第二十一話 決着と報酬
「自己修復魔法、魔力具現化・巨剣! 魔力具現化・加速鎚!」
右手に巨剣を、左手に『加速鎚』を持った私は、ドラウグルドラゴンに向かって走り出す。
今の私は、巨大な武器を両手に一本ずつ持つという事をしているけど、また『肉体活性』の効果が上昇したらしく、まったく苦に感じない。それどころか、今の私はとっても体が軽い。こんな風に戦えるなんて幸せ。もう、何も怖くない。そう思えた。
「はははははっ! なんてね!」
ああ、魔力が増えた直後というのは、なんだか心が高揚する。
楽しい、楽しい、楽しい。
あれだけ苦労したドラウグルドラゴンがもうすぐ倒せると思うと、楽しくて仕方が無い。
「グラアアアアアアア!!!」
笑いながら近づく私に対して、ドラウグルドラゴンは腐食の唾液を撒き散らしながら噛み付いてくる。だけど何故だろう、その動きが今までよりも更にゆっくりに見える。これはきっと、魔力が上昇した事で、また『肉体活性』の効力が上昇したお陰だろう。
私は細かい唾を浴びながらもその一撃を避けて、すれ違いざまに右前足を切断する。
「衝撃加速!」
切断された右前足は、『加速鎚』によって飛ばされ、ドロドロに溶けていく。そして、周囲のゾンビ達は、動かなくなると同時に異空間収納で収納する。
これにより回復方法を失ったドラウグルドラゴンは、意を決したのか、なりふり構わず私に飛び込んできた。
「自己修復魔法、衝撃加速!」
そんなドラウグルドラゴンの左前足を切断した私は、それをすぐに弾き飛ばし、次に地面に転がったドラウグルドラゴンの首目掛けて、巨剣を振り下ろす。
「グラアアアアアアアアア!!!」
「元気だねえ! 衝撃加速!」
ドラウグルドラゴンは首を切断され、殴り飛ばされてもなお死んではいない。でも、残されたその胴体はドロドロになって地面に広がっていく。
どうやら本体は首から上らしい。
こうなってくると、おそらく脳をグチャグチャにしない限り死なないのだろう。
「グギアアアア!」
首だけになったドラウグルドラゴンは、まるで魚のように体をバタつかせて、起用に地面の上を泳いで移動している。
その動きは不気味でもあり、どこか可笑しくもあった。
「自己修復魔法! さあ、これでおしまいだ!」
私は、限界の近い『加速鎚』を消し、両手で巨剣を握り、高速で地を這うドラウグルドラゴンの首を迎え撃つ。
「とうっ!」
ドラウグルドラゴンの首がまっすぐに私の方へ向かってくるのを確認した瞬間、私は巨剣の刃を相手に向けて地面に突き刺し。棒高跳びの要領で跳び上がる。
すると、加速しすぎたドラウグルドラゴンの首は、自分から刃に突っ込み、その頭を中央から真っ二つに分離させた。
これで終わりかと思った瞬間、両断された頭部が再生していくのが見える。
本当にしつこい。いい加減にして欲しい。
私はそう思いつつ、ドラウグルドラゴンに止めを刺すための新たな魔法を創造する。
「魔力具現化・巨大加速鎚!」
生み出されたのは全長五メートル、ハンマーヘッドにトラック並みの巨大な塊を持った鎚だ。その巨大さはドラウグルドラゴンの頭部を超えている。
私はその巨大な塊を、ドラウグルドラゴンの頭部に全力を持って叩きつける。
「衝撃加速! ミンチになれーーーー!!!」
轟音と共に叩きつけられた『巨大加速鎚』は、ドラウグルドラゴンの頭部を余すところ無く、ひき肉に変えた。そして、飛び散ったドラウグルドラゴンの肉片はそのままドロドロに溶けて行く。
ああ、やっと。やっと終わったのだ……。
『迷宮に挑みし者よ。汝の偉業を称えよう。かの者を打ち倒した汝は、紛う事無き強者である。故に汝に捧げよう。終焉を迎えし世界に存在した、強者に相応しき力を』
その声が聞こえた途端、充満していた腐敗ガスと生き残っていたはずのゾンビ達が一斉に消え去り、魔結晶だけが残る。ああ、頑張った甲斐があって、ご褒美が沢山だ。これならアリスにも褒めて貰えそうだ。
そう思いながら私は、『巨大加速鎚』を消し、自分の傷を治す。
その時、ドラウグルドラゴンの頭部があった場所を確認すると、そこには魔結晶が無かった。魔結晶ごと砕いてしまったのかとも思ったけど、たぶん守護者は魔結晶を残さないのだろう。なんとなくそう思った。
