第三十一話 もう一つの楽園
エリュシオンでゆったりとした一時を楽しんだ私は、次の日、また迷宮ゼクスにもぐって魔結晶を荒稼ぎし、ノイシュタットの冒険者組合に向かった。
「おはようございます。サヤ様」
「おはようアメリア」
いつものようにたわいのない話をして、いつものように魔結晶を換金して、いつものようにアメリアが驚いて、いつものようにトロイメライや他のお店で買い物をして、そんな普通で特に語る事もない一日が過ぎていった。
その瞬間までは。
「なんだあれ?」
「ママ! 大きい鳥さんだよ!」
「違う、あれは……」
「嘘だろ!?」
「すぐに騎士団長にお伝えしろ!」
そろそろエリュシオンへと帰ろうとしていた時、突然至る所から声が上がる。
一般市民はただ、よく分からないといった感じで騒いでいたけど、騎士達は何故か慌てふためいていた。
「お姉さま、あれ!」
「えっ」
声を上げたアリスが指差したのは空だ。そして、その指の先にあるものが見えた。
それは、巨大な鉄の塊。
実際には全貌は見た事が無かったけど、その形状には見覚えがある。だって、私達は毎日それの中に帰っているのだから。
「エリュシオン級楽園型魔道戦艦……!」
そう、それは間違いなくエリュシオン級楽園型魔道戦艦だった。
全長六百メートルの巨体な鉄の塊は、まるで重力を感じさせないようにその場に浮かんでいる。
エリュシオン級と言うのだから、同型艦が存在するとは思っていたけど、まさか飛んでいるところを目撃するとは思っていなかった。
そして、そんな事を考えていると、その巨体が光り、その瞬間――。
「二人とも伏せて!」
周囲に爆音が響き渡り、突然巻き起こった爆風により、人が紙のように吹き飛ばされた。
いや、人だけじゃない。頑丈なつくりの建造物は無事だったけど、木造の建造物はなぎ倒され、沢山の人々を下敷きにしていた。
私達が無事だったのは、たまたま周囲にあった建造物が頑丈なもので、各々が武器を地面に突き立てて衝撃波をやり過ごせたからだ。
「嘘……」
「お姉さましっかりして下さい!」
「おねえちゃん……」
それは、エリュシオン級楽園型魔道戦艦の主砲による砲撃だった。
着弾地点は私達がいつも使っているのとは反対側の城門。そのはずなのに着弾の余波は、ノイシュタットの中央にまで届いていた。
大量の魔力を要求するのだから、それなりの威力はあるのだろうと思ってはいたけど、これは予想以上だ。
「何が――」
『聞け! 愚かなるノイシュタットの住民よ!』
その時、空から男の声が響き渡った。
それは、エリュシオンにも搭載されている、拡声器のような機能だと分かった。
『我々は帝国軍である! 我々の目的は二つ! この都市に匿われている異世界人の捕縛と、我が帝国の実験施設から逃走した試作生体兵器六十七号の回収である! 今すぐにその者らを差し出すならば攻撃を中止しよう。だが、差し出さないのならば命は無いと思え!』
その一言を聞いた瞬間、血の気が引いていくのを感じた。
あいつらの目的の一つ、異世界人というのは間違いなく私だ。そして、もう一つの目的である試作生体兵器というのは恐らくプレアだ。
プレアと会った時の状況や、その他もろもろを考えれば間違いない。
だとすれば、今起きているこの惨状の原因は私達だ。私達の所為で……。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
「お姉さま! そういう事は後から考えてください!」
「逃げよう、おねえちゃん」
「二人とも……」
私は二人に腕を引かれた事で、何とか立ち上がる。
まだ、事態を受け入れる事は出来ていないけど、ここでこのまま何もしない訳にはいかない。
私は、自分を奮い立たせて二人を見る。
「取り敢えずエリュシオンまで行こう。何をするにしてもあれが無いとどうしようもない」
「はい!」
「うん」
エリュシオンへの帰還用転移装置は、ノイシュタットを出て迷宮アハトの近くまで行かないと機能しない。私達はとにかく迷宮アハトへ向かう為、城門へと走った。
その途中、たまたま、道端でブツブツと呟きながら徘徊するトロイメライのキールさんとすれ違う。
「違うんだ……俺はただ、異世界人と生体兵器の居場所を教えて……あの女に追跡用の魔道具を付けただけ……、ただの小遣い稼ぎのつもりだったんだ……。こんな……、こんな事になるなんて……」
