第二十八話 神の残滓
迷宮ゼクスの攻略は、予想以上にスムーズに進む。
途中、強力な魔物に出会う事はあっても、接近戦でプレアに勝てるような魔物は存在せず、足止めされるのは、私の魔力の回復を待つ時くらいだった。
そうして、魔物と戦いながらどんどん下の階層に進んで行くと、気が付くと第二十七階層まで降りてきていた。
「これって何?」
「ああ、これはこの迷宮の固有アイテムです。これはここから上の階層に持っていくと、どれだけ手を尽くしても消えてしまい、この場所に戻ってしまうので、この迷宮の攻略に必要なキーアイテムではないかと言われています」
そこにあったのは一本の剣だ。
大きさはプレアの身長くらいあり、台座に突き刺さっている。そして、台座のにはこう文字が刻まれていた。
【ヴォーパルソード】
ヴォーパルソード。どこかで聞いた事があるような気がするけど思い出せない。取り敢えず、持って行って損は無いだろうから、そのまま異空間収納にしまい込み、迷宮を進む。
「この階層に出る魔物はポーンピース。動く石造の魔物です。特徴は八匹が必ず一緒に行動しているくらいで、私達の敵ではありません」
「そうだね」
「うん」
すっかり説明役が板についてきたアリスが説明する通り、この階層の魔物はただのやられ役だった。
まあ、一匹倒すごとに手に持っている鋼鉄の剣が手に入るので、アイテム集めが好きな人には良い相手なのかもしれない。
ただ、私達の中にこの剣を使う予定のある人間がいないので、このままだとただの倉庫の肥やしになってしまう。何か利用方法を考えてみようかな。
そうして、鋼鉄の剣の利用方法を考えていると、いつの間にか次の階層の階段の前にたどり着く。
「次の第二十八階層の魔物も、第二十七階層の魔物と同じ動く石造ですが、こちらはナイトピースとビショップピースと呼ばれる固体で、近距離戦に優れたナイトピースと、魔法による遠距離攻撃に優れたビショップピースが連携を取って攻撃してきます。一応注意してください」
「うん」
「はーい」
アリスはそう忠告するけど、ナイトピースはプレアによって簡単にねじ伏せられ、ビショップピースは私の魔法で次々と砕けていくので、相手にならない。
何だろう、下手をすると今までの階層よりも魔物が弱く感じる。
そうして私達はこの階層の魔物も余裕で蹴散らして行き、次の階層へと降りていった。
「第二十九階層の魔物はルークピース。動く城壁と呼ばれる相手ですが。もうどうでも良いです」
「それ!」
「はははっ!」
アリスの説明も聞き流し、私とプレアは砦をイメージした形の動く巨大石造を次々と破壊していく。
私とプレアは攻撃力異常に高いので、ただ硬くて遅い相手なんていうのは雑魚でしかない。私達はここでも止まる事無く突き進み、そのまま第三十階層へとやって来た。
そこは、四角く切り抜かれたみたいな広大な空間で、第三十階層に降りて来た途端、次の階層の入り口が見えていた。
しかし、そこまでの道程には大量の動く石造が待ち構えており、ワンフロアしかないので、全てを一度に相手する事を強要された。
「この階層の固有魔物は階段の前にいるキングピースとクイーンピースだけです。ただ、キングピースには他のピース系魔物を無限に召喚する能力がある為、こんな事になっています」
「無限召喚! それじゃあ、魔結晶を稼ぎ放題だね!」
「いっぱい倒すよ」
「いや、普通はキングピースを狙うんじゃ……」
アリスの声を無視して私とプレアは動く石造達に襲い掛かる。
アリスから聞いた話だと、ピース系の魔物の魔結晶の買取額はそれほど高くないようだけど、これだけの数がいて、無限に溢れ出してくるなら結構良い稼ぎになると思う。
