表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/37

第十三話 とある冒険者組合の受付嬢

■ノイシュタット冒険者組合受付嬢、アメリアの見る世界


 その日は私にとって特別な一日になる。


「お待ちの方どうぞ」

「おう、よろしく」


 ノイシュタットの冒険者組合に勤める私は、受付で冒険者達に仕事を案内し、報酬を渡し、新しい冒険者の登録を行う。これを毎日のように繰り返していた。


「次の方どうぞ」

「頼む」


 この仕事に不満はないし、冒険者も一部を除いては、この施設の中で問題を起こすような人間もいないし、私は快適なお仕事ライフを送れていると思う。


「次の方どうぞ」

「いつもわりぃな」


 この仕事を始めて4年、顔見知りの冒険者も増えてきて、少なくともお仕事上では仲良く出来ている。

 仲の良い冒険者が危険な依頼から生きて帰って来てくれて喜んだり、昨日まで元気だった冒険者が突然亡くなって悲しんだり、毎日色々な出来事は起こる。

 でも、どこか同じ事の繰り返しに私は飽きてきていた。

 その事を先輩に相談すると、まだそう考えるには早いとか、そんなのどの仕事でも一緒だと言われるけど、刺激を求めずにはいられなかった。


「次の方――」

「なっ――!」

「うあ……」

「すげぇ……」

「ん?」


 同じ作業を繰り返していた私の耳に、冒険者達のざわめきが聞こえてくる。それは、施設の入り口の方から広がっていた。


「う……あ……」


 そこに立っていたのは、金髪の少女を引き連れた、今までの人生で見た事もない様な黒髪の美しい少女だった。

 その黒髪は極上の絹糸の様にサラサラと揺れ、その瞳は飲み込まれる様な魅力を放ち、その肌は白雪の様に白くて染み一つ無く、陶器の様に滑らかで美しい。更に、細身の体に対して大きく揺れる胸は、女の私でも吸い寄せられる様な魅力を秘めていた。

 そして何より、その美しくもどこか気の強さを感じさせる顔は、私の心を掴んで離さない。


「う……」


 女の私でさえそんな風に感じるのだから、女に飢えている冒険者の男達にはその少女がとても魅力的に映っている事だろう。


「やべぇ……」

「ぐひひ……」

「ゴクリ……」


 冒険者の男達の目はこう語っていた。

 犯したい、犯したい、この女を犯したい。

 抱きたい、襲いたい、屈服させたい。

 自分の女にしたい、独占したい、滅茶苦茶にしたい。

 自分の子を産ませたい、自分以外を見れないようにしたい、この場で飛び掛りたい。

 同じ女として吐き気がする様な目線が、施設中の男から少女に送られている。しかし、少女はその事を気にした素振りもなく、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 男達の目線は少女の動きに合わせて動く。あの野獣たちには下心を隠すという余裕すらも無いようだった。

 私は今まであの男達と仲良くやってこれていたと思っていたけど、そんな態度を見せ付けられては、もう以前のように接する自信は無かった


「あの、こちらが冒険者組合で間違いないですか?」

「はっ、はい! 間違いありません!」


 いつの間にか私の前まで来ていた美しい少女は、私に微笑みかけながら話しかけてくる。

 本当は順番待ちをしていた他の冒険者がいたのだけど、その男はいつの間にか受付から離れて、今は少女のお尻を鼻の下を伸ばしながら熱心に見つめている。

 最低だ。


「本日はいったいどんな御用でしょうか」


 これほどの美しい少女がこの冒険者組合に来るという事は、おそらく護衛の依頼だろう。殆どの冒険者はそう考えたようで、我こそはと声をかけられるよう、腰を浮かせて聞き耳を立てている。

