ねこふんじゃった
ネコふんじゃった
ドスンと車体が大きく揺れた。
なんだ、何か下にブロックでもあったのか。
そのまま進んでバックミラーをチラリと見ると猫の死体があった。
俺は猫を踏んだのか。
「なんだ、ただの猫か」
今日は久々に羽を伸ばすべく、友人とキャンプに出掛けることになった。ゴールデンウィークの余りの平日を有給で潰し、一週間程の長い休みになったのだ。
本当に久しぶりだ。
休みも嬉しいが趣味に明け暮れる楽しみはいてもたってもいられない。
家の小さな倉庫からテントとイスと、炭とを出しそのまま車へと流れ作業の様に詰めていく。
俺は浮き足立ったままキーをさしてエンジンをかけた。何を思ったのかシートベルトはつけなかった。
そんなに楽しみにしていたのだろう。
昨晩はよく眠れなかったせいか、少しまぶたが重かったのだが車を走らせて小一時間。ようやく目が覚め実感してきた。
そんな時にだ、猫を踏んだ。
勿論いい気はしないし寧ろ罪悪感はある。
だが俺はそれよりもキャンプの事で頭がいっぱいであった。
あと30分、このまま渋滞なく進めば着くのだ。
俺の幸せな連休が始まろうとしているのだ。
そう考えたら何故か俺は、何でこんな時に猫が出てきたのかと思い始めてしまった。
勿論この猫だって好きで俺の前に出てきたわけでもないし、好きで死んだわけでもない。
だったら他の車に当たれば良かったのだと、俺はあろう事かそう考えてしまったのだ。
そして出た言葉。
「なんだ、ただの猫か」
そしてバックミラーから目を戻して前を見たその時、
俺はトラックと正面衝突した。
偶然の、一瞬の、奇跡のような事故だった。
俺がバックミラーをチラリと見た一秒。
その時トラックの運転手は、助手席に置いてあった紙が落ちたのに気付き拾ったのだと。
お互いのその奇跡のような目線の逸らしがこの事故に繋がったのだ。
シートベルトをしていなかった俺は車から吹っ飛ばされ、コンクリートへと身を打った。
骨は折れてしまったのか確認できないが、頭を地面へ強打し血がドバドバ出ているのは分かる。
俺は死ぬのか。
薄らトラックから煙が出てるのが見えた。
あのトラックは何を積んでいたのだろうか。中身が何であれ、俺は死ぬ。
トラックが爆発するのであれ、俺は死ぬ。
大量出血であれ、俺は死ぬ。
もうそれだけは変わりはしない。
だんだん意識が遠くなり、視界もぼやけ始めてきた。
血は相変わらず止まらないようで、寒気ばかりが強くなる。身体は驚くほど動かないので、助けも呼べない。
ぼうっとしてきた意識の中、たしたしと耳元で音がするのに気が付いた。
それはこちらへと近づいて来るようだ。
たしたしたしたし。
なんの音だろう。
軽い何かが歩いているような音だ。どこか聞いたことがある。
よく耳を立てなくともそれが勝手に自分へと近づいてくる。
そして耳の真横でたし、っと止まった。顔すら動かせないので、目線だけ無理して見る。
それは黒い猫だった。
俺の顔を大きな目でじぃっと見てくる。
「………………た、たすけ」
俺は猫の手も借りたいぐらいに醜くすがった。
目からボロボロ熱い体液を出しながらそれしか言えなかったのだ。
だがその猫は、俺の最後の言葉であろうそれを華麗に聞き流し、わざわざ血だらけの体の上を登って通り過ぎていった。
猫に人の言葉は通じないと知っているが、それはあまりにも虚しいものだった。
ある程度距離が出たあと、猫は首だけこちらに向けて低く一言言った。
「なんだ、ただの人か」