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第二十二話 楽園へようこそ

 エリュシオン級楽園型魔道戦艦一番艦エリュシオン。それは、土の中に埋まった巨大な双頭戦艦――凹みたいな形の戦艦――だった。

 その全長は六百メートルという巨大さであるけど、双頭の艦首部分が約半分を占める為、移動できる範囲は思ったより少ない。

 そして、その移動できる範囲には、居住空間や各種生産施設。植物庭園――今は荒れ果てて荒野――や空っぽの格納庫なんかがあった。

 因みに、艦の各所には艦内転移装置が設置されていて、修理が完了すればワープ移動が出来るらしい。凄く便利だ。


「この鉄の塊が巨大な船だという事は分かりましたが、動くんですか?」

「この船は魔結晶を燃料にして動くみたいだから、ちゃんと補給してあげれば動くはず……、たぶん」


 私は今、ブリッジの後ろにある魔力供給装置の前に立ち、この艦――エリュシオンに魔力を送り込んでいる。

 このエリュシオンには至る所に魔力供給装置があり、急に魔力が少なくなってもすぐに補充できるようになっているらしい。うん、ブリッジにいたまま魔力を補充できるのは楽でいい。

 しかし、エリュシオンの要求する魔力の量は狂っている。今も私は次々と魔結晶を吸収させているのだけど、増えたと思った魔力は一瞬で空になっていく。


「なんで、魔力が増えないんですか?」

「なんか、自己修復機能って言うのが動いてて、補充した魔力を使って船の壊れている部分を修理しているらしいよ」

「どうして最初から壊れてるんですかこの船は」


 アリスの意見ももっともだ。報酬で貰ったはずのエリュシオンは何故か最初から大破状態で、場所によっては穴が開いていて中に泥が流れ込んでいた。

 そんな傷も魔力を供給するだけで自動修復されるのだから楽でいいけど、そろそろ魔結晶も少なくなってきたので勘弁して欲しい。

 私は、異空間収納(アイテムストレージ)の魔結晶が残り数個になってしまったのを確認して、異空間収納(アイテムストレージ)から魔結晶を出すのではなく、新しく作って補充する方法に切り替える。


「結構時間がかかるから、寝ててもいいよ」

「いえ、まだ大丈夫です」


 アリスはそう言うと、興味深そうに私の手元を見てきた。

 そこには、エリュシオンのブリッジにあった、取り外しの出来る液晶パネルがあり、私はそれでエリュシオンのマニュアルを確認していた。

 私の目には、そのマニュアルは日本語で書かれている様に見えているけど、アリスにはどう見えているのか分からない。ただ、少なくともアリスには読めない文字で、第十七階層にあった文字とも違う文字で書かれているという事だ。


「これはなんて読むんですか?」

「ああ、これは――」


 アリスは度々私に文字の読み方を聞いてくる。そんな質問に答えていると、『魔力具現化(リアライズ)結晶クリスタル』の成功率が下がるけど、それでも最初の頃よりは成功率は高い方だ。

 そうしているうちに、いつの間にか、アリスはエリュシオンの文字を理解し始めている。本当に恐ろしいほどのスペックだ。たぶんアリスは一度教わった事は忘れない上に、それを常人では考えられないレベルで応用しているのだろう。気が付くと、質問する事が殆ど無くなり、一緒に文字を目で追っていた。


「この船は凄いですね」

「うん、本当に凄い」


 文字が理解出来るとエリュシオンの凄さが伝わってきたようだ。

 エリュシオンは楽園型と言うだけあって、艦の内部にキッチンやお風呂、浄水装置を初め、生活する上で必要になる物が大体揃っている。その為、私の魔結晶生産能力と食料変換機能を合わせれば、このまま外に出ずに生活する事も可能だ。

 そして、このエリュシオンは戦艦だという事もあり、内蔵した兵器も充実している。土に埋まっている所為で確認は出来ないけど、説明を見る限り相当強力な物だと予想できる。

 ただし、その分魔力の消費も馬鹿げている。恐らくエリュシオンの主兵装であろう、主砲・二連装魔道砲塔という兵器に関しては、たった一発で私の魔結晶約二千個分の魔力を消費するし、艦首・連鎖式次元崩壊砲ディメンション・ブレイカー――当て字は私が考えた――に至っては、一ヶ月間休まず魔結晶を作り続ければ、ギリギリ一発撃てるかもしれないくらいの魔力を消費する。

