第9話 奪還
振るった斬撃はアンドレイを捉えた。腕を斬り落とす。高周波ブレードにとって人体ほど斬りやすいものなどなく、生じた振動と熱によって容易く切り落とすことが出来た。
傷口は焼かれ値は出ない。だが、確実なダメージ。重症だというのに、あろうことかアンドレイという男は笑っていた。
「お、おおおおぉぉおぉぉぉぉぉぉお!! 俺の腕! 斬られた、初めて斬られた! いてぇ!」
斬られたというのにアンドレイは嬉しそうに笑っている。気狂い。まさにこの男狂っている。だからこそ、腕を切られて笑っていられるのだ。
ただ、この時代そういう奴はいないわけではない。生身を保っている者が少ないということもあるが、どうせサイボーグ技術によって治せるのだから怪我など気にするだけ無駄だろうというような輩だ。
目の前の男はまさにそれ。そんな男はひとしきり笑って、
「良し、やろうぜぇ。本気で殺し合い、やろうぜぇへっへっへっへ」
己の武装を展開した。魔力量子によって展開されるのはストレージに保存されていた武装。数多の部品が組み合わさって創りだしていくのは機械の鎧。
失くした腕はそのままにアンドレイが纏うのは赤と黒の機械の鎧だ。腕と脚、それから胴体に鎧の如く機械のパーツが組みついていく。
それはパワードスーツ。相も変わらずサイボーグ技術の進歩のおかげっで時代遅れとなったものであるが、生身の者にとっては自分を強化できるものだ。
高周波ブレードにもパーツが組み合わされ強化していく。長方形の刀身はより長くより肉厚になっている。
「やれやれ、こっちも本気ださんと駄目か」
『こちらは終わりました。さっさとしてください』
「へいへいっと」
ソフィアからの催促の通信。ならばやるだけである。こちらもまた同じようにパワードスーツを展開する。腕と脚、胴体を覆う鈍色の機械の鎧。高周波ブレードは展開された部品によって一回り大きくなっている。
背には何もなく頭部はバイザーが覆うだけのシンプルそのもの。あまり変わっていないように見えるがこれで十分。
「準備は良いか?」
「律儀に待ってくれるとはお優しい首切りさんだことで」
「へっ、戦いってのはそういうものだろ?」
「違いない」
「…………」
「…………」
互いに動いたのは同時だった。振るわれる高周波ブレード。その性能は奇しくも同等だったのだろう。剣身がぶつかるたびに干渉した高周波が高音を響かせ、火花を散らせる。
それは美しい華のようでもあり、戦いの苛烈さを物語っていた。 ただの一回の交差。ただそれだけで十数を超える剣戟の応酬。どちらも退かずに剣を振るう。
斬り、突き、払い。それらすべてを利用して相手を斬らんと猛る。魔力が猛っていた。循環する魔力は二人の身体能力を高める。
ラグルが振るった刃は、アンドレイのふらふらした足運びによって躱される。酩酊しているかのような足運び。それによって予測できない動きをしてくる。
高周波ブレードを振るったかと思えば手放し蹴っ飛ばして回転させて斬りつけ。足のヒールに挟んでまるで手で振るうかのようにも振るってくる。
「やるな――」
変態野郎かと思ったが以外にやる。ただの快楽殺人者から評価を上方修正。それに伴い、戦闘に関するギアを一段階引き上げる。
「それはありがてぇなぁ、こっちも楽しくなってきたぜぇ。俺みたいに生身の奴と戦うのなんざ初めてだ!」
だからこそ、殺し甲斐があるとばかりにアンドレイは攻め立てた。男の首は趣味ではないが、この闘争は楽しい。
首切りの次くらいには楽しかった。それに痛みを感じるのもそうだ。良い、実に良い。滾るのだ。
「今、俺は、生きている!」
そう思えるのだ。機械の身体になって生きる? 冗談も休み休み言え。感覚も作り物、感覚のシャットダウンに感情のカット? ふざけるな。
そんなものでは楽しめないではないか。そんなことでは、どうやって生きていると感じるのだ。アンドレイという男は生まれながらの気狂い。