「そうだ、アリス」
私は迷宮の宣告を無視して、まずアリスの解放を優先する。幸いアリスが入った『魔力具現化・殻』は傷一つ無く、元の場所にあった。
「アリス!」
「あう……! 終わったんですかお姉さま。お疲れ様です」
アリスは真っ暗な『魔力具現化・殻』の中から突然出されたので、眩しそうにしながらも、私に微笑みかけてくれる。
ああ、この笑顔を見ていると、頑張った甲斐があったと思える。
「うん、何とか倒せたよ」
「うわぁ、凄い! 頑張りましたね」
アリスが周囲を見回すとそこには大量の魔結晶が転がっている。この魔結晶の買取価格がいくらかは分からないけど、結構な額になる事は予想できた。
あと、広場の中央にはいつの間にかビーチボールくらいの球体が浮かんでいた。これはこの迷宮のコアらしく、守護者を倒すと出てくるそうだ。
迷宮のコアについては、破壊しても迷宮が消滅してしまうだけで特に利点は無く、普通はそのままにしておくそうだ。というよりも、勝手に破壊したら貴重な迷宮を消した大罪人として捕まってしまうので、絶対に破壊するなと言われた。
「でも、これだけじゃないですよね?」
「そう言えば……」
私は、大量の魔結晶を次々と異空間収納に放り込みながら周囲を見回す。でも、迷宮の守護者を倒したら貰えるという、かつて存在した異世界の遺産は見当たらない。
「あれ? お姉さまここ」
「えっと……、鋼鉄の壁?」
アリスが指差した場所にあったのは、鋼鉄で出来た壁だった。
迷宮の他の部分の壁は石とか土なのに対して、何故かそこだけは鉄の塊。これは何かあるのは間違いない。
私は取り敢えず転がっていた魔結晶を根こそぎ回収してから、その鋼鉄の壁を調べる。
「これって、あの扉にあったのと同じ……」
その鋼鉄の壁には、第十七階層の入り口にあった、魔結晶を吸収する扉と同じ紋様があった。私はもしかしてと思い、その紋様に私の魔結晶を近づけた。
「吸収した……」
「まだ魔結晶を要求するんですか? この迷宮は」
アリスの言うとおり、この迷宮は報酬を渡すのにすら魔結晶を使う事を強いるようだ。
まあ、文句を聞いてくれる相手もいないので、私は黙々と魔結晶を投入する事にした。幸い、鋼鉄の壁は十個だけで開いてくれたので助かった。いや、それでも結構な量だけどね。
魔力が充電された鋼鉄の壁は、私が手をかざすと、横滑りして開く。そして、鋼鉄の壁の中は、やはり鋼鉄製の通路になっていて、非常灯が点いているだけでかなり暗い。その為、私はトロイメライで買った明かりの魔道具を装着し、周囲を照らす。
「何なんですか、ここは?」
「うーん、何だろうね」
私はアリスにそう言いつつ、なんとなくこれの正体が分かっていた。何故なら私の目の前に、この通路の案内板があるからだ。
その案内板には、この鋼鉄の塊の全体図も描いてあり、私の心を踊らせた。
「取り敢えずこっちに行こうか」
「はい」
アリスは周囲を油断無く見回しながらも、私の後を付いて来る。ああ、不安そうな少女が後をついてきてくれるというのは、何と言うか良いものだ。
そんなアリスを引き連れて、私は目的の場所にたどり着いた。
「ここに入ろうか」
「お姉さま、もしかしてこれが何か分かっていますか?」
「ちょっと心当たりがあるくらいかな」
やっぱりアリスは鋭い。でも、私だってこんな物の実物を見るのは初めてなのだ。絶対にそうだとは断言できない。だから、この場所で確かな証拠を手に入れたかった。
「ここの扉は、入り口に充電した分の魔力で開くみたいだね」
「ここに何かがあるんですね」
何かがあると言えばそうだけど、実際にはこの場所に入った時点で何かは手に入れていた。ここにあるのはその何かを動かす為の物だ。
私は目の前の扉を開き、中を見回す。その場所は、ブリッジと呼ばれる場所で、椅子や様々な機械や液晶パネルが立ち並ぶ近未来的な部屋で、壁には大きなガラスのような物が敷き詰められている。そして、目の前にある一番目立つ椅子の前の液晶画面には『楽園へようこそ』という一文と、この鋼鉄の塊の名称が書かれていた。
「エリュシオン級楽園型魔道戦艦一番艦エリュシオン……」
それがこの、全長六百メートルを誇る巨大建造物の名前だった。




