第十一話 初めての野宿
「今日はここで野宿をしましょう」
「はい、分かりました」
私の決定を聞いて、アリスは異空間収納から取り出してあげた布をお尻の下に敷き、同じく取り出してあげたランプを用意する。
「お姉さま、ゴブリンのでいいので魔結晶を頂けますか?」
「はい、これね」
「ありがとうございます」
私から魔結晶を受け取ったアリスが、ランプの窪み部分に魔結晶をはめて何か操作すると、ランプが淡い光を放ち始める。
「へぇ、これが魔道具の力なんだね」
「おっ、お姉さま……、明かりの魔道具も知らないって、今までどんな生活をしていたんですか……?」
これには、あまりその辺りを追求してこないでいてくれたアリスも、突っ込まずにはいられなかったようだ。
まあ、そりゃそうだ。今の私は、壁のスイッチを入れたら明かりが付いた事に驚いている人みたいなものだもんね。そりゃおかしな人扱いされるわ。
「ごめんね。私は一般常識とか一切教えて貰えず、毎日魔法だけを覚えさせられて生きてきたから、知っていて当然の事も知らなくて。だからアリスにはこれからも変な事を聞くかもしれないけど、嫌がらずに教えてくれたらうれしいな」
「……はい、わかりました。それで旅に同行させて頂けているお礼が出来るなら、知っている限りの事をお教えします」
「うん、ありがとう」
「いえ、これくらいお安い御用です」
今の私に出来る事は、精々言えない事情を抱えた訳有り少女を演じる事くらいしかない。
アリスには申し訳ないと思うけど、私は今後、世間知らずの超箱入り魔法使い娘という謎設定を意識しながらこの世界で生きていくと決めた。
「それで、魔道具についてなんだけど、これって魔結晶を消費して動くんだよね」
「そうですね。明かりを点けるだけではなくて、火を出したり、風を送ったりという家庭で役立つ物から、戦闘用の物まで、様々な種類が存在して、全てが同じ魔結晶で動きます」
そう言いながら、アリスはランプにはめられた魔結晶を指差す。
「魔道具はこうやって魔結晶を窪みにはめると機能する物と、魔結晶を魔力を貯める為の部分にくっつけると、一瞬で内包する魔力だけが吸収され、それが無くなるまで機能する物があります」
ふむふむ、要するに交換式と充電式があるわけね。でも、効果が変わらないなら充電式の方が使い易い気がするな。
「使い易さで言えばもちろん魔力を吸収する物の方が使い易いです。ですが、こちらは設定された容量以上の魔力が大気中に霧散してしまうという欠点と、そもそもはめると機能する物とは桁違いに価格が高くなるという欠点がありますので、一般的ではないですね」
「なるほど」
やっぱり良い物は相応に値が張るらしい。
その為、充電式の魔道具は主に、国が管理する浄水の魔道具やゴミ焼却の魔道具などの施設に使われるもので、個人で所有する人間は貴族か上位冒険者くらいということだ。
「この明かりの魔道具ならオークの魔結晶一個で数個購入出来るくらいの価格らしいですから、街に着いたら一緒に見て回りましょう」
「うん、よろしくねアリス」
例え実用品の購入の為だとしても、女の子とのお買い物の約束というのはうれしい。早く街に着ける様に頑張ろう。
でも、今はアリスの食欲を満たすのが先だ。
「それじゃあ、魔道具の話はこれくらいにしてご飯にしようか」
「はい、お姉さま」
異空間収納の変換用魔力は、オークとの戦いで使い切れないくらいに増えている。だから私は、最初に手を洗う為の水差しに入ったただの水を出す事にした。
「まずは手を洗おうね」
「それって水差しに入った水とかも出てくるんですね」
アリスはこれが変換用魔力で作ったものという事を知らないので、そのまま収納してあったと思ってるみたいだ。
うーん、変換用魔力の事は教えても良いけど、魔物の死体が原料だと知るとご飯が食べ難くなるかもしれないから黙っておこう。