 正直言ってこの艦を兵器としてまともに運用するには、私と同じ力を持った人間があと十人はいないと無理だと思う。もしかすると、これを造った人間達は、私と同じように何かしらの方法で魔結晶を生産できたのかもしれない。そうでもないと、こんな馬鹿げた物、使おうとは思えない。

 まあ、私の場合は兵装に関しては、元々使うつもりは無いので、実際それほど魔力消費については気にしていない。私はこのエリュシオンを、マイホームとして活用したいだけなのだ。

 エリュシオンは、殆どの施設が魔結晶さえあればいくらでも使えるし、秘密基地としては最高の環境が揃っている。どうせ地面から掘り起こす方法も思い浮かばないし、このままこの場所に埋めておけば兵装を使用する機会もこない。なら、最低限だけ魔力を補充しておけば十分なのだ。


「アリスは今後ここを拠点にするって事で問題ない?」

「ええ、問題ありません。ああ、こんな場所で暮らせるようになるなんて、夢にも思いませんでした」


 アリスはエリュシオンの住み心地に満足してくれているみたいだ。最初は鋼鉄の壁などに落ち着かない感じだったけど、居住空間は壁紙や絨毯を用意すればそれなりのものになりそうだったので、お部屋のコーディネートをすれば良いと判断したようだ。

 そういう私も、早くこの魔力供給を終わらせて、お部屋のインテリアを買い漁りたくてウズウズしている。

 私はゲームとかでも、マイホームのコーディネートにはこだわるタイプなので、今から楽しみだ。


「でも、この船はここから動かせませんし、出入りの度に迷宮の入り口からここまで来るのは面倒ですね」

「それについては問題ないみたいだよ」

「えっ?」


 今回は迷宮の入り口で手続きをしないといけないから無理だけど、エリュシオンには外部へ直接転移出来る、長距離転移装置も設置されている。これを使えば、エリュシオンの艦内から、迷宮の外へ直接転移する事も可能だった。

 しかも、この装置には、エリュシオンへの一方通行ではあるけど、小型で持ち運びの出来る子機があり、外からの帰還に使える仕様になっている。この子機の有効範囲も意外と広いので、今後は迷宮の入り口に向かわなくても、有効範囲内の適当な場所から帰ってこれるのだ。


「それを聞いて安心しました。まあ、あとは他の人間に奪われないかどうかですが、それについてはあの扉があるので大丈夫でしょうね」

「そうだね」


 守護者との戦いの後に確認したのだけど、第十七階層の扉は守護者を倒しても、魔結晶を補充しないと開かないアホみたいな仕様になっていた。これなら、普通の人間が入ってくる事は無いだろうから安心だ。

 まあ、仮に侵入者がいたとしても、エリュシオンがある事を予め知っていないと、迷宮のコアがあるのを見て、攻略済みで遺産は持ち出してあると判断するだろうから問題は無いと思う。

 さて、色々と分かってきたところで、私は魔結晶の生産に集中する。その間、アリスは自分の分の液晶パネルを持ってきて、勝手に調べものを続けていた。

 明らかにオーバーテクノロジーを当然の様に使いこなすアリスの姿に、私は若干恐怖を覚えた。私だってタッチパネル式の携帯電話を使いこなすのには結構時間がかかったのに、飲み込み早すぎ。


「おっ、魔力が増えてきた」

「ふぁ~、おは……、お疲れ様です」


 それから、三十時間。食事をしつつ寝ずに――元々必要無いけど――作業を続けると、魔力が上昇していくのが確認出来た。

 因みに、流石に日を跨ぐのは不味いという事で、優先して長距離転移装置の修理を終わらせて、一度第十七階層の扉の前に転移し、冒険者組合支部で手続きを終わらせてから、適当な場所からこっそりエリュシオンへ転移して帰還している。

 扉の前に出るなんてズルは出来ないだろうと思っていたけど、意外と出来てしまった。まあ、迷宮攻略者に許された特権だと思っておこう。


「やっと修理が終わったんですね」

「うん、あとはある程度魔力を補充して、各施設を使えるようにしておこうと思うから、もう少し時間がかかるよ」

「それじゃあ、私はその間にお風呂に入ってきます」

「分かった」


 アリスには修理が終わるまで休んでいてもらって、その後一緒に、ノイシュタットへ魔結晶の換金と必要な物の買出しに向かうと伝えてあるので、身支度を整えてくるらしい。

 私に関しては、『自己修復魔法(リジェネレイト)』を使えば一瞬で身支度が整うので、時間は必要ない。だから、アリスの身支度が終わるまで、魔力の補充を続けていた。


「終わりました」

「それじゃあ、一度ノイシュタットへ向かおうか」

「はい」


 さらりと流していたけど、いつの間にかアリスはタッチパネル式の自動湯沸かし器とかシャワーなども問題なく使いこなしている。私は何も教えてないのに……、本当に恐ろしい子だ。

