第三十話 束の間の幸福
迷宮ゼクスを攻略した私達は、エリュシオンで一夜を明かしてから早速冒険者組合へと向かった。
私は冒険者組合で昨日集めた大量の魔結晶を一気に換金しようと思ったのだけど、アリスに流石に多すぎると忠告されたので、迷宮ゼクスの浅い階層で出てくる魔物の分の魔結晶だけ換金する事にした。
まあ、それでも換金額は金貨九十枚ほどになって、アメリアのいつもの叫び声が冒険者組合に響く事となった。
全部出さなくてよかった。
「はい、アリス」
「いえいえ、今回は神剣を頂いたので、そんなに貰えません」
私はいつものように、アリスにお金を渡そうとしたのだけど、流石のアリスも、神剣を貰った事で遠慮したのか、金貨たったの十枚しか受け取ってくれなかった。謙虚だなぁ。
因みに、プレアはお金の事をよく分かっていないらしく、お金を全く受け取ろうとせず、何か欲しいものは無いかと聞いても、おねえちゃんがいればいいという可愛らしい事を言ってくるだけだった。なに、この可愛い生物は。
「さて、お金にも余裕がある事だし、色々と買い集めようか」
「そうですね」
今回の戦いでは回復の魔法薬が無ければ危なかった。その為、私は回復の魔法薬を買う為にトロイメライへと向かった。
「あれ? あの人たちは?」
「……」
すると、お店からいつだったか挨拶を交わした漆黒の風? とかいう冒険者のグループが出てくるを見つけた。
漆黒の風のメンバーはこちらには気が付いていないらしく、何かを手に持ちながらうれしそうに去っていった。
「あの人たち凄いうれしそうにしてたね」
「そうですね……」
あの笑顔は、ずっと欲しかったゲームを買えた時の私に似ている。なんだろう、ずっと欲しかったものでも買えたのだろうか。
「あの、お姉さま。私はプレアちゃんに買ってあげたい物がありまして、三十分ほど離れてもいいですか?」
「うん? まあ、いいけど。それじゃあ、しばらくトロイメライで商品を見てるから、戻ったら声をかけて」
「はい、ありがとうございます。行きましょうプレアちゃん」
「うん、アリスちゃん」
アリスとプレアは私と別れると、手を繋いでどこかへと向かっていった。
プレアはいつも私と一緒にいたから気が付かなかったけど、あの二人はあの二人で仲が良かったみたいだ。うん、女の子が二人で仲良くしているのをそばで見ているというのも良いものだ。今度二人には私の前でイチャイチャしてもらえないか相談してみよう。
そんな馬鹿な事を考えながら、私はトロイメライへと入店した。
「おわっと! なんだ嬢ちゃんか。えらく綺麗にしているもんだから別人かと思ったぜ」
「どうも、キールさん」
この反応にも慣れてきた。
アリスやプレアは毎日見ている所為か反応が薄いし、アメリアは最初からやたらと好感度が高くて変わらないけど、他の人は少し間が開くだけで、私を見る目が明らかに変わってくる。
これはきっとレベルアップによる魅力の上昇の所為なんだろうけど、レベルアップの度にこうなるのは面倒だ。そろそろ仮面か何かをつけるべきなのかもしれない。
「これと、これと、これを下さい」
「相変わらずいい買いっぷりだな」
私達は固定の装備があるから、あまり装備を買う必要は無いんだけど、私が回復薬とか消耗品には余裕が無いと落ち着かない性格のため、明らかに不必要な分まで買い漁ってしまっている。
その為、キールさんからは結構なお得意様だと思われているみたいで、入店の度に挨拶されて、色々と話を聞かれる。
まあ、色々と話せない事もあるので、限られた話しか出来ないけど、自分の成果を誰かに自慢するというのは結構楽しいもので、ついつい話し込んでしまった。
「お待たせしました」
「お待たせ、おねえちゃん」
「ああ、もう帰ってきたんだね」
そうして話していると、アリスとプレアが用事を済ませて帰って来る。
私の買い物の方も終わっていたので、私達は今日はそのままエリュシオンへと帰る事にした。
昨日は守護者を倒した訳だし、お金には余裕がある。今日くらいはエリュシオンでゆっくりとしたかったのだ。
