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第四話 殺すのなんて簡単だった

「グヒッ」

「うわ……実物って結構グロいね」


 今、私の目の前には一匹のゴブリン(仮)がいる。

 ゴブリンは特に襲い掛かってくるでもなく私と一定距離を保って睨んでくる。

 警戒しているのかなんなのか知らないけど、ゴブリンが右手に持ったさび付いたナイフで刺されたら痛そうなので、私は遠距離からさっさと倒す事にした。


「先手必勝! 魔力解放(リリース)カット!」


 私の『魔力解放リリースカット』は、目標に定めたゴブリンにまっすぐ飛んで行き、その体に命中する。

 ゴブリンは直撃を受けて悲鳴を上げてるけど、まだ致命傷には遠い。

 やっぱり、威力が足りてない。この魔法はあまり連射も出来ないんだからせめてあれくらいの敵は一撃で倒してもらわないと困る。

 私は、仕事をしないカットはクビにして、新たな魔法を作る事にした。

 切では無く斬。もっと鋭く。相手を一撃で倒せる力。


「クキャアアアッ!」


 私が魔法を想像している間に、ゴブリンが立ち上がりこっちに向かってくるけどもう遅い。私の魔法は完成した。

 私は右手をゴブリンに突き出し、新魔法を発動する。


魔力解放(リリース)スラッシュ!」


 発動した新魔法は、狙いを外さずゴブリンに吸い込まれる。

 ゴブリンがこっちへ直進してるからというのもあるけど、魔法の命中率は悪くないと思う。たぶんある程度の補正がかかってるのだろう。

 そして、直撃した『魔力解放リリーススラッシュ』は、ゴブリンの体を斜めにあっさりと両断し、更に後方まで飛んでいく。

 二つに分離したゴブリンの体は、両断された勢いで血肉を撒き散らせながらすっ飛んでいき、地面に転がる。

 うーん、グロイ。

 相手がバケモノでも、生物が死んでるのは見ていて気分の良いものじゃない。

 まあ、殺されるのは嫌だから遠慮なく戦うけどね。


「おえっぷ……」


 私は沸きあがってくる吐き気を我慢してゴブリンだったものに近づく。この世界で生きていくからには慣れないと駄目だとは思うけど、すぐには無理そうだ。

 そう思いつつゴブリンの目の前まで来た私は、神様から貰ったもう一つの能力を試してみる。


「えっと、収納」


 念じるだけで発動すると教えてもらっていたけど、なんとなく口に出してしまった。

 まあ、そこはどうでも良いとして、神様から貰った異空間収納アイテムストレージの能力は問題なく発動したようで、目の前にあったゴブリンの死体が血痕すら残さず綺麗に消えた。

 完璧な死体の処理方法だね。完全犯罪待った無し。まあ、魔物相手に意味は無いけど。


「あとはアイテムリスト?」


 アイテムリストと声に出して念じると、目の前に半透明なゲームでよく見るようなモノが出てくる。

 あれ、なんだったけ。VRゲーム? そんな感じのものが出てくる創作物で見たことがあるやつだ。

 そして、そのアイテムリストには色々な項目が表示されていて、私は魔結晶っと書いてある部分に触れようと手を伸ばす。

 でも、手は幻みたいに通り抜けた。

 あれ、触れない?

 どうやって操作するのだろうと悩んでいると、頭の中に念じるだけという使用法が思い浮かんでくる。

 なるほどと思いながら念じてみると、表示が切り替わった。


■ゴブリンの魔結晶×1


 たしか魔結晶は魔道具というものの燃料か換金アイテムとして使えるという事だったはず。

 なるほど、ゴブリンの死体を収納したから自動的に手に入ったみたい。

 私は次に、道具という部分を開いた。


■ゴブリンナイフ・壊×1


 どうやら死体を収納した時に、持っていた武器も一緒に収納したらしい。

 ゴブリンの牙とか素材は剥ぎ取れないみたいだけど、持っている武器なら手に入るようだ。

 ただ、この武器は役に立つとも売れるとも思えない。倉庫の肥やしになる事は間違いないだろう。


■変換用魔力・120


 魔物の不要部分が自動的にこれになるらしいけど、これって何の単位なんだろうか?