生まれながらに現代の常識全てが気に入らず、そんなものに従うなどまっぴらだった。ゆえに、生身。それでもよかった。
それでも生きれる。むしろ、そちらの方が楽しい。魔物との危険な戦いも、サイボーグとの圧倒的な力の差がある戦いもそう。
生きている気にさせてくれる。この戦いもそうだ。腕を斬られた。初めての経験だ。とても楽しい。今が充実している。
これこそが望んでものであり、これこそが生きているということだ。
「なあ、お前もそう思うだろう!」
「何が、だよ!」
問いかけられた言葉。ラグルにはその意味がわからない。そもそも問いの部分がないのだ。答えようがない。
だからそんな問いなど無視してただブレードを振るう。振るった刃は相手の刃に当たって弾かれる。即座に蹴りアンドレイを吹き飛ばしてそれに追従するように追って刃を振るう。
吹き飛ばされたアンドレイは更に体勢を崩してその一撃を躱した。顎をかすめる刃。バイザー越しに見えるのは笑みを浮かべた口元だけ。
倒れるままにアンドレイが足を振り上げた。強化された剛脚。ラグルは手を伸ばす。掴み取る相手の膝。そのまま腰をまわすと同時に身体を回転させて回転の力によってアンドレイを分投げる。
壁に突っ込むアンドレイ。それに向かって弓を構えた。あまりの骨董品具合にえ? と唖然とする女。しかし、それから放たれた一撃を見てただの骨董品でないことがわかる。
壁を貫き別の部屋にまで飛ばされたアンドレイに突き刺さる矢。鋼鉄の矢だ。アーマーを貫き肉を貫き、肩口を壁へと縫い付ける。
「おお!?」
そのまま二射、三射。即座に快音をあげる弓の音に聞き入るとともに感じるのは痛みと衝撃。足の関節に寸分の狂いなく撃ちこまれた矢はそのままアンドレイという男を壁に縫い付けてしまった。
「さて、宝珠、渡してくれるか?」
そうして再び高周波ブレードに持ち替えたラグルは女に刃を向ける。
「くっ」
腕の内蔵武装を使おうとしたら、その瞬間には腕が飛んでいた。あまりの速さに知覚すらできなかった。
「あ、あなた、何者」
「ただの生身の人間だよ」
「生ものが、こんなことできるはずがない!!」
ごもっとも。
「さて、その理由はうちの社長に聞いた方が早いんだよなあ。俺もそこまで詳しいこと知らねえし。それより早く渡してくれよ」
「この!」
女が最後の抵抗とでも言わんばかりに肋骨に当たる部品から高周波ブレードを展開する。面倒な内蔵兵装満載で楽しいことだ。しかし、それはもう既に遅く。ラグルにかすることすらなかった。
女の頭部が転がる。ころころと転がってアンドレイを磔にしている部屋に入って行った。
「まあ、これで取り返したな」
落ちて転がった宝珠を取ろうとした瞬間、女の身体が蹴りを放つ。撃発音と共に放たれた高周波ブレード。
「やれやれ、しつこい」
しかし、それは容易く躱され、
「終わりだっていっただろ?」
ラグルの高周波ブレ―ドが黒の軌跡を描いた。細切ればらばらのジャンクの出来上がり。首一つの状態ですら生きているのだから、サイボーグってのは厄介だがここまでやったら問題ないだろう。
もう動ける身体は残っておらず、首は一人では動けない。これで本当に終わり。転がった宝珠を手に取ってソフィアに通信を送る。
「終わったぞ」
『時間を超過しすぎています』
「悪かったって。だが、きちんと取り戻した」
『それは当然のことです。当たり前のことをなに誇らしげに言っているのですか。協力者ならばそれくらいはやってしかるべきです」
「…………」
それはともかく、さっさと迎えに来てくれとラグルが言うと、轟音を響かせて錆びついたアークの手が司令室へと突っ込まれた。
危うく潰されるところのラグル。
「危ないな!」
『当たらないように計算していました。危険はありません』
「そういう問題じゃないだろ」