 その中にはたった今護衛の依頼を受けた冒険者も混じっているのだけど、彼らは護衛を放棄するつもりなのだろうか。

 護衛任務の放棄は、冒険者資格を剥奪される可能性もある重大な規約違反なのだけど、彼らにはその事を考える余裕も無いようだ。

 私はどうしようもない男達の事は一旦忘れて、目の前の少女の言葉を待つ。


「あの、この仮身分証を持ってくれば、ここで冒険者として身分証が発行できるって聞いたんですけど、お願い出来ますか?」

「はあ!?」


 私は思わず声を上げてしまった。

 この美しい少女が冒険者として登録するだなんて考えられない。

 冒険者とは結局戦いが主な仕事で、基本的に他に仕事が無い、腕だけには自信のある人間がなるような仕事だ。決して目の前の少女がやるような仕事ではない。

 彼女ほどの美しさがあれば、有名ホテルでステージに立つだけで一生遊べるようなお金は稼げるだろうし、金持ちの貴族からは引く手数多だろうし、最悪でも娼婦になれば客を選り好みして徹底的に保護されつつも、国一番の稼ぎ手として生活できる事は間違いないだろう。

 そんな少女が、いつ死ぬかわからない冒険者になるだなんて私には理解できなかった。


「おいおいおいお嬢ちゃん、受付嬢として働きたいの間違いだろ! 冒険者はあんたみたいなのがする仕事じゃないぜ!」


 この場にいるほぼ全員が同じ事を考えていたけど、声に出して指摘したのは一人だけだった。

 いやらしい顔をしながら黒髪の少女に近づく男の名はカイル。素行の悪さでCランク冒険者の実力がありながらもDランクで止まっている冒険者である。


「貴方はここの職員なの?」

「いや、俺はお嬢ちゃんが憧れる冒険者様さ! どうだ、カッコイイだろう!」


 カイルは手を広げながら、施設中に響くような大声で黒髪の少女に話しかける。おかげで今、施設中の人間の目がそちらに向いていた。


「別に冒険者がカッコイイから冒険者になりたいって訳じゃないよ」

「じゃあ何で冒険者になろうなんて思ったんだよ!」

「単純に一番やり易い仕事だと思ったから――」

「おい! 冒険者がやり易い仕事だと! なめんじゃねえぞ小娘が!」


 不味い事になった。黒髪の少女が何を考えているかは分からないけど、今の一言は冒険者の男達に喧嘩を売るような発言だ。

 このままではこの場で血が流れる可能性もある。

 私は近くの同僚に目線を送り、警備の兵を呼んでもらう事にしつつ、この場を何とか収めようと試みた。


「落ち着いてくださいカイルさん! この方も悪気があった訳じゃ――!」

「黙れ女如きが! 男に指図するんじゃねえ!」


 カイルはこの女を下に見る性格で様々な問題を起こしているような男だ。私みたいな職歴の短い女組合員にとって最悪の相手と言っても良い。

 私にはこの場を収めるのは荷が勝ちすぎていた。


「はん、じゃあ貴方が私にお勧め出来る仕事ってなに?」

「何だ、仕事なら何でもいいのかよ! なら俺様の股下の剣を手入れする仕事ってのはどうだ! 取り敢えずこの場で握ってくれんなら俺様への無礼を許してやってもいいぜ!」

「なっ!」


 カイルの発言を聞いて、周囲の冒険者達も悪乗りして、口笛を吹いたり手を叩いたりして騒ぎを大きくしている。これはもう、警備の兵が来ても止まらないかもしれない。

 私は目の前の少女が酷い目に合わされる事を想像して、冷や汗を流していた。


「……ブースト……」


 その時、黒髪の少女が何かを呟いたように感じたけど、周りがうるさくて聞こえなかった。

 そして、何かを呟いた少女は、カイルへ近づいていく。


「それを握れば許してくれるのかな?」

「ははははは! その気になったのかお嬢ちゃん! それじゃあ、早速頼むぜ!」

「駄目! それだけで済むはず――」

「黙ってろって言っただろうがクソ女が!」


 私を睨んで叫ぶカイルに、少女はにっこりと微笑みながら手を伸ばしていく。その光景はどこかちぐはぐでおかしくて、私は何故か寒気を感じていた。


「ここを握ればいいんだよね?」

「あ? ああ、少しぐらい強くしても良いぜ」


 カイルは股下のモノに少女の手が触れた瞬間、吐き気を覚えるような醜悪な表情で少女を見下ろしていた。

 もう我慢できない。私がそう考えて飛び出そうとした時、少女の手が、カイルの股下のモノをがっしりと掴む。


「じゃあ、力いっぱい握るね」


 ――パシャッ――


 その瞬間、私の耳にそんな音が聞こえた気がした。


「いぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 そして、その音が聞こえてから、カイルが突然自分の股間を押さえて床に崩れ落ちた。