 まあ、取り敢えず試しに消費してみよう。

 たしか使い方は念じれば好きな食料に変換できるって事だったはず。

 私は何を出すか迷ったけど、甘いものが食べたかったので、シュークリームに決めて念じてみた。


「おおっ!」


 すると私の手のひらにシュークリームが現れた。

 大きさはコンビニで売っているような一般的サイズで、味は……うん、なかなかおいしい。

 私は脳を使って失った糖分を補充しつつ、もう一度アイテムリストの変換用魔力を確認する。


■変換用魔力・20


 変換用魔力の残量が100減っていた。

 これはもしかするとグラムなのだろうか?

 いや、コンビニのシュークリームだと100円って事もありえるかな?

 私はどちらか判断するために、わたあめと念じてみる。

 すると、私の手のひらにお祭りで見かける一袋分のわたあめが現れ、変換用魔力が0になる。

 たしか、わたあめはお祭りの時に見かける大きさで重さ15グラムから20グラム、値段は400円くらいだったはずだから、変換用魔力の表示はグラムで間違いないみたい。

 これなら、値段とか気にせず好きなものを好きなだけ食べられるね。


 私は異空間収納アイテムストレージの使い心地に概ね満足して、頭を切り替える。

 魔法の練習は完了して、異空間収納アイテムストレージの使い方は確認できた。なら、いつまでもここにいないで、どこかに向かうべきだ。そう思い私は周囲を見回す。

 しかし、うーん、何も無い。

 私は目標が無くて途方に暮れそうになったけど、取り敢えず森ではなく草原を進む事を決め、テクテクと歩き始めた。


   ◆◆◆


 見渡す限りの草原を私は歩き続けている。

 何これ、歩いても歩いても草しか生えてない。せめて砂利道でも良いから踏み均されたわかりやすい道は無いものなのだろうか。

 私は途方に暮れながらそのまま更に歩き続ける。

 そうして途中、何度か遭遇したゴブリンを倒しながら、ひたすら歩き続けていると、遠くに人影が見えた。


「あっ、第一異世界人発見」


 ゴブリンではない普通の人に出会え、私はホッとする。

 もしかしてここはゴブリンの惑星なのでは? という不安すら生まれていたので、ちゃんと人間がいる事に安心したのだ。

 私は久々に人と出会えた喜びで、不用意にその人に近づいていく。

 しかし、徐々に近づいていくうちに、その人影が三人組の男で、いやらしい笑みを浮かべている事に気が付く。


「おいおいお嬢ちゃん、こんな所で一人でナニしてんだい」

「おお、良い服着てるじゃねえか。誘ってるのかい?」

「ちょうど良いぜ、俺たちが相手してやるよ。一生な!」


 うわぁ、絵に描いたようなチビ、デブ、ノッポのならず者集団が現れたわ……。

 これもご都合主義っていうやつなのかな。

 私はただでさえ男の人が苦手なのに、第一異世界人がこんな奴らとは……嫌になっちゃう。


「おい、聞いてんのか!」

「こりゃ教育が必要だな」

「グヒヒッ、体にじっくり教えてやるよ」


 私が額に手を当ててため息をついていると、男達が喚きながら更に近づいてくる。

 仕方が無い、戦おう。

 私はそう考えて、右手を中央にいるデブの男に向ける。そして、魔法を発動するために、目標の男をしっかりと見た。


「あれ? あっ……ああ……あれ……」


 そこで私は気がついてしまう。

 これは、人殺しだと。


 何故その瞬間まで気がつかなかったのだろう。目の前にいるのは人間だ。ゴブリンとは違う、私と同じ人間なんだ。

 ゴブリンは人型でも所詮は魔物だ。あのくらいならゲームをするのと大差ない感覚で戦える。

 でも、今目の前にいる人間はそうはいかない。あれは心を持って会話の出来る人間なんだ。

 この右手から魔法を発動すればたぶんあの人は一撃で死ぬ。あの人は完全に油断してるから、避ける事も無いだろう。

 でも、一人を殺したら、他の二人は私を人殺しと罵ってきて、そして殺そうとしてくる。


 怖い怖い怖い。

 人をこの手で殺してしまう事も、人殺しと罵られる事も、敵討ちとして殺されてしまう事も、怖くて怖くて仕方が無い。

 何で今まで考えなかったんだろう。ここは剣と魔法の異世界なんだ。人同士の殺し合いがあってもおかしくない。

 どうして、今まで思いつかなかったんだろう。どうして、この瞬間も違和感無く手を向けてしまったんだろう。どうして――。

