時は、一撃でオークを両断できなかったはずだけど、今は簡単に両断できた。
それ以外にも、『肉体活性』の効果や『魔力解放・衝撃』の威力が上昇しているのを感じる。
これはあれだろうか。視覚的に確認は出来ないけど、私にはレベルが設定されていて、教会での戦いでレベルが上がって強くなったのだろうか。
まあ、答えはどうでも良い。何故かはわからないけど強くなった。それだけがわかれば十分だ。
「ひひっ。さあ、反撃開始と行きましょうか!」
そして、私は再度オークの群れに跳びこんだ。