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第二十三話 幸せな今とあの日の記憶

※ご報告

最初の方で沙耶の言葉遣いが安定していなかったので修正しました。

○○わよ、○○かしら 下書きのまま修正忘れ

   ↓

○○だね、○○かな こちらが正しい言葉遣いです

内容は変わっていません。

投稿する時にちゃんと確認出来ておらず申し訳ありませんでした。

まだ変なところがありましたら、時間がある時に確認して修正します。

もし、内容が変わるような修正があった場合には、報告させて頂きますが、基本的には内容に影響しない様に修正します。

「どうぞお納めください」


 私はエリュシオンの自室にあるベッドの上で、正座しつつ、アリスに有り金を全て献上していた。

 因みにこの部屋は、私とアリスの二人部屋だ。正直言って部屋は有り余ってるけど、アリスと離れたくないので、ダブルベッドを買って同じ部屋で暮らす事にしたのだ。

 その事について、アリスは含みのある笑みを向けてくるくらいで拒絶はしてこなかった。ああ、全てを見透かされているみたいで恥ずかしいのに、何故か気持ちが良い。


「まったくお姉さまは話を聞いていませんね。私は全部渡せなんて言っていませんよ」


 アリスはそう言いながら、ベッドに置かれた硬貨のうち、十二枚ある金貨の中から、十枚の金貨だけを取っていく。

 ああ、アリスはなんて謙虚なんだろうか。


「それで……あの……」


 幸せそうに金貨を眺めるアリスの太ももに触れつつ、私がもじもじとしていると、アリスが満面の笑みで私を見つめてくる。


「何ですか? 欲しいんですかお姉さま?」

「欲しい! ご褒美が欲しいです!」


 面白い玩具を眺めるみたいにこちらを見てくるアリスに向かって、私はおねだりをする子供のようにすがりついた。


「じゃあ、わんと鳴いてください」

「わん! わんわんわんっ!」

「はははっ! 可愛いですねお姉さま」


 言う通りにした私の頭を、アリスが優しく撫でてくれる。ああ、私はなんて幸せなんだろう。


「わん……」

「ふふ……、それじゃあ可愛いわんちゃん。ぺろぺろと舐めて貰えますか?」

「あん……はむっ……」


 そう言って差し出されたアリスの指を、私は口に含む。ああ、剣を振り回している筈なのに、アリスの指は何故かすべすべで、舌を滑らせるだけで気持ちがいい。


「はい、良い子良い子」

「んむ……、あぅ……」


 ああ、幸せ幸せ。それ以外考えられない。

 頭を撫でてくれるアリスの手の感触が、何よりも心地よい。

 よくよく考えてみれば、私の事を撫でてくれたのはアリスが初めてかもしれない。私の両親は、私にそんな事をしてくれなかったからだ。

 ああ、幸せな今なら、元の世界での出来事もどうでもいい過去として消化出来る気がする。そう、あの世界での、ただ振り回されるだけだった日々を……。


   ◆◆◆


■白雪 沙耶が思い出す、過去の世界


 私の両親は、私が物心つく前に離婚していた。それについては特に語る事もない。問題なのは私を引き取る事になった父の行動だ。


「お前は男だ。いいか、お前は男なんだ」

「ぼくは……おとこ……」


 まだ満足に話す事も出来ない幼少期から、父は私に、お前は男だと言い聞かせてきた。どうやら父は息子が欲しかったらしく、母と離婚したのもその辺りが原因だったらしい。


「お前女の癖に何でそんな喋り方なんだよ」

「何言ってんだ、僕は男だよ」

「まあいいや」


 父の教育の甲斐あって、私はすっかり自分を男だと思い込んでいた。そして、この辺りから、女の子に対して、興奮を覚えるようになっていた。


「白雪ちゃんって髪伸ばさないの? 絶対可愛いのに」

「いや、だって僕は……」

「いいからこれかぶってみなよ」


 密かに恋心を抱いていた少女にそう進められ、私は長髪のウィッグを付けた。そして、鏡を見つめた私に衝撃が走る。鏡の中には、とても愛らしい少女がいたからだ。


「やっぱり似合うよ」

「あ……あの……これ、貰っても良い……?」

「うん、いいよ」


 鏡の中の少女に恋をした私は、そのウィッグを暇さえあれば付けて、鏡を覗き込んでいた。

 そして、そんな事を繰り返していたある日、その姿を父に見られる。


「何をしているんだお前は!」


 私の姿を見た父は、私を殴った。思い返してみれば、元の世界で人に殴られたのはあの時だけだったかもしれない。


「お前は男だ! 男なんだ! お前は男らしくしていればいいんだ! 女の格好をするなんて気持ちが悪い! 二度と出来ないようにしてやる!」

「やめて! お父さん!」


 怒った父は、私のお腹を何度も何度も踏みつけ、蹴り飛ばし、私を痛めつけた。あの時、隣の家のおばあさんが警察を呼んでくれなければ、私の人生はそこで終わっていたかもしれない。それくらい父の怒りは酷い物だった。