そうぶつくさ文句を言いながらも腕によじ登るラグル。アークの手の平に存在する人が掴まることが出来るポールに掴まると同時にソフィアがアークを動かした。
司令室を盛大にぶち壊しながら六本腕がガトリングを用いて出て来ていた無人機を薙ぎ払う。
それに伴いガトリングはしばし魔力の充填が必要になる。腕を回転。主兵装を銃から高周波ブレードに変更。
肩のボルトが外れ回転する。錆びた金属がすれ合う音が響き渡り、腕が切り替わる。
「どわああああ!?」
それに巻き込まれて腕に捕まっているラグルが悲鳴を上げているが宝珠が無事なので無視して機体バランサーの調整と運動パラメータを再設定。魔力炉の魔力分配率と生成効率を近接戦闘モードとして弄る。
それらの処理を一瞬で終わらせて、六本腕は敵拠点から撤退すべく駆けだす。未だ健気に稼働を続ける防衛設備を破壊。工作用重機並びに戦車を破壊。
走る、跳ぶ、蹴るなどの度に死にそうな悲鳴を上げているラグルは無視されたまま拠点を無事に脱出。ルビエがいる高台まで走り抜けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あーあー、負けちまった」
磔にされたアンドレイがそう呟く。
「そうですね……」
それに物凄く投げやりに同意の呟きをあげるのは生首となった女だ。
「それにしても良い格好になったじゃねえか。少しはそそるぜ」
「それはどうも。よかったですね……」
「おいおい、投げやりだな」
「そりゃ投げやりにもなるでしょ……」
負けに負けた。エデンの子から宝珠を奪うのは成功したのに、エデンの子の現地オブザーバーにエデンの子を持ち逃げされて反撃の機会を与えてしまった上に宝珠すら奪還されてしまったのだ。
もうつくろえない見事なまでの敗北。任務失敗だ。
「総統閣下にどう、言い訳すれば……」
うわーん、ごめんなさい総統ー、とか無表情で泣き言言っている女。
「あのさ、まだなんとかなるんでね?」
そんな女にアンドレイがまだなんとかなるんじゃね? とか言う。
「磔にされて動けない奴に、換えのボディが軒並みクラッキングされてシステム破壊されてどうにもできない生首、ハッ、こんなのでどうにかなると思えるのなら相当の馬鹿ですね。流石サイバーブレイン化してない生もの」
そんな彼に向かって口と顎を使って器用に動いて鼻で笑って見せる女。実に無駄な事をしているが、多少は元気になった。
「いや、ほれ、この移動要塞のシステムってお前、無線で動かせるだろ?」
「それがどうした」
そんなことしてもできることなど無人機のAIに指示を与えたり、防御システムを動かすくらいしかできないではない。
そんなことでは逃げている奴らに対して何もできないではないか。そう女は言うが、アンドレイは笑みを浮かべて、
「いや、ほれこの移動拠点って、変形すんじゃん」
そう言った。
「…………………………あ」
行動が決まった瞬間だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
敵拠点から離脱後、それは起きた。地響きと共に、敵拠点が折りたたまれていく。音を立てて破壊された防衛設備を切り離しながら残った部分が組み合わさっていく。
移動拠点特有の大規模ストレージから数多のパーツが現出し、周辺魔力と大魔力炉の魔力を食い潰してそれは出現した。
「おいおいおい、冗談だろ!」
「なに、あれ、なんというかアホなんかないかしら」
そこに出現したのは、超巨大な人型。
『該当データ一件、移動要塞クリミナトレス。人型変形機構が内蔵された移動要塞です』
「いや、冷静な解説ありがたいことではあるんだが、なんだってあんなことになってんだよ!」
『開発者の趣味だと書かれています。その企業は当然大赤字で倒産しています。では、邪魔なので破壊をお願いします』
