第二十六話 それは突然の恋
私は今まで、自分は惚れっぽい人間だと思っていた。
色々な創作物を見る度に、この子が好きだと思ってしまうし、アリスを見た時は本当に愛らしい少女だと思ってすぐに好きになった。でも、今溢れ出している感情は、それらとは違う物だ。
プレアと名乗った少女は、決して極上の女という訳ではない。全体的に高水準なのは確かだけど、見た目だけならアリスの方が上だろう。
それなら内面が良いのかと聞かれれば、私はノーと答えるだろう。だって彼女は、いきなり私を殺そうとしてきたのだ。下手をすると魔物よりも厄介で危険な思考の持ち主だし、現状で好きになる要素が無い。
しかし、それでも私はプレアが愛おしい。
なんと説明すればよいのだろうか。目の前の少女は、他人の気がしない。自分に似た何かを感じて放っておけない。そして、救ってあげたい、愛してあげたいと思ってしまう。
私の中からそんな感情が溢れ出して止まらない。
何故だろう、何故こんなにもこの少女の事が気になってしまうのだろう。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
何かが聞こえた。そう思った瞬間、私の中にあった想いが消え失せた。
目の前にいるのは忌々しい殺人鬼。
早く殺せと、私の中の何かが叫んでいる。
でも……、それでも私はあの子が好きだ。絶対に殺したくない。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
誰かの声が聞こえた瞬間。私の中にあった少女を愛する想いが跡形もなく消える。そうすると生まれてくる感情は殺意だ。目の前の少女を殺したい。そんな感情が生まれてくる。
そのはずなのに、次の瞬間私の中は、プレアが愛おしいという想いで満たされ、さっきまで感じていた殺意などどこかに消えてしまっている。
好き、大好き、愛してる。
そんな想いが溢れてくる。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
白雪 沙耶の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行します』
また何かの声が聞こえた気がした。
いつもならその瞬間、私の中で何かが変わっていくのを感じるはずなのだけど、今は何も感じない。
プレアを愛しいと思う気持ち。この想いは例え神様にだって消せやしない。心からそう思えた。
『ご都合主義の舞台装置が発動しました。
その女は君の体を鍛える為にボクが用意した当て馬なんだよ! いいから今すぐに殺せ!』
私の中にはもう、どうやってプレアを仲間にするかという考えしか残っていない。
まともに戦っても勝てるか分からない相手を殺さずに仲間にするなんて、無謀だという事は分かっている。でも、私にはあの子を殺す事は出来ない。だから、命懸けで殺さずに戦うと誓う。
『チッ……、新しい依り代にこびり付いた魂の分際でボクに抗うとはね。調節を誤ったか……。仕方が無い、対象の役割を変更する。プレア・ルナティックの運命の改竄を実行。さあ、新しく与えられた役割を演じるがいい、ボクの手のひらの上で』
私は、全身を包んでいたよく分からない強制力から解放され、心と体が軽くなったのを感じた。そして、それと共に、自分の魔力がまた上昇しているのを感じる。
これならいける。
私は、時間を見つけては練習していた新魔法を使う事を決意する。
「さあ、プレア。私と遊びましょうか」
「? よく分からないけど、おねえさんを殺すね。そうすればわたしは幸せになれるから」
私の発言が理解できないといった顔のプレアが大地を蹴った。その移動速度は私の限界を超えていて、まともに戦えば勝ち目は無い。だから、まともには戦わない事にする。
「オープン! 全方位魔力展開!」
その瞬間、私の中にある魔力が、周囲に流れ出した。