ゲームでだって、敵が無限に出てくる場所は良い経験地稼ぎスポットだし、私はこの機会に、嫌になるまで魔結晶を貯めると決めた。
「……私は付き合っていられないので、階層の狭間で休んでいますね」
「うん、いいよ!」
「あははははは!」
私から魔結晶を受け取らないと戦えないアリスにとって、いつ終わるか分からない戦いというのは相性が悪い。その為、アリスの行動は仕方が無い事だ。
私とプレアは安全地帯に逃げたアリスを気にする事無く、只管石造壊しを楽しんでいく。
「魔力具現化・巨剣!」
「楽しいねおねえちゃん」
「そうだね、プレア」
プレアが只管魔物を倒し、私が魔力を節約しつつ、魔物を倒して異空間収納に収めていくと、減った量を補う為に、次々と新しい魔物が生み出されていく。
その増殖速度は尋常ではない。下手をすると、迷宮アハトの守護者、ドラウグルドラゴンとの戦いの時に無限に現れていたゾンビの四倍くらいの速度で増えている。
ただ、腐敗ガスが無く、ドラウグルドラゴン程の敵がいないこの状態で、雑魚だけを倒すのは簡単な作業でしかなく、私とプレアは一切苦戦する事無く魔物を駆り続けた。
途中、石造達の中にクイーンピースが紛れ込んでいて、広範囲の魔法を放ってきたりもしたけど、プレアは苦も無く全て避け、私は無視して攻撃を受けてから治す事を繰り返していった。
そうして、どれくらい戦っただろうか。もしかするとこの階層に下りてくるまでにかかったのと同じぐらいの時間戦っていたのかもしれない。それくらい戦っていると、流石に私の魔力が無くなってくる。
これ以上は無理かなと判断した私は、雑魚を蹴散らしつつ、キングピースの元へ向かい、剣を叩きつける。すると、キングピースは抵抗する事も無くあっさりと倒されてしまった。
うーん、キングだからもう少し強いと思って、余裕があるうちに倒したんだけど、兵を集めて命令を出す事しか出来ない王様だったようだ。これならもう少しねばっても良かったのかもしれない。
まあ、キングを倒しても他の魔物が消えていないので、あまりギリギリまで戦っても危ないし、必要ならまた来れば良い話なので今回はこれくらいで勘弁してあげる事にした。
「終わりましたか?」
「うん」
「いっぱい倒したよ」
私とプレアが残党を全て片付け終わると、アリスが欠伸をしながら降りて来た。どうやら相当暇な思いをさせてしまったようだ。次があったら注意しよう。
そうは思いつつも、私は予想以上の稼ぎに感動を覚えていた。
倒した魔物の総数はアイテムリストを見れば確認できるけど、ポーンピースに関しては千を軽く超える数を倒しているし、ナイトとビショップとルークに関しても、五百近く倒していた。
クイーンに関しては三十二匹だけだったけど、これはクイーンが最大一匹しか同時召喚されていなかったためだ。たぶん、何か制限があったんだろう。
あと、ついでに魔物達の持っていた装備も大量に手に入った。まあ、半分以上は壊れてゴミになっていたけど、それでもとんでもない量だ。本当に何かに使えないだろうか。
そんなこんなで、今まで稼いだ合計金額よりも桁違いに稼げた今回の迷宮攻略は間違いなく成功だと思う。それで、私はそろそろ一度帰ろうかなと思ったのだけど、アリスがこの迷宮は次の階層で攻略が止まっていると教えてくれたので、第三十一階層を見るだけ見てみる事にした。
「ここは……」
「何も無いですね」
「うん」
そこは何も無い空間だった。
広さ自体は迷宮アハトの第十七階層の扉の前に似ているけど、こちらに関しては扉すらも無い。ただ、壁にヒントらしき文字があるのを発見する。
「これがヒントだね」
「はい、この文字は私には読めませんので、お姉さまの出番です」
「どれどれ」
私はアリスに促されるまま、その文字を読み上げる事にした。