「あらあら、趣味とは素敵ね。ふふ、そういうのは大好きよ」
「なるほど――じゃねえよ! 趣味のレベルじゃねえよ!」
大きさは10メートルサイズのアークが子供に見えるほどに大きい。巨大も巨大。あんなものが動くはずがない。
しかし、世には魔法と言う便利なものがあるのだ。重量、摩擦、空気抵抗に比重、エネルギーに動力系。そんなもの全て魔法と魔力でどうにかなると言いきって製作されたのがクリミナトレスという巨大人型兵器。
大きい方が浪漫だ。この小型化一辺倒の時代において、時代を逆行した科学者共が作り出してしまったまさしく狂気の兵器。
普通ならば動かない。だが、
「おおおお、よけろおおおお!」
信じられないほど軽やかな足運びで超巨大な脚が振り下ろされる。六本腕が即座に回避行動をとった。ギリギリで足の範囲から出ることは出来たが、それでも衝撃は凄まじい。
振り下ろした足は地面にクレーターを創りだす。その衝撃波はアークを引き飛ばすほどだ。
「おあわああああああああ!!!???」
それでもソフィアの操作によってなんとか持ち直して逃げる。
あんな巨体普通ならば狙い放題の的でしかないが、動くのであればその大きさは脅威でしかない。大きさが違えば武装なんてものは意味を持たない。
アリが人に立ち向かうようなものだ。それくらいの差があるし、まず大きさからして出力が段違いだ。踏まれでもしたらそれで終了。
普通の人では傷一つ付けることはできないだろう。サイボーグですら無理だ。大きさが違いすぎる。近づくのすら困難なのだ。大きすぎるくせに半重力機構が目一杯積み込まれていて、足に近づこうとすればそれだけで吹き飛ばされるという代物。
遠くから銃や魔法を撃っても半重力力場によって全て明後日の方向に飛んで行ってしまう。なるほど、強いな。
「って、感心してる場合じゃねえ! なんとかしろおおおおおおお!」
今こそ、アークの出番だろう。
『ふむ、面倒ですね』
グリッド空間でそうソフィアは呟く。あれほどの巨体だ。破壊しつくすにはどれほどの攻撃が必要なのか。
とりあえず、このアークがいくらあっても足りない。しかし、宝珠をエデンに持ち帰るのが使命。障害は排除する。例外はない。
「大規模殲滅魔法起動」
そういうわけで、直接ぶち抜く。システムをクラッキングしようとしても流石は超巨大なだけあってコンピュータの並列具合が半端ではない。
エデン並みとは言わないが、今のソフィアでその防壁をぶち抜くのはちょっと難しい。少なくとも逃げながらというのは不可能だ。
そうなると宝珠が危険なのでその方法は取れない。ならば大規模魔法を使うのが効率がいいだろう。そう判断する。
直線的に撃てば弾かれる。ならば直上から。重力が半減しても問題なくぶち抜けるものを落としてやればいい。
上へ向きの力である半重力力場であるためにそれ以上の重力加速度で物体をぶつけてやれば半減は出来ないというわけだ。
「エネルギーライン直結」
魔力炉とシステムを魔導的に直結。自らの情報領域に存在する大規模プログラムを出力できるシステムを構築していく。
逃げながらという片手間でそれを成せるのはひとえにソフィアが優秀であるからに他ならない。それだけの能力があるからこそ、彼女は現実世界での任務を言い渡されたのだ。
「まあ、これが限度でしょうね」
構築終了と同時に起動するプログラム。展開される呪文式。魔力炉の過剰回転によって莫大な魔力が溢れ出してくる。
回転し天空へと駆け上がって行く魔法陣。それがクリミナトレス直上に来たところで、それは発動し魔法の効果を発揮する。
「メテオフォール」
発動するは隕石落とし。遥か宇宙から使える隕石を莫大な魔力を使って引きずり落とす魔法。
アークの魔力炉という脆弱なそれしか使えなかったのでせいぜいが数センチくらいの隕石であるが十分だろう。
そうソフィアは判断する。勿論、あとで色々と言われては面倒なので六本腕の方に障壁を張るのは忘れない。