その流れ出す速度は尋常ではなく、私の中にある魔力が途轍もない勢いで消費されていく。でも、今の魔力量ならすぐには無くならない。
「魔力具現化・剣!」
そして、私は『魔力具現化・剣』を発動する。
すると、本来なら手の中に形成されるはずの剣が、空中に六本形成され、その場に固定される。
これこそが『全方位魔力展開』の効力。
本来、私の魔法は自分の体を基点としてしか発動できない。でも、『魔力具現化』により出来上がった物を基点として魔法を発動する事は出来た。
その応用で、『魔力解放』としてばら撒いた魔力を基点として、魔法が発動できないかと考えて創造したのがこの魔法だ。
この魔法は特に効果の無い魔力を常時垂れ流しにする事で、その垂れ流した魔力を基点に魔法を発動させる事が出来る。そして、それに加えて、『魔力具現化』で作り出した物を、その場に固定して撃ち出したり操ったりする事も出来る。
しかも、効果範囲内は私の体内の様なものなので、通常よりも簡単に魔法を使用する事が出来て、魔法の同時発動も可能になっている。
ただ、欠点もある。意味もなく魔力を垂れ流しているので、普通に戦うのに比べて何十倍も魔力を消費するのだ。その為、この魔法は短期決戦にしか使えない。
「――っ!」
それを見たプレアが少し驚くも、無視して突っ込んでくる。きっと何があろうと打ち砕く自信があるのだろう。
「発射!」
それに対して、私は空中の剣の四本をプレアに発射する。直撃すればプレアを殺してしまうかもしれないけど、プレアがこの程度で死ぬ相手ではない事は分かっていた。
その考え通り、プレアは迫る剣を刀を振るう事で全て叩き落し、何事も無かったかのように突っ込んでくる。
それに対して私は残った二本の剣を手に取り迎撃する。
これで、二刀流対二刀流の戦いが始まるけど、私の剣はプレアの刀と一度打ち合っただけで砕け散ってしまい、戦いは一瞬で終わる。
「あはっ!」
プレアは狂気染みた表情で私の喉元に刀を突き刺してくる。
私はそれを回避するも、刀は首をかすめ、面白いくらいに血が流れ出す。
「具現解放!」
追撃を放とうとするプレアに、私は適当に作った魔力の塊を撃ち出す魔法を発動する。この魔法は石ころを勢いよく撃ち出す程度の効果しかないけど、『魔力解放』に比べて魔力の消費が少ないので、『全方位魔力展開』との相性が良い。
撃ち出された魔力の塊は十二発。しかし、その全てが弾かれ避けられる。
プレアは私の攻撃を避け、一旦距離を取る。その間に私は自分の傷を治し、更に空中に八本の剣を形成する。
剣の形成は無詠唱で行っている為、性能は下がるけど、元々一撃で破壊されるのだから関係は無い。
「発射」
私が七本の剣を撃ち出しつつ、最後の一本を手に取って突っ込むと、プレアが笑いながら全ての剣を砕き近づいてくる。本当になんと言うか、化け物みたいな強さだ。神に選ばれているはずの自分が普通に思えてしまう。
「はははっ!」
そのまま、プレアに剣を振り下ろし、またも剣を砕かれた私は次々と新しい剣を作り出してプレアと打ち合う。
砕かれた剣は全て魔力に戻って、私に吸収されているけど、『全方位魔力展開』により消費される魔力の量が多すぎて、既に私の魔力は半分近くまで減っている。
今はまだ攻撃を凌げているけど、このままの状態が続けば、どう頑張っても私の魔力が切れて殺されてしまう。
それなのに。
「ああ、楽しいねプレア」
「なん……でっ!」
私は楽しくて楽しくて仕方が無い。
だって自分の大好きな女の子が、自分だけを見つめて、自分だけの事を考えて向かってきてくれるのだ。これが幸せでないはずが無い。
ああ、今ならプレアの質問にも答えられる。簡単に幸せになる方法はここにあると。
「あああああっ!」
「魔力具現化・盾!」
一旦距離を取った私に向かって、プレアが刀を投擲してくる。その切っ先は、狙い違わず私に向かってくる。