「ほらほら、アリス。プレアの体を洗ってあげて」
「おねえちゃん。わたし自分で洗えるよ」
「はいはい、分かってますけど、お姉さまのお望みだから洗ってあげます。あと、私の方も洗って下さい」
「ん? わかった」
エリュシオンへと帰宅した私達は、仲良く三人でお風呂に入っていた。
このエリュシオンに設置されたお風呂は、小さい物から、五人くらいで入浴しても大丈夫な広い物があって、今入っているのは広い方だ。
そのお風呂で、私は湯船に浸かりながら、二人の幼い少女が体を洗いっこしているのをゆったりと眺めている。
ああ、今私はなんて幸せなんだろうか。こんな尊いものをこんな特等席で見られるなんて、今までの人生からは想像も出来なかった。異世界万歳。
「はい、お姉さまの番です」
「おねえちゃん」
「ふふ、ありがとう」
お互いの体を洗い終わったアリスとプレアは、全身に泡を残したまま、私を呼び寄せる。これは、あれだろうか。アリスはお金を要求するだけあって、本当に良い仕事をする。
「はい、じゃあ前はプレアちゃんがお願いします」
「わかった」
そう返事をすると、プレアが泡だらけの体を、私の体に密着させてくる。
泡の感触の後に、すべすべとした肌の感触が伝わってきて、堪らない。そう思っていると、背中からも、同じ感触が伝わってくる。
「胸が邪魔でやり難いよ……」
「なら、手でこすってあげましょうか」
「うん」
プレアは言われるままに、私のお腹とか、胸とか、色々と撫で回してくる。
どうやらプレアはアリスに色々と仕込まれているようで、撫で方がとても気持ち良い。
「そっちにばかり夢中にならないで下さい」
そう言いつつ、アリスは私の背中に強く体を密着させる。
アリスは幼い容姿だけど、胸はそれなりにある。背中からその胸の存在感を教え込まれて、私の理性は飛んでしまいそうだ。
「おねえちゃん、顔が赤いよ」
「あ……あう……」
「それは喜んでいるんですよ」
「なら良かった」
そうして、二人の少女にいい様にされて、気分が良くなった私は、泡を落とした二人を左右に並べて、一緒に湯船に浸かりなおした。
なんかこうしていると、雑誌とかに載っているお金持ちになった人みたいな気分になる。いい感じだ。
「ありがとうね。二人とも」
「いえいえ」
「喜んでもらえてよかった」
ああ、アリスとプレアは本当にいい子だ。この子達と一緒にいられるだけで、私はこの先どんな事があっても頑張れそうな気がしてくる。
「そう言えば、今日は二人でどこに行っていたの?」
「あのね。お店で見たおと――」
「プレアちゃんの服を買いに行っていたんですよ。お姉さまの魔法で綺麗になると言っても、いつまでも一着では可哀想ですから」
「それなら私も一緒に……」
「お姉さまと一緒に行くと長くなるから駄目です」
「そんなぁ……」
私としては女の子の服を買うのは時間がかかって当たり前というイメージだけど、この世界ではそうではないらしい。ワールドギャップだ。
「あの……」
「プレアちゃん。二人だけの秘密」
「あっ、ごめん」
私を間に挟んで、アリスとプレアがお話をしている。
そのお話の内容も気になるけど、こうやって二人が話しているのを見るだけで、私の心が癒されてしまい、態々聞こうとは思えなかった。
二人だけの秘密か。女の子らしくていいね。
そんな事を考えつつ、私はこの穏やかな時間を満喫した。
◆◆◆
■プレア・ルナティックの見る世界
ノイシュタットでおねえちゃんと分かれたあと、わたしはアリスちゃんと裏路地に来ていた。お買い物をするって言っていたのにどうしたんだろう。
「おい、プレア。私の言う事が聞けるか?」
「えっ……」
二人っきりでアリスちゃんと話すのは初めてだったけど、アリスちゃんはおねちゃんがいる時とは違って、まるで男の人みたいに話していた。でも、こちらの方が普段よりも自然に感じる。もしかするとこっちが本当の喋り方なのかもしれない。