刹那、生じる爆熱と爆音。衝撃の波は全てを破壊する。地面を突き穿ち、破壊してしまうだろう。そんな影響などエデンには皆無。
地上が幾ら焼き払われようと星ひとつが潰れようともエデンにとってはなんら意味をなさないのだから。しかし、クリミナトレスは健在であった。
腕一つが砕け散り、轟音と共に落ちるもクリミナトレス自体は健在。各所に様々な負荷でもかかっているのか動きはぎこちないがそれでも未だ動いていた。
『腕一本を使って迎撃しましたか』
「おい、どうすんだよ」
『あとはあなたの仕事です。こちらも動けません』
「おい!」
アークは動かない。無理矢理なシステム構築に無理矢理な大規模魔法だ。ある程度の魔法はアークでも使えるようには出来ているが、ここまでの大規模魔法の使用は想定されていない。
有体に言えばぶっ壊れた。ゆえに、もう動かない。だから、あとはラグルの仕事だ。
『あなたは私にできないことをやるのが仕事だと言いました。なので、甚だ不本意ですが頼ってやると言っているのです』
「それ、マニュアルに載ってるのか」
『はい、男に有利に物事を遣らせるにはこういうのが一番だと』
「…………はあ、わかったよ。なんとかしてやる」
どの道そうしなければ色々と終わりだ。一応、仕事の達成率100%を自負している身としては、ここでその記録が途切れるのは良しとしない。だから、本気を出そう。
深く深く息を吐いて己の中にある力を知覚する。流石に既に温存していられるほど悠長にはしていられない。ゆえに全力全開だ。
「起動――ありとあらゆる全てを救うために」
起動と共に己を調整する。それは己の作り変える。ありとあらゆる全てを救うために。力の足りぬ誰かの為に一人の女が作り上げた術式が今、起動する。
走る、奔る。魔力がラグルの全身を走って行く。起動する術式。それは彼の魂にまで刻まれたもの。ただ一人の女の愛の形。
吹き上がる莫大な魔力。それは人ひとりが内包して良い量を遥かに超えていた。ラグル自身の器もそう。大型魔力炉が生み出すそれすらも超えて吹き上がる魔力が、ラグルを作り変えていく。
ベルがラグルに施したサイバーブレインが専用のウィンドウを表示する。
「力だな。速さもいらねえし、全部力だ」
そこにあるパラメーターを弄る。無秩序に噴き出していた魔力に指向性が生まれそれは染みわたって行くかのようにラグルの身のうちへと消えた。
「さて、今まで溜め続けてきた魔力全放出だ、くらえよデカ物!」
ラグルが六本腕の高周波ブレードをはぎ取る。余分な部分を握りつぶして持ちやすくして構える。大斬馬刀とでも言わんばかりであるが、そのスケールがアホじみている。
到底人間が持てるはずのない大きさ。それでもラグルは軽く持っている。具合を確かめるようにして、振るう。それは普段の高周波ブレードと何ら変わらない挙動。
筋力が増大していた。それに合わせて肉体強度もその力によって肉体が傷つかない程度まで上昇している。
魔力による強化ではありえない領域。アプリでも不可能。そもそもラグルにアプリは使えない。では、何が起きているのか。
「奥の手ってやつさ」
疑問に思っているだろうソフィアにそうラグルは言葉を投げかけた。奥の手。切り札。必殺技とでも言わんばかりにそう言った。
これこそがラグルの奥の手。魔物や生き物を殺した時、その生き物が持っていた魔力が大気中に放出されそれはラグルの身を強化する。
しかし、それには限度があり器が満ちればそれ以上強くはなれない。だからこそ、ラグルに施された術式がある。
それは別の器。器が足りないならば別に作ればいいという発想から作られた術式。それは器以上に魔力を溜める物。
画期的ではあるがそう都合の良いものではない。なにせ、器をもう一つ作ったところで、それ以上に身体能力は上昇しない。
