第十五話 ようこそ、トロイメライへ
異世界に来てから二回目の朝を迎えた。
結局私はベッドに潜り込んでも一睡も出来ず、深夜暗い部屋の中でひたすら魔結晶を作り続けていた。その成果がこれだ。
■沙耶の魔結晶(無)×367
うん、正直やり過ぎた。
途中から連続で成功する事も増えて、楽しくなってしまいずっと作っていたけど、どれくらいの魔力が込められているかも分かっていないのに、こんなに作っても仕方が無い。
取り敢えず、今日こそは魔力を測定する方法を見つけないと、今までの苦労が水の泡になってしまう可能性もある。
「お姉さま終わりました」
「うん、それじゃあ今日はまず、アリスの装備と魔道具を買いにいきましょう」
「はい」
私とアリスは朝の入浴――この宿泊施設には各部屋にお風呂が付いている。高いだけはあるね――を終えて、部屋から受付に向かう。
その途中、アリスからは備え付けで置いてあった石鹸らしき物の、とても良い香りが漂ってきていて正直興奮した。
まあ、アリスなら汗臭い状態だろうが可愛いけど、やっぱり女の子には良い香りをさせていて欲しい。
「あの、明らかにクンクン匂いを嗅ぐのはやめてもらえますか? あと、お姉さまも同じ匂いですよね?」
「なっ、何の事かしら」
やっぱりアリスは私の心の声が聞こえるのかな。
「それじゃあ、これで部屋の確保をお願いします」
「はい、今夜もお待ちしております」
受付についた私は宿泊費を先に払い、部屋の確保をお願いする。これで宿を探す心配は無いので、今日は時間ギリギリまで色々としようと思った。
「あの、よろしければこちらを朝食代わりにお食べ下さい」
「えっと、はい、ありがとうございます」
私には異空間収納の食料変換機能があるのでご飯の心配が無い。だから食事無しでお願いしているのだけど、何故か紙袋に入った食べ物を渡されてしまった。
どうやらこの宿泊施設は素泊まりでも金額が変わらない、というよりも素泊まりを想定した値段設定が無いらしく、食事ありと同じ金額を請求されていたらしい。
その為、宿泊施設の人が心を痛めてしまい、こんな物を用意したそうだ。
しかし、困った。私はこの世界の食べ物にトラウマを抱えているので正直食べたくない。いや、でもこんな宿泊施設で出される物なんだから美味しいという可能性はある。
「ねえ、アリスはこれがなんだか分かる?」
「ああ、それはワッフルと言って甘いパンのようなお菓子です。教会で食べた事があるんですけどとても美味しくて、私大好きなんです」
歩きながら尋ねる私にアリスは笑顔で答えてくれる。
ワッフルか……、見た目とか香りは間違いなくワッフルだし名前も同じだし、たぶん同じような味がするんじゃないかと想像できる。
「うん……」
私は自分の想像した味であると信じ、ワッフルを少しだけちぎって口に運ぶ。
「んぐ……!」
「お姉さま?」
不味い不味い不味い不味い不味い!
アリスに貰ったクッキーも不味かったけど、このワッフルも不味過ぎる!