 その様子を見ていた周囲の男達は、全員一気に青ざめて、自分の股間に手を伸ばしつつ時が止まったように動かなくなる。


「俺の! 俺様のタマがああああ! イギイイイイ! があぎぎががあああああああ!!!」

「あら、ごめんなさーい。棒と間違えてボールを握っちゃったみたい。でも、片方残ってるし、まだ使えるでしょ?」

「あ……ああ……」


 私は言葉を失っていた。

 目の前の美しい少女が突然冒険者になりたいと言った事も、カイルの発言に従った事も、今起きている事も私の理解を超えている。

 いくらカイルの態度がアレだったとしても、普通はもう少し躊躇なりしてもいいはずだ。それを全く躊躇する事なくモノを握り潰して、更にはあの態度、普通とは思えない。

 そう、まるで人間として大切な何かが欠如しているように、少女の行動は異常だった。


「ねえ、私って言われた通りにしただけだよね?」

「えっ! そっそうですね!」


 騒ぎの中心人物が突然話しかけてきたので、私は驚き、つい話を肯定してしまった。これでは少女の味方をしたと思われ恨まれるかもしれない。そう思うと体が震える。


「うん、ありがと」

「あ……」


 でも、少女の美しい笑顔を目の前で見せられると、震えは止まって代わりに喜びの感情が生まれてくる。

 目の前にいる人間はとんでもない危険人物のはずなのに、私の心臓は恐怖とは別な感情で激しく動く。


 ――この人に気に入られたい……。好かれたい……。もっと笑顔を見せて欲しい……。


 私の中を支配していたのはそんな感情だった。


「イギッ! があ!」

「おいお前! この前回復の魔法薬買ってただろ! 使ってやれよ!」

「買ったけどこれ銀貨二十枚もしたんだぜ! こんな事に使えるかよ!」


 カイルの冒険者仲間はカイルに魔法薬を使うかどうかでもめているようだった。

 まあ、魔法薬は高価だし、街中の喧嘩で傷ついた仲間に、気軽に使えるほどの財力は彼らには無いのだろう。

 カイルはそんな仲間達を見て、憎しみの咆哮を上げている。

 ふん、いい気味だ。私や私の天使ちゃんを怒鳴りつけるからこんな目に合うのよ。


「ねえ、銀貨二十枚ってオークの魔結晶に換算すると何個分?」

「えっ?」


 突然の質問に私は混乱しながらも、脳内にあるマニュアルと現在の魔結晶の価格を記憶から呼び起こし、正確な魔結晶の買取金額を計算し、三秒程度で答えを出す。


「えっと、オークの魔結晶は一つ銀貨一枚と銅貨二十枚なので、約十七個分ですね」

「ふーん、銅貨は百枚で銀貨一枚なんだね……。アリス」

「はい、お姉さま」


 私の天使ちゃんにアリスと呼ばれた金髪の少女は、手に持っていた布袋を天使ちゃんに差し出す。そして、天使ちゃんはそこから何かを取り出した。


「十七個で足りるけど、買いに行く手間があるだろうから二十個でどうかな。本物か確認してくれる?」

「あ……えっと……」


 そこにあったのは間違いなくオークの魔結晶だった。

 オークは一匹ずつならそれほど脅威ではないけど、この数と同時に戦ったのなら、冒険者としての素質は十分にある。

 まあ、どこからかオークの魔結晶を買い集めた可能性は残るけど、そこまで気にしていたら仕事にならないので、私は天使ちゃんが相応の実力を持った人間という前提で接する事にする。