意味のないものに思えるかもしれないが、そうではないのだ。改良に改良を重ねられたこの術式は一時的に限界を超えて身体能力を好きに強化できる。
溜めこんだ魔力に応じてその強化出来るのだ。そう、つまりそれは好きな自分になれるということだ。力の強い自分、何よりも速い自分。何よりも堅い自分。
今ラグルは溜めこんでいた莫大な魔力を用いて筋力を強化している。その精度、強度、規模はアプリなど及ばず、ラグルが通常使っている己の魔力を用いた強化法など霞むレベル。
この術式を生み出したベル曰く、「研究時間だけはあったからな。私の最高傑作だ。これがあれば、弱くとも、魔物を倒せば倒すだけ強くなれる」だそうだ。
ともかくその術式は最高のものであることにかわりはない。持続時間は溜めこんだ魔力によって決まる。それなりに持つ。
「さて、んじゃ行きますかね」
手に持った高周波ブレードにも魔力を流していく。莫大な魔力。魔力によって強制的に振動し赤熱し、それすら飛び越えて光の刃と化す。
危険を感じてクリミナトレスが残った腕を振り下ろした。
「遅い」
そう遅い。もう遅い。こうなってしまえば最後、もう誰にもこのラグルを止めることはできない。振り下ろされる腕に刃を振り上げる。
縦断される腕。拮抗すらせずにラグルが勝った。砕ける腕。飛び散る破片と部品の数々をただ一度の薙ぎ払いで消し飛ばす。
光の刃と化した高周波ブレードの高熱は跡形もなく部品と瓦礫を消し飛ばした。
「さて、んじゃデカ物には退場してもらうってことで」
とんっ、と軽い感じで飛び上ったラグルがその高周波ブレードを振るう。力場に阻まれるもそれを無視して突き進み刃はクリミナトレスを捉えた。
装甲を斬り裂く。横に十字に、斜めに切り裂いては突き穿つ。削り取って行く。もはやクリミナトレスには何かできるだけの力はない。
振るえば振るわれるほどに削り取られていく。巨大なクリミナトレスが見る見るうちに小さくなっていった。
足が細切れになる。細切れに溶解して塵一つ残らない。足を失ってしまえばどんなものでも倒れる。クリミナトレスは轟音を響かせて倒れた。
倒れ、崩れていく瞬間ですらラグルは刃を振るっている。胴を斬り裂き、細かく細かく裁断していく。これ以上何もできないように。
その刹那、クリミナトレスが爆ぜる。最後の最後で自縛した。振るう刃。それだけで爆風もろとも切り裂く。
しかし、そこには頭部はなかった。辺りを見渡せば飛んで行くのが見える。逃げたのだろう。とりあえずはこれで良いか、とラグルは呟いた。
「なんて、逃がすと思ったか?」
地面をなぐりつける。あらん限りの力で殴りつけたことによる反動でラグルの身体は宙へと弾丸の如く射出された。
一瞬で、頭部へと追いつき、
「終わりだよ」
高周波ブレードを振るった。逃げることなどできず、そのまま爆裂四散し残骸となって頭部は消え失せた。
「あらよっと」
あぶなげなく着地。ぽたりと雫が落ちる。
高周波ブレードの方が溶けかけていた。ぽいっと高周波ブレードを捨てる。突き刺さるブレードはそれと同時に折れて瓦礫の一部となった。
「さて、帰ろうか」
そして、ラグルは気軽にそう言ったのだ。
さて、またもや勢いのままに色々とやらかした感がありますが、まあいいでしょう。
とりあえず、巨大な変形ロボットって浪漫だと思います。そして、それを壊すのも浪漫だと思います。
あとラグルさんの奥の手も登場。用はポイント使っての一時的なブースト的な感じです。
強化制限なんてないですし、燃費もよろしいという優れもの。設定的にアップデート重ねまくった強化術式なんでそんなものです。
それに単純に強化して殴るだけの奥の手ですし。
とりあえず、あと一話か二話でこの章は終わりの予定。
まあ、あとはエピローグまっしぐらなのですが。色々とアレなところもありますので、終わったら修正をゆっくりやっていこうかと思います。
では、また次回