そう思った私は、アリスには自分の魔力で好きなご飯や飲み物を作り出せる魔法があるのだと伝えた。
アリスはかなり驚いていたけど、私の非常識さに慣れていた事もあってか、意外とすんなり受け入れてくれる。
いやぁ、アリスが物分りのいい子で本当に良かった。
そう思いながら、私はアイテムリストと念じて目の前にアイテムリストを表示させる。
因みに、アイテムリストはアリスには見えていないらしく、目の前で出しても何の反応も示さなかった。
私はアリスの手に水をかけながら、アイテムリストの変換用魔力の残量を確認した。すると、変換用魔力が水差しの重さ分も含めて減っている事が確認出来た。
なるほど、食器付きで出すと食器の重さ分の魔力も消費するのか。
まあ、魔力に余裕があるうちは気にするほどの事じゃないし、食器を用意する必要が無いから便利とだけ考えておこう。
そう思いながら手洗いを終えて水差しをしまうと、アイテムリストに水差しが追加されず、変換用魔力が増加した。
おお、食器の分は魔力の再利用が可能なんだね。なら気にしなくていいや。
私は予想以上に使い勝手の良い異空間収納の食料変換機能に感激しつつ食事を敷物の上に出していく。
「すごい、見た事がない食べ物がいっぱいです」
「ははは、私の故郷の食べ物なんだよ」
私が出したのは、一度だけ食べた事のあるチェーン店のものではない高級ハンバーガーとフライドポテト、オニオンリングにコールスローサラダ、それとオレンジジュースだ。
元の世界ではハンバーガーひとつで1000円以上という価格設定の為、学生の私には気軽に食べられない一品だったけど、金額が関係しない今ならこういったものも食べ放題だ。
神様万歳。
「食べられない物があったら教えてね。代わりの物も出せるから」
「はーい」
元気よく返事をしながら、アリスはハンバーガーを口に運ぶ。
教会に住んでいたなら、食事の前に祈りを捧げるとかがあるかなとも思ったけど、無いみたいだ。もしかするとこの世界にはそういった風習は無いのかもしれない。
そうなると、いただきますとか言うと変に思われるかもしれないので、私もそのまま食事を始める。
「おいしいです! 信じられないくらいおいしいです!」
「そう、よかった」
アリスは全ての料理を本当に美味しそうに食べている。
可愛い女の子が美味しそうにご飯を食べる姿は見ているだけで幸せな気分になる。
こうしてアリスとご飯を食べていると、記憶に残っていたこのハンバーガーも、初めて食べた時よりも美味しく感じてしまうから不思議だ。
「そうだ、アリスが普段食べてた料理ってどんなものなの?」
「えっと、肉と野菜のスープやパンですけど、教会で食べたパンはこの料理のパンに比べたら硬くてボソボソでした」
「そうなんだ」
どうやらこの世界の食事はあまり美味しくないようだ。食料変換機能があって本当に良かった。
「あっ、そうだ。教会で、勉強が良く出来たご褒美として貰ったお菓子がありますけど、食べてみますか?」
そう言って、アリスがエプロンとスカートの間にあるポケットから、布に包まれたクッキーの様なものを取り出して手渡してくる。
「ありがと、一個貰うね」
私はどこに入れてあったのかに注目しつつ、アリスから貰ったお菓子を口に含む。
「うぐっ!」
「お姉さま!」
口に入れた瞬間思い浮かんだのは不味いという言葉だった。
そのお菓子は、食感は見た目通りクッキーだ。でもその味は予想の斜め上をいく。
なんと言うのだろうか、これは昔、田舎で池に落ちた時飲み込んでしまった、藻だらけの濁った泥水みたいな味がする。
信じられない、これが人間の食べるものだとでも言うのだろうか。こんなものをご褒美だと言って差し出す人間の神経が理解できない。
もしかして、そもそもこの世界の人間の味覚が私と違うのかなという可能性も考えたけど、アリスが私の世界の料理を美味しそうに食べていたのでそれは無いはずだ。