 私は受け取った魔結晶を鑑定用の魔道具に乗せて、組合として本物と認めた証明を表示する。


「はい、本物で間違いありません。ただ、魔結晶の買取は冒険者で無い場合、価格が十分の一にされてしまいますから、冒険者の登録が完了してから処理されるか、魔結晶のままお渡しした方が良いかと思います」


 魔結晶の買取を一般人でも通常通りできる様にしてしまうと、無駄に命を落とす人が増えるという事で価格についてはそのような規約がある。

 ただ、これには冒険者の知り合いに代行をお願いすれば処理出来るという抜け道があるのであまり意味は無い。


「なるほど、丁寧にありがとね」

「いえ、お仕事ですから」


 ああ、天使ちゃんが私に笑顔を向けてくれる。それはなんて幸せな事なんだろう。

 私は今までこの仕事をやってきて、良かったと思えた事は無かったけど、今この瞬間私はこの仕事を選んで良かったと心から思えていた。


「ほら、あげる」

「何だ!」

「これは……」


 天使ちゃんはオークの魔結晶をカイルの仲間達に放り投げた。

 魔結晶は脆そうに見えて、鋼鉄よりも頑丈だから問題無いのだけど少し扱いが荒い。ただそんな行動もどこか愛らしく感じてしまう。

 私はどうしてしまったんだろう。いくらなんでもおかしい。


「それで新しい薬が買えるから、その薬はそいつに使ってあげれば? ああ、ちゃんと確認してもらったからその薬分の価値はあるよ」


 その言葉を聞いて、魔法薬を持った男がこちらを見てきたので、私は無言で頷く事で肯定した。それを確認した男は、カイルに魔法薬を振り掛ける。

 その瞬間、魔法薬の効果が発動して、カイルの表情が戻っていき、傷が治ったのだと伝わってくる。


「テメェ! こんな事してただで済むと思ってるのか!」


 傷が治ったと思った瞬間、カイルが天使ちゃんに吼える。ああ、この野獣は本当に頭が悪い。お情けで治してもらえた事を理解していないようだ。

 その時、私はカイルがアリスと呼ばれた少女をチラチラと見ている事に気が付く。まさかこいつ。


「貴方はこの子を人質にして復讐しようと考えてるのかもしれないけど、この子はこう見えても私の護衛だから、接近戦なら私よりも強いよ」


 そう言われ、アリスが布袋を置いて一歩前に出る。

 その手には確かに剣が握られているので戦う事は出来るのだろうけど、アリスはどう見ても私の半分くらいしか生きていない少女なのだ。そんな話は信じられない。


「あの……お姉さま、そう言って頂けるのはありがたいのですが……」


 アリスがそう話すと、周囲がほら見た事かと騒ぎ出す。しかし、その続きを聞いた瞬間、周囲は静まり返る。


「私は殺さずに取り押さえるのが苦手なので、たぶん殺してしまうと思いますけど大丈夫ですか?」

「ああ、そういえばアリスは攻撃する時、喉とか心臓ばっかり狙うもんね。うーん、この国に正当防衛があるか分からないから、少し手加減してあげてよ」

「正当防衛というのがどんなものか分かりませんが、まあ、なるべく手加減しますね」


 こいつらは狂ってる。二人を見るほぼ全ての人間の目がそう語っていた。

 しかし、その中で、カイルは憎悪と憎しみ怒りを込めた目でアリスを睨み叫ぶ。


「乳くせえガキが! 調子に乗ってんじゃねええええ!!!」


 先ほどのアリスの発言は完全にカイルを下に見ているものだ。ただでさえ沸点の低いカイルでは、平時でも一気に沸騰するような話題だっただろう。

 だから怒り狂う事までは予想できたけど、カイルの行動は予想を超えた。


「カイルさん! 施設内での抜刀は許可されていません!」


 そう、カイルはあろう事か、施設内で剣を抜いたのだ。

 冒険者というのは街中でも様々な武器を持ち歩くのを認められているし、色々と融通が利く職業だ。

 しかし、優遇されている分色々と制約もある。その中の一つが冒険者組合の施設内での武器の使用の禁止だ。

 冒険者は荒事を生業にしている者達であり、そんな冒険者同士が武器を取り合えば、十中八九どちらかが死ぬ事態になる。そして、そんな事が続けば冒険者はどんどんいなくなってしまう。