私はそれに対して、空中に盾を多重展開し、防ごうとする。でも、盾は次々と貫通され、鍔が無い刀はそのまま私の脇腹を貫通し、地面に突き刺さる。まあ、少しだけでも攻撃を逸らせたのでよしとしよう。
私がそう思っていると、プレアがまっすぐこちらに向かってくる。そして、その刃を私の首目掛けて振るってきた。
私は、その一撃を避けようとするけど、思ったより体に力が入らない。最近自分の体について疎かになっていたけど、よく考えれば脇腹を刀が貫通するなんていうのは重傷だ。私の体は予想よりもダメージを受けていて、動きが鈍くなっていたのだ。
ああ、この一撃は避けられない。そう考えながらも私は笑顔になっていた。だって、目の前には大好きな女の子がいるのだ。今までの戦いに比べればなんて幸せで充実した戦いなんだろう。そう思えた。
「何で……」
その時、プレアの刀が止まった。その刃は、私の首に押し当てられているけど、薄皮一枚を切り裂く程度の傷に止められている。
そして、刃を止めたプレアは理解が出来ないといった顔でこちらを見ていた。
「何でおねえさんは幸せそうなの……?」
私は笑っていた。殺されようとしているのに、幸せに満ちた表情で笑っていた。プレアにはそれが何故だか理解できなかったみたいだ。
「今までわたしが殺した人は、みんな不幸になってた。私を育ててくれた人も、殺されるのは何よりも不幸な事だって教えてくれて、みんな不幸そうに死んだ。それなのに……おねえさんはわたしより幸せそう。何で……」
「それはね、あなたと一緒にいるだけで私が幸せになれるからだよ。例えその結果殺される事になってもね」
その一言を聞いて、プレアがビクッと体を震わせる。
プレアにとって殺す事は自分が相手より幸せになる為の作業だ。それなのに相手が自分より幸せな状態で死んでしまったら、もうその人よりも幸せになる事が出来ない。だから躊躇したのだ。
「プレアは聞いたよね、幸せになる簡単な方法を知ってるかって。なら、教えてあげる。大好きな人と一緒にいる。これだけで人間は簡単に幸せになれるんだよ」
「大好きな……人……?」
その言葉を聞いて、プレアの力が抜けていくのが分かる。まだ、完全には油断していないけど、先程まであった殺意は、大半が消えていた。
「そう、私はあなたが大好き。だからあなたと一緒にいられるだけで幸せ。あなたになら殺されてもかまわない」
「あ……あぅ……」
私が真っ直ぐにプレアの瞳を見つめると、プレアも私の瞳を目を逸らさずに見つめてくる。ああ、可愛い女の子と見詰め合うというのは幸せな事だ。
「ねえ、プレアは私の事好き?」
「分からない……」
普通はそうだろう。いきなりこんな事を聞かれても意味が分からない。そして、分からないという言葉は色々な解釈をする事が出来る。
「分からないって事は嫌いじゃないって事だよね。それは、好きになれるっていう事だよ」
「そう……かな……」
本当はそう思っていなくても、誰かに言い聞かされると本当にそうなのかもと思ってしまう。人間というのはそういうものだ。
「そうだよ。だから私の事、好きになってみない? お互いがお互いの事を大好きって言うのは、それだけで幸せな事なんだよ。こんなに簡単に幸せになれる事はないよ?」
「簡単に幸せに……」
たぶんこの子は元々、誰かに言い聞かされてこんな思想になってしまっているのだろう。なら、その思想を上書きしてあげれば良い。一度でもそういった経験のある人間は、普通の人間よりも簡単にその状態に陥ってしまう。だからそれほど難しくは無い。
「ほら、試しにおねえちゃんの事大好きって言ってみて。試すだけでいいから」
私の言葉に対して、プレアは少し考えた後、刀を下げて、口を開く。
「おねえちゃん……大好き……」
「私も大好きだよ」
「あっ……」
突然私が動いた事で、プレアの体に緊張が走るけど、私はそれを無視して、プレアの体を優しく抱きしめる。最初は体を硬くしていたプレアだけど、私がプレアの頭の胸元に抱き寄せながら撫でていると、力が抜けていくのが分かる。