キールさんが言っていた事が何であるか考えている時間は私には無かった。ただ、キールさんの独り言を聞いたアリスは、突然私の服に触れて、何かを地面に叩き付けた。
「とにかく走ってください!」
私はアリスに言われるがまま走った。
そして、走りながら空を見ると、何かが空から降ってきていた。
「迷宮から発掘された帝国軍の魔道装甲! もう複製が出来る様になっていたんですか!」
アリスが魔道装甲と呼んだそれは、紛れも無く人型ロボットだった。
全長五メートルほどのその人型ロボットは、ゆっくりと地上に落下していく。
その光景は剣と魔法の異世界としては不釣合いではあるけど、エリュシオンがある時点でもう既に手遅れな話だった。
「あれは強いの!」
「強くはありますが、リトルドラゴンを串刺しに出来るなら倒せます! ただ、持っている兵器の一撃を喰らったら、私なら即死です!」
「わかった!」
防御を貫けるのは分かっても、あの数を一撃も喰らわずに倒すのは無理だ。いや、私とプレアならもしかすると可能かもしれないけど、アリスが絶対に耐えられない。
私達は戦闘を避けるため、なるべく魔道装甲の落下していない場所を選んで走っていく。
「きゃあああああ!」
「嫌だ死にたく――!」
「異世界人なんてしらな――」
「殺さないで!」
「ママ! ママッ……ァ!」
すると、私達がさっきまでいた場所を中心に、轟音と断末魔の叫び声が響いてくる。
あそこで死んでいる人達は私達がいなければ……。
「右!」
「うん!」
私がそんな事を考えていると、目の前に民家をなぎ倒して魔道装甲が現れる。
しかし、私が反応するよりも前に、アリスとプレアが左右から駆け寄り、魔道装甲の両足を切り裂き、プレアが倒れたその背中へと刀を突き刺して、トドメを刺す。
おそらくはそこが、魔道装甲の搭乗者が乗っている場所だったのだろう。魔道装甲の隙間から、赤い液体が流れ出し、そのまま動かなくなった。
「ふう、強化付与・終曲なら何とかなりそうですね」
「こっちも大丈夫」
「それは知ってます」
頼りない私と違って、二人はこの状況でもしっかりと前を見て戦っている。
こういうところを見ると、やっぱり私とこの子達は住む世界が違う人間なんだなと思ってしまう。
「お姉さま、行きますよ」
「――っ、分かった……」
アリスは私の手を引いてまた走り出すけど、その手は震えていた。
私は勘違いをしていた。アリスは現状、この三人の中で一番弱いのだ。それで、こんな状況になって平気な訳がない。
アリスは必死に不安を押さえ込んで、私を助けてくれているのだ。
なら、私が弱気になっている訳にはいかない。
私は余計な事は考えないようにして、前を向いて走る。
「――っ!」
「アリスちゃん止まって!」
「えっ?」
その時、私とプレアは何かを感じ取り、剣を振るった。
プレアの刀は、十以上の何かを打ち砕き、無詠唱で作り出した私の剣は、四つの何かを砕いた。
「これは……」
「まさか、不意打ちを防がれるとはな」
「あなたは!」
声のする方向を見ると、そこには冒険者組合やエレノア教会の一件でお世話になったマルグリットさんが立っていた。
しかし、マルグリットさんから感じる印象は今までとは待ったく違う。その体からは確かな殺意があふれていた。
「私は今とても後悔しているんだ。何故最初に出会った時に、あの男と一緒に君の首も跳ね飛ばさなかったんだとね。後悔してもしきれないよ」
「マルグリットさん……なんで」
「なんで? そんなのは分かっているだろ? 君を差し出さなければノイシュタットは終わる。だから君を探していたんだ。はは……、しかし失敗したな。こんなにすぐ見つかるなら手分けせずに、部下を連れてくるべきだった」
その口振りから、マルグリットさんが私達の正体を知っているんだと分かった。いったいいつから、そんな事を考えていると、突然マルグリットさんが剣を鞘から少し抜いた。すると、その瞬間またどこかから何かが来るのを感じる。私とプレアはその何かを全て打ち砕いた。
マルグリットさんがやっている事を私は理解した。
あれは、私の『魔力解放・斬』と同じもの。ただ、私のものと違って完全に不可視の状態で、更には全方位好きな場所から撃ち出しているようだ。