 それを防ぐ為、施設内では殺意を持って武器を構えただけで、特別な場合を除いて冒険者資格を剥奪されるという厳しい規則がある。

 この事は当然カイルも知っているはずなのだけど、怒りのあまり忘れてしまっているようだ。これで、例えこの場が収まっても、カイルの冒険者人生は終わる事が決定した。


「うるせえ! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって! いいか! 女なんてもんは男に突かれて腰を振ってりゃそれでいいんだよ! 女の分際で俺様に逆らうんじゃねええ!!!」

「うわ」

「最低ですね」


 剣を構えるカイルに対して、二人の少女は余裕そうな表情で佇んでいる。

 おかしい、いくら実力のある人間だろうと、こんな状況では身構えるくらいはしてもいいはずだ。それなのに二人は自然体で、精々アリスの方が剣を鞘にしまったまま持っているだけの状況だ。

 この二人には恐怖という感情が無いのだろうか?


「死ねええええええ!!!」


 施設内の視線が集まる中、カイルはアリスに向かって剣を振るう。

 腐ってもCランク相当の実力者であるカイルの剣は、素人の私では目で追えないほど早く、次の瞬間にはアリスの体が引き裂かれ、彼女の断末魔が響くと思った。


「ぎぃあああああああああ!!!」


 しかし、響いたのは金属の物が床に落ちる音と、カイルの叫び声だ。


「お姉さま、この剣では骨を切断するのは無理みたいですね」

「うーん、所詮は拾い物の剣だからね。今度新しいのを買おうか」

「拾い物だったんですかこれ?」


 まるでショッピングを楽しむかの様に、血の付いた剣を眺めて会話する二人を見て、私の脳が悲鳴を上げる。私にはその剣がいつ抜かれたのかさえ分からなかったからだ。

 私にも理解できる事と言えば、斬りかかったはずのカイルが、いつの間にかアリスに返り討ちに合い、手首を斬られていた。その結末だけだ。どうやって斬られたのかは記憶に存在しない。

 腐ってもCランク相当の冒険者が一方的に斬られる。それだけでも驚くような光景なのに、それをやったのがあの幼い少女なのだ。私は開いた口が塞がらない。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 手首を斬られて苦しむカイルは、突然仲間の受け取っていたオークの魔結晶を奪い、懐から何かを取り出す。

 まさかあれは!


「おいカイル! それは爆破の魔道具じゃねぇか!」

「やめろ! オークの魔結晶でも死人が出るくらいの威力は出るんだぞ!」

「うるせえ! みんな吹き飛ばしてやる!」


 カイルが取り出したのは、装着した魔結晶の魔力を全て爆発エネルギーに変換して吹き飛ばす使い捨ての魔道具だ。

 例え武器の所有を制限しても、魔法使いがいれば同じ事が起こせるので、特にそういった物の持ち込みは禁止されてはいないけど、まさか目の前に出される日が来るとは思いもしなかった。

 その時、私が考えた事は、自分がどうなるかではなく、私の天使ちゃんをどうしたら守れるか。そんな事だった。

 ただ、その心配は必要の無いものだった。


「黙って見ていようと思ったが、そこまでされたら放置出来ないな」


 誰かの声が聞こえた瞬間、金属の滑る音が響き、騒いでいたカイルの頭が床に転がり静かになる。カイルの仲間達はそれを見て、腰を抜かして床に転がり、辺りも静まり返った。


「彼のした事は重大な規約違反だ。しかも最後の行動は死刑にされても文句は言えないほどの行為だった。よって私は騎士の名において彼を処刑した。異論のある者は前に出ろ」


 施設中の人間の目が、その発言をした人間に集まる。

 そこに立っていたのは、この組合を警備する兵をまとめる女騎士、マルグリットさんだった。


「あらら、かっこいい」

「でもあの人、だいぶ前からいたのに、黙って見てましたよ」

「ははは、ちょっとお嬢さん方の実力が見たくてね。観察させてもらったよ」


 先ほどまでの出来事が嘘であるかのように和やかに話すマルグリットさんは、他の警備の兵に指示を出し、カイルだったモノを処理させる。その際、カイルの仲間達は一緒に連れて行かれた。