 因みに、浄水装置はあっても、元となる水は完全に枯れていたので、水を溜めるタンクには食料変換機能を利用して水を流し込んでおいた。消費した変換用魔力についてはとんでもない量だったけど、守護者との戦いで稼いだ分で賄えたので問題ない。

 そんなこんなで、私達は二日ぶりくらいにノイシュタットへやって来て、冒険者組合に向かう。そして、冒険者組合にたどり着くと、そこには怒った顔のアメリアがいた。


「サヤ様! 何で宿に帰らなかったんですか! 心配するでしょう!」

「あっ」


 そういえばすっかり忘れていたけど、私はノイシュタットを出る時に、宿泊施設の部屋を確保してもらっていたのだ。まあ、冒険者が事情があって帰ってこれなくなるのはよくある事なので、宿泊施設の人はお金を丸儲け出来て特に気にしていなかったらしいけど、アメリアは宿泊施設の人にその話を聞いて心配していたらしい。悪い事をしたかな。


「……なんでこの人、私達が泊まっていた宿を知っていたんですか? 教えていませんよね」

「……ん?」


 私は深く考えない事にして、アメリアに事情を説明する。


「はあ、迷宮アハトへ向かった後、迷宮ドライに向かったんですか? あの迷宮は臭くて女性には特に人気が無いのに、何でまた」

「いや、何となくかな。ははは……」


 説明したのはもちろん嘘情報だ。

 本当はただ、迷宮アハトで魔物を倒し続けていたと説明するつもりだったけど、アリスに迷宮ドライに行っていたと説明しろと言われていたのでその通りにした。

 何でも、迷宮アハトには守護者と戦った時以外、ゾンビ系の魔物は出ないらしい。だから、ゾンビ系の魔物が出現する迷宮ドライに行っていた事にしないと、ゾンビ系の魔物の魔結晶を出した時に面倒な事になると教わっていた。いやぁ、アリスは本当に頼りになる。


「とにかく早く換金して下さい」

「はっ、はい」


 事情を聞いた後も世間話をしようとしていたアメリアに対し、アリスは苛立った様子で催促をする。最初の頃はこのアリスの様子を見て、ヤキモチを焼いているのだと思っていたけど、アリスの正体を知った今では、この仕草の本当の理由が分かる。

 これは、私がアリス以外の人間と仲良くなって、自分の有用性が薄れないように妨害しているのだ。

 あの契約が無ければ、そんな事を知れば嫌な気分になったと思うけど、今の私はアリスがいてくれれば幸せなので、あまり気にならなかった。


「ええ~!!!」


 もはや恒例になっているアメリアの驚きの声と共に、魔結晶の買取金額が伝えられる。

 その額は、金貨十四枚に、銀貨と銅貨が沢山だった。因みに、このうちの殆どは守護者との戦いで手に入れたゾンビの魔結晶によるものだった。

 あの守護者を倒した報酬としては少ない気がするけど、魔結晶についてはおまけみたいなものなので仕方が無い。

 それにしても、元の世界の価値で一枚百万円の金貨が十四枚も一日で稼げるなんて、冒険者という職業はなんて稼ぎの良い仕事なんだろうか。


「お姉さま、普通の冒険者は一日でこの額は稼げませんからね」

「わっ、分かってるよ」


 アリスには本当に、全てを見透かされている気がしてくる。

 その後、換金額によって冒険者ランクがFからEになった私達は、色々と聞いてくるアメリアを適当にあしらって、冒険者組合を出た。そして、稼いだお金を使って、エリュシオンに置くための様々なものを買い漁る。

 異空間収納(アイテムストレージ)のある私は持ち運びに困る事も無く、気軽に買い物を楽しめたけど、あまりにも気軽に楽しんだ所為で、気が付くと金貨二枚が消えていた。恐ろしいものだ。

 ただ、この買い物でエリュシオンの中は色々と充実して、私達は快適な秘密基地生活を開始する事が出来たのだった。


エリュシオンの設定(作者の痛い妄想)については第一話の前にある、設定イラスト置き場に書いてあります。

興味のある方はそちらをご覧下さい。

ただの妄想設定なので、本編だけ見ていれば態々見る必要は無いとは思います。

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