「私の神剣をこんなにも簡単に防ぐ人間が存在するとは、世界と言うのは本当に広いものだ」
しかし、その攻撃は防げないものじゃない。
来る方向さえわかっていれば簡単に打ち落せる。だから、マルグリットさんの攻撃はそれほど恐ろしいものじゃない。
だけど、一つだけ問題がある。
「えっ、えっ? 何が起こっているんですか? お姉さま? プレアちゃん?」
アリスがマルグリットさんの攻撃に一切反応出来ていないのだ。
「彼女を責めてはいけない。この攻撃を感知出来る君達二人の方が異常なのだからね。しかし、まあ、戦い方は決まった」
「アリス! 伏せて! プレア、アリスをお願い!」
「うん!」
「えっ? ひゃっ!」
攻撃に一切反応できないアリス目掛けて、二十を超える斬撃が放たれる。
プレアはその攻撃を全て打ち砕くけど、次々と斬撃が撃ちだされるので、プレアはそこから離れられなくなった。
そして、何が起こっているのかも理解できていないアリスは、頭を抱えて、その場にうずくまる。
「どうやらその攻撃は、対象から一定距離離れている場所からしか撃てないようですね」
「その通りだ。しかし、分かったとしても状況は変わらないさ」
「くっ!」
マルグリットさんは、アリスを攻撃しながらも、私に向かって斬撃を放ってくる。
その数は数発ずつのため、全て砕く事が出来るけど、私には近距離戦でマルグリットさんに勝つ自信が無かった。
「魔力解放・散!」
だから私は、その場で攻撃を捌きつつ、遠距離から攻める事にした。
人間は魔物と違って強度は大した事がない。だから拡散攻撃で少しでも傷を負わす事が出来ればどうとでもなる。そう考えていたけど、その考えは甘かった。
「無駄だ」
「嘘!」
私が放った『魔力解放・散』は、マルグリットさんに当たる直前で、見えない壁に阻まれて消え失せる。
私はそれを、魔法的な防御であると判断して、更に強力な攻撃を選択する。
「オープン! 全方位魔力展開!」
『全方位魔力展開』を発動させたと同時に、私は無詠唱で八本の剣を形成して、マルグリットさんを狙う。でも、マルグリットさんは、その場から動かない。
「全発射!」
私は動かないマルグリットさん目掛けて、八本の剣を一斉に発射する。
リトルドラゴンの鱗すら貫通する一撃に、並みの防御で耐えられるはずが無い。そう思ったのも束の間、私が放った剣は、全てマルグリットさんの前で消え失せた。
「これは……! 防がれてるんじゃない!」
「そうだ。無効化しているんだ」
言われて私がマルグリットさんの手を見ると、その手にはいつの間にか、小振りの剣が握られていた。
「君の剣が魔法により作られた物だという事は調べがついているんだ。そして、私のもう一本の神剣は、魔法を完全に無効化する能力を持っている。それが例え、この都市を一撃で吹き飛ばすものだったとしてもね」
「くっ……! 肉体活性」
私の戦闘能力は魔法に依存している。その為、魔法を無効化されれば殆どの攻撃手段は無くなる。
私は仕方なく、残された手段として、異空間収納から、鋼鉄の剣を取り出す。
「頼む、もうあきらめてくれ。君達が降伏するのなら、そこのアリス君だけでも必ず救うと約束しよう」
「その条件を飲むつもりがあるなら、最初から名乗り出てますよ!」
「そうか」
ため息をつきながら、マルグリットさんは、私へと飛び掛ってくる。
速い、プレアほどではないけど、アリスや私では相手にならないほどの速度だ。
「はあ!」
「くっそ!」
近距離戦が始まってすぐ、私はマルグリットさんに一方的に押し込まれる。
元々私は、剣術だとかそんなものの知識は無くて、高い身体能力で技量の無さを補っていたのだ。
相手が知能の低い魔物ならば、それでも十分に戦えたけど、自分と同じレベルの身体能力を持ち、更には高い技量を持っている人間と戦うなんていうのは無謀すぎた。
せめて私とプレアの位置が逆ならどうにかなっていたかもしれないけど、私には今も断続的にアリスに降り注いでいる、二十を超える斬撃を撃ち落す技量も無かった。
「終わりだ。捕縛という話だが、手足の一、二本は覚悟しろ」
「うあっ!」
「おねえちゃん!」
体勢を崩されたところに、マルグリットさんの剣が迫る。
この一撃は避けられない。そう私が確信した直後、マルグリットさんの剣は、私の右手を斬り飛ばした。
次回投稿まで、しばらく間が開きます。