その味を表現するなら、まるで魚の内臓を何倍にも苦くした様な味だ。
世の中には魚の内臓愛好家なんてものがいるかもしれないけど、少なくとも私はこの味に耐えられない。
私は、口の中のものを手の中に吐き出し、そのまま異空間収納に放り込んだ。
「えっとアリス、これは私の口に合わないみたいだから私の分も食べてくれない?」
「えっ、良いんですか? わーい、最後に食べたのが一年以上前だったので久しぶりのワッフルです」
アリスは私からうれしそうにワッフルを受け取る。それを見ていると、まるで私の舌と頭がおかしくなってしまったかのような感覚が生まれ、気分が悪くなった。
「いただきます。はむっ…………あれ?」
「どうしたの?」
私はアリスの笑顔を見て心を癒していたのだけど、その笑顔が急激に曇り、アリスは何かを思案する顔になっていた。
「いえ……、前に食べた時はもっと美味しかったと思ったんですけど、なんだかあまり美味しく感じないんです……。おかしいな……」
それを聞いて私は少し元気になる。
やっぱりこの世界の食べ物は美味しくないんだ。自分は間違っていないんだと思えたからだ。
「それじゃあ代わりにこれなんてどう?」
私は異空間収納の食料変換機能を使って、ワッフルを作り出してアリスに渡し、自分も口直しの為に食べ始める。
「えっと、見た目は一緒ですけど、はむっ……。おいしい! こっちのワッフルとは比べ物にならないくらい美味しいですお姉さま!」
「そうでしょ」
私はその感想を聞いて満足して、ワッフルを全て異空間収納に収める。
この場で食べないとしても、異空間収納に入れておけば、中の時間が停止しているので腐ったりはしない。流石にもらい物を食べずに捨てるというのは気が引けるし、今後、食べ物に困っている人で、変換用魔力を消費する程ではない相手がいたらあげてもいいかもしれない。
「これからはちゃんと断らないと……」
私は快適な宿泊施設に用意されていた、意外な罠に苦しんでいた。
◆◆◆
「どうも、こんにちは」
「いらっしゃい」
朝の出来事を引きずりながらも、私はアリスと共にとあるお店にやって来ていた。
「んっ? おいおいここは冒険者向けの店だぜ。嬢ちゃん達みたいな美人さんが来る店じゃねぇぞ」
「いや、冒険者なんですけど」
「マジか?」
私は冒険者用の身分証を店員のおじさんに見せる。すると、店員のおじさんは少し驚いた後、悲しそうな顔をする。
「間違いじゃないみたいだな。その、何だ……、あんたみたいな美人さんが冒険者になるって事は、何かしらの事情があるんだろうな。まあ、その辺は聞かないからゆっくり選んでくれ」
「ありがとうございます」
よく分からないけど納得してくれたようなので、私はお店の商品を見て回る。
ここはノイシュタットでも有名な冒険者用のお店で、主に武器や便利な魔道具を扱っているお店だ。お店の分類的にはよろず屋とかになるのかな?
因みにお店の名前はトロイメライだ。どこかで聞いた事があるような気がするけど、何だったかな?
「ひっ!」
「ん?」
お店の商品を眺めていたら、昨日冒険者組合で出会った、あの頭のおかしな野獣の仲間と遭遇した。
これは、どうなるのかな。
私にとってはあの野獣は凶暴な魔物と変わらないものだったけど、彼らにとっては仲間だったはずだ。もしかすると敵討ちとかで襲われる可能性もある。
私はそうなったらいつでも動けるように準備した。
「くっ、くるみ割り人形!」
「昨日はカイルの野郎と一緒になって騒いで悪かった! 悪気は無かったんだ!」
「おっ、俺達はあんたの事最初から凄い奴だとおっ……、思ってたんだぜ! だから仲良くしようぜ!」
「お願い……、潰さないで……」
「えっ、なにこれ?」
完全に恨まれていると思ったけど、あの野獣の仲間達はまだまともだったらしい。
話を聞いてみると、彼らは元々あの野獣の行動に頭を痛めていて、チームを解散したいと思っていたそうだ。
ただ、チーム内でもっとも実力があるのがあの野獣で、強く言い出せなかったそうだ。
「あの直後は、組合に処分される可能性もあったからあんたへの恨みも多少はあったが、あの後冒険者組合からは特にお咎めも無く開放されてな。これは良い機会だから全て忘れてカイル抜きでやり直そうと決めたんだ」
「まあ、元々俺達はカイル以外の四人が幼馴染で、いつかカイルと分かれて四人でチームを組み直そうと話していたし、丁度良かったよな」
「正直僕はカイルみたいな人が嫌いだったから、ざまあみろと思ったね」
「お前は流石に言い過ぎだ」
「ふーん」
復讐される心配が無いのなら、もう野郎四人組に興味は無い。私は適当に話を聞き流しつつ相槌を打つ。
でも、気になる事が一つあるので聞いてみた。
「んで、くるみ割り人形っていうのは何?」
「そっ、それは!」
「お人形みたいに可愛いって意味でよ」
「そうそう!」
「いやぁ、こんな可愛い子とお話できてうれしいなぁ!」
いや、くるみ割り人形って、可愛い見た目の人形じゃないよね? それともこの世界では違うの?
