第二十話 死者の王、腐敗竜ドラウグルドラゴン
「肉体活性! 魔力具現化・巨剣!」
肉体を強化し、巨剣を手にした私は、ドラウグルドラゴンに向かって駆け出した。
「どけええええええ!」
その道すがら、夥しい数のゾンビが襲い掛かってくる。でも、そいつらは大した相手ではなく、巨剣を一振りするだけで、動く死体からただの死体に変わる。
「はあ!」
「グルアアア!」
私はゾンビの軍勢を退けて、ドラウグルドラゴンに巨剣を振り下ろした。振り下ろされた巨剣はドラウグルドラゴンの体を切り裂き、その刃はドラウグルドラゴンの下にある地面まで届いた。
それを見て私は、一瞬予想以上に弱い相手だと思った。だけど、それは勘違いだった。
「嘘でしょ……」
切り裂かれたドラウグルドラゴンの肉体は、グチャグチャという音を立てて、塞がっていく。その光景はまるで、『自己修復魔法』を発動した私のようだ。
「あっ……! うっ……!?」
その光景を見ていた私の視界が突然真っ暗になった。目を塞がれたのかと思ったけど、顔に触れても何も無い。その代わり、何かの液体が顔から流れ落ちている事に気が付く。
ああ、何だ。簡単な事だった。私の両目が腐敗のガスで腐り落ちただけだ。
「自己修復魔法」
『自己修復魔法』を発動すると視界が復活する。しかし、復活した視界に映ったのは、眼前に迫るドラウグルドラゴンの爪だった。
「ぐっ! かはっ!」
私はその一撃を何とか受け止めたけど、巨剣が手から弾き飛ばされ、そのまま私自身も後方に弾き飛ばされる。地面を二度三度とバウンドした私が、立ち上がろうとすると、そこにゾンビの群れが襲い掛かってくる。
ああ、腐っているのにアレだけは元気そうなゾンビ達だ。やっぱり、こいつらも生殖能力を持っているのだろうか?
だとすれば、このままだとこのゾンビ達に死ぬまで弄ばれる事になる。
ああ、それはとても嫌だ。
「魔力具現化・巨剣!」
弾き飛ばされた巨剣を魔力として吸収しつつ、私は新しい巨剣を生み出し、ゾンビの群れを引き裂いていく。
本当なら、『魔力解放』も使って蹴散らしたいけど、それは出来ない。
この空間では一定時間ごとに『自己修復魔法』を使用しないといけないため、魔力の消費が想像以上に激しい。まだまだ魔力には余裕があるけど、魔力の消費が激しい『魔力解放』は迂闊に使えない。
「うああああ!!!」
私は飛び掛ってきたゾンビを巨剣の腹で殴り飛ばし、一回り大きなゾンビの両足を切って転倒させ、一斉に飛び掛るゾンビを、巨剣を一回転させて切り倒しながらもう一度ドラウグルドラゴンに肉薄する。
私が接近した事で、ドラウグルドラゴンはにやりと笑いながら、その腐った体を縮ませ、飛び掛ってくる。
真上に迫ったドラウグルドラゴンに巨剣を振るいながら、私はその場から飛び退く。すると、ドラウグルドラゴンは腸をぶちまけながら、地面に落ち、周囲に肉片を撒き散らす。
しかし、その状態でもドラウグルドラゴンは口元をにやけさせ、私にドロドロの唾液を吐きかけてくる。
「あつっ!」
私は吐きかけられた唾液を避けようとしたけど、避けきれず右手に直撃を受ける。すると、右腕はもちろんの事、手に持っていた巨剣までがドロドロに溶けていく。
あれは不味い。もしあれがアリスに向かって吐かれたら、中のアリスは助からない。
私は右腕が腐り落ちる感覚を味わいつつ、ドラウグルドラゴンとの距離をつめる。
「自己修復魔法! 魔力具現化・剣!」
私は威力ではなく、手数を重視して、普通の剣を作り出し、ドラウグルドラゴンの前足を切り裂く。
前足を斬り飛ばされた事でバランスを崩したドラウグルドラゴンが地面に倒れると、私はがむしゃらに剣を振るって、その体を切り裂いていく。しかし、傷付いたドラウグルドラゴンの体は、すぐに再生を繰り返し、元通りの腐った肉体になった。
「グラアアアアアアア!」