つまり、この世界ではこんな物くらいしか食べ物が無いのだ。
ああ、アリスはなんて可哀想なんだろう。今までこんな物しか食べる事が出来なかったなんて。
私は口を片手で押さえて、目から涙を浮かべながら、心配そうに見つめてくるアリスの頭を撫でる。
「これからは今までの分も美味しいものを沢山食べさせてあげるからね」
「はい? ありがとうございます」
私はこの世界の食事には期待しないと心に刻み込み、自分の出した料理で口直しをしたのだった。
◆◆◆
「それでお姉さま、寝る順番はどうしますか?」
「寝る順番?」
ご飯を食べ終わるとアリスがそう尋ねてきた。
私は全く考えていなかったけど、いくら比較的平和な場所と言っても、寝ている間の見張りは必要と言う事で、順番に寝るのが普通らしい。
「私は眠くないからアリスが先に寝ていいよ。眠くなったら起こすから」
「分かりました。ではお先に眠りますね」
そう言ってアリスは眠りにつく。
私はアリスの可愛い寝顔をしばらく見つめてから、自分に起こっている異常事態について考えていた。
「全く眠くない……」
あれだけの戦いをして、初めての異世界の夜で間違いなく疲れていると思うのだけど、眠気が全く無い。
最初は興奮して眠れないのかとも思ったけど、それを加味してもおかしい。
それと、食事の後、アリスがお花摘み――隠語の方――に行くという場面があったのだけど、よく考えたら異世界に来てから私はそういった生理現象に出会っていないと気がつく。
ご飯についてだって、アリスがお腹を鳴らしていたから気がついたけど、私自身は全くお腹が減っていなかった。
ご飯自体は問題なく食べれたけど、もしかすると空腹を感じない体になっている可能性もある。
これは仮説だけど、私は今、睡眠、排泄、食事といったものが必要無い状態になっているのかもしれない。
まあ、まだ結論を出すのは早いけど、この異世界でもう数日生活してそれらが無いなら、間違いないとみてもいいだろう。
もしかすると、それ以外にも何かおかしな部分がある可能性もある。
「私の体……どうなってるんだろう……」
よくよく考えてみれば、私が元々の体のままこの異世界に来ているという保証は無い。
見た目については教会の鏡で確認したから、顔までそのままとは分かっているけど、中身については別物という可能性もある。
「私ってちゃんと人間なのかな……」
もしかすると私は人間ではない何かにされてこの世界に送り込まれたのではないか。そんな妄想まで浮かび上がってくる。
でも、いくら考えても神様は何も教えてくれないし、答えも出てこない。
私は考えても無駄だと悟り、前向きに考えれば生活していく上では便利じゃないかと考え直して、その事に悩むのはやめた。
「よし、もっと有意義な事を考えよう」
そう思いながら私は魔道具のランプにはめられている魔結晶を眺める。
私は始めて魔結晶を見た時、ひとつ思いついた事があった。この魔結晶って、『魔力具現化』で作ったものに材質が似ていると。
魔結晶は形は丸く、ビー玉より少し小さい球体といった見た目をしている。
そして、これは魔力が結晶化したものであり、作られる原理は『魔力具現化』と似ている。ならば――。
「魔力具現化・結晶」
私は手を握り、魔結晶の形をイメージして『魔力具現化』を発動させた。すると、手のひらに何かが出来上がるのを感じる。
ゆっくりと手を開くと、そこには純白の魔結晶が存在した。
うん、見た目はそれっぽい。
私は出来上がった魔結晶をランプにはめてある魔結晶を入れ替えようとする。
しかし、魔結晶はうまくはまらない。ランプが点かないではなくはまらないという事は魔結晶の形が悪いのだろうか。
そもそも魔結晶は個体差が無く、全ての魔物が同じ大きさなのだろうか。まあ、そうでないと使いまわしが出来ないし、アリスの言っていた事と矛盾する。