「何だよ。お前もあの女にするみたいに接して欲しいのか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか、ならいい。んで、私らのお馬鹿なお姉さまの為に私の言う事を聞いてくれ」
「わたしに出来る事なら」
そう答えるとアリスちゃんはニッコリと笑ってくれる。その笑顔は、おねえちゃんがいる時と変わりの無いものだった。
「さっき店から出てきた奴ら。あいつらはお姉さまを酷い目にあわせようとしている奴らだ。ここで何とかしないと、あの馬鹿女は簡単に引っかかるだろうよ」
「それで、どうすればいいの?」
あの人達がおねえちゃんを酷い目にあわせようとしているなら許せない。でも、わたしはあまり頭が良くなくて難しい事は考えられない。だから、アリスちゃんに言われたままにするつもりだった。
「おし、話が早くて助かる。やる事は簡単、あのクソ共をここで皆殺しにする」
それなら簡単だ。わたしは元々そのために作られたのだから、いつも通りにすれば良いだけだ。
「少しでも騒がれると困るから、まず私が正面から話しかけて注意を引く。お前は私が手を上げたら後ろから近付いて殺せ」
「わかった」
アリスちゃんはわたしにやり方を伝えると、男の人達の先回りをすると言って走っていった。そして、わたしは男の人達を見つけて、ゆっくり後ろから近付く。
「あっ、久しぶりですね」
「おわっと!」
「おお、久しぶりだな」
「おい、やるか……」
「いや、あの女がいないと……」
アリスちゃんが話しかけると、男の人達が立ち止まる。ああ、これなら簡単に殺せそうだ。
「あっ、お姉さま。こっちに漆黒の風さん達がいますよ」
「いるのか?」
「なら」
アリスちゃんが誰もいない通路にそう声をかけると、男の人達の視線がそっちに向く。そして、アリスちゃんは男の人達の視線が集まったのを確認してから、手をあげた。
「かへっ」
「おっ――」
「なん――!」
「おまっ!」
それから男の人達を殺すまでは数秒しかかからなかった。
わたしは作業が終わると、アリスちゃんの方へと駆けて行く。
「終わったよ」
「上出来だ。流石だな」
そう言いながらアリスちゃんはわたしの頭を撫でてくれる。ああ、おねえちゃんに撫でられるのが一番気持ちがいいけど、アリスちゃんに撫でられるのも好きだ。胸があったかくなって、幸せを感じる事が出来る。
「さて、あまり遅くなるとあの女に気付かれるからな。適当に何か買ってから戻るぞ」
「おねえちゃんには言っちゃ駄目なの?」
「駄目だ。これは、二人だけの秘密だからな」
何でも二人っきりの秘密というのは、二人の仲の良さを証明する為に、他の人には言ってはいけない秘密を共有するという事らしい。
わたし、アリスちゃんにそんな風に思ってもらえてたんだ。良かった。
「ねえ、アリスちゃん。わたしの事好き?」
「何言ってんだ。好きに決まってんだろ。私は嫌いな奴を信頼出来るほど人間ができてねえぞ」
そう言ってもらえると、特別な相手に思ってもらえてるんだと思えて、心が弾んだ。
わたしは、おねえちゃんに会うまで、変な場所で人の殺し方ばっかりを習って育った。
あの場所での毎日はいつも辛くて、昨日生きていた誰かが、次の日には動かなくなって捨てられているのを沢山見た。
わたしも何度も死にたいと思ったし、何度も死に掛けた。
そんな場所で育った私は、あの場所から逃げ出した後も、自分より幸せな人を引きずり降ろして、少しでも幸せを感じたいと思っていた。
でも、おねえちゃんと会えてから世界が変わった。
前は人とすれ違う度に、その人を殺したいと思った。
だって、わたしより不幸そうな人なんて、殆ど見つける事が出来なかったから。
でも、今は違う。
最近わたしは、沢山の人を見ても、殺したいとは思わなくなっていた。
それは、どんなに幸せそうな人を見かけても、自分よりも幸せだとは思えなくなっていたからだ。
わたしは、今、幸せだ。
おねえちゃんがいてくれて、アリスちゃんがいてくれる。それだけで、生きていて良かったと思える。
だから、わたしは、この幸せな一瞬をずっと味わっていたい。心からそう思った。