「えっと……我に挑みたければ、我の名を告げよ。我の名はジャバウォックなり……あっ」
「お姉さま!」
私がジャバウォックと言った瞬間、小さい空間が光で満たされていく。この光景は見た事がある。エリュシオンの転移装置と同じ物だ。
「うわっと、どこここ?」
「おねえちゃん、あれ」
「何で声に出して読んだんですか! 一度心の中で読みましょうよ! 本当にアホですねあなたは!」
光が消えたと同時に、私達は出口の無い広い空間に出た。そして、その広い空間の中央には一匹の竜が鎮座していた。
『迷宮に挑みし者達よ。汝らに試練を与える。かの者は無敵の王。その身はあらゆる攻撃を受け付けず、害なすものを破壊する。我が迷宮を守護せし、かの者の名は――』
そして、私の耳に、いつか聞いた迷宮の宣告が聞こえてくる。もう間違いない。目の前にいるのは迷宮ゼクスの守護者。そして、この空間から出るには、あいつを倒さなければならないのだろう。
『――混沌竜ジャバウォック』
その言葉と同時に、混沌竜ジャバウォックがまぶたを持ち上げ、その翼を広げて立ち上がる。
その姿は全体的に爬虫類のようで、長い首とコウモリの翼を持ち、とても醜い顔をしている。そして、燃えるように赤い瞳をらんらんと輝かせ、こちらを睨みつけてきた。
「あがががああががががあああああああああ!」
「何!」
こちらを睨んできたジャバウォックが突然奇声を上げる。でも、何故だろう。その声は人間のようにも聞こえた。
「憎い憎い憎い! 忌々しいあの神が作った全てが憎い! 何が運命の女神だ! 許さない許さない許さない! 奴の依り代など破壊してやるぁぁぁあああああああ!」
「運命の女神? 何を言っているの?」
「お姉さま! あれは何かを言っているんですか!?」
「わたしは、わからないよ」
どうやら、ジャバウォックの言葉は私にしか聞き取れていないようだ。しかし、聞き取れている私にも、あれが何を言っているのか理解できない。運命の神が憎い? もしかして、私をこの世界に連れて来たあの神を知っているのだろうか。
それよりも、迷宮の守護者とはいえ、魔物に言葉を話す知能があった事に驚く。私のイメージする魔物はただの言葉の通じない獣だったので、言葉が通じるとは思っていなかった。
「愚かなる人の子よ、汝はその体を神へと昇華させ、あの憎き神に捧げる為だけに存在する生贄だ! 汝が人としての生を全うしたいと望むなら今すぐこの場で自害せよ! さもなければ、汝は数多の世界を滅ぼしたあの邪神によって、本当の絶望を知る事となるぞ!」
「えっ……それは、どういう事なの!?」
ジャバウォックの言っている事は私の理解を超えている。私が生贄。あの神が邪神。そんな事を言われても理解出来ない。
でも、よく思い出してみれば心当たりも存在する。そうだ、私は――
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
私は、何だっただろうか……?
「ギシャアアアアアアアアア!」
「お姉さま! あいつは何かを話しているんですか!?」
「えっと……」
さっきまではジャバウォックが何かを話していたように感じたけど、今はただ意味の無い咆哮をあげているようにしか聞こえない。私は何を勘違いしていたのだろうか。
「ごめん、気のせいだったみたい」
「しっかりして下さい!」
「始まるよ。おねえちゃんたち」
こうして、よく分からない違和感を覚えながら、私は二度目の守護者との戦いを開始した。
『ふむ、どうやら滅ぼしたどこかの世界の神の残滓が紛れ込んだようだね。ふふっ、愚かな神だ。態々そんな体に身を落とすなんて。そんなモノに受肉した事を後悔して死ぬがいいさ』
その時の私は、自分が何を倒そうとしているのかも、理解してはいなかった。