「どう? 幸せに感じない?」
「よく分からない……」
そう言いながらも、プレアの体からは敵意が消えていくのが伝わってくる。少なくとも嫌とは思っていないようだ。
「でも……、なんだか温かい……」
「それが幸せって事なんだよ」
「そう……なんだ……」
その一言がトドメになったのか、プレアは私の体に自分の体を押し付けて甘えてくる。
「おねえちゃん大好き……」
「うん、大好きなあなたといられておねえちゃんは幸せだよ」
「わたしも……幸せ……」
「それじゃあ、これから私とずっと一緒にいてくれる?」
「うん……」
こうして、この異世界に来て今までこなしてきた戦いに比べると、だいぶあっさりプレアとの戦いは終わった。まあ、正直言って死んでいても可笑しくない場面は多々あったけど、それはいつもの事なので、今更気にするほどの事ではない。
それから私は、受けた傷を治してから、プレアと一緒に山賊の根城に入る。
そこには、山賊達だった物が転がっていたけど、それは無視して、私たちは奥にある牢屋のような場所へ向かう。
すると、牢屋にはきっかり九人の若い女性が入れられていた。
まあ、女性達の状態に関しては残念ながら良いとは言えないけど、少なくとも生きてはいるようだ。因みに、プレアが彼女達を殺さなかったのは、元々不幸に見えたからという事なので、彼女達にとっては不幸中の幸いといったところだろう。
そうして山賊の根城の様子を確認した私は、魔道具を起動して連絡を取り、その後到着した騎士に状況を伝えた。
もしかするとプレアの事を詳しく聞かれるかと思ったけど、特に何か聞かれる事も無く、騎士達は作業を請け負ってくれて、任務は成功。私とプレアはノイシュタットへ帰還した。因みに、プレアの刀は鞘が無いので、私が預かる事にした。
ノイシュタットに着いた後は、プレアを冒険者として登録して、身分証を作ったり、プレアの生活用品を買ったりとしたけど、特に語るような事も無く、私はエリュシオンに帰宅する。
しかし、私はうっかりとしていた。エリュシオンにはアリスがいるのだ。
「お姉さま……、その子は何者ですか……?」
「あ、えーと……この子はプレア。新しい仲間だよ」
「プレア……ルナティックです……」
プレアは思っていたよりも普通に挨拶してくれるけど、この場合はどうなるのだろうか。もしかしてここで戦いが始まってしまったり、アリスに浮気者と嫌われたりしてしまうのだろうか。
私がそんな事を考えていると、アリスが色々と考えるような顔をしてから。プレアにゆっくりと近付く。
アリスが近付いてくるのを見て、プレアはビクリとするけど、特に攻撃しようとはしなかった。
そんなプレアに、アリスは両手を広げて更に近付き、その体を優しく抱きしめ、そして耳元で話し出す。
「私はアリス・エレノア。よろしくねプレアちゃん。大丈夫怖がらないで。私とお姉さまが今まで辛かった分まであなたを愛してあげるから。だから、あなたも私の事、好きになってね」
「あ……あぁ……、うん……わたし……アリスちゃんの事、大好き……」
「ありがとう。私も大好きだよ」
そう優しく語りながら、アリスはこちらに顔を向けている。そして、その表情は、「テメェこういう事は事前に言っておけやコラ!」と語っていた。しかし、その表情は抱きしめられているプレアには見えていない。
いや、なんと言うか、アリスの世渡りのうまさには度肝を抜かれてしまう。たぶんアリスはプレアを一目見て、何かしらの事情を抱えた子を引き取ったと判断したんだろうけど、よくもまぁ、考えられる限り最善の行動が取れるものだ。私も見習わないといけない。
そうして、色々とありつつも、プレアは私達の仲間となり、私は二人の可愛い女の子に囲まれて、充実した生活を送れる事となったのだった。
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