 喉が渇く。呼吸が荒れる。汗が止まらない。私の中でたくさんの感情が渦巻いていく。

 その間も男達はどんどん近づいてくる。

 ああ、もうすぐ、男達が手の届く位置まで来てしまう。

 でも、私は……私は人殺しなんて絶対に――



ご都合主義の舞台装置(デウスエクスマキナ)が発動しました。

 白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化レベルアップを実行します』



 ――出来ないなんて思うはずも無い。

 内容は覚えていないけど、頭の中に誰かの声が響いたかのように感じた瞬間、私は心からそう思った。

 目の前にいるのは他人だ。名前も知らない相手でしかもこちらに害を及ぼそうとしてる。そんな人間、殺したところで心が痛む訳が無いし、怒りや憎しみをぶつけられようがどうでも良い。

 それにほら、ゲームでだって、襲い掛かってきた山賊やならず者は『まもののむれ』として一緒くたにされるじゃないか。それはつまり、敵対する相手は人間ではないって事だ。なら殺しても何の問題ない。

 そうだ、何の問題も無かったんだ。

 ああ、たかが人間を殺すくらいで、私は何て馬鹿な事を考えてたんだろう。

 気持ちを切り替えた私は、満面の笑みを浮かべ、もう一度男を見つめた。


「おっ……おお! その気になったのかお嬢ちゃん!」

「やべぇ……この娘、信じられないくらい上玉だぞ!」

「へへへっ、こりゃこれからが楽しみだ」


 男達は突然頬を赤らめ、照れたような表情でこちらを見てくる。

 その視線は、私の顔や、胸や、腰を舐めまわすように動く。

 ああ、気持ちが悪い。不愉快だ。吐き気がする。だから――。


「ちょっと死んでくれませんか? 魔力解放(リリース)スラッシュ


 私は満面の笑みのまま、容赦なく魔法を発動した。

 飛翔した『魔力解放リリーススラッシュ』は、男達の中央にいるデブの体を真っ二つに切り裂く。

 唖然とする生き残りの目の前で、デブの体はゆっくりと左右に分かれ、醜い血肉をばら撒きながら草原に転がる。

 ああ、やっぱりゴブリンと同じだ。

 こんなもの殺しても罪悪感なんか無いし、生き残り達を見ても何とも思わない。

 私はさっきまで、何を悩んでいたんだろう。


「あっ、兄貴!」

「てめぇ!」


 どうやらデブは三人のリーダー的存在だったらしい。まあ、そんな情報はどうでもいい。だって三人とも平等にここで死ぬんだから。

 私が次の目標のノッポに手を向けると、ノッポは短い悲鳴を上げて、剣を抜こうとした体勢で止まる。

 その時のノッポの顔は、笑えるくらい恐怖に歪んでいて面白かった。


「あははっ! 魔力解放リリーススラッシュ


 発動した『魔力解放リリーススラッシュ』はデブと同じようにノッポの体を切り裂く。

 今度は少し工夫をして、横薙ぎに飛ぶようにして発動させたのだけど、その所為でノッポの体はくの字になりながら飛び、そのままお寿司みたいに重なって地面に着地した。

 その光景が何故だか面白くて私は声に出して笑っていた。


「ふひっ、ひはっ、あははっ! ははっ」

「ひっ!」


 笑う私を見たチビは、狂人を見る様な目で私を見て脅えている。

 どうしたんだろう? 何か怖い事でもあったんだろうか?

 可哀想に、すぐに楽にしてあげないと。


「お願いだ! ころ――」

「ひはっ! 魔力解放リリーススラッシュ


 最後の一人は、斜めに斬れる様に『魔力解放リリーススラッシュ』を放った。

 簡単に両断された最後の男は、斜めの傷跡から滑るように二つに分かれていった。

 その様子を見ていた私は、なんだかとっても楽しい気分になった。

 何でだろう。さっきまではあんなに苦しかったのに、今は心も体もとっても軽い。

 もしかすると、神様が何かしてくれたのかな?

 ああ、流石は神様。いつでも私を助けてくれるんだね。優しいな。


 そんな事を考えている私の目の前には、三つの人間だったものが転がっている。

 ソレからはどんどん赤いものが流れ出し、草原を赤に染めていく。

 その様子を眺めていた私は、心からこう思った。


 殺すのなんて簡単だった。


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