そんな事を考えながらもう何個か魔結晶を作っていく。すると、27個目でやっとうまくはまった。
「おお!」
思わず私の口から声が出る。
私が作った純白の魔結晶がはめられたランプは、問題なく光を放っていた。
あとはこの魔結晶にどれくらいの魔力があるのかが気になるところだけど、少なくとも私が魔結晶を自作できるという事が分かった。
アリスの話だと、魔結晶というのは魔物から採取するしか手に入れる方法が無いという事だったので、私は他の人とは違い、気軽に魔結晶を消費できる能力を手に入れた事になる。
出来ればこの魔結晶を換金して大儲けといきたいところだけど、換金の際に騒ぎになる可能性もあるので、あくまでも自分用として使い、倒した魔物の分はひとつ残らず換金という方向で行こうと思う。
ただでさえ常識を知らずに目立ちそうなのに、これ以上注目を集めたくは無いからね。
私は色々考えながら、作った魔結晶を異空間収納に収める。すると、アイテムリストに沙耶の魔結晶×1と、沙耶の魔力の塊×26というものが表示される。
沙耶の魔結晶の方はちゃんと魔結晶の場所に表示されているけど、沙耶の魔力の塊というものはその他の場所に表示されている。
なるほど、ちゃんと出来たものは異空間収納にも魔結晶として認識されるらしい。
なら、いちいち魔道具にはめて確認しなくても、作ったものを一気に収納して、失敗品だけを出して魔力に戻せば効率的だ。
私はそう考え、失敗品を魔力に戻し吸収してから魔結晶作りを再開したのだけど、アリスがもぞもぞと動いているのに気がつく。
どうやら魔結晶を作る度に詠唱するのがうるさいらしい。
それならばと私は無詠唱で魔結晶を作っていき、異空間収納に収めてみた。
■沙耶の魔結晶×1
■沙耶の魔結晶(無)×2
■沙耶の魔力の塊×32
結構失敗を繰り返したけど、だんだんと成功する確率が上がってきている。
あと、無詠唱で作ったものは無というマークが付いているので、何かしら違うのかもしれない。
ためしにランプにはめてみても問題なく明かりが点いたので、私の魔法の特性的に考えて、たぶん魔力の容量が少ないとかではないだろうかと思う。
その辺りは街に着いてから確認方法を考えるとして、今は無詠唱でもいいから魔結晶の量産を開始する事にした。
魔結晶は沢山あった方が便利というのもあるけど、眠気が全くないこの状況で、朝まで何もせずに見張りをしているのが暇だったのだ。だから暇つぶしという意味合いも込めて、私は日が昇るまでひたすら魔結晶を作り続けていた。
途中、ゴブリンが近寄ってくる事はあったけど、魔力の上昇した私にはゴブリン程度無詠唱でも倒せる相手になっていて、声も出さずに倒す事が出来た。
ただ、無詠唱で発動した『魔力解放』の威力は予想以上に低くて、たぶん三割の威力も出ていなかったと思う。
『魔力具現化』を無詠唱で使った場合については正確な事は分からないけど、もしかすると強度と切れ味が三割程度まで低下しているのかもしれない。
これについては無詠唱で作った魔結晶の魔力の量が分かれば自ずと分かると思うけど、取り合えず無詠唱は不意打ちと雑魚相手くらいには使える程度に考えておこう。
私が色々考えながら更に魔結晶を作っていると、明るくなってきたはずなのに突然手元が暗くなる。
何かなと思って、私が影の発生源を確認しようとするとそこにはアリスが立っていた。
「なんで起こしてくれなかったんですか! 私、お姉さまと交代せず朝まで寝てしまったじゃないですか!」
「ごっ、ごめんなさい」
そういえば眠くなったら起こして交代するって約束をしていたんだった。結局私は朝まで眠気を感じなかったので、すっかり忘れていた。
自分だけしっかり寝てしまった事をアリスは謝ってくるけど、私は自分が眠くならない事をどう説明したらいいのか思い浮かばず、相槌をうちながら頭を悩ませていた。