私は確認の為にアリスの方を見る。するとアリスが目で、その疑問は間違いではないと教えてくれる。まあ、別にどんな呼び方をされていてもいいんだけど、せめてもう少しまともな二つ名が欲しかった。
「んじゃ、俺達はこれで」
「これを機に冒険者チーム、新生漆黒の風をよろしくな」
「貴女も、頑張ってください」
「応援してるぜ期待の新人ちゃん」
「うん、またね」
既に買い物を終えていた漆黒の風達を見送って、私はアリスとのお買い物を再開する。
「いやぁ、意外と気にしてないみたいで良かった」
「違いますよ」
「んっ?」
私はやっぱりこういう剣と魔法の異世界では、人が死ぬような事件でもあの程度の反応なのかなと思ったけど、アリスには否定される。
そして、アリスは忌々しいものを見るような表情で口を開く。
「あの人達はお姉さまに言い寄るために仲間の死を利用してる屑です。気にしていないというよりも、転んでもただでは起きないと言ったところです」
「いや、それは……」
いくらカイルとか言った男がどうしようもない屑だったとしても、その仲間の彼らがただ女に言い寄るために元仲間の死を利用する程の屑だなんて思えない。
私は男達と仲良くするつもりは無いけど、彼らは挨拶くらいはしてもいい人達だと思うし、アリスは気にし過ぎだと思った。
「お姉さまは男の事を理解していません」
「そうかな?」
「そうです」
その後、私はアリスによるどれだけ男が怖いかのお話を聞き流しながら、買い物を続けたのだった。
◆◆◆
■漆黒の風新リーダー、クオンの見る世界
うまい事あの女と接触する事が出来た。新人冒険者なのだからまず装備を揃えるだろうと早朝から待ち構えていた甲斐があったというものだ。
「いやぁ、しかしうまくいったな」
最初は警戒されると思ったが、あの女は意外とすんなり俺達を受け入れた。戦闘力はともかく男には慣れていないようで好都合だった。
「これで後は計画通りに用意すればいいか」
「楽しみだね」
俺達の目的、それはあの極上の女の体を俺達の物にするという事だ。
カイルのことは残念だったが、あの野郎の命であの女が手に入るなら安いものだと思っていた。
「後は捕縛用の魔道具を買う金を稼げれば大丈夫だな」
「ああ、んで次に会った時、油断してる所に近づいて発動だ」
「あの金髪はどうします」
「あの女どもは護衛と主とか言いつつ仲が良いようだったから、あの女を人質にすれば逆らえねぇだろ」
「そうかもしれないが、念のため捕縛用の魔道具は二つ用意するぞ」
「了解」
俺達は今まで、カイルに言われるがまま行動してきた、金魚の糞とも言われる冒険者だった。そんな俺達が今、自分達で作戦を考え、共通の目的の為に力を合わせている。
「ああ、あの白い肌に早くむしゃぶりつきたいぜ」
「あの女、どんな声で鳴くんだろうな……」
「僕は金髪の方を、あの女の前で動かなくなるまで楽しみたいな。こう、首を絞めながら」
「お前の趣味には困ったものだぜ」
俺達はそんな事を話し合いながら、仕事へと向かう。別に時間の制限がある訳では無いが、時間が経つほど計画が成功し難くなるのは分かっている。俺達には早く金が必要だった。
「セト、レイ、アギト、みんなで一緒にあの女を手に入れようぜ!」
「「「おう、クオン!」」」
あの女の体を隅々まで味わいたい。
そんな共通の願いを叶えるため、深い絆で結ばれた俺達は歩き出した。その先にある幸せな日々を夢見て。
くるみ割り人形は、しわしわな見た目の丸くて硬い殻に包まれた胡桃を砕くお人形です。
こう、グシャッとね。