 そうして、カイルとその仲間達がいなくなると、施設内は若干の騒々しさを残しつつも、いつもの状態に戻った。こういう時いつまでも引きずっている様では冒険者としても組合員としても二流。ここにいるのはその程度の事は理解出来る人間だった。


「正直に言うと私は彼を持て余していてね、どうにか適当な理由を付けて処理できないか、機会を窺っていたんだ」

「それってここで言って良いの?」

「ははは、ここだけの秘密にしてもらえるとありがたいな」


 マルグリットさんは小声で話しているけど、私の耳にはしっかりと話の内容が聞こえている。

 大丈夫かしらこれ。もしかして口封じに殺されたりしないかしら。

 取り敢えず今の会話は聞かなかった事にしよう。


「ああそうだ、私の名はマルグリット・キルヒアイゼンと言うのだが、お嬢さんのお名前は?」

「かっこいい名前……。あっ、ええと私の名前はサヤ、サヤ・スノーホワイトです」

「サヤ・スノーホワイトか、珍しい名前だな」


 なんとマルグリットさんが私の天使ちゃんの名前を聞き出してくれた、

 サヤ・スノーホワイトちゃんか……。素敵な名前。えへへ。


「あと、そちらの小さいお嬢さんのお名前を聞いても良いかい?」

「はい、私はアリス・エレノアと申します」

「エレノア? すると君はエレノア教会で保護している孤児ではないかい?」


 教会などの施設では、人間による魔力の循環を効率よく行うために孤児を養っている場合が多い。そして、孤児たちは養ってもらう代償に、元々のファミリーネームを奪われ、施設と同じ名前が与えられる事となる。

 この名前は将来施設から巣立ち、国に自立したと証明できれば変更出来るが、殆どの孤児はそのままその施設で働く事となり、名前もそのままである事の方が多い。


「その通りですが、今はサヤお姉さまの付き人として雇われています」

「なるほど、君ほどの腕があればたまたま寄った教会でスカウトされたとしてもおかしくは無いな。それで、君の使っていた剣術は教会の騎士に習ったのかい? 殆ど原型を留めていない様だが、基礎はどことなく騎士団の剣術に似ているね」

「そうですね。騎士様からご教授頂いたものを、私にとって扱いやすいようにアレンジしました」

「その歳でその応用力……、将来が楽しみだ」


 笑顔でそう話しながら、マルグリットさんはアリスの頭を撫でる。

 マルグリットさんは気難しい性格の人だと今まで思っていたけど、あんな笑い方も出来るんだ。ここで働いてから四年目にして新発見をしてしまった。


「それで君達は冒険者として登録したいそうだが、あの騒ぎのあった後でもその考えは変わらないかい?」

「そうですね。というか、手持ちの魔結晶を買い取って貰わないと、今日宿に泊まるお金も足りないかもしれないので、早く登録させてください」

「ははは、それはすまない。では、アメリア嬢、この期待の新人君を冒険者として登録してあげてくれ。これから彼女達には、あの馬鹿者が稼ぐはずだった分まで働いてもらわないといけないんだ」

「はい! すぐに天――! いえ、サヤ様とアリス様の登録を行います!」

「てん? まあいい、私は仕事に戻るのでよろしく頼む」

「よろしくね、アメリアさん」

「はいいい!」


 極上の微笑みを送ってくるサヤちゃんを至近距離から見つめる事になり、私のテンションは最高潮に達していた。

 その為、先ほどまでこの場所で何が起こっていたのかは記憶から消え失せてしまい、消えた冒険者の事など思い出す事も無かった。


 私にとって、今日この時この瞬間は、今までの人生で……いや、これからの人生でも最高に幸せな瞬間だった。


タマが潰れる音はググッたら出てきた物を使用しています。

試しに聞いてみようとか出来ませんので、実際はどうなのか分かりません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