前足も元通りになったドラウグルドラゴンは、腐った尻尾を横薙ぎに振るい、私を跳ね飛ばそうとしてくる。
それに対し、私は縄跳びの要領で回避を行い、すれ違いざまにその尻尾を斬り付けた。
尻尾はその一撃で両断できなかったはずだけど、元々肉体が腐っている為か、残った肉がそのまま引きちぎれて、飛んでいってしまった。
哀れにも、その尻尾によって数十のゾンビが潰され、腐った肉をばら撒いて死んだ。いや、もう既に死んでいたけど、更に動かなくなった。
「グルルルル」
「あ……れ……」
その時、私は気が付いた。ドラウグルドラゴンの尻尾がなかなか再生していない事に。
ふと、千切れ飛んだドラウグルドラゴンの尻尾を見ると、尻尾はドロドロの液体になって、潰れたゾンビ達と溶け合って地面に広がっている。
ああ、つまりこういう事だ。こいつの再生能力は私と違って、近くに千切れたものが残っていないと発動できないのだ。
しかも、遠くに飛ばされたドラウグルドラゴンの肉体は、周囲のガスの影響か何かですぐに溶けてしまっている。なら、戦い方は決まった。
「自己修復魔法。魔力具現化・加速鎚!」
私は右手に剣を、左手に『加速鎚』を持って、ドラウグルドラゴンに肉薄する。
ドラウグルドラゴンは私の思考を読み取ったのか、先程までの余裕そうな表情を消して、口から唾液を吐き出してきた。
私はそれを回避し、ドラウグルドラゴンの右前足を切断。その切断した足を『衝撃加速』を発動させた『加速鎚』で、遠くに弾き飛ばした。
「ギュルガアアアアアア!」
「自己修復魔法! 予想通り!」
思ったとおり、ドラウグルドラゴンの左前足はドロドロに溶けて、そのまま再生されなくなる。後はこの繰り返しで勝てる。そう思った私の目の前で予想外の事が起こる。
「グルシャアアアアアア!」
「ちょっと! そんなのあり! 自己修復魔法」
尻尾と左前足を失ったドラウグルドラゴンは、私を無視して、近くに転がっていた動かないゾンビに喰らい付き、その体を飲み込んでいく。すると、飲み込んだゾンビの大きさと同じくらいの量分、千切れた肉体が再生していく。
なるほど、周囲にいるゾンビは回復用資源だったようだ。
このままではどれだけ時間をかけても奴を倒せない。私は絶望しそうになったけど、ある事に気が付く。ドラウグルドラゴンは動くゾンビには喰らい付かないのだ。
いや、それどころか、動くゾンビは意識的に避けているようにも見える。つまりは、私がゾンビを倒さなければ、ドラウグルドラゴンは回復が出来なくなるという事だ。
「自己修復魔法。そうは言っても……」
周囲にいるゾンビ達は今この瞬間も、どんどん増えており、おそらく無限に発生するタイプの敵なのだろうと予想できる。そうなると、倒さずに戦えば、この限られた空間が敵だらけになってしまう。
一匹一匹は大した敵でなくても、このまま増えれば脅威になる。まったく倒さない事は難しかった。
「いや……まって……」
そこで私は、戦闘中に使うという発想の無かった力を利用できる事に気が付く。
「そうだ、収納! 自己修復魔法」
そう、異空間収納だ。
異空間収納には、死んでいる魔物しか収納できないという欠点の他に、触れている対象しか収納できないという欠点もあるけど、触れるのは体のどの部分でもいいので、足で蹴りながら収納という事も可能だ。
私は『加速鎚』を魔力に戻して、身軽になってから手近な動かなくなったゾンビを片っ端から異空間収納に収納していく。
「グルアアアアア!!!」
私の行動に気が付いたドラウグルドラゴンは、私から遠い位置にあるゾンビを先に喰らおうと駆け回る。
私はドラウグルドラゴンがアリスに近づかないよう、まずアリスの周辺に残っていた動かないゾンビを収納すると、アリスから離れた位置のゾンビを倒して、ドラウグルドラゴンの動きを誘導する。
私の思うように動いてくれたドラウグルドラゴンがその位置にたどり着く頃には、私は残っていた動かないゾンビを全て異空間収納に収納し終える。