 結局父は警察に逮捕され、保護された私は、病院のベッドで哀れみの目で見られながら後遺症がどうたらという話を聞かされた。

 そして、その後私は誰に引き取られるかという話をされ、色々とあった結果、最終的には母に引き取られる事になった。

 父と母は私が物心つく前に離婚していたので、私に母の記憶は無かった。でも、母親というものに憧れを持っていた私は、母と会う日を密かに楽しみにしていた。

 そして、母に初めて会った時、母が私に向かって言った言葉は、今でも鮮明に覚えている。



「ちっ……いっそそのまま死んでてくれれば楽だったのに。なんであんたみたいな出来損ないを引き取らないといけないのよ……。ああ、みんなして私にゴミを押し付けてきて……嫌になるわ」



 その言葉で、私は自分が母に愛されていなかったのだと思い知らされた。

 それからの母との生活は歪なものだった。

 母は私に、女の子として自覚を持って、自然に女の子らしい態度を取れるようにしろとだけ言い聞かせ、私をお嬢様学校に放り込んで、殆ど会話もしてくれなかった。

 そして、突然お嬢様学校に通う事になった私は、その環境の変化についていけなかった。だって私は、幼少期から男として育てられ、殆ど男の子達と遊ぶ事しかしてこなかったのだ。そんな私が女の子しかいない環境に慣れるはずも無く、毎日は辛く苦しく息苦しいものになった。

 それでも……、少しでも母に愛して貰いたかった私は、必死に女らしく振舞おうと頑張った。

 その甲斐あって、私は表面上女らしさを手に入れて、どこか歪ではあるけど女として生活を送る事が出来るようになっていた。

 ただ、表面上取り繕っても内面は変わらないらしく、女の子を見て興奮を覚えたり、男の子が好きそうな物に興味を持ってしまう事はそのままだった。

 でも、私はその感情を必死に抑えて、頑張って女として振舞った。

 そんな風に過ごす毎日は楽しい事なんて無くて、ただただつまらなくて、満たされない日々だったけど、これで母に愛して貰えると自分に言い聞かせる事で頑張れた。頑張って頑張って頑張った。

 そして、そんな私に母は言った。

 

「私、再婚するの。んで、あんた邪魔だから一人暮らししてよ。お金は出してあげるからさ」

「まって、お母さん! 私! 私頑張ったんだよ! だから――」

「気持ち悪いのよ。あんた、たまに私の事変な目で見てるでしょ。一緒にいるだけで吐き気がするわ」

「あ……あぁ……」


 私はただ、母に愛してると言って欲しかった。嘘でもいい。一度だけでもいい。頑張った私を褒めて欲しかった。でも、その願いは結局最後まで叶わなかった。

 それからしばらくの間の記憶は無い。

 気が付くと私は、マンションで一人暮らしをしていた。

 そして、母は新しく結婚したお金持ちの相手と、豪邸で暮らしているらしい。でも、私がその家に行っても、母に会う事も出来ず、追い返されてしまうので、本当にそこで母が暮らしているのかさえ分からなかった。 

 そんな生活の中で唯一母の存在を感じられるのは、毎月きちんと生活費が振り込まれている事くらいだった。いや、もしかしたらこれすらも他人が代わりにやっているのかもしれない。


 そんな状態でしばらく生活していた私は、ある日突然壊れた。きっともう限界だったんだろう。

 私は母の目が無いのをいい事に、男の子が好む物を買い漁り、自分を理想の女の子に見立てて弄んだり、女の子にちょっかいを出すようになった。

 この時からだろうか、周囲の人間にあの子は頭がおかしくなったと言われるようになったのは。

 そうやって好き勝手に日々を過ごしていても、私の心は満たされず、心のどこかに穴が開いているかの様に、何かが零れ落ちていた。

 例え偽りのものだったとしても、誰かに愛してると言って貰いたい。誰かの温もりを感じたい。私を必要として欲しい。それが、私の追い求めていたものだった。

 お願い、愛して愛して私を愛して。

 偽りでも良い、お金が目当てでも良い、この瞬間だけでも構わない。

 だから。


「ねえアリス……、愛してるって言って……」

「はいはい、愛してます、愛してます」

「ありがとうアリス……。大好き……」

「ふふふ、この程度お安い御用です」


 最初はアリスが、こんな風に強く求めたら嫌になっていなくなってしまうんじゃないかと不安だったけど、アリスはお金さえ渡せばその分しっかりと、私を愛しているような振る舞いを演じてくれた。私はそんなアリスのお陰で生まれて初めて、心が満たされているのを感じる事が出来ていた。

 ああ、この幸せを感じ続ける為なら、私はいくらでも頑張れそうな気がする。

 だって、あの世界では頑張っても手に入れられなかったものが、こっちの世界では頑張った分だけ手に入ると分かったのだから。

 だから私は、神様によって連れてこられたこの異世界で、可愛い女の子達と仲良くする為、頑張り続けると心に誓う。


 そう……、例え、心と体と魂を犠牲にしたとしても。


このお話での親権の移り変わりについては、現実ではあまり無いと思いますが、父方の親族が全員沙耶の引き取りを拒否し、母親が嫌々ながら表面上は喜んで申し出て、沙耶がそれを望めばありえなくは無いかもしれないといったくらいの考えで書いてます。

皆さんはそんな面倒な事は考えず、なんか色々あってそうなった程度に思っていてください。

あと、沙耶はこの世界に来ていなかったら、絶対悪い男に騙されて身を滅ぼしていただろうなと思います。

いや、恋愛感情云々ではなく、利用される的な意味で。

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