その間にドラウグルドラゴンの傷は殆ど完治していたけど、もう攻略法は見えた。あとは、先ほどの戦い方を繰り返しつつ、倒した他のゾンビを収納していけば勝てる。
そう考えた時、私はある事に気が付く。
「自己修復魔法! あれ……?」
自分の中にある魔力が、もう殆ど残っていないのだ。
いくら私の魔力がこの世界に来たときよりも増えていると言っても、この戦いが始まってからもう、数え切れない回数の『自己修復魔法』を使用している。いくら節約をしていても限界だった。
「あともう少し……もう少しなのに……」
すぐに魔力が切れる事は無いとしても、ドラウグルドラゴンを倒しきるまでは絶対に魔力が持たない。それが分かると、私の心は絶望で満たされていく。
ああ、私が死ぬのは別に構わない。
それは、自分で考えて行動した結果なのだし、自己責任で終わる話だ。
でも、今ここで私が死んだら、私を信じると言ってくれたアリスも死ぬ事になる。
それだけは駄目だ……、それだけは許されない。
なら、どうすれば良い。なら、何をすれば良い。なら、やるべき事は何だ。
答えは私の中にあった。
「ご都合主義の舞台装置発動!
私の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行!」
何故か最初から知っていたかのように、そんな言葉が口から漏れる。
ただ、その言葉は自分の口から飛び出したはずなのに、まったく理解できず、私の記憶に残らない。
唯一分かるのは、減り続けるだけだったはずの私の魔力が、突然膨れ上がったという事実だけだ。そして、それだけが分かれば十分だった。
「ご都合主義の舞台装置発動。
私の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行」
私は、その意味も分からない言葉を繰り返す度に、自分の中の大切な何かが喪失していくのを感じ取っていた。でも、それでいい。その程度の代償でアリスが護れるのなら、それは幸せな事なのだから。
「ご都合主義の舞台装置発動……。
私の人間として大切な何かを代償に、神格化を実行……」
ああ、幸せ。アリスの為に戦えるのが幸せ。
ああ、幸せ。アリスの為に何かを失うのが幸せ。
ああ、幸せ。アリスの為に生きるのが幸せ。
幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。
だから――。
「さあ、終わりへ向かいましょうか! 一緒に!」
自分が終焉へと堕ちて行く事すら、幸福だった。
おまけ
腐敗竜ドラウグルドラゴンの能力をゲーム風に紹介
■腐敗竜ドラウグルドラゴン
迷宮アハトの守護者
能力
・超高速再生:特別な条件を満たさないと毎ターンHP全回復。
・死者の軍勢:様々なゾンビを毎ターン召喚。必要な魔力は迷宮から供給されるので無尽蔵。
・死者の捕食:特別な方法で最大HPを削られた際にも、ゾンビの死骸を捕食すれば最大HPが回復。
・腐敗のブレス:毎ターン開始時、守護者の間にいる全ての人間に最大HPの49%のダメージ。二ターンに一回HPを最大まで回復できないと死亡確定。
・腐敗液:本来腐らない魔力の塊すらも腐らせる液体。喰らった部分は何であろうと腐り落ちる。
・死兵化:戦闘中に死んだ人間を、生前の十倍以上の戦闘能力を有したデスナイトとして蘇らせ従える。(本編では仲間がいないので登場しない)
回復、またはブレス無効化が出来なければまず勝てない。
加えて、勝たないと脱出出来ないので、その情報を後続に伝える事も出来ない。
半端な準備をして、仲間を多く連れてくると逆に地獄絵図になる鬼畜仕様。
この世界ではこういったレベルの守護者が度々出てくるので、普通の冒険者は一攫千金を狙って迷宮の遺産を手に入れようなどとは思わない。




